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プラウファラウド  作者: ドアノブ
三話 亡霊の居場所
31/93

作戦開始

 そこは完全な闇の世界だった。


 元々生身の人間が存在することなど考慮されておらず、道しるべとなるべき光源は殆ど存在していない。自動制御機構によって決められた順序のみを辿る特殊車両にとっては、必要なものは走るための路線のみだということだろう。


 独立都市アルタスと海上都市レフィーラを結ぶ真空トンネル。水族館のように窺い知ることは出来ないが、今いる空間は既に海中ということになる。


 予定通りに途中までは特殊車両に機体ごと輸送されてきたシンゴラレ部隊の面々は、その荷台から機体を立ち上がらせていく。


 広い空間だ。


 元々物資輸送用の大型特殊車両が並列することを前提に設計されているお陰か、全長八メートルある万能人型戦闘機が余裕を持って横に数機並ぶことが出来るだけの幅がある。

 本来空と同じ色に染め上げられた体躯を持つ〈フォルティ〉の姿は、今は暗闇に紛れて確認することが出来ない。ただ機体各所に存在する感覚器線(センサーライン)がまるで人魂のように空間に赤い光を浮かび上がらせている。


 人間の生身で視認することは不可能でも、それよりも遙かに鋭敏な機械の目を通せば話は別だ。稼働状態に入った〈フォルティ〉の持つ複合感覚器(センサー)が幾つもの情報を捉え、それらをモニター越しに視覚化していく。それが済んでしまえば、この光源の乏しいトンネル空間も通常の環境下と大差は無かった。


『各機状況知らせ』

『シーモス機、起動完了した』

『あと少しで……。エレナ機――、たった今完了しましたー』

『セーラ機、起動完了』


 指揮官機を務めるタマル機の通信に反応して、部隊各員から現状報告の声が上がる。


「――クルス機、起動完了」


 周囲に違わずに自分の乗り込む〈フォルティ〉の立ち上げを完了させたクルスも、報告をする。

 全機の報告を聞き終えたタマルから、続けて通信が入る。


『よし、予定通りにこのまま〈ホールギス〉へと侵攻する。目標は敵戦力の無力化及び〈ホールギス〉に仕掛けられた爆発物の解除。施設侵入後は二手に分かれるぞ』

「――了解」


 これから行うべき事を反芻して、クルスは返事をする。

 武装組織によって占拠された、真空トンネルの海上中継地点〈ホールギス〉に突入後は、クルス達は施設基部に存在すると予測される爆破装置を解除する班と、施設頂上部に存在する管制室の制圧に向かう班、二手に分かれることになっている。

 クルスはセーラと共に管制室の制圧に向かう計画になっていた。


『……しかし』


 五機の鉄の巨人達がフロート機構を発動させ、その巨体を僅かに浮かび上がらせる。海上中継地点〈ホールギス〉の直下――、施設の海面下に設けられた玄関口までもうそう大した距離は無い。このまま推進ユニットを稼働させて機体を加速させれば辿り着く時間を考えれば、そこは目と鼻の先と言っても良いだろう。

 各機が移動可能状態まで移行する中、ぽつりと通信機から声が漏れてきた。


『お前の機体はやっぱ不気味だな……』


 そう呟くのは指揮官機であるタマルである。

 現在の回線は部隊全員に接続されているので『お前』などという曖昧な言葉を使われてもそれが誰のことか分からないはずなのだが、直感的にクルスはそれが自分のことを指しているのだと言うことが分かった。

 突然何を言い出すんだと思いつつも、それも無理はないと自分でも思ってしまう辺りが何とも悔しい。


 搭乗者に合わせてある程度の機体改修が認められているシンゴラレ部隊であるが、施されるのは基本的に内装系機器の改造が殆どであるために、その見た目に大きな差異が出ることはない。外見上で一番大きな違いを持つものでも、セーラ機の頭部に存在するブレードアンテナが増設されている程度だろうか。


 その慣例に照らし合わせて見ると、クルスの搭乗機である〈フォルティ〉は特殊であると言わざるを得ない。


 近接戦闘を好むエレナ機と同じく、各関節部に存在する人工筋肉帯をより可動範囲を高めるために柔軟率の高いもの交換しているのに加えて、クルスの機体は出来る限りの装甲を排除することによって軽量化を施している。

