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プラウファラウド  作者: ドアノブ
三話 亡霊の居場所
36/93

結末

 銃というものは優れた武器である。


 火薬や空気の圧力を用いて小さな鉛玉を発射させ、音速に匹敵する速度で対象を破壊する。その射程が銃誕生以前のものと比して圧倒的に長いことは語るまでもない。


 誘導弾、燃料気化爆弾、電磁投射砲(レールガン)直線路加速砲(リニアガン)、万能人型戦闘機 ――


 後により優れた破壊力を持つ兵器群が生み出されても、銃という名の兵器が戦場から姿を消えた期間は一度として存在しない。

 安価、軽量、高射程、高威力。

 引き金を引けば幼子でも大人を殺すことが可能なその在り様は、命を奪うということを如何に効率的に行うかを突き詰めた一つの形といえる。


 今、少女の眼前に一つの弾丸が迫ってきていた。

 空力を考えて先端が尖っているよう加工されたそれは、相手の持つ自動拳銃から発射された五・七ミリ弾である。弾頭重量が軽く発射時の反動も少ないために、世界に広く普及している弾頭だった。小口径且つ貫通力が高いが為に、生身に当てると驚くほどに綺麗な穴を空けることが出来る。

 音速を遙かに超える速度で打ち出された弾丸ではあるが、高速思考状態であるセーラにとってそれ単体では脅威になり得ない。衝撃波と共に螺旋運動を行いながら直進するそれを半歩以下、必要最低限の動きだけですり抜ける。 

 それとほぼ同時に、その手に握った十ミリの亜音速弾を相手の胴体目掛けて連射する。


 例えばこの場所が障害物となるものが多い資材保管用の倉庫区画であったりしたならば、それらを盾に利用した銃撃戦が行われていたに違いない。


 だが戦いの場となっているこの場所は物の少ない室内であった。加えて管制室の空間面積は決して広くはない。この時代、無人制御による施設の自動化が進んでいるために、大人数が集まることを想定されていないのだ。



 セーラとマーベリックの距離は十メートルも存在しない。 

 片や全身に生体機械学の強化処置を全身に施された軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)

 片や全身の動きを補助する強化外装を纏った元軍兵。


 この部屋にいる二人の人物にとってそれは、ほんの一息で消えてしまう脆弱な距離であった。


 強化外装の補助を受けたマーベリックの身体が跳躍する。

 残像の尾を引くほどの速さであったが、金髪の少女の硝子玉の様な赤い双眸はその姿を確かに捉えている。脳内に組み込まれた演算プロセッサを起動させて高速思考状態にあるセーラは雨粒の一つ一つすら認識が可能だ。見失う理由はない。

 

 相手から次々と弾丸が放たれていくのを観察しながら、セーラは僅かに膝を屈める。これまで必要最低限にしか身体を動かすことをしていなかった少女も、ついに動いた。体内に組み込まれた強靱な人工筋肉が彼女の意志に従って躍動し、床を蹴る。

 次の瞬間には少女の身体は信じがたい速度で動いていた。


 驚異的な身体能力と高速思考を重ね合わせた、生身での高速戦闘。残像を中に刻み込みながら腕を振り上げ、狙いを定めて次々と銃弾を吐き出させていく。

 相手が回避行動に移っている間にまだ数発残っていた弾倉を床に落として、再装填。落下する弾倉と空薬莢が接地するときにはもう、少女の姿はそこにはない。


 身体能力の機械補助を受けた者達の戦いは歩兵戦といえども、その戦域を平面の中には納めない。激しい機動でお互いの位置を入れ替えながら、天井を蹴り、床を走り、銃火を交えていく。


 硝煙の匂いが立ちこめていく中で、くぐもった銃声が鳴り響く。

 部屋の片隅で赤い火花が散った。


「ちい!」


 セーラの放った銃弾の一発が、高速移動するマーベリックに食らいついたのだ。纏われた強化外装によって弾かれ肉体に傷をつけることは出来なかったが、高速移動中にあった身体の安定が大きく崩れる。

 そこを狙ってセーラの追撃が襲いかかるが、男は防弾処置を施されている戦闘用義肢を盾にしてどうにか致命傷を避ける。数発が男の身体を傷つけ、そこから吹き出た血飛沫が霧の様に舞い散るが、男はその事に歯牙にもかけずに体制を立て直す。


