大飢饉 - IV
停戦。
その言葉を聞くと、都市を守るために戦うことを義務づけられた軍にとっては暫しの休息が出来上がるようにも思える。しかし三十年も隣国と戦争を続けていたアルタスにとっては最早戦時こそが日常であり、その休止というのは非日常へと切り替わったという認識が強かった。
確かに休戦期間へ移行して以来、国境線上での争いは一度も起こっておらず、協定によって設定された緩衝地帯への侵入も今のところ確認されていない。
現在は戦時と変わらぬ警戒態勢及び哨戒行動を行っているが、このまま時間が過ぎるようならばそう遠くないうちにそういった行動の回数も控えられることになるだろう。
そういう意味では確かに休息を得ている者達は確かにいる。
だがそれを享受する者は基本的に実際に戦場に身を躍らす実働員――いわば組織の末端であり、盤上全体を広く俯瞰して眺めそれを指示する者達にとっては激務となる。
それが都市防衛の中枢の一つである都市防衛西方基地所の司令官ともなれば、ひとしおであることは、机の上に積み重なった書類の束を目にすれば一目瞭然である。
「全く……、連中は敬老の精神というものをもちあわせていないのか」
幾ら処理していっても減ることのないそれらをソピアは忌々しげに睨みつける。
文章や情報などの電子媒体化が進んだ現代であるが、電子に頼り切った情報移送というものは改竄、漏洩などの点でどうしても不安が残る。無論そうならないように幾つもの対抗策は用意されているが、実体のない情報戦は終わりのないいたちごっこのようなものだ。昨日まで役立っていたものが次の日まで機能しているとは限らない。
その為、科学技術盛行の今の時代となっても、重要度の高い案件などはこうしてわざわざ実資源を用いた紙媒体で持ってこられるのだ。
「このままじゃ開戦する前に私が過労死してしまうぞ」
「お疲れ様です」
ソピアのぼやきに言葉を返したのはグレアムである。顔に大きな切り傷を持った男は今、応接用のソファーに座って呑気にコーヒーなどを飲んでいたりする。この男もそれなりに机仕事はあるはずだが、それでも基地司令という重責の立場である人間と比べてしまえば雀の涙ほどだろう。
「少佐、君も少しは仕事に忙殺されている老人を哀れんで助ける気は無いのかな?」
「冗談を言わないでください。どうせそこにあるのは現場主義の士官程度が触って良いような情報ではないでしょう」
教え子の言葉に年甲斐も無くいじけたように息を吐き出す。
グレアムの言うとおりだった。全てとは言わないが、例え直近の部下でも目を通してはいけない類いのものが大量にこの場にはある。仕事を手伝わせるどころか、本来であればこうして同じ室内に置いといて良いかも怪しいところであった。
にもかかわらずこの場にグレアムがいるのは、偏にソピアが信頼しているからに他ならなかった。
最も、信頼出来る部下がいたところで目の前の紙束が無くなるわけではない。
今すぐ全てを放り出して適当に基地内の散策へ行きたい衝動を抑えながら、書類の山の一枚を抜き出して顔を顰める。
「全く……。領域内の配置変更や資材消費量の予測推移、次期量産機の運用体制構想、その受け入れ準備――目を通すだけでも馬鹿みたいに時間がかかる」
「ですから内容を伝えてこないでください。その調子では、いつか田舎にでも左遷されてしまいますよ」
「うむ、紙の洪水で溺れるよりはオオカミに餌でもやっていた方が方が楽しそうだ。……ああ、そういえば少佐の部隊達にも山奥に行ってもらうことになりそうだ」
「……? また武装勢力でも出ましたか」
ソピアの言葉にグレアムは内心で首を捻る。
シンゴラレ部隊によって領域内で採掘された稀少鉱石を移送していた特殊車両を襲撃していた武装兵力を壊滅させたのは、そう昔の話ではない。