 その為に一部などは本来装甲裏に隠れているはずの内部機構が露出している箇所まで存在しており、ぱっと見の印象だと、激しい損傷を受けているようにも見えてしまう。


 またクルスの希望により速度制動用の役割を果たす抵抗尾翼が通常よりも延長されていて、それが尻尾が生えているような印象を抱かせていた。

 整備班達の間で密かに『ゾンビ』やら『半壊』『尾っぽ付き』などと呼ばれている由縁である。


『確かに何というか、暗がりで見るとその異様が一層引き立つな……』

『お化け屋敷に出てきそうではありますねー』


 不気味というタマルの言葉に、シーモスとエレナが賛同の声を漏らす。どう考えてみても褒めている風では無い同僚の言葉に、クルスは少々憮然となる。これでもクルスとしては自重した方なのだ。


 色々と軽量化及び可動域の拡張を施してきたクルス機ではあるが、それでもかつての愛機の機動力には及んでいない。一番の理想は推力ユニットの高出力化であるが、それは既に開発の範疇であり容易に実現出来るようなものではない。そうなると必然的に施す処置は軽量化と言うことになる。


 口にすれば聞く者を呆れさせるだろうが、クルスとしては最も装甲の厚い胸部正面装甲装甲にも排除の手を加えようとしたのである。当然言うまでもなく、胸部正面装甲はコックピットブロックを直接覆い隠している最重要部分である。そこを機体速度のために削ろうというのは正気の沙汰では無い。


 クルスとしては一番の削りどころだと考えていたのだが、ただでさえ悪い目つきを更に険しくした整備員の断固たる反対を前に、渋々ではあるが諦めたのだった。

 その代わりというわけでは無いが、機体が勝手に動くことを嫌うクルスの要望により、万能人型戦闘機に備わる自動制御機構の約八割を無効化している。このことでまた整備員と一騒動あったのだが、それはともかく。


『全く、それでよく戦場に立つ気になるな。素っ裸で歩いてるようにしか思えん。対人用の機銃で穴空くんじゃねえのか?』


 極端な軽装甲を揶揄しての言葉に、クルスはほっとけと鼻を鳴らす。

 こちらからすれば、逆によくそんな鈍重な機体で戦えるものだという気持ちである。


『――まあ、新生シンゴラレ部隊の初任務だ。お前の搭乗者としての腕は知ってるし、頼りにしてるぜ』


 そう男らしい言葉遣いでタマルは弛緩し始めた場を取りなし、


『作戦開始』


 指揮官であるタマルの短い言葉を受けて、五機の鉄の巨人は僅かにその身体を浮かび上がらせながら、暗がりの中へと姿を消していった。




***




 海上中継地点〈ホールギス〉

 武装組織によって不法占拠された、二つの都市の主要交易機関である真空トンネルの間に建設された施設管理用のギガフロートであったが、アルタスとレフィーラは実のところこの施設をあまり重要視してはいない。


 二つの都市を繋ぐ真空トンネル上に幾つも点在する海上中継地点ではあるが、それらの施設の目的は付近の真空トンネルの異常が発生した際の修理拠点及び、稼働中の特殊車両に問題が生じた際の退避場所というのが主である。施設の殆どは人の手が介入する必要が無い程までに自動化されており、海上中継地点の殆どが無人であった。今回の〈ホールギス〉もそのうちの一つである。


 そもそも二つの都市間を繋ぐ、二千キロ近い長さを誇る真空トンネルの完全防衛は非常に困難である。その為の対策として二つの都市は防衛力の強化とは別に、大量の予備通路となるトンネルを用意していた。

 それに加えて真空トンネルは一定距離事にモジュール化されていて、その部位を切除して新しいものを取り付けることにより比較的容易に修復が可能である。

 そのため一つの路線が潰されたところで真空トンネルの稼働率という面では一切の影響は無く、仮に爆破されたとしても替わりの路線経路を設定し、次の日には変わらずに都市間の交易を行うことが可能なのだ。

 流石にギガフロート構造によって建設された中継地点そのものはすぐに復旧することは出来ないが、元々が過剰気味に作られているものである。幾つか損失したところで大事にはならない。


 極端な話、アルタスの対応としては占拠された海上中継地点にミサイルを撃ち込んで諸共排除することも可能ではあった。それをしないのは結局の所、対費用効果が釣り合わないからに過ぎない。


 今回のアルタスによる部隊派遣は、費やされる経費と、今後も続くであろう隣国の後援を受けた組織への牽制と見せしめ、そして非正規市民の勢いを削ぐために行われているに過ぎず、事を大きく捉えたわけでは決して無い。



