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プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
81/93

海上都市レフィーラ

 もやもやとした、漠然とした煙のようなものが胸の中に蟠っている。

 それは何かと聞かれると困るのだが、その理由は恐らく一つではない。


 ――それは例えば、負傷を負ったはずの金髪の少女と一切連絡が取れないことであったり。

 ――それは例えば、前回の任務で遭遇した黒影色の万能人型戦闘機のことであったり。

 ――それは例えば、巨大飛行兵器との戦闘の際に起こった自身のことであったり。

 ――それは例えば、都市議員と昼食を共にしたことであったり。


 どれか一つだけでも気を揉みそうな出来事だというのに、それが短期間で一度に起こるとなると、それは完全に自分の処理能力を超えていた。叶うならば、一つずつ順番に来て欲しいところである。


 状況という激流に流されていった結果、辿り着いた陸地の見えない海だか湖だかの中心でぷかぷかと浮かんでいるような、そんな心境にも近い。

 手に持ったコンパスは左に右にと針をブレさせるせいで行き先が定まらず、身動きがとれない。いっそのこと考える暇も無い程に切羽詰まっていれば脚を動かし始めていたのだろうが、幸か不幸か今の状況は安定してしまっているのである。


 元々流されやすい性質であるし、特別賢いわけでもない。

 そんな自分が無闇に動くよりは、今の現状を維持していた方が良いのではないか。

 そんな怠惰とも言えるような考えに囚われてしまう。


「――エレナ=タルボット少尉、クルス=フィア少尉」


 もっとも、この世界はそんなには優しくはない。

 個人が歩みを鈍らせようとも、時間は万人に等しい速度で流れていくし、周囲の状況は時間と共に変化していく。そこには一人の人間の意思など考慮されるわけもない。


 部隊のブリーフィングで見慣れた会議室――ではなく。

 基地内に数多に存在する、無機質な一室。


「両名には海上都市に存在するアーマメント社技術開発本部へと出向してもらう」


 自分の上司から告げられたその言葉に、クルスは周囲の水面が再び荒れ始めたことを知った。




   ***




 アルタス対外機構軍の大型多目的輸送機は悠々と蒼い洋上に影を落としながら空を飛んでいた。

 七十メートルを超える巨体の機首上部に操縦席があり、その後方には四十人以上を収容可能な貨客室が作られていて、傍目から見ると細長い首と太った胴体を強引にくっつけた様にもみえる。

 その不格好な見た目から関係者達からは〈醜いアヒル〉などという不名誉な呼び方をされいるが、意外にも女性からの人気は高いらしい。実用性本意の無骨な形が多い軍用機の中で、その不格好な見た目は不思議と愛くるしく感じるのだとか。

 全ては対外機構軍内で発行されている広報紙によって得た情報なので、信憑性については不安が残る。だがあながちそう間違ってもいないのではないかと思う。 

 醜いアヒルとは上手く言ったもので、発着場で搭乗する前に見たその姿はまさにその通りだと納得してしまったからである。


(……大型輸送機をダックっていうのなら、その中に収まっている今の俺達は胃に納められた鳥の餌か何かか)


 代わり映えのしない外の光景をぼんやりと眺めながらそんなことを考える。

 四十人を超える収容容量を誇る貨客室の中には、現在二人の姿しかなかった。

 クルス=フィア少尉、エレナ=タルボット少尉。

 何れもアルタス対外機構軍所属の搭乗者であり、独立都市アルタスより海上都市レフィーラへと移動を命じられた者達である。


 外を映し出す窓からはひたすらに続く蒼い空間は時間がたっても代わり映えがしない。

 白い杭のような形をした真空トンネルの中継施設が海面からまばらに生えているのと、他には薄い雲が絵筆で引き延ばされたように浮かんでいるだけだった。

 窓といっても硝子によって外の光景を透過したものではない。機体外部に備わった光学映像機の情報を機内に投影した、疑似窓である。

 最初こそそれなりに目新しさはあったものの、海上からの景色などかつては飽きる程に戦場として経験してきたものである。今更何時間も鑑賞に堪えるものではない。この疑似窓はある程度ならば映す映像の角度や距離なども調整できるのだが、全周囲に渡って同じ風景しかないのではそれも何の意味もないだろう。


