次世代機の系譜
アーマメント社が開発した〈フォルティ〉の後継機開発を目的として発足した、次世代万能人型戦闘機開発計画。
当初はヒバナが主任を務める開発班より提案されたT―XXを中心に動いていた本計画であったが、アモンが主任を務める開発班が後出しとも言えるタイミングでT―XFを提案することにより、予定に歪みが生じる。
結果として現在、次世代主力機の候補は二種類が存在しており、先に控えた選考会の結果によって最後の絞り込みを行うことになっている。
「選考会と一言にいっても、そんなすぐに終わるわけじゃない。総合的な比較をするためにも幾つもの項目をこなすことになる」
アモンはそう言って、独立都市より派遣されてきた二人の搭乗者を見やった。
万能人型戦闘機の開発ともなれば、社命を賭けた一大事業にも等しい。ましてや同企業内で候補機二つを実機制作まで持ってきているとなれば、それはなおさらだ。
T―XFとT―XX。
現在に至るまでにこの二つの候補機には莫大な予算が投じられており、一面的な見方で優劣を定めて安易な決定を下すわけにはいかない。
必然的に、選考会という名を関した品定めの機会は、幾度にも渡って行われることになる。対抗馬と一回勝負して勝ったら、はい決定! ――となれば早くて済むのだが、残念ながらそう単純なものではなかった。
「最初に行われる選考会は、約二ヶ月後。内容は、機動性や射撃能力などの基本性能を測定するための、実機を用いたトライアルだね。結果はT―XXと比較されるけど、その場で居合わせて直接対決するわけでじゃないから……実質的にはデータ計測の形になるかな」
「いや、二ヶ月後って……機体はどうするんですか?」
機体ハンガーに収まっている組み立て最中のT―XFの姿を思い浮かべてだろう、幼さすら感じさせる黒髪の少年が呆然と呟いた。
場所は変わって研究所内の一室。
そこは来客用の座席とテーブル、部屋の隅には観葉植物に擬態した備え付けの空気清浄機という、取り立てて語ることもない空間だ。広大な敷地を持つ区画に作られた施設だけに、似たような作りの部屋はここで生活しているアモンからして無駄と思える程に存在していた。
慌ただしく人々が行き交う格納庫では落ち着いて話をすることも出来ないだろうということで、アモンはクルスとエレナ達を連れてこの場所へと移動してきていた。
ちなみに室内にはアモンの部下であるシオンの姿もあった。
格納庫で奇行を晒した彼女は少し時間が経つと顔を真っ赤にしながら戻ってきて、無言のままぺこりと一礼した後、そのまま付き添ってきていた。
「とりあえず、現状を説明しようか。さっき見て貰った通り、T―XFは制作の真っ最中だ。けれども、二ヶ月後にはとりあえず動くようには出来る」
アモンはそう切り出しながら、無料サーバーから注がれた安い味のコーヒーが入った紙コップを啜る二人の搭乗者達の様子を伺った。
アルタス対外機構軍より派遣されてきた二人の人間。
事前に資料は与えられてはいたものの、こうして実際に顔を付き合わせてみると、本当に大丈夫なのだろうかという不安が拭えなかった。
その原因は間違いなく、当事者達が周囲に与える印象であろう。
「二ヶ月後ですかー。あんまり余裕はなさそうですねー」
アモンの言葉を聞いて妙に間延びした口調で返答したのは、やって来た二人の片割れであるエレナ=タルボット少尉。
その造形物のような顔立ちと、優美とも思える理想的な曲線を描く身体の組み合わせは男ならば誰もが目を奪われそうになってしまうが、表情には絶えない微笑みを浮かべていて、その内心を察せさせないよう霧で覆い隠しているようだった。
アルタスから送られてきた事前の資料には「素行に難があるものの搭乗者としての技量は極めて高い」との評価が記されていたが、なるほど。
搭乗者としての技量はまだ分からないものの、素行に難があるというものには妙に納得がいった。
そもそも発着場で挨拶を終えた後に尋ねてきたのが、服装の話である。
彼女の程の容姿を持っているのならば身嗜みに気を遣うのも分かりはするが、任務の派遣先で最初に気になることではないだろう。普通はもっと別に訊きたくなることがあるはずである。
「……とりあえずって言い方からすると、完成ってわけじゃないんですよね」
そう疑念を口にする黒髪の少年は、問いかけつつも最初から答えを確信しているような様子だ。
アモンはそんなクルスを暫し観察する。
