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プラウファラウド  作者: ドアノブ
三話 亡霊の居場所
38/93

生まれた日

 僅か一階層、下。

 海上中継地点〈ホールギス〉の資材保管区画は地獄の様相を呈していた。


 備えられていた回転翼機の燃料が引火し、区画一面を舐める様に炎が広がっていく。本来緊急時に作動するはずの消化剤噴出器は作動しておらず、その焔が世界を蹂躙している。

 空気中を熱が伝播し、あるいは直接業火に炙られ、壁の様に重なっていたコンテナ群を支えていた金属器具が変形を始め、次々と崩壊していく。そして亀裂の入ったコンテナから新たに引火要因となるものが現れそれに紅蓮が燃え移っていき――


 それは途切れることの無い獄炎の世界だった。


「地獄の釜ってことかよ」


 想像よりも遙かに酷い光景にクルスは呟く。


 表示されている外気温度は既に生身の人間が無事でいられる範疇には無い。燃え広がる炎に晒され続ければ、機内にいる自分も危ういだろう。複合装甲は大丈夫だとしても、中にいる搭乗者まで無事でいられるとは限らない。

 いや、それよりも先に階そのものが崩壊して押し潰されるか。


「……だけど――」


 どちらも己の命に関わる危険な要因ではあるが、今はそれよりも先にしなければならないことがある。


 紅蓮の炎に溶け込むようにして佇む、真紅の巨人。

 右上半身は大きく欠損し、その腕も肩から下が内部フレーム諸共半ばから折れている。かつて重騎士の様な堅牢さを誇った分厚い複合装甲は焼き爛れ、歪み、今では見る影も無い。未だに起動しているのが奇跡にも思えた。

 クルスが相手を真っ直ぐに見定めて、


「先にお前の相手をしなきゃな――!」


 襲い来る銃弾の嵐を降り注ぐ瓦礫を盾にして回避しながら、資材保管区内へと着地する。同時に手に持った短機関銃をフルオートで連射を開始。機体を揺らしながら弾丸を吐き散らす。二機の間で火線が交合う。


 クルスの操る〈フォルティ〉が放った銃弾と、赤い重量機が放った銃弾が目標を捉えたのはほぼ同時。

 火器から吐き出された弾丸はお互いを掠め合う様に飛び交い、両機の手の中に握られた銃身に突き刺さる。


 クルスの扱う短銃身の短機関銃と相手の六連装ガトリング砲が砕け散る。業火に包まれた階層の中で、新たな鉄片が火花と共に撒き散らされた。

 もともと想定外の高温環境下での運用に加えて、銃身を労らないフルオート射撃。どちらにしろ長くは保たなかったので未練はない。


 手の内に残った残骸を投げ捨て、腰部に格納されていた超振動ナイフを引き抜き、起動。甲高い唸り声と共にその超合金の刃が活性化する。


 空や地上を高速で滑翔し銃弾を撃ち込むのが基本の万能人型戦闘機が戦闘で白兵戦用の武器を抜くことは殆ど無いはずなのだが、どうもアルタスに来てからは随分とその機会が多いようだった。


 超振動ナイフの切っ先を揺らしながら、クルスは眼前の敵の一挙手一投足も見逃さぬ様に観察する。


「さて、そっちはどう来る?」


 その呟きが聞こえたはずもないだろうが――対峙する赤色の万能人型戦闘機も残った銃身の残骸を足下に落下させ、残った左腕部の手甲が展開。内蔵されていたプラズマトーチが姿を現出、その刀身が一瞬で眩く耀いた。青白く幻想的な光を発するその実態は超高温体の結晶であり、超振動ナイフと同じく原始的な白兵戦用の武器でしかない。


 炎に包まれた戦場の中で、蒼と赤の巨人が対峙する。


 階層を支える建材の悲鳴は既に万能人型戦闘機の中にいるクルスにも認識出来るまでになっていた。鉄板が軋みを上げ、周囲の柱に亀裂が入り、まるで周囲から見えない何かに押し潰されているようだ。周囲の歪曲によって固定されていたコンテナや部品が弾け飛び、崩壊が連鎖していく。


