その後
「――中々、面白い結果になったようだな」
一室に染み渡る静かな声。
その声の持ち主は、この部屋の主でもあるソピア中将のものであった。
年齢を感じさせる彼の声は決して大きなものではなかったが、他に音を発する者がいないこの室内では存外に耳に残る響きとなる。
それなりに広くも置いてある物が少なくどこか寂しい印象を与える一室。
部屋の主であるソピアの他にも、そこには二つの人影がある。
一人はソピア中将の教え子でもあり、同時に信頼する部下でもある、顔の表面に大きな傷を持つ男、グレアム=ヴィストロ少佐。
残る一人は技術研究所に席を持つ、技術士官の証である白灰色の軍服を身に纏った男。平凡な顔立ちである。日の明るさをろくに知らない肌は色白で、くすんだ髪の毛が特徴といえば特徴になるだろうか。
三人の男達は皆が応接用のソファーに腰を下ろして、向き合いながら言葉を交わしていた。
市民権を得たクルスが軍属となり、所属隊の面々と模擬戦演習を行ってから、数日後のことであった。
「クルス少尉の能力の高さは実証されたと言っても良いでしょう。何せ初乗りの機体、予定外状況下においてあれだけの成果を見せたのですから」
どこか面白がってるような表情を浮かべているこの基地の最高司令官の顔を真っ直ぐに見ながら、グレアムは淡々と報告する。
実際、驚くべき結果であった。
あの少年に課せられた条件を鑑みれば、模擬戦演習開始してからそう時間を立たずして撃墜判定を食らっていてもおかしくはない。寧ろ、普通であればそうなって然るべきであろう。
技術士官の男も笑みを浮かべながらも同意する。
「いやはや、私も記録は見ましたが笑わせてもらいました。……まさか、万能人型戦闘機でスライディングをする搭乗者がいるとは考えもしませんでしたよ」
それは男の正直な感想であったのだろう。
よくよく観察すれば彼の浮かべる笑いはどこかぎこちなく、それが呆れの感情を多分に含んだ苦笑の類いであることが分かる。
「分かります? あれ、自動姿勢制御によって持ち上がろうとする機体を無理矢理推進ユニットで押さえつけてるんですよ。よくもまあ、あれで機体を壊さずにいられるものです」
機体と搭乗者がガチンコで勝負しているみたいだと、男はどこか遠い目をしながら呟く。搭乗者の扱いやすさを思って開発した機能を力尽くで封じ込められる姿には、技術者として何か思うところがあったのだろう。
「お聞きしたいのですけれど、あの搭乗者の機体はどうするんです? 機体改修を許されているんですよね? 許可してくれるなら是非私が煮詰めたいのですが」
「不許可だ。君には例の機体の解析作業があるだろう」
にべもなくそう言われると、技術士官の男は本当に残念そうにあーと呻き声を上げた。どうやらあの記録映像によほど思うところがあったらしい。
そうしてから若干恨めしい光を灯しつつ訊ねる。
「彼の整備班を務めている羨ましい方はどんな人物で?」
「君もよく知っている人物、ザニシュ軍曹のお孫さんだよ」
整備班の実質的なまとめ役を務めていたザニシュ=コスタニカ。彼は現在ここ西方基地ではなく、都市内の技術研究所に出向している。万能人型戦闘機の現場の知識を知るものとして、今この部屋にいる技術士官と共に例の機体の解析作業を続けているのだ。
男はそう告げられると、驚いたように呆けた息を吐き出した。
「あの人、結婚していたんですか」
「そっちか」
ソピアもグレアムも揃って苦笑する。
男の知るザニシュという人物は竹を割ったとでも言おうか。歳の衰えを一切感じさせない、筋骨隆々とした巨大な体躯を誇る老人である。始め技術研究所にあれが来たときには、何かの手違いで軍の改造人間か何かが送られてきたのではないかと本気で悩んだものだ。
もっとも、実際に共に作業に取りかかってみれば長年の経験則に基づく知識と勘、そして二メートル近い巨躯に似合わない繊細な手腕を見せつけてくれて、すぐに誤解は解けたのだが。
「しかし彼のお孫さんだとしたら、さぞかし優秀なのでしょうね」
自分が羨む役割に座る人物に若干の羨望を抱きつつもそう呟くと、他の二人は揃って微妙な表情を浮かべた。
「……まあ、優秀ではあるな」
「ええ。……優秀ではあります」
妙に歯切れの悪い二人の軍人に、技術士官は首を傾げる。
「その様子だと、何か問題がありそうですね?」
その言葉にソピアは逃げるように視線を彷徨わせ、グレアムは仕方が無いという様子で口を開いた。
