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プラウファラウド  作者: ドアノブ
プロローグ
3/93

分水嶺 - I

 メッセージを受信しました。


 そんなゲーム内アナウンスが視界の端に映ったのは、稔が『プラウファラウド』にログインして〈レジス〉として一人戦場で対戦を繰り返していたときのことだ。


 この時はリュドもログインしておらず、〈レジス〉は黙々と機械的にフリーマッチを利用して戦闘をし続けていた。

 フリーマッチとは勝とうが負けようがランキングには一切変動の無い、練習に適した対戦形式である。ランキング戦ほどプレイヤーの身を削り腕を競い合うような試合には恵まれないが、機体構成を変更した時などに習熟訓練代わりに用いられることがよくある戦闘形式だ。

 プレイヤーが操る万能人型戦闘機の操縦難易度が高いこのゲームにおいては、自機に乗り慣れるというのは非常に重要なことだった。


 今回〈レジス〉がフリーマッチに参加していたのも、ランキング一位を保持したまま今シーズンを終えたことによって運営から送られてきた特別報償パーツの慣らしを行っていたからである。


 貰った兵装を使ってみた感想としては、正直微妙といった感じを隠せない。

 数値を確認した時点でも、思わず渋面を浮かべてしまった。


 電磁加速方式と火薬方式を複合させた新機軸アサルトライフルという触れ込みなのだが、如何せんその性能が速度と足回りを最重視した軽量級機体である〈リュビームイ〉とは相性が悪かった。

 電磁加速させるため発射の度に僅かづつ機体の貯蔵エネルギーを食い潰していく上に、武装自体の重量が嵩む。弾速や射程、貫通力、連射力といった火力方面は流石に高水準であったが、それも足回りを殺されてしまっては意味が無いだろう。

 未練がましく戦場に出てみたりもしたが、全く予想通りの結果となってしまった。

 溜息交じりに、記念品以上の意味はないかなと判断する。

 

 あるいは。

 いっその事リュドにでも渡してしまってもいいかもしれない。

 彼女は一癖二癖ある装備を好む癖があるので、こういった、いかにもな武器は大好物だろう。幸い〈レジス〉の操る〈リュビームイ〉と相性が悪いというだけで、この武器自体のポテンシャルは高いようにも思える。


 ――そんな事を考えていた折に出てきたのが、最初のメッセージ受信アナウンスである。


 兵装を元に戻そうと考えていた〈レジス〉は丁度いいと思い、フリーマッチを抜けるとゲーム内のロビーに戻る。

 戻ると一言で済ませても、実際には出撃地点まで戻り機体を格納庫に着陸させてハンガーに納めた後コクピットから抜け出るという、それ本当に必要なの? という行程があったりするのだが。


 ちなみに格納庫に戻る際、指定された滑走路に正確に着地するのには意外と操縦技術が要求される。

 〈レジス〉が初めて格納庫に機体を納めようとしたときには操作をミスって機体を転倒、隣のガレージに頭から突っ込んでそこに格納されていた機体もろとも盛大に破壊してしまい、後に莫大な修繕費をシステムに要求されたときには「このゲーム、クソゲーなんじゃなかろうか」と真剣に思ったりもした。


 流石に今となってはそんなミスをするはずもなく、何事も無くロビーに戻った〈レジス〉は受信メッセージを確認する前に、例の新型アサルトライフルをリュドのアカウント宛に譲渡しておく。

 次いで新規メッセージ作成。内容は『プレゼント。記念品だけどリュドなら上手く使えそうだからあげる』と簡潔に記す。


 そうして一連の作業を終えてから、改めて新規メッセージを確認するために受信ボックスを開いた。


「む」


 報告通りに、そこには一通の新着メッセージが存在していた。

 それ自体はいいのだが、差出人の欄を確認して思わず目を見張ってしまう。

 

 『自己学習型管理AI – RANI - 3510』

 