 なんだこの状況はと、思う。


 海上に存在するギガフロート施設の上層階で。 

 様々な分野の科学技術を粋たる万能人型戦闘機が二機並んで、無駄に高度な技術を使った得物で原始的な格闘戦を行おうとしている。


 結局の所、使う物や方法が少し変わったところで人間がしていることなんて何も変わらないのかも知れない。


 戦争、戦火、兵器、人殺し――


 今まで全く実感の湧いていなかったはずの単語が、今日一日で随分と身近になった様に感じる。


 この認識は最早、日本という国で争いとは縁遠い平和な日常を送っていた紫城稔のものではなかった。


 戦場に立って、兵器を操って敵と戦って。

 戦場に立って、銃弾を撃って人を殺した。


 それは戦火が蔓延するこの世界で積み重ねられた、クルス=フィアという存在の記憶。


 クルス=フィアの名を得たとき、市民登録証を得たとき、軍服を着たとき。

 かつて幾度となく自分のことをクルス=フィアだという存在だと、過去の記憶に引きずられない様に言い聞かせてきたが、この状況になって初めてそれが実を伴った様に感じられた。

 

「――く」


 一体何が嬉しいのか。

 クルスは口の端が持ち上がるのを感じながら、目の前の敵を見据える。


 複数の企業の部品で構成された万能人型戦闘機。

 一体何者なのか、自分との関係は――そんなことは全てどうでも良い。

 もしかしたら相手は記憶を狂わせる前の自分の関係者かもしれないし、もしかしたら異世界のゲームプレイヤーかもしれない。だがそれらは全て、クルス=フィアという存在にとっては一切関係ない存在だ。


 クルス=フィア。

 独立都市アルタス軍西方防衛基地シンゴラレ部隊に所属する、万能人型戦闘機の搭乗者。


 それが全てだった。



 極炎の中を蒼色の機体が駆け抜ける。

 間合いに入る直前には、相手は既に動き出していた。


 下から掬い上げる軌道で放たれたプラズマトーチが〈フォルティ〉の肩を掠める。超高温の物体はバターでも熱したように肩部の装甲板を夕焼け色に溶解させていき、融点の低い複合装甲の一部が液状化し周囲に飛び散る。だが、それだけだ。恐らくは搭乗者のいる胸部を狙ったであろう一撃必殺の攻撃は装甲を浅く傷つけるに終わった。


 だがそれでは終わらない――それをクルスは知っている。


 万能人型戦闘機の操作は複雑である。

 人の形を模倣した手足は時に生身の人間以上の融通性を可能とするが、それを意のままに操るというのは難しい。出来ることが多いということはそのまま操作性の難易度を上げる結果になってしまう。そのため搭乗者の殆どは高性能なコンピューター補助を適応させた自動化を利用して操縦を行う。


 高度な操縦補助は万能人型戦闘機という兵器の敷居を大きく下げる一方で、同時に機体の融通性を失わせる結果にも繋がっている。


 例えば今の様な白兵戦兵装を用いた近接戦闘。

 切る、突く、払うといった基本的なモーションパターンを組み合わせ予め機体に登録(プリセット)しておき、それら『技』として実戦で選択、使うことになる。これらの『技』は自動化されているだけにその速度は正確且つ高速であるが、一度始めると中断が効かない。


 掬い上げの後は切り払いに変化、その後、機体を半回転させて回避行動からの間合いの計り直し――


 かつて幾度となく戦場で見たその記憶が赤色の機体と重なる。

 その動きは攻撃からその後の隙消しまで続く、汎用性に富んだ『技』だ。それはつまり万人に使われるということであり、必然的に戦場で目にする機会が多くなるということでもある。


