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プラウファラウド  作者: ドアノブ
五話 子狐
43/93

山賊王の呪い

この作品はプラウファラウドです。

 鬱蒼と茂った森林の中を二人の男と一人の女が進んでいく。


 周辺に列柱の如く立ち並ぶ樹木は太く、黒く、無数の枝葉が幾重にも重なり、絡み合い、高く昇っているはずの太陽の光を完全に塞ぎきっている。そのために周囲は薄暗く、一行は視界を確保するために腰にランタンを吊していた。


 時々、この森に生息していると思しき獰猛な獣たちの遠吠えが聞こえてくる。

 一年を通して影に覆われ人を襲う危険な生き物たちが生息するこの大森林を、周辺にある村の人々は影切りの森と呼び称していた。木こりも狩人も決して立ち入ることのない、昔の時代から恐れられてきた禁断の領域である。

 ――だがそれ故に、人目から逃れて潜伏する先としては絶好の場所と判断することも出来る。


『よし、あたりだな』


 先頭を歩いていた男が呟いた。


 燃えさかる炎の様な色をした髪を逆立てた、長身の男である。その身は遙か南方の大陸のみに少数生息する黒竜の鱗を使ったスケイルアーマーに覆われていて、この男が歴戦の猛者だということを知らしめていた。


 名をクラウゼといい、かつてこの国の王都で開かれた武術大会で見事に優勝を果たし、王から自由騎士の称号を授けられたこともある一世の傑物である。


『ええと……』


 クラウゼが呟いた言葉に反応して、彼に同行していたもう一人の男が首を傾げた。


 黒髪の青年と少年の間くらいの年齢で、中肉中背顔立ちも平凡と絵に描いた様な特徴の無さである。身に纏っているものも簡素な皮鎧であり、歴戦の猛者であるクラウゼと並ぶことによってその装備の貧弱さが一際目立っている。

 だがその男――フィアはその事を別段気にした様子もなく、首を傾げた。


『あたりって、なんで分かるんですか?』


 一体何を根拠に言っているのか。

 そんなフィアの言葉にクラウゼは小さく苦笑しつつ、足を止めて奥へと指をさした。


『本来ならこの時点で見張りがいるんだ。だけど今はいない。村を襲ったときに自警団に戦力を減らされた所為なんだろうが』

『なるほど』


 クラウゼの言葉にフィアは素直に頷く。


 フィアはまだ冒険者になって時間も経験も浅く、クラウゼからは一方的に学ぶ立場であった。

 初心者とも言うべきフィアがクラウゼという実績のある指導者につくことが出来たのは、最大級の幸運といってもいい。手探りで行うのと誰かから教わるのでは、実力を得るまでの効率がまるで違ってくる。


『では、この先にいるということですね?』


 一行で唯一の女性であるミコトがそう訊ねた。

 淡い色の髪を腰まで伸ばした人物で、装飾の殆ど無い地味なローブを装備している。手に持った杖からも分かるとおり、彼女は神聖術を操る神官であった。ただし装備は貧弱であり、フィアと同じくクラウゼから享受する立場にある。


 ミコトの問いにクラウゼはニッと悪ガキの様に口の端を釣り上げた。


『先って言うか、もう来るんだけどな』


 その言葉にフィアとミコトが揃って『え?』と短い声を漏らすとほぼ同時に、暗闇に包まれて陰鬱とした雰囲気の森林に似合わぬ叫び声が響き渡った。


『ぐわははははは、よくこの場所が分かったな貴様ら! だがここに来たが運の尽きだ! 山賊王たるこのキンドト様が引導を渡してくれるわ!』


 そう言いながら、クラウゼが指を向けた方向から一人の男が現れる。


 キンドドを名乗るその男は一体何を考えているのか上半身が裸であり、分厚い筋肉に覆われた身体が惜しみなくさらけ出されている。

 それを見たフィアがうへえと顔に渋面を浮かべる。


『何を考えてるんだ、あれ……。あんな格好で山中を歩いたら傷だらけになるだろ』

『風邪を引いてしまいそうですね』

『山賊の様式美ってやつだろ、多分』


 相手を眺めて三者はそんな会話を交わすが、幸いにしてキンドトの耳には入らなかった様だ。半裸の山賊王はどこからともなく巨大な戦斧を取り出して、雄叫びを上げる。


『さあいくぞ、冒険者共!』


 そういってキンドトは戦斧を回転翼のように回しながら突撃してくる。半裸の男が行うその光景は酷く滑稽なものではあったが、御些末な装備しか持っていないフィアやミコトには充分な脅威になり得る。

