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プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
89/93

海上都市の日々 - I

もう忘れたって人の為の簡易登場人物紹介(読み飛ばし可)

クルス=フィア ・・・ 主人公。独立都市アルタス対外機構軍から海上都市の万能人型戦闘機開発研究所へ出向中。少尉。

セーラ=シーフィールド ・・・ アルタスの対外機構軍に所属する軍用基準性能調整個体。クルスとの交流を経て感情が発現した現状唯一の個体、らしい。

エレナ=タルボット ・・・ 少女趣味の服装を好む、クルスと共に万能人型戦闘機開発研究所へ出向してきた搭乗者。少尉。

ソフィア=シーフィールド ・・・ 感情の発現を再現するべくクルスと共同生活することになった軍用基準性能調整個体。セーラとは髪の長さ以外は完全同形。

T−XF ・・・ アーマメント社の次期主力万能人型戦闘機の候補機。技術発展の経過を省いたような技術が多数使われている。開発責任者 アモン。

T−XX ・・・ アーマメント社の次期主力万能人型戦闘機の候補機。堅実且つ高性能な出来上がり。開発責任者 ヒバナ。

フォルティ ・・・ アーマメント社で製造されている万能人型戦闘機の最新機種。名前の由来が犬だったということが最近判明した。

 金髪赤眼。

 身長から顔立ちまでクルスが知る少女と同じ特長を持つ、似て非なる少女。

 海上都市に築かれた白い街並みの中、ちらりと自分のやや後方を歩くソフィアという名の少女を見やって、クルスはどうしてこうなったのかと頭を悩ませる。

 軍用基準性能調整個体という戦うためだけに生み出された存在。自分の同僚であったセーラがそうだと知れただけでも大きな衝撃だったというのに、何故か今度はそのセーラと同形の少女を預かり、共同生活を送れという。なるようにしかならないと言ってしまえばその通りなのかも知れないが、頭の痛くなる話だった。

 美しい金髪、硝子玉を連想させる無機質な赤い瞳に人形の様な端麗な顔立ち。華奢な体付きや陶磁器のように白い肌と、ソフィアの容姿は腰まで届きそうな長い髪を別にしてしまえばセーラのそれと瓜二つだ。同じ遺伝子情報によって生み出されたのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、自分と知っている人物と全く同じ顔の相手がいるというのは変な気分になる。

 まあ先程までいた研究所ではもっと大量の同じ顔をした軍用基準性能調整個体達が並んでいる光景を目にしたので、今更なのかもしれないが。

 クルスのそんな悩ましい視線に気がついたのか、不意にソフィアが口を開いた。


「どうかしましたか、クルス少尉」


 凪の無い湖面のように静謐で、波紋が伝っていくような抑揚の薄い声。

 その声質もやはりセーラとよく似ている。


「いいや、なんでもない」


 そう何気なく答えながらも、ソフィアの方から声をかけてきたことをクルスは少し意外に感じていた。

 最近でこそ違ってきているが、出会ったばかりのセーラは自分から口を開くことなど滅多に無く、クルスからアプローチをかけない限りは黙りっぱなしだった。今では何とも思わないが、慣れるまでは妙な息苦しさを感じたものである。

 

 例えどれだけ似ていても、やはり違う。

 不思議なものでこうして二人の少女の違いを見つけて認識してみると、クルスの胸内に澱んでいた重石が減ったような気がした。

 感情の発露の実験だとか、軍用基準性能調整個体だとか、そういう要素に目を奪われて変に難しく考え過ぎていたのかもしれない。以前はどう接していいか分からなかったセーラとも今ではそれなりに付き合えているのだ。時間はかかるかもしれないが、ソフィアとも良い関係を築くことが出来るだろう。

 贅肉と思しき情報を無くして状況を遠目に見てみれば、歳の近い美のつく少女と新兵器開発の傍らで共同生活をするだけのことである。そう考えてみれば、何も特別なことなどあるわけが――……、


「いやいや、どう考えても不自然だろ。なんどその状況。平然と受け入れられるようになってる俺がおかしいだろ……」


 少し人として大切な感覚が麻痺してないかと思うクルスである。

 反面、まあ今更だろうという諦観を覚えているのも事実だ。住めば都とも言うし、足掻くより状況に適応してしまった方が色々と楽と学んでいる。

 クルスは少し歩速を落としてソフィらの横に並ぶと、訊ねる。


「なあ、ソフィアは事前に知ってたのか?」

「何をでしょうか?」

「あー……俺の所に預けられるというか、同居するというか……」


 どうにも口にすると気恥ずかしいものを感じてクルスが口を濁すが、ソフィアはそれが当然のように気にした様子を見せなかった。実際、特に何かを感じているわけではないのだろう。ゆっくりと首を振って否定する。


