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プラウファラウド  作者: ドアノブ
六話 馬鹿の祭り
57/93

大飢饉 - II

 アルタス内でも最も大きなシェアを誇る大手食品メーカーで発覚した不祥事。

 それはニュースとしてはそれなりに大きな記事であったが、特にそれ以上の意味を持つものではなかった。軍への商品卸しを行っているとはいっても、置いてある商品全てがそのメーカーだけというわけでもない。業界ナンバーワンシェアだけに暫くはラインナップが寂しい状態が続くだろうが、その程度のことだろう。

 クルスは当初、その程度にしか思っていなかった。

 基地内にこのような知らせが出回るまでは。



『指定メーカーの商品は全て回収。またそれに伴い食堂も一時的に休業。しばらくの間は食料は各自で凌ぐこと』



 ――なんで食堂が休業?


 まず最初に持った感想はこれだった。

 一体、食品メーカーの不祥事と食堂にどのような関係があるというのか。


 これはクルスが後で知ったことなのだが、基地所内の食堂で使われている料理素材の殆どは使用可能期限を長くするための保存処置を行っていたらしい。保存の基本である真空パックなどの保存環境の細工以外にも、食品自体に合成保存料の添加などを行っているのだ。それは本来であれば人に害を及ぼすようなものではないのだが――その業務を請け負っていたのが案の定、今回のメーカーだったという話らしい。



 クルスがそれを目にしたのは、基地内の所々にある業務掲示板の前だった。

 その文面を前に暫くクルスは考え込み、ひとまずは内容を把握し――もしかして思ったよりも大変な事態なんじゃないだろうかということに気がついた。


 現在、基地所と都市を繋ぐ高速モノレールは停戦に伴って行われている大規模メンテナンスのために全便が運行中止の状態である。それに合わせて基地内のレンタル車も既に全車が貸し出し状態。こうなると都市へ行く手段は極端に限られてしまう。

 そんな状態で各自で凌げと言われても、選択出来る行動の幅は恐ろしく少ない。



「これは……」



 平時であれば、基地内には食堂や購買が存在する。

 だが、そんな環境の中で一体どれだけの人間が自炊のために買い置きの食料を用意しているというのか。食堂が使えない以上、供給源は購買に限られる。だが最王手メーカーの商品は全て回収されているということは残りの少ない商品――つまりは、パイの奪い合いということになるのではないだろうか。



 

***




 クルスが格納庫へと顔を出してみると、そこは思った以上に酷い有様になっていた。

 任務や調整がないときには取り分け緩い空気が流れているはずだというのに、今はその面影の欠片も無い。



『駄目です! B棟購買部は全て売り切れ!』「第四へ向かった斥候班から連絡、こちらも全滅! 物資ありません!」『一区画にて、会敵……! くそッ、特地の奴らが出張ってきてやがる! 突破出来ない!』『こちら目標地点に到着。――だけど……ひでえ、パン一つ残ってない……、奴ら全てくらい尽くすつもりか……!?』「――Cは撤退、Bを囮に二階渡り廊下を経由して研究棟購買部へ回り込め!」『了解! ――……!? なんだこいつら!? C、不明部隊と接触! た、隊長、助けてくれ、化け物だ! 筋肉だ! ひいい!?』



 聞こえてくる音は全てが絶望の声。

 まるで負の流れが連鎖していくかのように、前線に身を費やした者達の悲鳴が木霊する。途切れることのない争い模様。


 第十一格納庫内に並べられた簡易通信機から大量に流れてくる人の声と熱気に、クルスは思わず入口で足を止めて立ち竦んだ。

 本来この場所の主役である鉄の巨人達には一切の見向きもせずに、何人もの人間達が目を血張らせながら慌ただしく走り回っている。



「停戦……、したんだよな?」



 眼前にあるのはまるで最前線の野営地模様。

 自分が耳にしていた情報は何かの間違いだったのかと、クルスは呟く。機体を全損に近い形で持って帰ったときでも、ここまでの騒ぎにはなっていなかった。



「クルス、ここだ! 何やってる!」



 クルスが呆然と中の混雑模様を窺っていると、聞き慣れた声が耳朶を打った。

 見やると、簡易組み立て式の机の上に並べられた無線機の近くに待機するタマルが怒声を上げていた。その横にはエレナ、そして少し離れた位置にセーラもいる。

 美しい顔立ちを持つエレナはクルスを見つけると嫋やかに微笑みながら手を振ってきて、セーラは相変わらずの能面。ただし視線を僅かにも逸らすことなくじっとクルスを見つめてくる。


