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プラウファラウド  作者: ドアノブ
六話 馬鹿の祭り
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大飢饉 - V

 すっかり季節は風の冷たいものへと移り変わってしまった。

 特にアルタスは山の多い土地柄、時期が来ると一気に冷え込む。あれ程輪唱していた夏蝉達も姿を消し、最近では紅葉と共に葉を失った枯木も目立ち始めている。生活環境の完全制御がなされている都市内であればそんな季節の移り変わりを意識する必要も無いのだろうが、その外にある基地内では望めない環境だ。


 冷風に肌を撫でられながらふと音も無く夜に浮かび続ける白月を見上げて、酒が飲みたいなとシーモスは思った。 

 この身に注入されたナノマシンのお陰で酒精によって酔うことの叶わない身体ではあるが、アルコール飲料には酔いとは別に一種の中毒性が存在している。自分が飲酒を始めたのはろくでもないことが切っ掛けだったが、今では自分とっての嗜好品として欠かせないものになってしまっていた。



「――まさかこうも堂々と正面から来るとはな。馬鹿なのか自信過剰なのか悩むところだ……って、おい? どこ見てるんだお前は?」

「ん……? ――ああ、悪いな」



 状況も忘れて視線を月夜に向けていたシーモスは、その時になってようやく現状を思い出した。敵味方問わず周囲の視線が自分に集中していることに気がついて、シーモスは気怠げに頬を搔く。



「……どうにも最近疲れやすくてな。歳は取りたくないもんだ」



 現在の状況を確認する。


 シーモスを先頭として食料強奪にきた面々。

 対峙するのはそれの防衛役。


 それが基地内でも目立たぬ予備格納庫前にある、現在の光景だ。

 あたりには隠しきれぬ好戦的な空気が溢れていて、面倒事が起きる直前なのは間違いない。なんでこうなったんだかな、と声には出さずに呟く。ともすれば衆目も気にせずに溜息を吐いてしまいたい気分だった。


 と、そんな気怠げなシーモスの態度を察して、相対する者達の顰めた顔が月光によって闇夜に映し出された。



「ち――、相変わらず覇気の無い奴め。お前のような人間がいると基地内全体の士気が下がるんだよ」



 そう舌打ち混じりに言葉を吐いたのは、今回の二○二機巧隊の一員である。

 過去にも何度か見たことがあるのだが、残念ながらシーモスはその名前は思い出せなかった。



「それで、こんな夜のはずれでお前達は何をしにきた? 物乞いでも始めたか」

「――ああ、それなんだが。……出来ればさっさと何も言わずにどいてくれると嬉しいんだがね。あんたらもこうして俺達が腹を空かしてるの見て少しは溜飲が下がっただろう?」

「とてもそうは見えないが」



 ――まあ炊き出しで腹一杯詰め込んできた後だからな。


 胡乱げな表情を向けてくる相手にシーモスは内心で答える。

 だがそのお陰でシンゴラレ部隊の備蓄は空っぽである。今回をしくじれば無駄に体力を消費した上に、明日は水だけのダイエット生活だ。シーモス個人としてはそれで労力を避けられるならばいいのではないかと思うのだが、一度出来た流れを塞き止めるほどの気概もない。



「なあ、ここはお互い穏便に行きたいとは思わないか?」

「なに?」

「あんたらだってどうせ自分の分はすでに確保してあるんだろう? 俺達には余ってるものを渡すだけでくれるだけでいい。それでお互いに面倒が避けられるのだから良いじゃないか」

「ふん、何を勝手なことを。……そもそもあれらは俺達がただ買っただけのものだ。貴様らにくれてやる理由は無い」

「ただ買ったねえ……」



 階段の踊り場で陣形組んで進路妨害しておきながらその言葉は通用しないだろう。あれが買い物の日常的な光景であったならば、都市内のスーパーは世紀末になっているだろう。



「ま、それならそれでしかたがない。そうなると手荒く行かせて貰うことになるわけだが……」

「見たところ軍用基準性能調整個体もいないようだが。どうしてもここを通りたければ俺達を倒してからにしてもらおうか! 返り討ちにしてくれるわ!」



 そう言って前面に出てくるのは筋骨隆々な大男達。

 鍛え上げられた肉体の造りは明らかに万能人型戦闘機の搭乗者のものとは違う。高負荷なGに耐える為に鍛える搭乗者のものとは違い、彼らのそれはその身で戦うための身体だ。強化外装を纏い、時には四十キロを超える装備を背負いながら、山を、森を、大地を駆ける。

