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プラウファラウド  作者: ドアノブ
五話 子狐
45/93

狩人



 当然ながら、稀少鉱石(レアメタル)というものは掘って手に入れてそれで終わりというものではない。

 採掘作業の次には、用途に応じた形に洗練する為の加工作業が待っている。その為、大規模な稀少鉱石の鉱脈から掘り起こされた資源は一度付近の集積場に運ばれた後に、独立都市アルタスへと繋がった電磁路線を利用して定期的に移送される。


 アルタスが独立都市として稼働する以前から構築されてきた運送形態であるが、大量の稀少資源を載せた輸送列車は言ってしまえば金銀財宝の詰まった宝箱のようなものである。古くからそれを狙った者達の襲撃が後を絶つことはなかった。


 無論アルタス側もそれを承知して万全の護衛態勢を敷いている。

 行き場を失った傭兵崩れ等の大抵の有象無象の襲撃者達はその強固な護衛達の前に為す術も無く蹴散らされる目に遭ってきたのだが――今回は違った。


 その時、資源輸送中の磁気浮上式車両を襲った集団は強化外装を装備した歩兵に加えて、四機の万能人型戦闘機まで所有していたという。近郊の待機所から増援が辿り着くまでに車両諸共電磁路線の一部も破壊され、襲撃者達は行方を眩せた。増援が唯一の幸いは資源そのものは奪取されなかったということだろうか。

 だがその結果を素直に喜んでもいられない。列車の防衛戦力はほぼ無力化されており、それにも関わらず襲撃者達が撤退したということは、目先に囚われずに差し迫っていた増援を察して適切な判断を下したということである。引き際を弁えた敵というのは手強い。それは万事に共通する事柄だ。


 生存者の報告と回収した映像記録から、襲撃は高度な戦闘訓練を受けた者達の犯行だと判断される。それと同時に適正戦力に潜伏されたまま事態が長期化すれば、被害が深刻化しかねない。


 そう判断したアルタスの運営委員会たちによって早急な解決を試みる様に対外機構軍軍へと通達され、その結果、案件に取りかかる迅速さと、複数の万能人型戦闘機を保有する詳細不明の敵性戦力を排除する実力があるとして――ある部隊が任命されたのだった。




「――パンネヘント社製万能人型戦闘機〈ムスタング〉……ねえ」




 待機状態にある〈フォルティ〉の操縦席に腰を沈めながら、クルスは手元に映し出された資料に目を通して小さく息を漏らした。


 薄暗い、狭い空間だ。

 言うまでもなく、万能人型戦闘機というものは戦うための武器である。その設計に遊びというものは存在無く、徹頭徹尾兵器の質を高めるために生み出されている。外部からの衝撃から搭乗者を守るためにその複合装甲は堅牢であるが、居住性という一面を見た場合は決して優れているとはとてもいえない。


 慣れ親しんだとも言える万能人型戦闘機の操縦席ではあるが、機体が動かせず周囲の光景が一切変わらない状態で何時間も過ごしたいとは思えない。


 唯一の救いは、万能人型戦闘機に標準装備されている生命循環維持装置の存在だろうか。この機構は操縦席内の温度や湿度の環境を人間にとって最適な状態に保ってくれる。そのお陰で息苦しさの様なものを覚えることはなかった。


 そんな中に身を置いて既にどれくらい時間が経過しただろうか。

 知ってしまうと気が滅入りそうなので、クルスは極力時間を意識しない様にしながら表示された情報を見やっていく。


 パンネヘント社製万能人型戦闘機〈ムスタング〉


 それが輸送列車を襲撃した者達が運用している万能人型戦闘機の機種であるらしかった。


 パンネヘント社。

 それは『プラウファラウド』でも存在した名前である。

 機体の根幹を成すフレーム部品(パーツ)に関してはどれも微妙な性能であったが、内装系機器に関しては優秀であった。特に高出力高燃費の推進ユニットは速度を重視するプレイヤー達の間では重宝され、クルスのかつての愛機である〈リュビームイ〉の推進ユニットもこの企業の製品を用いていたほどである。


 パンネヘント社の部品のみで構成されたその〈ムスタング〉という機体は、型録性能(カタログスペック)で見る限りでは、クルス達が用いる〈フォルティ〉よりも装甲を強固にして機体重量を増しつつも速度を保っているらしかった。ただしその分燃費は怪しいところがある。


