シンゴラレ部隊 - VII
予想外の結末を迎えることになった模擬戦演習を終えて、演習指定領域から格納庫へと戻ってきてから起こった一幕は、一言に纏めて言ってしまえば散々なものであった。
搭乗機については様々な不満を抱えつつも、それでも久しぶりに行った万能人型戦闘機の操縦はクルスに充実感を与えてくれた。
何せ記憶にある紫城稔という人物は、ゲーム『プラウファラウド』を購入して以来、その仮想現実世界に身を浸さなかった日は存在しなかった。年に何回かあった祖父母の家へと泊まりで出かけたときも、VRゲーム起動用のヘッドギアをこっそりとバッグに持ち込み、夜深くの家族が全員寝静まった頃に隠れて遊んでいたくらいだ。
そんな記憶を持つクルスにとって、これまでの生活は中々にストレスの溜まる日々であった。完全密閉された都市や発達した独自の交通網など、目新しいもので気を紛らわすことは出来ていたが、やはり巨大な人型兵器を操るあの快感の代替行為とするにはほど遠い。
乗り慣れぬ鈍重な機体に、高高度飛行を禁じられた限定的な戦場。
それでもクルスの内側には一定の充実感がある。
だがしかし。
次は空中戦がやりたいなと、そんな呑気な感想を抱きながら機体から降りたクルスを待ち構えていたのは、仁王像のような憤怒の表情を浮かべた未だ名も知らぬ整備員であった。
「……、……」
怒髪天を衝くとはこの事か。
空調の効いた格納庫内だというのに、ゆらゆらと周囲が陽炎のように揺らめいているような錯覚をしてしまう。ただでさえ鋭い双眸だったというのに、今はそれが更につり上がっていて、そのうち垂直にでもなりそうな勢いだ。
たまらないのは、その怒りの鉾先が間違いなく自分に向いているだろうということである。
間違いなく、面倒事の匂いがした。
許されるならばこの噴火直前の火山から早急に退避したいところであったが、そういうわけにもいかないであろう。それに相手は自分の機体の整備を預かる人物、今後も浅からぬ付き合いとなるだろうし意思の疎通を放棄するわけにはいかない。
端末上の操作で済んでいたゲームの時とは違い、この世界にいるクルスは一人では機体の整備などまるで出来ないのだ。
ほんの少し前まで身に染みこんでいた充実感も疲労もたちまちに忘れて、クルスは恐る恐る、腫れ物に触れるように目の前の人物に声をかけた。
「あのー……」
「何だスカタン」
「う」
三白眼と共に容赦なく飛んでくる辛辣な声に思わず一瞬怯みかけるも、これは出撃前からだったと精神を奮い立たせる。
「ええと、なんでそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか?」
すると目の前で腕を組む整備員はより一層眉間に皺を寄せて、その感情を露わにした。今にでも角が生えてきそうな勢いだ。
タマルの時といい、どうにも今日は初対面の相手との相性が良くない日のような気がしてならない。
「――なんで? 私の耳がおかしくなったんじゃなければ、お前は今なんでって口にしたのか、ドアホウ」
もし分からないのなら自分の機体をよく見ろ、と最後にそう付け加えられて、クルスは言われたとおりに振り返った。
そこには当然のように、さっきまで自分が乗り込み操っていた巨人の姿がある。
この格納庫で唯一、空に馴染むような蒼躯に染め上げられていないダークグレーの機体。明確な損傷弾こそ貰っていないものの、肩部を初めとして何カ所かには目に痛い蛍光色の塗料が張り付いている。
だがそれ以上に目立つのは、足回りの土汚れである。
いや、それを汚れなどいう生易しい範疇に納めておいて良いのかどうか。
機体の爪先は元の影色が隠れてしまうほどの赤土色がべったりとこびりついていたし、可動範囲を確保するために装甲を大きく切除されている足首周りの装甲板の隙間には、土の塊とでもいうべきサイズのものが入り込んでいるのが見て取れる。土砂に巻き込まれたのか、雑草や白い花弁の姿も散見できた。
機体正面に位置するクルスからでは確認することは出来ないが、この分だと脚部の裏も相当に酷いことになっているだろう事は間違いない。
言うまでもなく、脚部にこれだけの土汚れが集中しているのは、模擬戦終盤に行った、型破りのスライディングが原因である。なにせ万能人型戦闘機の万能たる由縁、地表での高速移動の要であるフロート機構を強引に停止させて行った、クルス以外の誰にとっても埒外の一手であった。
指揮所にてその様子を見ていた整備員は思わず絶叫しかけたほどだ。
