感染 - II
所謂ゴーストと呼ばれる者達の居住区となっている場所は、人工島の外縁部と都市を覆い込んでいる半球体上の透過性高効率太陽光発電パネルの『隙間』に存在している。
ゴースト達が住んでいるその場所は行政上の居住区として認められていない。
そのためライフラインが完備された正規の居住区とは違い、そこは汚れや土埃の目立つ煩雑な空間となってしまっている。勝手に建造されたであろう建物も自浄作用を備えた建材を用いたものなどではなく、前時代的な材料や手法、構造で作られたものが殆どである。
非正規の手段を使って渡ってくるゴースト達の数は既に膨大なものとなっており、行政区も彼らが問題を起こさない限りは完全無視の方向で対応を進めていた。それはつまり難民同士で犯罪行為が行われようとも都市守衛や法律の庇護は一切受けられないということでもある。
当然正規市民達が住まう居住区よりも治安は悪く、普通の者達は近寄ろうとはしない。そしてゴースト達も正規市民と問題を起こせば一方的に断罪される身だと理解しているために、外縁部から出てくることはあまりない。
「……」
つまり今、リュドの視界の中にゴーストの子供がいるというのは珍しい光景だと言えた。
十歳程度の女の子である。
彼女がゴーストであるかどうかは、その身なりを見ればすぐに知れた。手入れのされていない長い髪にくたびれて煤けた服装は紛争地域の街などでは珍しくないが、ここ海上都市では異様だといえる。
リュドがいる現在地点は比較的外縁部の近くではあるが、ゴースト達の居住区となっている場所では無い。舗装された並木通りにはまだまだ人の通りはあるし、途中にはアイスクリームを売っている出店も設置されている。
何故その女の子がこんな場所にいるのかはリュドには分からないことだが、目下女の子の興味はその屋台にあるようであった。店員が販売を行っているその少し離れた位置から、一人ぽつりと立って眺めている。その表情にはリュドも覚えがあった。欲しいものがあるのに手が届かない、諦観と羨望が入り交じった顔だ。
たかがアイスといえども、嗜好品など安定した暮らしを望めないゴーストにとっては憧れなのかもしれない。女の子の痩せ細った手足を見れば、充分な食事を取っていないことは一目で把握出来た。
道を行く人々は女の子の存在に気付くと一度顔を顰めた後に、視線も寄越さずに早足に過ぎ去っていく。正規市民にとってはゴーストという存在は大人も子供も関係なく、等しく煩わしい存在に映っているのだろう。誰も彼もが年端もいかない少女を相手に嫌な空気を醸し出していた。
アイスクリームを売っている屋台の店員も迷惑そうな顔をしなが、ちらちらと様子を窺っている。売り上げに響くとでも考えているのだろう。
リュドの認識では「子供」というのは守られる存在であった。
幼く未熟で弱い、誰かの庇護無しでは生きられない未成熟な生き物。
そんな存在を誰も彼もがいないものとして扱っている。
リュドはふと、前にいた場所で出会った少年兵の事を思い出した。
マークという名前の黒髪に赤褐色の目を持つ少年は、粗末な銃で数百メートル先の射撃を成功させる名手だった。
マークはちゃんとした教育もされずに銃を撃つことばかりを教えられて育った子供だったが、その心は決して悲壮感で満ちてはいなかった。戦い抜いた先にある未来に光を見ていた。
万能人型戦闘機に強い興味を持っていて、毎日少しずつだが万能人型戦闘機に関することを勉強して、将来は開発や設計に関係した職に就きたいと年相応の無邪気な笑みを見せてくれたことがある。そんなマークを見てこんな世界でもそんな表情を出来る子供がいるのだと、リュドは妙に安心を覚えたのだ。
だが、そんな彼も爆撃で吹き飛んで遺体も残さずに死んでしまった。
マークは戦う力を持った兵士だった。
この世界の子供というのは、確かにリュドの知る子供とは違うのかもしれない。
だが、子供という存在に対して傷を付けるような行動はどうしても受け入れがたい。それをするということは、同時に自分の中の大事な何かを傷つけることになってしまう気がするからだろうか。
「まぁ、丁度良いか……」