敵の主戦力であった万能人型戦闘機は言うに及ばず、展開していた地上部隊も全て捕縛または殲滅し、その後敵が根城にしていた拠点も捕らえた敵兵から聞き出し、確認後に空爆によって完全破壊が行われている。
資源奪取を狙う騒ぎはアルタス内では恒例だとはいえ、流石に次が出てくるには早すぎるように思えた。
「さて、強盗共よりは楽な相手だろうと思うがな」
「――と、言いますと?」
「訓練校だ。向こうの現校長とは長い付き合いでな。最前線を肌で知る者達を少しで良いから貸してくれと言ってきてる」
「訓練校……それはつまり教導と言うことですか? お言葉ですが、正規任務に就くことが少ない私の部隊がその役目に適しているとは思えません。クルス少尉などは未だに敬礼すら怪しい状態ですよ」
「そんな難しい話ではない。少し話を聞かせてやったり、兵器乗って遊んでやればそれでいいそうだ」
「いや、しかし……」
上官の言葉に思わず答えを濁らせる。
訓練校へ現役の者を出向させるという話自体は何ら珍しくない。山奥にある全寮制の閉鎖的な空間で日々訓練をして過ごす者達にとって、前線における体験談は良い刺激になるだろう。
しかし何事にも適正というものが存在する。そういったものを考えると、自分の部下達が相応しいとは少しも思えなかった。
一般的な任務に就くことが少ないというのもそうであるし、隊員達の見た目からして相応しくない。タマル、セーラ、クルスの三人は逆に訓練校にいたほうが正しいだろと言いたくなるような容貌であるし、逆の意味で目に毒になりそうなエレナ少尉も、言動は相当怪しい。シーモスの纏う気怠げな空気は精進を重ねる若人達にとって悪影響しか与えないだろう。
その役目に向いていると言えそうな要素は腕が立つ。その一点のみだ。
そもそも、技能を鍛えると同時に軍の規律を教え込む場所で自分の部下達を送るのはテロにも等しい行為ではないだろうか。
出向しているのはたいした期間でもないだろうが、その間に何が起こるかを考えると今からでも頭が痛くなってきそうである。
「……そもそも何故私の部隊なのです。適役などそれこそ他に幾らでもいるでしょう」
どうにか矛先をそらせないかという思惑と同時に、それは本物の疑問でもあった。
しかしソピアは珍しくその目つきを胡乱げなものに変えて、
「それは少佐の部隊が一番暇しているからだろう」
「む……」
そう言われては、グレアムも口を噤むしかなかった。
その性質上、シンゴラレ部隊の出動率は決して多くはない。加えて停戦以降は国内で起こっていた大掛かりな武装集団の行動もなりを潜めている。都市内では何件か強化外装などを用いた騒動が起こっているようだったが、流石にそれは都市守衛の役目であり、部隊の管轄外である。
その結果、シンゴラレ部隊の活動は現在非常に緩慢なものとなっていた。
格納庫周辺ではエレナが相も変わらずふんわりとした私服姿で出歩いているし、シーモスは喫煙所に吸い殻の山を築き上げている。そしていつの間にか、格納庫にはその屋上への出入り口を作っている始末である――その許可を出したのは他でもない今同じ部屋にいる老人だったのだが。
更に少し前には、格納庫でクルスと女性整備員が並んで手作りと思わしき弁当を食べている姿を目撃して、ここはどこかと思わず二度見してしまったほどである。
何も言い返せない部下の様子に、狙いが成功したとばかりにソピアは口元を釣り上げた。
「なに、自分達より下の者達の勤勉な態度を見れば少しはあれらも改まるかもしれんぞ」
「それだけ学習意欲のある部下を持てていれば自分は幸せでした」
「はっはっはっはっはっ! その通りだ!」
臆面も無く笑い声を上げるソピアの姿に肩を重くしながら、ふと伝えておこうと思った事を思い出した。
「そういえば、基地内でなにやら騒ぎが起こっているそうですが」
「ふむ? ……食料が原因か」
