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プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
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命の在処

 言われてみて。

 いざこれまでを思い返してみれば、むしろ頷けることの方が多いのかもしれない。

 幼い年齢に釣り合わない鉄のような能面に、常軌を逸した驚異的戦闘能力。特に彼女がこれまでに生身で見せてきた数々の超人的な芸当は、ただの人間ではないと言われた方が余程納得がいくものである。


 そも普通に考えてみると、十四才という年齢の少女が前線で機動兵器に乗って戦っていること自体が、一種の異常事態なのだ。

 そんな子供が戦う理由というのは、幼年兵を出さなければいけないほどに追い詰められている場末の勢力か、あるいは違う世界から来た人間だとか、そういった特殊な事情が必要なものなのである。


「くははは、これは面白い。ワシはてっきり君が〇一九八がどういう物かを知った上で行動していると思っていたのだがね。まさか何も知らないとは」

「0189……?」


 何か嫌のものを感じとったクルスが怪訝そうな顔を浮かべると、テクスは「くっ」と短く息を吹き出した。


「個体認識番号0189――君が言うところの、セーラ=シーフィールドだよ。あれは最前線という特殊環境下において軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)がどのような影響を受けるかを知るために調整され、独立都市へと提供されたデータ収集用の実験個体だ」

「……認識番号、ね。さっきからあんたは軍用基準性能調整個体をまるで物みたいに言うんだな」

「正確は発言にするべきだ、クルス少尉。……みたいではなく、あれらはまさしく物なのだよ。戦うために遺伝子から設計された、人形だ。モーターと電気の代わりに心臓と血が流れている、ただ部品が違うだけの擬人機械に過ぎない」

「遺伝子の設計……?」


 一瞬、その言葉の意味が分からずにクルスは口を閉ざした。

 だが自分の知識の中にその言葉に当て嵌まるものがあることに気がつき、目を見開いた。


「まさか、軍用基準性能調整個体は人工培養したクローンを素体に使ってるのか!? 戦わせるためだけに!?」

「うむ」


 なんの呵責も感じさることもなくテクスは鷹揚に頷き、それを見たクルスは愕然とする。


「先に言った強化処置を施せば例え凡人であろうとも一定以上の力は発揮出来ると断言出来るが、素体が優秀ならばそれに越したことはないのでな。そのため、素体となる身体は厳選された遺伝子から生み出された強化体を使っている」

「あんたは……」


 一体、人の命をなんだと考えているのか。

 クルスも独立都市にやって来てからは何人もの人間を殺してきた。今更、命の尊さについて他人に語れるような在り方をしていないことは理解している。

 もう命を奪うことにも躊躇わず、命令に従って戦うことに迷いもしない。

 だがそれでもクルスはこれまで引き金を引いたときに、一つの命を奪っているという認識をはっきりと持っていた。

 それが自分が摘み取った命へのけじめであると同時に、自分が殺人をするためだけの機械などではなく、意思と感情を持つ人間である最後の一線であると、無意識のうちに感じていたからだった。


 だが目の前の男にはそれがない。

 テクスの口から吐き出される言葉からは、そういった人間が持つべき温度の一切を感じることが出来ない。


「うむ? なにをそんなに気にして……――ああ、なるほど」


 テクスはクルスの反応に歩みを緩めて怪訝そうな表情を浮かべた後に、何か理解したように大きく頷いた。


「確かに、君の持つ疑問ももっともだ。なにもわざわざ一から生み出すよりも、現役の軍人や傭兵に同じ強化処置を施した方がより早く、安く、結果が得られると思ったのだろう? 確かにそうしたいところもあるのだがね、技術都市と言ったところで、未だに未熟なものも多い。実のところ、生体部品を取り付けるならば身体がまだ完成しきっていない未成熟な年代が好ましいという事情があってな。既に身体が出来上がってしまった大人の場合、人工臓器などの生体部品の適合率が大きく下がってしまうのだよ。今後の課題点の一つだな」