誰がいるわけでも無いのに言い訳するようにリュドは呟いて、屋台へと足を進める。
そしていい加減、道端に立つ女の子を追い払おうと考えたのか眉根を釣り上げて売り場を抜け出そうとしていた店員に明るく声をかけた。
「店員さん、オススメを二つちょうだい。少しサービスしてくれると嬉しいな」
気勢を削がれた店員は暫し目を丸くしていたが、リュドがお客だと分かり、次いでその容姿に気がつくなり相貌を緩めて「任せといてよ」と言って、鮮やかな手付きで商品を用意してくれた。コーンの上に真っ白なアイスがのったソフトクリームである。
精算は携帯端末を通してすぐに済ませる。
その様子を例の女の子は羨ましそうに眺めているのが分かった。
通常よりも量を多くしてくれた上に料金まで安くしてくれた店員はコーンを手渡してくると同時に何事か口説き文句を言おうとしたようだったが、リュドはそれを「ありがとう」の一言と笑顔で封殺した。
そうして呆然とする店員から両手で商品を受け取ると最早その相手には脇目も寄越さずに、リュドは汚れた身なりをする女の子の元へと近づいていった。
彼女はリュドにすぐに気がついたようだったが、逃げ出すようなことはしなかった。
理由としてはリュドが他の人達とは違い温和そうな笑みを浮かべていたということと、両手にもったソフトクリームに釣られたというところだろう。騙されて簡単に攫われてしまいそうな子である。そうリュドは密かに思う。
結局リュドが目の前まで来ても女の子は逃げることをせずにただ立ち止まっているだけだった。事態が起こるまで徹底的な受け身。あまり長生き出来なさそうだなどと咄嗟に思い浮かんでしまうのは、リュドがこの最低な世界に浸食され始めている兆候なのかもしれない。
リュドを見上げるのは、幼い女の子には少し首が辛そうだった。視線を合わせるためにリュドは女の子の前に屈んだ。女の子が口を開く。
「それ、くれるの?」
何とも厚かましい一声にリュドは苦笑してしまう。
受け身で内向的な子かと思っていたが、ただたんに自分の欲望に素直なだけなのかもしれない。その視線はリュドの青い瞳では無く、手に握られたソフトクリームに向けられていた。
「欲しい?」
リュドが訊ねると、女の子はこくりと頷く。
それを確認してリュドは意図的に笑みをして見せた。
「お姉ちゃんの質問に幾つか答えてくれたらあげる」
「質問、何?」
リュドの手元から視線を外さずに、女の子が首を傾げる。
「まず最初に、君はゴーストかな?」
「……うん」
念のために確認をしたリュドの質問に、女の子は頷く。
少し迷うような間があったのは、ゴーストだということが知られてご褒美が貰えなくなるかもしれないと考えたからだろう。
そんな意地悪な事はしないよと肩を竦めてから、本題を訊ねた。
「あのね私、人を探してるんだけど、この外縁区で街の外から来た人とかのこと分かる? それを管理してる人とか」
正規市民に稔の名が無い以上、残るはゴーストという可能性である。
だが年々増していくゴーストの総数は既に膨大な数となっており、一朝一夕で調べられるようなものではない。個人で足を使って調べるのにも限界がある。
だが科学の発達していない中世でもあるまいし、真の意味で無管理で彼らが暮らしているとは到底思えなかった。代表というほど強固な立ち位置ではないにしろ、何かしらの管理役のようなことを受け持っている人間がいるのではないかと思ったのである。
女の子はここで初めて視線をリュドの手元から、顔へと移した。子供らしいつぶらな瞳が暫くリュドの端正な顔を捉えていたが、少しして女の子がそっと口を開く。
「ヒゾンが外から来る人は全員調べて記録してるよ」
聞こえてきたその言葉にリュドは内心で手を叩く。
幾ら無法に近い外周区といえども、一つ場所で暮らしている以上はある程度のまとめや管理をしている人間がいる。そう考えたリュドの推測は正しかったらしい。それもこんな簡単に知れたのだから、運が良かった。
「そのヒゾンっていう人に会いたいんだけど、案内してもらえる?」
出来るだけ優しく言ったリュドの言葉に、しかし少女はふるふると首を振る。
「外の人を連れてくるときは先に連絡しないと、ダメ」