 怒り、笑み、無表情。

 三者三様の反応にどうするべきかと思いつつも、一先ずは彼女たちの元へと足を進める。最初は普通に歩いて移動したのだが、途中でタマルの目の中に剣呑な光が浮かび上がったので駆け足に切り替える。



「遅いぞ!」



 早々の一言。 

 側まで寄ってきたクルスにタマルは早くも眉根を上げてきたが、クルスはまるで状況が飲み込めていない。反省する気持ちなど沸くはずもなく、胡乱げに幼い少女の見た目をした女性に視線をやるだけだった。



「遅いって……、招集命令なんて受けた覚えないんだけど」

「馬鹿野郎、この緊急時に何を悠長にしてやがる! 死ぬぞ!」

「マジか」



 愕然とする。

 そこまでの事態だとは思いもよらなかった。

 騒ぎの元凶は何となく察せられるのだが、なぜここまでの大事になっているのか、それが分からない。



「で……、一体何が起こってるんだ? イマイチ状況が飲み込めてないんだけど」

「馬鹿、敵だ! やつらが兵糧攻めを仕掛けて来やがったんだよ!」

「……奴ら?」

「そうだよ! それは――」『現在、宿舎裏を通過中……な、待ち伏せ!? ――D班、エンゲージ! 管制室、指示を!?』「んああ、くそ!? エレナ、クルスに説明しておけ! ――Dはもう少し持ち堪えろ! いま予備班を増援に向かわせる!」



 何をしているのか理解は出来ていないが、どうにも状況は芳しくないらしい。

 現状に置いてきぼりのクルスを他所に、タマルは並べられた無線機の一つを握りしめて指示を飛ばし始める。鬼気迫るその横顔は戦場で見る彼女の姿そのものだ。それはつまり、それだけ、彼女が現状に手を焼いているということだった。



「……というか、管制室?」



 ふと無線機から聞こえてきた声を拾って渋面を浮かべる。

 一体いつからここはそんな大仰な施設になったんだろうか。鉄と油の臭いが充満したこの場所は、どう考えてもみてもいつもの兵器格納庫である。


 いったいどうなってるんだと、クルスはエレナに視線をやった。

 それに気がついて、プラチナブロンドの彼女は余り彼女の印象には合わっていない花の髪飾りを揺らしながら嬉々とした表情を浮かべる。



「はいはいー。じゃあ、僭越ながらエレナ先生が説明させていただきますねー」

「はあ……」



 よく分からないノリだったが、多分そこに突っ込んだら遅々として話が進まないだろうことを察して、クルスは受け流した。

 そのことにエレナが「むう」と頬を膨らませる。彼女の大人びた容姿に似合わぬ子供のような仕草だったが、それでもそれなりに見れてしまうあたりが卑怯である。

 クルスは若干面倒そうな表情を浮かべながら前髪を弄り、



「せんせー……、説明お願いします」



 そう言うと、エレナはぱあと口元を綻ばせた。

 余りにもあっさりと機嫌を直す彼女に「子供か」と内心で突っ込みを入れる。



「はーい、じゃあ説明しますねー。……クルス君も食品メーカーの不祥事の件は知っていますよねー?」

「いや知ってるも何も、先生の隣で見てたはずなんだけど」

「あーそうでしたねー」

「おい」



 本気で忘れていたのか、わざとなのか。

 エレナの発言は相変わらず判断に困る。内心を探ろうにも彼女はにこにこと笑っているので真意が掴みづらい。セーラとは真逆で厄介であった。

 考えても無駄かと、クルスは気疲れを覚えつつ先を促す。



「……それで?」

「えーと、ですねー。まあともかく、それが原因で基地内全体の食料量が減っているんですねー」

「……いやまあ、それは分かるけど。それだけで、この騒ぎなのか?」



 だとすれば、それは少しばかり大袈裟じゃないのかと思わざるを得ない。

 確かにメーカー商品の回収によって品揃えは悪い状態だろうが、かといって購買の全商品が消えたわけでもないはずである。いくら何でも仕入れ先が一つだけということはないだろう。少なくとも物資が手に入らずに切羽詰まるような状況になるとは思えなかった。


 そんな疑問を視線で受け取ったエレナが、珍しく少しだけ困ったような表情を浮かべた。



「それがですねー……、購買の残りが次々と買い占められちゃいましてー」

「……買い占め?」

「そうなんですよー、今回の情報を私達より先に知った他の部隊の方々が購買の食料品を大量購入を始めたんですー。私達が気がついたときには完全に後手の状態でしてー。こちらでも急いで班を編制して事態にあたっていますけどー状況は芳しくないですねー」