基本的に万能人型戦闘機は四肢を持ち人の形を模してこそいるものの、脚部のその役割は大きく異なる。反動の強烈な大型砲を装備しているような機体を除いて、万能人型戦闘機達の脚部は歩行するためではなく、推進装置としての役割を主としている。
付け加えるとそこに、膝関節の屈伸運動が生み出す跳躍力を利用した垂直離陸が上げられるくらいか。それとてフロート機構を利用して助走をつけて離陸を行った方が遙かに機体に優しいために、緊急時以外には滅多に行われることはないが。
無論、歩行及び走行も可能に設計されてはいるのだが、各種の関節を酷使し接地時には毎回機体重量に比例した負荷がかかるため、そのような行為は推奨はされていない。
そもそも多少の地形には左右されずに高速移動出来るフロート機構が存在している時点で、隠密を目的とした静音移動以外には殆どする意味は存在しないのである。
当然ながら、スライディングなどという原始的で土に塗れるような行為を想定されているはずもなかった。機体の耐久試験の項目にもそんな無茶なものは存在していなかったであろう。
そういう意味では土を詰まらせながらも異常をきたさなかったこの機体を褒めるべきなのかもしれない。
クルスは上から下へと機体を見やって、所々に僅かな蛍光色がこびりついただけの上半身と比べて明らかに汚れの酷い下半身を、暫しじっと見つめた後に、一つ頷いた。
「――うん、貫禄がついたな」
「死ね」
今までで一番酷い刃が飛んできた。
クルスも流石に顔を顰める。
「バカじゃないのかお前は。いや、言うまでもなかったな失礼。――何がこけないだ。出撃前にあれだけ粋がってたくせに、こんな有様で帰ってきて」
「違う! あれは転けたんじゃなくて自分でそういう機動をしたの! 見てたんだよな!? それなら分かってるだろ!」
「万能人型戦闘機っていうのはタフだけど繊細なんだよ原始人。あんな無茶苦茶な戦闘機動をとって、どれだけ機体に負荷をかける気だ。しかもお前、模擬戦の最中に勝手に自動補正機能を無効にしていっただろ」
「仕方が無いだろ。少し機体をキツい角度にするだけですぐに勝手に姿勢を戻そうとするし。やりづらいったらありゃしない。あの機体はどんだけ過保護なんだよ」
「私から言わせるとお前がどんだけ自分勝手なんだって話だボケナスビ。見なくても分かるぞ。絶対に機体がエラーを吐いてただろ」
そう睨まれて、クルスはおおとつい感心してしまった。
この整備員の言うとおり、クルスの乗っていた〈フォルティ〉は模擬戦終了後にシステム面でいくつかの異常を検出していたのである。言うことを全く聞いてくれない搭乗者に機体が拗ねたとも言えるか。
流石は機体を弄くる本職とでも言うべきか、そこら辺の機微は触らなくても分かるらしい。
「それ全部誰が直すと思ってるんだマヌケ。というか、何のための模擬戦だ。出る前は新品同然だったはずなのに、今は前線帰りみたいな有様だ」
「あー……」
修理、ということを口に出されてクルスは思わず視線を彷徨わせる。
はっきりと言ってしまえば、その事については頭に殆ど意識がいっていなかったためだ。ゲームの『プラウファラウド』であればゲーム内貨幣を支払えば修理などすぐに終わるのだが、当然現実となった今ではそうはいかない。
そこら辺、未だに現状に適応し切れていないクルスである。
「関節部の摩耗、脚部の装甲を排除しての点検に、人工筋肉の疲労度の蓄積確認、ソフトの掃除……。模擬戦一つで機体の解体掃除なんて聞いたことないぞ。どれだけの時間をかけさせるつもりだマヌケ」
絶対零度以下の視線を向けられて、暫しクルスは格納庫の高い天井へと視線を彷徨わせた後に、
「……まあ、それがお前の仕事だろ?」
「死ね」
二度目の刃が飛んできた。
その無駄に毒舌な整備員とのやり取りだけでも一苦労であったが、それだけでは終わらないのだからたまらない。
多大な言葉の刃を向けられつつもどうにか整備員とのやり取りを続けていると、格納庫の別のスペースから肩を怒らせて近づいてくる小柄な姿。その僅か後方では、背の高い魅力的な女性が困ったような曖昧な笑みを浮かべている。
二人ともクルスと同じく、未だにパイロットスーツに身を包んだままであった。
「おい、クルス!」
ぐあっと今にも噛みつきそうな勢いで幼い少女、タマルが詰め寄ってくる。背が低いため、真っ正面に立たれても全く恐怖を感じない。感想としては、人見知りの小型犬に吠えられている気分であった。
