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プラウファラウド  作者: ドアノブ
七話 銀世界の騎士
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銀世界の騎士 - II

 クルスが指定時間よりも早めにブリーフィングルームに辿り着くと、そこには既に二人の同僚達が席に腰をかけて待機していた。



「こんにちわー、クルス君」



 一人はエレナ=タルボット。階級はクルスと同じ少尉だ。

 軍人と言われてもぴんと来ない整った容姿と美しい輪郭線の体型を持つ女性である。人当たりは良いのだが少々独特のテンポを持っていて、会話が噛み合わないときが多々あったりするのが難点である。

 彼女はクルスと同じアルタスの対外機構軍の制服を着ていたが、それが現役の軍人と言うよりは広報の為に雇われたモデルのように見えた。 


 室内に入ってきたクルスに向かってエレナがひらひらと小さく手を振ってくる。

 その拍子に彼女の前髪に付いている花飾りの付いた髪留めが僅かに揺れる。あまり似合っていない気がしていたが、若干幼い印象の着飾りを彼女が好んでいることはクルスも承知していた。



「こんにちは、クルス少尉」



 次いで聞こえてきたのは抑揚の無い平坦な声。

 金糸と見間違うような艶のある金髪を肩口で切り揃えた少女。それは趣味や好みでは無く、単純にそのほうが楽だからという理由だけだろう。表情を滅多に表に出すこともなく、またその細い肢体は一見するとただ華奢に見えるだけだがその実、身体を躍動させるのに理想的な均衡を持っていることが分かる。

 全体的に無駄の無い少女。

 それがクルスがセーラに持っている印象だった。


 ――最も、全く無いというわけでもないようだが。


 クルスがいつものように適当な席に腰を下ろすと、セーラが座っていた席から腰を上げてクルスの隣に移動してきた。少し前までは背後霊のように後ろに陣取っていたのだが、ここ最近は居場所を変更したようである。

 基本的に感情を見せないセーラが一体どのような変質を遂げたのかはクルスには分からなかったが、別に嫌われているわけではないと思えば悪い気はしない。野良猫が懐いたよう気分だった。



「ふと思ったんだけどさ。お前、いつも先にいるけど、ここに巣でも作ってるわけじゃないんだよな?」



 これまでに何度も時間を指定されて部隊に集合命令が出たことはあったが、セーラはいつも決まったように一番最初にいて、決まったように挨拶をしてくる。二番手三番手はまちまちであるが、彼女が最初にこの部屋にいるのはまるで規定事項のようだ。ともすれば、部屋に備え付けられている設備のようですらあった。

 クルスの問いかけに対してセーラは硝子玉のような光を持つ赤眼を暫く向けた後に、どうにか分かる程度に首を振った。



「いえ、私の寝泊まりする部屋は基地内の寮に用意されています」



 半ば冗談交じりの質問だったのだが、セーラはそんなものなど知らないかのように生真面目に返答してくる。別にクルスも面白可笑しい返答を期待したわけではないので別に良いのだが、思わず苦笑してしまう。



「それで、普段は部屋で何をしてるんだ?」

「別に特別なことは何も。任務時間外は鍛錬と報告書の作成をしているだけです」

「……ああなるほど」



 セーラが無表情のまま書類作成や鍛錬をしている姿が容易に浮かんだ。

 その光景は、実にしっくりと来る。

 そんな光景を思い浮かべて彼女らしいと思ってしまうのもどうかと思うが、もしセーラが室内でテレビゲームに興じていると言われても絶対に信じることはなかっただろう。そういった大衆的な娯楽のイメージとは、この少女はかけ離れている。

 無機質というか、妙に乾いているというか――彼女の持つ空気は独特でどこか浮き世離れしているところがある。



「セーラちゃんはもう少し趣味を見つけた方が良いと思うんだけどなあ」

「……なんでエレナまでこっちに来るんだよ」

「えー? だって二人が集まってるのに私だけ離れた位置にいたら、まるで仲間はずれにされてるみたいじゃないですかー」



 いつの間にか近くまで席を移動させてきたエレナが、間延びした口調で言う。



「それにしてもー、最近セーラちゃんとクルス君はいつも一緒にいるねー」

「……」



 クルスは否定しなかった、というよりも出来なかった。 

 実際、エレナの指摘通りだったからである。機体の調整や訓練の間など、気がつくとセーラが傍らにいる。以前からそういうところはあったのだが、ここ最近でその行動が顕著になっているようだった。そのことにはエレナも気がついていたらしい。訓練などを共にしているのだから当然かもしれないが。