 クルスは資料に映し出された外装部品を眺めて、型録に記されている性能と比較。そこから機体の内装系の部品を予測する。


 クルスは『プラウファラウド』に存在していた万能人型戦闘機の部品の性能を、ほぼ全て丸暗記している。そのために外装と機体性能を見てしまえば、中身に関しても大体の想像がついた。

 真偽不明な自身の記憶にあるゲームの記憶である。過度な信頼は危険ではあるが、敵戦力を予測しておくに超したことはない。


 今回シンゴラレ部隊に下された任務は、資源輸送用の電磁路線(リニアライン)周辺に潜んでいると推測される敵戦力の排除であった。敵の所在が不明なために、今回は目標をおびき寄せるために囮という形を取ることになった。


 稀少鉱石の集積所と独立都市を繋ぐ電磁路線の上を走る輸送車両であったが、それは見せかけだけである。本来ならば大量の稀少鉱石を積み込んでいるコンテナには擬装用にただの岩や砂が詰め込まれているだけであり、更にいくつかの中には万能人型戦闘機が潜んでいた。


 通常、待機状態にある万能人型戦闘機は熱や電磁場を帯びることがない。故にその姿を視覚的に捉えられない様に隠蔽してしまえば、その存在を察知される可能性は殆ど無い。――万能人型戦闘機は全高八メートルの巨大兵器だが、その数字は機体が直立したときのものである。膝関節を曲げて上半身も前傾へと移行させると、その巨躯は思いのほか小さくなる。参考程度に例を挙げるならば、人間が同じような姿勢を取った場合その全高は半分以下となる。


 生命循環維持装置と複合感覚器、通信機といった最低限の機能のみを働かせて、その時が来るまで待ち続ける。息を殺し獲物を待ち続けるその様は遙か昔、人間が狩りに鉄を用いる前から行われてきた原始的な手法であった。

 


「――とはいっても、待ち続けるだけっていうのも辛いものがあるよな……」



 即応体制にある機体の中で、クルスはうんざりとした息を吐き出した。


 今回の作戦はその性質上、受け身である。いつ訪れるとも分からない敵の襲撃を待ち続けるのは、複数人でローテーションを回しているとはいえ、鬱屈とした気分にさせられてしまう。

 何せ既に囮として用意されたクルス達を運ぶこの偽装車両は、すでに都市と集積場の間を四往復し、現在五週目の真っ最中であった。こうして与えられた資料に目を通すのも、実のところもう何度目か分からない。それぐらいに暇を持て余していた。


 相手もこちらが厳戒態勢に移行していることぐらいは承知しているのだろう。警戒して迂闊に手を出してこないのも当然かも知れない。だがそうだとしても、クルスが持て余している時間がなくなるわけではなかった。


 かといってまさか寝るわけにもいかないし、幾ら時間を持て余しているとはいえ機内に携帯ゲーム機を持ち込まない程度にはクルスも弁えていた。それは当然な話ではあったが、かといって持て余される時間が無くなるわけではない。


 じっと待つ作業というのが、クルスはあまり得意ではない。

 ゲームの『プラウファラウド』の中には長距離用の誘導弾ではなく、高弾速長射程の狙撃銃を得意武器とする者達がいた。彼らは自由に移動出来る万能人型戦闘機に乗りながら、自分の射程内に獲物が現れるのを待つことを良しとする特殊な存在であった。 

 だが先述したとおり、最低限の機能に絞った万能人型戦闘機を発見するのは難しい。戦場の何も反応のない地点から放たれる致死の一撃は脅威の一言であった。特にランキング上位のプレイヤーは時に武器の有効射程外から一撃を放ってくることすらあり、スナイパーと呼ばれるに相応しい実力者であった。


 彼らは長い時には戦闘時間の殆どを待機状態のまま過ごしていたが、その話を聞く度に自分には無理だなと感心したものだ。


 脳裏に自然と銀髪の少女の姿を浮かべながら、反応を見せない複合感覚器の表示に視線をやりつつ、クルスは待機状態にあるもう一機の万能人型戦闘機へと通信を繋いだ。有線による接触通信のため、傍受の可能性は無い。