面倒事が続くなあと思いながらも、どう見ても年下のこの少女はこれで一応クルスより階級が高い上官である。軍属意識のまるで育っていないクルスにとっては殆ど階級意識は持っていないが、それでも無視するわけにもいかないだろう。
「……なんでしょうか、タマル中尉」
ぎこちなくも丁寧な言葉遣いを意識して対応する。
まさかクルスから敬語を使われるとは思っていなかったのか、タマルは露骨に驚いた表情を浮かべた。初めて見たときから思っていたことではあるが、感情を隠すのが下手というか、何とも正直な少女であるようだ。
クルスの態度にタマルは少し戸惑っていたようだが、すぐに気を取り戻した。
そうして口の端から犬歯を剥き出しにするのだから、クルスの中でますます犬っぽい印象が強まる。つい微笑ましく思ってしまうのは仕方が無いことだろう。
何を思われているのか察したのかタマルが苦々しげな表情を浮かべたが、すぐに首を振って大きく口を開けた。
「いいか! 私はさっきの模擬戦の結果、認めてないからな! 調子に乗るんじゃねーぞ!?」
「……はあ」
そう言われてもクルスは困惑気に声を漏らすことしか出来ない。
はっきりと言ってしまえば先程の模擬戦はクルスとしても消化不十分というか、想定外の結末過ぎて、どう捉えればいいのか決めかねていたのである。
一応、結果だけで判断するならばクルス達の勝利ということになるのだが。
「あれはお前にやられたわけじゃなくて、予定とは少し違うことがあってそれが原因で――」
「……負け犬の遠吠え」
そう言ったのは、クルスではない。
ぼそりと、クルスの横に回った整備員が呟いたのだ。
呼応するようにピキリと、タマルの額に青筋が浮かび上がる。
「……おーい、なんか言ったか、そこの作業員?」
「いいえ、まさか。しがない曹長如きが中尉殿を相手に本音を漏らすなんて、とても恐れ多くて」
なんだこれと、クルスは思う。
タマルはともかく、何故か整備員まで苛ついた様子を見せ始めたのか。事態をややこしくするなと思うも、それを口に出せるような雰囲気でもない。
火花を散らす両者にクルスはどうすればいいのかと困惑し、迷った末についタマルの後ろに控える長身美人、エレナへと視線を向けた。
彼女はクルスと同じように睨み合う二人を一歩引いた位置から眺めていたのだが、クルスの縋るような視線に気がつくと少し目を丸くした後に、ほんわりと気抜けする笑みを浮かべた。
それは幼くもたいそう見栄えのする可愛らしい笑みであったが、今そんなものを向けられても困る。欲しいのは愛嬌ではなく、事態の打開策である。
仕方が無く、クルスは整備員と睨み合う目の前のタマルに視線を移すと、歯切れ悪くも口を開いた。
「――ええと、タマル中尉。先程の模擬戦は自分も色々と思うところがありますので、出た結果を素直に受け止めるつもりはありません」
その言葉に何故か整備員がむっとしたような表情を浮かべたが、理由が分からないので一先ずは無視する。
実際、例えどんなに不利な条件で行われた模擬戦だったとしても、あの瞬間クルスは負けを意識したし、最後の予測不能自体さえなければそれは現実になっていたはずだろう。落ちてきた勝利を拾って満足出来るほどクルスも意識は低くなかった。
「……、……む」
クルスのその言葉を聞くと、何故か目の前に立つタマルは拗ねたように口を尖らす。それは子供じみた動作だったが、目の前の少女にはよく似合っていた。似合ってはいたが、彼女が不満を持っているという事実は歓迎すべき事では無い。
一体何が気に食わないのだろうか。
もし故人の代わりに入ってきた自分のことが心情的に受け入れられないというならば、もうそれは時間が解決するしかなないだろう。クルスとしては同部隊に所属する以上、円滑な関係を築きたいと思うのだが。
クルスが目の前の幼い上官を相手にどうにも対応に困っていると、
「――はははは、何だ、存外うちの新入りは殊勝じゃないか」
そう陽気な声を上げたのは、先の模擬戦には参加せずに上空から映像記録の保存に努めていたシーモスであった。
彼の性質とでも言うべきか。大柄な身体をしているのに、近寄ってきても威圧感のようなものは一切ない。いるだけで場が明るくなるような、人好きのされる存在感だった。
「タマルも少しは素直になるんだな。過程はどうあれ、あれだけの有利な条件で負けてんだ。お前達の負けだよ」
その言葉にタマルはまた渋面を浮かべる。
クルスもシーモスの言葉には反応した。
「有利な条件って、向こうだけ戦術データリンクしてたことか?」