「なにかあったのー?」



 そう言ってエレナはセーラに視線を向けたが、金髪の少女はまるで自分のことではないかのように反応を見せなかった。無表情、無感情。いつも通りと言えばいつも通りではあるが、自分の性質を都合よく利用しているように見えるのはクルスの邪推だろうか。


 そんな事を考えていると、無機質なブリーフィングルームに新たな入室者が現れる。 



「……あん? 何でお前ら一箇所に集まってんだ?」



 タマルは入ってくるなり一塊になっているクルス達を見やって怪訝そうな表情を浮かべた。

 これまでシンゴラレ部隊の面々は適当に離れた位置に座っているのが常だったからだろう。付近の席に集まって、あまつさえ作戦とは関係ない雑談を交えている光景は確かに珍しい。



「こんにちは、タマル中尉」



 何かの儀式のようにセーラが決まり切った言葉を口にする。

 タマルはその声に返事をすることなく少しの間、眉根を寄せていたが、考えるのも面倒になったのか程なくして、クルス達からは遠い位置に腰を下ろした。

 タマル=イオラーゼ。

 年齢は二十七と言うことだったが、その姿は幼く、どう多く見積もっても中学校に入る前の子供にしか見えない。顰めっ面を浮かべている今の表情も、子供が拗ねているようにしか見えなかった。



「あー、そんな離れた場所に座ってー。タマルも来ましょうよー?」

「アホらしい……。仲良しって柄でもないだろ……」



 むう、と不機嫌そうに頬を膨らますエレナを横目で確認しながら、クルスはふとこの現状の関係を考えて見る。


 シンゴラレ部隊。

 機体の整備員を除けばその人数は少ないこの部隊であるが、同じ戦場に命を並べて戦う間柄でありながらクルスは彼らのことを何も知らない。知らないが、それぞれが何らかの事情を持っているのだということは何となく分かっている。


 顕著なのはセーラだろう。

 弱冠十四才だというこの少女は通常では考えられないほどの戦闘能力を持っている。万能人型戦闘機の操縦技術は言うに及ばず、生身の身体能力も常識の範疇を優に超えている。

 十四才と言えば、日本ではまだ義務教育の段階である。

 そんな少女がどうしてそれだけの能力を持ち、こうしてこの部隊に所属しているのかクルスは何も知らない。以前に出身はアルタスではなく海上都市レフィーラであり、複雑な家族環境を構築しているという話を少しだけ聞いたが、疑問が晴れるどころか逆に謎は深まるばかりだった。


 そして、そういった謎を持っているのはセーラだけではなく、エレナやタマル、シーモス達もそれぞれが抱えているのだろう。


 当然、そこにはクルス自身も含まれていた。

 周囲の勘違いを利用して元傭兵という立ち位置に納まっているが、その実体はここではない世界から来た人間か、或いは気狂いの類いである。

 当たり前だが、そんな話を誰かにするつもりはない。良い結果が何も思い浮かばないからである。医者の元に案内されるか、見て見ぬふりをされるか。どちらもクルスにとっては望む展開ではない。


 それぞれが何らかの事情を抱えて、それを内に秘めたまま一つの部隊に集まっている。

 その関係は、酷く歪だ。


 同じ部隊の仲間。


 それは間違いない。


 だがそう一言で断じられるほど気の知れた関係でもない。

 シンゴラレ部隊の関係というものは酷く朧気なものに思える。湖面に映った月のような、ぼんやりとした存在。ともすれば何かの拍子に散り散りに消え去ってしまいそうな危うさを覚えた。



