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プラウファラウド  作者: ドアノブ
五話 子狐
47/93

ワンミス

 停止信号を受け取って、輸送車両が急減速を行った。

 待機用の車両に収まっていたシーモスとタマルは襲い来る振動に身体を激しく揺らされる。両名は咄嗟に手すりに掴まって堪えた。

 後部座席から「きゃうー!」という間延びした情けない悲鳴が聞こえてきたが、それに構っているほど暇は無い。

 一早く姿勢を安定させたタマルは、前後の車両を繋ぐ扉付近にある連絡用の通信パネルへと駆け寄って怒鳴り声を上げた。



「おい! 状況を報告しろ!」

『こ、こちら先頭車両。先の路線上に爆発物反応アリと自動走査プログラムが判断! 緊急停止を行った模様!』

「爆発物だあ!?」

『事前の哨戒では未発見。恐らくは欺瞞信号を発信している簡易ダミーだと思われます! ――ッ! 複合感覚器(センサー)に多数の反応! 万能人型戦闘機と予測される敵影九、強化外装歩兵十三! 目標ですが……数が多い!』

「ち」


 

 その報告にタマルが舌打ちを漏らした。

 獲物が餌に食いついてくれたのは長時間待った甲斐があったというものだが、数が多いのはいただけない。元々の護衛である者達を除けば、こちらの戦力は万能人型戦闘機が五機だ。倍近い戦力である。


 さらにいうならば、機内待機をしているのは僅か二名。

 タマルやシーモス達がここに居る間は、クルスとセーラの最年少組は四倍以上の戦力と対峙することになる。


  

「すぐに機に移動するぞ!」

『待ってください。すでに地上戦が始まっています! 現状況での移動は危険です!』

「はあ!? 兵隊に危険とか、寝ぼけてんのかお前はっ!?」

『貴方たちは搭乗者であって、地上戦闘員ではないでしょう!? 強化外装も無しに戦場に立ったら良い的ですよ!』

「弾が怖くて戦場に立てるか!」



 怒鳴り声を散らすタマルを後ろから半眼で眺めながら、シーモスは内心で通信先の声の持ち主に同意していた。


 シーモスやタマル達が待機しているこの車両から自分達の万能人型戦闘機が格納されている車両まで移動するには、一度外に出る必要がある。


 構造上欠陥とも言える仕様であったが、もともと輸送車に見せかけて欺瞞しているという状況上、仕方が無いところがある。いくら膝を畳めば小型収納が可能とはいえ、万能人型戦闘機のような巨大兵器を収納できるほどの許容量を持つ車両は限られている。元の形がある以上、偽装を施すにしてもその形を崩すわけにはいかないのだ。


 通信機の声の言うとおり、現状でシーモス達がのこのこ外に顔を出せば良い的だろう。それこそ射的の景品を狙うが如く、鉛玉の雨が押し寄せてくるに違いない。



「こっちは既に同じ部隊の仲間が戦ってるんだよ! それを眺めてろって言うのか、お前は!?」

『機会を待ってくださいと言ってるんです!』



 溜息を一つ。

 小学生と見紛う背丈のタマルが怒りの声を上げるその姿は、見た目相応の年齢を持つ子供と何ら変わりはない。不毛なやり取りを続けるタマルを見かねて、シーモスは彼女の脇へと近寄った。



「あんまり騒ぎ立てるな。我が侭が過ぎると扉を強制封鎖されるぞ」

「あ? いったいなんの権限があって……」

「それが出来る状況にあるのは向こうだって話だ」

「ぐ……」


 その可能性までは考慮していなかったのか、タマルが悔しそうに息を詰まらせた。

 最も、シーモスも本気でそう思っているわけではないし、それはタマルも同じだろう。今の言葉は状況を落ち着かせるためのただの方便である。


 彼女の言うとおり、通信機の向こうにいる人物はそんな権限を持っていない。

 西方基地所最高司令官直属のシンゴラレ部隊。自分達に今回与えられた任務は、現地護衛部隊と連携を取りつつ不届きな山賊共を壊滅させることである。お互いに命令を下せる立場にはない。