「外?」
リュドは一瞬首を傾げるも、すぐにそれがゴースト以外の者達――行政が居住区に認定した区画で生活する正規市民達のことを指しているのだと理解した。世間的には無許可で非合法に外縁部に滞在するゴースト達こそが『外』にいると言える存在だが、そこからあまり出歩かない彼らからすれば自分達が内となるということだ。人の立ち位置で見え方など幾らでも変わるという分かりやすい例だった。
「じゃあ、連絡して貰える? どれくらい時間がかかりそうかな」
リュドの言葉に女の子は少しの間考え込んでいたようだったが、ちらりとソフトクリームを見たのをリュドは見逃さなかった。
苦笑しつつも二つあるうちの一つを渡してあげると、女の子は分かりやすく目を輝かせた。そうしてから、リュドの顔を見て笑顔で言う。
「明日、同じ時間に来て」
その姿を見てやっぱり長生き出来なさそうだなと思いながら、リュドは予め用意しておいたモノをソフトクリームを持った方とは逆の手に握らせる。
「これは前金ね」
そう言ってリュドが女の子の小さな手に持たしたのは、折り畳んだ数枚の最大価値紙幣だった。
「明日ちゃんと案内してくれたら、倍上げる」
女の子は呆然と自分の手の中に収まった紙幣とリュドの顔を暫く交互に見返していたが、ふとゼンマイが巻かれて動き出したかのようにこくこくと勢い込んで頷いてみせた。
ソフトクリームの時とは違って、仕草の中に必死さのようなものが窺える。正直紙幣は利用するべきかどうか迷っていたが、効果はあったようだった。
早速行動に移そうと思ったのか少女はアイスクリームと紙幣を握りしめてかけ出そうとしたようだったが、不意に何かを思い出したかのようにリュドを見やってきた。
理由が分からずにリュドが内心で首を傾げていると、女の子はおずおずといった感じに上目遣いで見てくる。
「あの、……その、名前……」
どうやら名前を教えて欲しいということらしい。
リュドは少し考えた後に首を振った。
「私達の関係には必要無いんじゃないかな」
必要なやり取りだけをして、最低限の関わりだけで済ます。
そうリュドが決めたのは、しがらみが余り増えすぎるとしたいことをするときに差し支えが出るとこの世界で活動をする際に考えたからだった。後ろ盾となる存在は頼りに出来る反面で鎖にもなる。一箇所に留まるつもりの無いリュドには鎖としての側面の方が強い。
仮にゴーストの少女に名前を教えたところで何が変わるとも思わなかったが、それはつまり教える必要も無いということである。
女の子はリュドの返答にすこし目を瞬かせた後に、小さく頷いた。
その時の表情が少しだけ残念そうに見えたのはリュドの都合の良い願望だろうか。
ぱたぱと小さな歩幅で外縁部の方角へ駆け去って行く少女の背中を見送ってから、リュドは逆方向へ足を動かし始める。後は約束の期日である明日になるまでゆっくりとくつろぐ――という訳では勿論無い。
ひとまずの目的は達せられたが、それが万全というわけでもない。当たり外れで言えば外れの可能性のほうが高いだろう。
そんな不確実なものだけに頼っまま、呑気に座して待つつもりは全く無かった。
手の中に残ったもう一つのアイスクリームを口に含める。濃厚な牛乳の味とまろやかな食感、冷たさが口の中に広がる。
「うん、美味しい」
確認して何気なしに呟くと、リュドはそのまま白い街並みへと歩き始めた。
***
機油の香りが充満しているこの場所は、アーマメント社が所有する技術開発研究所の地下格納庫である。
今や世界中の軍の中核となっている万能人型戦闘機の次世代機開発の中心となっているこの場所は本来関係者以外は立ち入り禁止のはずであるが、ヒバナから手渡された証明IDを使うとあっさりと入ることが出来てしまう。勿論正面からでは無く指定された裏口にも等しい搬入口からなのだが、それでもこれで警備は大丈夫なのかとも思ってしまう。
一応臨時で発行されたIDには大した権限も無く、発行時に設定した範囲内のみで有効なものらしい。それにしても不用心ではないかとも思うが、リュドは別段ここで何か騒ぎを起こすつもりも無いので関係無い話だと思い直す。