 現在クルスと共に機内待機の役割を全うしているのはセーラである。話し相手として適切とはいえない存在であるが、集中力を保つためには否応無い。



「セーラ」

『なんでしょうか』



 声をかけると、すぐに返事が来た。 

 当然と言えば当然だが、居眠りしている様なことは無かったらしい。

 きっと彼女は薄暗闇の中に包まれた操縦席内部でも身動ぎ一つすることなく、その影の中に同化する様にしてじっと待機していたに違いない。クルスには無表情を保った金髪少女のその姿を容易に思い浮かべることが出来た。


 ――さて何の話をしたものかと、クルスは少し頭を悩ませた。


 さしあたって何か話題があったわけでもない。暇な時間に気を取られない程度に雑談が出来ればそれでいいのだが、こうして改めて考えてみるとこれという内容も思いつかない。そもそもこの少女を相手に雑談で話が続くのだろうか。何気ない話題を出したとしても「はい」と「いいえ」の二言で話は終了してしまいそうである。

 まるでどこぞの勇者みたいだなと考えつつ、ふと、この任務に取りかかる前の出来事を思い出した。


 基地内でシーモスと交わした何気ない会話。

 この都市に来てから何かとクルスはセーラと行動する時間が多かったが、彼女の事を何も知らない。案外、これはいい機会かも知れなかった。会話が続かなかったら続かなかったで、まあ仕方が無いだろう。もとよりこの少女相手に適切な話題など分かりはしないのだから、考えるだけ無駄ともいえる。

 


「――セーラはなんで軍人なんてやってるんだ?」



 話題としては少々唐突であったかもしれない。

 だがそれはクルスが前々から思っていた疑問であった。


 僅か十四才の少女。それが人を殺すための兵器に搭乗し戦っているなど、いくら戦火が広がるこの世界でも普通ではない。それを証明する様に、クルスは基地内で彼女の他に自分よりも年下の人物を見たことがない。――外見だけならばもっと幼い人物が同じ部隊にいたが、それはともかく。



『――何で、ですか?』



 質問の意図が掴めなかったのか。

 平坦な声音のまま、セーラは問い返してくる。



「単なる雑談だよ。正直暇すぎて、せめて口ぐらい動かしてないと集中力が続きそうにないんだよ。付き合ってくれ」

『それは構いませんが』



 任務のために必要な行為という意味合いを付け加えると、セーラはあっさりと承諾してくれた。

 だが、その後に続く言葉が通信機から聞こえてくるまでに、暫く間が空いた。する質問を間違えたかなと、クルスは考える。

 結局、セーラが再度声を聞かせたのは、クルスが万能人型戦闘機にゲームアプリとか入れておけないのかなと益体の無いことを考え始めたときのことであった。



『何か理由が必要なのでしょうか』



 クルスは一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 脳が彼女の言葉を受け入れるのに、しばしの時間がかかる。



「そりゃあ……、普通は何か理由はあると思うけど……」



 予想外の返答に困惑しつつクルスは声を漏らす。

 人を殺すための道具を操り、実際に銃口を向けて引き金を引く。まさか、戦場に立つのに何の理由も無いというわけでもないだろう。

 そう思ったが、この環境が自分の常識に当て嵌められないということも、理解はしていた。 

 アルタスはすでに三十年戦争をしているという。

 クルスも任務に従って兵器を操り、人を殺めもしたが、それで戦争というものを理解出来たとは微塵も思っていない。生まれたときから戦争が傍らにあり、その中で成長するということがどんな意味を持つのか、クルスには想像もつかなかった。



「……故郷を守りたいとか、そういう考えがあったりするわけじゃないのか?」

『故郷……』



 彼女は何か変なものを耳にしたかの様に言葉を漏らす。


 自分はそんなに変なことを口にしているだろうかとクルスが若干不安に思う。やはりというべきか、セーラと何気ない雑談を交わすのは中々敷居が高そうであった。耳に届いてくる声はどれもこれもが抑揚が無い平坦なもので、そこから感情の色を探し出すのは難しい。

