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プラウファラウド  作者: ドアノブ
五話 子狐
50/93

ブラフ



 シーモス=ドアリンという男は、万能人型戦闘機を操る搭乗者としては平凡な域を出ない人材である。

 少なくともシーモス自身はそう考えている。


 無駄に年を食っていて戦場に立っている時間こそ相応に長くはあるが、その戦歴に見合うような輝かしい戦果は何も持っていない。

 死と狂気が蔓延する戦場の先頭を駆け抜け、勇猛果敢に敵の戦線を千切るような活躍は無く。

 氷のような冷徹さを持ちながら、静かに獲物を待ち構える獣のように敵を射貫くような技能も無い。


 それら全て、上官にやれと命じられれば従いはするが、その行為に自信を持ち積極的に行う気にはとてもならない。

 

 何のことも無しに常識から外れた動きを実現するクルスや、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)であるセーラは勿論のこと、色々と問題を抱えつつも、搭乗者としての技術水準は平均を大きく超えているタマルやエレナとも違う。


 シーモスという男は十把一絡げ、基地内で石を投げれば当たり、代わりとなる者は他にいくらでもいる、そんな平凡な搭乗者である。


 期待せず、過信せず。

 故にシーモスは自分の丈に合った、身分相応の振る舞い方というものを心得ていた。












 真夜中の戦場。

 月明かりという僅かな光源さえも分厚い雲が覆ってしまったその空を、二つの鉄巨人が空気を引き裂きながら駆け抜けていく。眼下には深い緑色の自然が山々と共に広がっているはずだったが、生憎とそれを映し出すだけの明かりが無い。深い闇に覆われた現在では、黒色よりも深い暗黒が敷き詰められているようにしか見えなかった。



『――ち』



 通信機の向こう側から人間の苛立つような声が聞こえてくる。

 それは相手の搭乗者の声だった。別にお互いの声が届くような相互通信を繋げているわけではない。相手が勝手にアナログで通信の全帯域に声を載せているだけで、それを機体が勝手に受け取って中に流しているだけである。


 その行為が意図的なものなのか、それとも何かの誤操作、あるいは機体問題でそうなってしまっているのか、シーモスには判別がつかない。ただ一つ確かなのは、シーモスはその声に聞き覚えがあったということだけだ。今となっては昔、それはアルタスに辿り着く以前の古い記憶のものである。


 そんな感傷的になる要素とは裏腹に、シーモスはやるべきことを機体に命じている。


 二つの推力ユニットから明るい光の尾を引きつつ、敵万能人型戦闘機を捕捉。火器管制の自動照準が終了すると同時に、引き金を手前に押し込む。〈フォルティ〉の持つ突撃銃から次々と弾丸が吐き出されていった。


 相手の行く先を機械が予測して放たれた音速弾は、だがしかし目標を捉えること無く夜空の彼方へと消えていってしまう。その事実を確認して、一先ず理解する。 



「――ふむ。もうあの兵器は使わないみたいだな」



 それは間違いなくシーモスにとって追い風であった。

 無数の弾丸を正確に捕捉し、その全てを残らず迎撃していた光化学兵器。そもそも光化学兵器を万能人型戦闘機が扱えるサイズまで小型化に成功した例など殆ど存在せず、ましてや音速以上の銃弾に全て反応して撃ち落とすなど、常規を逸脱している性能だった。

 どう考えても一介の傭兵が持つには不相応の兵器であり、そんなもので性能のごり押しでもされれば、シーモスには為す術も無かったことだろう。

 だがその不安は一先ず消えたと考えても良さそうである。



「理由としては銃口の過熱か、はたまた残電力の問題か」



 まあ十中八九後者だろうなと、あたりをつける。

 相手の機体である〈ムスタング〉は堅牢な装甲を持ちながら、その重量を高出力の推進機で補った、ある意味で強引な機体である。重装甲高機動と言えば聞こえは良いが、その代償として持続性の難点を抱えている。