エレナという女性搭乗者もその容貌は目立つものであるが、クルス=フィアを名乗ったこの少年も別の方向で目立つ姿をしている。
墨汁を混ぜ込んだような黒髪に鈍い色を持つ双眸は、噂で伝え聞く極東に暮らす少数民族の特徴である。
そして何よりも、若い。
見る人間に幼さすら感じさせる少年である。
老化防止技術を疑うところであるが、資料によれば見た目だけではなく、実際の年齢も十六だという。
これで背丈が大きいなり、体格がしっかりしているなりしていればまだ言い訳は出来たのだろうが、身長はお世辞にも高いとは言えず、素人目にも身体をそこまで鍛え込んでいるようには思えない。
そんな子供が威圧的な漆黒色の軍服を纏っている姿は、違和感を通り越して疑念しか感じられなかった。
戦う子供というと、海上都市で生活するアモンは軍用基準性能調整個体を真っ先に思い浮かべるが、この少年はなんの強化処置も施されていないただの人間だ。
その性能差は考えるまでもないだろう。
(さてはて、これはどうしたものかな)
万能人型戦闘機開発におけるテストパイロットの重要性は今更語るまでもない。
海上都市に本社を置くアーマメント社では、基本的に試作機の運用は軍用基準性能調整個体に任せるのが恒例であるが、それは別に規則などに明文化されているわけではなかった。
高い水準の能力を持ち、幾らでも代替の効く軍用基準性能調整個体という存在がテストパイロットという役割と適合しているから多用されている。
ただそれだけの話である。
今回アモンがテストパイロットに生身の人間を選んだのは、不完全のT―XFでライバル機と対等以上に渡り合うには軍用基準性能調整個体では無理だと判断したためである。
アモンが求めたのは軍用基準性能調整個体をも凌駕する実力を持ち、なおかつ不安定な状況下でも高いパフォーマンスを発揮することの出来る搭乗者だった。
そんな無茶ぶりとも言える条件を独立都市西方基地所の最高司令官へ提示した結果、送られてきたのが今自分の目の前にいる二人だ。
(これは……下手をうったかもしれないな)
T―XFの採用を推進しているあの老人ならば酷いことにはならないだろうと思っていたのだが、思い違いだったのかも知れない。
あの人物ならば例え選考会で転けようとも大丈夫なように、何かしらの手を打っておいていてもおかしくはない。選考会での芽は無いと見て既に別方面での手回しを開始しており、こちらには適当な人選をされたのではないだろうか。
クルス=フィア。
事前に届けられた資料によれば、シンゴラレという特殊部隊に所属し、万能人型戦闘機を用いた作戦に於いて多大な戦果を上げている搭乗者だという。訓練時の模擬戦では殆ど負けを経験しておらず、同部隊に所属する軍用基準性能調整個体よりも優れた戦績を残しており、またCランク以上の機体破損状態における長距離機乗経験あり。
記載されていた留意点として、搭乗者としての技量以外では軍人としての質は極めて低いとあったが――そんなものは、現時点では考慮に値しない。
今必要とされているのは不完全の機体で新型機と渡り合える搭乗者であり、優れた軍人などではないのだから。
そういう意味では、この人材程T―XFのテストパイロットに向いている者はいないともいえるだろう。
無論――、
(それが真実なら、だけどね)
要求しておいてなんではあるが、アモンはそのような都合の良い素材が見つかるとは少しも思ってはいなかった。
アモンが要求したのはあくまで理想であり、現実にはあり得ない仮定の存在だ。
それが要求に何の妥協も見せずにそのままの姿として現れるのは、あまりにも都合が良すぎた。
アモンは発着場でクルスがシオンに言っていた言葉の内容も、信じてはいない。
老人にそういう風に振る舞えと命令されていたか、あるいは単純に女性の前で見栄を張ったか――そのようなものだと捉えていた。
もちろんそんな内心はおくびに出さずに、アモンはクルスの疑念の声にあっさりと首肯して見せるのだが。
「そうだね、出来上がるのはあくまで見かけの話だ。内装系の制御系数値の調整や航空電子機器、自動姿勢制御機構、FCS――そういったものの開発がまるで追いついていないのが実情だ」
その言葉を聞いた途端に、クルスが顔を顰めた。
当然の反応だなと、アモンは思う。恐らく搭乗者ならば誰もが同じような反応を見せたことだろう。
万能人型戦闘機という兵器は、様々な分野を掛け合わせて構成されている科学の結晶体だ。電子工学やロボット工学は言うに及ばず、生体力学や生物学の成果までもが応用されている。