 まるで的外れなことを言い出す目の前の白衣の老人に、クルスは唇を震わせた。


「あんたは……、自分の言葉に何も思わないのか?」

「何がだね?」


 その至極当然に首を捻って見せるテクスに、クルスは隔絶したものを感じざるを得なかった。


 例えば、クルスの同僚であるタマルやエレナ。

 彼女等は戦場においてはあまりにも簡単に命を奪う。そしてそのことに何か後悔を感じたり、罪の引きずるような様子も見せない。

 唯一の例外はシーモスか。

 彼はかつてのシンゴラレ部隊の任務で、昔の仲間だったというテロリストの亡骸を前にしたときに何らかの感傷を見せていた。だがそれもあの一時だけだ。次の日には自分が死にかけたことも含めて何事もなかったかのように、面倒そうな様子で日常へと回帰していた。


 それは理解出来るのだ。

 タマルやエレナ、シーモスのように歴戦の兵と言えるほど環境に慣れた人間。

 殺して殺して殺して殺し続けて、罪悪感や恐怖といった意識や感情が擦り切れ、それがなんだったのか、どういうものだったのか、半ば忘れてしまうほどに異常に浸って、それが当然となってしまった者達。 

 そんな同僚達と比べてしまえば戦場での日が浅いクルスはその心理に共感は出来なかったが、まだ理解は出来た。


 だが、目の前の人物はあまりにも違う。

 軍用基準性能調整個体を命ではなく、ただの物だと言い切っているのだ。

 最初から、一つの命であることすら認めていないのである。


「最悪だ……」


 他人に対してここまでの嫌悪を感じたのは、生まれて初めての経験であった。

 クルスが目眩すら感じて自然とその言葉を口から吐き出したとき、クルスとテクスの二人は丁度、大型のエレベーターに乗り込むところであった。

 テクスが操作パネルで階層を設定、指示を認識したときに指紋検査と眼孔鑑定が行われたことから、二人を乗せた箱の行き先が重要区画であることを示していたが、クルスがその事に気がつくことはない。

 普段ならば気がついたかもしれないが、今のクルスにはそれだけの精神的余裕が無かった。

 

「うむ、よくわからないのだが」


 パネルに表示されている数字が徐々に増えていっているのだから、この空間は今も動いているのだろう。揺れや振動が一切無いエレベーターの中で、テクスはクルスを不思議そうに見やり、


「君はさっきから何に対して憤りを感じているのだね?」

「……分からないのかよ。あんたがどう考えようと、軍用基準性能調整個体は人間なんだぞ……! 人殺しをするためだけに子供を作って育てるとか、倫理的に何も思わないのかよ!?」

「ほほぅ、軍用基準性能調整個体を人間とは……少尉はよほど感性に富んでいるのだな。きっと芸術家向きだ」

「……からかってるのか?」

「そんなつもりは無いが、気に触ったならば謝ろう……。だが仮に――そうだな。軍用基準性能調整個体が生物だったとして、だとしても、そこに意味は無い。あれらがなんであれ、私の取っている手段はとても人道的であることは疑いようがないのだからな」

「……なんだって?」


 クルスは自分の耳を疑った。

 戦うためだけに命を製造して、戦うことだけを目的に育成し、そんな存在を命だとすら認めずに、戦場に送り出している。その所業を前にして、この人間は人道的などと言ったのである。


「クルス少尉、まだ若い君には中々実感が湧かないことかもしれないがね」


 テクスはエレベータの壁に寄りかかって、白衣の懐から合成味覚煙草を取り出して口に咥えさせた。

 苛立ちを感じさせるゆっくりとした仕草で大きく息を吸い込み、吐き出し、もう一度吸い込んでから、


「……人間を一人育てるためには、とても労力がかかるものなのだ。二人の男女が愛し合い、母がおなかを痛めて生み出し、父に守られ、慈しんで育てられ、多くの人に囲まれながら成長していく。その苦労はそう簡単に語れはせん」