 それが新着メッセージの差出人の名前だった。


 それは『プラウファラウド』のプレイヤーでは有名な名前だ。〈RANI-3510〉は『プラウファラウド』内の正常な管理運営をするために設定された、不眠不休で働き続ける為のAIである。


 今の時代、施設や設備の一部を自己判断AIに任せることはよくあることだったが、VRゲームの管理をAIに任せるというのは『プラウファラウド』が世界初の試みであり、当時はそのことでも話題を集めていたことはまだ鮮明に覚えている。


 ただし、それが上手くいったかと言われると、関係者はみな曖昧な表情を浮かべてしまう結果になってしまったのだが。

 

 本来であれば『プラウファラウド』の管理運営は全てこの〈RANI-3510〉が二十四時間体制で行う予定だったのだが、開発者の設定ミスなのか自己学習した結果なのか、『プラウファラウド』稼働から僅か一ヶ月足らずで〈RANI-3510〉は管理を放り出すという前代未聞の事態を起こしたのである。


 その上で次々とゲーム内でのイベントを(勝手に)行い始め、特別ミッションの配布など、一時期は暴走AIなどと言われたりもしたものである。


 運営やプレイヤーにとって幸いだったのは、それらのイベントはどれもそれなりに楽しく、また対戦バランスを著しく崩壊させるようなことを〈RANI-3510〉が行わなかったということだろう。


 何度かの調整の結果、〈RANI-3510〉は平時のバグチェック等細々とした作業を嫌い、イベント作成などに強い興味を持っていることが判明。

 最終的にはバグや異常行為などの対応は運営が人力で行い、ゲーム内のイベント管理は〈RANI-3510〉がするという異例の二足草鞋体制となった。


 プレイヤー間では〈ラニ〉とか〈ラニたん〉などと呼ばれて親しまれているその人工AIからのメッセージ。

 〈レジス〉もこの世界に入り込んでから長いが、管理者である〈ラニ〉が直接プレイヤーにメッセージを送ってきたという話はこれまで聞いたことがなかった。

 

 知らず知らずのうちに緊張しながらメッセージを開く。





『 From 自己学習型管理AI – RANI - 3510

  To プレイヤー〈レジス〉

  件名 おめでとうございます。


 はじめまして。

 私は自己学習型管理AI – RANI – 3510 です。

 プレイヤー〈レジス〉様。第十八シーズン所属勢力〈ビフレスト〉ランキング一 位及び、〈ビフレスト〉内ランキング一位、おめでとうございます。

 あなたのような優秀なプレイヤーが存在することは管理・運営する側としても非

 常に興味深いです。

 今後ともあなたの戦場での活躍を期待しております。


 さて、特別ミッションの配布を通知させていただきます。

 本ミッションは私が独自の基準で選定したプレイヤーのみに配布する、特別任務

 です。

 特別任務への出撃を望む場合は、シングルプレイモードより追加任務を選択して

 ください。

 

 なお本ミッションは任務達成失敗に関わらず一度きりで消滅します。

 また本日20XX/8/18の日付変更と同時にも消滅しますので、ご了承ください。


 それでは今後のあなたのご武運を祈らせていただきます。


                             RANI-3510   』





 メッセージを読み終えた〈レジス〉は息を吐き出すと、現在の時刻を確認した。視界の端に表示された時間からは、日付変更まではまだまだ余裕があることが分かる。


 試しにプレイヤーウィンドからシングルプレイモードを選択してみると、なるほど。確かにNEWとマークのついた見慣れない任務が一つ追加されている。


 特別任務。


 限られたプレイヤーのみに配布されるミッション。

 その選定基準や、他にもこのメールを受け取ったプレイヤーがいるのか等疑問は尽きないが、肝心なことについては悩むことはなかった。

 ゲーマーであるならば悩むはずがない。



 ―― 特別任務をタッチ。



 任務成功条件:敵特殊兵器の破壊


 この依頼は一度しか受けることが出来ません。依頼を受けますか?