「おっと、俺が最後か」



 集合時間まで残り僅かというところで、最後の部隊員が姿を現した。

 よれた軍服を着こなしたシーモスは室内を見渡して既に自分以外の者達がいることに気がつき、肩を竦めた。長身で鍛えられた肉体を持つ中年の男であるが、およそ覇気というものに欠けていて余り見栄えはしない。やる気なさげなその仕草が彼には実に様になっているのは、嘆くべきことだろう。



「こんにちはシーモス中尉」

「おう、こんにちはセーラ。相変わらずお前さんは無表情だな」

「時間ギリギリだぞ」

「別に遅刻したわけじゃないんだからよ。そう怒るなって」



 不機嫌そうに鼻を鳴らすタマルにシーモスが戯けたように手を振る。

 そうしてから来たばかりのタマルのように一塊になっている三人と、そこから離れた位置に座るタマルを見やって、首を傾げる。



「で、なんだこれは? 喧嘩でもしてるのか?」



 確かに三人と一人に分かれて別々に集まっている現状は、仲違いをしているように見えなくもない。タマルが若干の顰め面をしていたこともその様子に拍車をかけていた。

 無論、喧嘩などしているわけもなく、今日は偶々普段と違っていたというだけだが。


 シーモスは少しばかりの間不思議そうな表情を浮かべていたが、特に興味も無かったのか「まあいいか」と呟くと、タマルと同じようにクルス達からは離れた場所に座る。

 まあこの部隊の距離感はこんなものなのだろう。

 エレナもそれが分かっているのか、子供っぽくつまらなさそうな顔をしたが口に出して文句を言うようなことはしなかった。

 端末に送られてきた集合時間まではあと僅か。

 指揮官であるグレアムが姿を現す気配が無いのを察して、シーモスが頬杖を付きながら言う。



「どうにも、ここに集まるも結構久しぶりな気がするな」

「ここ最近は特に出動するようなことも無かったし。……というか、作戦って何をさせられるんだ。今は停戦中だろ?」


 

 シンゴラレ部隊は一般に公表されているような、対外機構軍における通常の指揮系統には組み込まれていない部隊である。

 軍隊というのは何かと面倒な組織だ。上から下へ伝達する構造を持った近代の軍隊を一つの生き物に例えることは多いが、実際にはそんなに単純でも無い。生物とは違い脳から指先に命令を送るにも時間的なラグは存在してしまうし、それを伝える伝達系とて必ずしも正確無比というわけではない。


 また、反戦論が都市内で広まりつつある最近では、軍の動きにこれまで興味を示していなかったような者達も興味を持ち始めている。最新の戦闘兵器や大量の人員を抱える対外機構軍の維持費が莫大なものなのは言うまでもないことだが、それらの多くは都市民の税金によって賄われているのである。自分達が払った資金がどのように運用されているのか気になるのは道理であるが、その所為で最近は軍全体が身動き取りづらい状況になっていた。


 そういった面倒事の殆どを無視して基地司令の手足として働くのがシンゴラレ部隊の役割だったのだが、アルタスとメルトランテの間で停戦強制が結ばれて以降は部隊の活動頻度も減っていた。

 元々限定的な活動しかしていなかった上に、メルトランテの支援を受けていたと思われる武装勢力の殆どが活動を停滞させているのが原因だ。正規の任務を行わない性質上、そういった者達がなりを潜めればシンゴラレ部隊の活動も緩慢なものとなる。

 あくまで現状だけを見るならば、アルタスは平穏を享受していると言ってもいい。


 それだけに停戦期間中の現在にこうしてブリーフィングルームに集められるというのは不穏だ。厄介事の匂いが漂っている。

 そしてそれを感じ取っているのはクルスだけではなく、この場にいる全員がそうであろう。



「何かは知らんが……、まあ、面倒事には違いないだろうな」



 シーモスは早くも疲れたような表情を浮かべた。



「停戦協定と言っても、穏健派の者達が半ば強引に推し進めた話って噂もあるからな。どこまで守られるかなんて怪しいもんだ」

「それはアルタス? それともメルトランテか?」



 平和という虚構を破るのは果たしてどちらなのか。

 その質問に答えたのはタマルだった。



「どっちもだろうよ。長く続いた戦争っていうのは厄介だ。感情の膿が埃みたいに少しずつ積み重なって、いつの間にか手段が目的になっちまう。そうなるとお互いにどこがどこが落としどころかも分からなくなる」