 故に。


 クルスはただ機械的に対処をするだけでいい。

 かつて当たり前に成していたことを、ただ当たり前に。

 狙いを外した斬撃が切り払いに変化するが、その時には既に〈フォルティ〉は両脚を広げて深く沈み込んでいた。複合感覚器の集まりである頭部の直上を熱と共にプラズマトーチがすり抜けていく。そして相手が引くよりも速く、相手の膝関節を切り裂いた。


 重量のある上半身を支えきれなくなり、破損した関節部から火花を散らしながら赤い万能人型戦闘機が膝をつく。一対一の戦闘において一撃で相手を殺す必要は無い。そんなことをしなくとも、身動きがとれなくなった時点で勝敗は決することになる。


 クルスが機体を一歩進めると同時に、敵万能人型戦闘機が真っ直ぐにプラズマトーチを突き込んできた。それは『技』でも何でもない、機体に基本登録してある一つの動作を単体で選択しただけの悪あがきでしかない。


 伸びた腕に合わせて〈フォルティ〉が超振動ナイフを振るう。繋ぎ目を狙った超振動する刃は複合装甲に深い切れ目を入れ――腕半ばから切断した。


 千切れた腕が重力に従って落下し、音を立てて床に沈む。手甲から伸びたプラズマトーチが動力源を失って、静かにその光を失った。


 動きを奪われ、武器を失い。

 正真正銘全ての抵抗手段を失った赤い万能人型戦闘機を睥睨する。

 複数の企業部品で構成された、かつての記憶の亡霊。


 クルスはその胸部に向かって超振動ナイフを突き入れた。

 その感触に抵抗があったのも一瞬のこと。

 堅牢な正面装甲はすぐにその耐久を失い、刃を機体の奥底へと突き通した。その手応えを確かに感じた後にクルスは武器を引き抜く。


 意外なほどに綺麗な装甲の切れ目から、どろりとした液体が出てきた。真紅の装甲と同じ色をしたそれは、機体の表面を伝うも外気の高温に晒されてすぐに蒸発してしまう。


 それで終わりだった。


 呆気ない。

 紫城稔にとってあれだけ忌避感のあった人殺しという罪は、クルス=フィアという人物にとっては何の感慨ももたらさなかった。

 こんなものかと、そんなことを思う余裕すら存在する。


 超振動ナイフの刃を停止させ腰部に格納してから、大きく息を吐き出す。

 気がつけば動力残量は残り僅かとなっていた。

 機体の稼働率は大きく低下し、戦闘機動を行おうものならばたちまちに停止することだろう。


「――あー……これは死んだ、か?」


 そんな言葉がついて出る。


 周囲に複合感覚器(センサー)の探査を送る。

 周囲は崩れた瓦礫やコンテナ、部品で埋まりつつあり、更には火の海となっている。通路への扉には防災壁が降りており、どこかには赤色の万能人型戦闘機が墜落してきた穴があるはずだがそれも見つからない。恐らくは瓦礫や破損部品の中に埋まってしまったのだろう。


 試しに見上げるも、そこには大きく撓みを見せひび割れる天井の姿があるだけだった。


 何とも言えずにクルスは一人操縦席の中で息を吐き出す。


 そして――、


 ついに耐久限界を超えた建材が音を立てて階下へと降り注いでいった。




***




 波が揺れる音がする。

 時刻は既に夕暮れ時、水平線の向こうへと太陽が沈み始め、長い日の空が終わりを告げている。あれだけ青かった空と海が、鮮やかな朱色へと染まりかけている。


 真空トンネル海上中継地点〈ホールギス〉

 大規模な崩落によって二段ほど背の低くなった施設の惨状が茜色に照らされて、周囲に散らばる瓦礫が大きく影を伸ばしている。

 戦闘によって無数の弾痕が刻まれた甲板も大きく亀裂が入り、歪み、破損していて、それら全てがこの場所に訪れた破壊の激しさを物語っているようだ。


 その最早甲板とは呼べない状態のその場所に、シンゴラレ部隊の隊員達は万能人型戦闘機に乗って集合していた。


「――こりゃひでえな」


 無秩序に広がる惨状の中でそう呟いたのは、シーモスである。


 辺りに瓦礫や鉄板が突き刺さるその光景は、そこに生というものを全く感じさせない。あらゆる痕跡を押し潰した様なこの場所を見てしまえば、施設内に唯一取り残されたクルスの生存は絶望的に思える。


