海上都市の日々 - II
目を覚ました。
見覚えのない天井、慣れない感触のベッド、純白のシーツ。窓を塞ぐブラインドカーテンの隙間からは陽日が光の筋となって差し込んできている。
手を動かすとさらりと滑る上質な布の感触が指先に伝わってくるのは、それが科学配合された人工繊維によるものだという理由以上に、それがこれまで人の手に触れたことのなかった新品だからだ。
瞼が重い。気怠く身体を起こし、どことなく無機質な色を感じさせるこの部屋の匂いを感じ取って、そこでようやくクルスは自分が今どこにいるかを思い出した。
海上都市レフィーラに存在するアーマメント社所有万能人型戦闘機開発研究所。
その敷地内に併設されている上級職員寮の一室を与えられたクルスは、海上都市に滞在する間はそこで寝泊まりをしているのである。
最早お決まりにも思える白い壁と天井は自浄作用を持つ建材を用いているから。アルタスの西方基地所でも見慣れた代物であるが、少し違和感を感じる。
恐らくクルスが来るまでは、この部屋は使われていなかったのだろう。そのせいか、生活の匂いのようなものが全く感じられない。だから西方基地所でクルスが過ごしていた部屋と同じ色、同じ建材、似たような間取りでありながら、微妙な齟齬のようなものを感じるのである。
ここでクルスが生活を始めてからまだ三日目。生活の気配が定着するまではまだ時間がかかるであろうし、慣れるとなればさらにその先だろう。
肩に何となく重みのようなものを感じて、僅かに顔を顰める。クルスは朝を苦にしない人間のはずなのだが、先日のあれこれに関しては流石に疲労が溜まったのかもしれない。
固まった筋肉を解きほぐすように肩を動かしていると、ふと隣から人の気配を感じた。
振り返って見てみると、薄暗い室内の中で赤い双眸が無機質に輝いている。
寝室に供えつけられた二つのベッド。
その片側を使っているのは当然、クルスと共同生活をすることになったソフィアである。
軍用基準性能調整個体という特殊な出自を持つ金髪赤眼の少女は、まるでクルスが起きるのを見計らっていたかのように身体を起こした。
音の無い静かな動作だった。掛かっていた白い布が重力に従って落ちて、その下に覆い隠されていた少女の身体がクルスの視界に入り込む。
身に着けているのは下着と、薄手のシャツ一枚。
肌は処女雪のように白く、細長く伸びる肢体に無駄な肉はない。
人形の様に端麗な顔立ちと赤い眼という非現実的な要素から創作物めいた雰囲気を感じるが、その薄い膨らみを孕んだ胸は静かに上下していて、クルスの目の前にいる彼女が確かに命を宿していることを証明していた。
長く艶のある金髪が乱れながらも身体に巻き付いているその姿はどこか幻想的でもあり、何かの伝承に現れる妖精のようでもある。
寝起き様にその無機質ながらも白く美しく少女を視界に納めて、クルスは見惚れるよりも先に昨夜の騒動を思い出してしまい、げんなりとした気分になった。
ソフィアと同室での共同生活はクルスも覚悟のうえだった。
年の近い異性であるソフィアと同じ空間で過ごすというと、嬉しいよりも遠慮したいという感情が先立つ性格のクルスであるが、それが命令と言われれば従う他に選択肢は無い。
独立都市に着たばかりのころもセーラを相手に似たようなことをした経験があるので、まあどうにかなるだろうという楽観的な推測もあった。
甘かった。
昨晩、就寝の場面になりお互いに別々のベッドに寝付いたのだが、異変が起きたのは数分後。衣擦れのような音共に、クルスは人が動く気配を感じた。
最初はソフィアが寝付けずに何かしているのだろうと考えたのだが、その余裕もすぐに吹き飛ぶことになる。
ソフィアは何を思ったのか、クルスが眠るベッドの中に侵入してきたのである。 それも身に着けていたはずの寝間着を脱ぎ、下着姿になってである。
