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プラウファラウド  作者: ドアノブ
六話 馬鹿の祭り
62/93

大飢饉 - VII

「――ゴードン=ミカルリネ陸曹です」



 今まで成り行きを見守っていたセーラがそっと口を開いてその名を告げた。

 予想していなかったその静かな声音に、クルスは思わず、まじまじと少女の後頭部を見やる。



「セーラ……、あのゴリラを知ってるのか?」

「だから人のことをゴリラって言うなよてめえ、ぶっ飛ばして星にすんぞ」



 何やら目の前の野生動物が鳴き声を上げていたが、クルスは意識の外に追いやった。



「彼は特別地上遊撃戦隊の構成員です。以前に一度、遠地での合同訓練で手合わせしたことがあります」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな……」



 作戦前にタマル達から聞いた内容を思い出す。

 まだクルスが来る前、シンゴラレ部隊と特別地上遊撃戦隊の間で合同訓練があったのだと。そしてその時に彼らはセーラに矜持を傷つけられるような事態に陥ったらしい。

 その詳細までは聞くことはなかったが、セーラの驚異的な実力を知ってしまった今となってはある程度それも予想が出来た。現に、室内での戦闘では数人の男達が彼女によって無効化されたところ目撃してるのだ。



「ふふふふ、よく覚えていてくれたなあ……! あの合同訓練以来、他の基地の奴らと顔を合わせる度に指を向けられて笑われるばかり……! 今日こそ、あの時の屈辱を晴らしてくれるわ!」



 言っていることは完全に八つ当たりであったが、その並々ならぬ覇気と感情のうねりは紛うことなき本物であった。目の前の男は全身全霊を持ってこちらに挑もうとしている。その本気度合いは、男が身に纏っている強化外装からも分かる。



「ちい、ここまできてやるしかないのか……!」



 逃げられる状況でもないだろう。

 如何にセーラといえども、この男相手では容易には事を済ますことは出来ないに違いない。見えざらぬ闘気を全身から立ち上らせるゴードンに、クルスがこれから起こるであろう激戦を予感して唾を飲み込んだ。

 ――と、



「……………おい、その前に一ついいか?」

「ん、なんだよ?」



 気勢を削ぐような相手の言葉に、クルスは僅かに不満げな顔をした。

 そんな様子を見たゴードンは血気盛んな気配を僅かに薄めて、代わりに怪訝そうな表情を浮かべて訊ねてくる。



「お前ら……、なんでおんぶなんぞしてるんだ?」

「…………、」


 暫しの静寂。

 クルスは無言でぺしぺしとセーラの頭を叩いた。


 流石にこの状況でふざける余裕はないと判断したらしく、セーラはこれまでが嘘のようにあっさりと開放してくれた。

 随分と久しぶりに自分の二本足で地面に降り立ってから、背中を向けて駆け出す。

 そうしてセーラの後方に位置すると、改めてゴードンに向き直った。そして指を突きつける。 



「よし、負けるなよセーラ!」

「……おまえ、子供のくせして結構酷いのな……? 自分で少しは情けないとか思わないのか、おい?」

「ふ、馬鹿め。この程度の恥辱、さっきまで自分より年下の女の子におんぶされたことに比べれれば何ともないな。背後から声援を送る余裕すらあるぜ」

「いや、なんで偉そうに言ってるんだ、お前」



 ゴードンが哀れみとも軽蔑とも取れる視線を向けてきたが、複合装甲板の如き堅牢な精神を手に入れた今のクルスの精神はその程度で動じることはない。今回の騒動では基本的にクルスはこの目の前にいる少女に頼りきりなのである。それが今更一つ増えたところで差異はないのだ。


 実際問題、武器も持たない生身での戦闘でクルスが出来ることなど皆無に等しいということもある。相手は強化外装を装備している人間である。下手に手を出しても足手まといになるのは目に見えていた。

 クルスが今のゴードンに勝たなければいけないとするならば、それこそ万能人型戦闘機でも持ってきてくれないと話にならない。


 だがしかし、何もクルスも徹頭徹尾事態を観客に徹していようと思っているわけではない。 

 実は金髪の少女の背中から降りる際に、相手には聞こえないよう静かな声でクルスは自分の作戦をしっかりと伝えていたのである。



「――いいか、セーラ。馬鹿正直にあんあ筋肉ゴリラとやり合う必要は無いぞ。俺達は奪った食料を運べばいいんだからな。この後俺はすぐにリフトカーを回収してくるから、そうしたらそのまま撤収するぞ」



