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プラウファラウド  作者: ドアノブ
閑話 
54/93

喧々諤々 - II

「……見損なったわ」


 そう言い捨てて、白衣を着た女性の背中が遠ざかっていく。

 まさに一撃離脱。

 息も吐かさぬ強襲と鮮やかな撤退。まるで奇襲戦術のお手本のような行動を見せつけていったヒバナの背中を、アモンは呆然と言葉無く見やることしかできなかった。


 胸中に訪れたのは言いようのない虚無感。もうなにもかもか面倒くさい。どうにでもなってしまえ。そんなやけくそな考えが、深い溜息と共に脳裏に浮かぶ。


 もういっそ、自宅にでも帰ってふて寝したくなったアモンであったが、世の中はそんなに優しく出来ていない。その事実を真っ先に思い知らせてくれたのは、すぐ隣にいる、会議にも同席していた部下兼助手のシオンであった。



「ど、どどど、どうするんですか!? 選考会なんて!?」



 あわわわわと、全身を震わせて現状への焦りを表現しながら、彼女はアモンの首元を揺すってくる。必然的に二人の距離は縮まり、童顔のわりに豊満な彼女の胸の感触を密かに味わいながら、アモンはやる気無さ気に声を漏らした。



「どうするもなにも、やるしかないでしょ。決まっちゃったんだから」

「無茶言わないでください! 大体、何が素材も完成してるですか!? まだ精製に成功しただけで形状形成その他諸々完全に手探り状態ですよ!」

「わかってないなー。プレゼンの八割は勢いとはったりだよ。とりあえず上役の首を縦に振らせるのが目的なんだから」

「限度があるでしょう!?」


 

 悲鳴と共に、がくがくと首が揺らされる。

 どう考えても危害を加えられているのはアモンだというのに、涙目になっているのはシオンの方だった。端から見ればわけの分からない状態であっただろう。



「しょうがないでしょう。あの流れ。現状をそのまま報告しただけじゃ追加予算どころか、下手したら選定協議すら行われない可能性もあったんだから」

「だからって、実機なんて不可能ですよー! ……ていうか、主任はなんでそんなにテンション低いんですか。今にも死にそうな顔して」



 部下の言葉に、アモンはふっと息を吐き出す。

 それは失意と絶望を含んだ、嘆きであった。



「ははは、君には分からないだろうにね……。好きな女性から見損なったっていわれた男の気持ちなんて」



 その言葉にシオンは首元をようやく掴んでいた両手を話して、一歩下がった後に怪訝そうな表情を浮かべてから、呆れたようにジト目を向けた。



「好きなって……、それまだ言ってたんですか? 何度も言いますけど、主任とヒバナさんじゃ、どう考えても芽はありませんよ?」

「うるさい! 知ったような口を! 入社して同期として出会った時からの一目惚れなんだぞ!」

「主任が入社って……もう十年近く前じゃないですか。正直妄執じみたものを感じて怖いんですけど。大体、そんなんならどうして今、こんなに険悪な状況になってるんですか。会議中の彼女、主任をいまにも殴りそうな顔してましたけど」

「うぐ」



 痛いところを突かれたという風に、アモンは胸を押さえた。そうしてどこか虚ろな瞳を宙に向けながら、過去を思い出して歯ぎしりをする。 



「入社当時の上司が全部悪いんだ……! あのハゲ、競い合わせた方がお互いに良い影響を与えるだろうとかほざいて僕と彼女を別々の開発班に所属させて! そのせいで、僕と彼女は毎回のように成果をぶつけ合う関係になってしまったんだ……!」