 咄嗟に腰に下げたショートソードに手を伸ばして身構えようとしたフィアであったが、それを前に立つクラウゼが制した。


『あーやらんでいいやらんでいい。必要ないから』


 やる気の籠もらない声でそんなことを言う。


 そうしてからクラウゼは一歩前に出ると、宙空に手を伸ばした。それを合図にしたかの様に、何も無い空間から一振りの剣が現れ、クラウゼの手の内に収まる。


 彼の髪の色と同じ、灼熱色を持つその肉厚の刃は彼の愛剣であった。現代では精製方の失われた神代の時代に伝わる神金属を使い、王都最高の鍛冶屋が十四日間をかけて鍛え上げてこの世に誕生させた、竜の鱗をも容易に断ち切る大剣である。

 クラウゼがその大剣を易々と頭上に大きくかかげると同時に、大量の魔力の光が粒子となって、彼を中心に渦巻き始める。


 彼の本分は剣を扱って戦う戦士であったが、それと同時に魔の扱いかたを修めた魔術師でもある。その二つの領分を極めた彼を人々は羨望し、敬い、情熱を持ってこう呼ぶのだ。


 ――魔剣士、と。


『タイラントオオオオオオオブレイクウウウウウ――!』


 クラウゼが、上から下へ、神速で大剣を振り下ろした。

 周囲を渦巻いていた魔力がその剣先に収束し、刀身が眩く耀く。そして次の瞬間――赤色の閃光が発せられる。


 竜の息吹とも見紛う熱量。

 この世界でも最大級の破壊力を持つその一撃は、周囲にある木々を無いが如く薙ぎ払っていきその延長線上にいたキンドトを易々と呑み込んでいった。


『な、なに――!? ぬわああー!』


 野太い断末魔が辺りに鳴り響く。

 光が収まったその後には、ただただ破壊の傷跡が広がっているだけであった。地面は黒く焼け焦げ、多い茂っていた草木は残骸一つ残さずに、文字通り消滅してしまっていた。


 一撃必殺。


 クラウゼが放った攻撃はまさにそう言い表すに相応しい。

 どう間違っても、山賊如きが耐えられるような代物ではなかった。

 もとよりそういう話だったとはいえ、目の当たりにすると中々に惨い光景であった。フィアは思わず今は亡きキンドトに同情してしまったし、傍らに立つミコトは南無南無と両手を合わせている。


『ふ、またつまらない物を切ってしまったな』


 だが処断を実行したクラウゼ自身は、立った今切り捨てたものを「つまらない物」呼ばわりしていた。これではキンドトもさぞ浮かばれないに違いない。


 焼き焦げた森跡を背景に不敵に佇むクラウゼを見て、フィアがそんな緊張感の無い感想を持ったのも束の間。


〈クエストを達成しました!〉


 鬱蒼とした暗い森の中。

 アナウンスと共に、どこからともなく勝利のファンファーレが鳴り響いた。

 



***




 独立都市アルタスの防衛の要である西方基地所には、その敷地内にいくつかの施設を抱えている。兵器の格納庫や滑走路はもちろんのこと、管制塔、レーダー施設、補給倉庫、医療棟――変わり種としては後方に控える都市アルタスと直通で繋がっている高速モノレールの乗り降り場などだろうか。


 そして、そういった施設群の中には、基地に駐留する軍人達が寝泊まりするための宿舎も当然含まれている。基本寝泊まりするためだけの場所ではあるのだが、その規模は他の施設と比べて見劣りするものではない。軍事基地の一角に変哲も無い幾つもの高層住宅が並んでいるのは、一般的な基地のイメージを持つ人間からすると異様な光景に思えるかもしれないが、その場所で働く者達の数を考えれば決して大袈裟なものではない。


