銀世界の騎士 - XI
目標であるレーダー基地施設を壊滅状態に追い込んだことにより、作戦は成功。
ただし作戦に参加した万能人型戦闘機の内、二機が大破。
クルス少尉は帰還後、身体の不調を訴えるも時間経過により回復。
セーラ少尉は意識を一時的に失うも、回復。軍用基準性能調整個体の大掛かりな処置は現地では行えないため、優先的に独立都市へ移送。現在はアルタス内の施設に収容済み。
「――以上が今回の作戦の報告となります」
事務的な声が室内に響き渡る。
ここ西方基地所の最高司令官室でグレアムが口頭での報告を終えて見やると、彼の恩師であり上官であるソピア中将は丁度趣味の紅茶をカップに入れ終えて、応接用のソファに腰掛けたところだった。
その顔には、深い思案の色が浮かべられている。
その様子を窺いながら、当然だろうとグレアムは思う。
敵基地に存在していたトハルト・インダストリー製の新型機、大型機動兵器による追撃、所属不明の未確認万能人型戦闘機の乱入。
今回の作戦は、予定外の連続と言っても良い。
事前に計画した作戦が実戦ではその通りにいかないことなど珍しい話ではないが、それにしても限度というものがある。今回の事態は明らかに許容量を超えていた。
それらの事態に見舞われながら欠員を誰一人出すこと無く任務を達成し、無事に帰還してきたシンゴラレ部隊の優秀さは特筆すべき事柄だろう。
だが、そう呑気に喜んでいられるわけもない。
「多すぎるな……」
「やはりそう思いますか」
グレアムと同じ考えに至っているであろう目の前の上官が、ゆっくりと顎髭を撫でる。
「海上中継地点〈ホールギス〉で現れた傭兵、資源輸送列車の襲撃してきた特殊兵装を備えたテロリスト、そして今回の任務。――何れもセミネールの関与の痕跡が見られた相手。それが僅か半年の間に三度。……全てクルス少尉が独立都市に来てから起こっていることだ」
ソピアの懸念は当然のものだった。
クルスがシンゴラレ部隊に参入してから以降、彼らの任務には常にセミネールの影が付き纏っている。これらを全て偶然として片付けるのは、些か楽観視が過ぎる。
何者かの意思が働いていると考えるのが自然だ。
「さて、向こうの目的は何なのだろうな」
「……技術に触れた我々の粛正では?」
まだ湯気が出ているカップに口を当てながら呟く上官に、グレアムは僅かに揺らぎを見せながら答えた。
クルスと共に接収した例の機体。
セミネールは所有戦力を傭兵として貸し出す特殊な生業をしているが、その反面で所有技術については一切の秘匿を貫いている。その禁忌を破った相手には問答無用で武力を用いた粛清が行われてきた。名だたる大国や、研究機関、テロリスト。目前の欲に釣られて身を滅ぼした勢力は多岐に渡る。
自分達もまた、同じ末路を辿ろうとしているのではないだろうか。
しかしソピアはゆっくりと首を振る。
「違うな。本当に奴らがこの都市を滅ぼすつもりならば、とっくに消滅させられている。……腹立たしいことだがな」
苦々しげな表情を浮かべるソピアだが、それは決して手元の紅茶が苦かったからというわけではないだろう。
現状、察知不能な移動手段を用いて神出鬼没に各地に戦力を派遣するセミネールに対抗する手段は存在しない。それこそ先制攻撃で上空から絨毯爆撃でもされてしまえば、大抵の勢力は終わりである。セミネールが人災でありながら天災などと揶揄される由縁であった。
「それに今回の任務ではセミネールの所属と思わしき万能人型戦闘機は結果的にクルス少尉達を救う結果になっている」
「可能性として考えられるのは……例のメルトランテの大型機動兵器。その破壊をセミネールに依頼した何者かがいて、それが今回の事態と重なった」
「クルス少尉達が救われたのは偶然という訳か? 一応の筋は通るがな」
そう呟くソピアに納得したような色は無い。
口にしたグレアムもそれは同様だった。
偶然、数機の万能人型戦闘機の追撃に未確認であった新型の大型機動兵器が用いられ、偶然それの破壊依頼を受けたセミネールの傭兵が登場し、偶然死ぬ間際だったクルス少尉を助けた。
