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プラウファラウド  作者: ドアノブ
七話 銀世界の騎士
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銀世界の騎士 - Ⅰ

この作品はプラウファラウドです。

 往々にして自分では理解出来ないということはあるものである。

 だが意味が分からないと呟いたところで、その疑問に答えてくれる人間はいない。人生そんなものだろう。分からないことを教えて貰えることの方が希なのだ。


「あーあ、寒いなあ」


 厚着をしてなお、一ノ瀬雄馬(いちのせゆうま)は大気の寒さに負けて身体を震わせてみせた。気温はマイナス。フードや袖に毛皮のようなものが付いている、これまでの人生で着たことの無い類いの外套位は見た目こそ平凡なものだが、用いられている繊維素材は極めて保温性に優れている、らしい。

 らしいというのは、一ノ瀬が全くその恩恵を感じていないからである。幾ら保温性に優れていようと、これまで関東地方で暮らしていた一ノ瀬にとって、まつげが凍る寒さというのは未知の領域だった。もしかしたら服の中は温かいのかも知れないが、外気に晒されている僅かな部位だけで充分に寒く感じられるのだ。


「……なにをしてるんだろうなあ、俺」

「何をぼやぼやと言っているんですか、ユーマ。この程度の寒さで泣き言など、情けないですよ」


 吐息を白くさせながら漏らした一ノ瀬の呟きに答えたのは、すぐ横で似たような格好をしているノエルである。カーキ色の耐寒用コートに分厚いブーツ。正面から以外は顔を窺わせないフード。違うのは、首から掛けたベルトに固定されている自動小銃の存在だけだ。



「へいへい……。それと、ユーマじゃなくて俺の名前は雄馬だからな」

「む、も、もちろん分かっていますとも。あなたはユーマではなくてユルゥマ……、ごほん、ユトゥ、ユイ……ユィマ………、………うぅ」


 ノエルは上手く発音出来ないらしく、暫くして口を噤んでしまった。

 どうにもこの国の人間には自分の名前は発音が難しいらしい。日本ではありふれた名前だったために変な気分である。なまじ、ノエルという女性はこれまで成績優秀で万事をこなしてきていたらしいから悔しいらしい。

 年甲斐無く子供のような表情を覗かせるノエルに一ノ瀬は肩を竦めた。


「ノエルが俺の事をユーマって呼んでいるのは愛称だろ?」

「え?」


 ノエルはきょとんとしていたが、少しして理解したように頷いて見せた。


「え、ええっ、そうですよ。あたしとあなたの仲ですからね。私は親しみを込めてユーマと呼んだのです。決して発音が難しかったわけではありません」


 何故か胸を張って頷くノエルの様子に一ノ瀬は苦笑する。それを見たノエルが僅かに頬を紅潮させた。


「ほ、ほんとですよ!? ここでの任務が終われば、あなたと私はお嬢様の元で同僚として働くのですから。今のうちから親睦を深めておくのは理に適っていますっ!」

「うんうん、そうだねー。仲良し仲良し」


 一ノ瀬のその生暖かい視線にノエルはより顔を赤らめて、口を尖らせた。


「そ、それよりも! しっかりと見張りをしてください! 不審者……いえ、鼠の一匹たりとも見逃してはいけませんよ!」

「ねずみ、ねえ……」


 一ノ瀬はノエルの言葉を反芻しながら周囲を見やる。

 基地の敷地外。眼前に広がるのは一面の雪景色である。どこまでも塗り尽くされた真っ白な雪が、世界を凍てつかせている。そんな光景が地平線の果てまで広がっていた。そこには動物の影すら感じない。


「ねずみ、いるの?」


 一ノ瀬の言葉にノエルは気まずげに視線を逸らしてから、再び戻す。


「建物の内にはいるかもしれません……」

「見張りなのに中を見るのかよ……」


 見張りが内側を見張ってたら、みんな驚くだろうな。

 そんなことを思っているとノエルが強めな口調で言ってきた。


「とにかく! ちゃんと仕事をしてください! だいたい、暇で何がいけないんですか! いいじゃないですか、楽で! ただここで二ヶ月間突っ立ているだけでお嬢様直近の護衛になれるというのだから、感謝すべきですよ!」

「こいつ、開き直りやがった……」

「いいから外を見張りなさい!」

「あいあいさー」


 このままからかい続けていると火でも吹きかねないので、一ノ瀬は仕方が無しに外を向いた。相も変わらず雪景色。分厚い灰色雲が覆っているために、銀世界とも言えない。ただただ平坦な白が広がっているだけである。


「子供の頃は雪が降るとおおはしゃぎしてたんだけどなあ……」


 流石に今、この気温の中で雪遊びに興じられるほどの胆力は一ノ瀬も持ち合わせてはいなかった。

 白い息を吐き出しながら、考える。

 一体何がどう巡り巡って、自分はこんな場所にいるのだろうか。まさか人生のうちでこんな極寒の地にある軍事施設で見張りをするなどという経験を持つとは考えたこともなかった。