ソピアの呟きに「はい」とグレアムは首肯する。
都市内最大規模の食品企業の不祥事によって、基地内では現在食料物資の流通が停止している状態にある。移動用のモノレールが停止している状況と重なったのが運の尽きということだろう。
数日後には食料の供給も再開することが決まっているので大きな問題にはなっていないのだが、基地内全体の食糧が不足しているというのは事実だ。それにかこつけて騒動を起こしている連中がいるようである。
もともと今回の事案発生時には一度基地内の食料を集めて各所に均等分配するべきではないかという意見も出ていたのだが、結果的には廃案となった。数日の時間で解決することに対して、手間暇がかかりすぎると判断されたからである。
暫く、ソピアは眉間に皺を寄せて何かを考えていたようだったが、
「まあ、いいだろう。停戦という事態に浮き足立っているんだろう。戦時しか知らない者達も多いからな。丁度良いガス抜きにもなる。許容出来る範囲までは放っておいてやればいい。事が済んだ後に適当な罰でも与えておけ」
独立都市はもう三十年も戦争を続けている。間に二度の停戦を挟んではいるが、それも開戦から五年以内のことだ。戦時こそが日常であった者達にとっては、停戦という非日常は動揺の要因と成り得るのだ。
ましてや、今回の場合は些か唐突な知らせでもあったのだから尚更だろう。
「……中将は、今回の停戦は続くとお思いですか?」
ふと出てきたグレアムのそんな問いに、ソピアは顎をさする。
「気が早い話ではあるが、穏健派の議員は既に十ヶ月後――つまりは停戦終了の二ヶ月前だな。その時期に向こうへの訪問の予定を入れているらしいな」
「そう、ですか」
質問の返答になっているかどうか、微妙な答えである。
素直に受け取るならば停戦期間の延長を示唆する言葉であるが、果たして額面通りに見て良いものなのだろうか。ソピアの性質を考えればそうは思えない。
穿った見方をすれば結果がどうなるかなどなにも口にしていないし、予定があると言っただけだ。そもそも戦争推進派閥からすればその予定は嬉しいものではないし、幾らでも邪魔が入る可能性はある。
グレアムが答えの出ない迷路に思考を彷徨わせている様子を見て、ソピアがくっ、と笑う。
「まあ、じっくりと考えると良い。その時になってみないと分からないかも知れないがな」
そう言い終えた後、ソピアは自然な動作で席を立ち上がった。そうして部屋の外へ歩き出すソピアを、グレアムは見逃さなかった。
「――中将、せめて遊びに行くのは仕事が終わってからにしてください」
「む……、なんのことかね? 私はただ、少し凝り固まった筋肉を解すために散歩にでもいこうと思っているだけなんだが」
「そんな見え透いた嘘を口にしないでください……」
子供じゃあるまいし、と付け足したくなるのを堪える。
どうせ騒ぎがあると聞いて自分も見に行きたくなったに違いない。
自分の歳も考えずに行動に移そうとする上官に、グレアムはうんざりと溜息を吐き出した。
* **
整備員も含めたシンゴラレ部隊一同による打ち壊し計画は、そう複雑なものでもない。陽動と本命による二面作戦である。
シーモス、エレナを中心とした陽動隊、暗号名〈ステイシス〉が不自然に思われない程度に発見されて、激突。その間に非常口より侵入した本命隊、暗号名〈アンサング〉が侵入、食料を運び出す流れである。どのくらいの量があるか分からないので、運搬用に資材搬入用のリフトカーを用意してある。必要分だけ持っていけばいいだろうと思うのだが、完全勝利こそが指揮官のお望みであった。相変わらずの見た目に似合わぬ獰猛さである。
決行時刻は何処からか入手された見張りのシフト表を元に吟味を重ねて、夜の時間帯に決まった。