果たして、そんなことがありえるのだろうか。
事実は小説よりも奇なりとは言うが、最初からそれに期待している人間は愚かだろう。そういったものは他の可能性を精査した上で、初めて選択肢に浮かび上がってくるべきものだ。
「――それと、不自然なのはエレナ少尉も同様だな」
「……彼女が何か?」
思いがけない部下の名前が出てきて、グレアムは微かに眉根を上げる。
報告書を読む限りでも、特に彼女の不自然な点は無かったように思える。機体の記憶領域に敵機体からの通信音声が入っていたのは特筆すべき点かもしれないが、彼女は一度も返事をしてはいなかったので、特にスパイ容疑もかけられていない。
しかしソピアは珍しく不審げな表情を露わにして訊ねた。
「彼女とクルス少尉はそんなに距離の近い間柄だったのか? それこそ自分の命を賭けてまで救出行動に向かってしまうほどに」
「……いえ。自分が知る限りではそのような様子はありませんでしたが」
グレアムが思い返して見るも、そのような光景は思い浮かばない。
クルスと最も距離が近いというならば、それは同じ部隊に籍を置く軍用基準性能調整個体である金髪の少女だろう。自分の眼前に居る人物の目論見通りとも言うべきか。
とはいえ親しく喋っているような光景を見たこともなく、本当にただ一緒に並んでいるだけという印象である。グレアムからすればあれを親しいというのかどうかは疑問であったが。
閑話休題。
エレナは何かと問題のある人物ではあるが、特別親しい人間を作っているような印象は無い。
あれだけ優れた容姿を持っていれば浮いた話の一つや二つは出てきてもおかしくは無い気がするが、それも無かった。――一応、基地内で思わず見かけて目を奪われる人物は結構な数に上るらしいが……、シンゴラレ部隊所属という肩書きが付くだけそれらは一瞬にして霧散してしまうらしい。
そんな彼女が危険を顧みず編隊を離れてクルスの救出に向かったというのは、確かに違和感を感じなくもないが……。
「――同じ部隊の仲間ですし、本来であれば死んでいておかしくない状況です。そのような時に仲間救出に動いたとしてもそこまで変な話ではないのでは?」
人間は生き物だ、命じられてその通りだけに動く機械ではない。
それに彼女はまだ若い。情に流されたり、状況に酔って突発的な行動に出たとしても、そこまで不自然な話ではないように思える。公には出来ない作戦に参加する部隊の人員としては褒められたものではないが、そういった光景は現場ではよく見られるものだ。
「確かにそうかもしれん。しれないが……私はそういうのは気に入らん」
余りにも根拠の無い発言。
またいつもの気儘な悪い癖が出たのかとも思ったが、ソピアの瞳にはそういった遊びのような光は一切混じっていなかった。目の前にいる上官の顔は勝手気儘なソピア=ノートバレオではなく、アルタス対外機構軍西方防衛基地所最高司令官である軍人の顔であった。
「彼女の来歴は確か元傭兵だったか?」
「はい。パナーダ崩壊後に勢力を増した傭兵集団からの推薦です。本人からの志願理由は独立都市アルタスでの市民権を得るため」
「聞き触りが良いな。幾らでも誤魔化せる内容だ」
パナーダはセミネールの禁忌に触れて粛清を受けて事実上壊滅した国だ。
その際に住民の戸籍データなどは大半が失われており、別人の情報を用意、或いは実在した人間に成り代わることは比較的容易い。
経歴を洗い直してみようにも、あまり期待は出来ないだろう。
そこまで考えてから、グレアムは報告し忘れていたことがあったことに気がついた。
「そういえば、クルス少尉についてですが――……妙な現象が起こっているようです」
「……?」
ソピアが手元のカップをソーサーの上に戻して、見やってくる。
「正確なことは分かりませんが……、報告によるとクルス少尉に注入されていたナノマシンの九十七パーセントが自己崩壊を起こしているようです」