 何せかつてはシーモスも乗っていた機体だ。その性質はよく知っている。

 そんな機体に更に内部電力を食うであろう光化学兵器を積んでいれば、容量の底が気になるのは必然。ましてや相手が直前に銃火を交えていたのはクルスである。戦闘時間こそ短いものの、相当数、その兵器を利用したことは間違いないだろうとシーモスは半ば確信していた。


 だとすれば、シーモスが選択する行動は一つしかない。〈フォルティ〉が搭乗者の意志に従って大きく唸りを上げ、その高度を上昇させていく。急激な軌道の変化に内蔵が浮き上がるような錯覚。


 戦場では上方を取っているのが有利なのは常であるが、この機動にはそれ以外の要因を大きく意識した動きであった。

 万能人型戦闘機。八メートルの鉄の巨人の質量は、その体躯相応の大それた数字となっている。それを重力という摂理に逆らって強引に持ち上げるには莫大な推力が必要であり、そしてその推力を生み出すには大量の航空燃料と内部電力を消費する。


 つまるところ、高度の上昇というのは最も内部動力を食い尽くす行為なのである。ただでさえ消耗している相手にとっては、望ましくない機動だ。


 案の定、攻め気を見せていた相手の〈ムスタング〉は、高度を上げて距離を離していく〈フォルティ〉を見て、追撃することに躊躇を感じているようだった。

 だがそれも一瞬。


 相手の〈ムスタング〉はシーモスへと追随、斜線を重ね合わすと同時に射撃を行ってくる。

 そのうちに数発が〈フォルティ〉の装甲を掠めるが、シーモスは気にしなかった。下から上へという位置状況に加えて、推力ユニットを最大加速させての上昇機動。

 これだけの悪条件が重ねれば、如何に火器管制の自動照準を利用しようとも手持ち式の火器が当たることはほぼ無い。



「……にしても、思ったよりも思い切りがいいな。もう少し迷うかと思ったんだが」



 存外あっさりと追ってきたものだ。

 シーモスとしては、相手が戦闘領域からの離脱を試みてくれることを期待したのだが、どうやら当てが外れたようだ。

 無論その場合は相手の背中を見送るのではなく、つかず離れずの距離で不毛な鬼ごっこをするつもりだったが。


 

「状況に焦ってる……てよりは、搭乗者の性格かね、これは」



 優れた量産技術によって如何に兵器の性能が均一化しようとも、やはりそれを扱う人間によって戦い方には癖が出る。ましてや操縦に融通の利く万能人型戦闘機ともなると、その比重は他の兵器よりも遙かに大きい。人の形を模したその兵器の挙動は、まさに搭乗者の映し鏡と言ってもいい。



「――……とっ!」 



 そうシーモスが考えている間にも、無数の銃弾が襲い来る。

 やはり単純な推力ユニットの出力は向こうの方が上のようだ。シーモスが狙いを定められないように迂遠な軌道をとっているというのもあるだろうが、彼我の距離が縮まってきている。


 どうやら相手が誘導弾を持っていないらしいのは幸いだが、このままでは近接格闘戦の間合いに入られるのも時間の問題だろう。近接格闘戦と言っても別に超振動ナイフなどで斬り合うわけではなく、至近距離での射撃戦という意味であるが、正直シーモスとしては御免被りたいシチュエーションであった。

 単純に搭乗者としての技量を比べて見た場合、シーモスとこの相手ではシーモスに不利がつく。多めに見積もったとしても互角と言ったところだろう。

 そんな相手にまともに挑むつもりなど無かった。



「ま、こちらにはあるんでね」



 言葉と共に〈フォルティ〉が反転、重量を感じさせない速度で宙を泳ぐ。シーモスの視界に、深い闇の山脈を背景にした敵機が入り込んだ。

 同時に起動状態に入ったのは、肩部の装備された投射機である。保護用の鉄の蓋が捲れて、そこから射出された弾頭が真っ直ぐに下方の敵へと突き進む。


 それは咄嗟に相手がとった回避行動を嘲笑うかのように、その地点へ辿り着くよりも早く爆発、焔の混じった黒煙を夜空に発生させる。無論、誤作動や機器の不備ではない。シーモスが事前に時限式に切り替えておき、意図的に自爆させたのだ。

 