「いいえ、今回の事は私もあの場で初めて知らされました」

「ふうん」


 まあこの返答はクルスの予想通りである。だがそうなると気になることが出てくる。


「ということは、着替えとかこれからの生活に必要なものは……」

「一切ありません」


 そう長い金髪の少女に表情一つ揺らさないまま言い切られて、クルスは少しばかりげんなりする。そもそも見た限りでソフィアは一切の手荷物を持っていないので分かっていたことではあるが、あの老人は思いつきで今回の事を行動に移したのではないだろうなと邪推してしまう。


 ともあれ、それなりの期間生活するならば相応の準備が必要だろう。


「はあ、まあだったら取りあえず一度ソフィアの日用品を取りに行く必要が……」


 そこまで口にしてからクルスはその先に待っているであろう光景を想像して、つい眉間に皺を刻んで顔を顰めた。


「あー……やっぱりそれは無しだな」


 ソフィアの荷物を取りに行くということは、彼女が以前まで生活していた場所に行くということである。それはつまり、ブラントという名を持つあの男の住宅に行くということだ。

 研究所で顔を合わせたあのまるで価値観の合わない人物のことを思い出して、クルスは憂鬱そうに首を振った。好き好んであれと再び顔を合わせたいとは欠片も思わないし、何よりも軍用基準性能調整個体の少女を都合の良い道具としか考えていない人物とソフィアを接触させるべきではない。

 向こうも恥をかかされたばかりでクルスと顔を合わせたいとは思わないだろう。

 クルスは懐から取り出した携帯端末で現在時刻を見て、まだまだ余裕があることを確認する。


「とりあえずは買い出しに行くか。色々と必要だろうし」

「ごめんなさい」


 そんなクルスの提案にソフィアはちらりと赤い瞳を向けて、謝ってきた。一体どういうことだとクルスがついその顔を見返す。


「私に持ち合わせがありませんので買い物は無理です」

「いや、それくらい別に構わないから。俺が出すし」


 ソフィアの荷物を取りに行きたくないというのも、半分以上はクルスの我が侭のようなものだ。

 それに幸いにして対外機構軍に所属してから、クルスの懐には大分余裕がある。酒や煙草なども嗜まず特に浪費癖も持っていないクルスは、毎月大量に増え続けていく口座の残高の吐き出し所を見つけられずにいるというのが正直なところだった。

 それにそんなに気にしなくとも、必要経費として後で申請すればそれくらいはあの研究所も落としてくれるだろう。まさかそこを渋るほどケチ臭いとは思いたくない。


「生活用品、それと着替え……とりあえずは、観光客用のガイド本か。端末で落とせたりするのか……?」


 なんか以前にもこんなことがあったなと思いながら色々あれこれを考えていると、ふとソフィアが無表情の中に疑問気な雰囲気を纏っているように感じられた。


「どうした?」

「なぜ買い物にガイドブックが? 私が既知の店舗で揃えるのでは何か問題があるのでしょうか」


 ソフィアから告げられたその言葉にクルスは驚愕に目を見開いた。

 少女の真紅の瞳を真っ直ぐに見つめるも、そこに嘘偽りをしているような揺らぎは感じられなかった。

 

「……え? ……まさか、店とかの場所を知ってるのか……?」


 そんな馬鹿なという表情でクルスが驚き、ソフィアはそのことに特に反応を示すこともなく小さく頷いてみせた。


「一応、海上都市ではそれなりの期間を過ごしていますのである程度のことは自動的に」

「ああ……まあ、そうだよな。……うん、普通はそうなるはずなんだ。そのはずなんだよな……」


 ソフィアの台詞は特別なことではないはずだ。

 その土地で何年も暮らしていれば、特別意識しなくてもある程度の知識は勝手に耳に入ってきて、詳しくなるものなのだ。それこそ日用品などが売っている場所くらいは知っていて然るべきなのである。


 ――お前の姉妹は何年も住んでるはずの街のことを何も知らんかったけど。


 道案内を頼んだら知らないと言われ、その場で買ったガイドブック片手に独立都市の土産品を買い歩いた過去の日を思い出したが、クルスはそのことを決して口にはしなかった。

 セーラとソフィアでは色々と事情も違うのだろう。別にセーラが色々と無頓着すぎているわけでは……いや、たぶんそうなんだろうな、うん。


 軍用基準性能調整個体だとかそういう特殊な事情関係無しに、もしかしてセーラは割と駄目な奴なんじゃないかとクルスが密かに疑っていると、その様子を見つめながら「それに」とソフィアが無表情のまま口にした。