「あれも以前からうちの部隊への移動はずっと検討されていた人物だ」
軍内のはぐれ者ばかりを狙って集めたかのようにも見える、特異な人員で構成されたシンゴラレ部隊。
そこに以前より加わる予定であったということから察しろというグレアムの短い言葉に、男もなるほどと頷いた。技術研究所に戻ったら是非ともその人物の祖父から話を聞いてみようと、楽しみを見つける。
小さく笑みを浮かべる彼が何を考えているのかを大体察して再度苦笑してみせた後に、ソピアはグレアムへと視線を寄越す。
「部隊を動かせるようなるまでどれくらいかかる?」
「――クルス少尉だけではなく、元々二つあった隊を一つに纏めたばかりです。最低でも二ヶ月以上は欲しいところですが」
「長すぎるな。一ヶ月ですませろ」
「了解しました」
上官の要求にグレアムは僅かな渋面を浮かべながらも頷く。
文句を口にしたい気持ちはあるが、今は戦時下でもある。悠長にしていられる時間はあまりないと理解はしていた。
二人の短いやり取りを眺めていた技術士官が目を細める。
「……中将は一ヶ月以内にまた戦端が開かれると想像しておいでで?」
「いや、前回の戦闘ではこちらも少なくない犠牲が出たが、それ以上に敵国は手痛い傷を被っている。早々に戦争再開とはならないだろう」
「では?」
何故そこまで部隊の再開を急がせるのかと首を傾げる男に、老将は息を漏らす。やはり彼は技術屋であり、戦争屋ではない。
「あくまで表立っての行動は、だ。軍は大規模に動かなくとも、こちらに嫌がらせをする方法はいくつもあるものだ」
恐らくは今後暫くはそういった搦め手が続くだろうとソピアは睨んでいる。
小規模とはいえ、存外それは厄介なものだ。
軍を動かして攻めてくる分にはこちらも待ち構えておけばいいが、少人数で散発的に行われるゲリラ的行動には、軍の正規部隊で対応するには挙動が重すぎることがままある。その点、通常の指揮系統に組み込まれておらず、ソピアの一声で動かせるシンゴラレ部隊は非常に融通が利き、便利であった。恐らく今後暫くはシンゴラレ部隊の行動回数も増えていくことになるだろう。
ゲリラ行動を未然に防げればそれに越したことはないが、隣国とは陸続きに繋がっている以上、それは不可能だ。ましてやこの都市には非正規市民という絶好の隠れ蓑が転がっている。あれらは土地を追われた難民の集まりということにはなっているが、そこに内在的敵性存在が潜んでいることは想像に難くない。
技術士官の男が言葉裏を何処まで推測出来たかは分からないが、一先ずは納得したように頷いて見せた。恐らくはちゃんとは把握出来ていないが、特別興味があるわけでもないので流したのだろう。この男に限らず、軍技術研究所に所属する技術官は自分本位というか、有り体に言ってしまえば変人が多い。
どうしてそうなったのか、かつて延々と単細胞生物の分裂行程から始まって最終的には異性の身体的魅力を熱く語られた記憶のあるソピアはそれをよく知っていた。
「――まあ、クルス少尉の能力の高さについては予め予測出来ていたことだ。それはいい。それよりも、私が一番興味を抱いているのは模擬戦の結末だ」
その言葉に、その場にいたソピア以外の二人も同意した。
先の模擬戦演習。
その結果は、全くもって予想外のものとなった。
二対二の形を装っていながらも、クルスとペアを組んでいたセーラには表面的には協力を装いながら直接的な手出しはしないように命令していた。
セーラ=シーフィールド。
独立都市アルタスとは盟友関係にある海上都市レフィーラで、にクローニング技術を用いて生み出された、軍用基準性能調整個体。
理想的な兵の実現を目的に生み出されたその存在が命令に背くことは、まずありえない。
そのありえないことが起こった。
クルス機へとトドメを刺そうとしたタマル機に放たれた、たった一発の模擬弾。それは寸分の狂いも無く、吸い込まれるようにしてタマル機の胴体部へと着弾した。派手な蛍光色がこびりついたその光景が意味するのは、致命的損傷による大破である。
あの時一体何が起こったのかを瞬時に把握できたの人物はいなかったであろう。指揮所にて経過を見ていたグレアムですら、その時には目を丸くしてしまったのものだ。思わず何かの間違いではないかと、指揮所の人間に確認してしまったほどである。それだけ予想外のことであった。
「セーラ少尉は今はどうしている?」
