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プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
85/93

軍用基準性能調整個体

 要するに人工生命研究所というのはその目的が月日によって歪に捻曲がってしまい、今では人体改造実験に手を染めている掛け値無しの軍事研究機関ということだった。

 アモンの言葉を借りるわけじゃないのだが、人間には欲がある。

 そう考えればその流れは当然といえば当然――謂わば、必然なのかもしれない。

 生来のものよりも高性能な内蔵器官を作ることが出来れば、今度はそれを使って高性能な個体を生み出そうと誰かが考えてしまうのは、それほど不思議ではなかった。


 ましてや、この世界では戦争という行為が余りにも気軽に行われ過ぎている。

 何年とかけて育まれた命が獄炎で一瞬で消し炭になり、無為に浪費され消えていく。この世界ではそれが正常なのである。

 クルスが独立都市にいた一年に満たない間を振り返ってみても、テロ集団の施設占拠や武装勢力の資源略奪、協定を無視した遠征破壊活動と、嬉しくもない項目が綺麗に並んでいる。

 そんな火種が別段特別視されることもな存在している世界なのだから、自然と人道や倫理といったものが蔑ろにされていくのも当たり前な話ではあった。


 だが。

 それとこれとは話は別である。

 なんでそんな得体の知れない研究機関に自分が呼ばれなければいけないのだと、クルスが呻き声を上げたのが朝食の際にアモンから話を聞いて一度部屋に戻った後のこと。

 その現状を認識したクルスが思わず頭を抱てしまったとしても、誰が責められようか。


 完璧兵士(パーフェクトソルジャー)――軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)などいう物騒な単語を初めてクルスが耳にしたのは昨日、海上都市に向かう輸送機の中でのことだ。

 情報提供者は同行者であるエレナであったわけだが、今にして思えばあの同僚は知っていたのではないだろうか。――つまりは、人工生命研究所がどういう場所かということである。

 そうでなければ、余りにもタイミングが良すぎるというものだ。

 そのくせ、具体的な説明や情報は一切こちらに渡してこないというのだから、やはりあの美人はイイ性格をしている。


「行きたくねー……」


 純然たる気持ちが口からついて出る。

 誰が好き好んで改造人間を作っているような所に足を運びたがるというのか。そもそも呼ばれた目的が一切不明なことが不気味だった。

 行った途端に手術台に縛り付けられて勝手に改造されたりはしないだろうか。

 左手に光線銃を付けられたり、記憶を消されて黒い巨大機動兵器に乗せられたり、ナノマシンの集合体を宿されたり――……不安は尽きることはない。

 悲しいのはクルスに一切の拒否権など無いという事実である。

 どうせ足を運ばなければならないのならば聞くんじゃなかったという気持ちが、重しのように胸中に(わだかま)りを残している。



 人工生命研究所は都市中心部からは大分外れた位置に存在していた。 

 とはいえ、万能人型戦闘機技術研究所のように施設の一部が透過パネルの外に迫り出すほど端にあるわけでもない。

 いくつかの公共交通機関を乗り継いで辿り着いた人工生命研究所は一見してしまえばどこにでもありそうな、何の変哲もない白い高層ビルだった。

 ただ唯一気になるのが、辺りに人の通りが全く無いことだ。まるでこの一角だけが周囲から隔絶された空間のようで、得体の知れない不気味さを放っている。


「ほんとに人いるんだろうな……」


 思わず目的地がこのビルで間違いないことをその場で数度確認してから、クルスは重い足取りで入口を潜って中へ入った。

 待合用の長椅子に、申し訳程度に置かれた観葉植物に擬態した空気清浄機。

 中の光景はどこにでもあるロビーだったが、やはり人の気配は無い。しかしクルスが足を踏み入れると同時に、少女達の声が唱和するように合わせて聞こえてきた。


『人工生命研究所へようこそ。』


 クルスは半ば反射的に首を動かして、声のした方を見やった。

 一見すると顔立ちの整った人間のようにも見えるが、そこには生物としてあるべきはずである生気が無く、その後頭部から生えた巨大なゼンマイのような装飾部品が、その存在達が人間でないと知らせている。