「それに、買い出しなどは私が全てするように命令されていましたので。必然的に覚える必要がありました」

「……そういうことか」


 その言葉にクルスはうんざりと溜息を吐き出す。

 誰に、などと訊くほどクルスも愚かではない。想像するにあの男はこの少女を召使いのように扱っていたのだろう。


「ほんと碌でもないな、あいつ……」


 聞く話どれもがクルスの神経を逆撫でしていくあの男は一体何なのだろうか。ストレスが溜まって仕方がない。理由はどうあれ、ただの市民であるあの男に手を出してしまったことに関してクルスはある程度の罪悪感を感じていたのだが、このままでそれもすぐに消えてしまいそうである。正直、もう今後一度たりとも話題には出したくないと思ってしまった。


 まあ本人がいない場でいつまでも気にしていても仕方がない。 時間を無駄にするだけ損をするだけだ。気を取り直すようにクルスはソフィアへと向き直って、小さく笑った。処女雪を思わせる白肌と端麗な顔立ちを持つ少女を見据えて言う。


「じゃあ、ソフィア。買い物ついでに海上都市を案内してくれないか。来たばっかで俺はまだここについては殆ど何にも知らないんだよ」

「――」


 ソフィアは無表情のままクルスを見返してくる。

 金糸のような細い前髪は目に掛かるかどうかの長さ。目鼻の整った端麗な顔立ちは石像のように固定されていて、それなりの時間を共有したセーラとは違い、クルスにはまだソフィアがその表情の裏で何を感じているかは分からない。

 だがそれで構わないのだ。

 ソフィアとクルスはまだ、今日知り合ったばかりの間柄なのだ。好悪も何も存在しない真っ新な関係なのである。その白紙にどんな色が付いていくかはまだ分からないが、焦る必要など何もない。これから時間はあるのだから、ゆっくりと進めていけば、それで良い。

 もしかしたら人工生命研究所の白衣を着た研究者達は早くしろと思っているのかもしれないが、クルスにとってはそんなのは知った事ではなかった。人と人との関係を外から観察者気取りでいる連中の事など、放っておけば良いのだ。


「案内よろしく頼むぜ、ソフィア」


 ソフィアは暫くして、小さく頷いた。



   ***



 ソフィアに案内されての買い出しで困ることは無い。

 やはりセーラと同じくソフィアも目的が決まっていればその行動は迅速で、必要な用品をピックアップすると実に効率的にいくつかの店を周っていく。


 その道すがらに海上都市の話を聞かせて貰う。

 すると分かっていたことではあるが、独立都市アルタスはここ海上都市レフィーラをモデルに設計されたとはきいていたが、やはり様々なことがよく似ていた。

 もっとも分かりやすい共通点は、この二つの都市はどちらも全天候制御型の都市だということ。都市の大半を透過性高効率光発電パネルで覆っており、その内部空間の環境は雨や雪を降らすことも温度の高低、風の強弱も自由自在なのだ。

 ただ海上都市は今現在も新たな積層構造のギガフロートを建設しては外付けして都市面積を広げていっているために、いくつかの区画は透過性高効率光発電パネルの外側に存在している状態なのだそうだ。また外部の入口となる一部の飛行場などもパネルの外側に設けられることになっている。

 エネルギー基板は都市を覆い込む透過性高効率光発電パネルによる太陽光だが、それ以外にも海流を利用した海水発電や海底の地熱を利用した地熱発電、火力発電を備えておりエネルギー事情は良好。

 外縁部に存在する水産区では食用の動植物の育成をしており、他に植生プランクトンと動物性プランクトンを利用した食料精製プラントを合計三機保持していることにより、食糧自給率も高い割合を維持しているという。


 極端な話、外部から完全孤立しても本当に暮らしていくだけならば海上都市のみでも問題は無いらしい。ただ別名技術都市とも呼ばれており、ものを生み出すには当然資源が必要となる。それを補うのが陸地に存在する独立都市アルタスであり、二つの都市間の交易を最高効率で行うための真空トンネルだった


 また、立地が海に囲まれているのが原因か不法入国者達――所謂ゴースト達の総数はアルタスと比べれば少ないようである。だが数が少ないということはその勢力が小さいことを意味していて、ゴーストの扱いはアルタスよりも一層過酷な様相を呈している様である。


「……ゴースト達はどうやってこの都市に渡ってくるんだ?」

「多くは密航です。ですが最近は外に海上都市へ非合法に人を運ぶ商売をしている者達もいると聞きます」

「商売になりそうならなんでもする、か。……ゴースト達も一度辿り着いてしまえば後はどうにかなるって事か」

「いえ、それはどうでしょうか。彼等は都市の外側の存在であり、法による守護を受けられない存在です。正規市民による虐待も珍しい話ではありません」

「……それが最後の楽園の実体か。ほんと報われないな」


 アルタスで知り合ったゴーストの少女のことを思い出して、少し心配になった。海上都市に行くので暫く敢えないと言うことは伝えてあるが、お腹を空かしてはいないだろうか。彼女は歳不相応に逞しいし、日持ちしそうなものを作って渡しておいたのだが不安は尽きない。


