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プラウファラウド  作者: ドアノブ
五話 子狐
49/93

追撃



 この世界には理不尽というものが存在している。


 厄災や自然災害、未知の技術による不意打ち、個人が介入する余地の無い大破壊。

 どれだけの善行を積もうが悪行を成そうが、それらはある日突然に姿を現して、極めて平等に理不尽、非条理な現実を突きつける。そういったものを前にした場合、個人がとれる選択肢というものは極めて少ない。

 その理不尽が自分に降りかからぬよう祈るか、あるいは力を尽くして逃げるか。


 今自分の目の前にあるものもそういう類いのものだと、そう〈フォクス〉が気がついたのは事態が巻き返せないところまで悪化してからのことだった。



『ひ』



 そんな言葉にも成らぬ音を最後に残して、部隊の一機が鉄片となって飛散した。爆発によって木っ端微塵に砕け散り、ここの残骸が炎を纏いながら地上へと落下していく。



「……化け物か」



 万能人型戦闘機の内部。

 鉄の子宮とも鋼の棺桶とも呼ばれる機体の中で〈フォクス〉の口から掠れた声が漏れた。

 決して居心地が良いとは言えない狭い内部ではあるが、空気の温度や湿度は生命循環維持装置によって搭乗者の適切なレベルへと調整されている。そのはずなのに、何故か今〈フォクス〉は真冬の雨の中に立っているような錯覚を覚えた。吐き出す息が白くないことが不思議に思える程だ。

 

 得体の知れない息苦しさを覚えながら敵機を見やる。

 アーマメント社製の万能人型戦闘機〈フォルティ〉を、恐らくは搭乗者に合わせて強引に軽量化を施したであろう機体。装甲を廃し通常よりも一回り細身となったその蒼躯が、今は昔話か何かに出てくるような怪物に見えた。


 何が起こったのか。その事実を語るのは容易い。

 僅か十数秒の出来事。

 誘導弾が攪乱幕に引かれて夜空に咲き散らしてからたったそれだけの間に、自分は仲間を三人失い、築き上げていた包囲網を抜かれた。幾多の戦場を経験する傭兵達を相手に見せた、恐るべき搭乗者の技量。頼みの綱であった新兵装も、不意打ちに近い初撃を除いて有効打には成り得なかった。


 果たしてありえるのかと〈フォクス〉は自問する。

 実体を持たない光化学兵器は、文字通りその攻撃速度の桁が違う。加えて、万能人型戦闘機の武器として扱えるまでに小型化したものは、未だに一つの企業を除いて実現には至っていない。

 飛来する物体を兵装が独自に内蔵している複合感覚器が捉え、自動で迎撃。のみならず、出力を高めることで複合装甲を溶断するほどの威力も発揮する、最強の盾と矛を同時に備えているとも言える代物。


 それを初見で、こうまでも対応出来るものなのか。



『……〈フォクス〉。撤退するべきだ。あれは俺達の手には余る』



 残った僚機からの通信。

 その声にはやはりどこか恐れの感情が混じっている。当然だ。幾多の戦場を潜り抜けてきたとしても、死への恐怖が無くなったわけではない。寧ろ、死という存在に敏感に生きてきたからこそ今も生き残ってこれたとも言える。


 最初の頃に感じていた昂ぶりは最早無い。

 エースとも言える存在と戦い、勝つことで、自分もその高見へと至れると考えていたが、そんな気持ちは欠片も残っていなかった。

 このまま戦い続ければ自分は死ぬ。

 そんな確信がある。



「……潮時か」


 そう判断せざるを得ない。


 敵の増援も出現してしまったうえに、地上に展開していた部隊も既に崩壊間近。

 依頼の内容は輸送物資の奪取もしくは破壊であったが、最早それが叶わないことは明白であった。それどころか、部隊の貴重な戦力を大きく失うこの結果。今後の活動に支障が出るのは必定であった。


 もともと一部隊で敵地に侵入、破壊活動を行うという難度の高い任務ではあったが、事前に与えられた豊富な物資に加えて、企業から貸与された新兵装。

 それらの条件を加味すれば、決して達成不可能な任務では無かったはずだ。

 目の前に存在する機体さえいなければ。



「――撤退する。逃走経路はDー2を使用。攪乱剤散布」

『了解』




***



 