 特別遊撃地上戦隊――通称特地の面々である。



「あんたらも自重しろよな……。こんな事とのためにクソみたいな戦技過程を通過したわけじゃないだろうになにやってんだ……」

「うるさいわ! 貴様んとこの軍用基準性能調整個体に酷い目に遭わされたせいで、うちの隊は他の基地の奴らからあれからどれだけ……!」

「そりゃご愁傷様」



 合同訓練の内容はわざわざ別の場所にまで流布されているらしい。軍用基準性能調整個体の話は有名ではあるが、一方で実際に触れてない者達からすると戦場に闊歩するお伽話にも近い扱いだ。

 恐らくは人間兵器に負けたというよりも、幼い少女に負けたという視覚的な情報の方が先行してしまったのだろう。だとすれば、さんざんからかわれたに違いない。



「今回で積年の恨み晴らしてくれる! さあ、あの赤目女はどこにいる!?」



 鼻息を荒くして唸り声を上げるのは、先頭に立つゴリラのような顔をした男である。顔を赤らめて肩を上下させるその様子は、まさに興奮するゴリラそのもの。

 獲物を探して視線を彷徨わせるゴリラに対して、シーモスはぽりぽりと誤魔化すように頬を搔きつつ、



「あー……期待に添えずに悪いんだがな。……どんなに可愛いなりしててもあれは兵器だぞ? こんな騒ぎに参加させられるわけがないだろう」



 本当は別働隊の方にいるのだが、それを馬鹿正直に話してしまうわけにもいかない。口にしてしまえば喜び勇んで戻ってしまうだろう。それでは意味が無い。楽を出来るという意味ではシーモスの望むところであるが、それでは事が済んだ後にタマルによって粛正されてしまう。

 シーモスの説明に対して、ゴリラは愕然としたような表情を浮かべる。



「な、なんだと!? 夜間訓練の名目でこっちは強化外装も持ってきたんだぞ!? それでは無駄骨ではないか!」

「いや、あんたらほんとに何やってんだよ……」



 ほんとにこれが厳しい戦技過程を潜り抜けたエリート部隊なのか。むしろ。うちの隊に相応しい人材なのではないだろうか。

 呆れ果てたシーモスのその表情から内情を察したのか、ゴリラの脇に控えていた青年兵がおずおずと手を上げた。



「あのー……、一応言っておきますが、暴走してるのは一部の先輩達だけなので。……下にいる殆どの者は巻き込まれているだけですから、出来れば特地がこういう集団だとひとくくりに思わないでくださいね……」

「陸伍長! 貴様、なに、軟弱なことを言っているか!?」

「あはは……」 



 どこか引き攣ったような表情を浮かべるその青年に、シーモスはなるほどと頷いてみせる。

 要するに事情はこちらと同じで、向こうも同僚の発生させた災害に巻き込まれているということらしい。間違った方向に行動力を持つ人間と関わりを持つと苦労するのはどこも同じだったようだ。なんとも世知辛い話である。



「ん、そう言えばお前ら、他の搭乗者共はどうした……? 姿が見えないぞ」



 特地のゴリラとは違う人物がふと気がついたように言葉を零して、辺りを見渡し始める。

 シーモスを除いて、こちらにいるのはほぼ全員が整備員である。その事に気がついた相手の疑問は当然だろう。特にタマルなんかは売り言葉に買い言葉で対応するので、彼らの印象に強く残っているに違いない。


 姿が見えないのは作戦通り、と思えれば良いのだが、残念ながら違う。シーモスは今にも溜息を吐き出しそうな気分で呟いた。


「それはこっちが聞きたいくらい何だがなあ……」



 タマル、セーラ、クルスの三人は別に良い。

 だが本来この場にいるはずのエレナの姿がないことに気がついたのは、シーモスがこの場に到着してからのことであった。

 面倒事を全て押しつけられたという考えも出来るのだが、あまりそうは考えられないのが嫌なところだ。あれであの女も無茶をすることが多い。しかもマイペース故にか独断専行の傾向があるので、何をしでかすか分からないという恐ろしさがある。