地下と言ってもそれは正確には海洋に浮かぶ積層ギガフロートの最上層よりも下のことであり、この空間を狭いなどと感じるようなことは無い。それだけの活動可能な空間を確保出来ているのである。人為的に生み出した陸上で充分なスペースを保持出来ているというのは、リュドにとっては驚くべき事だった。
地球でも人工島は増加の一途を辿っていたが、それは採掘拠点や軍事拠点としての極々限られた用途のための建造であり、ここ海上都市レフィーラのように何百万人もの人間が居住するような大規模なものは存在していなかった。
それは人為的な斥力場の発生及び制御を成功させ、以降様々な分野に応用、発展してきた日本とて例外では無い。一応計画だけは存在していたようだが、まだまだ机上だけの空想論であった。
「……さてと」
とはいえ、この世界の科学技術には流石にもう慣れている。
格納庫内に足を踏み入れたリュドはさっと視線を走らせて、目当ての人物を見つけると足を進めた。
格納庫内を幾人もの人間が行き来する中で、ヒバナとリュドの目的の人物であるクロードの二人は足を止めて大声で何事かを言い合っているようだった。そこから離れた所では幼さを感じさせる軍用基準性能調整個体の少女が資材の一つに腰をかけてうとうとと船を漕いでいる。大方話を聞くのが面倒になったのだろう。
二人に近づくにつれて、二人の怒鳴り声がはっきりと耳に届いてくるようになる。
「だから、なんで俺の機体にこんな変なもんが付いてるんだよ。普通にしてくれ!」
「通常ならテストを終えてデータを取った後は解体か倉庫で埃被るしか無い貴重な次世代発展機の試作品を使わせてあげるって言ってるのよ? なんの文句があるのよ」
「要するに使う宛のない部品を押しつけただけだよなそれ……」
白衣を組んだまま腕を組んでいる女性はこの場所の責任者であるヒバナ。アーマメント社内部に存在する新型万能人型戦闘機の開発班の研究者である。リュドはヒバナとそう大した回数顔を合わせたことがあるわけではないが、いつも不機嫌にしているような印象があった。
対して、そんな彼女の態度に渋面を浮かべているのはクロードである。
もう何年も傭兵をしているというその男は、以前いた場所でリュドに命を救われて、その恩返しだと言ってこの都市への伝手を用意してくれた相手でもある。
別段リュドは救ったというつもりはなかったのだが、結果的にはそうなってしまった。
リュドは二人の様子を一瞥してから、その背景になっていて、恐らくは騒動の原因である鋼の巨人の姿を見た。
ハンガーに固定されているのは、アーマメント社製万能人型戦闘機〈フォルティ〉だ。
それはクロードの乗機だったが、これまでとは少々姿が違っている。前線での強引な修復箇所が消えて単純に綺麗になっているということもあるが、そもそもその輪郭線が随分と様変わりしていた。
地球の欧州戦闘機を連想させる曲面を多用した綺麗な流線型の印象はそのままなのだが、機体肩幅が大きく増えていたり、各所に部品が増加されていたり――率直な感想を言うと、着膨れたように見える。
「ん……、おお、リュドミュラ。来てたのか」
「う」
〈フォルティ〉の姿を見つめるリュドに気がついて、クロードが軽い調子で声をかけてくる。その隣にいたヒバナはリュドを見つけると、少しだけ表情を強ばらせた。
対称的な反応である。
リュドには理由が分からないが、初対面以来どうにも彼女には苦手意識を持たれているらしい。その事に気がつきつつもリュドは構わずに気になったことを訊ねた。
「これは?」
「ん、ええ……。〈フォルティ〉の強化改修案だったMJパック。いくつかの先行試作品は出来上がってたけど、結局正式採用はされなかったものよ」
「採用されなかったてことは、要するに不良品なんだろ?」
クロードがうんざりとした様子で溜息を吐く。
傭兵として各地の戦場を渡り歩く身としては、新装備というのは信用なら無い代物に映るらしい。実績の無いモノが好まれないのはこの世界でも共通事項らしかった。
だが、その様子を見たヒバナが犬歯を剥き出しにして唾を飛ばす。基本的な容姿が整っている彼女だが、こういう表情をしてしまうと色々と台無しである。