 物資運搬用に用意したリフトカーは視覚的には隠されているが、当然その場所は覚えている。それを回収して、シンゴラレ部隊の専用区画へと侵入してしまえばクルス達の勝ちだ。幾らこの馬鹿騒ぎでも、関係者以外立ち入り禁止の場所に侵入してくるほど状況によってはいないだろう。


 耳とで囁くように呟かれたクルスの言葉に、セーラはほんの僅かにだけ顎を引いて、確かに頷いて見せたのだった。


 そんな二人の様子に気が対や素振りも見せずに、ゴードンは面倒そうに鼻息を吐き出す。



「……ふん、まあなんでもいい。俺はここで赤目をぶっ倒せればそれで満足だからな」



 最初からクルスは眼中に無いと言い切って、ゴードンは真っ直ぐに正面の目標を見据える。刃の如き鋭き眼光を向けられても金髪の少女は一切動じた様子を見せることもなく、代わりに静かに姿勢を低くした。


 空気が固まったかのような錯覚を覚える。

 これから行われるであろう激戦を予感して、クルスは息を呑んだ。だがしかし動きを止めていたのも束の間。すぐに自分の役割を思いだして、対峙する二人から背を向けて駆け出す。


 取捨選択を間違えてはならない。

 幾ら心配したところで、あの場でクルスに出来ることはない。それよりも一分一秒でも早く行動に移した方が、よほど事態の解決に近づくのである。



「お願いだから怪我とかしないでくれよな……」



 あの場を任せておきながらそんなことを思うのは余りにも身勝手な考えであろうか。

 そう考えつつも、疾走するクルスはセーラの安否を思わずにはいられなかった。




 ***




 始まりの合図は無い。

 人通りのない、基地内の倉庫の一角で風が吹き荒れた。


 人造の少女と強化外装の補助を受けた男が地面を蹴りつけて、一瞬でその距離を縮める。お互いの視線はお互いに高速で動作する相手を捉えていた。投薬によって恒常的な動体視力の強化を図られたセーラは言うまでもなく、ゴードンもしっかりと動きについてきている。例え強化外装によって超人じみた身体能力を手に入れたとしてもその能力を扱うためには相応の修練が必要である。

 ゴードンのその動きは、彼の能力の高さの証明でもあった。


 拳や蹴りは勿論のこと、隙あらば相手の腕を取り関節を決めに狙ってかかる。ナイフ一つ持たぬ、完全な無手格闘戦。常人では為しえないその攻防は、突風となってその場に発揮されていく。


 

「――っァ!」



 相手の脇を狙った金髪の少女の回し蹴り。

 自身の小柄さを活かした低い一撃と、それに似合わぬ強烈な衝撃。相手もセーラほど背の低い相手と高速格闘戦を経験したことは殆ど無いだろう。慣れない位置から繰り出された一撃をどうにか防ぎはしたものの、それは大きな隙を暴けだした。



「――」



 判断は一瞬。

 セーラは拳を振るう。


 これが実戦とは違う――つまりは殺し合いではないということもセーラは理解していた。例え強化外装を纏っていても相手は生身の人間だということに変わりはない。男が日頃から鍛え上げた肉体とて、人工筋肉と特殊合金製の人造骨格によって形作られた軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)に及ぶものではないのだ。

 掴めば肉は潰れ、力を込めれば骨は砕け、内臓は歪み、繊維は千切れる。

 端的に言えば――人間の身体は酷く脆い。

 正規の訓練下でならばともかく、今回のような騒動の最中で相手に大きな損傷を与えるわけにはいかなかった。



「――シッ」



 故にセーラは相手の身体を慮り、意識を刈り取る程度に威力を抑えて攻撃を加える。高さが下がった相手の顎を狙って横合いからの右フック。傷はなくとも脳を揺らされれば平衡感覚を失い立っていることは出来なくなる。