 自分達のしていることが二都市に対して殆ど効果を持っていないというその事実を彼らが思い知ったのは、全ての事が起こってからのことであった。


 施設頂上部付近に存在する管制室。

 殆どが自動化されたこの施設ではあるが、当然人の手によってより上位指令を出すことは可能である。この管制室はそのための場所であった。すでに施設内に存在した対人用の無人ガードメカは全て無力化されており、施設内のほぼ全機能が彼らの制御下に置かれている。

 全てが予定通り。

 そう。ここまでは、予定通りであったのだ。


「くそっ! なんで……、どうしてこうなった!?」


 狭いというわけではないが、広くもない。

 殆どの機能が自動制御化に置かれているこの施設で大量の人間が集まることが想定されていないその管制室の中で、悲鳴にも近い叫び声が上がった。


「だって! だって、こんな! おかしいだろ! 爆破装置がついてるんだぞ!? 都市の奴ら、ここが崩れたって構わないって言うのか!」


 そう激しく声を散らしているのは、脇に短機関銃を抱えた男である。

 男は現状に対する苛立ちを隠そうともせずに、声を叫かせながら近くの制御台を蹴りつけている。


 ――どうしてこうなった、か。


 素人然とした醜態を晒す仲間の姿を眺めながら、今回の作戦の指揮を執っている右腕が義肢の中年の男、マーベリックも同様のことを考えていた。

 つい先程までは上手くいっていたはずだ。

 外部からの協力を得ることによって、殆ど犠牲を出すこと無く目標の施設を制圧することが出来た。予定通り施設基部に必要量の破壊力を持った爆薬も設置し、こちらの要求を都市の行政へと届けることも成功した。 


 二つの都市に存在する非正規市民達への市民権の発行。


 マーベリックもまさかその要求が全て通るとは微塵も考えてはいなかった。だが二つの都市を繋ぐ真空トンネルは物資輸送の要所である。少なくとも、交渉のテーブルに着くことは出来ると考えていた。


「……私達の考えが甘かったということ、か」


 そんな言葉が彼の口からついてでる。

 現在、彼らの制圧下にある海上中継地点は海面下階層より襲撃を受けていた。敵が真空トンネルを伝って潜入してきたであろう事は疑う余地も無い。

 その方法は完全に盲点であった。

 上空及び海上からの侵攻は虎の子の万能人型戦闘機の半数を用いて警戒に当たらせていたが、直接施設直下に敵が現れるとは想像もしていなかった。

 真空トンネルは人間が通ることは出来ないという先入観を捨てることの出来なかった結果である。


 平等解放軍などと名乗ってはいるが、組織の人員の殆どはろくな経歴も持たない非正規市民でしかなく、マーベリックが組織のまとめ役をしているのも過去に軍歴を持っているからという理由に過ぎない。それも彼は作戦の立案などを行う上級士官などでは無く、戦場に幾万と存在する、失われても幾らでも代替の利く一兵士でしか無かった。


 立場と比べて能力が追いついていないことは、現状を考えても明らかである。

 だが目の前にある困難を前に膝をついて屈している暇は無い。それが分かる程度には彼は兵士として有能であった。


「――状況を報告しろ。敵の戦力はどのくらいだ?」


 この施設は彼らの管理下にあり、その情報の全てはこの管制室に集約されている。制圧してからこれまでの時間の間に、機能も掌握済みだ。施設内に無数に設置された感覚器を用いれば、内部の情報を知ることは容易い。

 自分達のリーダーと呼べる人物の声に、落ち着きを失っていた彼らの中に一定の冷静さが戻ってくる。そのうちの一人が制御パネルを慣れない手付きで操り、情報を確認した。


「敵の反応は五。――お、恐らくは万能人型戦闘機です。二手に分かれている模様!」

「目的地は何処だ?」

「多分……、片方は施設の基部を目指しているじゃないかと。もう片方は上層へと侵攻を続けています」


 マーベリックはかつて戦場で失った右肩を擦りながら考える。

 基部に向かっている方の目的はまず間違いなく爆破装置の解除であろう。多重積層構造を持つこのギガフロートであるが、施設を丸ごと沈めるとなるとその根幹となる基部を破壊するのが最も確実だ。それは当然相手も承知なのだろうから、相手が爆破装置の在処を推測して真っ直ぐにそこへ向かっているのは不思議なことではない。

 ならば、もう片方。

 上層を目指しているという一方の目的は何だろうか。

 考えるまでもない。


「敵の目的はここか」


 恐らく相手の目的は爆破物の解除、及びに不法占拠を行った自分達の排除であろう。情報を司る管制室を目指すのは道理であった。


「……話し合いの余地は無し、か」


 現状がどれだけ絶望的かを理解して、マーベリックはゆっくりと息を吐き出す。これほど重たい空気を味わうのはどれくらいぶりだっただろうか。少なくとも、ゴーストと呼ばれる身分になってからは記憶には無い。