「……別にVIP待遇とは言わないけど、もう少しどうにかならなかったのか」


 大して座り心地も良くない座席で何時間も過ごすのは苦痛だ。

 輸送機の操縦者や命令した人間からすればクルス達など荷物同然の代物なのかもしれないが、その目に遭わされる立場としては勘弁願いたい。

 うんざりとしたようにクルスが言葉を漏らすと、対面に座るエレナがそれに気がついて同調するように僅かに口を尖らせた。


「ほんとにねー」


 透き通るような白い肌に、プラチナブロンドの艶髪。

 作られたように端麗な容姿を持ち合わせた彼女を端的に言い表せば美しい女性なのだが、その言動や行動には少々の難がある。

 それこそモデルとして雑誌や映像媒体に映っていても違和感の無い姿を持つ彼女であるが――仕草だったり、嗜好だったり、口調だったり、その内面がちょっと出てくるとそれだけで随分と印象が違ってきて見えてしまう。


「高速移動機くらい用意してくれもいいと思うよー私もー」


 仮に彼女の言う民間航空会社で現在運用されているような少人数用高速機を移動に使った場合、その所有移動時間は現在の半分以下にまで短縮出来るはずである。

 しかし醜いアヒルという不名誉な愛称を頂いた大型輸送機は、その容量こそ特筆するものがあるがその他の要素――移動速度などに関しては極々平凡な値でしかない。

 ましてや現在クルス達がいる貨客室のさらに後方、アヒルの尻にあたる部分に存在する資材保管庫には大量の資材が乗せられている。もともとの数字が大したこと無い上に荷物も満載となれば、速度が出るはずもない。 


 航空機というものは障害物を無視して最短距離で移動できる代わりに、馬鹿みたいに燃料を食い散らかす。水素や太陽光電池とのハイブリッド式などによって燃費の改良は進んでいるが、その事実は変わらない。

 何トンもの巨体を飛ばすためには湯水のように燃料を消費し、俗な言い表しをすると最高価値紙幣を燃やして飛んでいるようなものだ。飛ばす必要が無いならば限りなく飛ばしたくないというのが運用者達の本音であろう。


 要するに、クルス達は目的地に物資を運ぶおまけとして乗せられているのだった。

 これを決めた軍の人間からすれば経費削減できてラッキーとでも思っているのかもしれないが、当事者達からすれば心証最悪である。ケチくさいなどというものではない。

 こんなことならば自分の給料で民間旅客機の席を取った方がマシだ。


「いっそのこと真空トンネルが使えれば良かったんですけどー」

「いや、それは流石に辞退するけどな?」


 真空トンネル。

 独立都市と海上都市を直接繋ぐ長大なトンネルのことだ。

 真空状態の空洞の中で輸送用の特殊車両を音速の何倍もの速度で走らせるという運搬手段は非常にコストパフォーマンスが優れていたが、残念ながら生身の人間が利用することは一切考慮されていない。車両の操縦も全てコンピューターによる自動制御である。 

 かつてクルス達はシンゴラレ部隊の任務で真空トンネル内を万能人型戦闘機で移動したことがあったが、あれはあくまでも例外である。


「あー……でも、そういえば複数ある真空トンネルのルートの何本かを実験的に移動列車用に解放するみたいな話は最近聞いたことがあるな」


 確か独立都市内のネットニュースか何かだっただろうか。

 仮に真空トンネルを利用した列車による人的輸送が可能になれば、都市間の移動費は大幅にコストダウンされる。二つの都市の交流はますます活発になり、経済にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