 受付のカウンターに並んでいる少女達の数は五。

 同じ目、同じ鼻、同じ耳、同じ口、同じ顎、同じ髪。

 彼女らは寸分変わらぬ顔立ちで柔和な笑みを湛えていたが――、別に彼女たちが双子や姉妹というわけではない。ただ同じ製造会社の同一規格品というというだけである。


 彼女たちの後頭部から生えたゼンマイ部品がその証拠。彼女たちは人間ではなく、金属の部品を組み合わせて生み出された自動型擬人機械(サイバロイド)だ。

 日本でもそうだったが、ここ海上都市でも生き物を模した自立型機械は一目でそれと分かるようにデザインすることが法律で義務付けられている。

 しかしクルスは訝しげに目を細めて、小さく首を捻る。


「……なんでゼンマイ?」


 自動型擬人機械を外見的に分からすためには、大抵の場合は耳を縦に長く、先端を尖らせたり、或いは一部分の人工表皮を剥離させて内部の機械部分を露出させたりするのが一般的だ。

 機械と外から分かればそのデザイン手法はほぼ自由であるが、馬鹿でかいゼンマイを頭にくっつけた自動型擬人機械をクルスは初めて目にした。

 しかもよくよく観察してみれば、少女達の頭に生えたゼンマイはゆっくりとではあるが回転しているようである。まさかそれを動力にしているわけもないだろうが、妙に芸の細かい。 

 クルスが受付の正面へと足を進めると、内蔵した感覚器でそれを察知したらしい擬人自動機械の一体がゆっくりとした動作で顔を上げた。


『ようこそ、お客様。ご用件はなんでしょうか。』


 整った顔立ちに微笑まれてそう言われるとつい歓迎されているような錯覚も受けるが、そんな訳も無く。

 彼女たちはただ書き込まれたプログラムに沿ってその通りに動いているだけの、人形である。


「あー……人に会う予定をしてあるはずなんだけど」

『――はい。面会のご予定ですね。お名前、あるいは登録番号をどうぞ。』

「クルス=フィア」

『――投合領域へアクセス。検索終了。該当記録アリ。……はい、予定が確認出来ました。担当の者が来るまで、その場で少々お待ちください。』


 自動型擬人機械の少女の対応は実に事務的だ。

 声を出すか指を動かすかの差があるくらいで、実際にやっていることは電子端末を弄っているのと変わりはない。


 そのまま人間の声と殆ど相違ない自動型擬人機械の人工音声に従って受付の前で待つこと、少し。

 何か差異は無いのかとクルスが横に並ぶゼンマイ少女達を相手に間違い探しをして時間を潰していると、通路の奥からすぐに一人の人物が姿を現した。


「やーやーやー、待たしてしまってすまんな!」


 現れたのは白髪の交じった男であった。 

 見た限りでは五十を過ぎた辺りの齢で、生え際がやや後退しているように思える。研究員となるとそれが正装のようなものなのか、身に着けているのはアモンと同じような白衣であった。相違点といえばアモンのそれは皺が跡になって残ってしまっているのに対して、目前の老人のものは新品同然の清潔さを保っていることか。

 男は早足で近寄ってくるなり、興奮した様子でクルスの手を握ってくる。

 握られた手は年相応の皺が刻まれているものの皮は薄く、肉は軟らかい。荒事を知らない人間の手だった。


「ちょ」

「おお、おおっ! 君がクルス=フィア君か! わははは、いや、会いたかった! 本当に会いたかったぞ!」

「は、はあ?」


 姿を見せるなり意気込んだ様子を見せる男にクルスは困惑する。

 初対面の相手にこうも熱烈に歓迎される覚えが全く無かったのだから、それも当然であった。


「ええと、あなたは?」

「おおう、そうだまずは自己紹介をせねばならんな。ワシはテクス=ノッテルという、まあここでしがない研究員なんぞをしとる超天才的な凡人だ。覚えておくといい」

「超天才の凡人……?」


 一切の淀みも無く口にされた内容にクルスが訳が分からないという呻きを漏らしたが、テクスを名乗ったその老人はそんなクルスを全く意に介した様子も見せずに、血走らせた瞳の奥に爛々とした光を宿しながら、じろじろとクルスの顔を観察し――そうして、うんうんと何事か頷いてみせる。 