 その時にはもう、少女はその目前までに迫っていた。 


 一秒も何倍にも引き延ばした時間感覚の中で、セーラの握る銃口の向きを認識。狙いを推測。マーベリックは咄嗟に頭を庇う。 

 再度盾にした戦闘用義肢に銃弾が突き刺さり、鈍い衝撃が伝わる。それとほぼ同時、男の意識の外を回り込む様に側頭部に鋭い蹴りが襲いかかった。


「――がッ!?」


 華奢な体躯の少女が放った蹴りはその実、強靱さとしなやかさを兼ね揃えた人工筋肉によって驚異的な威力を持つ。そこから生み出される衝撃と質量は銃弾の比ではない。

 身長百九十を超す大柄な身体が、大きく吹き飛んだ。

 為す術も無く視界が回転する。


 じりじりと、頭の中を端から少しずつ小さな火で炙っていく様な感覚。

 演算プロセッサを利用した高速思考に、脳の情報処理が追いつかなくなり始めた証拠だった。戦闘開始から現在の時点で七分を超えている。提供者からは命の危険を警告されている時間帯だった。


 身体を吹き飛ばされ転がりながらも、半ば執念だけで反撃を行う。大半を勘混じりに行った射撃。吐き出された弾丸は少女が構えかけていた大口径の自動拳銃に命中し、その手から弾き飛ばした。


 その些細な成果に何かを感じている暇は無い。

 受け身をとる間もなく背中から壁に打ち付けられて、男の肺に詰まった空気が一気に吐き出される。それと同時に大量の血が吐き出された。



「――はっ……、はっ……」



 戦闘義肢の上からとはいえ、相当な衝撃。

 固い義肢を顔面に押しつけられてマーベリックの鼻骨は大きく曲がり、歯も幾本も折れる結果となる。顔の半分を鮮血の色に染め上げながら、切る様に吐息を漏らす。開いた口からは赤い液体がだらだらと漏れ出ていた。


 不思議と痛みは無い。


 ただただ、呼吸の度に喉を焼く様な熱が伝わってくるだけだった。既に脳が正しく情報伝達出来ないほどに壊れているのか、興奮による一時的な作用なのかは分からない。それでも痛みが伝わってこないのは僥倖だった。

 マーベリックにとって、痛みと飢えは最も味わいたくない感覚である。


 気炎を吐き出し壁にもたれ掛かりながら、三メートルほど離れた位置で自分を眺めてくる赤い瞳を真っ向から見返す。


「――くくく、強いな……。やはり私ではお前の相手は務まらないか」


 血を垂らすその口からついて出た言葉は後悔や自嘲ではない。

 それは純然たる事実を口にしただけのことだった。


 軍用基準性能調整個体。 

 その噂はマーベリックがアルタスに流れ着く前、どこかの国の兵士として戦場に身を置いていた時から数多く聞いていた。



 ――優秀な遺伝子を基幹に鉄の子宮を用いて培養された、戦うためだけに生み出された存在。

 ――赤い硝子玉の様な無機質な瞳を持った、あらゆる状況においても命令を遂行する理想の兵士。

 ――戦場で出会ったならば死を覚悟しろ。



 なるほどと、理解する。

 当時は戦場によくある世迷い言めいた非現実話程度にしか受け取っていなかったが、今ならその話にも納得が出来た。


 肉体の身体的能力を補佐する強化外装に、思考を高速化させる演算プロセッサ。対等の条件になるだけの装備を重ねてなお、マーベリックと軍用基準性能調整個体の少女の間には絶対的な実力差が存在している。


 非正規市民、ゴーストなどといわれる立場にまで身を落とし、地位の向上を謳って柄にも無く人の上に立とうとした自分と。

 惑うことなく、機械の様に、ただ自分に与えられた命令を果たすためだけに行動する少女。


 それは高速思考を用いた戦闘に慣れているとかいないとか、そんな問題ではない。そこにはただ単純に、戦場に立って戦う者としての純度の差があった。


 少女が変わらぬ歩幅で歩み寄ってくる。

 その手には先程弾き飛ばした自動拳銃がいつの間にか握られていたが、その銃身に大きな歪みが生じているのが分かる。あの状態で引き金を引けば最悪、暴発することになる。

 だからこそ、兵器を用いらずにとどめを刺そうというのだろう。


 少女が身に纏う万能人型戦闘機用のパイロットスーツ。

 元々は白かったのだろうが、今は元の色面積が少なく見えるほどに赤い化粧が施されている。自信の血など一滴もないだろう。それらは全て少女がここに至るまでに排除した者達の返り血であった。