 ここは分水嶺。


 ただのゲームでしかなかった『プラウファラウド』が、仮想空間でしかなかった数多の戦場が。

 大きく意味が変わるかどうかの、境界線。


 ただ一人の少年はその事を知らず。

 無知は時に悪となる。

 過去を振り返ることに意味は無い。

 後悔は先には続かない。



 ―― YES.



 ただこの選択の先に、選択者の幸のあらんことを。














 














 ひび割れた大地が何処までも続く荒野。

 周囲には原型を失った鉄の残骸が墓標の如く突き立っている。 

 それは、かつてこの戦場で命を散らしていった者達の成れの果て。

 撃ち、撃ち返され、殺し、殺される。

 人は死ぬまで戦いを止めることがないという証明でもあった。


 戦闘領域:旧き大地(オールドコート)


 そこは『プラウファラウド』のシングルプレイ用のストーリーモードにおいて、最終任務の舞台でもある。

 幾つもの過酷な戦場を潜り抜けて周囲からも危険視されるようになったプレイヤーは最後、各勢力が用意した最高戦力とこの荒れ果てた大地で決着をつけることになるのだ。


 今、その荒野に一機の万能人型戦闘機が長く深い影を落としていた。


 全長八メートルの巨体を誇る鉄の巨人〈リュビームイ〉


 戦うために生み出された人の姿を模した戦闘兵器。

 何よりも速度を尊ぶ軽量機である〈リュビームイ〉は兵器と言うにはかなり細身で、その洗練された容貌は限りなく無駄を省いて創造された刃を思い浮かばせる。  

 

 だが今現在。


 殆どの戦場で三つ以上の武装を持たないことが大抵の〈リュビームイ〉にしては珍しく、その鉄の巨人は重装備を施されていた。


 両手にはそれぞれ特徴の違う対万能人型戦闘機用突撃銃を持ち、装甲板で膨らんだ手の甲には内蔵式の超振動ナイフが控え、腰部の武装配置箇所(ウェポンラック)には短射程型のミサイル弾頭が計六発。背部武装配置箇所には折り畳み式の滑空砲に、後付け型の増槽(エネルギータンク)。そして当然のように誘導弾対策のための攪乱幕(フレア)も装備してきている。


 普段の〈リュビームイ〉の姿を知るものが見れば、それは異様だった。

 ゲーム内でもトップに位置する軽量機乗りが、よりにもよって速度を捨てているのだから当然とも言えるだろう。


 しかし当然、高機動軽装甲を旨とする〈リュビームイ〉がこれほどの重武装を施しているのには理由がある。

 それはこれから〈レジス〉が挑むのが五分の条件で始まる対人戦闘などではなく、シングルプレイモードの延長戦に存在する特別任務だということにある。


 シングルプレイモードに用意されている任務のその殆どの内容は、プレイヤー側が不利な条件で設定されている。

 それは対人戦を主としているこの『プラウファラウド』において、一人で遊ぶためのそのモードは互角で始まるある意味で平等な戦闘以外の要素をプレイヤーに味合わせるためであった。 

 敵万能人型戦闘機が複数いるのは序の口で、遠方の敵施設からミサイル弾が雨あられと飛来してくるステージや、百以上の敵に包囲されている状況から始まったり、事前の説明では味方だと紹介されていた友軍機が突如裏切ったり……、まあよくぞこれだけと開発を褒めてあげたくなるくらいにやりたい放題である。


 そういう任務の場合、軽量機というのはかなり不利な要素が多い。

 不意打ちを食らおうものなら一撃で大破することが殆どであり、敵機が大量に現れればその速度を保つための軽装備が原因で弾が足りず。

 操作技術の困難さも相まって、実は開発者達は軽量機が嫌いなのではないかと邪推したくなるレベルである。


 任務に合わせて乗る機体を変更してしまえるならばそれが一番なのだが、この戦闘兵器を操縦する困難さを実直に再現した『プラウファラウド』では、一度習熟した機体から乗り換えるとまた戻ってきたときに酷い目にあう。