 蒼色を身に着けた〈フォルティ〉は、一切迷わずにその中へと飛び込んだ。重力を追い風に、その速度が加速度的に増していく。相手との距離が縮む。


 黒煙を引き裂きながらシーモスが現れたことに、相手はすぐに気がついた。

 流石と言うべきか、一泊遅れながらも咄嗟に装甲が厚い部分を前面に立てて機体の重要部を庇う仕草を見せる。


 ふっと、シーモスが息を吐き出し――そのまま二機の巨人はすれ違った。



 そこには相手が予測したであろう銃撃は一切無い。

 上下の位置が入れ替わり、一度は縮まりかけていた二機の距離が再び開いていく。


 相手はすぐには追ってこなかった。動きが鈍い。絶好の機会にも拘わらず攻撃が行われなかったことに疑問を覚えているのだろう。

 機体の複合感覚器(センサー)でその事を捉えながら、シーモスは小さく息を吐き出す。


 シーモスとて最初から撃たないことを決めていたわけでは無い。その時に致命打を狙うことが出来ていれば撃つつもりではいた。だが相手は咄嗟に反応して、搭乗者がいる胸部は勿論、万能人型戦闘機の機動の要である推進ユニットもしっかりと守ってしまった。

 そうなってしまえば、僅かな銃弾を浴びせたところで大した戦果は望めない。それどころか攻め手に固執すれば付け入る隙を与えかねない。


 そんなリスクを背負う必要は、今のシーモスには全く無かった。


 もしこれが地上を走る戦車などならば、蓄電力や燃料が無くなっても止まって動けなくなるだけであるが――だけと言えるほど楽観出来るようなものでもないが――ここは遙か上空、依るものの無い空間である。万能人型戦闘機の搭乗者にとって電気を含む燃料切れは墜落を意味し、それはすなわち死ということである。


 いかな複合装甲板といえども、遙か高空から地面に叩きつけられて耐えきるほどの堅牢さは持っていない。仮に機体が原形を保っていたとしても、中の人間は接地時の衝撃で潰れる。



 何も自分の手で撃墜する必要など無い。

 適当に逃げていればそのうち相手は勝手に落ちるのだから、シーモスはただその時を待てばいい。


 相手もシーモスの思惑に気がついたのだろう。

 離れた位置からこちらに銃口を向けるその姿から、中の人間の苦々しさが伝わってくるようだった。実際、相手からしたら鬱陶しいことこの上ないに違いない。


 だがそうだとしても、相手が出来る選択肢は一つだけだ。恐らくはこの山脈の付近に簡易拠点があるのだろうが、シーモスがこうして張り付いている限り戻ることなど出来るはずがないのだから。



「ぜひともこのまま死ぬまで付き合って欲しいもんだがね」



 出来れば銃口を向けるのも止めて欲しいところであったが、流石にそれは望めない。

 そんな益体の無いことを少しだけ考えてから、シーモスは再びこちらに接近を始めた機影を確認して距離を取り始めた。




 *** 




  薄暗い暗闇の中に銀線が煌めく。

 並び立つ木々の間だから出現した超合金の刃は狙いを僅かに逸れ、太い樹木の隙間を進む巨人の腕部を深く切り裂いた。



『あれ、外れたー?』



 死角から襲いかかったのは蒼躯の万能人型戦闘機。

 その手には、内蔵された高周派振動発生器によって鉄をも引き裂く切れ味を手に入れた超振動ナイフが握られている。それはたった今、地上を進む万能人型戦闘機の腕をバターの如く切り裂いた凶器の姿だった。



『むう、良い勘してるなー』



 場違いにも思えるエレナの間延びした声が聞こえる。ともすれば相手を馬鹿にしているように思えるが、これこそが彼女の素であり、発した言葉以上の意味は何も含まれていない。彼女は本気で感心しているのだろう。


 視認確認による斬撃。

 赤外線等の機械的な照準は一切用いらずに行われた攻撃であり、受動感覚器(パッシブセンサー)では一切関知出来ないはずだ。つまりは目視で確認していない限り事前に察知不能な完全な不意討ちであったはずだが、敵機の搭乗者は咄嗟に反応して身を逸らしたらしい。