「お? 気付いてたのか。その通りだな。……ところで、タマルには敬語使ってて俺には使わないってどういうことなんだ? 一応俺もお前の上官なんだが」
「そりゃ気付くだろ。あれだけ綺麗に奇襲を食らえばな」
「無視か……」
クルスはシーモスの後半の呟きをすっぱりと無視した。
都市内でのこの男との同居生活を鑑みるに、どう考えてもこの相手は敬う対象にはならないからである。
微妙な顰めっ面を浮かべるシーモスには構わずに、クルスは話を続ける。
「あれって、リンク先は指揮所だったのか?」
「ん? ……そうだな。というか他に候補があるか?」
「いや、おっさんの機体とリンクして監視してる可能性もあるかなあと、模擬戦の最中に考えてた」
「……ああなるほど。その考え方もあるか」
クルスの言葉にシーモスは得心したかのように頷いた。
先程の模擬戦ではシーモスは完全に傍観者の気持ちでいたので、そこまで想像を及ばせていなかったのだ。
その点では、この少年は前線に身を置くにしては視野が広いなと感心する。やはり年に似合わぬ相当な場数を踏んできているのだろう。
シーモスはばれないよう密かに、クルスの表情を観察する。そこには特に憤りのような感情は浮かんでいない。
「……思ったよりも平然としてるな?」
「……は? 何が?」
「あれだけ無茶な条件を押しつけられた上に、相手だけは情報支援も受けてたわけだ。それが分かってるなら、もっと怒っても良さそうなもんだがね」
「あー……」
確かに。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
事前情報とは違う状態で演習を行ったのだから、クルスは今文句を漏らしてもいい立場なのだろう。
だが不利な条件下での戦闘は『プラウファラウド』のシングルモードで散々に経験していたので、格別何か思うことはなかった。寧ろこの程度の不利はありきたりなものである。なにせあのゲームのシングルモードは初見殺しが満載なのだ。事前説明の倍以上の敵戦力が待ち構えているなど、どうしろというのか。
そのことを考えてみれば、今回のような相手のみの一方的なデータリンクなど、まあそういうこともあるかなといった感じでしかない。
とはいえその事を説明する気にもならなかったので、クルスは説明の代わりに気になっていた質問を口にした。
「怒るって事はないけど、疑問にはなるな。なんだってあんな条件下で俺は模擬戦をするはめになったんだ?」
まさか新人虐めじゃないだろうな、という思いがあるクルスである。あってほしくないと思いつつも、それくらいしか理由が思いつかないのであった。
幸いと言うべきかどうか。
その質問にシーモスは溜息と共に肩を竦める。
「さあな。少佐からの命令で俺達はそうしただけだ。――もしかしたら出所は中将かもしれないけどな」
特に深く考える様子もなくシーモスはそう言ってから、未だ不機嫌顔で傍らに立つタマルを見やった。
「おら、お前もいつまでも子供みたいなつまらん面してんじゃねえぞ。お前は新入りの腕を試そうとして、坊主は搭乗者としてそれにしっかりと応えた。ならそれが全てだろうが。いつからタマル=イオラーゼって搭乗者はそんなつまんない人間になったんだ?」
「――うっさい、分かってるよ」
挑発とも受け止められそうなシーモスの言葉であったが、タマルは短く息を吐き出して鼻を鳴らした。
その光景を見て、まるで父娘だなと思ってしまう。詳しい年齢は知らないが、実際それくらいの年差はあるのではないだろうか。そうなると一歩遠間合いで控えるエレナが母親役だろうか。
……しかしシーモスと彼女を並べると、夫婦と言うよりは美女と野獣って感じになってしまうが。
「――おい」
そんな益体のないことをクルスが思っていると、タマルが声をかけてきた。相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべてはいるが、さっきまであった敵意のようなものは既に感じられない。
「なんでしょうか中尉」
クルスとしては神経を逆撫でしないよう気を遣ったつもりであったが、タマルは僅かに顔を顰めた。
「……その敬語やめろ。シーモスみたいな感じでいい」
「いいのですか?」
少し驚いて訊ね返すクルスに、タマルはこくりと小さく首を頷かせた。
「もともとうちの隊は規律に関してはかなり緩かったからな。公の場じゃなければ楽にしてていいんだよ」
「……じゃあ、そういうことならお構いなく」