 三十年、戦争は続いている。

 元々はアルタスの豊富な資源を狙ったメルトランテによる侵略行動であったが、その名目が今も機能しているかは誰にも分からない。殺し殺される行為を繰り返してきたと言うことは、それだけしがらみが増えているということだ。

 戦争というものは一種、生き物のような側面を持っている。

 餌を与えれば与えるほどに貪欲にそれらを貪り、成長していくのである。そして誇大化しすぎたその姿は、誰も気がつかぬ間に本来のものとはかけ離れたものになっている。



「……実際、この都市も結構危ないぜ。最近でこそ平和なんてクソな言葉が出始めてるけど、それ以前は戦争が傍らにあるのが当たり前になってて、誰も疑問なんてもってなかったんだからな」



 そう言い捨ててふんと鼻を鳴らすタマルに、シーモスは肩を竦める。



「……で、そりゃお前さんの実体験か?」



 シーモスのその明け透けな言葉にタマルは返事をせずに不機嫌そうな表情を浮かべると、もう一度鼻を鳴らした。 




  ***




「今回の任務は連合軍との共同作戦となる」



 壇上の立ったグレアムの口からそう、言葉が告げられた。

 岩を直接削って掘り出したような厳つい顔に、大きな傷を刻み込んだ男である。シンゴラレ部隊の最大階級者であり、隊長であり、そして指揮官である。他にも〈切り裂き(ジャック)〉などという渾名を持つ凄腕の搭乗者らしいのだが、クルスはこの男が万能人型戦闘機に乗った姿を一度も見たことがなかった。



「連合軍ですか……」



 そうシーモスが呟くのを耳にしながら、クルスは記憶を探る。

 事情通とはとても言えないが、クルスも流石に自分の所属する勢力と周囲の関係くらいは頭に入れてある。


 連合軍――正式には東部国家連合という。

 メルトランテの侵略行為に対抗するべく、その周囲に点在する国家勢力――特に東部諸国を中心に結成された連合である。日本の頃の記憶から連合軍というとクルスはどうにも巨大な一大勢力を思い浮かべてしまうが、東部国家連合の実体はそれとは大きくかけ離れたものである。

 連合とは言っても、実際には単独ではメルトランテに及ばない小規模勢力が相互防衛協定を交わして出来たに過ぎない。何とか戦線の構築には成功しており大陸内でメルトランテと直接的に戦火を交えている中では最大勢力だと言って良いが、数と質を含めてその戦力は劣っているようだった。


 

「現在、連合軍を中心に大規模な反抗作戦の準備が進められている。今回の作戦はその下準備。支援活動が目的となる」



 グレアムが手持ちの操作をすると同時に室内前方の画面に映像が表示された。

 一面雪に覆われた雪原の景色、その中に灰色の染みがぽつりとこびりついていた。拡大されるにつれてそれが汚れなどではなく、何かの施設だと言うことが分かる。規模は随分と小さいように見えるが――、



「メルトランテ領内北東部に存在する地上レーダー基地施設。これが今回の目標であり、君たちには破壊して貰うことになる」



 停戦期間中での敵地侵入行為に加えて、破壊活動。

 言い訳のしようが無い協定違反であったが、グレアムは表情一つ動かさない。



「作戦概要は単純だ。この後、我々は一度アルタス領域内を出てノブース共和国へと向かう。そこで寒冷地での馴らしを行った後、国境を越えて隠密移動にて北から目標に接近。対象を破壊後は速やかに撤退する」



 簡単そうにとんでもないこと言ってないかと思いながら、クルスは内心で首を傾げた。

 ノブース共和国。

 メルトランテ北上に隣接して存在する国家の名前だ。

 一年を通して厳しい寒さと雪に覆われており、また過去の大戦の影響から空は分厚い曇天で蓋をされていて滅多に晴れ間を覗かすことはない。一応軍隊は持っているものの、戦争行為には関与しない旨の中立宣言をしてはいたが、その実体はメルトランテの属国に近い状態であったはずだった。


 