クルスはタマル、セーラと共に本命隊へと参加することになっている。忍び込むという性質上、こちらの隊の人数は陽動隊と比べると少数である。整備員を加えても十名にも満たない数だ。
既に日は落ち始めている。
決行時間まではもう少し間がある。
戦場に身を浸すことを決意した者達は、決意を胸に各々に己の牙を研ぎ澄ませているのだが――そもそも万能人型戦闘機運用を基本としたこの部隊に使えそうな装備など殆ど無いと言っていい。まさか実銃を使うわけにもいかない。
そのせいか、彼らが手に持っているものは塗装用のスプレー缶だったり、機体牽引用のロープであったり、中にはクルスにはよく分からない光質を持つ袋やバケツを持っている者のもいる。一体それでどうやって戦うのか、地味に気になるところである。
ちなみにクルスの装備は寮の自室から持ってきた木刀である。かつて都市内で買ってきたものであり刀身には『一刀入魂』などという勇ましい文字が刻まれているが、クルスは刀の心得など当然持っていない。完全に気持ち程度の代物である。
恐らく装備の中で一番頼りになるのは万能人型戦闘機用のパイロットスーツだろう。対Gが用途が主ではあるが、耐衝撃姓や防弾性能も備えている。最後の機能が必要になることはないようにと心の底から願ってはいるが。
装備が貧弱なのは隣に座るセーラも同様である。
白色のパイロットスーツこそ着ていたが、見たところ武器を持っている様子はなく、素手のようだ。ポケットに何か入れているある様にも思えない。
「なんでしょうか?」
じっと観察していることに気付いたのか、セーラが緋色の目を向けてくる。
彼女の硬質さを感じさせる瞳は、日が落ち始めた暗がりの中でもよく見えた。ともすれば輝きを放っているのではないかと錯覚しそうになるほどだ。
「いや、珍しいなと思って」
「なにがでしょうか?」
一見すると何の感慨なさそうに訊ね返してくるセーラにクルスは僅かに苦笑を漏らしながら、
「セーラがこういった騒ぎみたいなのに参加するのがだよ。こういう時っていつも後ろから眺めてるだけだったじゃんか」
そう言ってから、そういえば珍しく後ろではなく普通に隣に並んで座っているなと気がつく。距離も近い。少し前まではいつも背後にいるイメージだったのだが、今日は違うらしい。
何にせよ、後ろから見られているよりは随分と楽ではあったが。
クルスの投げかけた言葉にセーラは無表情のまま瞬きを二つほど繰り返した後に、
「確かにそうなのですが――……」
「うん」
セーラの言葉に頷くのだが、中々その続きは出てこなかった。彼女にしては珍しく言葉を詰まらせて、瞬きをする以外の動きを忘れたかのように止まる。フリーズした端末みたいだなと思いながら、特に焦りもせずに待った。
ラグや処理落ちが起こった場合には追加入力を行わずに待つのが一番である。苛立ったりしてコマンドを色々と入力すると大抵ロクな事にはならない。その真理をクルスはかつて流砂に機体を浸からせた時に悟った。
そうして、彼女が再起動を果たしたのはもう暫く経ってからのことである。
「上手く言語化が出来ないのですが――」
「うん」
彼女はまたもや間を発生させてから、
「私は多分……、そうする、べき……だと感じました」
そう口に少女の表情は初めて見るものだった。
相変わらずの無表情ではあるが、その内側に見て取れるのは困惑というよりは、不安にも見えるものである。恐らく、自分の言葉に納得がいっていないのだろう。
「べきって、別に強制ってわけじゃないだろう」
「それは、そうなのですが……」
喉に魚の骨でも刺さってるのかと思わされるようなセーラの物言いに、クルスは内密かに驚く。この金髪の少女がここまで感情豊かなのは初めてだった。少なくとも、これまでのクルスの記憶にはない。
「ちなみに昨日はどうだったんだ?」
クルスの問いにセーラが小さく首を傾げる。
人形の様に整ったその顔を眺めながら、言う。