「――ふざけんな、手緩いんだよ!」



 だが、その一撃は手加減が過ぎたらしい。

 咄嗟に位置をずらした相手の動きによって、コンパクトに振り抜かれた拳は空を切る。相手の言葉通り、緩くしすぎた。

 動作後の隙を狙って反撃が来る。下から抉り込むようなブロー。高身長のゴードンがそれを行えば、その位置は丁度セーラの眼前へと迫っていく。 

 剛拳とも言うべきその一撃をセーラは片手で受け止める。 

 二人の人物が接触した瞬間、その場の空気が音を無くして震え上がった。


 セーラの質量は同じ体躯の人間と比べれば遙かに重い。

 体内の部品の多くが人工物へとすり替わっているのが原因だ。骨、筋肉、臓器。それらをより高機能な代物へと交換した結果、重量がその見た目にそぐわぬものとなってしまっているのだ。



「おらあああぁぁァッ……!」

「――!」 



 にも関わらず、セーラの身体がぶわりと浮き上がる。

 ゴードンが鍛え上げてた肉体に加えて、強化外装の与える身体能力。その二つが合わさって、セーラの身体を問答無用で吹き飛ばしたのだ。


 夜空を背景にセーラの身体は四、五メートルは舞い上がっただろうか。少女の身体が木の葉のように高く舞う。

 それは叩きつけられればただでは済まぬ高さであるが、セーラは特に動じた様子もなく空中で姿勢を整えて、しなやかな筋肉を活かして音も無く着地した。


 猫科の動物のような軽やかな動きを目の当たりにして、ゴードンは目を細める。

 与えた衝撃は全て受け流されていて、まるで負担を与えられていないことに気がついているのだろう。

 セーラも特に感慨を覚えた様子もなく、その緋色の瞳で眼前の相手を見据える。そこには何の色もなく、ただガラス玉のような無機質な光があるだけである。


 言葉は無い。


 月夜に照らされた二つの存在が再度駆け抜ける。

 驚異的な身体能力を手に入れた者達の争いは、誰も見る者がいない中で次第に激化していく――。

 



 ***




 現在騒動の中心となっている倉庫は単純に言ってしまえば、長方形の形をしている。だがそう一口に説明したとしても、それでは充分とは言えない。

 何せ元々が万能人型戦闘機などの部品を保管しておくための場所である。長方形と単純に言ってみても、その一辺は想像以上に長い。

 少なくともクルスにとっては中々しんどい事実である。


 クルスが目的地である裏口付近にまで辿り着くには、それなりの時間を要した。加えて全力で走ったために、肩で息をしている有様だ。つくづく生身だと軟弱だなと思わず自分で自分を毒づいてしまう程に、情けない。


 だがへこたれている暇は無い。

 今こうしている間にも、セーラはあの人間とゴリラを足して人間部分だけを半分に割ったような相手と鬩ぎ合っているのである。



「ここらへんだったよな……?」


 

 若干うろ覚えながらも虚空にしか見えない部分に手を伸ばして、何かに触れた感触と共に引っ掴む。すると何の変哲も無い風景が大きく歪んで見えた。躊躇わずに勢いよく腕を引くと同時に、周囲に溶け込んでいた電磁布が剥がされて中からリフトカーが姿を現す。

 席には人が二人乗れるかどうかの、四輪式の極普通の物資運搬用車両である。前方の可動式のアーム部分には、既に食料が入った段ボール箱が幾つも固定されて積み重なっていた。

 クルスは素早く運転席に乗り込んで、黒い色をしたハンドルの側面裏を確認する。



「よしよし、ちゃんと差し放しだな」



 そこに差し込まれたままの鍵の存在を確認して、口の端を釣り上げる。

 話ではそうなっていると聞いていたが、それでも自分の目で見るまでは中々安心出来ない。もしこれでこの車体を動かせないとなったら全てが台無しになるところであった。


 力を込めて鍵を捻ると、予想よりも遙かにうるさい音を立ててエンジンがかかった。荷物を運ぶための運搬車とは思えない車体の震動を身体で感じとって、クルスは大凡の予測をつける。

 強くアクセルを踏みつけると同時に、リフトカーが猛烈な勢いで加速を開始した。



「ちょ、はや……っ? 誰だ、こんな違法改造した奴!? いや、今はありがたいけどさ!?」



 普通であれば、資材運搬用のリフトカーがこれだけの速度を出せるわけがない。少なくない荷物を抱えていれば尚更だ。にも関わらずこのリフトカーがこれだけの加速を見せているのは、偏にシンゴラレ部隊の物だからというしかない。