 かつて〈レジス〉も一度だけ軽量機から重装甲機体に乗り換えたことがあったのだが、その後軽量機に戻ったときにものすごい違和感を感じ戦績はボロボロ、しかもその違和感は一週間は抜けず、以降〈レジス〉は軽量級の万能人型戦闘機以外には乗らないと心に決めていたりする。


 それでも現実問題として、ストーリーモードや、あるいはイベント戦によって軽量機には不向きな戦場で戦わせられることは多々と存在してしまう。

 それに対する〈レジス〉が取った対策こそが、今の重武装〈リュビームイ〉の姿である。


 無論、今の〈リュビームイ〉はその機動力を大きく失っている状態である。本来の持ち味である高速戦闘はまず不可能だ。


 ただし、二つ。


 今装備している内から二つ兵装を取り除けば、〈リュビームイ〉は最低限軽量機として戦えるだけの機動力を取り戻す。そうなるように上手く積載量や重心バランスを調整してある。


 やることを単純に説明してしまえば、本来であれば任務の出撃前に装備選択するはずの所を現地で行ってしまおうという強行策である。こうすれば低装甲は補えなくとも初見の任務でも最適の装備で挑むことが出来るのだ。


 ただし一見素晴らしい解決策に見えるこの方法だが、当然欠点もある。

 というか大抵のプレイヤーはその方法を聞いたら呆れるか、呻き声を漏らすに違いない。

 何故ならば。


 兵装を最低二つ捨てれば軽量機として戦えるということは。



 つまり、絶対に兵装を二つ捨てる必要があるということでもある。



 万能人型戦闘機を操って数多の戦場に繰り出し戦うこのゲーム、基本的に戦闘中に装備を紛失したとしても任務終了後には修理費用を払えば戻ってくる辺りは親切設計なのだが。

 その請求される額が阿呆みたいにかかるのである。


 確かに現実においても、今も昔も兵器が金食い虫というのは変わらない不変の理ではあるのだが、『プラウファラウド』の世界においてもそれは変わらない。


 弾を撃てば弾薬費を請求され、機体が傷を負えば修理費を請求され、ものを壊せば修繕費を請求され、電波吸収用のステルス塗料を塗布すればその塗料代及び維持費が請求され。


 対戦任務において勝率の安定しない『プラウファラウド』の中堅プレイヤー達は、諸々の経費と成功報酬がとんとんの自転車操業になっている場合が殆どである。中には性能よりもそれにかかる価格で機体を組み上げているプレイヤーもいるほどだ。


 勝率が安定していて被弾率も少ない上位プレイヤー達はある程度資金に余裕はあるが、それでもふとした拍子に何かをやらかして持って行かれる可能性もなくはない。というか上位プレイヤー達もやはり勝ちに拘るため、結果として高級高性能装備を買い漁り資金はいくらあっても足りないというのが実情である。


 そんな万年金欠が常の『プラウファラウド』において、武装の置き捨てを前提とした〈レジス〉の戦術。いうまでもなく、資金に大打撃を与えられるのは確定である。


 トッププレイヤーであり、搭載兵装及び攻撃の被弾の少ない軽量級万能人型戦闘機の乗り手である〈レジス〉は確かに他プレイヤーと比べれば資金には余裕があったが、かといって湯水のように使えるわけでもない。


 かつて〈レジス〉がこの方法をとったことがあるのはたったの二度だけ。

 そのどちらも一度しか挑戦機会の与えられない単発式のイベントに挑んだときのみである。


 そして今回で三度目。


 〈レジス〉は〈リュビームイ〉の腹の中に収まりながら、静かに待っていた。

 機体に備わった複合感知器には今のところ反応は無い。ということは、物量にものをいわせる任務ではないということか。だが相手が規格外のステルス装備を施している可能性もある。