「ほら、エレナと一緒に俺の部屋に来ただろ。あれも今回と同じでするべきだと思ったのか?」
「あの行動はエレナ少尉が提案してきたので……」
「でも、それを受諾したのはセーラなんだろ?」
「それは――そうですが」
今回と同じで、昨日の行動も命令や義務が発生しているようなものではない。
セーラはまたもや言葉を詰まらせる。
そうして今度こそ完全に口を噤んでしまった。怒ったというわけではなく、どうやら自分の行為について悩んでいるようである。自分の特に意味の無い言葉でなんだか困らせてしまったようで、だんだん悪いことをしたような気持ちになってきた。
「あー……そこまで悩まなくてもいいと思うぞ? 別に大したことじゃ無いと思うし……」
「……」
返事はない。
何だか居たたまれない気分になって、クルスは立ち上がって移動する。幸か不幸かは分からないが、セーラが追ってくる気配はなかった。
「うーむ、何か悪いことしたかな……」
先程のセーラの様子を思い浮かべて、言葉を漏らす。
無表情無感動を特徴としている彼女にはこれまで見られなかった反応。特に意味のあった質問でもなかっただけに、どうにも微妙な気分になる。
と、大して移動もしないうちによく知る顔を見つけた。
赤茶の髪を馬の尻尾のように纏めてから垂らしていて――気軽に声をかけるには微妙な相手ではあるが、とりあえず声をかけてみることする。
「よう」
そう呼びかけると、振り向いたその相手は道端でたまたま走り去っていくトカゲでも見つけたかのような目を向けてきた。
「何か用か、アカピーマン」
「生き物ですらなかったか……」
「……何のことだ?」
怪訝そうな表情を浮かべるミサに「なんでもない」とクルスは首を振る。それでも睨みつけるような目つきで彼女は暫く見ていたが、少しして飽きたように視線を外した。
「それで何の用なんだ」
「いや、特に用事があるわけじゃないけど…………おい、その人の尊厳を深く傷つけるような目を止めなさい」
ミサは面倒そうな表情を浮かべ、今にも溜息を吐き出しそうな様子である。
「はあ」
吐き出した。
「……お前こそ、一体何をしてるんだ?」
「んー? 時間潰しというか、ついさっきまではセーラと喋ってたんだけど」
そう言うと、ミサの視線が奇っ怪なものを見る目つきになった。
「よくアレと会話なんて出来るな。私には石像に話しかけているとの大差ないように思える」
「そうか?」
ミサの言葉にクルスは首を傾げる。
確かに言葉数も少なく、人形の様に整った顔立ちをしている少女ではある。だが機械じゃあるまいし、セーラもそれなりの機微は持っているだろう。時々ではあるが、クルスはその片鱗を見つけていた。
「今日のセーラは感情豊かみたいだぞ? ……ほら、今も向こうで何か考えてるみたいだし」
そう言って、先程まで自分も座っていた箇所を指差す。
そこにはセーラが変わらぬ姿勢で腰を下ろしていて、相変わらず悩んでいるようだった。クルスに促されてミサもセーラを見やったが、そこに納得の色はない。
「……どこがだ。いつもと同じ無表情にしか私は見えないがモウモク」
「え……、いや、確かに表情は薄いけどさ。その中にも感情の色があるっていうか、揺らめきというか……」
そう言われてミサはもう一度じっくりと観察してみるが、
「分からん」
あっさりとそう言った。
そう言われてしまっては、クルスとしても強くでることは出来ない。別にそんな主張するようなことでもないのだから良いと言えば良いのだが。
ミサの視線が妄想少年を見るようなものに変わり始めて、クルスはこれ以上この話題をすることを止めた。このままでは何を言われるか分かったものではない。
「……ええとじゃあ、あれだ。お前も本命隊の方なのか?」
「あほか。私はそんなもんに参加するつもりはないぞ、アンポンタン」