 誰だかまでは知らないが、どうせ整備の人間の誰かが改造を施したのだろう。

 そう確信を抱ける程度には、クルスも自分の所属している部隊の性質を理解していた。

 一体運搬用のリフトカーを改造して何をするつもりだったのかは知らないが、今は諸手を挙げて褒めてやりたい気分だ。犯人が判明したら、今度差し入れでも持って行ってやろう。


 物資運搬用のキャリーカーには窓などという上等な代物はついていない。前方から吹き付けてくる風を一身に受け止めながら、セーラのいる場所へと加速させていく。基地内での規定速度もあったはずなのだが、守るつもりなど毛頭無い。

 同僚である金髪の少女は強化外装を装備した相手と生身でやり合っているのである。命のやり取りではないとはいえ、心配するのは当然であった。


 倉庫の角。

 殆ど減速せせることなく車体を捻って、曲がる。

 積み込まれた荷物によって前方に荷重が寄り、後輪が浮き上がったがクルスは自分の体重を使って無理矢理押さえ込んだ。クルスは車の運転免許など持っていないが、それでも自分の身体よりは動かしやすいと思ってしまう。

 少なくとも、少し走っただけで息を切らすものよりは頼りがいがある。



「――見えた!」



 二つの人影は遠目でも分かるほどに機敏な動きで、狭い範囲を戦場に駆け抜けている。走り、飛び、時には壁を蹴って舞い上がり――行われているのはお互い素手による徒空手拳だったはずだが、とても人間の動きとは思えない。

 だがそれでもクルスは怯まずに車体を加速させて、戦場へと突撃する。丁度二つの影が左右に割れた瞬間に、出来上がった中間地点を突っ切る。



「セーラ、掴まれ!」



 ハンドルから片手を離して外側へと手を伸ばす。

 返事はない。

 だが、次の瞬間にはクルスの手に確かな感触。同時に、その腕に大きな負担がかかった。腕そのものが伸びたと錯覚する感触と同時に、悲鳴が上がる。



「ぎゃーっ、千切れる千切れる!」



 高速で人一人分の質量を掴み取ったのだ。流石に千切れるは大袈裟であるが、肩は外れていてもおかしくない衝撃であった。軍人の身体能力の平均を大きく下回るクルスには無視出来ない負担だ。

 情けないと言われようとこれが現実であった。


 だがその甲斐もあって、セーラを回収することに成功。

 これで今回の騒動も決着である。最早生身の相手にこちらをどうこうする手段はないはずだ。あとはこのまま物資を敷地内に運び込めば良いだけである。


 月の光を浴びて淡く反射する金の髪を風に揺らしながら、セーラが狭い席の中に腰を下ろそうとして、しかし中途半端に腰を上げたまま背後へと首を回した。



「どうした?」

「……追ってきています」

「おいおい、諦め悪すぎだ。いくら何でも駆け足で追いつけるはずがないだろ……」



 もともとリフトカー自体は速度の出る代物ではないが、部隊の誰かの手によって改造された一品である。車体に似合わぬ馬力を誇っているのは今現在も証明済みだ。

 実際、その事実を証左するかのように、一人その場に取り残されていくゴードンの人影が離れていき、その巨躯がみるみるうちに小さく――、



「――逃がすかあああっ!」



 ならない。



「んな、アホな!?」



 怪獣の咆哮に煽られるようにクルスはバックミラーを確認して、猛烈な速度で後方を駆け抜けるその姿に思わず悲鳴を上げた。



「ゴリミネーター……!?」



 二メートルはあろう巨漢が一流アスリートのような素晴らしく綺麗なフォームで追撃してきてる。いやそれどころか、徐々にではあるが彼我の距離は縮まってきているようだった。



「おいおいおいおいっ、こいつマジかよ!? あのおっさん、本当に新手の生体兵器か何かじゃねーのか!?」



 リフトカーの速度は体感で時速五十キロ近くは出ている。それに追いすがるどころか距離を縮めているということは、ゴードンはそれ以上の速度で走っているということにほかならない。はたしてそれが強化外装の性能がクルスの予想よりもずっと高かったからなのか、それとも相手の執念があってこそ成せる偉業なのか。