 幾多もの戦場を経験した兵士は、獣の勘にも近いものを習得する。どうやらこの宵闇色の機体に乗る搭乗者もそういった手合いであった様だった。敵ながら良い腕をしていると、タマルは少しだけ感心する。 


 そうしてから自分の乗機である〈フォルティ〉に己の意思を伝えて、照準を定める。複合感覚器によって収集した情報を視覚化したモニターには、二機の鉄巨人が至近距離で重なっている姿が映し出されていた。


 狙撃――と言えるほど上等なものを行うつもりはない。少数精鋭のシンゴラレ部隊に所属している以上、タマルもそういった精密射撃を行うことは不可能ではなかったが、現在の装備は狙撃用のライフルではなかったし、そもそも現状ではそのような繊細な攻撃をする意味も無い。敵を倒すのに一番楽で、なおかつ効果的なのは、大量の弾丸を吐き散らして面制圧を行うことである。



「二番機、援護するから離れろ!」

『んー? いらないよー』

「はあぁ!?」



 通信機から聞こえてきた、予想もしていなかった否定の声にタマルは思わず口元を引き攣らせた。

 離れた位置から木々に紛れるようにして万能人型戦闘機用の大型突撃銃を構えていたタマル機であったが、これではエレナ機と敵機の距離が近すぎて支援射撃が行えない。このまま思うがままに射撃を行えば、誤射の可能性が高い。

 友軍誤射撃(フレンドリーファイア)

 それはする方もされる方も、どちらにとっても最悪の忌むべき行為である。

 

 ふざけてないでさっさと行動しろと怒声を上げたかったが、タマルが口を開くよりも、敵機が行動を起こす方が僅かに早かった。


 内部の基本骨子まで両断された傷口から朱色の火花を散らす鉄の巨人が、エレナの搭乗する〈フォルティ〉目掛けて大きく足を踏み込ませる。


 片腕を動作不能な領域まで損傷した〈ムスタング〉はその手に持っていた機関砲には固執せずに、残った腕の内部からこちらと同じく超振動する刃を引き出し、即座に振るった。

 戦場慣れしていない者などは最強の武器である銃を離したがらずに結果として最悪の結果を招くことが往々にしてあるが、この傭兵はそんな愚を犯さなかったようだ。


 ――こいつ場慣れしてやがる!


 凶器に晒される僚機を見て、タマルは声を上げる。だがそんなものは戦場においては何の力にもなりはしない。行動によって導かれた結果が容赦なく晒される。それが現実だった。



「エレナ!」



 下から上へ、何か見えない線をなぞるように刃が奔る。

 搭乗者がいる胸部を狙った一撃必殺の攻撃は一部のズレも無く放たれ――だがしかし、目標を捉えることなく、ただ虚しく空気を切り裂き、周囲に生い茂った木々の葉を揺らすだけに終わった。



「!」



 現場からやや距離のある位置からその様子を見ていたタマルも一瞬、呼吸を忘れた。

 搭乗者である傭兵も、目を見張ったに違いない。

 恐らくは一瞬にして正面にしたはずの蒼い機体の姿が消えたように見えたかだろう。だがそれは、錯覚だ。実際は死角に潜り込まれたからに過ぎない。そのことが離れた位置にいるタマルからはよく分かった。


 次の瞬間、傭兵の乗る〈ムスタング〉の胸部に下方から鋭い刃が突き刺さる。


 突く。

 たったそれだけの、必要最小限の動作で繰り出された超振動ナイフの一撃は、あっさりと複合装甲板を貫通し、その中にあった人体を両断した。するりと胸部から刃が引き抜かれると同時に、細かな赤い液体が周囲に飛び散る。暗い夜闇で判別はし難いが、それは間違いなく人間の血であった。