「…………なにを」

「そうやって多くの人に愛されて育った人間を戦場に送って殺し殺され、戦わせるよりも、誰にも祝福されずに生まれた軍用基準性能調整個体の方を代替品として戦わせた方が、よっぽど不幸になる人間が少なくてすむではないか」

「――――……、」


 クルスは言葉に詰まった。

 それは決してテクスの放つ、自分が持つことのない異彩な雰囲気に怯んだわけではない。

 思考の何処か。様々な感情が入り交じる胸中の片隅に、彼の言葉に対しての一定の理解を示す色が混じってしまったからだ。


 死にたくない。

 戦いたくない。

 失いたくない。


 それは生命の種である以上誰もが持っていて当たり前の、遺伝子に刻まれた本能にも等しい感情だ。誰だって、不幸な目になど遭いたくない。

 だがそれが事実であると同時に、それを現実として許容してくれるほどこの世界は慈悲深くない。この世界は既に、もう逃げ場所がない程までに戦火に塗れている。


 両親、親戚、恋人、友人、上司、同僚、部下――あらゆる事柄が細分化されたいまの社会で、人間は一人で自己完結出来るほど狭く生きられない。命が失われば少なからず嘆く者が現れるのが道理だ。

 クルスがこれまでに殺めてきた相手とて、それは例外ではないだろう。


「資源、領土、宗教、人種。――くだらん、実にくだらん」


 白髪の老人は口から合成味覚煙草を離して、深く息を吐き出し、


「誰かに愛され、手間暇をかけて育まれてきた命が、たった二十グラムにも満たない鉛に貫かれて息絶え、爆弾で纏めて吹き飛ばされたりする。その失われた命にかかった途方もない労力を考えると、ワシは臓腑が煮えくりかえるぞ。よくもまあ、あそこまでものの価値を把握出来ずに浪費出来るものだとな」


 そう呟くテクスの声音で、クルスは理解する。

 この老人は、本気で人の命が消えることを憂いているのだ。そして憤ってもいる。上で指示を出す人間達に従って、何百、何千、何万と命が消え去っていく現状に。

 なるほど。人の犠牲を減らすために海上都市で技術者をしているこのテクスという男は、もしかしたら人道的な人間のかもしれない。ただその彼の厭うべき括りの中には、科学によって人為的に生み出された命が含まれていないだけなのだ。


「なんでそんな考え方が出来るんだ……」


 歪だった。

 嫌悪感を覚えるほどに、価値観が相容れない。そこまで人間の命を厭いながら、なぜ軍用基準性能調整個体は命として含められないのか。


「弾がもったいなくて引き金を引けなかったり、刃が汚れることを嫌がってナイフを振るえない兵士がいるのかね?」

 