 軍人、という言葉を聞くとどうしても銃や火薬等を扱い敵と戦うイメージが先行してしまうが、実際にはそういった直接的な戦闘を行う者達よりも、後方で施設設備を扱い前線の支援を行う要員の方が遙かに多い。要所要所の自動化が進んでいるとはいえ、限界というものは存在する。軍事基地というものは配備されている戦力以上に大量の人員が必要になるものだ。


 宿舎は男女別以外にも職種別や高級士官用などで色々と分別されてはいたが、見た目はどれも味気の無い白壁を持った中層建築物であり、分別された宿舎ごとに特筆するべき違いは無い。立地の都合によって少々間取りが違うことを除けば、内容は殆ど同じである。

 唯一の例外は、高官用の宿舎くらいのものだろう。


 代わり映えのしない住居群。

 そのうちの一角。 


「むう、これはこれで中々侮れないな……」


 割り振られた一室でベッドに転がりながら携帯ゲームをしていたクルスは、ゲーム内でのイベントを終えて一段落しその電源を落とすと、感心と驚きの入り交じった唸り声を漏らした。


 黒髪亜麻色の瞳を持った少年であり、その容貌から実年齢よりも少し幼く見られることも多い。もっとも、それは彼の特徴というよりは人種的な特徴であったが。元の場所でもそうであった様に、日本人の顔立ちというのは他の地域の人間から見ると童顔に映るらしかった。

 ただしクルスの場合、実際の年齢も最前線の基地にいるには若すぎるものであり、周囲の者が実際の年齢を知ったところで大してその印象が変わることは無いだろうが、それはともかく。


 クルスが今しがたやっていたのは、この世界のゲームであった。

 内容は剣や魔法で戦う、ありふれたファンタジー設定。ネットを介して世界中のプレイヤー達と一緒に冒険することが出来る、日本ではMMORPGなどと呼ばれていたジャンルであった。

 


 哨戒など通常の隊に割り当てられる任務が一切回ってこないシンゴラレ部隊は、待機任務の割合が非常に多い。任務と言葉尻につけてはいるが、連絡がいつでも可能な状態であれば行動に殆ど制限の無い、実質的には自由時間にも等しいものだ。

 以前ならば時間があれば『プラウファラウド』に入って延々と対戦を繰り返していたものだが、現状ではそれも叶わない。兵器というものは基本的に消耗品であり、金食い虫でもある。訓練という名目を表面に貼り付けたとしても、気軽に実機稼働を行うことは難しい。

 何度か基地内にあった訓練用のシミュレーターにも触ってはみたが、どうにも纏わり付く違和感が拭えなかったというのが本音である。VR技術の体験が根幹に根付いているクルスとは相性が悪く、逆に勘が鈍りそうな恐れさえ抱いてしまった。


 その結果、クルスは待機時間を持て余すこととなった。

 時間があるのならば外に繰り出すという手もあったが、その都度面倒な項目が幾つも並んだ外出届を記入、提出、許可を得てから、直通の高速モノレールを使って都市に繰り出すのも非常に手間である。さらにいうならば、都市に繰り出したとして特にしたいことがあるわけでもない。


 様々な意見を交えた脳内協議の結果。

 その解決策として最終的に見出されたのが、つい先程までクルスがプレイしていた、携帯ゲームであった。


 正直に言ってしまえば、あまりこのゲームに期待はしていなかった。

 クルスにとってゲームと言えば巨費を投じてまさしく一つの世界を新しく生み出しているVRのことであり、出力された画面を見つめて箱の中の住人を操るレトロゲームなど、すでに絶滅しかかっていた遺物である。

 仮想現実空間に潜って超常の世界を疑似体験するのではなく、携帯機の小さなモニターを見ながらスティックとボタンを使ってプレイヤーキャラを操るその仕様は、VRゲーム最全盛期の環境で暮らしていた記憶を持つクルスにしてみればアナログ極まりないローテクロノジーな代物であった。