 あれもある意味で爆弾のような代物なのだ。


 ――ああくそ、面倒だな。


 心の底からそんなことを考えつつ、だが今更ここまできて「やっぱやめた」と言っても誰にも通用しないということは、流石に理解している。

 わざわざ盤上を用意した相手は言わずもがな、タマルの扇動に乗ってしまった整備員達の士気も低くない。事態に不参加を決め込んだ者もいたが、それはごく少数だ。

 それに、なんだんだでこれだけの騒ぎ。

 基地のお偉いさん達が気がついてないはずもない。それでも今に至るまで指導がきていないということは、つまりはそういうことなのだ。丁度良いガス抜き程度に考えられているに違いない。


 唯一の懸念は、上が想定している許容範囲を超えてしまわないかと言うことであるが――



「まあ……、考えても栓のないことか。……精々怒られない程度にがんばらせてもらいますかね」



 そういってシーモスは隠しポケットの中から一つ、作戦前に今回の首謀者様から譲り受けてきた代物を取り出して高く掲げる。軍用の正規品とは違い大した音は発生しないが、開幕の狼煙には丁度いい。事前にこの流れは友軍には説明してある。

 ぽい、と知り合いに缶ジュースを投げ渡すような軽い調子で放ったあとに、くるりとシーモスは背を向けて瞼を固く閉じる。ついでに癖でしゃがみ込んで耳を塞ぎながら口を開けてしまったが、今回は完全に蛇足である。流石にそれほどの威力は無い。


 シーモス達の取ったその仕草に、相手の前列にいた者達はその正体を察したようだったが、遅い。まさか相手もいきなりこんな爆弾紛いの代物が出てくるとは思っていなかったのだろう。強化外装を持ち出してきた馬鹿者は別として、殆どの者はどうせ先日と同様に身体だけのぶつかり合いにでもなると考えていたに違いない。


 残念、それは認識の違いである。

 うちの隊のちっこい魔物がそんな手緩い報復で満足するはずがなかった。あれは最初から戦争をするつもり腹積もりだったのだ。



「そ、総員た――」



 相手の誰かの声が言い終えるよりも早く。


 月明かりの強い夜。

 基地内倉庫区画の一角で、あたりを白く染め上げる眩いばかりの閃光が飽和した。




***




「お、あった」



 室内に無造作に積み重なっている段ボール箱。その中身を確認して、クルスは呟いた。中に入っているのは捜し物である食べ物である。パン類、缶詰、おにぎりに、菓子類。例の問題メーカーの商品は当然のように無いのだが、ほかの企業の商品は箱詰めされていた。



「全部で十五、六って所か? ……思ったよりも多いな」

「確かに」


 周囲にある段ボールの数を見て中身を確認した後にタマルが言った言葉に、クルスは同意する。

 大小あるものの、想定よりも数が多い。加えて、大きい箱は一抱えもある大きさである。その中にずっしりと詰め込まれているのだから、総量は相当なものだろう。

 この分では自分達を誘き寄せる目的以外にも、実際に向こうは購入した食料品を持て余していたのではないだろうか。



「……なあ、これなら半分も持っていかないでも十分なんじゃないか?」

「馬鹿、全部だ全部! 喧嘩を買った以上は妥協は許さねえ!」

「……ああそうですか」



 指揮官の勇ましい言葉に溜息を吐く。完全勝利、という聞き心地の良い言葉以外彼女の頭中には存在していないようだった。



「おら、さっさと運び出すぞ。いつ気付かれるとも分からねえからな」



 そう言って、タマルが連れてきた整備員達に指示を出し始める。

 だが指示といっても具体的な内容は外に荷物を運び出す以外にはない。ここは二階のために非常階段を通じて下におり、侵入口の所に控えている運搬用のリフトカーへ積載する必要がある。手間と言えば手間だが、外の入口でドンパチしている者達に比べれば随分と楽なものだった。


 陽動は上手くいっているらしく、非常口を使った侵入によってあっさりと目的地まで辿り着くことが出来た。



「クルス、セーラ。お前ら二人は周囲を警戒。もし見回りがきたら鎮圧しろ」

「……いや、俺に白兵戦能力求められても困るんだが」


 そんな軽く言わないで欲しい。

 こういっては何だが、万能人型戦闘機の操作関連を除けばクルスの兵士としての技能は平均を大きく下回る。日本にいた頃はごく平凡な高校生をやっていたのだから当然の話だ。基地所にきてからはある程度の訓練も重ねてはいたが、所詮は付け焼き刃の代物である。