「なに? どういうことだ?」
「原因はまだ不明です。正確な調査はこれからとなりますので、私からはなんとも」
「……」
僅かな沈黙が降りる。
グレアムは思い当たっていたし、恐らくソピアも同様だっただろう。
この都市にクルスがやって来た当初。
あの少年は驚くべきことに体内に対G用のナノマシンを飼っていないにもかかわらず、通常の万能人型戦闘機とは比べものにならないほどの高負荷を受けながら、特にそれを苦にした様子も見せずにいた。
具体的な事は依然として分からないが、もしかしてそれと何かが関係している可能性もある。
「……どうにも、分からないことが多すぎますね」
こうして改めて考えて見ると、クルス=フィアという存在は色々と要素を抱え込みすぎているように思える。亡命してきた凄腕の搭乗者というだけならば良かったのだが、実体はどうやらパンドラの箱にも等しい存在らしい。
ソピアは溜息でも吐きたそうな表情を浮かべながら、小さく首を振る。
「……停戦期間が開ければすぐにでも戦端は開かれる。それもこれまでにない大規模なものだ」
現在水面下において連合軍のメルトランテに対する大規模反抗作戦が計画されており、アルタスの対外機構軍もその動きに同調して準備を進めている。
未だ都市内では穏健派の非戦争論が声を大きくしているのが不安要素ではあるが、戦争推進派の議員達への根回しは着実に済んでいる。一度流れ始めた大きな動きはそう簡単には止められない。
「クルス少尉もエレナ少尉も優秀な人員ではあるが、そのまま抱えておくわけにもいかんか。……ふむ、丁度良いかもしれんな」
もともと爆弾を抱えることを承知でクルスを引き入れたわけだが、危険な要素を減らせるならばそれに越したことはない。好き好んで危険物を持っているわけではないのだ。
「丁度、アーマメント社の研究者の方から腕の良い搭乗者がいないかと打診が来ていたところだ。新型量産機開発で面倒事が起こっているようでな、軍用基準性能調整個体に勝る人材を探しているらしい。クルス少尉とエレナ少尉ならば申し分ないだろう」
その言葉にグレアムは頷く。
確かにクルスならば軍用基準性能調整個体にも勝る搭乗者であるし、エレナもクルスが部隊に加入後は加速度的に技量を増していっている。
両名が実機訓練の合間に当然のように組み込んでいるコンピューターの自動補助を持ちいらないアナログ的な操作技術はしっかりと操作ログに記録されており、公開されたその情報は他の部隊の搭乗者達を愕然とさせていると専らの噂だ。他基地からは真偽の確認を求める声もあるらしい。
それだけクルスとエレナの技量が並外れているということだ。
「それに、前々からクルス少尉に対する注文は研究所の方から来ていた。丁度良い機会だ。精々高く貸してやろう」
研究所、というのは海上都市に存在する軍用基準性能調整個体の開発機関のことである。
クルスと接触した次世代型へのテストベッドであるセーラが模擬戦において命令無視をしたことにより、これまでに幾度となく好条件の要請が来ていたのだが、それは現在に至るまで続いている。
中には運用兵器付きで軍用基準性能調整個体の部隊を貸し出しても良いというようなものまであり――軍用基準性能調整個体に関しての費用も受け持つと言っている――研究所の熱心さが垣間見えていた。
クルスの能力は優れていたために暫くは無視していたが、こうなってしまえば何も悪い条件ではない。
「……二人は撒き餌ですか」
だが、所詮それらは全ておまけ。
タイミングが合ったから纏めて済ますだけの雑事に過ぎない。
事態の本質を察したグレアムの問いかけに対して、ソピアは無表情に小さく頷く。
「彼らが海上都市に行った結果、何も起こらないならばそれでいい。だがもし、またそこでセミネールが関与してくるならば――……」
その先にどのような言葉が続くのか。
それはソピアが身に纏う雰囲気を察してしまえば、訊ねるまでもないことであった。