 何でこうなったと考えてみるも答えは出ない。   


 ゲームをしていたと思ったら見知らぬ土地に放り出されて、愛機と一緒に彷徨っていたところ、武装集団に襲われてる人間がいたので助けたらその人物が軍事企業の令嬢で、その後もなんやかんやありつつ彼女を実家まで送り届けたら誘拐犯と疑われて近衛兵と一悶着あり――その中にはノエルもいた――、その後お嬢様直々に直近の護衛に任命されるもその為には実戦の実績を持っていなければならないと言われて辺境の軍事施設にこうして送り届けられ――何故かノエルも付いてきた――こうして今、一ノ瀬は見張りをしている。


 これだけの出来事が僅か数ヶ月である。ジェットコースターにも程がある。ついでに言うと理解も出来ていない。ここはどこだ。どうやったら日本に帰れるんだ。バイトはどうなった。もうこれだけ無断欠勤が続いてればクビか。


 様々な疑問や考えが脳裏に浮かぶも、語り尽くせるものではない。

 そうなると一言、こう言うしかないのである。


「ほんと……、どうなってんだろうなこれ」


 そんな一ノ瀬の心の底からの呟きは、銀世界へと吸い込まれて消えていった。



***



 白く耀く稲妻が視界を二分割した。

 この決戦に備えて魔砲師がせっせと溜めてきた高級弾丸が亜龍の喉元に突き刺さる。一発一発が鍛冶屋の手によるオーダーメイド品である。値段は高いがそれに見合うだけの破壊力はあり、竜の強固な鱗が容易く砕け散り大量の破片が舞い散っていく。


「亜竜、モーション入ったぞ! ブレス、パターン右! ビショップ、ファブの準備!」

「合点承知!」


 刹那、錆びた鉄の色をした竜が顎の隙間から業火を吐き出す。後方で指示しているリーダーの言うとおり、左から右にかけての薙ぎ払い。前線に立つパーティメンバー達が慌てて回避する。通常であれば亜竜のブレスは範囲が広く回避行動をとっても余熱でダメージが嵩むのだが、ビショップが事前にかけておいた耐熱魔法のお陰で被害にならなかった。


「リキャスト終了、ファブかけます!」


 しかも効果が切れると同時に再びかけられる用意周到ぶり。

 相手は中級と上級を隔てる壁と言われるキュピギドスの渓谷に住まう亜竜。七時間に一度しか出現しないこのレアボスは決して油断出来る相手ではないが、これまで鍛錬を続けてきた冒険者達ならば油断しなければ勝てぬ相手ではない。


「敵硬直晒しました、リンク繋げられますよ!」

「よし、リンクは四までだ! 間違えても五まで手を伸ばすなよ、リカバリーが足りなくなるからな! ミコトは支援開始!」

「分かりました」

「よしいけ!」


 首領の号令によって次々と前衛の攻撃役達が攻撃を繋げていく。そこに符術士であるミコトの支援効果が乗って、更にダメージが上昇していく。


「よしよしいいぞ! 最後におっきいのをぶちかましてやれ!」


 このパーティの大砲役は、隊列最後尾に位置する魔砲師である。手数は少ないものの単発の火力と範囲攻撃は強力で、リンクで繋げて火力を高めた今ならば目前の亜竜に強烈な一発を与えられるはずである。しかも相手は今硬直しているとなれば、竜の弱点である目か口の中を狙うことも容易い。

 ……が、いつまで立っても魔砲師の追撃が来ない。


「おい?」


 リンクの繋げ役であった軽剣士フィアも慌てて振り返って、


「って、オイイイイコラアアア――――ッ!」


 肝心の魔砲師は後方で弾を込める体勢のまま動きを止め、そのまま微動だにしていなかった。まるで彼の周りだけ時が止まってしまったかのようである。


「あーしょうがないですね。向こうは確か時差で……今は深夜の四時近いですからね」

「そんなこと今言ってる場合じゃ! フィア、お前がアンカーをしろ!」

「ちょ、まだ再始動時間になって……あ、リンク切れた! 敵硬直解除した!」

「あーあ」


 フィアの真横に並んでいた、前衛役だった女性モンクが肩を竦める。それは余裕では無く、どうしようもないという状態からきた諦観の行動だった。

 そんなジェスチャーとってる暇があったら何か行動しろ、とリーダーが言うよりも先に、硬直から解放された亜竜の大口が再び開かれて、


「げええええっ! 腐毒のブレスが来た! 装備が腐る! やっと手に入れた剣が壊れる!」

「レ、レイティッドガード!」


 ビショップが大慌てで光輝の防御壁を展開するものの、防衛対象が多いことに加えて、亜竜が妨害無く全力でブレスを放ってしまったことにより、防ぎきれなかった腐毒が後衛も含めた全員に襲いかかった。


「ぎゃあああああ、止めて! 装備虐めないで!」「こういうときモンクで良かったって思うよねー。私、基本素手だし」「なに余裕ぶってんだ馬鹿! 撤退だ撤退! 転移石かリターンを早く使え!」「転移石なんて持ってきてないし、モンクがリターンなんて出来るわけないでしょ」

