お昼戦争 - I
「さてと」
独立都市アルタスの市街地。
透過性の高効率発電パネルを通して白陽の光が都市内に降り注ぎ、白亜の街を強く照らしている。陽光を反射して要所要所でちらちらと耀くその様は、どこかまだ記憶に残るあの雪原を思い起こさせた。
モノレールという共通交通機関が普及しているこの都市では、相変わらず車道を行き交う影の数は少ない。そんな道の脇に伸びる歩道の上を進みながら、軍病院での用事を済ませたクルスは伸びを一つしてこの後のことを考えた。
現在の時刻は正午。
あの後にも念のためにと脳検査や体内組織の状態チェックなどの精密検査をこなしたのだが、結果は変わらず問題無しと診断。入院の必要性なども一応は問われたのだが、クルスは断った。
任務を終えた直後がどうだったであれ、今のクルスは検診した医者が太鼓判を押すほどの健康体である。
停戦という状況の所為か病院内で見かける患者の数は少なかったが、かといって何の不調も感じていないクルスがそこに混じって場所を取っているのは変な話だろう。
ハザネも特に必要性は感じていなかったらしく、まあそうかとあっさり頷いて見せた。
その為、今のクルスに予定と言うほどの予定は無い。
病院での検査を終えた後のクルスに与えられたのは、待機という名の実質的な自由時間であった。身体検査のために他の者達よりも先に帰還させられた都合上、基地に戻ってもシンゴラレ部隊はもぬけの殻。訓練も機体調整も出来ないのである。
ハザネからは念の為の安静を命じられてはいたが、自他共に健康体と認められてしまうと素直にそうする気も引っ込んでくる。別に大人しく自室に引っ込んでゲームでもしていても別に良いと言えば良いのだが、何となく気乗りしなかった。
以前であれば数瞬の迷いも無く『プラウファラウド』で遊び倒れることを選択していただろうから、やはり今のゲームにはそこまで傾倒できていないのだなと何と無しに実感する。クルスにとってあれは、息抜き程度のものに過ぎないのだ。
「あー……セーラはどうしてるかな」
ふと、作戦最中で気を失ってしまっていた少女のことを思い出して呟く。
素人目にも直らないと分かってしまう程の損傷を片腕に追ったあの金髪の少女は、果たして大丈夫だったのだろうか。人づてに聞いた話では命に別状は無いということであったが――それが必ずしも無事を意味しているとは限らない。大量出血などによる後遺症は幾らでも考えられる。
ノブース共和国でクルスが意識を取り戻したときにはもうすでにセーラはアルタスへと搬送されてしまっていたので、彼女のその後をクルスは何も知らなかった。
それに容体のことも確かに気にはなるが――〈ヒュトリクス・アーラ〉との戦闘時に起こった現象も無視は出来ない。
「なんだったんだろうなあ、あれ」
まるで二つの存在の間にある境界線が薄くなっていくような感覚。
勘違いや幻覚で無ければ、クルスはあの時確かに誰よりも近くセーラの近くにいた。或いは逆で――セーラがクルスの近くにいたのか。
他にも、遅滞する世界や、まるで未来予知でもしているかのような弾道の察知。
馬鹿げているようにしか聞こえないが、それがあの時クルスが感じていた全てである。
そして、クルスの予感が間違っていなければ、それらの全ての原因は彼女にあるはずだった。あの現象の最中、クルスは頭に響くセーラの声を聞いているのである。
もっとも、訊いたところであの少女が素直に教えてくれるかは分からないが。
訊ねても無言で見つめかえされて終わってしまうかもしれないし、案外あっさりと教えてくれるような気もする。こればかりはその時になってみないと分からない。
自分よりも先に帰還しているはずのセーラは、クルスが間違った情報を与えられていなければこの都市のどこかにいるはずである。
片腕が潰れるほどの重傷だ。入院という事態は健康体のクルスなどにでは無く、彼女にこそ相応しいものだろう。
「時間もあるし見舞いにでも行ってみるか……?」
特に用事も無いわけだし罰は当たらないだろうと考えてみて、
「そういえば、あいつはどこの病院にいるんだ?」
そもそも肝心の少女の居場所が分からないことにクルスは気がついた。
もしかしたら先程自分がいた病院に彼女もいたの可能性もあるが、あそこ以外にも都市内には医療施設は複数存在している。そのどの場所にセーラが収容されているかなどクルスは知らなかった。