***
クルスがフィアとしてログインしてみると、ギルドのロビーにはミコトが一人いるだけであった。他のメンバーもログインはしているようなので、狩りにでも行っているのだろう。
いかにも後方支援職ですというような出で立ちをした符術士のアバターは、現れた軽剣士に気がついてぺこりと一礼した。
「こんにちは、フィア、久しぶりですね」
「まあ、そうなるよなあ」
任務が無ければ暇だが、任務が始まればゲームをする暇も無いのがシンゴラレ部隊である。
しかも今回は他国への遠征任務だ。
環境適応、機体の習熟訓練、隠密制動の練習。
諸々を熟している内に、気がつけばかれこれゲームにログインするのは十日ぶりくらいになっていた。任務が無い時はプレイ時間も鰻登りだっただけに、久しぶりと言われても仕方が無いだろう。
「何か変わったことはあったか?」
「特には。……そういえばフィアがいなくて、モンクさんが随分と寂しがっていましたよ」
「あの人は俺で遊んでるだけだからな……」
彼女――あくまでアバターが、である――の姿を思い浮かべて、苦笑する。
基本的に調子の良いあの人物は、フィアをからかって楽しんでいるのだ。気に入られているとも言えるが、玩具にされているとも言える。言葉通りに素直に受け取ると損をするだけである。
それでも一応メールの一つでも送っておくべきかと考えていると、そんなフィアを眺めていたミコトが訊ねてきた。
「どうします。これから狩りにでも行きますか?」
「いや……、少し顔見せに来ただけなんだ。またすぐに出ていく」
久しぶりと言うこともあってミコトの言葉は非常に魅力的なものではあったが、残念ながら時間的余裕はあまり無い。何せ今現実では、クルスは他国の病院で検査待ちしているのである。いつ呼ばれるかも分かっていないので、迂闊には行動に出られなかった。
ミコトはこくりと頷く。
「そうですか。残念です」
そうしてから何か思いついたように、ぽんと手を叩くジェスチャーを見せてくる。
「それならば、軽く雑談などをしませんか? 少々訊きたいことがあったのですが」
「うん? 別にそれくらいなら構わないぞ」
フィアは頷く。
いつでも抜けられる状態ならば、時間が来るまで適当に話している程度は何の問題も無い。
フィアの返答にミコトは機嫌を良くしたようにくるりと一回身体を回転させてから、小首を傾げて見せた。前々から思っていたが、ミコトのアバターを操っているプレイヤーはジェスチャーを多用するのが好きなようである。
眺めていて中々飽きさせてくれない。
「では質問なんですが。秘書はどこに行けば雇えるんでしょうか?」
「…………は?」
全く予想外の質問に、クルスは怪訝な顔をする。
続く言葉に「冗談です」というものを期待したのだが、少し待ってもミコトは追加のジェスチャーを入力してくれはしなかった。
「……」
まさか本気の質問なのだろうか。
フィアはさらに数秒間待ってから続きが無い事を確信して、一応真面目に考えてみる。このゲームに秘書などというシステムは存在しないので、答えるならば現実に即した形にするべきなのだろうか。
とはいえ、秘書などという特殊な職業をどこで雇えるかなどクルスは知るわけもない。
「そりゃお前……、あれじゃないか? 募集するとか、近くに居る人間から選出するとか」
「なるほど」
何ともユーモアの無い答えだった。
余りにも普通すぎて、もしミコトのこの質問が冗談だったならば穴に潜りたくなるレベルであったが、幸いにしてそんなことは無かったようだ。
ミコトは再び頷いて見せると、びっと片手を上げて言った。
「ではフィア、私の秘書になってくれませんか?」
「なんでそうなる。意味が分からん」
いきなり何を言い出したんだこいつは。
フィアはジト目を向けたが、ミコトはめげた様子も無く言葉を続けた。
「三食昼寝突き。設備、経費諸々は全て支給。待遇は良いですよ?」
「知らんわ。大体秘書って何やらせるつもりだ。スケジュール管理でもさせるのか?」