 一体何なんだとクルスが口元を引き攣らせていると、テクスは猛烈な勢いで口を開き始めた。


「ほほう! しかし驚いた! 噂には聞いていたが、君は本当に若いな! 十六才だというが、つまりは思春期の少年と言うことだな。つまり比較的年齢が近く、情緒が安定しない子供という不安定な要素がメンタルグラフに影響を与えたと言うことか? いやしかし、似たような環境に置かれていた個体は他にも存在していた。にも関わらず〇一九八だけが次の段階に進んだのは何故なのか。軍人、あるいは戦場という極限の環境下が作用した? だとするならば次世代型のメンタルグラフで真に注目すべき点は……………」

「…………」


 テクス博士の興奮度合いに合わせるようにして、未だ握られたままの右手がぶんぶんと犬の尻尾のように上に下に振り回されていく。

 突撃銃の引き金を引きっぱなしのままでいるかのように怒濤の勢いで言葉を吐き出す目の前の老人に――しかも殆ど意味が理解出来ない――クルスは呆然としたまま、然りとて文句を言うことも出来ずに閉口する。


 どう反応するべきか、正解が分からない。

 分からない、が。

 クルスの胸中には早くも、隠すことの出来ない思いが湧き上がってきていた。


 ――ああ、すっげえ帰りたい。




   ***




 クルスが案内されたのは研究所建物内の一室だった。

 移動手段は徒歩とエレベーター。

 人工生命研究所という高層ビルの中層階に位置しているそこは来客用の応接室ではなく、恐らくはテクスの個人的な研究室なのだろうとクルスは推測した。

 研究用のものか、あるいは私物か。判断はつかなかったが、色々なものが雑多に置かれている。中には『機密情報』と赤判の押された書類などが無造作に積み重なっていたりもして、大丈夫なのかと思わず半眼になる。

 そんなクルスの様子に気がついたテクス博士がゆっくりと顎髭を擦りながら言った。


「なあに、どうせ大した情報は書いておらんさ。なんならコピーしてくれてやってもよいぞ。今なら持ってるだけでたちまちに都市守衛やら警備部やらから人気者になれる大変お得な特典付きだ」

「いるか、そんな呪いのアイテム」


 別に書類の内容に興味も無いし、知ったところで百害あって一利なし。

 中身を一目見てみようとすら思わない。

 つい敬語を使うの忘れて言ってしまったが、目の前の老人は全く気にした様子は見せなかった。もともとそういった行為に全く関心が無いのか、意に介した素振りも見せずに言葉を続ける。


「ふむ、いらんか? なら受付にいた機械人形でも持って帰るか? どれも特別改造を施した非売品だぞ」

「機械人形……あの受付にいた奇抜な見た目の自動型擬人機械のことか?」

「そうだ! どうだ、かわいかっただろう!? あれらはわしがデザインしたのだ。頭のゼンマイはただの飾りで、機能的な役割は一切何も無いがな」


 人の形をした機械がゼンマイで動いているとは流石に考えていない。

 特に意外性もなくまあそうだろうなとクルスは一度頷いてから、しかしすぐに会話の流れが不自然だろうと気がついて、胡乱げな視線を目の前の老人に向けてしまった。


「というか、なんでそんなに俺に物を押しつけようとするんですか? しかも、機密書類やら貴重な自動型擬人機械やら、個人の手に余りそうな厄介な物を……」

「なあに、ワシからのちょっとした礼みたいなものだ。別に遠慮することはないぞ。ついでに言うと敬語も慣れてないなら使わないで構わん。ワシは君の上司でも何でも無いのだからな」