こういう時はどこに訊けば良いのかと考えてから――自分は彼女の携帯端末等の連絡先すら知らないのだったと気がついて、思わず溜息を吐いた。
いつも意識すればセーラはすでに自分の後ろを歩いていることが多かったので、そういうことを訪ねる機会が無かったのである。一応、個人用の携帯端末を購入したときに一緒にいたセーラに連絡番号を訊ねた気はするのだが、無表情のままに、こいつは何故そんなことを訊くのだろうか? という顔をされて、当時はあっさりと諦めた覚えがある。
「さてどうするか」
まさか、見舞いに行くために部隊内の緊急連絡用の回線を使って居場所を尋ねるわけにもいくまい。それとも軍の何処かに問い合わせれば教えてくれるのだろうか。
そんな代案くらいしか浮かんでこない辺りに、色々と悲しみが湧き出てくる。
まあ、連絡先を知らないというのはなにもセーラに限った話ではないのだが。
シンゴラレ部隊はセーラを除けば隊員同士で会話もそこそこにするが、それもあくまで顔を合わせればの話である。
シンゴラレ部隊の面々でクルスが個人的な連絡先を知っているのは、機付き整備員であるミサくらいだ。シーモスやタマル、エレナもまさか携帯端末を持っていないということはないだろうが、それを訊ねたことは一度も無い。
彼らとは非番時に格納庫で偶然顔を合わせることはあれども、訓練や作戦時以外で行動を意図的に行動を共にするような間柄では無いのである。
そう考えると仲間と呼ぶには余りにも淡泊な関係性のようにも思えたが、真実の過去を一切口にしていない時点でクルスもその関係性を一助している要因の一人である。とやかく言えるような立場では無いだろう。
加えて言うならば、シンゴラレ部隊の近すぎず遠すぎずの今の関係性はクルスにとって不思議と居心地の良いものだった。唯一それに当て嵌まらないのがやたらと相互の情報開示を迫ってくる口の悪い整備員であったが、まあ彼女を含めて自分は今の環境を気に入っているのだろう。昔ならばいざ知らず、今となってはミサの態度も慣れたものだ。
うんうんと唸りながら特に宛ても無く人通りの少ない道を歩いていたクルスは不意に空腹を感じて、取りあえずどこかで昼飯でも食べていこうと思い立った。或いは適当にそこら辺りで弁当でも買って、久しぶりにゴーストのあの少女を探してみるのも良いかもしれない。
そんなことを考えてから、思い出す。
そういえば〈ヒュトリクス・アーラ〉からの撤退時に生き残ったらタマルが奢るみたいなことを言っていたが、あれは有効なのだろうか。
結果的に全員が生き残ってはいるものの、その最大の要因は最後に乱入してきた所属不明機であり、クルスが行った特攻は何ら意味が無い。
クルスにとっては決死であった突撃劇も、あの空飛ぶ鋼の怪物からすれば前進しながら武器を撃ちまくっていただけだ。足止めにすらなっていなかっただろう。
そうなると残るのは、クルスが独断専行及びに命令違反を犯したという事実のみである。
どんなに絶望的な状況であれ、指揮を預かる人間を無視するというのは軍規違反だ。それくらいクルスだって知っている。事細やかな内容までは覚えていないが、最悪の場合は銃殺すらありえる重罪だったはずである。
「…………い、いや、でもエレナも最終的にはこっちに来てたわけだし……」
民主的に考えれば五分五分であり、つまりそれは検討の余地があるということではないだろうか。
「……」
……ないか。
ないよな。
だってあそこで指揮取ってたのはタマルだもんね。
階級も上だし。
「…………いやでも、流石に死刑はない、よな……?」
つい足を止めて、自分に言い聞かせるように口に出して呟く。それは呻きにも似た、弱く掠れた声だった。
確かに命令違反はしたかも知れないが、あの状況においてはそこまでの罪ではないだろう。別にクルスがあの時に取った行動で、部隊全員が巻き添えで危険な目に会わされたわけではない、はずだ。命令違反と言っても、重罪になるとは思えない。
そうなると、思いつくのは減俸や謹慎等だろうか。
仮にも病院で検査を受けた復帰明けの人間に鉄拳制裁ということは無いと思うが――いや、あの外見詐欺ことタマルである。所属部隊は違えども同じ基地の人間に向かって自作の手投げ閃光弾や改造銃を笑いながら向けられる猛獣だ。