 まあ少し捻くれた解釈をし始めると途端に『連携を取りつつ』の部分がいやらしくなってくるのだが、それは言わぬが花だ。


 言葉を控えたタマルに変わって、シーモスが通信機越しにいるであろう相手に声をかける。



「時間が惜しいのはお互い様だ。シンプルにいこう。経路の確保にどれくらいかかる?」

『……正直、現状では答えかねます。歩兵はともかく、地上に展開している万能人型戦闘機が脅威です。あれが存在していることには……』



 横で苛立たしげな表情を浮かべるタマルを見つつ、そうだろうなと、頷く。 

 万能人型戦闘機の存在は、軽装である歩兵にとっては恐怖以外の何でも無い。あれらが気軽に指を引き放つ大口径砲の弾頭が付近に着弾するだけで、人間は四肢が千切れかねないほどの衝撃に晒されることになる。



「――悪循環だな」



 思わず呟く。

 その脅威を排除するために一刻も早く乗機の元に辿り着きたいというのに、その脅威のせいで動くことが出来ない。身動き出来ないとはまさにこのことか。


 戦場には往々にしてこういうときがある。

 音速を超える銃弾が飛び交い、大量の火薬が爆発し、人が死ぬ。

 戦場というとどうしてもそういった光景を思い浮かべがちではあるが、そういったものは極一面に過ぎない。

 罠を張って獲物を待ち続ける、隠密で行軍し続ける、好機が来るまで堪え続ける。

 どれだけ我慢出来るか、どれだけ待つことが出来るか。戦場ではこの地味に精神を摩耗させる動作が非常に重要になってくる。 



「……死ぬにしても実力を発揮して欲しいというそちらの言い分は分かる。だが数で劣っている以上、早々状況が打開するとは思えん。移動経路の確保を最優先で頼むぞ」

『――了解しました』


 

 今は堪えるときだろう。

 そう問いかける様にシーモスが横に立つタマルを見下ろすと、背の小さな彼女は柳眉を危険な角度まで逆立てつつも、苦いものを口に含んでいる様な表情で小さく口を開いた。



「……あくまで様子見だ。戦場の推移によっては強行策をとるぞ」

「――あいよ」



 タマルのその言葉に、シーモスは肩を竦める。


 感情論の様に見えて、彼女の言っていることもあながち間違ってはいない。

 時間が経てば付近からの増援が見込めるとはいえ、現状劣勢立たされているのは自分達防衛側の方だ。時期を待つと言いつつ、そのまま事態が悪い方向へと流れていく可能性も十分にありえる。


 強行策か慎重策か、どっちが正しいという問題ではない。重要なのは、天秤を傾ける判断を下すタイミングだ。右に左にと揺らめく戦場の趨勢を見極めて、指示を出す。それが戦場で上に立つ者の役割である。


 まあ、意見の落としどころとしては妥当であろう。

 基本的に覇気に欠けるシーモスとて、クルスやセーラが苦境に立たされるのを望んでいるわけではない。これでも一応は同じ部隊に所属する同僚である。それなりの情というものは持ち合わせていた。



「――あんまりカリカリしても良いことはないぞ。少しはあっちを見習ったどうだ?」



 渋面を浮かべたままのタマルを見やりながら、くいっと親指で後ろを指し示す。

 基本的にこの貨物車に偽装された待機車両には、無機質な椅子と、壁から生えている様な折り畳み式の簡易テーブルしか備え付けられていない。

 タマルはあからさまに怪訝そうな表情を浮かべてから、大人しくシーモスの指差す方向へと顔を向けた。



「うー……、頭ぶつけたー」



 そうぼやき声を漏らすのは、同じ部隊の仲間であるエレナであった。美しい輝きを持つプラチナブロンドの髪を揺らしながら、彼女は涙目になりながら赤くなった額を擦っている。

 彼女を見たときのタマルの表情は中々に筆舌し難い。

 最初は予想外のものを見た様な唖然とした表情を浮かべ、次第にそこに憤りの色が混じっていき、だがそれが噴火するよりも先に呆れにも見える諦観が顔を覗かせ――それからさらに数度の工程を得た後に行き着いたのは、能面。