「現在は寮内の自室待機を命じてあります。どうやら彼女自身も自分の行いに戸惑っているいるようでした」
演習から一人だけ早く帰投させた金髪の少女。
多少なりとも彼女が狼狽している様を、一年以上の付き合いがあってグレアムは初めて目にした。
命令に絶対遵守の人造兵。
軍用基準性能調整個体。
そんな存在が命令に背いたとなればそれは一大事である。だが、ことセーラ=シーフィールドという個体に関していえばそれはあてはまらない。
彼女はただの軍用基準性能調整個体ではなく、その次代発展のための特別試験個体であったためだ。
あらゆる命令に従順であり、あらゆる戦闘行為に適正を見せる軍用基準性能調整個体は非常に優秀な生体ユニットであったが、それと同時に現在の正式採用遺伝子を用いて量産されてからずっと指摘され続けてきた欠点もある。
彼らには自意識というものが非常に希薄であり、それが翻っては自発的な思考の妨げになり、酷く応用性に欠けるのである。
最初に与えられた命令は着実にこなすのだが、状況が変化したとしても新たに命令が下されるまでは初期の命令に固執する。これは刻々と状況が変化する戦場では明確な欠点であり、さらには損耗率を上昇させる要因であるとして早くから改善が指摘されてきた。
そしてそのアプローチの仕方は多岐に渡っているが、基本的には方向性は一貫している。
すなわち、感情の発露である。
「いやあ、あれは驚きましたよ。感情制御を殆ど行っていなかった最初期の軍用基準性能調整個体を除けば、彼女のあれは初めて確認される命令違反、つまりは自分独自の基準で行った判断です」
どこか興奮した様子でいう技術士官の男を、ソピアは興味深げに見やる。
「ふむ。君の専門は万能人型戦闘機だったと思ったが?」
そう視線を向けられると、男は少し困ったような笑いを浮かべて自らの髪を指で弄くった。
「――いやまあ、私の出身はレフィーラですから。向こうで職に就くことはありませんでしたが、軍用基準性能調整個体はあそこの研究者の間では常に話題になっていました」
特に私の年代は初期型達の大量処刑が行われた時期でしたからね、と男は呟く。その言葉に複雑な色を感じ取ったソピア中将は、自分の言葉を出さずにただ一つ頷くに留めた。
研究者達が現在の軍用基準性能調整個体の感情の発露について慎重になっている原因でもある初期型軍用基準性能調整個体については、中々気軽に口にすることが出来ない。
辛気くさいのはソピアの好むところでもない。
「君としては今回の件についてはどう考える?」
俄に漂い始めた暗い雰囲気を払拭するためにも、ソピアは男に話を振る。それが技術士官の男にも分かったのか、先の話を特に気にした様子も見せずに乗ってきた。
「やはり気になるのは、どのような意思でセーラ少尉はあのような行動をとったのかということですかね。仲間意識というには日が浅すぎる気もしますし……、やはり友情、あるいは孤立している人間に対する庇護欲求? いやしかしその場合は――……」
顔を俯かせて、ぶつぶつとまるで呪詛でも唱えるように口を動かし始める男。 隣に座るグレアムは表情を引き攣らせて引き気味だ。
気持ちは分からないでもないが、しかしソピアとしては聞き逃せないところであった。
「バカを言うんじゃないぞ君」
「――はい?」
何を言われているのか分からずに、技術士官の男が思考を中断させてほおけた表情を浮かべた。考えに没頭していても、流石に基地の最高司令官の話を無視するほどではなかったらしい。
「セーラ少尉がクルス少尉に対して抱いた感情はそんなものではない」
間違いを訂正するように、今までになく厳かな口調で言うソピア。
突然最高司令官としての貫禄を発揮し始めた老将の雰囲気に息を呑みながらも、技術士官の男は驚きを隠せずにはいられなかった。
「ちゅ、中将には分かるのですかっ?」
「うむ」
ゆっくりと、見せつけるように一つ頷くソピア。
技術士が息を飲むその横で、グレアムはどうせ下らないを言い出すのだろうなと白けた視線を向けていた。
「いいか、セーラ少尉の持つに至った感情、それは――」
ごくりと息を呑む技術屋と、面倒臭そうな表情を隠そうともしないグレアム。
ソピアは二人の様子を見た後に技術士官の男の砲だけに視線を向け、
「――愛だ」
そう、口にした。
予想外の返答だったのか。目を丸くする技術士官の横では、グレアムが額を手で覆って渋面を隠している。