 そんな感じの内容の記事を見かけて、多少の興味を覚えた記憶がクルスにはあった。


「まあ……、今の俺たちには関係ない話だけど」

「ですねー」


 仮に真空トンネルを利用した有人移動が可能になるとしても、それは先の話だ。

 今現在高度一万メートルの空の上にいるクルス達にとっては何の意味も無いことであった。


「その点で言えばタマル達は楽ですよねー。大した移動時間もかかりませんしー」

「向こうは向こうで仕事の内容が難儀そうだけどな……」


 今回、同行していない二名のことを思い浮かべてクルスは渋面を浮かべた。

 シンゴラレ部隊で五名いる搭乗者のうち、海上都市行きを命じられたのはここにいる二名とセーラのみで、あとの二人は別の場所で別の仕事を与えられている。


「訓練校とか、何すれば良いのかも分からないし」


 向こうに割り振られた仕事の内容を思い出して、呟く。

 タマル達に命じられたのは、独立都市支配領域内に作られた万能人方戦闘機の搭乗者養成訓練校への出向である。

 そこであの二人は生徒達に前線経験者としての話を聞かせたり、訓練に協力することになっているらしい。

 自分には絶対に無理な役割だろうとクルスは思う。


 そもそもクルスの場合、敬礼などの軍人的所作は全て独立都市に来てから身につけた付け焼き刃の代物だ。それが思わず顔をしかめてしまう程度のものだということは、それなりの期間基地生活をしていてしっかりと理解していた。教えに行った人間が生徒よりもみっともないのでは、話にならないだろう。

 それ以外にも年齢的な問題もある。

 日本で普通に学生をやっていたクルスの年齢は十六。訓練校で学ぶ生徒達とクルスの間に歳差は存在しないどころか、幼いくらいである。いくら規律で従わせようとも、心情的に納得できない者は多いに違いない。

 その点で言えば、タマルもシーモスも不自然は無い。

 ……まあタマルのほうは見た目があれなので不安はあるが、戸籍上では立派な大人だ。本人の気質もあるし、どうとでもなるだろう。


「別にそんな難しく考えないで良いと思いますよー。適当に偉そうにふんぞり返ってもっともらしいことを言ってあげれば、訓練生なんてなるほどって勝手に納得してくれますよー。しかも向こうにいる間は教官待遇。好き勝手に出来るんだから羨ましいなー」

「俺が言うのも何だけど、とりあえずエレナが行かないで良かったってことは実感した。……でもなあ、あの二人はあの二人で、講習ってどんなものになるんだ?」


 やる気の無い不良軍人と、やることなすこと過激な少女(二十七歳)である。

 あの二人が何を教えるのか皆目見当もつかなかった。とりあえずクルスに出来ることは、将来が優秀な軍人候補達に悪影響を与えないよう祈ることくらいだ。


「どうなんでしょうねー? でも、タマルの教育方法はクルス君もよく知ってるんじゃありませんかー? 普段からの様子だと、教育に関して多少の心得みたいなものは持っていそうですけどねー」

「ああ……、確かにな」


 どこか憮然とした呟きで肯定するクルス。

 その声には過去の辛苦を思い出したことによる苦い色がはっきりと浮かび上がっていた。

 シンゴラレ部隊所属の搭乗者の訓練カリキュラムには、万能人方戦闘機による部隊連携などのものはあるが、体力トレーニングなどの個人訓練は基本的に各々の裁量に任されている。

 もともと引きこもり体質なところがあるクルスは自主的にと言われてもあまり行動を起こす気も無く、万能人型戦闘機以外の訓練については積極性皆無であったのだが――その様子を見かねてクルスの教育係を率先して買って出たのがタマルであった。


 走って、殴られて、落とされて、笑われて、怒鳴られて、基地の敷地内で野営をして、くそまずいレーションを食わされて――……この世の地獄とはあのことである。 

 

 今日にまで続いているその訓練内容は正直思い返したくない。 

 部隊に足手纏いがいては困るからかもしれないし、単純にクルスの身を慮ってのことか。

 指導役を買って出た彼女の心中を正確に推し量ることは出来ないが――クルスにはあの見た目詐欺の女が搭乗者としての技量で勝てない鬱憤を、ここぞとばかりに生身で晴らしているように思えてしかたがなかった。

 