 敬語使わないでも気にしないなら使わなくて良いかな、でも一応仕事先の相手だしなあ……。

 クルスの内心を見透かしたように、テクスが言葉を付け加えてくる。

 そんなに自分の顔に出ていたかと思わず気になったが、使わないで良いと言ってくれているならと、素直に言葉に甘えることにする。一瞬脳裏に青筋を浮かべたグレアムの顔が思い浮かんだが、速やかに消去した。おっかない上官は遙か海の向こう、ここに現れるわけもない。

 そんなことよりもと、話を戻す。


「で、お礼って、一体何の話ですか? 全く身に覚えが無いんですが」


 クルスとテクスは間違いなく今回が初対面のはずである。

 そんな相手から礼を言われるなど、違和感を通り越して不自然である。不信感とも警戒心とも言える感情が湧き出てくる。気分的には悪徳勧誘をされているものに近い。


「そう警戒するな、反応が普通すぎてつまらんぞ。単純に君に対する感謝と、これから実験に付き合って貰う、その駄賃みたいなものだ」

「後者はともかく、前者が分からないんだって。その感謝っていうのは、何に対するものなんだよ。あんたに喜んで貰うようなことをした記憶なんて俺には一切無いんだけどな」


 クルスは正直に言ったつもりだったが、途端にテクスは覚醒したかのように目を見開いた。その異様な迫力に、クルスは思わず一歩後退ってしまった。


「馬鹿を言うでないわっ。独立都市から〇一九八の報告が上がってきたとき、ワシがどれだけ歓喜したことか! あれを独立都市の軍にやってから既に一年以上が経っていたからな、成果など無いとすっかり諦めかけていたからに、驚きと喜びは殊更だった! 君にはどれだけ感謝してもしたりないくらいだぞ!」

「……いや、本当に何の話だ?」


 クルスは顔を顰める。

 熱に浮かされた目の前の老人が何を言っているのか全く理解出来なかった。ともすれば、目の前の男は何か勘違いでもしているのでは無いかとすら疑ってしまう。

 両者の間に存在するその温度差にようやく気がついてくれたのか、テクスは唇をアヒルのように尖らすという年甲斐の無い仕草をして見せた後に、薄く目を細める。


「ふむ……? 時に、クルス少尉。君はここでなんの研究がされているか、知っているのかね?」

「まあ、大雑把には。なんでも今は軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)とか言うものを研究しているとか――」

「そう、それなのだっ!」

「……いや、それだって言われても……、そもそも、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)がなんなのかすら俺はあんまり知らないんだが」


 いきなり声を上げる老人の迫力に若干仰け反り気味になりながら、そもそもその名称を耳にしたのだって最近のことだと小さく首を振ってみせる。

 生体部品を用いた完璧兵士の創造。

 今朝方アモンから聞いた話であるが、クルスが知っているものなどそれくらいのものだ。しかもそれも表面の言葉をなぞっただけのもので、詳細などは知りようもない。


「うむ、なるほど……そこからか。そうか、すまないな、ワシとしたことが興奮しすぎで少々順序を忘れてしまっていたわ。まず、君には軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)について最低限知って貰う必要があったのだな」

「出来ればそうしてくれると助かる」


 クルスがそう言って頷くと、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したらしいテクスは、白衣の下の懐から合成味覚煙草を取り出すと、その端先を口に含んで静かに息を吸い込んだ。

 合成味覚煙草は所謂、電気煙草の一種であり、副流煙などは一切発生しない。

 市販の味覚のカートリッジと入れ替えることによって、様々な味を楽しむことが出来るようになっている嗜好品だ。

 クルスにとってはあまり見慣れない物だったが、寧ろこの世界では煙草と言えばこの合成味覚煙草が主流であり、シンゴラレ部隊の一員であるシーモスのように一定の中毒性を持つなまもの(・・・・)を吸う方が珍しい。

 テクスは口元から合成味覚煙草を外して暫く余韻を楽しむように間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。


「一番基本的な話だが。軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)というのは、単純に言ってしまえば素体となる肉体に様々な強化処置を施した改造個体の総称だ」