タマルの言葉にクルスは頷く。
元々敬語など使い慣れていないので、必要ないといわれれば喜んで捨てる所存であった。更に言うならば明らかに年下の少女に使うのも色々と変な気分になっていたのである。
言葉から察するに、規律に関しては軍全体がそうというわけではなく、自分達の所属する隊がそういう風潮なのだろう。正規の部隊からははずれていることも関係しているのかもしれない。
砕けた口調のクルスの返事を聞いてタマルは満足げな表情をしてから、ハッと気がついたように口を開いた。
「あ、でも少佐の前では絶対に止めろよ。相手が誰であろうと、容赦なくぶっ飛ばすからな」
あの人は規律にうるさいんだと、タマルは半ばぼやくような口調で言った。
その様子から、これは実体験だなとクルスは確信した。経験者は語るというやつだろう。
タマルの言葉に何故か脇にいる整備員が苦々しげな表情を浮かべていることにクルスは気がついたが、どうしたのだろうか。なにか思うところでもあるのかと内心で首を傾げる。
「――わかった、気をつけるよ」
「おう」
クルスの返答にタマルは腕を組んで一つ頷いてから、
「――色々と思うところはあるけど、結果は結果だ。シーモスの言うとおり、お前は相応の実力を示した。だから」
「相応の実力というかー、どう考えても私達より上手いと思うけどねー」
タマルの言葉に被せるようにして、気抜けのする緩い声が横合いから聞こえてきた。
言葉途中で邪魔されたタマルが不機嫌そうにエレナを睨む。
「おい、エレナ」
「タマルは色々と言葉が長いと思うわー。こういうのはもっと簡単で良いと思うのよー」
そう言って、エレナは柔らかな笑みを浮かべながら手を差しのばしてきた。
「もう一度自己紹介ねー。私はエレナ=タルボット。階級は少尉ー。よろしくねークルス少尉」
緊張感の無い人だなと思いながらも、階級付きで自分の名前を呼ばれることにこそばゆく感じつつ、クルスは差し出された彼女の手を取った。
軍人であると言うことを感じさせない、柔らかな感触が伝わってくる。
何故か彼女はクルスの手を掴むとぶんぶんと軽く手を動かしてから、満足げな表情を浮かべて手を離した。
クルスは思わず苦笑する。
模擬戦中の苛烈な戦い方といい、中々に癖のありそうな人である。
二人の間を見ていたタマルは息を漏らしながら自分の前髪をがしがしと掻き混ぜて、微妙そうな顔をクルスに向けた。
「あー、まあ……、よろしくな」
色々と感情を持て余していそうではあるが、まあ仕方が無いだろう。
クルスは目の前の少女の態度に何と無しに笑みを浮かべつつ、頷いた。
「ああ、よろしく。――ええと、タマル……さん? ちゃん?」
「ぶほっ」
突然、様子を窺っていたシーモスが吹き出した。
驚いてクルスが見やると、シーモスは口元をひくつかせて必死に笑いを堪えている。一体何だと視線をずらすと、何故かエレナまで口元を両手で押さえていた。しかも目元には涙を浮かべてさえいる。
一体何処に笑いのツボがあったのだとクルスが困惑していると、苦々しい表情を浮かべたタマルが嫌々といった感じに口を開いた。
「勘違いされやすい見た目だって事は私も自覚してるから、一度だけは許してやる。説明も一度っきりだからな」
「……?」
事態をまるで飲み込めていないクルスが訝しげな顔をしていることに構わずに、タマルは顔を顰めながらも事実を伝える。
「勘違いしてるだろうから、言っておくが。……私は二十七歳だ」
「……」
その言葉にクルスはきょとんと目を丸くする。
そうしてから、何かを確認するように上から下まで幼い体躯の少女――ではなく女性? を観察する。幸いにして、身体のラインを剥き出しにするパイロットスーツを着ているために観察には不自由しない。
百五十は確実にない小柄な身体に、成熟という言葉とは一切無縁な起伏に乏しい身体。手足も力を込めれば折れてしまいそうなほどに細く見える。改めて見て、こんな子供が軍属で機動兵器の搭乗者などしていていいのだろうかと思ってしまうが。
二十七才。
不躾な視線に不機嫌そうに表情を歪めるタマルを無視して、クルスはこの世の摂理について深く考えるように静かに瞑目する。
大きく空気を吸い込んでから、溜め込んだ諸々の全てをゆっくりと吐き出すように息を漏らすと、目を見開いた。
「……合法ロリ?」
次の瞬間、子供のような細腕が凄まじい速度を持ってクルスの腹部に突き刺さった。
感想返信は次回更新時に行います。
申し訳ありません。