 公式の情報発信は同時だとしても、そういった話の影や噂は人の口を伝って事前に広がるものである。シンゴラレ部隊は基本的にあまり外部との接触が薄いが為に、基地内のそうした情報の伝達は遅れがちなのだ。

 

 そういった事情は分かるのだが、そもそも何故買い占めなど起こっているのだろうか。まさか基地内で転売するつもりでもあるまい。こっそりと闇市でも開けば可能そうではあるが、発見されたときのリスクを考えるとやろうとは思えなかった。

 未だ軍の規律に馴染んでいないクルスですらそう思うのだから、他の部隊の面々であれば尚更だろう。



「直接聞いたわけではないですけど、理由はなんとなく分かりますよー」

「その答えは?」

「嫌がらせですかねー」

「嫌がらせって……、なんで俺達がそんな――……」


 

 そう、途中まで口にしかけた言葉を止めて――クルスは数秒後にうんざりと溜息を漏らした。

 そうしたのは他でもない。

 心あたりがあったからだ。

 ありすぎたと言ってもいい。


 基地内に関係者以外立ち入り禁止の専用区画を用意され、搭乗者に合わせた独自改修を施された特別機を複数所有し、英雄と賞賛される基地司令直属の部隊。その任務内容は一般には広められておらず、挙げ句に部隊の中核である搭乗者達の三人はどう見ても子供で ――若干一名は詐欺だが―― 一人は場にそぐわなすぎる服装で闊歩し、唯一まともそうに見える黒人の男はよれた軍服を着ていて普段からやる気の無さを隠そうともしていない。



「……そりゃ嫌われるわなぁ」



 ぐうの音も出ないとはこのことだった。

 端から見てみると、これほど神経を逆撫でする集団もいないだろう。軍務に真面目であれば真面目である程鬱陶しく思われるに違いない。

 特に、明らかに優遇されているくせに構成員達がそれに見合うような態度をしていないというのが酷い。これでせめて所属員達が毅然とした態度でいればまだ弁明の余地はあったかも知れないが――、



「……」



 クルスはちらりと見やる。

 やたら美人で自分の趣味を隠していない私服姿の女性に、自分も含めて子供三人。……実体はこれである。



「どうかしましたかー?」

「いや……別に。……で、嫌がらせだとしても、なんで今回のタイミングで?」

「別に今回が初めてというわけでもないんですけどねー」

「え、そうなのか?」



 まさかこの基地では定期的にこんな馬鹿らしい騒動が起こっていたのだろうかと、思わず半眼で見やった。

 エレナはクルスのそんな視線を受け止めて、朗らかに笑んだ。



「はいー。以前も時々ちょっかいを出してくることはありましたよー」

「そんな笑顔で言われてもな……。それって問題にはならないのか?」

「どうでしょうねー。騒ぎを大きくしすぎた時には色々とあったときもありましたけれどー。今回の場合、誰かが何か軍規を違反してるわけでもありませんしねー」

「あー……、まあそうなるのか」

 


 クルスにはどうにも納得はいかないものの、エレナの言うとおりなのだろう。

 購買の品薄の原因はメーカーの不祥事であり、他の部隊の面々はただ買い物をしただけである。ちょっとその量が多かっただけの話だ。譲り合いのゆの字も感じられない所業ではあるが、その行為に文句を言えるような明確な理由は存在していない。



「……ちなみに、今回以外の時だとどんなことがあったんだ?」

「んー? そうですねー……」



 エレナが下唇に指を当てながら記憶を思い出すように視線を泳がせていると、今までこの場にいながら一言も口を開いていなかった金髪の少女が声を漏らした。



「過去に他の隊からの明確な悪意を持った介入行動は今回を含めて五件です。その中で最も騒動規模が大きくなったのは都市上空でのパレードかと」

「あー、あれは酷かったですねー」


 

 セーラの言葉に思い出したかのようにエレナが手を打った。

 クルスとしては都市上空という単語だけであまり良い予感がしていなかった。聞きたいような聞きたくないような微妙な感情の狭間でクルスが揺れている間に、そのあらましが説明される。


 事が起こったのはクルスがこの都市に来るよりも一年近く前、都市市民に軍を身近に感じさせるためのパレードでのこと。

 その中のカリキュラムの一つに、万能人型戦闘機で色付きのスモークを焚きながら都市上空を飛翔するというものがあったらしい。普段は覆い被さっている高効率太陽光発電パネルも開放されて行われるそれは、パレードの目玉の一つだ。大空を自由に飛び回る鋼の巨人の勇姿は軍の花形である。その迫力ある姿を見るために高層建築物の屋上は人々で溢れかえるらしい。