「それは話に聞いてる。ようするに強化処置っていうと、機巧化兵みたいなものだろう?」


 クルスがそう言うと、テクスは若干不機嫌そうな顔つきを浮かべて鼻を鳴らした。


「違う。機巧化兵は戦闘用の義肢などを付けたに過ぎん。あんなものは言ってしまえば、手や足の形をした武器を装備しただけの人間だろうが」


 その様子はどこか、あんな玩具と一緒にするなという、子供が生来にして持っているような傲慢さにものに似ていた。

 テクスは指先で合成味覚煙草をくるりと回してから、クルスを見やった。


「よいか、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)に行われる強化処置の内容はすごいぞ。外側だけ付け替える機巧化兵などとは比べものにならん。筋肉や臓器、骨格を強靱な代替物へ変更、複数の特殊型ナノマシンの注入、薬物によるドーピング、そして脳機能の一部機械化処置――わかるか!? ただ代替品の延長物を付け足しただけの機巧化兵とは根本からしてまるで違うのだ!」


 いったんは落ち着きを見せかけていたテクス博士の言葉に、再び熱がこもり始める。熱心、といえば聞こえは良いのだろうが、クルスは目の前の男が瞳の中に宿しているものはそんな単純なものではないと、直感で分かった。

 例えるならば、氾濫した河川だ。

 周囲を顧みず、あらゆる物を呑み込み、濁り、濁流となりながら止まることなく落ち続ける、凶悪さを備えた災害。

 クルスはふと、今朝方にアモンから聞いた話を思い出した。


 完璧兵士(パーフェクトソルジャー)

 戦うための、強力な能力を得る。 

 その一点のためだけに生来の肉体を切り分け、人工培養された強靱な人工物とすげ替える。まるで機械の部品を変更するかのように肉体を扱い、そこには躊躇や躊躇いは一切無い。


 妄執に取り付かれているという言葉も納得だった。

 重度の強化処置には大きな危険が伴い、技術が進歩した今でもその死亡率は低くはない。特に脳への処置は被献体への負担が大きく、命が残っても廃人同然になって仕舞うことが多いのだという。

 そんな内容を平然と語る、目の前の老人の姿がクルスには黒く歪んで見えた。


「つまりは――軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の強化処置とは謂わば混じり合い、生命と機械の融合なのだ! その違いがわかるな!?」

「はあ……」


 イライラとしたものが胸内に生まれるのをクルスは感じる。黒くて、焼けた鉄のような熱を持つ、名状しがたい蟠り。

 少しして、クルスはそれが怒りだということに気がつく。

 命を物としてしか認識していないその在り方。

 その価値観が、どうしても自分と馴染まない。


「……」


 だが、命を物扱いというのならば、それは自分も同じだ。

 幾度の実戦を経験したクルスは、すでに戦場で相手の命を慮ったりはしていない。銃口の先に収まっている人間のことなど意識せずに、躊躇無く弾丸を放っている。

 相対した命を貶めたり蔑ろにしたりはしていないが、その尊さも既に忘れてしまっている。そんな自分が目の前の男に怒りを覚えるというのは、あまりにも自己本位というものだ。


 もし、この場で怒りを覚え拳を振るうような権利がある人間がいるとするならば、例えば、そう――雪原で遭遇した宵闇色の万能人型戦闘機。

 時代錯誤な白兵戦用の長刀を扱い、自分の命が危機に瀕した瞬間までも相手の命を奪おうとはしなかった、あの搭乗者のような者だけだ。


 それでもクルスがこうまでに荒い感情の波を抱えることになっているのは、自分の中に沈殿している紫城稔という人間の価値観が未だにこびりついているせいだった。

 この強固な汚れは何度洗い落とそうとしても、しつこくこびりついて中々削ぎ落ちることがない。

 普段から意識しているわけでは無い。

 だが今回のようにふとしたときに、気まぐれに思い出したかのように胸内から後悔のような感情が湧き出てくる。

 それは何かが自分に警告しているようでもあり――何に対してかは分からないが、非常に強い苛立ちを感じるのである。


 クルスは揺れる水面を落ち着かせるように自分に言い聞かせて、大きく息を吸い込んだ。肺に酸素を満ちていく。適温に保たれているはずの部屋の空気がやけに冷たく感じた。


「博士」

「もっとも、脳への機械化処置は近年になってようやく机上論から実現段階に移ったところでね。それを施されている個体は全体の一割以下。極々少数だ。主なところでは脳と直結した高速演算プロセッサによる情報処理能力の異常加速、電探知機による索敵能力の付与……変わり種では、機動兵器と直接接続することによる操作の最適化なんてものもあるな」