 クルスの情けない返答にタマルは口を尖らせる。



「ち、やっぱり手に持った得物は虚仮威しかよ、つまんねーな。東に住むお前と同じ髪の色した連中は振動機構も持たない刃で装甲車を切り裂くって聞いたぜ? あとは素手で万能人型戦闘機を投げ飛ばすとかな」

「いや、そんな悪魔のような連中とは一切関わり合いはございませんからね?」



 どんな戦闘民族だ、それは。

 そんな奴らと自分の共通点は精々髪の色と東出身ということくらいである。大体、考えるまでもなくそれはデマだろう。信じている人間なんているのか。



「……」



 セーラが何やらもの問いたげな視線をやってきていたが、期待されても出来ないものは出来ない。 


 そんなクルス達の一時のやり取りを他所に、運び出しの作業は恐ろしいほど順調に進んでいった。

 少し前に一度外が白く発光したことには気がついていて、恐らくは陽動部隊が使った閃光弾の効果だろう。囮の効果は抜群らしく、今のところ誰かがこちらに来る様子はない。楽で良いのだが、こちらの呑気さを知ればシーモスあたりは恨みがましい視線を向けてくるに違いない。



「タマル少尉、どうやらこれらで最後のようです」



 気がつけば残る箱は数個。これを運び出して物資を部隊の敷地内に運んでしまえば今回の騒動は終わりと言うことになる。思ったよりも遙かに穏便に終わりそうなことに拍子抜けする。

 運び出しを行っていた整備員達の報告に、タマルが口端を釣り上げた。



「よぅし……、じゃあ物資撤収後、誘導隊の奴らにも撤退の合図を送れ。ちょっとばかし不完全燃焼だが――まあ置き土産を幾つか用意しておけばいいだろ」

「それは絶対に無駄手間だろ……。作戦終了後は速やかに撤退がセオリーじゃないのかよ……」



 クルスが溜息を漏らすが、それを聞いたタマルはきょとんとした顔をした。



「あん? だから敵を全滅させるために罠を用意するんだろ?」



 いつのまにか物資強奪から殲滅作戦へと変更されていたらしい。

 クルスは軽い頭痛を覚えながらも、一体この少女(二十七才)をどうやったら説得出来るかを考えてみる。売られた喧嘩と言えばその通りなのだが、愚直に殴り返しても碌な事にはならなそうな気がしているのだ。食料を全て強奪しているだけでこちらの思惑通りなのだから、それ以上は蛇足にしか思えない。無駄に被害と手間を拡大させる必要はないのではないか。

 ゲームでも大抵、余計なことをすると碌な目には遭わないのである。



「なあ、もうそういうのはいいからさっさと――」

「敵です」



 クルスが言葉を漏らすのと、セーラが短く声を発したのは同時だった。

 ガチャリと音を立てて、今まで沈黙を保っていた扉が開く。



「あ?」

「げ」



 果たして言葉を発したのは誰だったのか。

 クルス達の視線が扉の中から現れた人物に注がれる。

 着ている服は緑を基とした迷彩柄であり、万能人型戦闘機の搭乗者が身に着けるようなものではない。上半身には複合素材によって構成されたボディーアーマーを身に着けている。恐らくは話に聞いていた特地の人員なのだろう。見た目はやせ形であるが、やはりそこは兵士。細身ながらも引き締まった肉体を持っていることが分かった。



「な……、お前ら!? 一体いつの間に!」



 見回りに来たであろうその男兵士は、食料物資を粗方運び終えていたクルス達を前にして目を丸くする。外の騒動にかまけていて全く気がついていなかったに違いない。

 だが、それも束の間。



「行けっセーラ!」



 タマルの叫び声と同時に、金髪の少女が弾けるように飛び出した。

 獣と見間違うような低く這う姿勢で一瞬で相手の懐に飛び込んで、その細腕を大きく振り抜く。

 クルスの視界を金糸が駆け抜けた。



「ごぺ!?」



 瞬間、男兵士の鍛え上げられた身体が、くの字に曲がった。

 ボディーアーマーの上から容赦なく振り抜かれた小さな拳は目標の身体を宙へと浮き上がらせて、そのまま力尽くで後方へと吹き飛ばす。

 ――その一連の動作と出来事をクルスが正しく認識出来たのは、木っ端のように吹き飛んだ兵士が音を立てて扉の向こう側へと消えていった後のことであった。



「……はい?」



 刹那に起こった凶行に、クルスは呆然とした。目前での光景を正しく呑み込むことが出来なかったのだ。仮にどれだけ武芸に精通していたとしても、はたして女子供の細腕でこのような芸当が可能になるのだろうか。