作戦中はともかく基地に戻った後の彼女に常識的な判断を求めるのは、万能人型戦闘機に生身で立ち向かうくらいに絶望的なことかもしれない。
「そういえば……俺、確かセーラを助けるときにも……」
まるで連鎖するように、嫌な記憶が脳裏から引きずり出されてくる。
クルスは敵レーダー基地施設で〈黒鐵〉と遭遇時に、撤退可能な状況にも拘わらず生死すら不明のセーラの救出活動のために、残って交戦の選択肢を選んだのだ。指揮官であるタマルには撤退不可能であると虚偽の申告を行って、である。
命令違反とは違うが、指揮官への意図的な情報の隠蔽は当然ながら軍規に違反する行為である。
「いや、でもこっちはセーラが助かってるわけだし……」
言い訳がましい言葉が漏れ出て、白亜の都市外へ消えていく。
日が昇った正午、環境管理が成された独立都市アルタスの往来でクルスの額に幾つもの汗が伝っては流れていった。
――まさか、そんな。
――そうそう最悪の事態になるはずは……。
ぶつぶつと挙動不審に呟くクルスの横を、怪訝そうな顔をした母とその手を引かれた子供が早足に歩いていく。子供が小さな人差し指を伸ばして「ママー、あのお兄ちゃん誰とお話ししてるのー?」「見ちゃ駄目よ。お兄ちゃんは妖精さんとお話をしてるの。さあ今日はメメちゃんの大好きな特製ヴィッタラウェンジャナですよ。早く帰りましょうね」「うん!」繰り広げられる温かい家庭の会話。
だが、そんな声はクルスの耳の横をそよ風のようにあっさりと素通りしていく。
今、クルスの脳内法廷では裁判が開かれようとしていた。
裁判官、タマル。被告人、クルス。検察、タマル。弁護士、タマル。証人、タマル。
駄目だ、こいつら全員グルだ。見れば分かる。司法に明るい未来は無い。
――ギルティ?
――ギルティ!
「……あら、あなた」
満場一致で有罪が判決されている最中。
往来で頭を抱え始めて今にもしゃがみ込みそうになるクルスの耳に、ふと声が届いた。
だがそれは先程の母子の会話と同じくクルスの中で雑音として処理され、なだらかな小川の流れのように過ぎ去っていく。
「確か、クルス少尉だったわよね?」
「……え?」
だが流石に自分の名前が出てくれば、クルスも反応せざるを得ない。
悲惨な結末を送ろうとしていた脳内裁判を捨て去り、視界を瞬かせながら半ば反射的に声のした方を見やった。
目に入ったのは、通りの少ない車道に止まる一台のフロート式車。
前後に大きく伸びた黒い車体。小さな傷の一つとして見当たらないボディが、透過性の高効率発電パネルを通して降り注ぐ陽日を浴びて強い輝きを放っている。
その他を寄せ付けぬ高級感と威圧的な雰囲気は、クルスの知識にあるベンツによく似ていた。
そしてその後部座席の開いた窓から顔を覗かせている一人の人物。
「あなたは……」
「こんにちは。久しぶりねえ。どう。あれから元気にしていたかしら?」
そう柔らかく皺を深めながら穏やかな微笑みを浮かべたのは、見覚えのある初老の女性であった。
セレスタ議員。
独立都市アルタスを運営する役員の一人であり、戦時中で在りながら戦争反対を堂々と口にする穏健派の政治家である。
至極短い時間ではあったが、クルスは以前に西方基地所内のターミナルで彼女と言葉を交わしたことがあった。その時は彼女が何者かも知らず、話した内容は大して身も無い世間話だったと記憶している。
思わぬ人物との邂逅にクルスは驚きつつも、背筋を伸ばしてそっと頭を下げる。
「こんにちは、セレスタ議員。この前は誰とも知らずにすみませんでした」
「いいのよ別に。私なんてただの歳を取ったおばあちゃんでしかないんだから」
その言葉にクルスは「はあ」と曖昧な声で答えを濁した。
確かに以前に言葉を交わした感じや、その穏やかな雰囲気からは、身嗜みの良い老婦人にしか見えないかもしれない。だがセレスタは独立都市アルタスの舵取りに関わる限られた人材の一人であり、更にはその立場に居座っている時間も現在の議員の中では最大だという。
そんな人物をただのおばあちゃんと言い表すのは、どう考えても間違っているだろう。
「それで、あなたはいったここで何をしているのかしら?」
「え、あー……」
何をしていたかと訊ねられて、クルスは答えに窮したように苦笑いを浮かべた。
車内からそんなクルスの様子を眺めていたセレスタは不思議そうに顔を傾げたものの――そこでふと何か良いことでも思いついたかのように顔を綻ばせた。目尻の皺が一層深く刻まれて、温和な雰囲気を醸し出す。