『これで終わりー』



 そう何でも無いかのように、エレナの呑気な声が耳に届く。

 思わず銃口を彷徨わせながら完全に沈黙した敵機を暫く見やってから、タマルはゆっくりと息を吐き出した。そして、何を言うべきか僅かに逡巡する。


 先程エレナが行った動作は単純なことに過ぎない。

 強引に機体の重心を下へ深くずらすと同時に推力ユニットでその速度を加速、巨人を開脚させて高速で姿勢を低く落としたのだ。

 ただこれは普通ではありえない。想定された正規動作ならともかく、仕様とは違う動作でそんな数秒後には転倒してしまうような姿勢を行えば、機体に備わっている自動姿勢制御機構(オートバランサー)が働いて勝手に機体は安定体勢を取り戻そうとするはずである。


 通常の万能人型戦闘機ではありえない動作。だが、タマルは離れた位置からその瞬間を確かに見た。

 エレナの操る〈フォルティ〉の推力ユニットの光が、不自然な方向に耀いていたことを。

 それはまるで、姿勢を立て直そうとする機体を手動操作によって無理矢理押さえつけるようにも見えて、機体と喧嘩するようなそんな馬鹿げた機動を行う人物は、自分の同僚に一人いたはずだったが――、



「……お前、今の動きは」

『あははー、クルス君の真似ー』



 そう、機体の本来の仕様を強引にねじ込むその動きは、クルスのものと同様であった。

 もう少し深く踏み込めば、相手の目前で下方へ潜り込むというその動作は、かつての模擬戦でクルスが行ってきた万能人型戦闘機でスライディングを行うという馬鹿げた動作に通じるものがある。強引に姿勢を深くするだけと、半身を大地に擦るようなスライディングでは操作に必要な作業量は雲泥の差であろうが、その本質に大差は無い。


 万能人型戦闘機には必須であるはずのコンピューターの補助を余分とする、搭乗者による完全自立操作。

 エレナが行ったのはそういった類のものであった。

 

 あっけらかんと言われて調子を崩しそうになるが、そんな簡単に言ってしまえる程、楽なことではない。そうしてからふと、少し前の実機演習で彼女が盛大に機体姿勢を崩して地面に転がっていたことを思い出した。

 普段の呆けた調子に付き合っていると忘れそうになるが、エレナはこれでいてシンゴラレ部隊で常に前衛を務めていた逸材であり、人工筋肉の柔軟性を増して、安定性と引き替えに可動枠を広げた特殊仕様の〈フォルティ〉を不足無く操る腕の持ち主である。

 

 その時は口で叱咤しつつも、内心では珍しいこともあるもんだな程度にしか思っていなかったが――、もしかしたら、あれは今のような手動による機動を行おうとして失敗した結果だったのではないだろうか。


 そうしてから、何でそんな危険を冒してまでそんな動作を再現しようとしたのかとタマルは思い、すぐに考えるのを止めた。悩むまでもない。普段の態度とは裏腹に、彼女は中々に好戦的な性質を併せ持っているのである。 



「お前も大概、負けず嫌いなんだよな……」

『んー、なにがー?』


 

 惚けているのか、はたまた自覚が無いのか。

 十中八九後者であろうが――、まあ今は別にどうでもいい。何はともあれ、自分達の担当した敵機の破壊は終わった。これで地上に展開していた万能人型戦闘機は全て撃破したことになる。何処かへ撤退を続ける敵歩兵部隊も全てとはいかなくとも、恐らくその大多数は処理することが出来るだろう。当初の予想上回る敵戦力に想像以上の手間を強いられることにはなったが、与えられた任務は無事に終えられそうだ。


 そう考えると、少しは余裕が出てくる。

 すると今度は、何故こうまで正確に敵の撤退経路をシーモスが予測出来たのかが疑問として浮かび上がってくるが――、



「まあ……、今考えても仕方がねえか」

『はいー? 何か言いましたかー?』

「何でもないよ。ただの独り言だ」

『えーと……、独り言ですかー? あ、もしかしてボケが始まりましたか? ボケ防止には青魚を食べたり、日記をつけたりすのがいいそうですよー』

「……お前、この作戦終わったら覚えておけよ。百回泣かしてやるからな」

『えー!?』



 何でそうなったのか分からないという風に通信機から漏れてきた悲鳴に少しだけ溜飲を下げてから、タマルは他の面々は無事だろうかと僅かに思案した。




***




 追うと見せかけて大きく距離を取り。

 逃げると見せかけて弾幕を張る。


 まるで相手の意識の間隙を縫うかのように、のらりくらりと相手の攻め気を受け流しながら動き続ける。幾度となく相手の銃口から火線が奔り、〈フォルティ〉の表面に焼き跡を残していったが、どれも損傷と言える程では無い。