「はあ……」



 自分で聞いておきながら、あまり興味なさげな返事を漏らすシオン。もしかしたら返事では無く、溜息だったかも知れない。 



「くそ! もしあの時彼女と同じ班に入ってれば、今頃は開発部のベストカップル&発明王として名を知らしめていたずなのに……!」

「あ、主任すごいですよ。チョウチョです。ここ高層ビルの上層階なのに、どっから入ったんですかね」

「聞いて!? 僕の話はチョウチョ以下か!?」

「そんなことを訊ねてしまった数分前の自分を全力で殴ってやりたい気持ちでいっぱいですね」



 こいつ本当に自分の部下なのだろうか。

 愕然とするアモンをシオンは汚い物でも見やるようにしながら、僅かに距離を取りつつ、



「だったらせめて愛想良くしたら良いのに。会議中、主任が喋ってるときなんて、まるでヒバナさんを馬鹿にしてるかのような様子でしたよ。私正直、引きましたもん」

「うるさいな! 緊張すると、どうすればいいのか分からないんだよ! ていうか、自分が何をしてるかもよく分からん!」

「小学生ですか!?」



 今度はシオンが愕然とした後に「……はあ」と小さく溜息を吐き出す。そうしてから編み込んだ髪の先をちょいちょいと弄りつつ、何かを思い出すように視線を彷徨わせて、暫く何かを考える仕草をした後に「はあ」もう一度溜息を吐いた。



「主任が妄想しようが、将来的にストーカー行為を働こうが構いませんが、捕まるのはT—XF(あのこ)が完成してからにしてくださいね。今あなたにいられなくなると、色々と困りますので」

「その場合は計画は君が引き継ぐことになると思うけどね」

「主任、絶対に捕まらないでください。主任の代役とか、絶対に私には無理ですから」



 鬼気迫る部下の表情とその言葉に、まあそうだろうなと、自画自賛でもなければ自惚れでもなく、純然たる事実としてアモンは頷いてみせた。

 彼が開発班の中でも一番目をかけているシオンは一部性格に難があるもの、極めて優秀であると言って良い。だがそれでも、自分の代役を務められるかと言われればはっきりと首を振る。将来的にはどうか分からないが、現時点では荷が重いと言わざるを得ない。


 結局、自分がやるしかないんだよなあと諦観と共に実感しながら、選考会という事実を頭の中に浮かべて傍らの部下に尋ねる。



「んーそれで、具体的にT—XFに関しては何が問題なの? 確かに手探りなところはあるけど、作業自体は順調に進んではいるんでしょう?」

「……具体的な日数がまだ分からないので詳細には言えませんが。恐らく……、機体自体は期限までに製造可能かもしれません。ですが制御系統を始めとしたプログラムは絶対に間に合いませんよ。特に姿勢制御関連が壊滅的です」

航空電子機器(アビオニクス)かあ。……やっぱ無いと無理?」

「無理です。ただでさえ既存機と比べて機動性が異常と言えるぐらいに発達しているんです。対応した自動姿勢制御機構が無いととても扱えませんよ。無ければ最悪、墜落して終わりかもしれませんね」

「そっか。なら、どっかに自動姿勢制御機構無しで飛び回ってくれるような搭乗者がいてくれれば解決だね」

「ああ、それいいですねー。ついでだからFCS関連も手動でやってくれると楽なんですけど。そうすれば選考会の期日までに余裕で間に合いますよ」

「そりゃいい」



 あっはっはっ、と半ば現実逃避気味に笑い声を上げる二名。

 そんな都合の良い人材が居たりしたら世の中苦労しない。そしてどんなに妄想に耽っても時間は平等且つ残酷に過ぎていくのである。

 乾いた笑いが聞こえたのも束の間、どちらとも無く深い溜息を吐き出す。


 時間が足りない、というんは如何ともしがたい制約だ。

 ものを生み出すというのはどうしても一定の時間がかかる。ましてや緻密な精密機器であれば尚更な話だ。現状は新しい技術に手探りで触れていっている状態なので、進行を繰り上げていこうにも限度がある。



「……予定ではT—XX相手の選考会なんてなかったからなあ。本来なら、もう少し、腰を据えて取りかかれると思ってたんだけど」



 その言葉にシオンは思い出したかのように顔を上げた。その表情には僅かに憤りの色が混じっていて、その時点でアモンは彼女が何を言おうとしているのかが分かってしまった。



「そうですよ! それです! いったい、どうなってるんですか。こっちの案が通るのは役員達の間で決定済みのはずだったんじゃないんですか!?」



 シオンの言葉は事実である。

 本来であれば今回の会議の場は検討する場では無く、一方的にT—XXをセカンドプランに取り下げT—XFを優先計画とすることを通告するための舞台であったのだ。それが一体何故、選考会を開くなどという話になっているのか。