直後、絹を裂くような悲鳴を上げたのは言うまでもない。
勿論、クルスがである。
「……」
その時のことを思い出して、クルスは深く息を吐き出した。
そういう類いのこととは無縁に過ごしてきたクルスにとっては、あまりにも刺激の強い出来事だった。 一体、この少女の倫理観はどうなっているのだろうか。その後何を考えているのか問いただしても不思議そうに見られるだけだった。何か間違えただろうかという少女の視線に、クルスはどう反応すれば良いのかも分からなかった。
だが少し考えてみると、ソフィアと同じ遺伝子情報を持つ存在であるセーラも、早朝に更衣室に着替えを持ち込まずにシャワーを浴びて、その後に一糸纏わぬ姿を躊躇無く晒す奇癖を持っていたことを思い出した。
「姉妹だからってそんなところは似ないでいいんだが……」
セーラは結局何度注意しても直らなかったのだが、まさかソフィアもそうなるのだろうか。その場合露出狂の性癖が遺伝子レベルで刻み込まれてるんじゃなかろうなと、クルスは阿呆らしいことを考えてしまう。
クルスがそんなことを考えているなどと気付いていないであろうソフィアは、目の前の人物を観察するように暫くの間無言で停止していたが、ふと思い出したかのように小さく唇の隙間を空けた。
「……おはようございます、クルス少尉」
出会ったばかりの人物との共同生活。
突然の事態に晒されているのは少女も同じのはず。はたして、その赤い双眸を介して映るこの状況に、金髪のこの少女は何を思っているのだろうか。軽く見返してみるものの、その内面はまるで窺い知ることが出来はしない。
「……おはようソフィア」
浮かんだ疑問に答えを出せぬまま、クルスはベッドから抜け出してゆっくりと伸びをした。
焦ったところで仕方がないと、自分に言い聞かせる。出来ることをやって、結果なるようになるだけだ。
こうしてソフィアという想定外の要素が加わったクルスの海上都市での生活が、本格的に始まったのだった。
***
事前に渡されていた未だ実機が存在しないT―XFの仕様書に目を通しはしたものの、そもそも自動姿勢制御機構を初めとした内部機能の整っていない状態で搭乗することが決まっていることを考えれば、仕様書など露ほどにも役に立ちはしない。掲載されている主機出力を初めとする各種数値は現行機である〈フォルティ〉を大きく引き離しているが、T―XFの大元になっている存在を考えれば当然だろうという思いすらある。
一体いつ頃になるのかは知らないが、これは当分の間は暇な時間を過ごすことになりそうである。
そんなことを思って気軽に構えていたクルスの予想は、あっさりと覆されることとなった。
「クルス少尉、エレナ少尉、ちょっと来てくれるかい」
アモンにそう言われて呼ばれたのは、その日の昼頃だった。
特にすることも無く時間を持て余して、偶然居合わせたエレナと共に談話スペースで特に意味も無く時間を潰していたときのことである。
余談だが、クルスは未だに自分よりも年上の人物から階級付けで呼ばれるのに慣れていない。どうにも背中を猫じゃらしにでも撫でられたような、こそばゆいものを感じてしまう。
「昨日言っていた君達の玩具が格納庫に届いたからね、暫くはそれで遊んでいてもらうことになる」
集まったクルスとエレナ、そして部外者であるソフィアを前にしてアモンは言う。
ソフィアはT―XFとは関係ない立場のはずだが、以前口にしていたとおり軍用基準性能調整個体に関しては特に気にしないらしい。その無関心さはともすれば道端の石ころのような扱いだ。
「玩具……」
そう言えばそんな話もあったなと、クルスは今更になって思い出した。
そのことを聞かされたのは昨日の朝のことだったか。その時は軽く流して深く気にはしなかったのだが、はたして自分達に渡される玩具なるものとはいったい如何なるものだろうか。