 相手の反応を窺えないというのは、自分の言っていることがあっているのか間違っているかの判断も難しくする。



『――私の出身地はアルタスではありません』



 そう返事が返ってくるまでにどれくらいの間が空いただろうか。

 時間にしてみれば決して大したものでは無かったのだろうが、クルスにとっては随分と長く感じられた。



『私の出身はレフィーラです。アルタスの対外機構軍で任務を遂行していても、故郷を守るといった認識をしたことは一度もありません』

「へえ」



 海上都市レフィーラ。

 未だに自身を取り巻く周囲諸々の事情に疎いクルスでも、その名前は何度も耳にしたことがあった。

 独立都市アルタスと同盟関係にあるという海上都市。

 資源等の貿易のみにならず軍事方面でも深い繋がりがあり、アルタスで正式採用されておりクルスが現在乗っている万能人型戦闘機〈フォルティ〉の開発企業であるアーマメント社も、その本社はレフィーラに設置されているのだという。

 両都市間で真空トンネルという専用の高速輸送ラインが確立していることからも、その関係の密接さは容易に窺えた。


 セーラの出身はレフィーラであるらしい。

 初めて知った情報に相槌を打ちつつ、では何故他の出身の彼女が――それも十四才などいう明らかに不自然な年齢でありながら、軍などいう組織に身を置いているのだろうか。

 そう疑問に思いつつも、会話を続ける。



「――ていうことは、家族とかはそっちで暮らしてるのか?」 

『家族……』



 そう訊ねると、セーラは再び言葉を止めた。

 そうして二呼吸ほどの間を置いてから、



『家族というのは、類似系あるいは同一遺伝子を持つものということでいいのでしょうか?』

「え? ああ……、うん。多分それでいいんじゃないか……、よく分からないけど」



 何故そんな小難しい言い方をするのだろうかとクルスは思いつつ、肯定する。別にそんな厳密な定義を設定して尋ねたわけでもないので、セーラ自身が家族と認識しているならば別に血縁に拘るつもりはなかったのだが。

 セーラはさらにもう二呼吸ほどの間を空けてから、



『――その定義でいうならば、私にとって親と呼べる存在がレフィーラにいるかどうかは定かではないです。少なくとも私は顔を見たことはありません』

「あー……」



 もしかして自分は地雷を踏んだのではないかと、クルスは冷や汗を垂らす。

 親の顔も見たことがないということは、もしかして孤児とかだったりするのだろうか。あまり気軽に訊いて良い内容ではなかったかもしれない。

 だがクルスのそんな気まずい思いを察した様子も見せずに、セーラは言葉を続ける。彼女にとっては何ともないことのか、あるいは単純にどうでもいいのか。


 

『ただ、先程の基準に合わせた場合に自分の兄妹と呼べる者達とは九人程顔を合わせたことがあります』

「そりゃまた、随分と大家族だな……」



 一人息子であったクルスには想像の出来ない人数に、少々呆気にとられた。

 加えて、親とあったことはないのに兄妹とあったことがあるというのはどういう事情だろうか。そちらも気になったが、かといってそれを口に出して訊ねるのも憚られる。



『――接触していない者達も含める場合、正確な人数は私も把握していません』

「そ、そうか」



 若干声を引き攣らせつつ、クルスは頷いた。

 どうやら自分の同僚である少女は、随分と複雑な家庭模様をしている様だった。

 少なくとも今聞いた話から彼女の家庭環境を察することは、クルスには出来そうになかった。




 ***



 

 煙草を吸えないというのはこういう時に不便だ。

 胸中に渦巻く言い表しがたい苛立ちを感じながら、シーモスはそう考える。

 もし喫煙が許されるならば、同時に三四本くらい火を点けた後に咥えて思いっきり吸い込み、内側の鬱憤諸共一気に外へと吐き出したい。そうすれば完全にとはいわなくとも、幾分か気が安らぐに違いないなかった。


 だが現在は半密閉空間である車両の中である。それが許される状況ではない。それ故に苛立ちを発散する方法もなく、胸内に抱える黒い淀みの様なものがどんどん増していく。


 これもそれも全て、過去の出来事なんかを夢で見たのが原因だった。

 何故今更になってという感じがある。

 既に風化した過去、何年も前の出来事である。よりにもよって全てを失ったあの瞬間を夢に見たことなど、これまで一度もなかったというのに。



「なんだよ。随分と機嫌が悪そうじゃねーか」

「夢見が悪かっただけだよ」



 対面の座席に座ったタマルの言葉に、シーモスが返答した。

 発したその声音がいつもと違うと自分でも分かって、舌打ちを漏らしたくなる。駄目だなと内心で毒づく。今は何をしようが上手くいく気がしなかった。息を吸うだけでも苛立ちが募っていく。