「ミコト――!」「あ、はいはい。詠晶終了まであと二十カウントですから待っててください」「ちょ、早く! ――ああっ、極光の法衣に破損情報が……!」「壊れる、死ぬ!」


 戦闘ログに無慈悲な情報が記されて意気消沈するリーダーの横で、軽剣士のフィアが己の得物を抱えて腐毒から必死に逃げ回っている。素早さに比重を置かれたその動きっぷりは剣士と言うよりはシーフやアサシンに近いものがある。

 他の前衛達が時間を稼ごうと亜竜に攻撃を加えているが、符術士の支援が消え、連携リンクが途切れた今では満足な硬直すら発生させられない。


「起きろー、起きてくれ、魔砲師さーん!」


 前衛職であるバーサーカーが柄にも無く状態異常回復薬を魔砲師に使うが効き目は無い。睡眠のバッドステータスを貰っているのは魔砲師では無く、それを操るプレイヤーなのだから当然である。

 結局、一同が拠点に帰還出来たのは更に数回、亜竜のブレスをたっぷりと浴びた後のことであった。






「酷い目に遭った……」

「おつかれさまです」


 亜竜から無念の敗北を喫した、その後。 

 反省会もほどほどに解散した後に、アジトに残っているのはフィア、ミコト、そして敗戦最大の要因である魔砲師本人だけだった。


「アクセサリーが死んだなあ。亜竜にもう一度挑むのは暫く先になりそうだ……。ミコト、そっちは大丈夫か?」

「私は被害が薄いですね。殆どが腐毒耐性持ちの装備でしたから」


 淡い髪の色をした符術士はそう言ってから、


「それにしても、魔砲師さん。本当に寝てしまっているみたいですね。拠点に戻ってきても少しも動きませんし」


 フィアとミコトの目前では魔砲師が未だに弾込め姿勢のまま突っ立ている。安全な拠点の中で戦闘態勢を取っている様は、端から見ているとかなりマヌケである。試しに素手で小突いてみるも十四という軽微なダメージを受けてよろめいただけだった。


「完全に寝落ちしてるな」

「まあしょうがないです」


 ミコトは恨み言を言うわけでもなく、のんびりと呟いた。

 この寝落ちという現象は『プラウファラウド』のようなVRゲームではありえなかったのでフィアにとってはあまり馴染みのないものだったが、言われてみれば道理である。

 このゲームでは回線さえ繋がれば、様々な地域から暇人達が参加している。時差が発生するほどの距離がある場所から接続している人間も大勢いるわけで、こういったことも充分に有り得るのだった。


「こっちは今昼過ぎくらい何だけど、そっちはどうなんだ?」

「私のほうもそれくらいですよ」


 ということは、大体同じ経度の地域に暮らしているのかもしれない。案外、アルタス都市内にでも住んでいるのか。 

 ミコトとはゲームを始めたばかりから交流がある相手であるが、どうやら生活サイクルがよほど重なっているらしく、フィアがログインしているときは大抵ミコトもログインしていた。初めはもしかして四六時中やっているのかとも疑ったが、キャラクターの成長率を見る限りではそういうわけでもなさそうである。単純に活動帯が被っているらしい。


 プレイ時間帯が通常とは若干外れ気味のフィアと重なっているというのも変な話ではあるが、まあ、プレイヤー本人の詮索はしないに限る。マナー違反だろうし、これで引きこもりをしていますとカミングアウトされても反応に困るだけだ。

 そんなことを無言で考えていると、ミコトがひょいとフィアの手を引っ張った。


「これからどうします? グランスライム狩りにでも行きますか?」


 速度を重視した剣士であるフィアと符術士であるミコトで単純な火力はあまり無いが、応用は色々と利く。グランドスライムは攻撃力こそ高いものの速度と防御は共に低く、二人でも与しやすい相手だ。しかも集団で出てくるために稼ぎの効率も良い。フィア達のレベル帯では標的にされる筆頭候補だ。

 普段ならばフィアもいいねと賛同の意を示すところだったが……、


「いや今日は俺も抜けるかな。ちょっとこれからやることが増えててな」

「フィアは引きこもりの無職かと思っていましたが、違うんですか」

「失礼なこと言うんじゃないよお前」


 マナーなど知らないとばかりに言葉の刃を振り回すミコトに溜息の動作をしてみせる。

 とはいえ、あまり違いは無いような気もしていた。もともとフィアの仕事場は活動が不定期であるし、停戦期間に入って以降はそれに拍車がかかってしまっている。加えて基地の敷地内から出ることも随分と減っている。お陰で、ここ最近のゲームのプレイ時間も鰻登りである。


 ――ま、だからこそ偶にある仕事はしっかりとこなさないとならないんだけど。


 しかもゲームとは違い、失敗すれば次は無いシビアな内容である。

 この後に待ち受けていることを想像すると、うんざりとせざるを得なかった。




区切る丁度良い場所が見つからなかったので、短め。

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