 何の疑問を覚えずにテクスはそう返事をし、


「惜しむ必要など無い。何せ今現在の軍用基準性能調整個体の数は一万近いのだからな」


 そうテクス博士が言うと同時に、二人を運んでいたエレベーターの扉が開く。どうやら到着したらしい。

 左右に割れていく扉の隙間から現れる光景。

 そこは階層丸々一つを用いて作られた空間だった。広く幅取られた面積の窓硝子からは白い陽光が差し込み、その階を明るく照らし出している。

 テーブルや椅子が幾つも無数に設置されている大人数の収容を目的としたその空間は、クルスの記憶の中にある高校の学食に通じるものがあった。


「……まじか」


 目の前の光景を見て、クルスは思わず呆然となる。


 クローニング技術を基礎とした人造兵の量産。

 その言葉の意味を頭では分かっていても、真の意味ではまだ理解していなかったのかもしれない。


「単価にしてしまえば、軍用基準性能調整個体など君が扱う万能人型戦闘機の千分の一にも及ばない代物だよ。所詮は、これらは増産可能な消耗品でしかない」


 金髪、赤眼。

 感情の色を感じさせない、掘り出された雪像のような表情。 

 それはクルスが知る少女と同じ目、同じ顔を持つ軍用基準性能調整個体達の姿だった。




   ***




 白い街並みだ。

 八十八階という高層ビルの上から見下ろす海上都市の光景は、まさに白亜の都市と言い表すに相応しい。

 海の向こう側から昇ってくる朝日に呼応するかのようにして、白光を受け止めた建築群が宝石のように煌めき、その場に幻想的な姿を晒していく。都市外で発行されている観光ガイドなどには、この光景を海上の宝石などと呼び称していたりする、海上都市の姿である。


「わー、良い天気だねー」


 そんな光景を前にして、エレナはのんびりとした声を漏らした。

 高層建築物の屋上。

 白く耀く海上都市を背景に、黒と白のワンピースを着た彼女を朝日が照らし出すその光景は、まるで一枚の絵画のように収まりが良かった。感受性が豊かなものならば、気流によってはためくスカートにすら芸術的価値を見出しただろう。

 朝の陽光を浴びて煌めくのは何も白亜の都市だけではない。

 人工的に生み出された海上都市の風が、艶のあるプラチナブロンドの髪を掬うように静かに揺らしていき、エレナは気持ち良さげに目を細めた。


 まだ日が昇る最中の早朝に研究所を出発したエレナがこのビルの屋上に足を運んだことには、然程大きな理由があったわけではない。

 簡潔に言ってしまえば、視界が開けていて、都市内部を広く見納めることが出来て、他人の目に付かなくて――そんな簡単ないくつかの条件が満たされていれば、あとはどこでもよかった。強いてエレナがこの場所を選んだ理由を挙げるならば、彼女が単純にここからの風景を見てみたかったから。透明な殻に覆われたこの都市の姿を、その内部から眺めてみてどう映るのかが気になったのだ。


 エレナは風に髪を揺らされながら街並みを眺め、そして暫く水平線の彼方を見やった後に、視線を足下へと向けた。

 万能人型戦闘機の搭乗者であるエレナは今更この程度の高さで恐怖など覚えるわけもないが、それでも摩天楼の如き構造物の屋上から見下ろす白亜の都市群はミニチュアのようなスケール感で視界に映る。

 モノレールや電気車両といった公共交通機関が充実しているために、独立都市アルタスと同じく海上都市内の車道の交通量は非常に疎らだ。ぽつりぽつりと散発的に存在する車の影は、この屋上からだと黒い染みが移動しているように見える。


『最後の楽園』


 海上都市レフィーラはしばしばそんな風に人の口から称されることがあるが、中々面白い冗談だとエレナは思う。一体どこの誰がそんなことを言い始めたのだろうか。

 都市内に巨大な軍事工業メーカーを複数抱え、軍用基準性能調整個体という倫理を無視した戦う人形を用意し、外縁部にはゴーストと呼ばれる市民権を持たぬ不法滞在者達がたむろする。

 ゴースト達が徒党を組んで真空トンネルの中継施設の一つを武力占拠したのはまだ記憶に新しい。内外に脅威が跋扈している現状、あれは起こるべくして起こった事件だといえるだろう。