 そんなシーモスを見透かした様に、タマルが嘆息する。

 老化防止処理(アンチエイジング)を施しているんではないかと疑いたくなるほどに実年齢にそぐわない幼い容姿を持つ彼女がその仕草をすると、目の前に生意気な子供がいるようにしか見えなかった。酷い目に遭うので口には出さないが。



「なんだ。昔のことでも夢に見たか」

「――」

 


 思わず息を詰まらせる。

 それを見たタマルが半眼で見やってきた。



「なんだ、図星かよ」

「ほっとけ」



 ばつが悪くなって短く一蹴する。

 自分でも大人げないと、或いは情けないという自覚はあるのだ。だが一度胸中に沸き上がった感情の波はすぐには消えない。何でもないと思えば思うほど、それは釈然としない苛立ちとなって内側に溜まっていくことになる。



「いちいち終わったことを夢見てそれに振り回されんなよ、鬱陶しい。厳つい顔したオヤジがそんなことしても何も可愛くないからな」

「……言われんでも分かってるよまったく」



 本気で面倒くさそうな様子を見せるタマルに、シーモスは苦笑いを浮かべて見せた。

 そう。彼女の言うとおり、全て自分の中では終わったことなのだった。


 戦火はこの世界の至る所にあり、争いはどこにでも続いている。

 だが全てが消え去った、あの日、あの時。

 愛した妻も息子も娘も全て灰に帰したあの瞬間。

 シーモスが続けていた生きるというものは、敗戦という形で幕を下ろしたに違いなかった。

 きっと、いまここに居る自分は残りカスみたいなものだろう。

 戦う意味も目的も失って、だがそれ以外の生き方も同時に失ってしまったが故に、こうして惰性で戦場に身を置いて生活の糧を得ている。



『――意味はある』



 夢の中に出てきた、かつての戦友の言葉が頭の中に響いた。

 ジラール=ネクトロン。

 かつて肩を並べて戦った、トップエースの言葉。守るべき故郷を失ってなお吐き出されたあの言葉の答えは何だったのだろうか。あの先の戦いに、本当に意味などあったのだろうか。

 答えられる人間はこの場には居ない。



「……なあ」

「なんだ?」



 暫くして、シーモスが言った。



「一本だけ煙草吸わせてくれ」

「駄目だ」



 にべもないタマルのその言葉に、シーモスは苦々しい表情を浮かべた。















 山中の岩肌の隙間を縫う様に続く灰色の線を、木々の合間から覗く者達の姿があった。

 彼らは正規の部隊ではなかったが、構成員の殆どが元軍人の経歴を持つ練達した傭兵達であった。組織を形成してからの年数も長く、その練度は正規の部隊にも劣るものではない。 


 装着者に驚異的な身体能力を与える強化外装を纏った歩兵達に加えて、闇夜に紛れる様な宵闇色をした鉄の巨人。

 装甲戦車の様に歩兵の盾となることは難しいが、場所を選ばぬ垂直離陸機能を持った上で空でも陸でも高い戦闘能力を持つ万能人型戦闘機は、単体で見れば間違いなく現行最強の兵器である。

 そんな破壊の権化とも呼ぶべき鉄の巨人が複数、その巨体を小さく降りた畳んで存在感を薄くしながら、虎視眈々と狩るべき獲物を待ち続けている。


 その中に並ぶ一つの機体。

 機体自体は他と変わらぬ〈ムスタング〉であったが、その機体には周囲のものとは違う二つの特徴が存在した。


 一つは背部に装備された兵装。

 一見して黒い箱にしか見えないそれはどのような機能を持つのか察することは出来なかったが、その側面には、白と黒を交互に敷き詰めた遊戯盤とその上に置かれた歩兵を模した駒が刻まれている。

 それはつまり、その部品が彼の企業の手によるものだという証明に他ならない。それが原因か、周囲に散らばる歩兵達の幾人かはちらちらと密かな視線を向けている。

  


 そして、もう一つ。



 その機体の右肩表面には、鋭い牙を剥く狐の姿が刻まれていた。









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