「――テクス博士!」


 荒くはない。ただ力のこもった強い声でクルスが流れ続ける声を中断させると、その発信源であった初老の男は些か不満げに顔を顰めた。


「むう……なんだ。今が良いところだというのに」

「博士、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)のことはある程度分かりましたけど――それで結局、俺との関係は? そして、実験の協力っていうのはいったい何をすれば良い?」


 話が終わりそうにないというのが強引にクルスが言葉を挟んだ理由の一つだが、それよりも、さっさと用事を済ませてこの場から立ち去りたいというのが正直なところであった。

 この老人の話を聞いていると、次の瞬間には自分がとんでもないことをしでかしそうになる気がしていた。

 これに良く似た感覚を以前にも味わったことがある気がする。しかしそれがいつのことなのか、思い出すことが出来なかった。


「うむ……、まあ、そうだな。では本題に近づくとするか」


 テクス博士はまだ物足りなさそうな様子を見せていたが、クルスの言葉に一定の妥当性を認めたのか、渋々といった表情を浮かべたまま頷いた。

 恐らく会話が好きというよりは、他人に自分の考えを聞かせるのが好きなのだろう。相手の返答を求めているのではなく、ただ静聴してくれる傍観者を欲しているのだ。


「……さて。まずは現状説明だが。現在海上都市で戦力として採用されている軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)は二世代型に分類されている」

「二世代……一世代型は?」

「重大な欠陥が見つかって全て廃棄処分されておる。二世代型軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)はその一世代型の欠陥を克服するために設計され、結果としてその問題克服には成功したが……また別の欠陥が発生した」


 何かを改善したらまた別の問題が発生するというのは、よくある話である。技術開発は問題と欠点の洗い出し、そしてトライ&エラーの繰り返しだ。聞くに軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)は然程古い技術ではない。未だ発展途上にある技術体系なのだろう。

 一世代型を処分したという内容にはじっと目を瞑って、クルスは無言で話の先を促した。


「実践モデルとして開発された第二世代型は極めて高い身体的能力を持ち、上位者の命令には絶対服従、状況に流されない冷静さを兼ね揃えてはいるが……、それは言い換えれば命令に依存しているとも言えてしまう。個の資質を薄めるのが第二世代型の指針であったが、その弊害か、自分で考え行動するという行為に対しては酷く鈍感で、消極的になっているのだ」


 そう言われても、クルスはいまいちしっくりと来なかった。納得が行かないと、小さく首を傾げる。


「あんまり分からないんだが、問題があるのかそれ? ようは命令を出す人間がいれば良いんだろう?」


 命令に依存していると言われても、そう軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)に望んだのは開発者である彼等自身ではないか。一そこに体何の問題があるというのか。

 クルスのその内心が伝わったのか、テクス博士は合成味覚煙草を人推した後に言葉を付け足した。


「ふむ、例えば、だ。仮に作戦行動中に想定外の事故が起こるなどして、その目的達成が絶対不可能になったとしよう。その場合、君ならばどうする?」

「どうするって……、そりゃ、別の方法を考えるか、諦めて撤退するかじゃないのか」


 というか、他に選択肢などあるのだろうか。

 何かの引っかけかとも疑ったが、テクス博士は案外素直に一つ頷いて見せた。


「そう、普通はそうする。誰だってそうだろう。失敗すると分かっていて同じ作戦を決行する者はいない。代案か、撤退を選ぶのが道理だ。……だが、二世代型軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)に限ってはそれが出来ん」