 これは対人戦ではない。重装甲高機動ステルス装備なんていう理不尽な敵機が出てきてもなんらおかしくはないのである。


 頭の中で最適の装備を模索し続ける。最初に何を捨て、何を残すのか。

 重武装〈リュビームイ〉の資金以外の弱点が、初動の敷居の高さである。

 軽量機にも拘わらずろくに動けない今の〈リュビームイ〉はまさしく木偶の坊であるため、一番最初の判断で趨勢が決まってしまう。


 武装の放棄(パージ)が遅れれば敵の攻撃の餌食になってしまうし、取捨選択する装備を間違えれば重武装のアドバンテージは一気に減じる。


 全ては初動。


 故にその時に備えて〈レジス〉は思考を続ける。


 そして。



『――、――』



 不意に通信機から音が聞こえてきた。

 


『――、――――?』



「……なんだ?」


 驚いて耳を研ぎ澄ますも、その音がなんなのかは判別出来ない。人の声のようにも聞こえるがはたして正しいのだろうか。自信はない。


『――、え――! お――――、タ――テ――――』


 ザザ、ザザザアア――――――!


「っ」


 突然、大量のノイズが発生して、通信機から聞こえてきていた音の全て掻き消した。

 予期せぬ大音量に思わず顔を顰める。ここは仮想空間なので耳が悪くなったりはしないだろうが、それでも心臓に悪い。

 

 まあ、イベントの演出だろうかと〈レジス〉はそう解釈した。


 次いで複合感覚器に一つの反応。

 移動速度はかなり速い。武装を適正まで排除した〈リュビームイ〉と同等の速さである。


「ついに来たか」


 ノイズも人の声らしき音も聞こえない。

 さっきの音は既に途切れている。



 荒野の果てから派手な光を噴射しながら駆け抜けてくる一機の姿。

 機体サイズは十メートル程か。平均的な人型万能戦闘機よりは一回りほどでかい。その姿は全て見たこともないパーツで構成されていた。


「……作戦目標が敵特殊兵器の破壊って時点である程度予測はしてたけど、やっぱり相手は非既存パーツの特注品か」


 プレイヤーには手に入らない強力な武装で固められたボス機体というのは、古今東西王道とも言えるほどによくあるパターンであった。

 別段その事には驚きはないのだが、しかし敵機のその仔細を確認してしまえばやはり瞠目しざるえない。


 異形。


 コックピット内部の望遠モニターに表示されたその相手の姿を言い表すならば、この一言が相応しいだろう。


 基本的な特徴は万能人型戦闘機を踏襲したデザインである。

 頭があり、胴体があり、腕があり、足がある。

 しかし。

 細い割にやけに長い長い腕はなまじ人の姿をしている分その奇形さが目立っているし、機体背部からは装甲板と動力コードが絡み合ったような形状をした、まるで尻尾のようなものが伸びている。

 頭部は鋭角なデザインをしていて、そこだけは唯一〈リュビームイ〉とも似ているかもしれない。ただし二重に配置された感覚器は赤く染め上がっていて、とても親近感など感じられない。


 悪魔的とも言える、異形の万能人型戦闘機。


 闇よりも深い漆黒色の機体。そしてその装甲板の隙間からは頭部感覚器と同様の真紅の光が不気味に漏れ出ている。


 武装は見る限りでは左手にプラグで接続されている大型銃。

 それと背部武装配置箇所には左右対称になるように縦に長い箱状のものが装備されている。誘導弾投射装置か、或いは中に別の手持ち火器が収まっているのか。


 敵との戦闘可能距離まで残り僅か。


「――!」


 接近してくる異形の敵が、その手に持った大型砲の銃口を〈リュビームイ〉へと向けた。


 〈レジス〉は選択する。


 次の瞬間、夕焼けを浴びて赤く染まる〈リュビームイ〉は施された無数の武装を放棄しながら、その場から消え去った。


 その数瞬後。


 真紅の矢が大地に突き刺さる。

 爆発などは起きず、ただ着弾地点の地面がその熱で融解し、溶岩となって周囲の温度を急上昇させた。


「――っち、光化学兵器。あの位置からでも届くのか」


 地表付近を滑空させながら〈レジス〉は毒づく。

 今のはかなりぎりぎりであった。

 後一秒でも離脱が遅れれば〈レジス〉は愛機と共に溶けたバターのようになっていただろう。


「というか、前口上も何も無しって、それはイベントとしてどうなんだ? 物語の背景ってやつが全く感じられないんだが」


 そんな事を口で呟きつつも、既に思考は臨戦状態に入っている。


 有効射程距離は相手の方が上。

 ただし既に有視界範囲に入っているのだから、搭乗士の腕前でどうとでもなる範囲ではある。最初にするべき事は相手に接近することだ。こちらの攻撃が届かなくては話にならない。