「んーなんだろう? どうせならみんなで楽しめるものが良いんだけどー」
「いや、流石に言葉通りに玩具を渡されるわけじゃないだろ……」
どこまで本気なのか分からないエレナの発言に軽い頭痛を覚えながら、クルスは彼女を視界に納めて再度溜息を吐いた。
この時、クルスが身に着けていたのはアルタス対外機構軍支給の軽装軍服である。
そこには着合わせを考えるのが面倒だという惰性が多分に含まれているとはいえ、クルスがアルタス対外機構軍から任務で派遣されてきた立場ということを考えれば真っ当な服装だといえるだろう。
対して美しいプラチナブロンドを持つこの同僚はどうだろうか。
隣に立つエレナはゆったりとした袖広のシャツの上にストールを羽織い、下には薄い布を何層にも重ねたようなスカート。袖口には精緻な刺繍の施されたフリルがあしらわれており、ともすれば何かのコスプレのようにも思える恰好だ。
相変わらず自重しない同僚の恰好に、ついクルスは半眼を向けてぼやく。
「なあエレナ、もう少し恰好どうにかならないのか?」
「えー? どこか変なところあるー?」
アモンを先頭に立たせての移動の最中、エレナは不思議そうに首を傾げた。
彼女の常識からすれば何の問題も無いらしいその恰好。何か変かと聞かれてしまえばクルスも答えに窮するところだ。
普通であれば日常生活でまず目にすることのない服装のはずなのだが、そんな恰好でもエレナのような美人が着れば奇抜さよりも見栄えの良さが先に際立つのだから卑怯だった。
前々から気付きつつはあったが、極論、エレナは何を着たとしても似合ってしまうのだろう。例え同じ美貌でも個人の資質で似合うに合わないというものがあるはずなのだが、彼女にはそれが見当たらない。大人びた美貌にそぐわぬあどけない仕草と身に纏う雰囲気が、その絶妙なアンバランスさを実現しているのかもしれない。
ともあれ、彼女の服装について一言で切って否定出来ないことが厄介である。
現に今も移動の最中に幾人もの男性職員がちらりちらりと視線をやってきては、ほうっと溜息を吐いている。中身を知らなければ無理もないと思いつつ、クルスは再度嘆息する。
つまりはエレナが一度や二度の苦言で改めてくれるような人格の持ち主ならば、誰も苦労していないという話だろう。
ちなみにクルスの後ろに無言のまま追随するソフィアは、シンプルな単色のシャツに膝丈のスカートという飾り気の薄い恰好だった。取り立てて何かある服装ではないが、それ故に人形の様に整った少女の端麗な顔立ちが際立っている。
セーラは殆どが軍服、偶に目にすることのあった私服は全てパンツスタイルだったので、同じ容貌をしたソフィアがスカートを身に着けているのはクルスにとってはどこか新鮮であった。
***
海上都市の地下部分に相当する場所にある格納庫施設に到着したクルスの鼻腔を、最早嗅ぎ慣れた鉄と機油の匂いが擽っていく。
相変わらず幾人もの整備士や研究員が行き交う中、照明に明るく照らされた格納庫に存在する万能人型戦闘機専用の巨大ハンガー。そこに昨日までは存在していなかった二機の巨人の姿があったことに、クルスは少し驚いた。
二本の赤色の複合感覚器眼を配置した凶悪な面構えをした、万能人型戦闘機。
それは装甲板の表面を塗り染める色こそ違っていたが、アルタスの対外機構軍に所属していたクルスには良く見慣れた機体だった。
「なんで〈フォルティ〉が? アモンさん、これは? ……昨日の時点ではありませんでしたよね?」
「わざわざ昨晩の間に納入してきたのー?」
元来〈フォルティ〉はアーマメント社で開発された商品だ。そういう意味ではこの機体がここにあってもおかしくはないが、エレナの言葉通り昨晩から今の間に搬入してきたとしか思えない。
問題は何故そのようなことをし、それをクルス達に見せているのかだ。クルスとエレナが今更〈フォルティ〉を見せつけられたところで、特別な感慨を覚えることなどあるはずもない。