 月の見えない深い夜空。

 片腕を失った尻尾付きの〈フォルティ〉と並んで、もう一機の〈フォルティ〉が高空へと舞い上がる。至って標準的な装備をしたその機体に乗るのはシーモスである。


 相手に向かってしこたま撃ち込んだはずの銃弾が全て光線によって迎撃されたのを見てシーモスは軽く顔を顰め、その後に先立って夜空を駆けていた同僚に声を飛ばした。



「よう坊主。まだ生きてるか?」



 我ながら気の利いていない台詞だと思うが、生憎と口が回るタチでもない。どこか気の抜けた声に対して通信機越しに帰ってきたのは、クルスの荒げた声だった。



『遅すぎだろ! 下手したら死ぬところだったっての!』

「怒鳴るなよ。生きてるだろ。それに、これでも結構急いできたんだがな」



 戦場で耳にするには幼さなさの残る声に対して、シーモスは悪びれも無く語る。

 実際、機体に搭乗するまでには嫌な汗をかいてきたのだ。なにせ強化外装も何も無しに地上の戦場を駆け抜けてきたのである。随伴部隊の護衛があったとはいえ、強化外装を装備した歩兵や地表を滑走する万能人型戦闘機が存在する付近を踏破するというのは、そうそう経験したくない出来事だった。

 搭乗者のパイロットスーツには耐G機能以外にも防弾性や対衝撃性能も備えてはいるが、それは決して万能を意味するわけではない。貫通力の高い弾丸は当然のように突き抜けるし、そもそも露出している生身の部分に当たれば一発でアウトなのだ。


 とはいえ、死地に立っていたのはクルスも同じか。

 いっそ褒めたくなるほど綺麗な断面を晒している片腕の期待を見て、再度顔を顰める。別に同僚を心配したわけでは無く、卓越した技量を持つこの少年にこれだけの手傷を負わせるだけの相手が居るという事実に警戒心を持ったのだ。



「……俺としちゃ、お前がそれほど苦戦してるってことに驚きなんだがね。てっきり全部片付け終えて欠伸でもしてるかと思ってたんだが」

『人を化け物みたいに言うんじゃない』

「さて、どうかね。そう大差ないと思うがな」

『大差あるわ!』



 そう声が聞こえてくるが、あまり同意してやる気にはならなかった。

 少なくともシーモスの知る限り、この少年の搭乗者としての技量は常識の範疇外にある。シーモスも戦場に立ってから長いという自負があったが、そんな彼からしてもクルスという存在は異質というしかない。

 搭乗者として並び立つ者がいないレベルの技量を持ちながら、それでいて生身では年相応としか思えない人間性を持つ。普通、戦場に長く身を浸した者は誰もが当たり前に持っているはずの何かが壊れてしまうか、或いはその感性が摩耗するのが常だ。


 だというのにクルスは比肩する者がいない戦いの技術と、普遍的な価値観と意識を持ち合わせている。加えてその若さ。

 軍用基準性能調整個体や機巧化兵のような強化処置を受けているわけでもないというのだから、最早意味が分からない。一体どのような環境に身を浸せばこのようなちぐはぐな人間が出来上がるのだろうか。他人を詮索するつもりの無いシーモスでも、機会があれば聞いてみたいくらいだった。



『一機厄介な奴がいる。肩に狐が書いてあるやつ』

「――ふむ」



 そんな同僚から送られてくる通信機の声に、シーモスは静かに目を眇めて対峙する相手を見やった。――なるほど、見やってみれば確かに。敵の中に一機、見慣れぬ装備を背負った〈ムスタング〉がいた。その肩部に刻まれた獣を認めて溜息を一つ、「……いい趣味してやがるぜ、まったく」と自分でもよく分からない感情のうねりを内側に感じる。



「さてはて……」



 あの巨人の中に入っているのは果たして何者なのか。

 もし自分の知っている人物だとしたらそれは驚きであるが――、 



「ん?」



 相対していた敵が動作を開始する。


 敵が操る万能人型戦闘機である〈ムスタング〉大腿部に取り付けられた万能投射器から、僅かな白煙と共に複数の物体が射出される。思わず誘導弾かと咄嗟に反応しかけたが、その認識が間違いだということはすぐに分かった。