 志だけで、それに見合うだけの実力も、知謀も持っていなかった哀れな同胞達。マーベリックもすぐにそうなるのだろう。


 浅い息を忙しなく繰り返しながら、考える。

 果たして自分達が起こした子の行動は、未だ都市に存在する非正規市民達に対して何か影響を及ぼすだろうか。毎日を飢えに苦しみ、単純な暴力が跋扈するあの世界に、一陣の風を吹かすことは出来ただろうか。



 そんなことを考えていたマーベリックにとって、次の瞬間に起こった事は完全に予想外の事態であった。


 予兆も何も無く、あまりにも唐突に。



 爆音が鳴り響き、階層全体が大きく揺るがした。



 恐らく上空から見れば〈ホールギス〉を中心として、無数の波紋が海面に生じていただろう。 

 それは外で交戦していた万能人型戦闘機の一機が、施設の壁面に横から激突したことによって発生した衝撃であった。

 

 だがそんなことは今はどうでもいいことだ。

 それが万能人型戦闘機の墜落で発生したものであれ、施設基部の爆破装置が起動した事によるものであれ――今管制室にいる当事者達にとっては関係ない。重視すべきはただ一点、起こった事象のみであった。


 それはただの偶然だ。

 支えとなる壁により掛かっていたか、ただ立っていたかの差。

 そんな意図せずして行われていた些細な差が、二人の立ち位置を大きく分け直した。


「――お、おおお!」


 予期せぬ衝撃に少女がたたらを踏む。

 壁を支えにしていたマーベリックだけが部屋全体を襲う揺れに姿勢を崩すことなく、その隙を突くことが出来た。力尽きかけていた身体を叱咤する。


 ――前面へと大きく踏み出し、

 ――目を見張る少女へと肩からぶつかり、

 ――そして、



「――奇跡というものは起こるものだな」



 床に片膝を付く金髪の少女を見下ろしながら、マーベリックは思わず苦笑する。その手には自動拳銃が握られていて、その銃口は真っ直ぐに眼前の少女へと向けられている。 


 

 銃は優れた武器だ。

 使用する鉛玉は僅か八グラム前後。距離が離れていても充分な殺傷力を有し、僅かな労力で命を奪うだけの成果を生み出す効率的な殺人兵器である。

 例え半死に近い今の自分でも、指を引くという最小の行為を行えば相手を殺すことが出来るのだから。


 顔を初めとして身体の至る所に裂傷を抱えた男と、傷一つ付いていない華奢な体つきの少女。


 つい先程まで猫に転がされる鼠の様にいたぶられていたというのに、今やその生殺与奪の権利はマーベリックが握っている。これは一体どんな因果だろうか。

 最後の最後、死ぬ間際で信じてもいなかった神が気まぐれを起こしたらしい。既に待ち受ける運命が変わらない段階になってこうなるのだから、嫌気がさしてしまう。きっと相当な性悪に違いない。


 状況も忘れて血に塗れた口の端を動かし、眼下の少女を見やる。

 細く幼い子供にしか見えないその少女は銃火を交えていたときと変わらずに、無機質な光を持つ赤眼でこちらを見つめていた。

 状況を把握出来ていないというわけではないだろう。

 単純に、自分の生死というものに興味が無い。彼女はそういうふうに出来上がっているのだ。


「――聞きたいのだが、軍用基準性能調整個体に死への恐怖というもは存在すしないのか?」


 少女は瞬き一つせずに向けられている銃口を見つめながら、暫くして小さく口を開く。


「目的を達成し可能な限り生還せよというのは、あらゆる作戦の原則事項として認識しています」

「……それは君自身の感情ではないだろう」

「――軍用基準性能調整個体に感情の有効化は認められていません」


 これは会話にならなそうだなと、マーベリックは考える。

 こうして言葉を交わしてみると分かる。

 目の前にいる存在は確かに人の形をしているが、人とは違うのだと。予め入力された価値観と上位者からの命令に盲目的に忠実なその姿は、兵士よりは兵器に近い。  


 だが、だからだろうか。



「――君は、泥水を啜ったことはあるか?」



 この人工的に生み出された少女が、はたしてどの様な反応を見せるのかが気になった。


「――小石で飢えを凌いだことは? たった僅かの路銀を奪われることを恐れて眠れなかったことはどうだろう? あるいは、いつ理不尽にも命を奪われることに恐怖したことは?」