 そのためか。頭の中の前提にどこか、所詮は『そんなもの』というような意識が根付いていたのは仕方が無いことだろう。


 だが実際にこうして触ってみると、中々馬鹿にしたものではなかったと考えを改めさせられる。


 視界範囲の狭い、まるで水槽を覗き込む様な形態の在り方には色々と不満を感じるが、仮想現実での疑似体験が基本であったクルスには、第三者視点でキャラクターを操るのは中々に新鮮に感じるものがあった。

 一体これは誰の視点なんだよという無粋な指摘を無しにすれば、後方から周りを見据えてキャラクターを操作して戦うのも、基本自分視点のみで遊ぶことになるVRゲームとは別種の楽しみがある。臨場感や迫力という点では仮想現実に及ぶべくもないが、自分のキャラクターに関しては愛着のようなものを感じた。遠くで頑張っているペットを離れて見ているとでもいえばいいのだろうか。


 何の事前情報も無しに店頭で適当に仕入れたものであったが、思わぬ収穫物であった。


 ゲームによる久方ぶりの充足に一人頬を緩めながら時計を見やると、あと一時間程で予定されていたブリーフィングの開始時間であった。


 前回の真空トンネル海上中継地点〈ホールギス〉の騒動から一ヶ月以上が経つ。

 行われる話の内容は知らされていないが、そろそろ頃合いではないだろうかと、クルスは密かに当たりをつけていた。 


 未だに着慣れることのない漆黒色の軍服を羽織ると、クルスは荷物も最低限に外へと向かう。宿舎から指定された会議室までは徒歩で二十分程度かかる。それを加味しても移動には少し早い気もしたが、クルスの上官はあのグレアムである。万が一遅刻でもしようものならば、何が起こるか分かったものではない。


「あ」

「よう」


 玄関を抜けてクルスが廊下に出ると、丁度、隣の部屋から黒人の男性が出てくるところであった。

 その肉体は一目で引き締まっていることが分かり、身に纏った軍服も板についている。服に着られている感の強いクルスとは大違いであった。だがしかし、身に纏う雰囲気に気怠げなものが混じっていて、その印象をどこか曖昧なものにしている。


 名前をシーモス=ドアリンといい、クルスと同じくシンゴラレ部隊に所属する万能人型戦闘機の搭乗者であった。


 この時間に外に出ているということは、シーモスの目的地もクルスと同じだろう。

 特に示し合わせたわけでもなく、二人は並んで歩き始める。


「奇遇だな」

「確かに」

 

 隣から何と無しに呟かれたその言葉に、クルスは相槌を打つ。

 クルスとシーモスは宿舎の部屋が隣同士ではあったが、普段、部隊内の訓練などで移動する際に一緒に向かったことは一度も無かった。こうして偶然に鉢合わせるのも今回が初めての事である。



 建物を出て外に差し掛かると、一気に視界が開けた。

 広く高い青空の中に薄く白い雲が群れを成しているのが確認出来る。地上と同じく上も風の動きは鈍いのか、傍目ではその綿雲が動いているのかどうかは分からない。どうやらここら辺一体の天候は安定しているようで、少なくともクルスがここに来てから機嫌を損ねた空を見たことは無い。


 最近ではあれだけ猛威を振るっていた夏の勢いも衰えてきた様に感じる。

 暑いは暑いが、猛暑という段階は既に過ぎ去っているし、世界を覆い尽くしていた蝉の鳴き声も幾分かは収まってきていた。


「……今回の内容は何だと思う?」


 黙ったまま道のりを歩き続けるのもどうかと思い、クルスはそんなことを口にしてみた。


「出来る限り面倒事は止めて欲しいんだがね」


 シーモスは特に気負った様子も見せずに、そんなことを嘯く。

 そんなシーモスの言葉はつまり、やはりこれから行く先で面倒事が待ち受けていると彼も考えているということだろう。


 そういったものに対する億劫な心情を隠しもせずに晒け出す黒人の男を、クルスはまじまじと見つめた。


 クルスの知るこのシーモスという男は、基本的に誠実さに欠け、手を抜けるとこは抜き、真面目という言葉からはほど遠い人間である。完全な上下関係が成り立っている軍人というものに向いている性格にはとても思えなかった。