 パレットに並ぶ色を均等に混ぜ合わせていった結果、そこに現れたのは完全な無色であった。

 七変化とも言うべきその様子を、シーモスは脇から面白そうに眺める。



「あらー?」



 そんな二人の様子見たエレナは、額を抑えていた手を外したあとにちょこんと小首を傾げる。相変わらずの、容姿に似合わぬあどけない動作を見せる美人である。



「どうしたんですかー、タマル? そんなまるでー、イライラしているときに場にそぐわない空気を持つ美人で可愛らしい同僚を目にしてどんな反応をしたらいいのか分からないー、そもそも何を思ってたんだけなー、なんていうような顔を浮かべてー?」

「おー……」



 本当はわざとやっているんじゃないだろうか。

 傍目から見ていてそう思わせられる、見事の一言であった。

 恐る恐るといった感じで、シーモスは隣へ視線を降ろす。

 丁度、その瞬間。


 ―― ぶちり、と。


 絶妙なバランスによって生み出されたタマルのその表情は、その一言で一機に比重を偏らせたらしかった。



「――お、ま、え、はっ、どんだけ空気を読めてないんだよ!!!! 今はっ、敵襲のっ、真っ只中なんだぞ!」

「ひぃ――!?」



 まあ待ってる間だずっとかりかりしているよりはまだマシだろう。

 半分自分に言い聞かせる様にそう思考して――その時、外部から爆発音が鳴り響いた。



「……!」



 歩兵の戦闘によるものではない。それはよく聞き慣れた戦場の音だった。

 誘導弾、それも音の量からして単発ではなく複数によるものであろう。

 その轟音は確かにこの外で戦いが行われているのだということを、確かな実感と共に伝えてきてくれた。

 果たして、今の音の後にはどのような結末が現れたのだろうか。 

 そんなことを考えてみて、



「まあ……、あの二人ならどうにかするだろ」



 外に出ている二人の人物を思い浮かべて、呟く。

 どちらも異常とも言えるくらいに若く、数字を倍にしてもシーモスの年齢に届かない程であるが、その実力は部隊内でも折り紙付きである。


 軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)であるセーラは当然としても、クルスの万能人型戦闘機の戦闘技術は最早不可解な範疇である。あの年若さで一体どうすればあれだけの実力が身につくのか、想像もつかない。



 あの二人ならば、早々に遅れを取ることはないはずだ。

 そのはずである。

 だがしかし、どうにも嫌な影がちらついてならない。

 胸騒ぎという奴であろうか。



「――〈ムスタング〉に加えて、自動走査を利用したこの作戦……」



 仮眠中に見た夢のせいだろうか。

 シーモスは心中に浮かぶ暗澹たる影を意識せずにはいられなかった。




***




 短距離空対空高速誘導弾。

 闇夜に紛れながら空を滑翔する鉄の巨人達の大腿部に装備された多目的投射装置(マルチランチャー)から、現代科学で生み出された火矢が放たれた。

 その先には尻尾付きの、異形の〈フォルティ〉の姿がある。

 恐らくは機動性を重視した結果なのだろうが、それ故に設えられたその装甲は脆弱であろう。直撃はしなくとも、至近距離で自爆させればその破片で充分な損害を見込むことが出来る。


 いくら速度を重視しようとも、内部に様々な機構を抱えた万能人型戦闘機が誘導弾よりも速く移動することは無い。単純に質量が違う。例え擦れ違っても百八十度反転して追尾を行う誘導弾から、万能人型戦闘機がその機動のみで逃げ切るのは至難の業だ。搭乗者に要求する操縦技術難度の高さも相まって、装甲を犠牲にした軽量級の万能人型戦闘機が各地で主要運用されにくい一因である。


