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プラウファラウド  作者: ドアノブ
一話 独立都市アルタス
6/93

異文化交流

『おいおい……なんだありゃ』


 通信機からはそんなシーモスの声が聞こえてきた。

 そこからは驚愕や感嘆、呆れなど様々な感情の色が見え隠れしている。しかしさもありなん。それはセーラとて同様だった。

 モニターに映し出される光景は現実とは思えない非現実的なもので、ともすれば偽装映像が流されているのではないかと思ってしまう。

 どんな状況でも焦らず、冷静に。

 兵士というものはどうあるべきかという存在を愚直に体現したセーラ。その彼女が、僅かにだが目を見開いて画面上の現実を直視している。


 ここは対外機構軍の主戦力が戦う防衛戦線から大きく北に外れた山岳地帯、上空である。

 軍所属の万能人型戦闘機搭乗者として防衛線に参加していたセーラとシーモスの両名は、自分達の上官の命令に従い敵の迂回部隊を迎撃するべくその地点へと赴いた。


 与えられた情報によれば、敵の数は僅か三機。

 それが劣勢に陥っている敵勢力が苦し紛れに仕掛けた奇襲であり、仮に成果が出たしても戦場の大勢に変わりがないのは間違いなく、かといってそれで無駄に後方の部隊に被害が出るのを見逃すわけにもいかない。


 機体を飛翔させて目的地点へと辿り着いたセーラ達が目の当たりにしたのはまるで予想していなかった光景であった。


 セーラが見やる先の空に、紅蓮の花が咲く。

 一機の万能人型戦闘機が胴体諸共上方から引き裂かれて、爆破したのだ。

 もちろん、セーラやシーモスの攻撃によるものではない。


『俺達以外に迎撃機が回されたって話は聞かされてないんだが……。どっかの傭兵が独断で動いたのか?』

「……それは、そうかもしれませんが」


 果たして議論すべきはそこなのだろうか。

 そんなことをセーラは思ってしまう。


 今、セーラ達の眼前では万能人型戦闘機同士による空中戦闘が行われていた。

 いや、それを戦闘と言っていいのだろうか。

 三対一が数を減らして現在は二対一。複数で編成を組む万能人型戦闘機の方は、セーラもよく見知った機体だ。


 トハルト社製万能人型戦闘機〈ヴィクトリア〉。

 この世界で最も量産数の多い万能人型戦闘機であり、その拡張性の高さから世界各地で現地改造された派生形態(マイナーチェンジ)機が存在する傑作機である。

 独立都市アルタスでは採用されていないが、その活動領域をアルタスと隣接させ、その境界線上で幾度と争いを繰り広げている国家メルトランテでは正式採用されている。

 あの機体とはセーラも幾度となく砲火を交えてきた。だからのその性能も十分に知っている。〈ヴィクトリア〉は全てを高水準に兼ね揃えている良く出来た機体である。


 その機体が。


「……白鷹」


 一方的に蹂躙されているという事実。


 己の翼で空を自由に飛翔し、獲物を狩る猛禽類。

 そんな生き物の姿をセーラは幻視する。


 見るからに異様。機体各所の複合装甲板はまるで何かと激突したかのように押し潰れ、その右腕は肘から下が潰れて無くなってしまっている。機体各所の関節部から時々赤い火花が飛び散り、その身体が既に限界に及んでいることを明確にしていた。


 早い。


 背部から青い光を吐き出していて、半壊しているはずの万能人型戦闘機が加速する。果たしてそれは正気の沙汰なのか。左手に白兵戦にしか使いようのない近接ナイフを構えて突撃。

 襲いかかってくるその迎撃射撃を全て躱して、銀線を描く。

 また一機。

 空に紅蓮の花を咲かせて鉄の巨人が散っていった。


『……おい聞きたいんだが。俺の目が愉快なことになったんじゃなければ〈ヴィクトリア〉を切り飛ばしてるのは壊れかけの玩具に見えるんだけどな。しかも銃も持たずにチャンバラしてやがる』

「……ご安心を。私も同じものを見ています」

『それは重畳。……それで、なんであれはまだ元気に動いてる? あんな戦闘機動を取るのは可能なのか?』


 シーモスの疑問は当然とも言えた。

 見るからに半壊。戦闘を行うどころか動いていることすら怪しいその姿で、正体不明の万能人型戦闘機は〈ヴィクトリア〉を蹂躙している。

 そもそも目の前で行われている複雑な立体軌道自体、通常の操縦ではまず不可能なはずだ。

 万能人型戦闘機はその文字通り様々な局面に対応出来うる可能性を持つ兵器ではあるが、その反面で操作の複雑化が著しく、コンピューターによる補助が絶対不可欠だ。コンピューターの補助が意味するのは、その動作の単純化である。操作が楽になる反面で、細かな融通は利かなくなる。