それらが高次元で組み合わさることにより万能人型戦闘機は万能と冠されるまでの汎用性を実現しているわけだが――、それらの機能を発揮するためにはその様々な分野を統括し、管理、制御する仕組みが必要不可欠となる。
パソコンの中にOSが入っていなければただの箱であるように、どんなに外側が立派であろうとも、中身が伴わなければ、それでは高級な案山子と変わらない。
極端な話、最低限の自動姿勢制御機構が無ければ万能人型戦闘機は「歩く」という単純な動作すら出来ないのだ。
「T―XFには〈フォルティ〉のOSをカスタムした間に合わせ品を搭載する予定だ。齟齬は数え切れない程発生するだろうけど、君たちにはそれで選考会に望んで貰うことになる」
「……最低限は動くんですね」
「最低限、だけね」
クルスの念押しのような言葉をアモンは言葉の棘だと受け取って、だがどうすることも出来ないと理解しているが為に諦めて肩を竦めてみせた。
実際、制御系のシステム面についての進捗率は、部品の製造と大きな差が生じてしまっている。ハードとソフト、通常であれば並行して開発が進められるためにそうした事態にはなりにくいのだが、今回はT―XFの出自が特殊なために起こってしまった事態である。
そんな機体のテストパイロットをしろと言われても、不信感しか生じることしかないだろう。
だがトライアルなどは序の口、真の問題はその後に控えているのである。
憂鬱な気分ではあるが、アモンはそれを伝えなければならなかった。
「僕の立場で言うのは何だけど、データ比較用のトライアルはそこまで気にしないで大丈夫だと思う。大っぴらには言えないけど、抜け道もないわけじゃないし……それよりも、問題はその後のカリキュラムになるだろうね」
「その後……? トライアルの次って、何をするんですか?」
こちらを探るようなクルスの様子に、隠す気の一切無いアモンは苦笑して言った。
「既存機との比較テスト……要するに、模擬戦だ。詳細はまだ不明だけど――相手は恐らく〈フォルティ〉だろうね。きっと幾つかの戦術状況を再現した中で行われる可能性が高い」
口に出してから我ながら酷い要求だと、自嘲する。
不完全、未完成、そんな機体で模擬戦とはいえ戦闘行為を行えという。
こういった行為は軍用基準性能調整個体のような代替品に行わせるものであり、生身の人間にやらせるようなものではない。
案の定。
アモンのその言葉にクルスは瞑目すると、そのまま考え込むかのように腕組みをした。
その隣に居座るエレナは貼り付けたような微笑を浮かべていて、何を考えているのかその内心を察せさせることはない。だが好意的ではないだろう。
二人の搭乗者達のその様子を眺めていたアモンは、予想できた展開に内心で溜息をつく。
万能人型戦闘機に乗るということは、その機体に命を預けるということだ。
信頼性の乏しさは実験機の常とはいえ、言われてすぐに顔を頷かせる気にもならないに決まっているだろう。
「あの、開発期間の延長はやっぱり申請できないんですか?」
そうおずおずとした口調で口を挟んできたのはシオンであった。
普段のふてぶてしさはなりを潜めて置物化していたアモンの部下は、長く編み込んだ髪の先端を弄くりながら尋ねてくる。
「今回のテストパイロットは人間なんですよ。いくら何でも条件が過酷な気が……」
「それが出来たら良かったんだけれどね。企画を通すためだったり、予算を割り増しで貰うためだったりで、お偉い方々には大分はったりもきかせちゃったからねえ。今更そんなことを言ったらどうなることやら」
「……もう素直にT―XXに席を譲ったらどうですか? 開発したものが全部無駄になるわけでも無いんですし」
「あははは、そしたらうちの開発陣は一生日陰者だろうね」
これだけの大規模な計画を盛大に転かしたとなれば、今後の展望は絶望的となる。
次期万能人型戦闘機の開発者に抜擢されたことは栄誉であるが、光と影は表裏一体。期待が大きければ大きい程、それに応えられなかったときには地獄を見る羽目になる。
まさか暗殺などはされないだろうが、社内における今後の地位向上は絶望的だろう。最悪、窓際で干されかねない。
シオンの泣きそうになりそうな顔を眺めたながら、アモンはひっそりと溜息をついた。
既存機との性能比較をするための模擬戦は大きな山場であるが、その後も選考会は続く。
そして選考会の中でも最も大きな山場は、最終項目。
次世代候補機同士による模擬戦闘。