 

 部下の言葉にアモンは「うーん」と悩み声を漏らす。

 それは答えに窮したというわけでは無く、果たして言ってしまって良いのかどうかと悩みであった。だが少し考えてみて別に問題は無いかと結論づけて、口を開いた。



「それなんだけどね、どうやら彼女。今回の会議が開かれるって耳にした時点で、役員達に色々と根回ししていたみたいなんだよね」

「……あの人、技術者じゃないんですか? なんで役員と繋がりなんて持ってるんですか」

「まったくね。そういうのが好きなら政治家でもやれば良いのに。流石だね、才色兼備とは彼女のためにあるような言葉だ」

「唐突に惚気ないでください。しかも一方通行な」



 呆れを通り越して軽蔑の色すら混じった部下の視線に、アモンは一瞬身を硬直させた後にすぐに体裁を取り繕ってみせる。



「まあ、開発が間に合わないなら仕方が無い。出来る限り完成を急がせるのは当然として、他にやれることをやるしかないだろう」

「と、いいますと?」

「まず第一に、出来る限り腕の良いテストパイロットを探す必要があります」



 指を立てながらのアモンのその言葉に、シオンは不思議そうな顔を浮かべた。



「パイロット、ですか……。軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)では駄目なんですか?」



 レフィーラに本社を置くアーマメント社では、試作兵器の運用テストの際には都市から軍用基準性能調整個体をレンタルするのが基本である。軍用基準性能調整個体はいくつかの欠点は抱えるものの、兵士としての水準は極めて高く、またこちらの要望には素直に詮索無く従ってくれるためにテストパイロットしての適正は非常に高い。

 存在そのものが兵器とも言える彼ら彼女らは、取り扱う兵器の感触にも極めて鋭敏に見極めてくれる。加えて、一人の兵士を育てる費用よりも非常に安価に育てることが可能であり、身体も生身の人間よりも遙かに強靱なために、多少の危険は顧みずに試験を行うことが出来る。


 テストパイロットといえば軍用基準性能調整個体。

 危険がありそうならば軍用基準性能調整個体。


 てっきりシオンは今回もそうするとばかり考えていたらしい。

 まあずっとこの都市で暮らして育ってきたならばそれも仕方が無いかと、アモンは内心で苦笑をしながら、



「今回は駄目ですね。T—XXの、向こうのテストパイロットはミュウですよ。他の軍用基準性能調整個体では勝ち目は薄いでしょう」

「あー……なるほど。確かにそれは、無理ですねえ」


 

 シオンは得心した様子で頷いた。


 軍用基準性能調整個体の中でも万能人型戦闘機の搭乗者として偏った調整を施されているグノーシリーズ。その十四番。ミュウはグノーシリーズの中でも一際優れた戦績を記録している、施設の研究者達のお気に入りである。

 ミュウ自身に実戦経験は無いものの、軍用基準性能調整個体という存在自体の能力の高さは各地の戦場で実証済みである。



「でも、ミュウに勝てる……というか、軍用基準性能調整個体に勝てる存在なんているんですか?」



 軍用基準性能調整個体は、その文字通り戦うためだけに生み出された人造兵である。用途に応じた遺伝子を選別し、それらを基にクローニング技術によって生み出されたその存在は、あらゆる状況下でも十全の機能を発揮するように出来ている。

 数の優劣や装備の差、状況の有利不利などの不確実性のある要素を取り除いてしまえば、同条件下でその存在に叶う人間がいるとは思えなかった。

 

 シオンの中では軍用基準性能調整個体は最強の兵士というイメージが強くある。ましてや今回の相手はグノーシリーズの十四番。正直に言って、無謀としか感じられない。


 だがそんなシオンの考えを読み取ったかのように、アモンは肩を竦めて見せた。



「案外そうでもない。外へと出している軍用基準性能調整個体には少なからず被害が出ているし、今も軍用基準性能調整個体のバージョンアップを模索して幾つもの実験が並行して行われているという話だからね」

