感染 - I
青く晴れ渡る空。
今目に見えている無限に広がるその空間が、透過性の高効率太陽光発電パネル越しに見えているものだと言われても、中々実感の湧くものではない。
実は情報は嘘で、この都市は野晒しになっているのではないだろうか。
リュド――本名リュドミュラ=チェルノフ――は首を上に向けて空を眺めながらそんなことを考えた。
長く伸びた銀の髪が美しい、顔立ちの整った少女だ。
深い海と同じ色をした瞳に、雪のような肌。十人が十人、綺麗と言った感想を思い浮かべるであろうが、無条件に人好きされるには冷たすぎる雰囲気を持っていた。実際店内に人がいないというわけでもないのに彼女の周囲の席には誰も座っておらず、謎の空白地帯が出来上がってしまっている。
現在リュドが駐留している海上都市レフィーラは、その名の通り大海上に浮かぶ人工の都市である。積層構造上のギガフロート上で建造されたこの都市は、呆れることに農業、工業、発電施設など、生活に必要な要素の全てをこの都市だけで完結出来る設備を内包しているらしい。
この都市に来て最初に思ったのは、世界が変わっても格差というものは無くならないのだなという、酷くどうでもいいことだった。
この都市に来る前、リュドがこの世界で一番最初にいた場所は最低なところだった。
周囲の大地は度重なる戦果で荒野と成り果て、場を納めるための統治機構は既に機能しておらずに各勢力が勝手に勝手な文句と理由を作って争っていた。そんな場に住む者達の環境が良いはずもなく、争いとは無縁の者達は諦観と狂気に包まれて生きていた。
対してこの都市はどうだろうか。
海上都市レフィーラ。
技術の粋を集めて形成されている技術都市。
汚れの無い白い街並みは、建築に用いられている素材自体に自浄作用が備わっているためである。未だに改築、拡張を行い続けているこの都市では仕事にあぶれることも無く、市民達は不足無く生活を送っていっている。これまで直接的な戦火に晒されたこともないのも大きなポイントだろう。
最後の楽園とはこの都市に来る前に外の人間から聞いた弁。
なるほどと思う。
これだけ世界中で戦争を行っている世の中ではそう見えるのも仕方が無いことかも知れない。海上という立地条件にも拘わらず、密航してくる者達が続出しているというのも納得の出来る話だ。世には海上都市への密航を生業としている者も存在しているらしい。
海上都市の一角。
空と海が一望出来るカフェで注文した飲み物を口に含みながら、リュドは溜息を吐きながら手元のリストに目を通した。
携帯端末の投影ディスプレイに表示されているのはこの都市の市民名簿である。
書類上、都市内に一時滞在となっているリュドでは本来閲覧することの出来ない情報であるが、彼女の持つ機体に使われている技術と引き替えに得たものの一つだ。
この都市に住む者の人口はおおよそ二百万前後。
その中に彼女の望む者の名前は無い。
「……稔」
最後に顔を合わしてから、地球とこちらの時間を合わせて既に百二十七日が経過している。
最初、何の連絡も無しに彼が行方不明となったときには動揺した。どんな伝手を使っても足取りを掴めずに絶望した。両親や友人が気遣ってくれていたことを邪魔に感じるほどに苛立ちと焦燥を覚え、もし二度と彼と会えないのかと想像するとそれだけで痛みを覚えて涙を流していた。
だから最初、リュドがわけも分からずにこの戦争が日常となったこの世界に放り出されたときに感じたのは戸惑いや恐怖ではなく――希望だった。
何の根拠も無い、直感。
だが、リュドは行方不明になった稔がこの世界のどこかにいるのだろうと確信していた。
誰よりも『プラウファラウド』の世界へと入り込み、誰よりも上手く空を自由に飛んでいた同級生。自分がこの世界にいて、彼がいないはずがないのだ。
それからはリュドは稔の行方を探しに各地の戦場を転戦し始めた。
この世界の搭乗者の水準は低い。仮想現実内で何千戦と対戦を繰り返してきた上位プレイヤー達と比べれば仕方が無いことなのかもしれないが、対等な条件ならばまず負けることはない。
ゲーム内ではランキング三十位半ばであったリュドですらそうなのだ。