 目の前で行われている半壊の万能人型戦闘機の複雑な機動は、まず不可能なはずだ。


 それでも可能性があるとすれば一つ。


自動姿勢制御機構(オートバランサー)を使わず、コンピューターの補助も殆ど無効化して、機体操作の大半を搭乗者自身が手動操縦しているとすれば、可能性としてはありえます」


 普通では不可能だ。

 自動姿勢制御機構無しで機体のバランスを保つなどまず無理だし、よしんば出来てもそれで空を飛び戦闘を行うなど絵空事だ。さらにコンピューターの補助無しに機体を操り、目の前の機体は飛んでいられるのもおかしい壊れかけときている。

 

 無理。不可能。非現実的。

 それでも目の前の現実を説明するならば、セーラはそれ以外の言葉を持っていなかった。


『仮にそのとおりだとしたら乗ってる奴は人間じゃねえな。まだ俺らが知らない間に超高性能機体制御システムが開発されてたとかの方が納得出来る』

「なるほど。どこかの勢力がそんなものを作り上げ、量産化していたとしたらこれからの私達の戦闘は絶望的ということになりますね」

『……セーラ、お前にも無理か?』

「不可能です」


 少女は即答した。


「私は万能人型戦闘機において仕様を逸脱した運用方法は学んでいません。自動姿勢制御機構を無くして飛行までならば出来そうな気もしますが、それで戦闘を行うなどまず無理です。……それよりもどうしますか?」


 セーラの視界の先で、最後の〈ヴィクトリア〉が撃墜された。

 少女が観察していた限り、相手をしていた〈ヴィクトリア〉搭乗者達の腕が特別悪いという印象は抱かなかった。それ以上にそれを相手していた隻腕半壊の機体の動きが異常なのだ。


『……敵だと思うか?』

「友軍信号は確認出来ません。ですが、〈ヴィクトリア〉と交戦していたところを見るに少なくともメルトランテ側の機体という可能性は薄いかと」

『ふむ』


 暫し、悩むような沈黙が通信機の先から訪れる。

 セーラは素直にそれを待った。

 もともと命令に絶対服従を身体に刻み込まれているセーラは、自発的に何かを考え行動するという思考が極端に薄い。それは彼女のような兵士らしい兵士の長所であり短所であった。


 静寂の時間は十秒も無かっただろう。


『……よし、俺はひとまずあの機体と接触してみる。お前はその間に隊長に状況を連絡して指示を仰げ』

「独断で接触するのですか? 報告が先では?」

『その間、あれが待ってくれてる保証もないだろう。会話でなり、力尽くでなり、時間を稼ぐ必要がある』

「……了解しました。それと力尽くはあまりオススメしません。先程の戦闘を見る限り、狩られるのは間違いなくあなたのほうになります」

『知ってるよ』


 そう苦笑する気配を残して、通信が切れた。

 

 上官に連絡すべく通信の準備をしながら、セーラはちらりと眼前に佇む正体不明の機体を見やる。

 

 目下の標的を全て撃墜して満足したのか、その機体はその場で停滞している。

 機体の損害状況を考えればその完全静止すらありえないはずなのだが、最早それを言うのは今更だろう。


 静かに宙に佇むその姿は、セーラにはまるで腹ごしらえを終えて満足した白鷹のように思えた。




***




 奇襲を仕掛けてきた三機を撃墜して見せた〈レジス〉は、ひとまず大きく息を吐き出した。

 先程の戦闘を思い返してみて、なんだかなあと首を振る。


 装甲を失い、武装を失い、丸裸での特攻攻撃。

 これは所謂万歳特攻と呼ばれる自殺行為にも等しいものであり、正直な話、〈レジス〉は勝ってしまうとは思いもよらなかったのだ。

 はっきりと言ってしまえば、莫大にかかるであろう機体修理費も武装回収費も全て甘んじて構わないから、一度ロビーに帰りたいというのが本音だった。

 運営にこのバグを報告すれば融通が利くのではないかと夢を見たのも確かではあるが。


 しかし蓋を開けてみればほぼ一方的な蹂躙。

 予想外にも程がある。

 戦った相手が完全な初心者とまでは言わないが、あまり楽しめるような相手ではなかったのは確かだ。ゲームの寿命を縮める要因にもなりかねないので初級者狩りはあまり好きではないので、〈レジス〉としては何だか居たたまれない気持ちにすらなってくる。