 どうするべきかを考え、そして決断する。

 その言葉はあまりにもあっさりと自分の口から出てきた。


「――爆破しろ」


 自分達を統轄する指揮官の男の声に、管制塔に沈黙が訪れる。

 ここにいる殆どの人間達は、従軍の経験の無い者達だ。それが分かっていながら、マーベリックはもう一度、命令を口にした。


「聞こえなかったのか? 施設基部に設置した爆破装置を起爆させろといったんだ」

「で、でも……」


 戸惑い、そして躊躇いの声が呻くように漏れ出てくる。

 それも当然であろう。

 命令に従ってそれを行うということは、海上中継地点〈ホールギス〉諸共今この場にいる自分達も海の藻屑となるということである。基部を崩壊させたからといって、この施設が一瞬で崩れ去るようなことはないだろうが、命が助かるようなこともない。


 この場にいるという事は全員が一定の覚悟は持っていたのだろうが、それに殉じて己の命を消すという決断を下すのは、常人にとってはあまりにも難易度の高いことだ。


 こういう決断をあっさりと下すことが出来るのは、己の命も駒として扱うことに慣れているか、心が完全に摩耗しきっているか、或いは完全に壊れてしまっている人間か――、いずれにせよろくな生き方をした者ではあるまい。


 果たして自分にはどれが当て嵌まるのだろうか。


 マーベリックは思考の片隅でそんなことを考えつつ、この場にいる全員に言い聞かせるように言葉を重ねる。

 

「――なにを躊躇っている。要求を呑ますか、爆破するか。元からそういう選択肢だったはずだ。思い出せ。我々が飢えに苦しんでいるとき、病に倒れ伏しているとき、都市の連中はどうしていた? 何もしてくれなかっただろう! 奴らにとっては俺達など存在しない、まともに取り合うに値しない存在ということだ! ここで何もせずに駆逐されることを選ぶか!? それこそ、我々は奴らに何も与えることも出来ぬまま死ぬことになるぞ!」


 全ては詭弁に過ぎなかった。

 都市の抱える事情を鑑みれば、不法に居つき挙げ句こうして武力を振るっている自分達に、正当性など欠片も存在しないだろう。

 だがそんな彼の言葉にも、その場にいる人間に何かを決心させるだけの力はあったらしい。


「……そうだ。その通りだ。このままじゃ俺達は何の意味も無く死ぬことになる」

「――一矢報いらなければいけない」


 得体の知れない熱に浮かされたように賛同の声を上げ始める者達。

 状況慣れしていない者達が極限の状況下において寄りベを見つけたかのように、行動を始める。


「起爆させます……!」


 制御パネル前に位置する一人の男が、汗を滲ませながら宣言する。 

 男の指が僅かに震えながらも施設基部に設置された爆薬へと起爆コードの送信入力へと――、触れた。


 息を呑む。

 訪れる沈黙。

 何十年にも感じられるその静寂を破ったのは、起爆コードの送信を行った男本人であった。


「――な、なんで! 俺は確かに起爆コードを発信したはずだ!」


 己の決意を嘲笑うような結末に狼狽する仲間であったが――、半ばその結果を予想していたマーベリックは、次へと思考を働かせる。


 既に爆破装置が無力化されたというわけではないだろう。恐らくは高出力の電波妨害装置を使用されたのだ。電波を利用した遠隔操作する起爆方式は便利ではあるが、その為に発信する電波そのものは決して高出力のものではない。小さな音がより大きな騒音に掻き消されてしまうように、より高い出力を持つ電波妨害装置によって受信を妨害されてしまっているのだ。


 もとより相手は状況を知っていて突入してきているのである。それなりの備えが存在していることは予想できることだった。


 こうなってしまえば、起爆させる方法は二つしか無い。

 電波妨害が通用しない至近距離まで爆破装置に接近するか、電波妨害を行っている装置本体を破壊するか。どちらにせよ、動く必要がある。


「――非常用の隔壁を降ろして出来る限り足止めをしろ。それと外の万能人型戦闘機を全て呼び戻せ」


 果たして、自分達のしていることにどれだけの意味があるのだろうか。


 胸中にそんな疑問が浮かび上がりつつも、マーベリックは平等解放軍のリーダーとしての役割を全うするべく、指示を出し始めた。






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