『チャフ!?』



 通信機からクルスの叫び声が聞こえる。  

 その言葉を肯定するように、発射された榴弾が何かにぶつかることも無く空中で自動で破裂し、周囲一帯に濃厚な白煙が蔓延、濃霧のような壁を発生させた。それと同時に機体内のモニター画面に異常を検知した表示が浮かび上がる。

 散布された攪乱剤によって赤外線を始めとした複合感覚器の大半の機能が幻惑され、その精度を激減させたことを告げていた。



『逃げる気か!』



 焦りの混じった声が聞こえてきた。

 錯乱剤をふんだんに用いた白い煙に覆われて、敵機の姿が掻き消えていく。  


 流石に万能人型戦闘機の目である複合感覚器を無効化されていては、如何にクルスとて容易に追撃をすることは出来ないようだ。当然と言えば当然であるのだが、その事実に少しだけ安堵してしまう。


 とはいえ、折角かかった標的の背中をあっさりと見送っては自分達の意味が無い。個人的には面倒を避けてさっさと仕事を終えてしまいたい気持ちが大きいが、流石にそれを叶えてしまうわけにもいかない。まかりなりにもシーモスは今、任務を請け負った兵隊としてこの場に存在しているのだから。


 目前に広まった深い白煙を何とも言えない気持ちになりながら眺める。透明度の低いその煙によって電子的な目のみならず、目視での確認もままならない状況。試しに地表に視界を向けてみれば、同じように白煙が充満していることが確認出来た。それにともなって敵の歩兵部隊達も撤退を開始しているようだ。


 複合感覚器が機能を失っているのは相手も同様のはずであるが、まさか自分達が発生させたこの状況で混乱するほどマヌケなわけもないだろう。シーモスの予想が正しければ、事前に記憶してある周辺図を頼りに、規定の経路に沿って撤退を開始しているはずである。



「ダミーを使った足止めといい、全くどこまでもまあ……」思わずそう独りごちてから「手抜きか、妄執でもしてるのか」そう考えつつ、事前に取り込んでおいた周囲の地形情報を引き出し、予想出来る離脱経路を想定し、線を引く。昔部隊の情報管理役を引き受けていたこともあるシーモスにとっては、こういった作業は慣れたものだ。


 本当に大した手間も時間もかけずにその作業を終えると、同部隊の仲間達とそのデータを共有した。現場で行われたにしてはやけに具体性の伴うその図は、どう考えても違和感がある代物だ。案の定、隣の機体からは疑問の声が飛んできた。



『おっさん、これは?』

「敵の予測逃走経路だな。相手は一度各方にバラバラに分散して撤退を計った後に、合流地点に向かってる」

『なんでそんなことが分かるんだ』

「さてね……、昔取った杵柄とでも言おうか。合ってる保証も無いがな」

  


 口ではそう言いつつも、まあほぼ確実だろうなと頭の中では思っている。

 通信機越しからはなおも不信感を感じさせる雰囲気が伝わってきたが、それを一蹴する声が割り込んできた。



『三番機、これに間違いは無いんだろうな!?』



 芯の通ったその女の声は、地上に展開しているタマルのものだ。

 怒声にも近いその声に、シーモスは見えていないと分かっていても肩を竦めてしまう。



「さっきも言ったとおり確証は無い。だが俺の予想通りなら十中八九あってると思うがね。何にせよ、部隊の指揮官はお前だ。判断は任せますさ」

『……ち、どっちにしろ何もしなかったら逃げられるだけだしな。――七番機、まだいけるか?』

『各部問題なし。残弾が少し心許ない以外は平気だ』

『よし。なら各機、経路図に従って移動を開始。四番機は七番機と随伴、援護に回れ』

『――了解しました』



 錯乱剤が立ちこめる中、タマルの采配に従い敵の尻を追って各機が移動を開始する。それは無論、シーモスも例外では無い。


 記憶の奥底を刺激する見覚えのある戦術に、見慣れた機体。

 それらが符合する意味がいったい何なのか。その事を考えると、何とも言えない気持ちの波を持て余す羽目になる。

 躊躇いや郷愁、懐古で無いのは確かであるが、それでも今自分が持っているものがあまり前向きなものでないことは確かだろう。



「――まったく、面倒事は止めてほしいんだがね」

 