「いえ、特には何も。ただ時々私の責任を全て被って貰うだけです」
「それ、ただのスケープゴートじゃねえか!」
「秘書が勝手にやりました」
「それ別に自分は悪くないっていう免罪符じゃないからな!?」
「さあ」
「さあ、じゃねーよ。何俺が受け入れて当然みたいな態度で握手求めてきてるんだよ。この流れで引き受ける奴がいたらそいつは破滅願望の持ち主だから。なんで今、このタイミングで、驚いた顔見せてるんだよお前は!?」
こちらが喋っている最中にも次々とジェスチャーを並べていくミコトに、フィアは大きく肩を落とす。
そうしてから相手に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を漏らした。
「いいか、俺は生憎と今の仕事で手一杯なんだ。秘書なんてやってられん」
「……そうですか、残念です。確か、お仕事は自宅警備のプロフェッショナルでしたか」
「この前といい、お前は俺が無職じゃないと困る理由でもあるのか」
人によっては大ダメージを受けるであろう言葉の刃に辟易として、溜息を吐く。
初めてあった頃はもっと口数の少ないイメージだったのだが、随分と変わってしまった。嘗められていると悲しむべきか、距離が縮まったと喜ぶべきか。判断に悩むところである。
頭を悩ませるフィアを尻目に、ふとミコトが羅列していたジェスチャーを止めて、訊ねてきた。
「今の仕事は楽しいですか?」
「ん?」
少々唐突な質問にクルスは驚く。
だがまあ別に不自然でも無いかと思い直してから、考えてみることにする。流石に仕事内容を教えるわけにはいかないが所感を口にする程度は問題無いだろう。
「あー……どうだろうな。嫌いじゃあないけど」
なんとも煮えたぎらない言葉が出てくるが、これが正直な感想だった。
万能人型戦闘機という兵器の搭乗者として、戦場で敵と戦う。
別に命を粗末にしているつもりはないし、死にたいなどと思った事も無いが、シンゴラレ部隊の一員として戦っているのは決して嫌では無い。
だが楽しいかと訊ねられると疑問である。
幸いと言うべきか、他人の命を刈り取って喜ぶような奇癖はクルスには無い。
万能人型戦闘機を動かすことは好きだが、交戦という結果がもたらす事象については特に感慨は無かった。
しかし――少し考えてみればそれは異常だとも思える。
自分の命を危険に晒し、他人の命を奪う。
日本に居た頃の紫城稔という存在では、ありえなかった考え方だろう。紫城稔という人物は、簡単に誰かの命を捨てるような判断を行える人物ではなかったはずだ。
ならば今の自分はクルス=フィアだから大丈夫ということなのだろうか。
クルスと稔は別人なのだから、行動や考え方に差異があっても何もおかしくはない。つまりはそういうことなのか。だがそれはあんまりにも安直な考え方のような気がして――。
そう、そこまで考えてから、思考が冷静に戻る。
「――というか……、なんで俺はお前相手にこんなことを考えなきゃいかんのだ……?」
思わず憮然として呟いたが、ミコトは小さく首を傾げただけだった。
「何を考えていたのかは分かりませんので、私に聞かれても」
「だよな」
当たり前の返答に頷いてから、額を抑えて項垂れる。
ゲームでちょっとした息抜きをするはずだったのに、どうにも妙な方向に会話が流れてしまった。無駄に疲れた気配すら在る。
現実もゲームも、どっちにしても中々上手くいかないもんだなとフィアが口に出さずに考えていると、気がついた。
「――と、悪い。時間だ」
診察の準備が出来たらしく現実で呼び出しがかかって、フィアは慌ててログアウトの準備を始める。とはいっても特別な準備は何も無く、ただアイコンを選択するだけなのだが。
足下から発生した光り輝く魔方陣に包まれて消えていくフィアに対して、ミコトは特に引き止めることもせずに、笑顔を見せるジェスチャーをして、
「はい、また会いましょうね」
小さく手を振った。
次話からは舞台が海上都市へシフトしていきます。
長かった。