 クルスはそっと溜息を漏らした。

 海上都市レフィーラはその外観の美しさと安定した情勢から、世界最後の楽園と呼び称されることがある。

 高度な科学技術による戦火が絶えない世界である。争いの無い楽園という看板は、どんな非合法手段を用いても集いたいと思わせるほどに魅力的なのだろう。

 だが、真空トンネルの施設の一部を乗っ取ったテロリストの鎮圧をさせられたクルスはその楽園の看板がまやかしだと知っている。 そもそも、戦争が常態化しているこの世界に楽園などあるのだろうか。

 停戦中とはいえ隣国の脅威に晒されているアルタスに、軍事産業を生業にする機関を複数抱える海上都市。安定していると言われる二つの都市ですら実体は違う。

 にも関わらず、無責任に吹聴された噂は各地から難民を呼び寄せ、人々をゴーストという劣悪な立場に陥れていく。

 まるで誘蛾灯のようだと思う。

 夜闇を照らす明るい光に引き寄せられ、その本質を知らぬまま烈火に人々は焼かれて消えていく。質の悪い悪循環だった。


「――にしても、色々と詳しいんだな。正直予想以上で驚いてる」

「海上都市についての情報は軍用基準性能調整個体の基礎教育に含まれていますから」

「ふうん。じゃあ例えばデートスポットとかも?」

「実体験を伴わない知識だけの情報ですが、第八区にある人工丘は現在では絶滅危惧種指定の動植物が多数生息しており、外から来た人達には人気だそうです。また、南側にある海浜公園から見える夕焼けは毎年海上都市百選にも選ばれ殿堂入りしている絶景スポットだとか」


 絶対に分からないだろうと意地悪のつもりで口にしたのだが、思わぬ返答が来てクルスは唖然とした。


「……いや、すごいとは思うんだけどさ、軍用基準性能調整個体の基礎教育にデートスポットの情報を入れて、あそこの研究者達は何がしたいんだ……?」


 ただ戦いの技術だけを詰め込まれているよりは救いがある気がするが、謎である。

 それともこれも感情発現のための一環なのだろうか。それならば理解出来なくもないが、するとなんだろうか。もしかしてセーラも当然のように知っているということだろうか。

 ソフィアも何の為に知っているかまでは分からないらしく、そのことについての返答は無かった。この様子だと疑問に思ったことも無かったのだろう。


 ただそれにしても。

 ソフィアの話を聞きながら、やはり同じ遺伝子情報を持つ軍用基準性能調整個体だろうなんだろうと、違うなとクルスははっきりと実感する。

 セーラもソフィアも必要最低限で済ませようとするのは変わりないが、全体的に言葉足らずで理解するのに受け手側にも努力が必要なセーラと比べると、ソフィアは分かりやすく要点を押さえていて相手のことを考えて話しているのが分かる。

 ただ、それはこれから付き合う上で間違いなく良いことなのだろうが、何故そうなのかというその理由を考えてみると途端にうんざりとすることになってしまう。

 つまりはソフィアが相手を慮った対応を出来るのも、あの男の不興を買わないためだろうと推測出来てしまうからだ。


 セーラと同一の存在だという以上、ソフィアが最初からこうだったとは考えづらい。

 ソフィアの前の主であるブラントは人前だろうと軍用基準性能調整個体である少女を物扱いし、平気で暴力を振るうような人物である。

 言葉足らずだった少女を相手にどんな対応をしたか、その想像は容易い。命令の遵守を基本としているソフィアは男の身勝手な不興を買う度に少しずつ修正し、今を形作ってきたのだろう。

 そのことには強い苛立ちを感じざるを得ない。

 だがその反面で認めないわけにはいかないのは、それらの経験を通して形成された今の彼女のそれは立派な個性だと言えるということだ。


 例え出自や育った環境が同じであろうとも、セーラとソフィアはすでにもう何年も異なった場所や経験を得て過ごしているのだ。ましてや彼女たちは感情の発露がしやすいように調整された試作型。差が生まれるのは当然だといえる。 


 そう考えると何となく、研究所の白衣を着た人間がクルスに何を期待しているかが分かってくる。

 恐らくソフィアは他に複数いるであろう次世代型への試作軍用基準性能調整個体の中でも、最も感情の発現が近いと目されている個体なのではないだろうか。

 つまりはその最後の一押しのようなものを求められているのだろうと、朧気ながらも推測出来る。――まあ、期待されても今のところクルスに思い当たることがないので、何か出来るわけでもないのだが。

 何も無いのだから、クルスは特別気負わずに少女と接するだけのことだった。

 