 軽量機としての最低限の機動力を取り戻した〈リュビームイ〉は大地を蹴り上げ赤く染まる大空へと飛翔した。


 装備を取捨選択した結果、現在の〈リュビームイ〉が装備している兵装は両手の大型突撃銃と腰部の誘導弾六発、そして戦闘持続時間を延ばすための増槽である。内蔵式の超振動ナイフはそもそも放棄出来ない。


 放棄したのは攪乱幕と滑空砲である。


 こうして敵位置を正確に把握していれば〈レジス〉にとって誘導弾は手動で撃墜出来るので脅威にならないというのと、滑空砲はそもそも相手が機動力皆無の大型兵器ではなかった時点で放棄しようと決まっていた。

 折り畳み式で展開に時間がかかる滑空砲は、固定目標でない限り取り回しと命中に難があるためだ。 


 茜色の空へ舞い上がった〈リュビームイ〉を狙って再度真紅の光線が駆け抜けていくが、それは命中することなく彼方へと消えていく。


 実体を持たずに熱量で敵を攻撃する光化学兵器は『プラウファラウド』においてレールガンと並んで高速高貫通高威力を誇る強力兵器ではあるが、銃口をしっかりと見てしまえば回避することは可能である。

 ましてや上位プレイヤーである〈レジス〉にとっては、これまで何千回と戦場で戦い続けている。ゲーム内に存在する武装の基本的な対処法は全て身体に染みついていた。


 まあそれだけの性能を誇る光化学兵器を片手で取り回し、エネルギー残量を気にした様子も無くこの短間隔で発射してきているのだから、ボスユニットずるいといった思いがあるが。

 だがそれだけでは。 

 プレイヤー〈レジス〉の驚異には成り得ない。


「まずは挨拶代わりだ!」


 襲いかかる光の隙間を抜けながら、敵機をこちらの射程内に収め。


 空高く舞い、夕日で赤く染まる〈リュビームイ〉の腰部から、白煙を引きながら誘導弾が異形の敵目掛けて飛び出していった。




*** 



「ん?」


 一日の日課である鍛錬と自習を終えたリュドが『プラウファラウド』にログインすると、一つのメッセージが届いていた。


 差出人は、リュドもよく知る人物である稔である。……いやこの場合は〈レジス〉と言った方がいいのか。


 リュドは『プラウファラウド』内のプレイヤーネームも〈リュド〉にしてしまっているため実感が湧きづらいのだが、稔を初めとするVRゲームのプレイヤー達はあまりゲーム内で現実の名前は出さないでほしいらしかった。


 初めは個人情報とかを気にしているのかと思っていたのだが――もちろんその一面もあるのだが――それ以上に、彼らは現実とゲーム内では全く別の存在としてその場いるらしい。


 VR表現関連の法律が整って禁止されるまでは、ゲーム内の性別を変更してプレイする様なネカマ、ネナベなどと呼ばれるプレイヤーもいたらしく、現実もゲーム内も全く分けて考えていないリュドにとっては正直理解しがたい事柄ではある。現実だろうが仮想空間だろうが地球だろうが宇宙でだろうが、自分は自分でしかないと思うのだが。


 まあ他人が嫌がるようなことをわざわざするような悪趣味も持っていないので、リュドも『プラウファラウド』内では出来る限り〈レジス〉と呼ぶように気をつけている。

 ……それもふとした拍子に稔と口にしてしまったりして、〈レジス〉と〈リュド〉は現実でも知り合いだということは、二人と付き合いのあるプレイヤー間では公然となってしまっているが。