微笑を湛える老婆のその表情がどこか、記憶の中にあった田舎の祖父母と重なった。
「そうだ。……あなた、これから少し時間あるかしら?」
「え……? はい。特に予定はありませんが」
唐突な問いかけにクルスが咄嗟に首肯してしまうと、それを見たセレスタは一際温かい表情をする。それは裏表の無い、歳を重ねた者の優しい顔だった。
***
「ごめんなさいね、お年寄りに付き合わせちゃって」
どうにも居心地悪そうにしているクルスの様子に気がついたのか、セレスタが物静かな口振りでそう言ってくる。
「そんなに硬くならなくていいのよ? 別に普通のお店なんだから」
「普通……?」
邪な感情を全く感じさせないふうにそう言われても、クルスは困ったように相づちを漏らすしか出来なかった。どうやらセレスタの『普通』とクルスの『普通』には、とんでもない距離の差があるようである。
ウェイターが極自然な動作で引いた椅子に内心で緊張しつつも、何でも無い風に取り繕って腰を下ろしながらさりげなく室内を観察する。
豪華絢爛。
今クルスがいる場所を一言で言い表すならばこの言葉が相応しい。
確かにドレスコードは無いのかも知れないが、場所は個室で、しかも傍らには燕尾服を着たウェイターが物言わぬ石像のように立ち控えている。
室内を照らしているのは、天上に等間隔に垂らされた煌びやかな照明。暖色に調整されたその穏やかな明かりが、室内の雰囲気を人の感性に馴染むように変容させている。
壁には何処かの地方にある清涼な山々の景色を描いた風景画――サイズはクルスの身長よりも大きい――が飾られ、部屋の隅では品種も知らない観葉植物が桃白色をした控えめな花を咲かしていた。
照明から調度品まで、室内のあらゆるものが一目で分かる質の高さを持っており、一般庶民の感覚しか持ち合わせていないクルスにはこれが普通とは逆立ちしても思えなかった。
これが標準だというのならば、水などは全てセルフサービス、席は自分で探し、時には自分でテーブルの上を拭く必要すらあるファストフード店はどうなってしまうのだろうか。飲食店として認められないかもしれない。
「遠慮せずに何でも食べて頂戴ね。何か好き嫌いはあるかしら?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「あらそう? じゃあ、おばあちゃんが適当にお願いしちゃうわね」
いや、おばあちゃんて。
クルスが口元を引き攣らせている間にセレスタは傍らに控えていたウェイターを呼び寄せて、いくつもの品目を注文をしていく。内容はクルスに辛うじて聞き覚えのあるものから、名前からでは皆目見当が付かないものまで様々。彼女の見せるその様子から、セレスタがこういう場所に慣れているということは容易に察せられた。
何せ、この都市の運営に関わる議員である。ここよりも遙かに畏まった場での会食も珍しくは無いのだろう。
お高そうなお店で、都市議員と一緒にお昼ご飯。
なんでこうなったんだと、クルスは周囲の様子を窺いながら考える。
時間があるかと訊ねられて素直に頷いてしまったのが運の尽きだったか。
それじゃあお昼を一緒に食べましょうと言われてタイヤの無いリムジンでドナドナされた結果が、現在の状況である。
都市を動かす議員と昼食を共に出来るなど滅多に無い機会だろう。だが、その状況で「わーい」などと素直に喜べるほどクルスは愉快な精神構造をしていなかった。
どうしてこうなったんだと、もう一度考える。
そんなことをしても何も変わらないと分かってはいるのだが。
「偉いのねえ。私にはあなたより年上の孫がいるのだけれど、その子は食べ物に関してはあほんとに好き嫌いが多いのよ。全く」
ウェイターに注文を終えたセレスタが、視線をこちらに戻して世間話を振ってきた。クルスは多少声を上擦らせつつも、店の雰囲気に飲まれないように平静を装って答えた。
「年齢に関係なく、そういう人もいますよ」
頭の中でかつてミニトマトを残していた金髪の同僚と、赤ピーマンが嫌いだと自己申告していた目つきと口の悪い整備員を思い浮かべつつ、相槌を打つ。
多少の好き嫌いはクルスにもあるが、出てきたものを残してしまうほど極端に苦手なものはない。一般家庭の食卓に並ぶようなものは勿論、思わず顔を顰めてしまうようなゲテモノ系もわりかし平気で口に出来てしまう人間である。