***


 セーラとの経験があったからかソフィアと一緒にいることを苦に思うようなことも特に無く買い物事態にはあまり時間を取られずに終わった。都市を覆い込む透過性高効率光発電パネルを通過して夕焼けの光が白亜の都市を染め上げ始めた頃に、クルスとソフィアは開発研究所への帰路についていた。

 今二人が歩いているのは市街地区画の外縁部である。赤煉瓦で舗装された歩道の左右には低い鉄柵があり、そこからは赤く染まった水平線が一望出来る。

 その雄大な光景には、あまりそういうことの関心が薄いクルスでもつい目を奪われそうになる。


「クルス少尉、荷物を」

「ん?」


 道中にソフィアから静かに声をかけられて、足を止めた。

 夕日に照らされて赤く染まるソフィアの髪がゆっくりと揺れる様を眺めて、そうしてから自分の両手に吊された袋を目にして「ああ」と理解する。


「別に良いよ。大した量でもないし」


 実際、本当に大した量ではないのだ。

 衣服類などの嵩張る物は全て宅配サービスを手配したので、今クルスが持っているものは殆どが小物の類いである。持ち運ぶのを躊躇うような重さではない。

 ソフィアは相変わらずの無表情だが、多分あまり納得がいっていないのだろうとクルスは予測した。どうにもソフィアは自分が手ぶらでいながらクルスに――というよりは主人設定された人物に荷物運びをさせていることが落ち着かないようだ。

 これも以前一緒にいた人物の影響だろうかとつい考えてしまい、クルスはその想像を追い払うように首を振る。


「体力、筋力、共に勝っている私のほうが適していると思いますが」

「それは言わないでくれな……地味にへこむから」


 確かに事実はそうなのかも知れないが、クルスにも体面と意地がある。

 軍用基準性能調整個体であるソフィアは確かに常人であるクルスよりも遙かに優れているのだろうが、その見た目は華奢な少女そのものだ。その出自から海上都市では忌避され物に等しい扱いを受けているのかもしれないが、クルスがそんなものの意を汲む必要は無かった。

 

「だいたいなんなんだよ、この都市は。遠くからじろじろと見てくるわ、露骨に距離取ってくるわ……」


 見知らぬ人間達からの視線をこうまで感じるのは初めての経験である。街中を歩けばいつも注目を浴びていた銀色髪の少女の気持ちが少しだけ分かった気がする。非常に居心地が悪い、


「終いには都市守衛が職質とかどういうことだ! 俺達はただ買い物してただけだろ、歯ブラシとコップ買ってる人間に何のようだっての!」


 レジで精算しているときに背後から話しかけられたときには、クルスも一体何事かと思い驚いた。警察の役割を持つ都市守衛は三人組で、クルスに話しかけた一人の後ろでは残る二人が明らかにソフィアを警戒していた。腰に下げられたホルスターに手を伸ばそうとしていたのも、恐らくはクルスの気のせいではないだろう。

 もし悪ふざけをして、買った歯ブラシをその場で振り回したりしたら撃たれていたかもしれない。それくらいの対応であった。

 何もしていないのに疑われるというのは気分が悪いものだ。それが同行者に少女がいただけという理由であれば、尚更だった。


 だが事の本人であるはずのソフィアは特に何も感じていないようである。むしろその無表情の中にこの人は一体何を言っているのだろうかという空気すら感じられる。


「当たり前の反応かと。凶器を持ちながら人口密集地を歩いているのと大差はありませんので」

「お前は包丁か何かか……。人目に触れないよう布にくるんで持ち運べとでも言う気じゃないだろうな……。まったく、ソフィアは良くここで暮らしてこれたな」


 連れだって一度買い物に来ただけでこの有様である。

 彼女はこれまで一人で買い物をしていたようだが、その苦労はどれほどのものだろうか。それを想像するだけクルスは何とも言えない気分になってくる。


「暮らすという言い方は語弊があるかと。私を含め軍用基準性能調整個体は海上都市の所有物ですので」

「そういうことを言いたいんじゃないんだけど……」


 依然として意思疎通は難しいと、まるで異文化交流でもしているかのような気持ちをクルスは味わう。

 ソフィアのような軍用基準性能調整個体を物扱いするこの都市の常識にも苛立つが、彼女自身もそのことに疑問を覚えていないという事実にも寂しい気持ちを覚える。

 思い返してみればセーラにも思い当たる節があるなと、今更ながらにクルスは気がついた。

 同じ姿形を持った少女達の共通点。

 あの白髪の老人などに言わせれば、そういう風に作ったのだから当たり前だとでも言うのだろうが、クルスからしてみれば理解出来ない話だ。

 もう少し自分を大切にして考えることは出来ないものだろうか。


 そうしてぽつぽつと雑談を交わしながら道を進んでいると、日が完全に沈む前にはアーマメント社の万能人型戦闘機開発研究所へと辿り着くことが出来た。

 入口に立つ強面の警備員はどう見ても子供にしか見えないクルスを見ると訝しげな表情を作ったが、発行された証明カードを見せるとあっさりとゲートを開いて通してくれた。その二歩後ろに続くソフィアに関しては、その赤い瞳を確認するとさっさと視線を逸らして何の反応も見せなかった。