 無論、そんな状況での失態は許されない。事前にそれを行う部隊は基地内で選抜されており、訓練を積むことになる。それがシンゴラレ部隊ともう一つ、他の隊となっていた。

 やはりその事前訓練の時から二つの隊の仲はあまり良くなかったそうだが、それでも訓練の時まではどうにか上手く結果を出していた。……いや、訓練の時までしか保たなかったというべきか。


 エレナ曰く、何が切っ掛けだったのかはよく覚えていないらしい。

 ともかくもそれは起こってしまった。

 パレードの最中に二つの部隊の先導機が独断専行を開始、競い合うように加速を初め――最終的には高速レースをその場で始めたのだった。

 勿論、その下は一般市民達が生活している都市街である。何かの間違いで墜落でもしたら大惨事は免れるはずがない。改めて言うまでもなく超がつく危険行為である。


 結局そのレースはスモーク薬剤が尽きるまで行われたらしく、一体どういう基準なのかは知らないがシンゴラレ側が勝利して終わったということらしいのだが――。



「あんたらアホだろ……」



 それがクルスの正直な感想である。

 大衆の目前で予定を無視して暴走を始める軍人がどこにいるというのか。いくら軍人の教養に疎いクルスでもそれがおかしいことだと言うことくらいは理解出来る。

 クルスに半眼を向けられたエレナだったが、それを気にした様子はない。特に変わった調子も見せずに、当時を思い出すようゆっくりと言葉を漏らす。



「観客の皆さんからは大受けだったんですけどねー」



 どうやら観客達はそれもカリキュラムの一環だと勘違いしてくれたのだそうだ。

 普段にない高速移動をする二機の万能人型戦闘機の姿に観衆は大いに盛り上がり、軍関係者はそれを幸いにと流れに乗り、一連を全て予定通りだったとしてその事件を隠蔽したらしい。



「今思い出すと、ちょっと危ないですねー」

「ちょっと……? そんな単純な一言で済ませていいレベルなのか……」



 どこか他人事のように言葉を漏らすエレナに対してクルスは呆れるしかない。

 まあ今の話を聞く限りでは、暴走レースを始めたのはたった二名だけのようだ。他の人間からすれば他人事というか、巻き込まれた被害者のような立場なのかもしれない。


 そうクルスが思い直していると、セーラがエレナを相変わらずの無表情で少しの間見つめた後に、



「捕捉しますと、独断専行をした二機のうちの一機はエレナ少尉です」

「完全に張本人じゃねーか!」

「すごくすごーく、怒られましたけどねー」

「当たり前だ!」


 

 寧ろそれで済んだことに驚きだった。

 騒動の大きさを考えるに、強制除隊させられていても決しておかしくはなさそう気がするのだが。



「えーと、それはですね――実はー」



 などと暫くの間、並んだ無線機に向かって声を荒たげているタマルを尻目に、シンゴラレ部隊周辺で起こった過去の所業についてクルス達は話の華を咲かせたのだった。

 そんなことをしながらどれくらい経っただろうか。

 格納庫内で慌ただしく動いていた者達の動きが落ち着きを見せ始め、それと同時に響めきが大きくなる。その事に気がついたのは話が丁度一区切りついたときだった。


 

「うへえ……、ひでえ目に遭った」

「おっさん」



 見やると、くたびれた様子のシーモスがうんざりとした表情で立っていた。

 姿を見ないなとは思っていたが、どうやら前線(かいだし)に駆り出されていたらしい。普段から覇気の無い男ではあるが、今はそれに疲労が加わってより一層だらけた雰囲気が強まっている。

 前線から戻ってきたのは彼だけではないようで、格納庫の入口からは続々と整備員達が姿を現し始めている。その殆どのものが服装が乱れていて、中にはお互いに肩で支え合っているような者達さえいた。

 どう見ても戦勝ムードという感じではない。



「よく戻ってきた……それで、戦果は?」

 


 険しいをしたタマルのその言葉に、シーモスが肩を竦めながら見せてきたのは三つ入りのチョコパンだった。それだけだった。



「うわ、しょぼ……」



 クルスの偽りない感想に、シーモスは不満そうに渋面を浮かべる。



「無茶言わんでくれ。俺達は空を飛ぶのがお仕事なんでな。しっかりと自前の二本足でやり合うのは向こうの独壇場だ」

「現場で見た感じはどうだった?」

「階段の前で特地の奴らが待ち構えてやがったんで一戦かましてみたんだが……、話にもならん。あの感触、あいつら服の下にボディアーマーを着込んでやがったぞ」

「相手も本気すぎだろ……」



 頭が痛くなってくるのは自分だけなのだろうかと、クルスは二重に悩む。

 軍用のボディアーマーともなれば、銃弾は勿論、斬撃、衝撃にも強い耐性を保つ現代科学で構成された鎧である。ものによってはアサルトライフルの弾丸すら防ぎきる代物だ。当然だが、購買の菓子パンを巡って装着されるようなものではない。