「すでに知っているとおり、君達は中身の伴わないT―XFに搭乗して選考会に臨んで貰うことになる。選考会一番最初の実施日は今から約二ヶ月後というのも既知だろう」
事前に知らされていた内容にクルスは一つ頷く。
「だが申し訳ないことにT―XFは未だ組み上がってすらいない状態。それまで君達にバカンスをさせておくわけにもいかないだろうからね。そこでこの二機の出番だ」
そう言ってアモンはほんの僅かな笑みを浮かべながら、音も立てずに鎮座している二機の〈フォルティ〉を見やった。
「この二機の〈フォルティ〉は推力ユニットを初めとした各種機能の出力リミッターを解除してある。つまり、極短時間ではあるけれどT―XFに匹敵する……は流石に無理だけど、まあその足先に届くくらいの機動性は出せるようにしてある」
「……そんなことが出来るんですか?」
リミッターの解除などというものは、ゲームの頃の『プラウファラウド』には無かった要素である。ということは、ゲーム内でプレイヤーが参照出来ていた装備パラメーターは全てリミッターが設けられた状態のものだったということだろうか。
驚くクルスを他所に、アモンは小さく苦笑しながら首を振る。
「あくまで苦肉の策だよ。万能人型戦闘機の主機にリミッターが設けられているのは何も意地悪をしているわけじゃない。当然理由があるんだ」
本来機体の主機出力というものは七から八割程度に限界を抑えられている。
それは主に耐久性能との兼ね合いのためだ。出力のリミッターを外せば当然機体のパワーは上がるが、それは謂わば人が常に全力疾走しているようなものである。そんな状態で居続ければあっという間に部品は摩耗していくし、疲労は増え、最悪不具合を起こして墜落の可能性すら出てくる。その為リミッターを外した機体は極短時間しか運用出来ず、稼動の度に解体規模の整備点検を行う必要が出てくる。それでは時間もコストも嵩み、余りにも効率が悪い。
だが今回はその効率の悪い方法を選択することをアモンは決めた。
メンテナンスの手間と稼動時間を加味すれば非効率極まりないが、我が侭は言っていられない。T―XFの採用確率を少しでも上げるためには、手間もコストも惜しんではいられない状況なのである。
「ウェイトバランスや可動域、人工筋肉の柔軟性と剛性の比率も出来うる限りT―XFを想定して似せてある。実機を触る前に感覚程度には触れられると思う」
思ったよりもアモンには余裕がないのだろうということが、クルスにも何となく察せられた。
そうでなければ、外部からやって来たばかりで力量も定かでは無い搭乗者――それも見た目が子供や軍人には見えない態度の女性である――に、リミッター解除などというコストパフォーマンスの劣悪な訓練手段を与えたりはしない。
「あとは、この二機には少し特殊な設定を出来るようにしてあってね。少し弄れば機体の内部系機能を意図的に制限出来るようになってる。……想像はつくと思うけど、これは内部系機能の不完全なT―XFの挙動を再現して君達に慣れて貰うための機能だ。上手く使って欲しい」
「随分と至り尽くせりなんですねえー」
切羽詰まったアモンとは真逆の、空気を弛緩させるようなのんびりとしたエレナの言葉だったが、その内容にはクルスも同意である。
ゲームだった頃ならばともかく、現行最新鋭機である〈フォルティ〉を機体負荷も考えずに乗り回せるなどそうそうある機会ではない。リミッターを解除した状態で機体を振り回せば間接部のサーボモーターや推力ユニットの偏向装置などはあっという間にへたるだろう。その度に付け替えるとなると、果たしてどれだけのコストが掛かるというのか。
「君達が示す結果次第でT―XFの進退が決まるんだ。尽くせるだけ尽くすし、必死にもなるさ」