 もう何度目かも分からない。この都市ではこれが当たり前なのだということを否応なしに理解させられて、思わず溜息を吐きたくなる。

 だがそうしたところで何か変わるでもなし、そのままソフィアと一緒に開発研究所の出入り口まで歩いて戻ると、丁度そこに見知った顔があることに気がついた。


「エレナ?」


 思わず声をかけると向こうもこちらに気がつき、ゆったりとした調子で近づいてくる。

 装いは黒と白のワンピースで、膝下まで届くロングスカートがゆらりと蠱惑するように揺らめいている。

 その整った顔立ちも相まって見た目は清楚なお嬢様にしか思えないのだから、そりゃ浮き足立つ研究員達も出てくるよなあと、しみじみ思う。もう見慣れたクルスとて、不意を突かれると思わず緊張を強いられるほどなのだ。


「やっほークルス君」

「やっほーって……」


 そんな見た目淑女然とした人物からの気の抜ける第一声に、クルスはがくりと肩を落とす。 だがそれもいつものことだとすぐに思い直した。彼女のマイペースは今に始まったことではないので、気にしていては無駄に疲れるだけだ。

 そんなクルスの様子をソフィアは後ろから窺っていたが、特に何か言うことはなかった。

 エレナはひらひらと手を振っているが、クルスの後方に控えるソフィアを見つけると驚いたように目を丸くした。


「んんー……?」


 ゆっくりとソフィアの近くへと歩いて行き、その周囲を観察するように回る。


「おー……」


 顔を近づけてゆっくりと眺める。その様子はどことなく新参者を見定めする猫のようでもある。

 流石と言うべきか、ソフィアはそんな目の前で行われる奇行に対しても一切の反応を示していない。ただその硝子玉のような赤い瞳でエレナを見やっている――というよりは、本当に認識しているのかどうかも怪しいくらいに無反応だった。

 暫くしてエレナもその行為に飽きたのか、クルスへと振り返って、


「もしかしてーセーラちゃんの代わりが欲しくて持って帰ってきちゃったのー?」

「違うっての! どういう発想だ!?」

「元いた場所に返してきなさい。どうせすぐに飽きて世話もしなくなるんでしょー?」

「お前は俺の母親か何か?」


 美人な同僚からの言いがかりに、クルスは視線を尖らせて否定した。

 状況的にはむしろ、押しつけられたといった方が正しいはずだ。今後T―XFのテストパイロット業務も本格化するというのに好き好んで厄介毎を抱えたりはしない。 これは名目上避けようのない、歴とした仕事なのである。

 まあ厄介毎と言ったところで、ブラントという男のことを知ってしまった今となってはソフィアを放り出すという選択肢はクルスの中には存在しなかったが。

 もちろんそんなことを目の前のエレナに言ったところで何にもなりはしないので、クルスは素直に現状報告をするだけに留める。


「まあ色々とあって暫く一緒に過ごすことになったんだ」

「ふうん?」


 詳細を説明するのも手間なのでクルスが結果だけを報告すると、エレナは見た目にそぐわないあどけない仕草で首を傾げる。前髪に差し込まれた四つ花弁の髪飾りが夕暮れの光を反射してちらりと耀いた。

 それに一瞬目を奪われてから、今度はクルスが気になったことを彼女に尋ねる。


「それよりも、そっちこそどこに行ってたんだよ。聞いた話だと、今日は随分と朝早くから出てたみたいだけど」

「んー、私……? そうだねえ、良い天気だったし、ちょっと高い場所で景色を眺めてきたんだよー。風が強くて気持ちよかったよー」

「高い……?」


 思わぬ報告にクルスは首を傾げる。

 まさかエレナは早朝から登山でもしてきたのだろうか。

 彼女の今の格好はクルスにとってはもう見慣れてしまった黒を基調に白のレース柄のフリルを飾り付けたワンピースだ。常識的に考えればハイキングに行くような格好ではないのだが、そもそもこの残念美人に常識というものを当て嵌めても意味は無い気がする。何せ基地内の騒動で万能人型戦闘機を持ち出すような人物である。