 ちなみにシーモスが口にした特地とは、正確には特別遊撃戦地上戦隊の略であり、特殊な戦技過程を修了した者達で構成されるエリート部隊のことである。

 それと同時に、航空基地である西方基地所に滞在する数少ない陸上部隊でもあった。こちらも当然ながら、菓子パンを巡って駆り出されるような人材達ではないはずだ。


 それに対してこちらが急いで編成した実動班の殆どは整備員達である。最低限の訓練は受けているのかも知れないが、本職に敵うものではない。

 相手が人材、装備、双方でこちらの質の上をいっている以上、惨敗という結果は免れようのない結果である。


 免れようのない現実にタマルは唇を噛む。



「くそ……後は都市に行った奴に賭けるしかないってことか」

「へ? 都市に行ったって……、どうやって?」



 その言葉にクルスは疑問を浮かべた。

 現在、都市と基地間を繋ぐ高速モノレールは運行が全て停止しており、基地内の者に貸し出しを行っている車両も全て無くなっている。都市への主要移動手段が全て塞がれている以上、他に現実的な方法など思い浮かばなかった。



「整備員の中に一人だけ自家用車を保ってる奴がいたからな。そいつに頼んで買い出し班を派遣した」

「あー……」



 タマルの言葉に、疑問が氷解する。

 アルタスではモノレールが主要移動手段として普及している。都市内全域に路線が張り巡らされ、市民は格安で利用可能。そのために、個人所有の車というのが恐ろしいほどに広まっていない。都市内の車両用道路には数えるほどしか車が走っていないというのが当たり前の光景となっている。


 だがどうやら、そんな風潮に反して自家用車を保っている奇特な者がいたらしい。運の良い偶然もあるものだと思いながらも、クルスは拍子抜けする。

 都市に買い出しに出ていてる者がこちらにいるとするならば、今回の事件は全て解決したようなものである。


 いくら基地内で買い占めをされようとも、都市への移動手段があるならばなんら問題は無い。相手がどれだけ大人数であろうとも、都市内の食料品を買い占めるなど不可能な話である。



「だったらもう解決だろ。あとは普通に買ってくるだけなんだから、いくらなんでも都市行って食料が手に入らないって事はあるわけないだろうし」



 そんなクルスの言葉に対してタマルはやけに険しい表情を崩さずに、苦々しい声色で呟き返した。



「ホントにそうだといいんだけどな……」



 タマルのその様子はまるで、上手くいかないことを確信しているかのようでもあった。




***




「えーと……」



 マルナ=テイトー上等兵。

 色々と噂の絶えないシンゴラレ部隊に所属する、万能人型戦闘機を専門とする整備兵である。枯葉色の髪を地毛に持つ男性で、気弱な雰囲気を纏わせている。本人もその事を気にしていて、他人から指摘されると口を尖らせるのが癖であった。


 さらに自覚している欠点として、昔から何かと運が悪い。

 クジ引きはまず外れるし、学校にいた頃は連絡網で自分だけ飛ばされたり、珍しく勘が冴えたと思ったら最終的にそれは貧乏クジになる。軍学校の整備課の実習では自分だけ不良部品を渡されて赤点を貰ったり、卒業した後の配属先は万能人型戦闘機の稼働率が最多である西方防衛基地所だったり、挙げ句の果てには何だか得体の知れない部隊へと送られる。


 自分の人生は谷の連続になっているとしか思えない。

 その考えは今も決して例外ではなかった。


 事の始まりはどこであろうか。

 都市と勤務先である高速モノレールが使用不可になることを知り、事前に基地内に自分の愛車を持ってきておいたのだ。隣国との戦争が停戦になって以降、基地内での有休の取りやすさは格段に上がっていたためである。

 基地側としてもさっさと溜まっている有休を消化しろといった感じであり、その事を知ったマルナも喜んで事務受付に申請、あっさりと受理された。


 それからその日まで、休みをどのように過ごそうかと色々な計画を立てて待ち遠しにしていたのである。何せ纏まった休みだ。流石に都市を出ての旅行には行けないが、都市内にも様々な娯楽施設はある。愛車に乗ってそれらを渡り歩きしようと楽しみにしていたのだ。