これが以外と利点にもなったもので、以前にタマルから渡された軍用レーションをちょっと顔を顰めた程度で食べきったら変な目で見られた。どうやらレーションの中でも最も不味いと評判のものだったらしく、その後に同じものを口にしたシーモスが凄い勢いで手洗い場に向かって駆け込んでいった姿はまだ記憶に残っている。
「一度あなたとはお話をしてみたかったのよ、クルス君。以前会った時は大した時間も取れなかったでしょう」
「お話……、ですか?」
クルスはセレスタの関係は、以前にターミナルで案内人を待っていた彼女の会話に少し付き合った程度の、薄いものだ。その時はクルスもまだ会話相手が都市の運営議員などと露も知らず、話したその内容もごく当たり障りの無いものであった。
そんな彼女が一体何故、自分などに興味を持っているのだろうか。
「ええ。だってあなた随分と若いでしょう。それなのに訓練校じゃなくてもう前線に正式赴任してるっていうから、気になっちゃって。今、歳はいくつなのかしら?」
「十六ですね」
「あら、やっぱり本当に若いのねえ」
「本当にって……別に嘘をつく理由なんてありませんよ」
「いや、ごめんなさいね。もしかしたら凄い若作りなだけって可能性もあったものですからね。ほら老化防止技術をしてる人とかだと、実際の年齢が一目で分からないじゃない?」
そう言って、口元を抑えて上品に笑いを漏らすセレスタ。
そんな所作に彼女の育ちの良さを感じ取りつつ、「確かにそうかも知れません」クルスも話に応じて口だけで笑って見せた。
ただ、その内心では変わらずに疑問が渦巻いている。
いったい彼女の目的は何なのだろうか。
彼女の言葉から特に裏のようなものも感じ取れず、クルスは内心で困惑する。
セレスタ議員。
独立都市アルタスの運営議会の一員であり、その中でも穏健派と呼ばれる派閥に属している女性。いや、属していると言うよりは、彼女こそがその中心と言ったほうが正しいのだろうか。
穏健派は長年に渡って続いている隣国との戦争状態を良しとし議員派閥であるが、それは彼女の呼びかけによって結成されたものだと伝え聞いている。停戦という現在の都市の状況を作り出したのも穏健派の手によるものだという話だった。
当然、戦争を支持する議員達や、戦争という状態を維持していることによって都市内での発言権及び立場を向上してきた対外機構軍などとは仲が悪い。敵、という言葉を使うのは少々安直だろうが、それでも戦場を生業とするクルスのような人間とは真逆の位置にいる人物だろう。
そんな人物が一体、自分のような人間になんの興味を持ったというのだろうか。
「それにしても、そんな年齢で軍人だなんて。基地じゃ一体どんな仕事をしているの?」
「ええと、一応、万能人型戦闘機の搭乗者ですね」
「まあ、万能人型戦闘機!?」
セレスタはクルスのその返答に少し驚いたようだった。
とんでもないことを聞いたとばかりに瞳が大きく開かれて、息を詰まらせたような様子でクルスを見やっている。
その反応に軽く驚きつつも「ええ、まあ」とクルスは首肯する。
クルスの見た目と実年齢を考えれば、そこまで不思議な反応では無いのかもしれない。恐らく新米の整備員だとか机仕事の事務員だとでも予想していたのではないだろうか。実際、セーラを除けば西方基地所内で自分と同年代の人物など見たことがないので、自分のような人間が相当に希有な例だということは容易に予測出来る。
「じゃあ、あなたも前線に出たことが?」
「ええ、もちろんありますよ」
頷く。
つい最近まで停戦協定を無視して国境線を越えて相手国のレーダー施設を襲撃していました、とは流石に口に出来ないが。
「そう。そうなの……」
クルスのその返答を聞くと――セレスタは口元を強く閉じて、静かに瞼を閉じた。
僅かに俯いたその表情には陰りが見える。その様子はまるで、何か見えない傷の痛みに耐えているかのようだった。
不意打ちのように訪れたその重苦しい雰囲気が、煌びやかな個室に満ちる。
「辛くはない?」
「……え?」
その静寂を破ったのは、セレスタの一声。
クルスはそれが何のことか分からずに、きょとんと目を瞬かせた。
※ヴィッタラウェンジャナ……ゆで卵入りカレーのこと。別に悪魔を召喚するための呪文ではない。