「ああそうだ。折角だし、今度はクルス君も一緒に行こうかー?」

「いいや遠慮しとく」


 生憎とクルスは登山に……というよりはアウトドア全般にはあまり興味が無い。

 対外機構軍などという場所にいると自分もよく忘れそうになるが、元々は引きこもり気質のゲームオタクである。誰かに無理矢理連れ出されるならともかく、自分から進んで自然体験をしようとも思わない。


 いつまでも建物の入口で話していても仕方が無いので、クルスとエレナ、そして一歩遅れてソフィアが歩いて中へと入る。自浄作用を備えた建材を用いた純白の空間は独立都市海上都市問わず最早見慣れたものであるのだが、クルスは建物に入ってから少しして、これまでにない違和感を感じた。


「――?」


 妙に感覚に鋭くなったのはシンゴラレ部隊で過ごしたおかげだろうか。誰かの視線を感じたので視線だけで軽く探ってみると、その答えはすぐに知れた。

 白衣を着た男性職員達がちらちらとこちらを――正確には並んで歩いているエレナを見ていたのだ。

 ああそういうことかと、クルスは納得する。どうやら朝方に耳にしたエレナが男達の注目の的という話は嘘ではないようだった。エレナは見てくれだけ(、、)は良いので、それも理解出来ることであるのだが。


 ……ただそれは良いのだが、白衣の胸ポケットの部分に赤い薔薇を挿しているのは何の冗談だろうか。他にもやたら片目を瞑ってアピールしていたり、何故かひたすら円周率を諳んじている者もいたりする。

 出来れば冗談だと思いたい光景であり、中々に狂気的な状態であった。

 なんだこれは、とクルスは答えを探すように視線を彷徨わせた。ふと後ろに控える金髪の少女の赤い瞳と視線が合う。ソフィアが何も言わずにじっと見つめ返してくるので、クルスは試しに今の疑問を訊ねてみた。


「なあソフィア。この都市では突発的に奇行を取るようなウィルスが広まってたりするのか? 或いは誰かを好きになると脳味噌がスポンジになる病気とか」

「そのような奇病は聞いたことがありませんが」

「……だよな。じゃあ周囲の人達はなんであんな行動を取ってるんだ?」


 その切実な問いに、ソフィアは暫くパソコンが固まったかのよう瞬きも止めて固まった後に、


「そういう趣味の方々なのでは?」

「そんな奴らがいる巣窟にいたくないな、俺は……」


 海上都市の研究者は変人が多いとは聞いていたが、まさかこんな直接的な意味だったのだろうか。ちなみに事の本人であるはずのプラチナブロンドの美人女性はどう反応しているのかと見てみると、


「うーん? どうしたのクルス君? 何か私に用事でもあるー?」

「いや……なんでもない」


 周囲の異様さに気がついているかどうか、それが全く分からないエレナの反応にクルスは力無く首を振った。ただ惚けているだけのような気もするし、そうでないような気もする。

 普段から飄々としている彼女の裏を読むのは非常に難易度が高い。少なくともクルスはこれまでに彼女の真意を掴めたことは殆ど無かった気がする。


 取りあえずクルスは周囲で行われる男性職員達の集団奇行には目を瞑って、アモンを探すことにする。人工生命研究所でのあらましを説明して、ソフィア滞在の許可を取らねばならない。寝る場所の確保にしろ食事にしろ、手続きが済まなければどうしようもないだろう。

 そんなクルスの願いが誰かに通じたのか、あっさりと目的の人物を発見することが出来た。


「やあ、少尉。二人とも帰ってきてたんだね」


 そう言って廊下の奥から姿を現したのは、次期主力万能人型戦闘機候補T―XF開発班の責任者である、アモン=ロウである。相変わらず徹夜がたたっているのか目の下には青黒い隈が出来上がっていて、疲労の色が濃い。

 よれた白衣を纏うその男の不健康そうな顔をしげしげと眺めて、クルスは正直に思わずという風に呟いた。


「……なんでだろう。数ヶ月ぶりに顔を合わせたような気がするんだけど」

「うん? 君とは今朝方に会って一緒に御飯を食べたと思うんだが……」

「いやその通りなんですけど」


 アモンは不思議そうに首を捻ったが、クルスも正確な理由など分かりはしない。ただ本当にそう思っただけなのだ。人工生命研究所で色々とあったので、きっと蓄積した精神的な疲労がクルスにそう感じさせているのだろうと、クルスは自分を納得させた。


「それよりも……アモンさん。周囲のこれ、どうにかなりません?」

「周囲? ――って、ああ……」


 アモンは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに周りの異様な雰囲気を発する者達に気がついたらしい。すぐに呆れた顔を作って、まるで引率の教師がするようにパンパンと手を打ち鳴らした。 