「違うわよ! MJパックが採用されなかったのはその直後に〈フォルティ〉を後継を改修案では無く、次世代量産機の開発というふうに決定したから。性能の底上げは確実だし、開発で得られたデータは次世代機にも存分に活かされてるわ。現に三十近く生産された試作品はうちの部隊で運用されてるし、消耗品だけはまだ生産を続けられてる! このMJパックは謂わばT―XXの前身なのよ!」
「へえ……」
つまりは結果としては次世代の繋ぎになっているものなのかと、リュドは納得する。そして首を傾げた。
ヒバナの言うとおりにMJパックの試作品が部隊で運用されているというのならば、目の前にあるMJパックは一体何なのだろうか。その疑問を持ったのはクロードも同じらしく、胡散臭そうな目つきでヒバナを見据えた。
「じゃあ、今俺の機体にくっついてのは何なんだよ?」
「今ここにあるのは試作品の試作品。製造番号外よ。書類上は解体されてて、管理なんて誰もしてないわ」
「おい、すっげえ不安に聞こえるんだが……」
「安心しなさい。これと実地運用されてるMJパックに差異は無いから。性能も部品もほぼ全て共通よ」
そもそも書類上は解体されたモノが何故ここにあるのかが気になったが、リュドはその疑問を口に出すのは止めておいた。クロードの機体が何になったところでリュドに関係することはなく、これ以上話題が長引いて自分の話が出来ないのも面倒だったからである。
「ヒバナさん、私の機体はどうなってますか?」
そう言って、格納庫の奥を見やる。
一番端のハンガーに固定されているのはリュドの『プラウファラウド』時代からの愛機である〈リュビーマヤ〉である。装甲を薄め代わりに積載が許す限りの兵装を積み込んだ白銀の高火力機は現在、その武装の全てを外されて佇んでいる。
その周囲には多く人間達が集まって様々な作業をしており、まるで角砂糖に集まる蟻のようにも見えた。
ヒバナは僅かに口を噤んで見せたが、少しして微妙な表情を浮かべながらも説明を始めた。
「電磁投射砲本体については目処は立ってるわ。元々構造の基礎設計部分はこっちでもあったからね。弾についても色々と特殊だから少し時間がかかるけど、概ね問題は無し」
「上々ですね」
「……寧ろ厄介なのは手持ち火器のほうよ。電磁加速機構をあそこまで小型化しているのも驚愕ものだし、そこに火薬剤との複合機構となると、それはもう完全に未知の範疇だわ。用いられてる弾丸の構造も単純じゃ無いし、大きさもどの規格とも違う。あれの補給となると結構な手間よ。前時代的に手作業が必要になるくらいにね。新品をこっちで融通するからいっそのこと別のモノにでも――」
「時間はかかってもいいので、お願いします」
ヒバナが台詞を言い切る前にリュドが言葉を被せた。
冷氷のような蒼い瞳に見据えられて、ヒバナは口元を強ばらせる。
「ま、まあ、開発班の連中は喜んでるからいいけどね……」
ヒバナが気まずそうに視線を晒しながら頷いて見せる。視界の隅でクロードが「おっかねえ」と呟きながら肩を震わせているのが見えた。自分で思っている以上に強い口調になってしまっていたらしい。ヒバナは善意で提案してきたかもしれないが、リュドにはあの試作型ライフルを手放すつもりは微塵もなかった。
「クロード、聞きたいことがあるんだけど」
「お、おう?」
リュドが視線を向けると獣にでも睨まれたようにクロードがびくりと反応する。これでも歴戦のフリーランス傭兵のはずなのだが、そういった雰囲気は少しも感じさせない。これが偽装なら大したものだが、恐らくこれが彼の素だろう。
飄々としているというか、場の緊張感を感じさせないというか。
リュドとクロードとの付き合いは一ヶ月程度だが、彼は万事この調子だった。
「外縁部の情報が欲しいんだけど、何か伝手はない?」
「外縁部? ゴーストに何か用事でもあるのか? ……ああ、例のお前の探し人か?」
「そういうこと。あなたならそう言った情報にも詳しいんじゃ無いかと思ったんだけど」
「んーそうだな……」
クロードはそう呟くと、懐から投影型の情報再生機を取り出した。本体は手の平に載る程度の大きさであるが空中に立体映像を映し出すことができる代物である。