「……何の話ですか?」

「非正規市民の話さ」


 そう語りながらも、マーベリックは己の全身から肉が焦げた匂いがするのを感じた。

 それは現実では無い。

 高速思考の高負荷によって脳内の処理能力が追いつかずにその副作用として感じている、一種の幻覚であった。後自分はどれだけ生きていられるのだろうか。そんな疑問が胸中の片隅に浮かぶと同時に、独立都市アルタスの外縁部での生活が思い浮かぶ。


 薄汚れた街並みに、狭い道を行き交う活力の無い人々。楽だと思った時間など無いに等しい生活空間。あそこは戦場とは別種の、地獄だった。


「アルタスの正規市民達が理想的な生活を送る一方で、ゴーストとして扱われる者達はそんな毎日を送っている。奪うのは当たり前、力が無いものが死ぬのが当たり前。あそこには法律など無い。あるのは原始的とも言える法則だけだった」


 同じ境遇の者同士で蔑み、敵意を露わにし、争い、そうして死ぬ。そうして発生した死体は自分達の手で処理をする。


「同じ都市空間に存在しながら、この差はどこから生じている。ゴーストなどと呼ばれているが、非正規市民は確かに存在し生きているのだ」


 故に、その存在を主張するために今回の行動を起こした。

 アルタスの勢力を削ぐために利用されていると察知しながら隣国からの武装支援を受け、二都市間の交易の要である真空トンネルの中継地点を占拠し、要求を都市の行政府へと突きつけた。

 いないものとして扱われる者達の環境が僅かでも改善されることを期待して。


「――今回の私達の行動は決して無意味では無い。確かに要求は通らず、そう遠くないうちに私も死ぬことになるだろう。だが非正規市民達がこれだけの行動を起こしたという事実は、都市にいる正規市民にも非正規市民にも伝わる。そうすれば政府は何かしらの行動を起こすだろう」


 そう語るマーベリックを少女は暫くじっと眺めていたが、やがてぽつりと言葉を漏らした。


「無意味です」

「何?」


 マーベリックはその硝子玉の様な赤色の眼を見やる。

 眼窩に嵌まった赤い瞳。そこには無機質な光以外、己の意思も主張も、なんの色も映してはいなかった。


「今回の騒動は民間には一切露出されません。表向きには資材管理の不備による事故として片付けられることになっています」


 そう嘘も偽りもなく、ただ事実だけを口にされて。


「――そうか、私達の行動は全てが無駄か」


 ただ淡々と告げられた無慈悲な言葉にマーベリックは浅く息を漏らすが、そこには特別怒りの様なものは含まれてはいなかった。平等解放軍の他の者達がどうだったかは分からないが、交渉が受け入れられなかった時点である程度予想出来ていたからだ。

 諦観にも近かったのかも知れない。


「そもそも、あなた方がとった行動は非効率的です」


 だが続けて少女が口にした台詞は、マーベリックには看過出来なかった。

 今回の武装占拠に望んだ者達がどれだけの覚悟で望んでいたと思っているのか。


 人の意思を、感情を。


 効率的では無いと、たったその一言で切り捨てる。

 終始一貫した態度を見せる擬人機械よりも機械らしい少女を相手に、マーベリックは言葉を続けることを止めた。



「――所詮は人形か」



 実際、マーベリック自身も軍用基準性能調整個体の少女からどのような答えを期待していたのかは分からない。


 賛同か、消極的な肯定か。


 もしかしたらどんな言葉を耳にしても納得しなかった可能性もある。結局の所、マーベリックが求めている答えなど何も無かったのかもしれない。目の前の軍用基準性能調整個体に言って聞かせたのもただの気まぐれでしかなく――、


 男の濁った瞳と少女の無機質な赤い眼が交差する。


 少女の身体に狙いを定めて、引き金に力を込める。

 そして、



「死ね」



 一つの銃声が弾けた。





お気に入りが2000突破しました、ありがとうございます。


久しぶりにPV見たら数日前からいきなり跳ね上がってる……。

なにこれ怖い……。

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