 目の前の出来事を飲み込めずに、呆けた声を漏らすことしか出来ない。



「馬鹿、やり過ぎだ! もっと静かにしないとバレるだろうが!」



 だがそんなクルスの心境を他所に、タマルが怒声を上げるのと同時、部屋の外から数人の者達が慌てて室内に侵入してくる。当然と言えば当然、いきなり扉から仲間が吹き飛んでくれば誰だって何事かと思うだろう。人が集まってくるに決まっていた。



「ちい、ぞろぞろと集まって来やがって」



 タマルの毒づいた言葉通り、扉から次々と屈強な軍人達が侵入してくる。しっかりとした装備の者達は陽動隊の方に引きつけられているのか、比較的軽装の者達が多い。

 彼らは室内にいるクルス達を見つけると少し驚いたような表情を浮かべた後、獲物を見つけたように好戦的な笑みを浮かべ――しかし同行する金髪の少女に気がつくと途端に顔を強ばらせた。

 そして罵声とも悲鳴ともつかない言葉を飛ばしてくる。



「ちょっと待て、軍用基準性能調整個体がいるじゃねーか!? くそ、こいつら本気だ!」「お前ら、そんなもん持ってきて大人げねえとは思わねえのか! 誇りがなさすぎだろ!」「卑怯だ、殺す気か!」



 年端の小さな少女一人に対して大の大人達が脅える光景は、滑稽を通り越して奇異ですらあった。そんな相手をこの場で最も背の低い女性は鼻で笑い飛ばす。



「はっ、バカ野郎! 喧嘩売ってきたのはそっちだろうがよ! 本気に決まってるだろうがよ!」



 狼狽する相手に対してまともに問答する気配も見せずに、タマルが得物を腰だめに構える。命中精度に定評のあるP&P社製のアサルトライフルモデルのガス銃、それを彼女の趣味に合わせて独自カスタムした代物である。

 特筆すべきはその連射性能と、総弾数である。威力こそ法を遵守しているものの――それも圧力ガスの調整でどうにでもなってしまうが――実銃に勝る軽さと弾丸の小ささから、圧倒的な面制圧を行える武器である。



「はあ!?」



 まさかこの場で銃器が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。暗い銃口を向けられて、相対する者達の表情が見るからに引き攣った。



「な、待て待て待て! お前なんだそれは、どっから持ってきた!?」

「私物だ。ちょっと威力が強いだけのガス銃だからな……――安心しろよ!」

「ちょ……!? く、そ、総員、ゴーグル装着! 物陰に隠れろ! こいつら本気だぞ!」

「さっきからそう言ってんだろうがよ!」



 いいえ、こいつ『ら』、じゃないです。異様に血の気が盛んなのは幼女のなりをした若干一名だけですから。


 そう思わずクルスは相手の言葉を訂正したくなったが、そんな暇は与えられなかった。

 タマルの持つ違法改造された凶器が軽快な音を鳴らしてプラスチック弾を吐き出し始めるのと同時に、固まっていた兵士達が慌てて身を翻す。大半の者達は部屋の外へと退避していったが、何人かは室内への残留を選択したようだった。


 恐らくは話に効く特地の人間なのだろう。

 素人目にも分かる素早い身のこなしで各方向に散らばった後に、室内の制圧にかかってくる。クルスとしては物資の殆どは既に外へと持ち出しているのだからさっさと撤退するべきだと思うのだが――、



「調子にのんなよ、この未成熟やろいでででででッ!?」

「誰が未成熟未発達のロリコンほいほいだコラァ!?」

「え、いや、別にそこまでは言って――……ギャー!?」

「ああトーマスがやられた!」

「……」



 肝心の進言するべき相手がこれである。

 どうやら事態は混迷を始めたようだった。






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