つまりは――T―XXとの直接対決だ。
それはあくまで選考会項目の一つであり、複数ある参考資料の一つに過ぎないが――……対抗馬となる相手との直接的な力比べの結果が単なる参考以上の影響力を持つことになるのは、想像に難くない。
実機でのデータ比較、既存機との性能比較、候補機との直接比較。
これらの選考会で得られた結果を基に総合的に比較され、最終的な採用機が決定されることになるのである
(順調にいけばT―XXとの模擬戦までにはT―XFの頭脳も完成するはずだけど、果たしてどうなることか)
所詮は予定だ。
間に合わなくなる事態も十分にあり得るだろう。
(さて、どうするかな。送られてきた搭乗者がこれである以上、結果は絶望的か。とはいえ、今からでは軍用基準性能調整個体の利用申請も間に合わないだろうし、代わりの人材がいるわけでもなし。流石に搭乗者がいませんは話にならないよなあ。となると……)
結果は最低なものになろうとも、独立都市から来た二人にはどうにかしてがんばって貰えるよう説得しなければいけないなとアモンは考えて、だがしかし、
「よかった。じゃあ、どうにかなりそうですね」
「……え?」
黒髪の少年のそんな呟きが、飾り気のない部屋の中に静かに響き渡ったのだった。
***
海上都市を訪れた初日の夜。
臨時に用意された施設内の職員用個室の寝具の上に寝転がりながら、クルスは想像していたよりも変な事態になっていることに疲れを感じて、大きく息を吐き出した。
テストパイロット。
その仕事自体は別に良い。
機体の信頼性については不安があるものの、搭乗者としての役割を求められるならばクルスとしては願ったり叶ったりだ。
だが、その肝心の機体が完成していないというのは、正直な話、想定外であった。
しかも仕事の内容は、完成していない制御系部分を搭乗者のアドリブで誤魔化せという、最早技術者の存在意義を問われそうなものである。
要するに、クルスはまだ出来上がっていない機体を完成品と見せかけるための詐欺をしろというわけだ。
軽量機に乗り込みながら何千という時間と戦闘経験により、クルスは機体が元来備えている自動補助を無視した操作技術に精通してはいるが、それでも未完成の、乗り慣れない機体で結果を出せというのは、中々にハードルが高いことだ。
しかし感じるのはその程度のことである。
少なくとも不可能や絶望といった思いは抱かないし、相手が〈フォルティ〉程度ならば負ける気はしない。
加えて、クルスには思わぬ光明を見つけていた。
「T―XF……〈フォルティ〉の後継機か」
クルスがベッドの上に転がりながら見やっているのは、強の話し合いの終わり際にアモンから渡されたT―XFに関する資料である。
極秘、と赤判の押された長封筒に入れられていたそれは、旧依然とした紙媒体に印刷されたものだ。
T―XF
現行機である〈フォルティ〉の後継機として開発された、次世代型万能人形戦闘機。
これまでに戦場に存在していたあらゆる既存機を大きく上回るその性能は、通常の技術進歩ではあり得ない数字を実現していた。
特に最新の軽量装甲素材によって大きく削減した機体重量と、増設された高出力推進ユニットの組み合わせが生み出した機動性能は、最早〈フォルティ〉とは別物と言っていい。
「てっきりアルタスのどこかに運ばれたのかと思ってたけど」
この胸に去来する感覚をなんと言い表せばいいのだろうか。
格納庫に吊されていた組み立て中のT―XFを見て、妙な既視感を覚えたのも当然だった。
いやむしろ、組み立て最中の姿だったからこそ、クルスが最後に見たあの機体の姿と重なったのかもしれない。
長いと言っても言い足りないほどの時間を共にした。
――撃って、撃たれて。
――破壊して、破壊されて。
空を駆け抜け、大地を滑り、幾千という戦場と時間を過ごしてきた、白銀色の軽量機。
その血脈を受け継いだクルスも知らぬ全く新しい機体が、今この海上都市で産声を上げようとしているのだ。
「そっか、こっちに運ばれてたのか……」
二度と会うことはないと思っていたが、こんな形で再会することになるとは。
運命などという胡散臭いものを信じる気はないが――偶然と言うにはあまりにも出来過ぎだろう。思わず裏で糸を引いている者がいるのではない勘ぐってしまう程に、想像もしていなかった邂逅だ。
「――」
〈リュビームイ〉
あの機体の面影を残す存在にもう一度乗れると考えると、クルスは自然と心が浮くような気分を味わうのであった。