「これで生きていることを期待するのは酷ってもんな気がするんだがね」

『おいシーモス、ぼけっとしてないで手を動かせ手を!』


 通信機からタマルの罵声が聞こえてくる。

 シーモスの搭乗する〈フォルティ〉から少し離れたところでは、タマルの搭乗する〈フォルティ〉が瓦礫を撤去していっていた。瓦礫を退かし、鉄板を超振動ナイフで切り分けていく――そんな単純で地味な作業を繰り返す〈フォルティ〉の姿が散見することが出来る。


「……わーかってるよ」


 内心でこの行動に意味があるのかと疑問に思いながら、シーモスも瓦礫や積み重なった鉄板を海へ投棄していく。こんな作業を開始して既に2時間ほどが経過しただろうか。作業用ではない万能人型戦闘機を用いた残骸の撤去作業は効率が悪いの一言に尽きた。


『シーモス中尉は意味が無いだろーと思ってますねー?』


 そうずばり自分の内心を言い当てたのは、同僚のエレナである。

 彼女もまた自身で切り分けた鉄板を重ねて海へと投棄していっている最中だった。いくら繰り返しても終わりの無い作業に、徒労感を覚えないのだろうかと思わず考える。


『こういうのはー信じるのが大事なんですよー』


 そう相変わらずの緊張感を感じさせない声で言われて、シーモスは思わず肩を竦めた。


「そうは言うがなあ……」


 シーモスとて別にクルスの死を望んでいるわけではない。クルスとは多少なりとも共に時間を過ごしもしたし、それなりの感情も覚えてはいる。


 だがしかし、やはり現実的に考えるとこの状況でクルスの機体を発見、ましてや生存を期待するとなると、その可能性は無いのではないかと思ってしまう。


『弱音ばっかり言ってないで、少しはセーラを見習え!』


 そう言うタマルの視界の先では、金髪の少女が操る〈フォルティ〉が黙々と作業を繰り返していた。

 流石と言うべきか、軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)の少女はこれまでの作業の間、殆ど言葉も喋らずに延々と掘削を続けている。感情を持ち合わせていない兵士の少女には、等しく飽きという感情も無いのかもしれない。


 だが普段とは違い、その後ろ姿にもどこか鬼気迫るものが感じられるような気がするのはシーモスの勘違いなのだろうか。


 ――と。


『発見しました』


 セーラの報告が聞こえてくる。

 シーモスは一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。この状況下でクルスの死体と残骸を見つけられる可能性がどれだけあるというのか。


「――おいおい、マジかよ……」


 それは一体何の冗談だと思いながら、機体を移動させる。

 セーラは深く掘り進んでいた穴の中を指し示すと、確かに、蒼躯の機体の一部が確認出来た。


『……強引には無理だな。エレナ、頼むぞ』

『了解ー』


 タマルがエレナに発掘作業を引き継ぐ様に指示する。

 一度崩壊した足場は酷く不安定だ。複数の万能人型戦闘機が近い距離で行動したら、それが原因で再び崩落が始まりかねない。そのために、部隊内でも機体の細やかな操縦に秀でているエレナに任したのだろう。


 しばらくの間、離れた位置から見守る時間が出来上がる。

 そう大した時間では無かったはずだが、随分と長く感じられた。


『――終わりましたー』


 その合図を聞いて、穴の中を観察する。

 そうして思わずシーモスはほうと息を吐き出した。

 瓦礫に挟まれ四肢は(ひしゃ)げて内部フレームまで圧壊しているようだったが、胸部の装甲は大きな歪みを残しつつも何とか原型を残していた。奇跡かとも思ったが、そうではない。よくよく観察してみれば四肢を胎児の様に丸めて胸部を守り、更に装甲板や防災壁で自らの機体周囲を覆っていた様だった。