 いずれにせよ、今自分の背後でとんでもないことが起こっているということに変わりはなかった。



「待てやおらアア!」

「やばい、どうすればいいんだこれ!? 近くに溶鉱炉とかねーのか!? あ、でもそれだと戻ってくるフラグになるのか!?」

「――?」



 すぐ横の金髪の少女が不思議そうな視線をやってくるのが分かったが、クルスもあんまり考えていった発言ではない。動揺しているという自覚はあった。

 実際に当事者になってみると分かったが、背後から走って追いかけられるというのは恐怖である。ましてやその相手が本家にも勝る巨漢となれば、その威圧感は筆舌し難いものがある。



「このままでは敷地内に到着されるまでに追いつかれますが」

「分かってる!」



 セーラの冷静な忠告に悲鳴で返す。


 だがどうしろというのか。 

 まだ終着点までは大分距離がある。そもそもこの場所が基地内の中でも外れたところにあり、発着場付近にあるシンゴラレ部隊の敷地内からは遠く離れているというのが厄介だった。僅かな速度差でも徐々に詰まっていく上に、角がある度に減速する必要がある。曲がる度に速度が落ちるのはこちらも相手も共通であるが、持ち直すための瞬発力が段違いであった。子供とはいえ人間二人にキャリー部分には大量の荷物。余りにも重量が違いすぎる。


 クルスも出来る限りアクセルを踏み続けているが、最早追いつかれるのは時間の問題だ。コーナリングの度に彼我の距離が縮まっていく。このままではあと数度のカーブで手が届いてしまうだろう。


 それでも走り続けるしかない。

 一度、二度と建物の角を曲がって、



「うお――……!?」



 その先に出現していた大きな柱を見て、目を見開いた。

 なんで基地内にこんな物がと、そのことを疑問に思う暇もない。

 次の瞬間、クルスは思いっきしブレーキを踏み込んだ。

 ゴムタイヤがロックされて、地面との摩擦で異様な匂いが発せられる。小さくて軽い車体が勢いに任せて浮かび上がった。これで車体が横転しなかったのは半ば奇跡のようなものだ。


 だがしかし、今はそんな事に気を裂いてる暇は無かった。

 月の光を浴びて目の前に立ち並ぶその存在を、クルスは呆然と見上げた。


 体長八メートル前後の鋼の巨人。強固な複合装甲板に包まれたその機動兵器は今、移動用のフロート機構を作動させることなく、自らの両脚で起立していた。

 クルスが咄嗟に柱だと思ったものは、万能人型戦闘機の脚部だったのだ。



「な、なんで〈フォルティ〉がここに!?」



 しかも機体を染め上げているのは青。

 晴れ渡る蒼穹を思わせるそのカラーリングパターンは、クルスが所属しているシンゴラレ部隊のものと同一だった。



「な、なんだと!?」



 無論、愕然としたのはクルスだけではない。

 クルス達の背後を追撃してきていたゴードンもその足を止めて、火花を散らしながら減速。呆然と月明かりに照らされたその威容を見やる。

 それも当然。強化外装は装着者を超人へと変化させる驚異的な装備であるが、かといってそれ単体で万能人型戦闘機に対抗出来るようなものではない。 



「いや、そもそも誰が、どんな目的で乗ってるんだ……?」

「あの機体はエレナ少尉のものです」



 特に動じた様子も見せずに、セーラがぽつりと呟いた。このレベルの事態でも彼女の鉄皮面は保たれることに感心すると同時に、クルスも気がつく。

 眼前の〈フォルティ〉の肩部に張られたハートの機体章。淡い桜色をしたそれは、クルスの同僚であるエレナ=タルボット少尉の乗機である証明だった。



『――……あーあー、マイクテスト中ですー』



 さらにその事実を知らしめるように、機体から音声が発せられる。

 妙に間延びしたその声はクルスの知るエレナのもので間違いない。一体何をしてるんだと、クルスは目を見張る。



『ええと、こちらシンゴラレ部隊所属エレナ=タルボット少尉ですー。現在当機体は夜間用感覚器の動作確認のために歩行にて基地内巡回をしてますー。訓練コード26483、下々の皆様は通行の邪魔にならないようにお気を付けくださいー。――――じゃないと踏んじゃいますよー?』