 ただまあその甲斐もあって、クルスもアルタスに来たばかりの時と比べれば随分と鍛えられたと思う。五、六キロも走った後に大して時間も挟まずに次の訓練に移行できるなど、日本にいた頃では考えられないことだ。身長こそ殆ど変わっていないものの、体格も心なしか逞しくなった気がしていた。


 もっとも、いくら鍛えられたと言っても限度はある。

 万能人型戦闘機以外の内容については素人でしか無かったクルスでは、技術的な面はもちろん、体力的にも未だに部隊内ではドベである。

 タマルやセーラはともかくとして、気がつけば煙草を吸っているシーモスにまで大差で負けているのには、どうにも納得がいかない。それでいてあの不良軍人は大して熱心に訓練に取り組んでいる様子も見せないのだから、何かインチキでもしてるんじゃと疑ってしまう。負け惜しみだが。


「前にパナーダにいたとか言ってましたけどー。案外、ここに来る前は学校の先生とかやってたりしたかもしれませんねー」

「いやない。流石にそれはない。絶対ない。あんな暴力教師がいたら、三日でクビになるぞ。間違いない」


 そう口では断固として否定しつつも、思い返してみれば訓練中のクルスにものを教える彼女の仕草はどこか手慣れているような節もあった。

 学校の先生とは言わずとも、もしかしたら独立都市に来る以前にも人に教えるような立場にあった可能性はあるだろうか。


「シーモスもなんだかんだで与えられた仕事は怒られない程度にこなしますし、そこまで心配は無いんじゃないんですかねー」

「……なるほど」


 その言葉にクルスは思わず納得する。

 エレナは性格的に誰かに教えるに向いているとは思えないし、そもそも彼女の妙に間延びした口調で長い講習を行われたら強い眠気に誘われそうな気がする。

 セーラについては語るまでもない。

 壇上に立っても一言も喋らない金髪の少女の姿が目に浮かぶ。それとも案外命令されれば実直に果たすのだろうか。だが時が止まったような無表情で抑揚無く話をされても、聞かされる方は困るだけだろう。

 そして自分は先述通り。

 そう考えれば、まだシーモスとタマルの二人のほうがマシに違いない。 


 そもそもシンゴラレ部隊に適任者がいないという話にも思えるが……ブリーフィングの時にグレアムが珍しく苦虫を噛み潰したような顔で説明をしていたので、きっと彼の本意でも無いのだろう。

 問題のある者を集めたとすら噂されるシンゴラレ部隊を、教える側の立場として出向させる彼の心境は如何なものか。前線には全然出てこないからいまいちクルスには彼の苦労が分かり辛いが、部隊の隊長というのも大変そうではある。

 一体誰が人事を決定したのか知らないが、酷な命令を下したものだ。自分達の隊長はいつか心労で倒れるんじゃないだろうか。


「それに向こうにも監督役の人間くらいはいるでしょうしー、そんなに無茶は出来ませんよーきっと」

「……あんたがそれを言いますかね」


 かつて行われたパレードで、予定を無視してその場で他部隊の搭乗者と空中レースを行うという前代未聞の大惨事をしでかした人物の口から出たのでは、全く説得力が無い。

 監督役程度でシンゴラレ部隊の暴走を抑えられるならば、世は事も無し、西方基地は平穏だっただろう。


 思わず半眼を作ったクルスの視線にもプラチナブロンドの美人は全く怯まずに、にへら、といったその大人びた容貌に似合わぬ印象を与える笑みを浮かべた。そのふとした拍子に彼女の前髪が揺れて、小花のヘアピンが光を僅かに反射する。

 少なくとも反省している人間が浮かべる表情や仕草ではない。

 この程度で反省などしていたら、シンゴラレ部隊は問題児の集まりなどと基地内で噂されはしないということだ。 


「あんまり向こうは気にしないで良いと思いますよー。こっちはこっちで面倒だしー?」

「それはそうなんだけどさ」

「テストパイロットには高い技量が求められるなんて言われてますけどー、実際には前線から後方へ左遷みたいなものですからねー。実戦からは遠ざかるしー、体よく厄介払いされたようなものだよねー」