搭乗者としては自分の遙か上を行く稔が無名でいられるはずがない。戦場にいればいつかは彼の噂を耳にし、その足跡を辿っていけば出会えるはずだった。
「Скучаю по тебе ……」
自然と少女の口からそんな言葉が零れる。
無意識に親の母国語が出てしまうのはリュドの昔からの癖だ。気をつけてはいるが、感情的になるとどうしても出てしまう。稔に注意されたのも一度や二度ではない。
こうしてつい口にしてしまうと、横で聞いていた稔に『リュド、さっきから日本語喋ってないぞ』とお決まりのように言われるのである。
そんな当たり前だった心地よいやり取りも随分と味わっていない。
「…………」
溜息という表現で済ますには余りにも暗い色を含んだ息を吐き出す。
都市内の環境管理は完璧だ。気温湿度共に人が快適に感じる温度に保たれているし、不意に天候が崩れることも無い。だがそんな中にいても、リュドはいつも冬の池の中にいるような錯覚を覚えている。
これで確認は三度目だが、何度見ても手元の名簿の中に求める名前は無い。
残る可能性は都市外縁部に滞在する非正規市民――ゴーストである。
稔が自分と同じ条件でこの世界にやって来たとするならば、万能人型戦闘機も同時にあったはずである。そう考えると稔がゴーストとしてこの都市にいる可能性は低いだろう。だがそれでも零ではない以上、蔑ろにするつもりはなかった。
とはいえ、外縁部のゴースト達が住まう場所は公式上は存在しないことになっているらしく、住む人間の名簿も地図も無い。一人で無作為に人を探すには辛い条件だ。
幸いにしてそういった所に詳しそうな人間に心当たりはあるので、一度協力して貰う必要があるだろう。あんまり貸しを作りたくは無いが、仕方が無いこともあった。
それとも一度くらいは自分一人で見に行ってみるべきだろうか。
治安が悪いとは耳にしていたが、自衛の手段も用意してある。さして問題は無いだろう。
思い立ったら即行動。
どんなに心が澱んでいても、その性質までは変わっていない。
指針を定めてリュドが一人で座っていた席から腰を上げようとしたとき、
「――『会いたい』ですか。それは情熱的な言葉ですね。」
人の声と言うにはあまりにも暖かみの感じられない音が耳に届いた。
抑揚の薄いその声は機械で作った人工音声のようでもある。
リュドは若干の億劫さと、明確な敵意をその海色の双眸に宿しながら、声のした方向を見やる。視線の先にいた人物は、リュドの予想通りの人物であった。
青空の下で白いフリルのついた黒い日傘を差し、その持ち手を弄って傘をくるくると回転させて見せる。
「プリムヴェール……」
「こんにちは、リュドミュラ。ですが私の名を呼ぶときには是非、プリムと。愛称で呼んでくださいと何度も伝えていますのに。」
優雅さを感じさせる動作でその人物はリュドの対面に座った。
幼い容貌を持つ、リュドよりも三、四歳は年下の姿をした少女。硬質な灰色の髪に、灰色の瞳。黒い日傘と黒いドレスを着ているのが、カフェというこの場には余りにもそぐわない。
印象を語るならば、人間よりも人形に近いと言えるだろう。目鼻顔立ちが余りにも整いすぎていることに加えて、血の通った生者の存在感というものを全く感じさせない。肌の色は白蝋を塗り固めて形作ったかのようだった。
人形。その印象は必ずしも間違ってはいない。
事実、プリムヴェールを名乗る彼女は人間ではない。
そしてこの都市で製造されているような軍用基準性能調整個体でもなく、また半分を機械化した機巧化兵でもない。
「あなた、何しに来たわけ。また壊されたいの?」
「あんまり気軽に壊されるのも困ります。この身体もタダではないのです。あんまり経費をかけてしまうと私もアリアーテに怒られてしまいますので。」
剣呑さを増すリュドに対して、頬に手を当てて困ったという風にして見せるプリムヴェール。育ちの良い、どこか上品にも思える仕草。
だが所詮、それはそういうフリをしているに過ぎない。
この人の形をしたモノは――自動型擬人機械。
つまりは無から科学技術によって生み出された、機械人形なのである。