「……あ、愛? その、つまりは、恋愛感情ということでしょうか?」
思わず聞き返した男に、ソピアは頷く。
「そうだ。まず間違いないな」
「そ、その根拠は……?」
当然の如くそう男が口に出すと、ソピアは失望したかのような表情を浮かべた。技術屋のくせに何故これくらいわからんという中将の様子に、男は顔を顔を引き攣らせる。
「いいか。クルス少尉は十六才。セーラ少尉は十四才。年齢は極めて近いと言えるだろう」
「はあ……。ええ、まあ」
「そんな二人が十日以上も一つ屋根の下で生活していたのだ。それ以外にあるまい」
「な、なるほど……――、っていやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」
その確固たる口調と雰囲気に思わず首を縦に振りかけた技術士官であったが、慌てて首を振った。
「れ、恋愛感情の可能性までは否定しませんが、それは根拠になっていませんよ」
「根拠……。根拠、か。いいだろう」
徐に、ソピアは懐から紙の束を取り出した。
目の前に座る二人に見せつけるようにそれを机の上に広げる。技術士官の男は勿論、グレアムですら怪訝そうな顔を浮かべていた。
「中将、それは?」
男が訊ねると、ソピアはふっと息を切らす。
「これは私がある部下に命じて作らせた、二人の同居生活の詳細だ」
「……つまりは、報告書ということでしょうか?」
「いやそれは別にある。事務的な内容ばかりの実につまらんものだった」
ふるふると首を振り。
「こっちのものはな、セーラ少尉とクルス少尉二人のふれあいに焦点を絞ってかかせたものだ。同居生活の全てがそこに詰まっていると言っても過言では無い!」
部下に何やらせてるんですかあんたは。
技術士官はそう思ったが、理性でどうにか言葉を押さえ込んだ。
「中将、私は初耳なんですが?」
どう考えてもその報告書を書いたのは自分の部下である男であろう。
グレアムが渋面を浮かべて訊ねるも、ソピアは仕方が無いとばかりに肩を竦めた。
「何事にも順序というものがある。手に入れた情報の開示は慎重におこなわなければならん」
何かもっともらしく言ってはいるが、自分の部下から小言を言われるのが嫌で隠していたのは明白であった。額にうっすらと血管を浮かべながら、上官として仰ぐべき人物を間違えたかなとグレアムは思う。
そんな部下の心情には気がつかずに――無視しているだけかも知れないが――ソピアは口を開いた。
「この報告書によると、なんとクルス少尉とセーラ少尉は一晩経った明くる日には裸を晒すほどの仲だったそうだ。その後もその関係は続いたとある」
事実であり勘違いである。
肌を晒していたのは周囲に無頓着なセーラが一方的に成していたものであり、毎回クルスが注意しても最後まで直らなかっただけだった。
「さらには当日のうちに都市内デート。大量の土産物を買い込むほどに成功していたとか」
その諸悪の根源は、偏にガイド本である。
実際の二人の道中を見てみると、殆ど会話は無かったと言ってもいい。
「さらには、朝から手作り弁当を作って二人で出かけていったともある」
その通りではあるが、クルスが作ったその手作り弁当の送り相手は同行人のセーラではなく、非正規市民の少女だ。
――これらの詳細を報告書に纏めてソピアに提出したのは、言うまでもなくシーモスであった。基地出発前に中将直々に指令を貰ったシーモスは当初こそ緊張していたが、後に二人の親密性について詳細に記したものを作成せよと言われて、そこで基地司令直々の指令が下世話なものであると感づくに至った。
仲間内からも不良軍人と呼ばれる彼である。
対して重要なものではないだろうと分かってからシーモスが作成したその報告書は、ひどく杜撰なものとなっていたのだった。
それ以降もソピアはどこか事実とずれたことが書かれた報告書の内容を語り、そして――、
「以上のことから、これはもう、あの二人の間に深い関係性が生まれているのは間違いないだろう!」
そう言い切って、締めた。
二人の男達の反応はそれぞれである。
グレアムはシーモスの人となりを知っているのでたった今耳にした言葉の信憑性を疑っていたし、技術館の男は男で腑に落ちない様子であった。
「……二人が親密な関係にあると仮定して、その場合は何故彼女だけそうなったのでしょうか? 彼女と同じ次世代発展を目指した実験個体は大量に存在しますが、自己で判断し命令違反をするまでに至った個体が存在した話はこれまで聞いていません。もちろん私が知らないだけという可能性もありますが……」