 確かに実戦から遠ざかるという意味では、栄転と言えるかどうかは微妙なところだ。

 だが日頃のシンゴラレ部隊を知っていると厄介払いされても仕方が無いのではないかという気もする。


「だけど、テストパイロットなぁ」


 エレナに促されるようにして、自らに課せられた役目をクルスは呟く。


 アーマメント社。

 海上都市に存在する都市密着の企業であり、クルス達にも馴染みの深い万能人方戦闘機〈フォルティ〉の開発元でもある。

 クルス達に与えられた命令はそのアーマメント社へ出向し、テストパイロットとして次期主力万能人方戦闘機開発計画に参加することであった。


「新型機にいち早く乗れるのはいいですけどー、完成していない機体なんて何が起こるか分かりませんからねー」


 どこか不満げな様子でエレナが声を漏らす。

 様々な分野の最新技術を盛り込んだ次世代機の試作機となれば、些細なものから大きなものまでトラブルの発生と無縁ではいられないだろう。

 ゲームだったならば追加されたばかりの新パーツを使うのに故障や動作不良を恐れる必要は無いが、現実となると実績の無い実験品に身を委ねるのは中々に度胸がいる。

 高高度飛行の最中にでも機体が停止すれば、それはすなわち死を意味するのだ。

 どんなに操縦技術が優れた搭乗者であろうとも、機体そのものに致命的な欠陥が残っていたらどうしようもない。

 嫌な見方をすれば実験用のモルモットみたいなものだ。


「まあ、そこら辺は正直、開発者達を信じるしかないからなあ」

「そうは言っても、まだ一度も顔を合わせてない人間のことを信頼しろって言われてちょっと無理だと思うんだよねー」

「そりゃそうだわな」


 エレナはどうやらテストパイロットという役割にあまり乗り気ではないようだった。

 危険の多い実験機の搭乗者という立場に不満を覚えることに同意する一方で、少し意外でもある。彼女の性質からするとこういう目新しい話には喜々として食いつきそうな気がしていたからだ。

 シンゴラレ部隊の全員にある程度は言えることだが、このエレナという人間も相当に謎が多い人物だ。


「そうやって他人事みたいに言ってるけどー、クルス君も当事者でしょー? なにか思うところはないんですかー?」

「……うーん」


 エレナの言葉にクルスは微妙な表情を浮かべる。


 次期主力戦闘機。

 新型実験機。

 先行試作機。


 何れも心震わせる魅力的な言葉である。

 こういった言葉に得も知れぬ魅力を感じてしまうのは、きっとクルスだけではないと思う。男ならば何かしら琴線に触れるものがあるし、女性でも好き者の銀髪の少女のような人種ならば激しく食いついてくることだろう。


 しかし今回の場合、これらには全て〈フォルティ〉の後継機という前提がついてしまう。

 クルスは『プラウファラウド』に存在していた部品の細かい能力数値や実戦には関係ない製造企業などのパラメーターなども含めてほぼ全てを暗記している。

 そのため詳細を知らなくとも、次世代機がどのような部品で構成されているかおおよその想像がついてしまっているのである。

 その性能はもちろん〈フォルティ〉よりは向上しているのだが、それでもまだ物足りないものとなるだろう。――無論、それはあくまでゲームを知るクルスにとってはの話であるが。

 

 その為、クルスはあまり関心を持てないでいる。

 いくら魅力的な枕詞が付属しようとも、その実態にまるで期待が持てないとなると興奮のしようもない。

 加えて、


「俺の場合はもう一つの方が正直なあ。何だよ、研究の手伝いって」


 何故かクルスには与えられた命令が二つあった。

 一つ目はエレナと同じ〈フォルティ〉の後継機となる次期主力万能人型戦闘機開発にテストパイロットとして協力すること。

 そしてもう一つは海上都市にある研究機関への協力である。


 前者はともかくとして、後者は疑問が多い。

 海上都市にある研究機関――正確には人工生命研究所といい、人体学の研究が行われている場所らしい。人為的に生み出した人工生体素材を主に取り扱っているらしく、クルスの身近なところでは万能人型戦闘機に使われているような人工筋肉の研究や開発もこの機関の範疇だと聞いている。