思わず深い気を吐き出す二人の搭乗者を見て、アモンは僅かに苦いものを噛んだような顔をしながら言う。
「T―XFは三週間後までには可動可能状態に絶対にもっていく。君達はそれまでに少しでも慣れていて欲しい。一番機はクルス少尉、二番機はエレナ少尉。細かい数値調整は君達の親元から送られてきた資料を参考にして揃えてあるけど、実際に触れてみないと分からないところもあるだろう。よろしく頼むよ」
***
思っていたよりも随分と急な展開になったなと、クルスは思う。
海上都市に辿り着いてみれば乗るはずの機体は存在せず、それが届くまではさぞ暇な時間を過ごすのだろうと思った矢先にこれである。ソフィアの件も含めて、この都市では物事の展開の先が読めずに振り回されっぱなしだ。
だがそもそも海上都市で手持ちぶさたになったところで特にすることもしたい事もないので、今回の事は自分に取っては好都合なことだと思い直した。それに前回の任務を終えてから実機にも乗れていないので、いい加減、勘が鈍りそうで不安だったのだ。
アモンの話では明日の明朝から夕方にかけて、アーマメント社が所有する兵器試験場の使用許可を押さえてあるとのこと。リミッターが解除された〈フォルティ〉を用いた最初の慣熟訓練はそこでされることになる。
短時間ながら大幅な性能向上が成されている機体に、コンピューターの自動補助に制限を付けた状態での搭乗。訓練とはいえ実機を用いる以上、危険は少なくない。
高速戦闘機動状態で転倒でもしようものならば、そのまま命を失う可能性すらあるだろう。そういう意味では実戦との差はほぼ無いともいえる。
とはいえ、クルスはそのことに関して特に気負ってはいなかった。
いくら主機出力の限界値が大幅に上昇しているとはいえ、クルスはかつてそれ以上の性能を持つ軽量機体を操って数千を超える戦場を繰り返し体験してきたのだ。機能制限が加えられる自動補助にしても、軽量機を手動調整を主にして扱っていたクルスからすれば五月蝿く感じていたくらいである。自動姿勢制御機構によって勝手に姿勢を直そうとする機体を無理矢理押さえつけた回数は一度や二度ではないのだ。
余裕のない様子を見せていたアモンには申し訳ないが、今のクルスにとって難題なのはT―XF関連のことではなく、もう一つの側である。
着座調整など簡易な数値合わせを終わらせてしまえば、後は出来ることなど殆どない。細部の調整についてはアルタスから送られてきた資料を基にやっといてくれるという話なので、大した時間などかかるはずもなかった。
機体の合わせを終わらせ、明日の予定などについて簡単なブリーフィング等を済ませたのは夕飯には少し早い時間帯。
特にすることもなく研究所から与えられた自室に戻ってきたクルスは、当然のように室内に控えている金髪の少女を見やった。
「……」
今のところ、会話はない。
というよりも、思い返してみるに今日は殆どソフィアと言葉を交わした記憶がなかった。
朝の挨拶などの形式的なやりとりこそしてはいたが、逆を言えばそれしかしてないように思える。基本的にソフィアは話しかけられなければ反応を見せることがない。それこそ放っておけば何日でも無言で居続けそうな危うさがある、
これから暫くは生活を共にすることになる。折角こうして時間が出来ているのだから、何か話しかけるべきなのだろう。しかしクルスは生憎と会話を膨らませるのに長ける類いの人間ではない。
一体何を口にすれば良いのかと逡巡してから、ふと気になることを思い出す。
「そういえば軍用基準性能調整個体ってことは、やっぱりソフィアもセーラみたいな戦闘能力を持ってるのか?」
生身の身体で強化外装を身に着けた軍人と戦闘を行うなど、セーラはこれまでにも驚異的な戦闘能力を発揮してきた。その根幹が軍用基準性能調整個体というものにあるということは知れたが、それはつまり目の前の同じ顔を持った少女もそうなのではないかと思ったのである。