 この現状は生きるために最善を尽くした結果だったのだ。

 生と死の瀬戸際でその行動がとれる冷静さには舌を巻く。


「おい、坊主! 無事か!? ……クルス、生きてたら返事をしろ!」


 通信機で呼びかけるも返事はない。

 機能が死んでいるか、搭乗者が死んでいるか、或いは搭乗者が乗っていないのか――、


『ちょっと待ってくださいねー』


 そう言って前に出たエレナ機が超振動ナイフを構えて、慎重に胸部へと差し込んでいく。間違っても中を傷つけない様にその動作は繊細だ。果物の皮を剥いていく様に一枚一枚複合装甲板を切除していき――、ついに最後の一枚を切り離した。


『クルス君ー、生きてますかー?』


 拡声器を使ってエレナがその間延びした声を外に響き渡らせると、その中からゆっくりとクルスが這い出てきた。その仕草から酷く疲弊していることがすぐに察せられる。

 当然と言えば当然だ。周囲が崩壊していく中で何時間も密閉空間の中に閉じ込められていたのだ。それも残り稼働時間も危険域に達していただろう。もし生命循環維持装置すら維持出来ないレベルまで稼働率が低下してしまえば、その時点であそこがクルスの棺桶となっていたはずだ。


 ――こりゃさっさと支えに行った方が良いな。


 精神上の疲労というのは、時に肉体的な疲れよりも後を引く場合がある。

 シーモスがそう判断して機体を昇降状態へと移行させようとする。


 だがその時にはもう。


 夕焼けに赤く染まる瓦礫の中を進む金髪の軍用基準性能調整個体の少女の姿があった。




* **




 変形したコックピットからクルスが這い出ると、周囲一面は茜色に染まっていた。突然増した光量が差し込んできて、そっと目を細める。生命循環維持装置を出来る限り長く保たせる為に他の機能の一切は停止させていたので、コックピットの内部は完全な闇であった。

 瓦礫と鉄片に塗れた光景を見渡して、次いで周囲に佇む蒼躯の〈フォルティ〉達を見上げ、そうして最後に振り返って自分の搭乗機を見やる。

 

「よくもまあ、生きてたもんだ……」


 原形を保っているのは胸部だけで、四肢は完全に圧壊している。その胸部にしても巨大な物体を叩きつけられたが如く大きな歪みを露わにしていた。

 もし当初のクルスの構想通りに胸部の複合装甲板を排除して軽量化をしていたら、間違いなく自分は潰れて死んでいただろう。


「あとで死ぬほど礼を言っておこう……」


 機体の改修案について罵詈雑言を飛ばしあった整備員の姿を思い浮かべて、クルスは頷く。

 そうして穴から這い出ようとして大きく身体がよろめく。何かに躓いたわけでもないことを考えるに、想像以上に疲労が溜まっていたらしい。


 ――あ、転けるな。


 どこか他人事の様に考えたクルスであったが、予想に反して固い感触は伝わってこなかった。前のめりになった身体をしっかりと支えられる。訝しむ間もなく視界に入ってきたのは、金髪の少女であった。


「セーラ」


 一体いつの間に。

 背が低いためにクルスがのしかかる様な格好になってしまっていたが、彼女は華奢な身体を揺らすこともなくしっかりと受け止めていた。

 彼女に抱きつく様な姿勢になっているというのに、鼻腔を刺激するのは火薬と錆びた鉄――つまりは乾いた血の臭いだけだった。よく言われる花の匂いなど少しも感じはしない。

 思わず苦笑いが漏れる。

 それをセーラは無表情に見やった。


「――どうかしましたか?」

「……いや、何でも無い」


 この世界はこういう所だ。

 戦場と戦火、争いと血に満ちている。


 クルスが顔を上げた先。

 鮮烈な赤色に染まった空はそのことを実直に物語っている様だった。


*7/15 修正まえのものを投稿してしまっていたため、再投稿。ごめんなさい。

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