「さて、と……」


 想定していない結果にはなったもののとりあえず一息をついた〈レジス〉は、機体を静止させるとある一方を見やった。


 ここより離れた位置いる、蒼い二機の万能人型戦闘機の姿。


 その二機の万能人型戦闘機が戦闘に加わらずにこちらの様子を観察していたことには〈レジス〉も気がついていた。

 別になんてことはない。普通に機体の感覚器に反応が出ていただけという話である。しかしいまいちその二機が何を考えているのかが計りかねる。敵の増援だったのならば先の戦闘の時に攻撃してくるべきだし、自分と同じ勢力ならば救援にきて然るべきである。だが二機の万能人型戦闘機は何をするわけでもなく、遠くから眺めているに終始していた。

 そもそもおかしいのは所属勢力が表示されていないことだ。

 ゲーム『プラウファラウド』のプレイヤーは七つの勢力の何れかに所属して、その領域を広げることを目的に戦場へと飛び立つ。そしてシーズン事にもっとも所持領域の多かった勢力に報償が振り分けられる仕組みになっている。

 七つの勢力にはそれぞれ色が振り分けられていて、レーダーにはその色で表示されることになっているのだが。


 その二機の表示色は白。

 それは何れの勢力にも設定されていないものである。


「バグなのか新勢力なのか……。だんだん考えるのが面倒になってきたぞ、俺は」

 

 もういっその事わざと墜落してデスルーラしてやろうかとそんなことまで考えていると、レーダーに映る二機の内の一つに動きがあった。

 真っ直ぐにこちらに距離を詰めてきているのだが、その反応はどうも妙だ。

 戦闘機動にしては妙に低速であり、どうも猛獣を刺激させないように慎重に動いているようにも思える。


 とりあえず戦闘を仕掛けてくるような気配は感じられなかったので、〈レジス〉はぼんやりとその近づいてくる機体を待った。一応奇襲には備えていたが、まあ撃墜してくれるならそれもいいかなと考えてしまう。


 暫くして〈リュビームイ〉の眼前にまで接近してきた蒼い万能人型戦闘機を確認した〈レジス〉は、趣味機か、と口の中で呟く。


 趣味機。

 対戦に影響するステータスを最優先せずに、何かしらのこだわりで装備や兵装を決めている機体のことである。一番わかりやすい例としては、見た目の格好良さ重視だろうか。ほかにも全て白兵戦兵装だったり、全て光化学兵器で固めた機体などその範囲は多岐に渡るが、程度の差はあれ実戦などではあまり役に立たないことが多い。ランキング上位のプレイヤーの間では殆ど無いといっても過言ではないだろう。無論、〈レジス〉の愛機〈リュビームイ〉も性能を最優先した機体である。

 時々は見た目を気にして下位互換の装備を扱うような上位プレイヤーもいるが、それもその装備が最低限実戦に投入出来るポテンシャルを持っているというのが条件だ。


 目の前にいる蒼躯の機体は各パーツの製造メーカーを統一している、プレイヤー間では〈統一規格機〉と呼ばれる趣味機であった。

 

 『プラウファラウド』には万能人型戦闘機を構成するパーツが数多と存在するが、それぞれそれを生み出した製造メーカーが存在している。

 それぞれのメーカーには特色があり、例えば重装甲のパーツばかり作っている企業だとか、ミサイル製造に長けている技術組織だとか、そんな各組織ごとに傾向があった。

 〈統一規格機〉はそのメーカーを一種類あるいはそのメーカーと協力・提携関係にある組織のパーツのみで作り上げた万能人型戦闘機のことを指す。

 趣味機の中では比較的実戦にも耐えやすいほうではあるが、やはりそのメーカーの特色に特化した形になりやすいために偏った性能になりやすく、勝つための機体とは言い難い。


 現実であれば一つの組織内で兵器を完結させるなど当たり前のことであるが、『プラウファラウド』ではどこの製造部品であろうとも機体を装備出来るためそんなことに拘る必要が無い。むしろ各メーカーから良いものだけを選んで機体を構成するのが基本である。