「セーラ……製造番号0189のことですね。私の戦闘能力は0189と比べると大分劣る水準にあります」
「そうなのか?」
少し予想外の答えを聞かせれて、クルスは思わず聞き返した。
ソフィアは視線を向けられて、しばらくの間沈黙を作る。薄い桜色の唇を閉じたその姿は相変わらず石像のような無機質さだったが、何かを考えているようにも見える。
暫くして、彼女はゆっくりと口を開いた。
「確かに私と0189は同系遺伝子モデルを用いた製造個体ですが、純戦闘用の0189とは違い私は市街地で他の人間との共通生活を送ることを前提にして設計がなされています。そこに差が生じるのは当然の成り行きかと」
ソファアはクルスの目をその硝子玉のような赤い瞳で見ながら、続ける。
「具体的には各部に用いられている人工筋繊維の密度、人工骨格に用いている特殊合金の性能、一部神経の大体の割合、高速演算プロセッサの有無などが上げられます。それらの結果として0189と私では単純な身体能力で小さくない開きがありますし、保有質量も私の方が大分少ないものかと」
水が流れるように滔々と少女の声が重ねられていく。
少し前にも感じたことだが、やはりソフィアは話すこと自体が嫌いなわけではないの。普段から口を噤んでいるのは、ただ話すその必要性が見いだせないからだろう。
もっと自分から能動的に口を開いてくれればこちらも楽なのだけれど、などとクルスが考えていると、その様子を赤い双眸でじっと見つめてきていたソフィアが小さく口を開いた。
「何故そのような質問をしたのですか?」
「何故って……世間話にいちいち意味があると思うなよ……?」
具体的に何か目的があったわけではない。
ただ無意味な沈黙に気まずさを覚えて、適当な話題を放っただけである。
ただそれだけのことなのだが、戦うことを目的として人工的に生み出された軍用基準性能調整個体であるソフィアにはそれが理解し難いことのようだった。彼女からすれば世間話というのは時間やエネルギーの浪費にしか思えないのかもしれない、
海上都市の外で生活し、ある程度の人物と関わってきたセーラならば今回のような雑談にも一定の理解を示したのだろうが、ソフィアは他者というものと交流を重ねたことが殆ど無かったからだろう。
「……仲良くしたいんだよ、たぶんな」
何となくその言葉を口に出してみて、それが思った以上にクルスにとってしっくりときて少し驚いた。だが反面ですぐに納得も出来た。
軍の命令に従っているから、感情の発露を試みる為に――探せば色々と事情はあるが、極論を言ってしまえばこういうことなのだ。
別に難しい話ではない。
ソフィアとはこれから同じ空間で長い時間を過ごす間柄なのである。お互いに深く関わらず、必要最低限の接触で過ごしていくことも可能ではあるだろう。だがそれではあまりにも無味乾燥で、クルスとしては息が詰まる。
だから仲良くなって、友人と言える程度の関係にはなっておきたい。
その方が居心地が良いから。
たったそれだけの、単純なことである。
「仲良く……」
ソフィアはクルスの言葉を聞いて少しの間、訝しむような気配を見せた。そうしてからほんの僅かにだが視線を彷徨わせた後、少しの沈黙を挟んでから、
「それはつまり、クルス少尉は私と性行為がしたいということですか?」
「違うに決まってるだろうがっ!」
どうしてそういう結論になるんだと深い頭痛を覚えながらも、やはりこいつはセーラの姉妹だなと密かに再認識する。
同じ顔立ちだとかそれ以前に突拍子の無い思考と発言が二人揃ってよく似ていると、クルスは眉間に指を当てて深い溜息を吐き出した。
容疑者は『シン・ゴジラを四回見に行ってたら遅れた。4DXは映画ではなくアトラクションだった』などと取り調べで供述しており……
更新遅れてごめんなさい。