「その出来ないって言うのがいまいち、俺にはぴんと来ないんだけどな。要するに、それは諦めるってことじゃないのか?」

「諦めて、それで撤退でもしてくれるならまだ良いのだがな」


 テクス博士は返ってきたテストの答案用紙が予想以上に低かった時のような、そんな忌々しそうな渋面と共に息を吐き出し、


「もし実際にそうなった場合、大半の軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)は身動きが取れなくなる。それに当て嵌まらない軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)は、そうだな。……実行不可能になった作戦を強引に推し進めて玉砕といったところだろうな」

「おいおい……」


 いったい何の冗談だろうかとクルスが呻き声を漏らしたが、残念ながらテクスは発言の撤回を行わなかった。それはつまり、彼が嘘をついていないと言うことだった。


「その為、現在海上都市で稼働している軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)部隊は一人の指揮官が複数の軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)を統率、指揮する形で運用されている。……だが所詮は苦肉の策だな。実戦で採取した統計データでは、指揮官が失われた場合、その指揮下にいた軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の生還率はほぼ零パーセントだ。はっきり言って、効率が悪いにも程がある」


 それはそうだろうと、クルスは顔を顰めた。

 幾ら潜在能力が一流であろうとも、それを活かせなければ何の意味も無い。指揮官が失われればその下で一時的な混乱が起こるのは常だが、それは時間と共に収束する、あくまで一時的な現象である。 

 だが軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)にとってはそうならないのだという。

 指揮官一人失われた途端に機能全停止、最悪棒立ちになるなど、そんな部隊を実戦に出すなどとても正気だとは思えない。

 部隊として運用し、成果を期待するには不安定すぎるというのもあるし、そもそも結果が成功か全滅かなどと言う極端な二択では、兵士の損耗が激しすぎる。


「君も察したとおり、その欠点は二世代型完成後早期から指摘されていた。人口と資源に制限のある海上都市では、人員と資材の損耗率は死活問題なのでな。そこで次に始動したのが、自発的に最適な思考を行える第三世代軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の開発計画だ」

「三世代型って言うのは要するに……」

「そう。慌てず惑わず、高い戦闘能力を持ち、命令に絶対従順。――それら第二世代の性能に加えて、状況を見極め、自発的に最適な思考を行うことの出来る軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)。それが第三世代型だ」


 そこで一つ言葉を切った後に、


「そして、クルス少尉。君に手伝って貰うのはその三世代型の雛型。二・五世代型軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の開発ということになる」


 テクスはその濁りきった瞳をクルスに向けて、はっきりとそう言ってきた。

 クルスは驚いて目を見開き、次いで慌てて首を振る。


「いやいやいやいや、待ってくれよ。俺は搭乗者であって、開発者でも研究者でもないんだぞ? 万能人型戦闘機すら関係ないし、完全に畑違いだろ。一体何に協力出来るっていうんだよ」

「なに、別に難しいことではないのだがな」


 そう言った後にテクスは視線をデジタル表記された時計へと動かし、


「……ふむ、そろそろ良い頃合いだな。場所を移動するとしよう」

「は……? ちょ、おい!?」


 テクスは徐に立ち上がると、部屋の外へと歩き出していった。

 余りの前触れの無さにクルスは暫し呆然とし、ふと我に返ると慌ててその後を追いかけた。内心でもう帰ってしまおうかという考えも浮かんだが、流石に実行には移せない。

 クルスがこの場にいる理由は善意のボランティアではなく、対外機構軍の命令なのだ。面倒になったのでサボタージュしましたは通用しない。


「あーもう、なんなんだこの最悪な職場は……」


 シンゴラレ部隊といい、余り自分は職運というものが無い気がする。

 思わずくしゃりと黒い前髪を握りつぶしながら呟いたクルスのその言葉は、自分以外の耳に届くことは無かった。


 早足にクルスが部屋の外に出ると、テクスは既に先を進んでいる。幸いにして歩く速度は対して早くないので直ぐに追いつくことが出来た。

 クルスが博士の背後に着くとテクスはそれを一瞥することもなく、再び口を開いた。


「第二世代型がここまで極端に自己判断能力を欠如させた原因は、個を薄めすぎた弊害だということは推測は出来る。その為、第三世代型の雛型となる二・五世代型の目下の目的は、後天的な感情の発露の観測だ」