 ――それがどうしてこうなるんだ。


 基地内にいるのに食糧難などというわけの分からない状態に晒されて、部隊でも発言権の強い人物に半ば無理矢理買い出しに行かされ、そして――……



「いやー、たまには交流を深めようじゃないか! なっ!」

「はっはっはっは、お前階級は? なに、上等兵? なら俺と同じだな! なあに、整備兵だとか俺は気にしないから安心しろよ!」



 今現在、筋骨隆々やたら汗臭く逞しい方々に肩を組まれて一緒に移動、もとい連行されている。別に危害を加えられているわけではない。ただ食事に誘われているというだけである。だが、ナンパと言うにはあまりにも地獄絵図だった。

 恐る恐るといった感じに、マルナは身体を震わせながら言葉を漏らした。



「あのー……、申し訳ないんですけど、自分にはやることが……」

「ん? ――ああ! 代金のことなら気にするなよ! なんと――大尉殿が全額奢ってくださるそうだぞ! 浴びるほど飲んで死ぬほど喰っても問題が無い! 天国ってやつだ!」

「え、いやそうじゃなくて……」



 マルナの言葉は聞く耳も持たれずに流されてしまう。

 相手は気がついていないのではなく、わざとそうしているのである。最初からこちらの目的などお見通しで、達成させるつもりがないのだ。


 そんな明け透けな対応を繰り返す彼らが誰かなど聞くまでも無い。

 どう考えても、他の部隊の有休を取った面々であろう。恐らくは基地内にいる仲間から連絡を受けて、足止めに来たに違いなかった。折角の有給、もう少し有意義に扱ってほしいと切実に思う。巻き込まれる方は堪ったものではない。



「えーと、その、ご厚意は嬉しいのですが……」

「遠慮するなって! ああ、そういえばお前名前は? ん、マルナだと!? おいおい、すごい偶然。俺の甥っ子と同じ名前じゃないか! まあ甥っ子の方が数倍はかっこいいけどな! まだ四歳だけど」

「あははは……」



 何かしら反論しようとするも、自分よりも遙かに背丈も高く、さらには分厚い筋肉の鎧を纏った相手に大声を出せるほど図太い神経をマルナは持ち合わせていない。

 もし自分をお使いに出した見た目が幼い上官だったならば、容赦なく反撃するのだろう。そう考えると今の自分が少し情けなくもあるのだが、無理なものは無理である。

 丸太のように太い腕を肩に回されているとそれだけで声を出す気力が萎えてしまう。気分としては急所に刃物を突きつけられているのと、なんら違いは無い。



「ああくそ、どうしてこうなるんだ……」



 果たしてそれは人生で何回目の呻きだっただろうか。

 そんな彼の声は小さく、周りを囲う男達の話し声に掻き消されていくのだった。




***




「くそ駄目だ! マルナからの連絡が付かない! これはやられたか!?」

「諦めるな! 連絡続けろ!」



 個人用の携帯端末を片手に持った整備員達が声を上げ始める。どうやら都市に買い出しに出ている者からの連絡が途絶えたらしい。

 そんな様子をクルスは額を抑えながら眺めていた。



「そんなアホな……」



 まさか他の部隊に襲撃でも受けたというのか。

 流石にそれはないだろうと思いたいのだが、最早事態は自分の常識が通じる範疇ではなさそうである。

 クルスが得体の知れない頭痛を覚えている間にも、早々に買い出し班に見限りを覚えた者達が新たな策の模索を始める。



「徒歩はどうだ?」

「間に山岳地帯が乱立してるんだぞ。無理だろ」

「いや、一応緊急時用の地下通路があったはずだ。そこを使って、帰りはレンタル車を使えばいけるんじゃないのか?」

「いやそもそも、街に出たとして帰ってこれるのか? 現に買い出しに行った奴らからの連絡は途絶えてるんだ。下手すれば二の舞だぞ」

「じゃあ囮用に複数班を編制して――」

「駄目だ。そんなに一箇所から大量に外出許可は下りない。それよりも少数精鋭での単独突破を試みた方が――」

 


 真面目に話しているようにも見えるが、その目的はただの買い出しである。 

 いい歳した大人達が一体何をしているというのか。



「……素直に隊長とかに言えばどうにかなるんじゃないのか」



 正直、真剣に考えるのが馬鹿すぎてそんな意見がクルスの口から漏れ出てしまうのも仕方が無いことだろう。


 軍規に違反していないとはいっても、人を機能させる上で必需品である食料が人員達に十分に回っていない現状は問題ともいえる。単純な話、基地の機能低下に繋がる事象である。