「くそ、そ、そんなのありか!? いくらなんでも卑怯だろ、てめえ!?」

『強化外装なんて持ってきたゴリラさんに言われたくありませーん。そういう方は動物園でバナナでも食べてくださーいー』

「ああ!? てめえ、今すぐ降りてこい! 全力でぶん殴って――うおおおお!?」


 

 鋼の巨人相手に勇ましく啖呵を切ったゴードンであったが、そのすぐ横に巨人の足が踏み降ろされてたちまち悲鳴を上げた。



「ほ、本気かあああああああ!?」

『ゴーゴー』



 本気で潰されかねないと悟ったゴードンが、慌てて来た道を引き返し始めた。

 流石のあの男でも、アレを一人で支える気概はなかったらしい。


 巨大、という事実はそれだけで一つの武器になる。銃火器類も補助パック一切装備していない〈フォルティ〉であるが、その圧倒的な質量を持つ巨体が歩みを進めるだけで、足下にいる者達にとっては恐るべき脅威となるのだ。


 小型がやたらと美徳とされる世の中ではあるが、巨大というものが生み出す効果の一幕を見せつけられている気分だった。



「流石に未来からきたサイボーグも巨大人型機動兵器には勝てないか……」



 妙に変な感慨を覚えてクルスが呟く。

 横のセーラが再び視線を向けてきたが、説明しても分かるはずがないので適当に苦笑して流して見せた。


 エレナは一応、本当に感覚器類のチェックはしているらしく、機体頭部から露出した感覚器の一部が機能を確認するように点滅する。その様子がまるで中の人物が後は任せろとばかりにウインクしているように感じたのはクルスの気のせいではあるまい。


 こちらに食料が行き渡らないようにボディアーマーを着込んでまで買い占めを行い更には強化外装まで持ち出して迎え撃ってきたあちらと、自作の閃光弾やガス銃を用いて夜襲を仕掛け最後には万能人型戦闘機まで引っ張ってきたこちら。

 はたしてどちらが過剰だっただろうか。

 クルスは少しだけ考えて、どっちも馬鹿だなと結論づける。



『はいはーい、どいてくださーい』

「そう言うなら追ってくるんじゃねえええ!」

「……あんまりやりすぎるなよ」



 言っても無駄だろうなと思いつつも、呟く。

 そうしてフロート機構を持ちいらない万能人型戦闘機の歩行速度は一体どのくらいだったかなと自分の記憶を探ってから、ふと思い立ったように空を見上げる。

 暗幕に散りばめられた星々の輝きに、白く耀く大きな月。今日は良く晴れた、そよ風が吹くいい夜だ。



「あーいい月空だなあ」



 現実逃避気味に物資を運ぶことも止めて、ゆっくりと空を眺める。

 そのクルスの横顔をセーラはその緋色の瞳で不思議そうに眺めていたが、クルスの視線につられるようにして上を見上げる。夜空に散らばる星々の輝きがいったい彼女にとってどのように映ったのか、それは定かではない。

 

 ぼんやりと夜空を見上げる二人の背後。

 巨人が闊歩していったその向こう側、基地の外れから阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきたことはあえて言うまでもなかった。










 後日の話である。

 基地内には騒動を起こした者達に対する処罰を通達する内容が掲示されていた。

 そこにはシンゴラレ部隊、特別遊撃地上戦隊や二〇二機巧隊など直接騒動に参加した者達は勿論のこと、裏で買い占めていた食料を有料で横流ししていた者達なども含まれており、罰則者達の名前だけで用紙が軽く三枚分は埋まっていたという。

 そのこれまでの例を見ない人数の多さに、その掲示を見た基地内の者達は揃って呆れたのだとか。


 事態に関わった形によって減給、謹慎など、それぞれの処罰の形は様々に及んだが、その項目の中でも唯一全員に共通した罰則が与えられていた。

 曰く、掲示された内容の最後尾にはこう記されていたという。




『――上記の者達には己の浅ましく卑しい行為を深く反省すると同時に、三日間の断食を命じる。なお通常業務は行うこと。以上』



 なおその後、再開した基地内食堂の周囲を彷徨いながら腹の音を鳴らす一団の目撃情報が度々寄せられることとなった。

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