 ちなみに先述通り、現在はVR法の規制により現実とは異なる性別のアバターを使用することは禁止されているので、〈リュド〉が『プラウファラウド』でもごく少数の女性プレイヤーだと言うことはよく知られている ――流石に『プラウファラウド』内の〈リュド〉のアバターと現実のリュドの容姿が瓜二つだとは思ってもいないだろうが―― そうすると頻繁に同時出撃を繰り返し、さらには現実でも知り合いとなると当然〈レジス〉と〈リュド〉の関係を邪推する者も当然現れるわけだが。


 じゃんじゃん邪推してくれというのが、リュドの本音である。むしろ推進する勢いである。

 嘘から始まる真だってあるのだ、うん。


 まあそれはともかく、今はメッセージである。


 〈レジス〉から届いたメッセージを見てみると、そこにはなんとも適当な内容が表示されて呆れる。

 記念品というのは恐らくランキング一位になった際に贈られてくる運営からの報酬のことだろう。リュドもそういうものがあるということは情報としては知っていた。

 しかしそれをまさか自分に贈ってくるとは思いもよらなかった。

 所属勢力内限定とはいえ対戦ランキングの一位に君臨するというのは、並大抵の努力では実らないことである。こういったゲームの上位で戦い続けているのは誰も彼もが目を覆いたくなるような時間をこの世界に費やしている者達ばかりだからだ。

 

 リュドも勢力内でランキング三十位前後を彷徨いてはいるが、これ以上上位に入り込める気はしていなかった。

 特に二十位以内のプレイヤー達は掛け値無しの化け物だとリュドは思っている。


 そんな者達の頂点に立った証を、こんなメッセージ一つと共に送ってくるとは。


 とはいえ、リュドも『プラウファラウド』の世界に身を置くプレイヤーである。特別兵器を手に入れて嬉しくないわけが無かった。ついでにいうと、稔からのプレゼントである。頬を緩めるなと言う方が無理な話だ。


 所持兵装を確認してみると確かに、ハンガーの中に見知らぬライフルが一つ陳列していた。

 電磁発射機構と火薬方式の複合方式による新機軸ライフルという概要に、少しだけテンションが上がる。リュドは実験機だとか新型という言葉が大好きなのである。


 続いてその数値を見てみて、なるほどなと納得する。

 手持ち火器にしては重く、発射の度にエネルギーを喰う。火力関連の数値水準は流石ではあるが、これでは〈リュビームイ〉の機動力を大幅に殺すことになるだろう。

 数値の特徴を見たときの少年の渋面が目に浮かぶようだ。彼のことだから、未練がましく装備して数度戦場に出ていてもおかしくはない。


 その時の光景を想像して一人笑みを浮かべながら、お礼の連絡と同時出撃の誘いの為に〈レジス〉へコールを入れようとして、


「……あれ?」


 首を傾げる。


 フレンド一覧の〈レジス〉の名前部分だけが灰色になっている。

 これは現在連絡不可能を示している状態である。戦場でECM(電波妨害装置)などが設置されたときに限り表示される、非常に珍しい状態であった。

 しかしそれは通常、対戦用の戦場領域内でのみ有効なものであり、ロビー等共用スペースからの連絡を阻害するような機能は無い。


「……バグかな?」


 試しに〈レジス〉の名前をタッチして見るも、やはり通信不可能の文字が表示されるだけだった。


 まあ仕方が無い、とリュドは通信を諦める。


 対人戦である以上、ずっとECMが展開しているわけでもあるまい。どの陣営が展開しているかは知らないが、通信網を塞がれている相手側もECMを破壊するために尽力するだろう。


 後で〈レジス〉と合流した際にでも本当にECMが使われたかどうか確認して、その後に運営に連絡すればいいだろう。


 極自然にそう考えて。


 リュドは自らの愛機に新ライフルを装備させると、その試運転をすべく戦場へと身を躍らせた。




次話であらすじ分終了します()


流石に二万字は長すぎだろうと冷静になったので、分割。

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