「君達、早く仕事に戻ってくれ。そんなにがっつかなくっても君達には手ずから育てたかわいいかわいい子が待っているだろう」


 アモンがそう言っても周囲に潜む研究員達は暫くはその場に残っていたが、肝心のエレナが全く反応を見せていなかったので諦めたようだった。のろのろと重たい足取りでその場を去って行く。

 出会って以来アモンには疲れているという印象しか持ってなかったが、ちゃんと指揮も執れるのだなとクルスは密かに感心した。よくよく考えれば、次世代機開発の班長を務めている人物なのだから当たり前の話なのだが。

 そんなクルスの内心を知るはずもなく、アモンは相変わらずの疲れた顔で苦笑を浮かべて見せた。


「すまないね。みんな疲れてて取りあえず何かに縋って少しでも現実逃避したい気分なんだ、出来れば許してやってくれ」

「いや俺は構いませんけど、エレナは……って、あれ?」


 つい先程まで傍に居たエレナの姿が無くなっていることに気がついて、クルスは困惑した。

 クルスの困惑に気がついたソフィアがすっと指を伸ばす。その先を見やると丁度、探し人であるエレナが角へと消えるところだった。寸前でクルスの視線に気がついたのか、ひらひらと軽い調子で手を振ってくる。


「自由すぎだろ、あいつ……」


 するりと滑るように姿が見えなくなったエレナを見送って、クルスは呆然と呟く。

 まだ来たばかりのこの場所で、どうしてああまで気儘に振る舞えるのかが分からない。自重とかそういうものは存在しないのだろうか。


「……しなそうだな」


 これまでを振り返れば考えるまでもなかった。

 シンゴラレ部隊でも一番好き勝手に振る舞っていたのは、もしかしたら彼女かもしれない。居場所が変わった程度でそれが抑えれることは無いということだろう。クルスにとっては頭の痛くなる話であるが。


「ええと、それで人工生命研究所はどうだったんだい?」


 気を取り直したようにアモンが訊ねてきた。

 いなくなったエレナについては意識の外に置いておくことにしたらしい。大人の対応である。素直な子供として、クルスもそれに習うことにした。


「ええ、まあ。聞いていた以上に酷い場所でしたね……あそこは」


 軍用基準性能調整個体という、戦うための子供を人工的に生み出すという狂気。それらを物と扱うことに躊躇いはなく、画一的な規格品と見なすものの見方。

 そのことに疑問を思っていない軍用基準性能調整個体達のことも全て含めて、クルスにとっては常軌を逸した場所だった。

 更に言えばセーラという知人の正体が軍用基準性能調整個体だったという事実に関しても、クルスは少なからず思うところがある。

 そう言った諸々を含めてれば、人工生命研究所での体験は途方も無い重みとなってクルスの内側にのしかかってきていた。

 それに加えて――、


「ああ、それが例の個体だね。向こうからは既に連絡が来てるよ。必要な手続きは全部こっちで終わらせてあるから余計な苦労はさせないよ」

「それはまた随分とお早いことで……」


 クルスのやや後方に立つソフィアを捉えて、アモンが小さく頷いてみせた。

 朝の様子からしてアモンもソフィアのことは知らなかったはずであるし、驚くべき早業である。


「それにしても面倒事に巻き込まれたものだねえ。軍用基準性能調整個体の試作体の管理者(ドミネーター)とは」

「というか、T-XFって当たり前ですけど機密情報ですよね? いいんですか、部外者に近い人間が近くにいて」


 ソフィアは人工生命研究所から来たのであって、T―XFの開発には一切関係の無い存在だ。別にスパイを疑っているわけでは無いが、そんな簡単に外部の人間を出入りさせてしまうことには少し疑問を覚える。

 だがクルスの言葉にアモンは幾分怪訝そうな顔をする。


「彼女は軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)だろう? 人ならともかく、道具が来たところでさして問題は無いさ」

「……あ、そう」


 やはりこの男も軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)は物扱いというのは変わらないらしい。

 最早憤る気にもなれず、クルスの口からついて出てくるのは肺から吐き出される深い溜息である。 事の本人であるソフィアも自分の扱いに対して思うところはないらしく、全くと言っていいほど反応を示してはくれない。

 ここで彼女が何かしらの動作を見せてくれればクルスとしては救われるのだが、それを望むのはただの我が侭でしかないのだろうか。

 クルスの表情から何かしらを察したのか、アモンは小さく肩を竦めて見せる。


「まあ少尉も色々と悩みはあるのだろうけど、こっちでの仕事もしっかりと頼むよ。T-XFの進退は君とエレナ少尉に掛かっていると言っても過言じゃないんだから」

「……そのためにも早く実機を用意してくださいよね」


 クルスが割と切実にそう言い零すと、アモンは泣きと笑いが半々くらい混じった微妙な表情を作ってから、がっくしと肩を落として無言で作業へと戻っていった。




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