 目の前の蒼躯の機体はアーマメント社という企業の部品のみで構成されているようだった。流石に一社だけで機体を組み合わせてあるだけあって、その見た目は統一感があった。

 全体的に流線型を帯びた、現実で言うなら欧州の戦闘機を彷彿とさせるデザインだ。欧州機の中でもフランカーが大好物な〈レジス〉としては好感の持てるデザインである。


 などと〈レジス〉がコックピット内で勝手に思っていると、通信機に音声が入ってきた。


『――い、聞こえ――か、そこの壊れか――の搭乗者――聞こえ――たら――チャンネ――を七一二に――合わせ――繰り返――』


 聞こえてきたのは男の声。

 しきりに何かを繰り返している。何度かその通信を聞き取ってみて、どうやらこちらと交信を求めているらしいと理解すると、言われたとおりのチャンネルへと電波周帯を合わせた。


『そこの壊れかけの機体の搭乗者。この通信が聞こえていたらチャンネルを七一二に合わせてくれ。繰り返す、そこの――』

「聞こえてるよ」

『っ!』


 はっきりと通信の送信者の声が聞こえるようになったので〈レジス〉が返事をすると、通信越しに息を呑むような雰囲気が伝わってきた。

 そっちから通信を寄越しておいてどういう了見だと、呆れる。


「……おい?」

『え……ああ。あー……私はアルタスの対外機構軍所属シーモス=ドアリン中尉である』

「………………お、おう」


 変な声が出た。

 え? なに? ……軍?


『見たところ単独行動のようだが。貴君の所属を請う』

「……」


 ごくりと、唾を飲み込む。

 〈レジス〉は戦慄していた。


 やべえ、こいつものほんだ……!


 ロールプレイ――つまり自分で設定したキャラクターになりきり演じる遊び方のことである。

 目の前のプレイヤーはそれをしているに違いなかった。 


 〈統一規格機〉というぽい趣味機を扱い、さらには軍や階級を名乗るこの徹底の仕方。

 VRゲームでそういうプレイを楽しむプレイヤーが一定数いるという事は知っていたが、こうして直接関わるのは初めての事だった。話で聞く程度には好きに遊べば良いんじゃないかといった感想しか持たなかったが、こうして直に触れ合ってみると中々来るものがある。


 そもそもアルタスの対外機構軍というのは何なのか。アルタスという勢力は『プラウファラウド』には存在しないので、つまりはそれが彼の所属チーム名なのだろうか。

 軍を名乗り階級や所属などと言っているとかなりの大規模なチームのように思えるが、ゲーム内の事情に明るい〈レジス〉でもその名は一度も聞いたことは無い。つまりは噂にも上がらない小規模チームの可能性が非情に高かった


 〈レジス〉はなんと返事をするべきか迷う。


 もし彼のチームメンバーが遠くで待機しているもう一機しかいなくて、たった二人で軍とか中尉とか言っていたらどうしよう。


 哀愁漂い、かける言葉が見当たらない……!


『あー……? どうした、聞こえてるんだよな?』

「え……、ああっ! き、聞こえてるぞ!」


 慌てて返事をするも、なんと答えるべきか。

 ここで「この戦場ってこの間のメンテナンスで解放されたんですか?」なんてことを言ったら、最悪な空気になるのは間違いない。これほど自分の設定した世界に入れ込んでいる相手である。絶対に恨まれる。

 〈レジス〉としては、他人の楽しみを土足で踏み躙るようなことはしたくはないという思いもあった。


 ここは向こうの設定に乗るしかない、のか……?


「所属……。所属なあ。ええと……」


 だが生まれてこのかた演技などろくにしたことのない〈レジス〉である。小学生の学芸会でやった配役は馬の後ろ側の足であり、それすらも転けて台無しにした前科がある。

 咄嗟に上手い台詞回しなど出てくるはずが無い。


『ん、なんだ……? 傭兵かと思ったんだが違うのか?』


 おお、助け船をくれた!


「そ、そうだ。俺は傭兵として雇われてこの戦場にいる」


 きっと言葉に詰まる〈レジス〉を見かねたのだろう。あるいは世界観をぶち壊されるのを嫌ったのかもしれない。なんにせよ、相手が差し伸ばしてくれた救いの手にありがたく縋る。


 ちなみに『プラウファラウド』において、傭兵などいう職種や組織は設定でも存在はしていない。民間軍事会社(PMC)は存在していて、万能人型戦闘機用の部品製造まで行っていたが。


『ふむ。やはりそうか。しかしならば何故友軍信号を出していない? 所属不明機(アンノウン)として打ち落とされても文句は言えないぞ?』


 そんな設定知らねーよ!