 そんなところが一体クルスに何の用だというのか。

 協力する内容については現地に到着後にそこの人間に聞くようにと言われていて、その詳細は全く知らされていない。

 怪しさ満載である。

 全身黒タイツの集団に虫人間に改造されるとか、ナニカサレて大型の反動兵器を構え無しで使えるようになるだとか。日本のサブカルチャー知識と照らし合わせれば、こういうときは大抵碌な事にならないのである。


 まあ、流石にそれはないとしても、実態は不明だ。

 危険はあろうともある程度内容の知れているテストパイロットよりも、何をさせられるか不明な研究の方がよっぽど危機感を煽られる。


「海上都市の研究機関なんて、どこも似たようなものですからねー」

「どういう意味だ?」

「うーん……頭のねじが外れた人間の集まりみたいなー?」

「……」


 エレナの口から呟かれた言葉にクルスは口元を嫌な感じに歪めつつ、


「その口ぶりだと、エレナは海上都市に行ったことがあるのか?」

「はーい、ありますよー」

「そっか。俺は全然知らないんだけど、どんなところなんだ? 一応少しは調べたけど、あんまり詳細は分かってないんだよな」


 海上都市についてクルスが持っている情報は極々基本的なものでしかない。 

 周囲を透過性多機能光発電パネルで囲み込んだ、全天候管理型自立都市。

 技術都市とも呼ばれ、あらゆる分野の新技術開発が日夜行われているという。

 その設立は独立都市よりも古く、アルタスの形態は海上都市をモデルケースとして組み立てられたらしい。

 知っている内容はそれくらいのものである。 


「どんなところかー……んー、そうだなー」

 

 エレナはクルスの質問に対して唇に指を当てて少し考え込む仕草を見せた後に、


「アルタスと同じで綺麗なんだけどー、温度が低い場所かなー」

「……温度が低い?」 


 クルスは首を捻る。

 独立都市と同じ全天候型都市である海上都市は、気温、湿度、天候などの要因が全て管理されている。多少の前後は人為的に生じさせられているが、基本的には人間にとって適温と感じられる範囲に収まっているはずだ。

 そんな内心を読み取ったのは、エレナはぱたぱたと手を振った。


「もちろん感覚的な話なんだけどねー。歪と言いますかー、規格の違う歯車を無理矢理噛み合わせているようなー、その事に気がついていながら無関心でいるみたいなー」

「……さっぱり分からんけど、多分褒めてはいないよな?」

「別に貶してもいないですけどねー。まあそこら辺は向こうにいれば何となく分かると思いますがー」

「歪、ねえ……。でも、確かセーラの故郷だったよな」


 大分前に聞いた情報を思い出して呟くと、それを聞いたエレナが微妙な表情を浮かべる。


「んー……、確かに故郷と言えばそうかもしれないけどー……」


 セーラが海上都市出身だという話はエレナも知っていたらしい。

 だがその妙に歯にものが詰まったような言い方をする彼女にクルスが怪訝な表情を浮かべると、エレナは首を回してそのアッシュグレーの瞳を向けてきて、


「前々から思ってたけどー、クルス君ってもしかして軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)って言葉を聞いたことなかったりしますー?」

「…………何それ?」


 ミルスペックチャイルド。

 直訳すると軍規格の子供達、だろうか。

 それが合っているのかどうかは不明であるが、字面で判断するにおっかなそうな雰囲気である。

 今までに聞き覚えのない単語にクルスが尋ね返すと、エレナは得心がいったとばかりに頷いて見せた。その仕草がどことなくこちらを馬鹿にしているように感じられて、クルスはつい渋面を浮かべる。