「……それで、わざわざこんなところまで来た用件は何。さっさと言って、さっさと消えて欲しいんだけど」
「そんなに邪険にしないでくださいな。ちょっとした世間話をしたいだけなのですから。」
「人形とおしゃべりする趣味は私にない」
まるで気の知れた友人のように接してくるプリムヴェールに対して、リュドの対応はどこまでも冷たい。自動型擬人機械を移す海色の瞳には、憎しみを通り越して殺意すら混じっている。
リュドがこの世界に来てから数ヶ月。
彼女にとって眼前に座る存在は、紛うことなき敵であった。
「そうですか? ですが、リュドミュラはあちらのほうの情報も気になっているのでは?」
だがしかし、睨まれていることを微塵も気にした様子も無く告げてくるプリムヴェールのその言葉に、リュドはぴくりと反応を見せた。興味があったからではない。どうしようもない憤りを覚えたからだった。
「これは雑談ですが。日本の次期主力戦闘機開発。とりあえずは国産機の方向性で決まったようですよ。水面下ではまだ幾つかの交渉が行われているようですが。」
無遠慮に切り出された元の世界の話題に、リュドは返事を返さない。だが険の籠もったリュドの視線が全てを物語っていた。
海色の瞳に混ざっているのは憎悪と嫌悪。黒く深い闇の色である。
だが気がついた様子も見せずに、プリムヴェールは言葉を続ける。あるいは彼女にはそのような機能は搭載されていないのかもしれなかった。
「あなたの故郷はおもしろいですね。敗戦国となった小さな島国なのに、あの世界の最先端技術を保有している。斥力場装甲でしたか。あれもどうにか持ってきたいです。同じ環境を用意すれば似たような状態の国が出来て似たような開発をしてくれるのではとも思いましたが、どうにも上手くいきません。こちらの方は変なものを生み出しているばかりです。」
「……聞いてもいないことを勝手に話さないで。一体何のつもり」
「私の役割はリュドミュラのサポートですから。人は誰かと語らい安寧を得るのでしょう? あなたの精神を安定させる一助になればと思いまして。」
「勝手なことを……!」
リュドの胸の内に黒い蟠り、言いようのない苛立ちが募っていく。
以前にもそうしたように、彼女の額に穴を空けてやりたい。あるいは原型も残らないほどの高熱で消滅させてしまいたい。
だがここは都市内だ。短絡的な行動をするわけにはいかない。それに、目の前にいる相手を壊したところで何の意味も無いことは過去に実証済みだった。
リュドは既に六回、目の前にいる自動型擬人機械と全く同じ姿をした存在を破壊している。だがプリムヴェールは次の機会には何事も無かったかのように姿を現す。幾らでも代替可能な存在だと気がついたのはプリムヴェールが三回目に姿を現したとき。それ以降も何度か破壊していたのは、単なる嫌がらせである。
「あなたのような元プレイヤーには私達のような存在がサポートにつくように決められています。望めば出来る限りの協力はしますよ。」
過去に破壊されたことには大したことも感じていないように、プリムヴェールはそう提示してくる。実際彼女にとってはどうでもいいことなのかもしれない。先程は誰かに怒られるなどと言っていたが、要するに小言で済んでしまうような程度のことなのだ。
「……私のサポートが役目だって言うなら、質問に答えて」
「はい。なんでしょうか。」
「紫城稔はどこにいるの」
今、リュドが最も知りたい情報。
この答えが出てくるならば、リュドのプリムヴェールへの対応ももう少し違っていたかもしれない。だが、これは意味の無い質問だ。この問いはかつてリュドがプリムヴェールと初めて出会った時に、真っ先にしたものでもある。
その時に、リュドが望んだ答えは得られなかった。
そして今回も、プリムヴェールが発した言葉はリュドが求めるものではなかった。
「――その質問に関しては以前も答えたはずですが。」
灰色の髪に灰色の瞳。
色づきの無い平坦に近い声音で、自動型擬人機械が音を発する。