 歪なのだ。

 これだけの要素を内包しながら『楽園』などと呼ばれている海上都市の存在が――……ではない。この印象は、都市や、個人に対して当て嵌めるべきものではない。


 対象はもっと大きく。

 これだけの起爆剤を内部へ抱え込んだ都市に対して『楽園』などという幻想を貼り付けてしまうこの世界そのものが、歪なのだ。


 この世界のどこにも、人々が求める『楽園』などは存在しない。

 そのことに多くの人間が薄々に気がつきながらも、その事実から目を逸らし、人の手によって海上に生み出された人工の都市という非現実的な空間に、その虚実を求めている。

 それは救いを求めているからなのか、或いは希望がなければ人間は生きていけない生物だからなのか。


 何にせよ、随分と滑稽な話である。

 もし、この世界を作りだした神のような存在がいるとして。それが今のこの世の有り様を見たら、なんと言葉を漏らすだろうか。

 悲しむのか、哀れむのか、嘆くのか。

 流石にこの歪みきった世界を見て喜ぶなどという性根の曲がった存在ではないと信じたいところではあるが――事実は不明だ。或いはこの世界を作った存在にとってはこの世界のことなどどうでも良く、一度たりとも関心を持ったことなど無いのかもしれない。


 そも、エレナにとってはその全てがどうでもいいことなのだが。

 基本的にエレナという人物は楽観的であり、なおかつ快楽主義でもある。

 先のことなど二の次、生きていればどうにかなるだろうという考えを根底に、今が楽しくなるように行動を選択する。エレナが現状シンゴラレ部隊に籍を置いて活動しているのにもいくつかの理由があったが、エレナ自身があのコミュニティをそれなりに気に入っているというのが、やはり大きい。


「まあ、生きるっていう定義も曖昧なものですけどー」


 それは旧時代から続く思考実験だ。

 生きるというのは、命とは、はたして何を持ってそう決定づけられるべきなのか。

 心臓が動いていれば、生きていると認めるのか。ならば脳が壊死し、一生植物状態であることを強いられている命を生きていると、本当に断言出来るのか。 

 或いは、肉体の大半を人工物に代替し、生まれたときからその存在の在り方まで決められている軍用基準性能調整個体は、果たして生命と言えるのか。仮に電子上の仮想AIに自我が芽生えたとすれば、それは命として認められるのか。


 エレナが思うに、恐らく、肉体の有無などは然したる問題では無いだろう。

 食事によって外部からエネルギー源を得て、体内で変換し、筋肉によって伸縮する心臓という圧力装置によって、全身に血液を巡らせる。

 肉体という構造も突き詰めてしまえば、様々な肉体機能が連鎖して動くように設計されている良く出来た仕組みに過ぎない。

 鉄か肉か。

 血か電気か。

 骨格か、歯車か。

 所詮はその程度の違いでしかないのだ。

 ならば命の――生きるという行いの境目は、はたしてどこにあるのか。

 万人が納得出来るその答えを出せたものは、未だかつて存在しない。

 旧時代も、今の世も、ここではない別の世界でも。


「――視界はりょうこー、風通しはよしー、肉眼で確認するこういう景色もたまには良いものだねー」


 風に揺らされる自分の髪をそっと撫でつけながら、エレナはゆっくりと視線を巡らす。


 高度四百七十メートル。

 立ち並ぶ高層建築物の中でも一際背の高いビルの屋上。

 

 常人にとっては足が竦むその高さも、万能人型戦闘機に乗り慣れた搭乗者にとっては低すぎる位置だ。

 搭乗者にとって己の目は命綱とも言える重要な要素の一つだが、生物である以上当然それにも限度はある。

 生身の人間がこの位置から地上を見下ろしたところで何かを見つけられるわけもないだろうが、エレナは監視機械がそうするかのように暫くじっと眼下を眺めて――不意に、何かを見つけたようにある一点へ視線を定めて、そっとナイフの切れ目の様に瞳を細めた。 


「一、二、三――……うーん、思ったよりも数が多いなあ。大元はやっぱり、地下かー」


 まるで地面の上で列を成す黒蟻を観察するような、無機質な表情。

 それは。常日頃から人好きのされる柔和な笑みを浮かべている彼女からは想像出来ないほどに無機質で、誰にも触れられたことがない金属と同質の冷たさを持ち、


「ま、暫くは地道に摘んでいきますか」


 エレナが漏らした小さな呟きは誰の耳に届くこともなく、海上都市が生み出す風に流れて消え去っていった。

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