僅かな動作で大気中に映し出されたのは、無数の建物が猥雑に乱立するエリアである。パズルのピースをはめ込んだように調和の取れている都市内では無い事は一目瞭然であった。
「これって」
「外縁部の地理データ。随分と前のもんだから宛には出来んが、まあ参考程度にはなるだろ」
くるくると外縁部の立体映像を回転させながらクロードが呟く。
ゴースト達が無断で住み着いている外縁部は行政上は存在しないことになっており、当然ながらこういった立体情報や地図も公的には存在していない。無論都市の行政も把握はしているだろうが、そういった情報は市民には配布されていないのだ。
ということは、これはクロードが独自に制作したものということになる。よくよく見やれば、立体映像の中には様々なタグとクロード独自の注釈が付けられていた。
「なんでこんなもの用意しているのよ……」
ヒバナが呆れを多分に含んで呟く。対してクロードはあまり感心無さ気に言葉を漏らした。
「まあ昔の習慣っていうか癖というか……、自分が滞在してる場所は出来る限り知っておかないとないと落ち着かないんだよなあ」
「あっ、これ! 第三以降の立ち入り禁止区画まで書き込まれてるじゃない! ……ちょっと、本当に都市内で騒ぎを起こさないんでしょうね? あんた、実はテロとか企んでんじゃないの?」
「誰がそんな面倒なことするか」
横で柳眉を逆立てるヒバナを心底面倒そうにあしらいながら、クロードは都市図の一点をマーキングした。外縁部の中でも相当に端の部分であり、まるで周囲に追いやられたかのような所に位置している。
クロードはリュドを見やって、
「ここに外から海上都市内へ密航の手引きとかをしているジジイがいる。ゴーストの出入りは殆ど把握してるはずだぜ。まあ最後に会ったのも結構前だから生きてる保証は無いけどな」
「へえ」
ここに来る前にゴーストの女の子から聞いた、外から来る人間を記録しているという人物のことを思い出す。もしかしたら彼女が言っていた人物と同一者なのだろうか。
「もしかして、その人の名前はヒゾンさんだったりする?」
「あ? んー……さあ、知らん。俺も周りの人間もジジイって呼んでたからなあ。機嫌を損ねると無闇やたらに銃を乱射しやがるんだよあのジジイ。俺が知ってるだけでもその癇癪で三人は殺されてるぞ」
「随分と癖のありそうな人だね」
リュドが相槌を打っていると、横で会話を聞いていたヒバナが眉根を顰めていた。整った顔立ちを帳消しにする深い皺が、眉間に刻まれている。
「……あんたらね、人の前で堂々と犯罪者の話をするの止めてくれないかしら。しかもゴーストの手引きとか、一級の犯罪人じゃないの……」
「何言ってんだ。実戦データとかを引き替えに俺らの機体整備とかを受け持ってる時点でお前も犯罪者だろうが。しかも最新兵器の譲渡とかと比べればゴーストの密航なんて可愛いもんだぜ」
「むぐ」
クロードの正鵠を射た発言にヒバナは一層深く皺を刻んだものの、言い返せるような言葉は無かったのか口を閉じた。渋々といった感じではあったが。
リュドはそんな様子を見ながら彼女も大概な人物だなと考える。
組織的な軍隊運用下では得られないような傭兵達の実戦データを貰いたいが為に、兵器を渡して活動の支援をする。倫理よりも開発者としての性が勝っているのだ。接している分には少し気性が荒いと感じる程度の普通の女性であるが、やはり彼女も戦争に染まりきったこの世界で生きてきた人間なのだろう。
その結果リュドは補給の目処が付いているのだから、別段文句は言わないのだが。
「この地理データ、コピーして貰ってもいい?」
「ん? 別に構わねーけど……外縁部に行くのか? あそこは治安が悪いぞ。なんなら護衛にルネを連れて行った方がいいんじゃねーか?」
クロードが発した自分の名前に反応してか、遠くで船を漕いでいたルネがハッと顔を起き上がらせた。だが完全に覚醒したわけではないようでで、緩慢な動作で周囲を見渡している。
リュドはその様子に思わず口元を綻ばしてから、首を振った。
「大丈夫。自衛手段くらい用意してるから」