 現在が停戦中、加えて状況がシンゴラレ部隊に限定されていたとしても、素直に上役に事情を話せば再分配なりなんなり対処が行われそうな気がするが。


 クルスの正論過ぎる正論に真っ先に反応したのはタマルだった。

 どう見ても小学生の高学年程度にしか見えない幼い容貌の彼女は、眉の根の角度を釣り上げながら震える声を漏らす。



「馬鹿野郎! 確かにそれで解決するかもしれないがなあ……、……こっちは喧嘩を売られたんだぞ!? それを上にチクって解決って、情けなすぎるだろうが……!」

「ああそう……」



 ぎりぎりと音が聞こえてきそうな程に歯を食いしばり、握り拳を作るタマル。それを見て、クルスは小さく息を漏らす。

 確かに彼女の言い分は理解出来なくもないのだが――それで終わるのだからさっさと終わらせればいいと思ってしまうのはクルスがヘタレだからなのだろうか。


 これが万能人型戦闘機の操縦技術に関することならば目の前の少女(二十七才)と一緒に憤慨していたかもしれないが、それ以外のこととなるとあまり共感を覚えられないクルスであった。

 務めてどうでもいい様子を見せて、クルスはそっと首を振る。


「まあ……、じゃあ今回は俺は一抜けで」

「あァ!? クルス、お前喧嘩売られたのに勝負から逃げ出すつもりか!?」

「……と言っても、食糧不足の現状なんてそう長くは続くないだろ。数日後には基地が手配した物資だってちゃんと来るみたいだし」



 そう、食堂の休業を知らせる文面にはしっかりと近日中に再開する旨がしっかりと記されていた。当然と言えば当然で、国防要所の一つが食糧不足の状態で長期間放置されるはずもないのである。

 せいぜい数日。腹は空くだろうがそれくらい我慢すればいいのだ。

 無駄な労力は使わずに、体力の浪費を抑える。それが賢い選択である。

 

 そんなクルスの様子に首を傾げたのはプラチナブロンドの髪を持つエレナだった。何かを察したわけでもなく、単純に不思議そうな色を湛えて首を傾げる。

 


「んー……? ホントにそれでいいんですかー?」

「え? いいも悪いも、待ってれば解決するんだから待てばいいじゃんか」

「そう言われればそうかもしれないんですけどー……、んー?」



 腑に落ちないという様子のエレナの視線から顔を逸らしつつ――そうすると今度はセーラと視線が合う。



「……」



 彼女自身は無言であったが、クルスを見つめるその赤い瞳は、まるで全てを見透かしているかのようだった。



「え、えーと……」



 背中から嫌な汗を浮かべつつ、彼女からも逃げるように視線を逸らして、今度は険のある視線を下から受け取ることになる。

 タマルは今にも噛みつきそうな勢いで口を開き、



「クルス、てめえそれでホントに金玉ついてんのか!?」

「小学生か! 下品すぎるだろあんた!」



 タマルの品のない罵声を背中に受けながら、クルスはさっさと駆け足に近い速度で格納庫を後にした。




***




 広い敷地を保つ基地内でも比較的隅に位置する寮へと早足に戻る。

 シンゴラレ部隊の隊員に与えらた部屋は好待遇だ。一部屋ではあるが狭さを感じるほど手狭でもなく、備え付けで簡易のキッチンと小型冷蔵庫もある。万能人型戦闘機の搭乗者は階級が最低でも少尉であり、士官待遇ということらしい。

 気になる点といえば壁も天井もどこもかしこもが真っ白で時々気が滅入るときがあるというくらいであるが、それも慣れてしまえばそこまでは気にはならない。都市で買ったペナントやら変な文字が刻まれた木刀やらが飾ってあってそれなりに彩られているし、別に閉じ込められているわけでもないので閉塞感を感じるようなこともなかった。


 格納庫の騒動から逃げるように立ち去り、がちゃりと玄関扉の鍵が閉まったのを確認してクルスはようやく一息つく。



「……ふ、ふっふっふっ……」



 そうしてから、笑いが込み上げてきた。

 それは勝利の余韻である。

 室内にある簡易キッチンの横に置かれた小型冷蔵庫。クルスは口の端がつり上がるのを堪えきれないまま、自分の背丈の半分もないそれをしゃがみ込んで空けた。

 その中身を見てにんまりと笑う。


 冷蔵庫に入っているのはいくつかの食材である。ただの食材、されど食材。現在の状況を考えれば目の前にあるものは黄金にも等しい価値を持つ重要物資だ。

 それは以前、お弁当を作ったときの材料の残りであった。無論、その量は多いとは言えない。整備員どころか、実動員五人で分けられる量もないだろう。

 だが、日本にいた頃は片親でその親も仕事で深夜帰り。実質的に家事を一人でこなしてきた主夫予備軍のクルスである。その知識と技術は今もなお身体の中に根付いている。足りない分量を水増しする方法など幾つも知っていた。