 〈レジス〉は心の中で叫んだ。


 所属勢力によるレーダー上の色表記は所属勢力を決めた時点で自動でされる。そこにプレイヤーの意思が介在する余裕はない。もしそこを自由に出来てしまっては、戦場で敵味方が全く分からなくなってしまう。現実と違って乗っている機体も全員ばらばらなのだ。


 何なんだ相手は。世界観壊したくなくて助け船出すくらいなら、新しい独自設定を出してくるべきじゃないだろう。


 口元を思わず引き攣らせるも、しかし今回は奇跡的に〈レジス〉の脳裏にぱっと台詞が閃いた。


「――見ての通り機体の損傷が激しくてな……。どうやら機器類のいくつかもやられてしまってるらしい」


 ――見よ、この見事な機転!

 ――機体の損傷具合と設定をすりあわせるこの発想力!


 通信機越しに会話するシーモスが知るよしもないが、〈レジス〉はこの時かなりのドヤ顔であった。

 そっちの助け船なんてなくても一人でやれるんだぜ、といった感じで、直接顔を見た人物がいたら叩きたくなること請け合いである。


『ん、そうなのか……。しかし信号の発信器は通常頭部にあるはずだが。見たところ頭部に破損は無いみたいなんだが』

「喧嘩売ってんのかテメエエエエエエエエエッッ!」

『ええっ!?』


 切れた。


「こっちが世界観壊さないよう設定に合わせてやってるんだから、素直に納得しとけよおおっ! 次から次へと後出しで情報出してくんなあぁ!」

『せ、世界観? なんだ、何を言ってる? と、とりあえず落ち着くんだ。お前は今、冷静な状況じゃない!』


 必死に静動を呼びかけるシーモスであったが、〈レジス〉からすればこっちが必死に気を遣ってるのに何言ってるのこいつという感じである。

 厚意を台無しにされるとはこういうことかと、心の底から理解した。


 こうなったら万歳特攻再び……! などと〈レジス〉が考えていたところで、


『中尉』


 これまでに聞き慣れぬ声が唐突に通信に割り込んだ。

 細く高い女性の声だ。声質からしてまだ若い。


『少佐より指示が入りました。当該機は可能であれば連れて帰投せよ。不可能な場合は撃墜しろと』

『あー……』


 何やら物騒な会話を聞きながら〈レジス〉はどうやら彼らのチームには最低三人以上いて、全員ロールプレイをしているらしいと納得する。

 チームメンバーがいてよかったねと喜ぶべきなのか――三人ではやはり軍を名乗るには少なすぎるが――こんな奴が他に二人もいると呆れるべきなのか。


 そもそも若い女の子にそのミリタリー色の強い設定をやらせるのはどうなのよ、もっとファンタジー系のMMORPGとかでお嬢様と騎士とかやったほうが喜んでくれるんじゃないの、と思う。

 そうしてから目の前の設定に尻尾を振って参加しそうな銀髪美少女の姿を思い出して、何とも言えない気持ちになった。


『あーと、聞こえてるよな半壊の搭乗者』

「聞こえてるけど」


 その言い方だと自分自身が壊れているように聞こえるので止めて欲しい。

 名乗っていないから仕方が無いのかも知れないが。プレイヤーネームなんて感覚器で捉えてサーバー検索すれば一発で分かるだろうに、芸の細かい。


『そちらの同意が得られるのならば、俺達と一緒に格納庫まで来て欲しいんだが。どのみちその機体の損傷具合では戦闘は厳しいだろう。大丈夫だ、身の安全は保証しよう』


 さっき撃墜とか言ってたよなー、と〈レジス〉は何となく思う。最後の言葉が胡散臭くて仕方が無い。


「格納庫ってことは、脱出エリアまで案内してくれるって事で良いのか?」

『脱出エリア……? まあ、戦場からは離れるからそういう言い方も出来るかもな』

「……オーライ。撃墜せずに帰れるなら願ったり叶ったりだ。……一応訊くんだけど、ここってフリーマッチか?」

『あん? フリー……?』

「いや、何でもない」


 ロールプレイってめんどくせー、と〈レジス〉は思ったがまあ脱出エリアに案内してくれるというならば問題はない。


 ロビーに戻ったら速攻で運営に文句を言ってやる。


 そう心に決めて、二機の万能人型戦闘機に前後を挟まれながら半壊の〈リュビームイ〉は空を駆け抜ける。


 向かう先は独立都市アルタス。

 


 彼の本当の苦難がこれから始まるのだということを、本人は全く予想していなかった。







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