 宙空へと飛び出した誘導弾は弾頭内部に収まった赤外線感覚機によって相手を捕捉、後部から真紅の炎を吐き散らして突進を開始する。


 だがそこに爆炎が華咲くよりも先に、夜空に浮かび上がる無数の光源が〈フォクス〉の視界に入った。 

 蒼躯の万能人型戦闘機を始点に、無数の光の玉が暗夜の空へと咲き誇る。静かな射出音と共に連続して吐き出され、一定の間隔でゆらゆらと蜃気楼の如く揺らめく大量の(デコイ)。白煙の尾を持ちながら白い輝きを備えるその姿は、ともすれば近代兵器とは思えないような幻想的な光景を殺伐とした戦場の中で演出した。



攪乱幕(フレア)を持っていたか」



 仄かな明かりを放つ光の群を確認して、呟く。



「――各機次弾用意」



 焦る必要は無い。

 攪乱幕は優秀な防御兵装ではあるが、その効果は有限。極々一時的なものに過ぎず、また万能人型戦闘機一機が積んでいる量も限られている。場当たり的な対処は可能だとしても、連続した攻撃を対処することは出来ない。


 補給物資に乏しい現状で誘導弾の浪費は痛いところであるが、目前の敵を食い破れるならば決して惜しくはない。

 卓越した搭乗者を相手にする場合には――まして撃墜するとなると、手札を惜しむという判断は失敗に直結する。戦場での失敗、それはすなわち死だ。


 機体と同程度の熱量を持つそれらに誘われて、誘導弾の群がその機首を高空へと傾けていく。

 次の瞬間、目標を失った誘導弾達が自爆を開始した。轟音と共に、夜闇にあってなお浮き上がる黒煙と鮮烈な紅蓮色を持つ灼熱の華が漆黒の中に出現する。


 攪乱幕の放つ弱い明かりとは比べものにならない光量に晒されて、戦場を飛ぶ鉄の巨人達の輪郭が浮き彫りになった。



 爆風に煽られて戦闘機動を行う、鋼の機体達。 

 夜の暗がりに溶け込む様な色を持った巨人達の姿がその一瞬、閃光に縁取られて姿を露わになった、その瞬間。



「――!」





 ――ぞくり、と。




 

 その場にいた傭兵達の背筋を冷気が這っていった。


 理屈では無い。

 戦場に長く身を浸してきた者達が持つに至った、第六感ともいうべ危機察知能力。野生の獣が備える本能にも等しいその直感が、自分達の身に迫る危険を警告していた。



「これは――」



 それは隊内で最も戦場での経験を持つ〈フォクス〉とて例外ではなかった。

 故郷を失ってなお戦場で身体を削り続けてきた自分が今、神経を焦がすほどの危機感を感じている。その事実に戦慄を覚えると同時に、少し前まで心内に宿っていた高揚感、興奮といったものが全て消え去っていた。

 赤色の炎に晒されて姿を映し出された敵を見据える。


 獲物を視認したかのように〈フォルティ〉の複合感覚機目(センサーアイ)が赤く、獰猛な明かりを発する。無論それは心理的な圧迫を受けた者達の錯覚に過ぎないのだが、その機体と戦場で相対していた傭兵達は等しく同じ感触に触れた。そして思う。


 自分達は幾重もの戦場を潜ってきた兵士である。錬磨し研いできた牙を持つ、捕食する側の者達である。だがはたして。

 その牙は、目の前に浮かび上がる相手に届き得るものなのだろうか。



「……」



 戦いには流れというものが存在する。


 優位と劣等。

 この二つの要素に振り分けられるとすれば、間違いなく〈フォクス〉達は上に立つ側であった。闇夜に紛れ、数を上回っての包囲戦。戦いの主導を握っていたのは彼らである。


 だが、戦場には得てして理屈では語れない出来事が存在するのも事実だ。

 流れというのは非常に曖昧なものであり、ふとした拍子に、あっさりとその傾きを入れ替えてしまうことがままある。


 ――理由は分からない。

 ――失敗したつもりはない。


 だが、自分達は何かミスを犯した。

 空に上がった傭兵達はそう直感する。



「――っ!」



 先程の半包囲を敷いた状態で命令を下したときとは違う。

 言いしれぬ焦燥感に駆られる様にして〈フォクス〉は機体背部に備わった兵装を起動させた。




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