 勝ったと――確信する。



「仲間を欺き、奥の手は最後まで取っておく……! 冷酷と言われようとも、それが勝ちへの最短ルート……!」



 今この瞬間、クルスは食糧難の危機から逃れ去った勝ち組になったのだ。


 その確信と共に、材料を見て献立を頭の中で組み立てていく。

 これで数日間を凌ぐのだから、計画はいつも以上に念密に立てなければならない。最初に候補に挙がるのは、残りを水増しして次に利用することの出来る汁物か。量を誤魔化せる雑炊もありかもしれない。その場合具在は相当に少なくなるが――、



「なるほどー」

「……え」



 自分しかいないはずの自室に響く、予期せぬ声。

 多少の重みと共に、ふにゃりと背中に伝わる柔らかな感触。

 クルスが振り向くよりも早く肩越しに白く細い両腕が回されてきて、同時に微かで淡い花の香りが鼻腔を擽った。ひょいと、クルスが手に持っていた残り僅かな鳥胸肉が別人の手によって持ち上げられてしまう。



「これがクルス君の余裕の原因ですかー」

「ぎゃああああ!?」



 すぐ耳元から聞こえてくる柔らかな声にひっくり返った。

 冷蔵庫を背に尻餅をつきながら見返してみれば、目の前にはきょとんとした表情を浮かべるエレナが、膝を曲げてしゃがんでこちらを見ていた。



「ななな、なんで! ど、どうやって!? ここ男子寮なんだけど!?」

「んー? セーラちゃんに頼んでー、隣の女子寮の屋上からぴょーんとー」

「いや、ぴょーんて……」



 何か不思議なことでもある? という風に答えられて思わず閉口する。

 クルスの記憶が正しければ隣の建物とはそれなりに距離があったはずなのだが。少なくとも十メートル以上は離れていたと記憶している。間違っても、ぴょーんでいける距離ではない。



「……というか、セーラ?」

「うん」



 こくりと頷き、そうしてからエレナが指差す方に目をやれば、なるほど。

 金髪の少女が相も変わらぬ無表情で室内に立っていた。何が珍しいのかは知らないが、ゆっくりと見渡すように首を動かして周囲を観察しているようでもある。

 屋上をぴょーんすることとセーラの因果関係が全くもって分からないのだが、とりあえず、それは置いておくことにした。



「……百歩譲って男子寮への侵入はそれで良いとしても、どうやって室内に入った!? ここ自動施錠(オートロック)のはずだろ!」

「クルス君ー、窓の鍵開けっ放しだったよー? 自動施錠でも部屋主が不用心だと意味ないねー」

「いや……、ここ四階なんだけど……」



 ベランダもないというのにどうやって侵入したのだろうか。屋上から建物内に入り込んだということだし、まさか外から壁伝いに降りてきたということか。

 身体能力の高さを用いたスキルを変なことに活かさないでほしいと、クルスは切に思った。もはやどこから突っ込めばいいのか分からない。



「それよりもクルスくーん、わたしお腹空いたなー?」

「げ!」



 遅まきながらに現状に気がついて、クルスは口元を引き攣らせた。

 一人で独占するつもりであった食料の存在を、知られてはならない第三者に知られてしまったのである。まな板の上の鯉、唐沢さんの前に立った野良猫。

 食糧難にある現状でそれを知った相手が何を要求してくるのか、答えは明白。聞くのも野暮な展開である。



「えーと……ほら、いやー……、流石に三人分は無理かなー、なんて……」



 クルスが持つ買い置きの量は決して潤沢ではない。

 主婦さながらの節制術を駆使してどうにか、クルス一人、数日分の食事は確保出来ると言った分量である。それが三人――単純計算で消費量が三倍になると考えれば、その先に待つ未来は決まっている。


 嫌な汗を流すクルスに対して、エレナはその整った顔立ちでにっこりと笑った。

 その拍子に僅かに髪が揺れ、花の髪留めが小さな光を放つ。それは見る者全てが虜にされそうな、美しく明るい満面の笑みであった。かつての同級生で耐性が出来ていなければ、クルスも思わず見惚れていたかもしれない。それほどの美しさであった。



「お腹が空きすぎてー、タマルちゃんにうっかり漏らしちゃうかもー」

「どうぞお食べになりやがっていってくださいお嬢様方こんちくしょう!」



 だが、今のクルスにとっては死の宣告だった。








文字数多すぎ……



14/10/11 一部表現修正

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