「我々がこの世界に招いたプレイヤーの方々は四十二名。――ですがその中に〈シータ〉ビフレストのランキング一位であった紫城稔は含まれていません。彼の行方不明に関して、我々は一切関知していませんので。」
青い海と空。
二つの青が重なり合う空間を一望出来るこの場所で、プリムヴェールはそう語る。
彼女に嘘をついている様子は無い。そもそも、ただの機械で出来た人形にそのような機能があるのかリュドは知らない。だがプリムヴェールが口にしたその答えは、リュドにとって全く共感出来るものではなかった。
根拠も何も無い。
現状を生み出した根源が、いないと答えを告げている。
だがそれでも紫城稔はこの世界にいるという確信がリュドにはあった。
そんな目の前の人物の思考を読み取ったのか、あるいはどんな話の流れであれそうするつもりだったのか。プリムヴェールは小さく灰色の髪を揺らしながら提案した。
「もしそれでも納得していないというならば、我々に協力をしてください。あなたが我々に協力してくれるならば、セミネールは助力を惜しみません。人捜しも手伝いますし、機体の修復に一々今回のような面倒をする必要も無くなります。」
滔々と抑揚無く告げられた言葉。
セミネールの協力。
それは、この世界においては何にも勝る後ろ盾だろう。
この世界には現状幾つかの巨大勢力が存在しているが、そのどこもがセミネールには及ばない。それどころかそういった勢力の殆どは、セミネールに対しては恭順していると言っても良い。
――ファンブラン、メルトランテ、ゲーティア、ベルガリア
今の世で台頭している勢力の殆どは、セミネールの扱う商品を上手く利用して栄達を重ねててきた。ここ海上都市レフィーラのような、これまでにセミネールと殆ど関わりを持たずに発展してきている方が希有な例なのだ。
恐らく、セミネールよりもこの世界の情報を持っている勢力は存在しない。その協力を得られれば、もしかしたらあっさりと探し人の行方は見つかるのかもしれない。
それら全てを理解してなお、リュドは一切迷うこと無く返答する。
「お断り」
揺らぎ無い決意の見える銀髪の少女の言葉に、プリムヴェールはかくりと理解出来ないように首を傾げる。その様子は糸の切れた人形の様であった。
「何故でしょうか。別段あなたに不利益は存在しませんよ?」
馬鹿にしているわけでもなければ、挑発しているわけでもない。
本気で言っているらしい目の前の人の形をしたモノに対し、リュドは強い嫌悪感を覚えた。眼前の自動型擬人機械に対して似たような感情を覚えるのは初めてではない。
一方的に条件を突きつけ、それが間違っていないという何も風に振る舞う。そこには罪悪感はおろか、そもそも対象の内面など欠片も考慮していない。なまじ人の形をしているから余計に感情を刺激される。そこまで形を摸しておきながら、なぜ他の部分には気が行き届かないのか。
「……ふざけないでよ。勝手に私達をこんな世界に連れ込んで、放り出して。苦労したくなければ協力しろって言われて、誰が信用するの」
リュドはこの世界が大っ嫌いだった。
戦火に塗れ、各地で争いが起こり、人が死ぬ。
――子供が銃を抱えて地上を駆け抜け、空から投下された爆弾で吹き飛ぶ光景を見た。
――万能人型戦闘機に入ったまま胴体を潰されて圧死した者の遺体を見た。
――食べ物を奪い合ってナイフで喉を抉られる男を見た。
――そして、自分の手によって命を奪われた者の最後を見た。
この世界では余りにも人の命が軽い。まるで砂漠に無限に積み重なる砂粒のようだった。息をするように当たり前に人が死んでいく。人命の尊さなど無い。
この世界は最悪最低だ。
その事実をリュドはここ数ヶ月間で嫌というほどに味わった。
そして、こんな世界に自分や他の人間を誘拐同然に連れてきたセミネールという企業は、リュドミュラ=チェルノフという少女にとっては完全なる敵であり悪だった。
加えて、セミネールという企業の在り方はあまりにも歪だ。
高い技術と軍事力を持ちながらそれを自社の利益のためではなく、まるで世界の混迷を深めるかのように振るう。金さえ払えば弱小勢力ですら一時的に強国に匹敵しうる力を振るえるという事実が、今のこの世界の在り方を助長させているのは間違いない。