軍用基準性能調整個体の感情を発現させるためのアプローチは、実に様々に行われている。小動物を飼わせてみたり、疑似家族を体験させてたり、薬物投与により興奮を促すようなことも。セーラのように前線にかり出されている者も少なくない。当然、年の近い異性と共同生活をさせるようなものも存在していた。
そしてその結果があまり思わしくないものであるということも、話に聞いている。
「不干渉であったり、軽い暴力を振るうならばまだ良い方で、中には軍用基準性能調整個体が命令に従順なのを良いことに、性処理の道具のような扱いをしている者のいると聞いています」
「……それは問題行動にはならないのか?」
思わずという風に顔を顰める軍人二人の様子に少し安心しながら、技術屋は小さく首を振る。
「向こうではそういった案件も経過観察のみで放置が基本です。研究者の視点から見れば、それも一つのアプローチということなのでしょう。今のところ死亡者は出ていませんが……、それもそう遠くはないと個人的には思っていますよ」
海上都市レフィーラでの軍用基準性能調整個体の扱いは非常に微妙だ。
元々が道具として人工的に生み出した兵隊である。見た目は人の形をしているとはいえ、その実体は限りなく兵器に近い。自分達よりも優れた能力を持つ存在に対する恐れの現れかも知れないが、分け隔てなく接するというのも難しい話である。
ましてや初期型の軍用基準性能調整個体を中心に起こった出来事は未だに関係者達の心に根付いている。
「――判断は早計だと思いますが」
グレアムが静かに口を開く。
「クルス少尉との接触は切っ掛けに過ぎなかった可能性もあります。彼が来る前から、セーラ少尉はシンゴラレ部隊の一員として戦い続けてきていたのですから」
或いは、蓄積してきた経験がたまたまあの瞬間に芽生えただけで、クルスという個人は全く関係ないか。タイミング的につい入ってきたばかりの少年と関連づけたくなるが、そうとは限らない。
彼女がレフィーラからアルタスへと送られてきてから、既に一年以上が経過している。要因は色々と考えられた。
「……まあそこら辺は我々ではなく、専門家達の領分でしょうね」
結局そんな無難な言葉が出てくる辺り、何とも締まりのない話ではあった。
技術館の男は肩を竦めつつ、ソピアの方を窺った。
「この事はすでに連絡を入れているのですか?」
「そういう取り決めだからな」
通常の思考ルーチンには存在しない異常行動を確認した場合には、速やかに報告を入れる。それが軍用基準性能調整個体を提供された際に課せられた約束事の一つだ。まさか一年以上もたった今になってすることになるとは考えていなかったが。
ソピアは面白がるように言った。
「レフィーラからは早速、色々と打診が来ているぞ。応じるならば、軍用規準性能調整個体を含めた増援を、運用兵器付きで準備する用意があるそうだ」
「海上都市が傭兵派遣の真似事ですか。向こうはただ実験場が欲しいだけでは?」
「かもしれん。それよりも面白いことに、クルス少尉と同居させることは出来ないかとまで言ってきているぞ」
グレアムは盛大に溜息を吐いた。その横では、技術士官の男も苦笑いを浮かべている。
「……基地内で学校でも開くつもりですか?」
くっくっくとソピアは隠すこともなく笑う。
「色々と駆け引きだよ。例の機体のこともある。同居は殆ど冗談みたいなものだ。部隊派遣に関しては、出来る限りこちらに借りを返しておきたいのだろうな」
都市アルタスと海上都市レフィーラ。
この二つの都市は切っても離せないほどに綿密な付き合いのある深い関係であるが、そこにお互いの損得勘定を無くすことはありえない。お互いに味方であることは間違いないが、机の下でお互いの服の袖を引っ張るような地味な駆け引きが行われているのである。
特に外部からもたらされたあの万能人型戦闘機の詳細は、技術都市を自認するあそこでは垂涎の的であろう。最終的にはあの機体をレフィーラへと運び込むことになるのは確実であるが、はいそうですかと渡すわけにはいかない。
そもそも都市運営に黙って事を進めている以上、ものの運搬だけでも色々と苦労が存在する。
「申し出は受けるのですか?」
「いずれはな。今はまだ、焦らして掛け金をつり上げる時期だ」
そう言って、この基地の最高司令官は意地の悪い笑みを浮かべた。