「ノブース共和国というと中立国ですよねー?」

「実際はメルトランテの一部みたいなもんだと思ってたが……連合軍の作戦に荷担しているということは、反乱か」



 とんでもない面倒事を前にしたかのように顔を顰めるシーモスに、グレアムは頷く。



「その通りだ。秘密裏ではあるが、すでにノブース共和国も連合軍への参加が決定している。当然だが、メルトランテはこのことを知らん。ノブース共和国側の国境線沿いの防備は手薄だ。今回はその隙を利用した作戦となる」



 国境線もそうであるが、配置されている防衛部隊も他の国境線側と比べれば遙かに薄いと予測されている。


 

「隠密行動と言っても具体的にはどうするんで? 作戦領域は雪に覆われていて歩いたりしたら足音が残って空からの哨戒機が来たら丸見えですよ」



 かといって索敵を行っているレーダー施設に向かって空を飛んで向かっていったのでは、大口を開けているライオンに腕を突っ込むようなものだ。凄い勢いで敵が編隊を組んでやってくることだろう。



「光学感覚器に対しては電磁布を使う。その上で機体の主機出力を落とし、フロート機構を利用した慣性移動を中心に移動を行うこととする」

「出力制限した上で、慣性移動……。おいおい、移動に一体どれだけ時間をかけるんだ?」

「日を跨ぐのは確実ですねー」



 シーモスが表情を引き攣らせると同時に、エレナが緊張を感じさせない様子で呟く。

 実際、今提示された制限下では、如何に万能人型戦闘機といえどもその移動速度はとんでもなく遅いだろう。しかも低速ということは、風の煽りなどの影響をもろに受けることになる。

 敵に発見されないよう気を張らした上で、そのような移動方法をとるのであれば、神経が磨り減ると同時にとんでもない時間がかかりそうだ。



「アルタスは現在メルトランテと停戦の最中だ。当然、こちらの正体を向こうに知られるわけにはいかない。よって破壊活動は迅速に行う必要がある」

「近隣の基地から増援が辿り着くまでにはどの程度の時間猶予が?」

「詳しいデータは存在しないが――、順当にいけば七分程度と予測されている」

「七分……」



 その僅かな時間の間に敵レーダー施設を破壊し、撤退する。

 なかなかにシビアな条件だ。唯一の救いは、予想される敵の防衛戦力が大したこと無いということだろう。メルトランテの量産型万能人型戦闘機〈ヴィクトリア〉程度ならば、苦労せずに倒せる自信がクルスにはあった。


 とはいえ、作戦領域は極寒の地だ。

 クルスは『プラウファラウド』で幾千という戦場を経験しており、その中には雪が降り積もった極寒の地も含まれている。 

 だがそれらは殆どがかつての愛機での経験でしかない。今の乗機である〈フォルティ〉では初めての体験であり、想定出来るネガティブな要素は多かった。



「機体に慣れる必要があるな……」

「ノウハウはあるんですかー?」



 寒冷対策を施しただけといっても、それつまり普段の乗り慣れたものとは変わってしまうということである。そう言った些細な変化でもそれに命を賭ける搭乗者にとっては重大な要素だ。特にシンゴラレ部隊に所属している搭乗者達は何れも平均以上の技量を持つ人材である。感覚の鋭い搭乗者にとっては僅かな差でも感じ取り、繊細な機動制御に影響するのだ。



「我が軍には存在しないが〈フォルティ〉の製造元であるアーマメント社からは既に資料及びマニュアルが届いている。しっかりと読み込んでおけ。多少だが現地での馴らしの時間も用意してある」

「慣れない機体と環境に、疲れる静音移動。……なかなか厳しいね、全く」

「他にも時差もあるぞ。多少だけどな」



 タマルの言葉を聞いていたクルスは、ああと頷いた。

 そうして戦いの最中に寝落ちした魔砲師のことを思い出す。あれならば笑い話で済む話だが今回はそうはいかない。


 自分がこれから行く場所は現実。


 魔法も剣も無い。

 戦う相手は亜竜では無く、人間。

 失うのは、命。


 銃弾と爆炎が跋扈する、本物の戦場である。




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