噂に聞けば、セミネール所属の傭兵同士が争うことも珍しくはないという。そんな相手を信用して協力するなど、不可能な話だった。
「そうですか。――ですが、プレイヤーの中にはこちらの提案を受けてくださっている方々もいます。それにリュドミュラならば、女王になることも充分に可能です。待遇は良いですよ。」
「興味ないよ」
女王になれるという言葉にリュドは不審げな視線を向ける。
女王。
誰もが知る、ボードゲームの駒の位階だ。
セミネールが所有している戦力をチェスの駒でランク分けをしていることはリュドも知っていた。頂上を王として、女王、戦車、僧正、騎士、歩兵。その振り分けの基準は知らないが、目の前のプリムヴェールは歩兵に分類されているらしい。
女王、ということはつまり、王を除けば最上位とランク付けである。それだけの評価を与えられる理由がリュドには分からなかった。
「なんで私なの。腕の立つ搭乗者なんて他にもたくさんいるでしょ」
リュドの『プラウファラウド』でのランキングは三十位程度。上位プレイヤーには間違いないが、頂点に手が届くほどでは無い。特に二十位以上とそれ以下には壁とでも言うべき大きな隔たりがある。
自分の実力を卑下するつもりはないが、かといって持っているもの以上に評価するつもりもない。ましてやつい先程、幾人かのプレイヤーはセミネールに協力していると聞かされたばかりである。人材が不足しているとは思えない。
不信感をあらわにするリュドの言葉に対して、プリムヴェールも取り繕うこと無くこくりと頷いてみせた。
「確かに、ランキングにおいてはリュドミュラより高い位置にいる者も多数いました。……問題は、ランキングと生存率が比例していないことです。――ランキング上位の方達とそれ以下の中堅以下の方々。通常であれば実力がある者ほど生き残る可能性が高いのが摂理です。にもかかわらず、実際には実力が劣る者達の方が生存率は高い傾向にあります。」
生存率。
その言葉を耳にしてリュドは言いようのない怒りを覚えた。
プリムヴェールの言葉はつまり、連れてこられたプレイヤー四十二名のうち幾人もの死亡者が出ているということを意味していた。
この世界は戦火で溢れている。争いは争いを呼び、爆炎は新たな爆炎に掻き消される。
幾ら万能人型戦闘機の腕が優れていようとも、それだけで生き残れるものではない。ゲームとは違い、補給の必要もある。どんなに凄い搭乗者であろうとも、万能人型戦闘機から降りてしまえばただの人間だ。死ぬ要因など幾らでもあった。
万能人型戦闘機の操縦技術はプレイヤーにとって大きな武器となるが、それだけでは絶対に生き残れない。ゲームの頃とは違うのだ。突出すれば異端視され、劣れば淘汰される。重要なのは周囲との関係を保つバランスだった。
その点で言えば、リュドはこの世界で自分がそれなりに上手く立ち回れていた。一部の勢力に深入りしすぎることも無く、傭兵として散発的に動き、既に独自の伝手も築きつつある。
だが、ただのゲームプレイヤーであった者達が全員そう出来るわけではない。
自分と同じ境遇。
ゲームで遊んでいたら理由も分からずにこんな世界に連れてこられて、見知らぬ大地で命を散らしていった者達。彼らの心境を考えると、どうしようもないざわめきを感じさせられる。
一体何人が死んだのか。
一体何人が生きているのか。
「ねえ、あなた達の目的って何なの?」
傭兵派遣を生業としている特殊企業セミネール。
世界の枠から外れた超技術を多数所有し、各地の戦場に現れては状況を一変させる。逆らう相手には徹底した報復を旨とする、力によって頂点に君臨する勢力。その発端も、目的も一切が不明。
そしてリュドのような人間を連れてきた張本人。
その気になれば世界征服すら出来るとまで噂されている企業が、一体何を目指しているのか。
リュドの問いかけに対してプリムヴェールは眉一つ動かさない
濁っているわけでもなく、澄んでいるわけでもない。ただ無機質な光を持った灰色の瞳を向けて、自動型擬人機械の少女は当然のように言った。
「世界平和ですよ。」