 幾度となく頻繁に高度を入れ替えていくのは、意図してのことだ。こちらを撃墜するしか道の残っていない相手は望まなくとも追撃するしかなく、その度に残存エネルギーを食い散らかしていく。

 

 上へ下へと忙しなく移動する一機を、もう一機が追いかける。暗い夜闇の中で光の尾が何度となく瞬いていく。



 

 ――そして、その時は来た。



「お」 



 こちらの背後へと付いてきていた敵機体が、失速する。

 必要な速度を失って、推力を失った機体がぐらりと揺らめいた。それと同時にその巨体が無防備な姿を晒して、重力にゆっくりと引かれていく。


 容量切れ。

 連戦に加えてシーモスの過度に消耗を強いる戦い方に、ついに敵機の動力源が尽きたのだろう。姿勢制御用の抵抗尾翼すら動いていないと言うことは、機体電源が完全に死んでいるのかもしれない。 


 ――いけるか?

 

 目の前にある光景に、シーモスは思わず逡巡した。

 今、敵に銃撃を浴びせれば確実に仕留めることが出来る。何せ相手は動くことが出来ないのだから、そんなものは篭の中の鳥を射るよりも楽である。

 そして何よりも、目の前に無防備な敵がいたら撃とうと考えるのは兵士の本能のようなものであった。


 休めるときに休み、食べれるときに食べ、倒せるときに倒す。

 それが兵士の在り方である。


 その考えを持ったこと自体が誤りだったということにシーモスが気がついたのは、すぐ後のことだった。



 シーモスは〈フォルティ〉の速度を減退させて、落下を始めた敵機へと、その手に持った突撃銃を差し向けて――、

  


「――!」



 次の瞬間、敵機が起動する。

 推力ユニットにも未だ明かりが灯っていないにも拘わらず、頭部の感覚器目(センサーアイ)に不気味な明かりを灯した〈ムスタング〉が、腕を真っ直ぐに伸ばし、その銃口を向ける。

 その鉾先に自分が射ることは疑いようも無い。



「くそ、しまった! 正気かこいつ!」


 相手の動作は全て偽物。

 シーモスはそれにまんまと食いついてしまったのだ。


 現在の高度を考えれば、推力を失った状態からもう一度火を灯したところで、再浮上出来るかどうかは非常に微妙なラインである。このまま地面に叩きつけられたとしても何らおかしくは無い。命を天秤にかけた所業であったが、それだけ相手も追い詰められていたということだろう。

 それ故に、シーモスは死んだフリなどと言う古典的な引っかけ(ブラフ)に気付くことが出来なかった。



「――!」



 深い闇の中で二人の巨人が砲口を突きつけ合う。

 お互いに見合っての早撃ち勝負(クイックドロウ)


 その軍配は〈フォルティ〉ではなく、〈ムスタング〉に上がった。


 搭乗者の腕の差もあるのだろうがそれ以上に、心構えの差が強く出た。

 ただ無抵抗の敵を撃つつもりであったシーモスと、最初から騙し討ちを行うつもりであった傭兵。どちらが優位かは語るまでもない。



「ぐお――……っ!」



 先手を打たれた〈フォルティ〉に次々と弾丸が着弾。凄まじい振動に見舞われながらもシーモスは咄嗟に機体を射線から回避させるが、明らかに手遅れであった。


 機体内に被害状況と異常発生の警告が鳴り響くと同時に、高度計の数値が下降を始める。複合感覚器が死ななかったのは幸いだが、シーモスは自身が墜落していることを知った。


 早まる鼓動を抑えて、被害状況に目を通す。

 右腕破損、抵抗尾翼破損、推力ユニットの出力低下、自動姿勢制御機構は健在、現在再計算中―― 


「これは無理だ」高度を取り戻すことを諦めて、意識を着地へとシフトする。自動姿勢制御機構が生きているのが唯一の救いか。早く再計算終われと思いながら、どうにか機体の傾きを水平に戻せないかと苦辛して――