「感情の、発露?」

「うむ。第一世代型は精神状態については一切の調整を施していなかったが故に先天的に安定さに欠け、第二世代型は個を薄めた結果様々な環境下で高水準に能力を発揮するが、結果的に状況に対する柔軟性を失った」


 この二世代における問題点は、調整が両極端になってしまったことだった。

 邪魔であったから消去するという学の道を歩く者らしからぬ安直な思考は大いに反省しなければならないと、テクスは言葉を漏らした。

 重要なのは有か無ではなく、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)という存在にとってどの程度が丁度良い地点なのかを見極めることだったのである。


「結局の所、バランスの問題なのだよ。戦場で戦う兵器に恐怖を感じたり喜んだりする思考は必要無い。逆らうなど論外だ。だが、命令に従うだけの操り人形でも不合格だ。限りなく感情という要素を薄く引き延ばして個の要素を減らし、柔軟且つ合理的な思考の根だけを深く広く張らせる。その塩梅が重要なのだよ」

「はあ。と言われてもね……」


 クルスは他人事の様に呟きを漏らす。

 感情の発露などと言われても、まるで方法が思いつかない。

 クルスにとって――というよりは、大抵の人間にとってはだろうが、感情というものは生来から備わっているものであって、後天的にどうすれば身につくかなど説明出来るはずも無いのだ。

 息を吸うにはどうすれば良いですかと聞かれても、息を吸ってくださいとしか言いようがないのと同じである。

 そも、今回の内容についてクルスは門外漢の立ち位置である。この一件はどう考えても協力を仰ぐ相手を間違えているとしか思えない。この場で必要なのは独立都市から呼び寄せた万能人型戦闘機の搭乗者などではなく、精神学者や人心研究者の類いだろう。

 だがしかし、テクス博士は「く」という、跳ねるような声を鳴らした。

 少しして、クルスはそれが笑いを小さく漏らした音なのだと気がついた。


「何をマヌケを言うのか。君は既に軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)と深く関わり、こちらの目的を達成しているのだぞ。私が欲しいのはその過程と、精細なデータだ」

「…………はい?」


 その言葉にクルスは僅かにその歩みを緩めて、呆けた声を漏らしてしまった。


「……俺が、もう軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)と関わってる?」


 この時の自分は大層なマヌケ面をしていたのだろうと、後になって思う。もしこの場にタマル辺りが居合わせていれば、大笑いしていたに違いない。

 クルスは自分が何を言われたのかが分からずに、ぽかんとした表情で先を行く初老の後頭部をまじまじと見つめる。

 視線を感じたのか、テクスは歩みを止めて振り返った。


「ふむ。少し話した感じ、君は特別優れているわけではないが決して愚かでもない。なあに、話を思い返して考えてみれば直ぐに気づけるはずだぞ」


 まるで教師が教え子に答えを導かせるような物言いにクルスは僅かに顔を顰めてから、思考した。


 現在運用されているという、第二世代型軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の特徴。

 強化外装などを用いらなくともそれに劣らぬ驚異的な能力を発揮し、生来から抑制されていて感情という存在が極めて希薄。どのような状況でも焦らず、慌てず、恐れず、機械のように命令を遂行する。


「――――」


 そんな存在に、クルスは一人だけ心当たりがあった。

 

「まさか」


 一人の、少女の姿が脳裏に浮かび上がる。

 金髪、緋眼。

 人形のように整った顔立ちの中にも幼さを残した、同じ部隊に所属するクルスの同僚。

 先の任務で片腕を失う重傷を負い、ここ海上都市レフィーラへと運び込まれているという――、


「セーラ……?」


 クルスのその言葉にテクス博士は僅かに口の端を小さく釣り上げた。







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