「クルス君は大物なのか関心が無いだけなのかー、こういうとき判断に困りますねー」

「よく分からないが、とりあえず俺が大物って事だけは無いと思うぞ」

「でも、能ある鷹はーとも言いますしー」

「それ暗に俺のこと馬鹿にしてるよな?」


 隠しているのでなくただ爪が無いだけならばただの無能である。

 流石に自分のことを無能とまで卑下したくはないが、かといってそんな過大評価されても困る。クルスは万能人型戦闘機以外のことにおいては、凡人と言うに相応しい人間なのだ。


「で、そのミルスペックチャイルドっていうのは何なんだ? 多分物騒な代物なんだろうってことは分かるんだが」

「んー」


 答えを促すクルスの視線にエレナは何かしら考えるような素振りをした後に、


「秘密でーす」

「…………は?」

「面白そうなので、私は教えないことにしましたー。知りたいならセーラちゃんにでも聞いてみるといいですよー」

「そっちから話題を振ったくせに、それかよ……」


 頭が痛くなる一方で、彼女らしいと思ってしまうのが悲しいところだ。

 特に面白そうという自己本位な理由のあたりに、妙な説得力を感じてしまう。

 自由奔放というべきか、好き勝手というべきか。

 エレナという女性はどこまでも自分の欲望に素直な立ち振る舞いをしている。


「大体セーラからって……、会えるのか?」


 この場にはいないが、セーラも海上都市へ移動しているという話はクルスも聞いていた。

 ただしその理由は軍から与えられた任務などではなく、治療行為が目的だった。

 彼女は前回の任務で搭乗していた万能人方戦闘機を敵機体に大破されると同時に、片腕を失う程の大怪我を負っている。

 クルスの感覚ではそれだけで退役を余儀なくされるような認識なのだが、どうやらこの世界では違うらしい。義手をつけるのか、生身を模した生態部品を使うのかは分からないが――セーラは無くした腕の代わりを引き取るために、既に海上都市へ行っているらしい。


 ただし、同じ都市にいるからといって顔を合わせることが出来るかどうかは分からない。

 現にクルスは独立都市にいる間、入院しているらしいセーラの見舞いに行くことは一度も叶わなかったのである。


 しかしそんなクルスの懸念をエレナは考慮した様子も見せずに、


「大丈夫。きっと大して苦労もせずに会えますよー」


 妙に断定的な口調でエレナが言ってくるので、その様子に違和感を覚えてクルスは眉根を上げた。次いでどういうことかと言及しようとしたとき、まるでその瞬間を見計らったかのように機体が僅かに傾いた。

 傾いたと言っても、その勢いは微々たるものだ。

 普段からそういった感覚に敏感でいるような人間でもなければ、気がつくことはなかっただろう。


「あー、やっと着いたみたいですよー」


 エレナも機体の状態には当然のように気がついたらしく、んーと小さく声を漏らして長時間の移動で凝り固まった肩を解きほぐすように大きく伸びをした。

 その視線はすでに傍らにある疑似窓に移ってしまっていて、どうやらもう先ほどの話題について続けるつもりはないらしい。

 クルスは溜息を一つ吐くと、仕方がなしにエレナに倣うようにして外へと目線を動かした。


 宝石のような輝きを放つ海面が徐々に徐々に近づいてきている。

 外の景色を投影した仮想窓から見えたのは、僅かに光を反射する透明な膜に覆われた白亜の都市だった。

 都市の周囲を覆い込んでいるものについては説明するまでもない。独立と同じ、透過性の高効率光発電パネルである。

 それが陽日の白光を僅かに屈折させて、今クルスが目にしている幻想的な空間を演出してるのだ。もしかしたらその美しい見栄えすらも、都市設計に織り込み済みのものなのかもしれない。

 半球状の透明な膜が都市を覆い込んでいるその光景は、まるで海面に巨大な水泡が一つ浮かんでいるようでもある。


 クルスはふと、以前に雑誌か何かで見た謳い文句を思い出した。

 曰く、海上都市はこの荒廃した世界に残った最後の楽園。

 海上に存在する一つの宝石だと。



「あれが……海上都市レフィーラ」




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