 次の瞬間、画面端に存在していた驚異値を示す数字が跳ね上がった。

 それはつまり、この機体が外側から何らかの照準行為を行われているということを意味している。



「くっそ!」



 倒せるときに倒す。それが兵士の基本である。


 光化学感覚器を向けてみれば、そこにはこちらと同じように高度を落としつつも、しっかりと推力ユニットに力強い光を灯した宵闇色の万能人型戦闘機の姿。相手が構えるその銃口はしっかりとこちらに向けられている。


 機体が健在だとはいえ向こうも落下している最中だというのに、安定した姿勢を保って射撃を行おうとしているあたりに腕の良さが透けて見える。

 それを真っ直ぐに見据えて――、

 



「――これは……ついに死んだか」




 思わず、自分の口からそんな言葉がついて出た。


 その言葉にどんな感情が含まれていたのか、シーモスにも分からない。

 一言で語れるようなものでも無いだろう。

 だがそれでも何か一つ言葉を当て嵌めるのならば、それは『安堵』というものが近いのかも知れない。


 愛した家族が亡くなって。

 共に戦った仲間達が無くなって。

 そして、やっと自分の番かという思いがある。


 どんなに絶望しても命を捨てようとしたことは一度も無かったが、戦う意味を無くしても戦場に立ち続けたのは事実だ。

 惰性でそうしてきたとしか思っていなかったが、そこに少しでも死を求めていなかったかと聞かれれば、肯定せざる得ないものがある。


 シーモスはじっと見据える。

 敵機の肩部に記された狐の紋章。

 かつては自分と同じ部隊で耀いていた獣。



「ま……、あれに見られて死ぬならそう悪くもないかもしれん」



 かつての仲間に看取られると考えれば、贅沢すぎるかもしれない。

 気懸かりと言えば、少しだけあれに乗っている人物に思うところがあるが。

 まあこうなってしまっては意味の無いことだろう。そこにいるのが誰であれ、これから死にゆく身には関わりのないことである。



 そして、




『させるかよ!』




 ――銃声。


 

 シーモスの意識を断つはずの轟音。だがそれは予想とは全く別の方向から響いてきた。

 


「――クルス!?」



 眼前にいた〈ムスタング〉の肩が弾ける。  

 狐の書かれた装甲板がひしゃげ、鉄色の破片と共に宙を舞った。

 続いて二撃、三撃。


 何れも致命弾には成りえなかったが、そのうちの一つは敵の太腿部を推力ユニットごと貫通し、小規模な爆発を起こした。

 先程まで銃口を向けていた機体が落ちていく様をシーモスは暫し呆然と見やってから、ふとクルスがどこにいるのかと確認した。

 そして目を見張る。


 味方の識別反応。

 それは確かに存在していたが、その距離は〈フォルティ〉の持つ突撃銃の実用射程を優に超えている。



「……クルスの奴、長距離射撃まで出来るのかよ」



 いや、武器の有効射程外から行われた攻撃を長距離射撃という言葉で済ませていいのかどうかは不明であったが。 

 こと万能人型戦闘機の技術に関して、あいつに出来ないことなどあるのだろうか。呆れにも近い感情と共に、シーモスの脳裏にそんな考えが過ぎった。

 だがそんな悠長な感想さえ持っている暇は無い。



『おっさん、早くフロート機構を切れ! そのまま着地すると足が平らに潰れちまうぞ! それと、接地後は膝関節を思いっきし曲げるんだ! 膝を下に叩きつけるくらいの勢いで! 倒れるのは前方に! そして最後は気合いだ!』




 訊ねてもいないのに怒濤の勢いで聞こえてくる不時着のアドバイスに「あー……どうやら簡単には死なせて貰えないみたいだな……」シーモスはつい先程銃口を向けられていたときの気持ちも忘れて、人知れず苦笑を漏らした。




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