 果たしてこの男は一体どのような経緯があって、シンゴラレ部隊などいう場所に辿り着いたのだろうか。


「――なあ、おっさんはなんで軍人なんてしてるんだ?」


 特に深く考えることも無く、クルスはそう口に出してみた。

 何となくこういうことは詮索してはいけないのかとも思ったが、言うつもりがないのならば素直にそう答えるだろう。クルスとしても拒否されてまで問い続けるほど強い関心があるわけではない。断れればそれで終わりの、一度限りの質問のつもりであった。


 だがシーモスの反応はクルスの予想外のものだった。肩を並べて隣を歩くシーモスは、意外なものを発見したかのように少しだけ目を丸くして見せた。

 その反応にクルスは胡乱げな視線を向けた。


「なんだよその顔は?」

「いや……」


 シーモスは視線を彷徨わせつつがしがしと後頭部を掻きながら、


「お前からそんな質問が出るのが意外だと思ってな」


 そう答えた。


 だが、シーモスの言っている意味が分からずに困惑する。

 そんなに自分は変なことを口にしただろうか。そこまで突飛なものでもないつもりだったのだが。

 そんなクルスの心情を読み取ったのか、シーモスは呆れた様に小さく息を吐き出した。


「……お前がここに来てからもう二ヶ月くらいだろ。その間に俺達のことを訊ねた事なんてこれまで一度も無かっただろうが」


 そう言われてみて、クルスはそう言えばそうだったかも知れないと気がついた。

 そんなクルスの様子を見ていたシーモスが肩を竦める。 

 

「そういうのに興味がある奴は普通、もっと早くに訊いてくるもんだ。だからてっきりお前は他人にはそこまで興味の無い奴かと思ってたんだが……」


 そう言って、シーモスはちらりとクルスに視線を寄越す。


「逆に訊きたいんだが、なんで今になってそんなことを訊いたんだ、お前は?」

「……それは――」


 言われて考えてみるも、特別な理由など思いつきはしなかった。

 強いて言うならば、周りを見る余裕が出来たからだろうか。つい先程ゲームで遊んでいたこともそうだが、ここ最近でクルスは随分とこの場所での生活にも慣れてきたと思える。

 いや生活に慣れるというならば、それは一ヶ月もした辺りからそうであっただろう。ただこの場合の『慣れた』というのは現在陥っている状況に対する意味では無く、この世界そのものに対して適応出来てきたという感じだろうか。


 資源戦争、侵略戦争。最新鋭の兵器を使った戦争が当たり前にあるこの世界は、上手く口で表すことは出来ないが、日本には無い明らかに異質な空気がある。そういった、日本にいた頃には決して覚えることの無かった感覚に、クルスは随分と鈍感になってきた様に感じる。



 一体何が原因で前後も分からぬ今の状況になったのかは現在も一切不明ではあったが、前回の海上施設での任務以降、クルスは急速に現状に適応していった様な感触を覚えていた。


 果たしてその要因が自分の明確な意思で人を殺したことなのか、あるいは複数の企業製部品で構成された自分との繋がりを感じさせた赤い万能人型戦闘機を破壊したことなのか、それは分からなかったが。


「ううん……」


 返答に窮して言葉を彷徨わせるクルスをシーモスはしばらくの間眺めていたが、このまま待っていても明確な答えが返ってこないと理解したらしい。

 隣に向けていた視線を外して、


「俺がなんで軍人をしてるか、ねえ……」


 シーモスは少しだけ何かを思い返すかの様に目を細めた。


 それは。

 何かを愛おしむような、懐かしむような。

 ――あるいは後悔しているような。


 ここではないどこか遠くを見ているその表情は、クルスが初めて見る男の顔でもあった。すぐ隣を歩くこの男がこれまでどんな生き方をしていたのか、クルスは何も知らない。そんな自分に、シーモスが今何を考えているのか察する手立ては無い。