 ついそう独りごちて。

 自分でも言い表しがたい感情を胸に抱きながら、シーモスは任務を果たすべく、経路図を頼りに感覚機が封じられた状態での移動を開始した。

 



 ***




 敗走。

 部隊の主力たる万能人型戦闘機を出撃した数の半数失い、目的であった輸送列車の破壊もままならず、展開していた地上部隊の生存者数も不明。これは言い訳のしようのない、完膚無きまでの敗走であった。



「……くそ」



 大きく迂回経路を取りながら合流地点へと向かう〈フォクス〉の口から出たのは、そんな短い感情の発露であった。

 彼が傭兵として戦場に立ち始めてからすでに長いと言える時間が過ぎている。中には当然負け戦のようなものも経験していたが、それらは全て大局的な見地に立った場合だ。少なくとも個人的な技量で大差をつけられたことはなかったし、例え各地に存在する名の知れた搭乗者相手であろうとも、引けを取るつもりはなかった。


 エース。

 それは搭乗者であれば誰もが一度は憧れる高見であり、目指すべき背中でもある。一つの戦いを終えてなお〈フォクス〉が傭兵に身を費やしてまで戦場に立っているのは、偏にその存在へと届くためであった。

 戦う意味。

 それが何なのかを知るために、死の蔓延する地獄で生きてきた。


 人を殺し、敵を焼き払い、蹂躙し。

 仲間が吹き飛び、爆音が頬を叩き、血が滴る。

 残弾を数え、無くなれば死骸から剥ぎ取り、最後には超振動ナイフを振るう。


 終わりの見えない争いの日々。

 その先にいつか答えがあると信じて戦い続け。

 だが――、



「まだ、届かないということか」



〈フォクス〉は低い声でそう呟いた。

 反則的な光化学兵器を持っていたからこそ戦いを主導する立場に立っていたが、自分とあの尻尾付きの機体の搭乗者、どちらが優れた技量を持っていたかなど考えるまでもない。

 エース。幾多の戦場を経験してもなお、そう呼ばれる高みに到達するまでには未だ遠いということだろうか。


 いやそもそも本当に自分の先にその背中はあるのだろうか。

 かつて見ていたその姿は、もっと輝かしいものだった気がする。戦場で人を殺す、その行為に差は無い。だがかつてのその人物の横には多くの仲間が居て、陽だまりの中で明るく笑っていたような気がする。

 翻って、今の自分はどうだろうか。

 誇りも守るべきものもなく、傭兵としてひたすらに戦場に没頭していくその姿は、その栄光とは対極に位置しているような気がした。

 何か、自分は決定的な間違いを犯しているのでは無いだろうか。

 一瞬、男はそんな想像に駆られて――、

 

 夜空に銃声が響いたのはその直後のことだ。



「――!」



 驚異値が跳ね上がるのと、背部の光化学兵器が自動で起動、目標を独自の感覚機で捕らえて迎撃を行ったのはほぼ同時であった。蜂の巣のように並んだ穴の中から光が射出されていき、正確無比に弾丸を撃ち落としていく。


 推進ユニットの出力を上昇させて戦闘速度へと移行しつつ、〈フォクス〉は正面に敵機を捉えた。暗がりに浮かび上がるのは蒼躯の万能人型戦闘機。

 認識して一瞬背筋が粟立つが、すぐにその機体に尾が生えていないことに気がつく。手に持つのは対万能人型戦闘機用の大型突撃銃を携えた、至って標準的な装備をした機体。赤い頭部感覚機を夜闇に浮かばせながら、こちらへ銃口を向けている。

 


「追撃だと? 何故こちらの逃走経路が分かった……!」



 舌打ちを漏らしつつ状況を確認する。

 手持ち火器の残弾はまだある。

 だが今の自動迎撃によって、機体の残像電量が危険域間近まで落ち込んでしまっている。


〈フォクス〉の機体が装備する光化学兵器はその威力、精度共に常識の範疇外に位置する兵器であるが、唯一の欠点がその消費電量である。威力に直結する熱量を確保するにも、弾道を安定させるにも、空気中での減衰を防ぎ有効射程を伸ばすにも、何においても相応の出力が求められる。