思いっきし馬鹿を見る目を向けられてしまった。しかし、以前ほど不愉快なものでも無い。随分と慣れたもので、思ったよりも気にはならなかった。我ながら駄目な方向に適応している。
そんなことをしみじみと思っていると、ミサがクルスが片手に持っているものに目を付けてきた。木刀である。
ミサはそれが何なのかを正確に把握し、そうして哀れみの視線を向けてきた。
「クルス、お前のことを私は馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、本当にお前は馬鹿だったんだな。素人がそれで戦うつもりとかお腹が痛くなるぞクルス」
「おい……、だから語尾に人の名前をつけるな。それ悪口じゃないからな? だいたい、前後をクルスで挟んでどうするんだよ。間の言葉全部裏っかえるぞ。お前考えてみろ。そうしたらお前のさっきの言葉は『クルス、クルスのクルスをクルスはクルスだクルスだと思ってたが、本当にクルスはクルスだったんだな。クルスがクルスでクルスするつもりとかクルスがクルスになるぞクルス』ってなるんだぞ。やばい、自分の名前の意味がよくわからなくなってきた」
「長い、二言に縮めろ」
「クルスクルス!」
「なんだ、問題無さそうだな」
「……あれ?」
まるで狐に化かされたような心境になって首を傾げる。いったいこれはどういうことだろうか。
「ええと、ともかくだな!」
何だか相手の瞳に混じる哀れみの光がより一層強くなったように感じられて、クルスは声を出して誤魔化した。
「これでもまだ俺はマシな方だ。もっと酷い人達は幾らでもいるんだからな」
先程目にした整備員達の武器を思い出して、残念な気持ちになる。彼らはアレで一体どうやって戦うつもりなのだろうか。
そんな言葉にミサは少しだけきょとんとした表情を浮かべて、
「そうなのか? 私はてっきり全員ああいうものを持っていくのかと思ってたんだが」
そうして別の場所に向けられたミサの視線を追ってクルスも首を動かし、そこにいた人物を見て口元を引き攣らせた。
「なあ、聞きたいんだが……」
「何だ、クルス」
語尾の言葉に文句を言うことも忘れて、震える声で訊ねる。
「なんか……、あそこにいる幼女がブレストアーマーみたいなものを着ているように見えるんだが」
「あれはボディアーマーだな」
「……なんか一瞬姿が背景に溶けて消えたんだけど?」
「なんだ知らないのか? あれは擬装用電子布だ」
「……今、ポケットに爆弾みたいなの詰め込んでた気がするんだが」
「多分、自作の閃光弾だな。正規規格品に比べれば劣るだろうが、それでも中々出来が良さそうに見える」
「なあ――」
カシュッ、という短く空気の抜けるような音がする。
その光景についに取り繕うことが出来なくなり、叫び声を上げた。
「どう見てもアサルトライフルの動作チェックをしているように見えるんだけど!?」
「精巧に作ってあるしカスタムもされているみたいだが、一応は市販のガス式モデルガンだな」
「なんでそんなものがあるんだよ!? というか、ミサもなんでそんな特に珍しくないみたいな反応で答えていくんだよ!? おかしいだろ!?」
「さっき聞いたときは全部私物だと言っていたぞ」
「いや、あれはテロリストだろ!? あの姿にお前は疑問を持たないのか!?」
「……そうだな。特地とやり合うぐらいだ。あれくらいの装備でも慎重すぎるということもないだろう。欲を言えば電磁警棒などの小回りの利く得物も欲しいところだ」
そう言ってあっさりと頷くミサの姿に、クルスは潔く感情の共有を潔く諦めた。
そうして理解する。
食料を隠れて取ってくるだけなのだから、案外平穏に終わるんじゃないかとクルスは考えていたのだが、それがどれだけ甘い想定だったかということを。
今回の騒ぎは思ったよりも遙かに大変になりそうであった。