 だがそれでも、同僚であるこの男が過去に複雑な思いを抱いていることは何となく察せられた。


 そのまま暫く。

 会話も途切れて二人は並んでただ歩き続けた。 

 一ヶ月前より幾分か衰えた蝉の声を耳にしながら、広大な敷地面積を誇る基地の中を進む。途中で擦れ違う他の軍人から表現し難い視線を向けられるのもいつものことである。


「――理由だとか意味だとか」


 そう再びシーモスが口を開いたのは、目的地である会議室が目前まで迫ったときであった。


 あまりにも間が空きすぎていて、クルスは一瞬それが何のことなのか分からなかった。それが先程の質問に対する答えの続きだと気がついたのは、続く次の言葉を聞き終えた後のことである。


「そんな青臭い悩みなんてとっくの昔に忘れちまったな」


 シーモスは面倒事を嫌う様に気怠げな雰囲気を前面に出しながら、そう言って苦笑を漏らした。




***



 クルスとシーモスが揃って会議室に入ると、中にはすでに先客がいた。

 艶やかさの中にどこか無機質な光沢をもつ金髪と、赤い硝子玉をはめ込んだ様な感情の色を感じさせない瞳を持つ少女――セーラ=シーフィールドである。

 目鼻顔立ちの整った、端的に言えば美しい少女であったが、その表情は無色。一切の色を感じさせないその在り方は、彼女が名工によって精緻に生み出された人形だと言われても納得出来るものがあった。


 年若い幼い顔立ちを持つ少女は入室してきたクルス達に視線を向けると、静かに口を開いた。


「こんにちはクルス少尉」

「……ああ、うん」


 それは挨拶と称するには、あまりにも義務的なものであった。

 とりあえず人はそうする生き物だと知っているからそうしてみた。機械が人間の真似をしている様な、そんな雰囲気すら感じさせる。


 そんなクルスの心中など察した様子も見せずに――知ったところでこの少女が何か対応を変えるとは思わなかったが――セーラは続いてクルスの隣に立つシーモスに顔を向けた。


「こんにちはシーモス中尉」

「あいよ、こんにちは」


 セーラとの付き合いはクルスよりも長いだけ慣れているのだろう。

 その人の温もりを一切感じさせない挨拶に、シーモスは特に何か感じる様子も無く当たり障りのない対応をしてみせた。見事な対応ではあったが、参考にすべきかどうかは迷うところである。 


 シーモスの言葉からは面倒は突くと蛇が出てくるからやり過ごそうという意思が、はっきりと浮き彫りになっていた。


 クルスとシーモスがお互いに少し離れた会議室内の定位置に腰を下ろすと、セーラが徐に立ち上がりクルスの後ろの席に無言で腰を下ろす。最早いつも通りの動作であり、クルスも何か言うことはなかった。


 思えばこの都市に来てから最も時間を共有しているのは間違いなくこの少女であるが、クルスは彼女の事もまるで何も知らない。明らかに幼すぎる年齢に、感情の起伏が極端に薄いその在り方。彼女が普通と呼べない存在であるのは明確だった。

 一体この少女はどうしてこの場所にいるのだろうか。 

 

 そんな事を考えているうちにタマルとエレナが姿を現し、そして最後に。


 指定されていた集合時間丁度に、顔に大きな傷跡を持つグレアムが入室してきた。

 鍛え抜かれた巨躯や、鋭い目つき、岩から削り出して形作ったかの様な険しい顔立ち、いつ見ても威圧感が控えめになることの知らない男である。


 壇上に立ったグレアムは室内の面々を見渡して、全員が揃っていることを確認すると厳かに口を開く。


「さて早速だが、本題に入るぞ」


 グレアムは前置きも何も無く、そう言った。

 不要な前置きを省いた切り出し方は。実にグレアムらしいと思ってしまう。

 軍人というイメージからは離れた者達で構成されるシンゴラレ部隊の中において、グレアムのその実直な在り方は分かりやすい軍人の姿を体現している。


 部隊の面々から一切の疑問が出てこないことを確認したグレアムは無言のまま一つ頷いてみせると、一度小さく息を吐き出してから言った。




「――お前達には山賊を退治してもらう」

「……………はい?」




 告げられた自分の隊長からの言葉に唖然とする。

 クルスの脳裏には、高笑いをしながら半裸で斧を振り回す男の姿が浮かび上がってきていた。






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