「そういうものですか。欠点を改善するよりも、今のままどんどん数を増やして使い捨てにした方が効率が良い気がしますけど」



 そう素直な感想を語るシオンの口調からは、軍用基準性能調整個体を全く人間として扱っていないということが窺えた。彼女にとっては人工試験管から培養されるあれらの存在は、者ではなく物なのである。無情にも思える考え方ではあるが、レフィーラの研究機関においては概ね彼女のような考え方が一般的であった。


 それはアモンも例外では無い。

 シオンほど割り切っているわけでもないが、まあそういうものなのだろうという認識を持っている。

 


「ま、軍用基準性能調整個体の最終目的は理想の兵士。あらゆる状況下でも十全に発揮し、あらゆる技能を身につけ、あらゆる命令に従う。それを考えれば、現状の軍用基準性能調整個体は完成形には程遠いと言えるね」

完璧兵士(パーフェクトソルジャー)ですか。私も人のことは言えませんけど、研究者ってそういうの大好きですよね」

「それを生きがいにしてるような人も多いからね」



 優れた技能を持つ者は、それと同時に何かしらの偏屈な特性を持っている者が多い。それが偏っていようとも他人から理解を得られる範疇のものならば良いのだが、それが常識を逸脱した範囲に及ぶと晴れて狂気研究者(マッドサイエンティスト)の汚名を戴くことになる。

 技術都市とも称されるレフィーラでは、少なからずそういう人種が存在していた。彼らは皆、優れた技術者でありながら頭の螺子が数本どころか全部抜けて代わりに木の枝でも突っ込んだのではないかというイカれ具合である。あまりお近づきにはなりたくない人種であった。

 

 そこまで思ってから、話がずれていることに気がついたアモンは話題の方向を修正する。



「話がそれましたが……、まあ、ともかく。選考会を乗り切るためには、出来る限り腕の良い搭乗者は必要不可欠ですね」

「……誰かあてはあるんですか?」

「傭兵が何人かと、あとは……あまり気は進まないけど、アルタスのお年寄りに腕利きをお願いするか」



 アルタスのお年寄り。

 その言葉が出た途端に、シオンは呪いの言葉を耳にしてしまったを浮かべた。そこには好意の欠片も存在しておらず、ただただ嫌なものを聞いてしまったという様子である。



「それ、大丈夫なんですか。……例の機体の件があってからそっち、借りばかりが溜まっている気がしてるんですけど。足下見られて酷いことになってますよ。そもそも、向こうが素直に早期にあの機体をこちらに引き渡してればこんな目には遭ってなかったていうのに。散々焦らしてレートを釣り上げて。聞きました? 機体の譲渡の際に、都市政府もうちの会社も、相当の要求をふっかけられたって話ですよ」

「それでも手を伸ばしてしまうのが技術屋の悲しい性なんだよなあ……。ま、今回は貸し借り無しでしょう。こっちの機体が採用されなかったらあのご老人だって困りそうだし」


 

 直接口に出していたわけではないが、あの機体をこちらに引き渡している時点で期待していることは明白である。こちらの要求を無碍にすることも無いだろう。


 シオンはまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、しかし結局の所自分が口出しする範疇では無いと諦めたのか小さく息を吐き出して、現状を整理するかのように口に出して呟いた。



「ええと、そうなると……。私達が求めてる人材は、高機動軽量機並の速度を持つ機体を自動姿勢制御機構無しで自由に操って、自動照準に頼らずに的確な射撃を行い、なおかつ最高成績を持つ軍用基準性能調整個体にも勝る技量を持つ搭乗者ってことですね!」

「まあ……、そういうことですね」



 うん……、口に出して聞いてみるとこれは酷い。こんなのいたらそれは人間じゃ無いだろう。アモンは改めてそう思わずにはいられなかった。

 それは何もアモンだけではなかったらしい。

 自分で言った内容に部下の彼女も絶望的な表情を浮かべていた。光の消えた虚ろな瞳を宙に彷徨わせながら、視線を落とす。



「そんな人がいたら私、裸で抱きついて何回でもキスしてあげますよ」



 そう漏らした彼女の言葉に力は無い。

 アモンもその声を笑うことは出来なかった。冗談と言うにはあまりにもその声に切実な感情が混じっていたことと、そして、もう一つ。


 口にこそ出さなかったものの、アモンとしてもほぼ似たような心境だったからだった。



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