 それらを万能人型戦闘機一機で賄うには限界がある。機体の一部には蓄電コイルの増設を行ってはいるが、焼け石に水と言わざるを得ない。如何に装備している兵器が現代技術の枠を超えているとしても、それを扱っている〈ムスタング〉は通常の量産機体に過ぎないからだ。


 通常であればその欠点が露呈される前に事が終わっているので問題無いのだが、今回はあの尻尾付きの機体によって想定外の消耗を強いられた。現在の状態はその結果だ。



「――一戦交える必要があるか」



 好ましい事態ではないが必要なことだ。

 尻に敵を引っ張ったまま合流地点に向かうわけにはいかない。いやそもそも、自分の追撃に一機しか回ってきていない以上、他の経路を使った仲間達にも追撃がいっていると考えるのが妥当か。それを考えると合流地点に戻るのも危険か。行動については色々と考え直す必要がありそうである。

 だが何にせよ、全ては事が済んでからである。

 一先ずは目前の危険が優先だった。



「……まずは貴様を落とさなくてはな」

 


 銃口を傾けて機体を大きく旋回、背後に迫る敵機を迎撃するべく向き直る。

 残存電力に不安はあるが、光化学兵器の使用を控えればあと一度くらいの交戦はどうにか許容範囲内だ。〈フォクス〉とて幾度かの死地を超えてきた傭兵である。先程のような常識外の相手はともかく、新兵装が使えないからと言って早々に後れを取るつもりはなかった。


 宵闇色の機体に乗り込む〈フォクス〉はすうっと刃物の切れ目の様に目を眇め、青白い噴出光を引いて迫ってくる敵機に向かってその銃口を突きつけた。




***




『まずは貴様を落とさなくてはな』



 不意に通信機から流れてきた声に、シーモスは顔を顰めた。

 相手からの通信か。前世代でもあるまいし、まさか混線ということもないだろう。こちらを然したる脅威と捉えていないその様子の言葉に、一つ溜息を吐く。



「言ってくれるね、全く」

 


 よりにもよってと言うべきか。

 シーモスの目前にいる機体は肩に狐を刻んだ機体である。夜闇に紛れるような深い色を持つその機体は、酷く視認がし辛い。感覚器の発達が著しいとはいえ、人間は情報の殆どを視覚に頼る生き物だ。戦場においては非常に効果的な色であった。



「しかしまあ、これで同郷ってのは確実か……」


 

 溜息を吐く。

 扱っている機体に、欺瞞信号を用いた襲撃、そしてこの逃走経路の規則性。

 その何れもが、今は無き故国の存在を臭わせていた。

 首都の消滅という最悪の結果を伴って地図上からその名前が消え去って幾年月。存在していた国軍は解体され、そこに所属していた者達は離散した。シーモスとてこうして独立都市アルタスで新しい身分と名を持って未だ戦場に出ているのだから、同郷者で傭兵に身を置いている者がいたとしてもおかしくは無い。


 だがそんな人間達がこうして一つの戦場で銃を付き合わせるというのは、果たしてどれほどの確率なのか。運命などという曖昧なものを信じるおめでたい思考回路は露ほども持ち合わせていないが、偶然と言うには少々低すぎる確率だ。



「まったく、面倒事は止めて欲しいと言っているというのに」



 もし仮にあの機体に乗る搭乗者が本当にシーモスが思い描く人物だとしたら、自分ではほぼ勝ち目は無いだろう。最多撃墜記録を持っていたあの空軍のエースの技量は、確実に自分を上回っていたのだから。


 だがやりようがないわけじゃない。

 腕が無い者には無い者なりの方法というものがある。


 そもそも、敵機と一対一で決闘じみたこの状況からして、シーモスの柄ではない。

 搭乗者に成り立ての童貞でもあるまいし、映画や小説が無責任に語るような、空は勇敢な騎士達の決闘場などという甘い幻想も持っていない。戦場は死と泥に塗れた地獄である。例えそれは空を飛翔する万能人型戦闘機の戦闘とて例外ではない。


 不意を討ち、騙し、如何に効率的に敵を排除するか。それが現代の戦いだ。



「ま、死なない程度に頑張らせてもらいますかね」



 そうどこか気乗りしない様子で、シーモスは呟いた。 

 



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