シンゴラレ部隊 - IV
ガレージに訪れて、渋面を浮かべることになった要因が二つ。
一つは自分に与えられた万能人型戦闘機。
量産型万能人型戦闘機〈フォルティ〉は推定通り、あまり感心出来るような機体性能を誇っていないことが分かってしまった。推力ユニットの全力噴射時の速度や加速度、各種関節の駆動域に許容範囲重量、複合感覚器の探知制度や情報取得範囲。
渡された情報数値のどれを目にしてみても、微妙という評価をつけざる得ない。
装甲に関しては流石に対弾性を度外視していたかつての乗機よりも上回っているが、それも犠牲にしている速度に見合ったものではない。要するにクルスの中では標準装備であった、軽さと硬さを兼ね揃えた特殊合金が素材として未だ用いられていないのだろう。最大稼働時間も少々心許ないように思える。
二つ目の要因。
それは自分の機体を受け持つことになったらしい整備員についてである。
クルスが配属されたシンゴラレ部隊はどうやらどうやら万能人型戦闘機の搭乗者個人に合わせた機体の独自改造がある程度は認められているらしく、その為に各搭乗者には専属に近い整備員が用意されるらしい。
当然例外なくクルスにもその人員が用意され、ガレージにて初対面となったのだが、
「出来ないってどういうことだよ?」
「当たり前だろバカ。たった数時間でお前に合わせたカスタマイズなんて出来るか。やれるのは着座調整くらいだ。分かったらさっさと座れアホ」
機体の軽量化を図りたいというクルスの要求に対する返答がこれである。
そのあまりの口の悪さにクルスは思わず閉口した。
だがしかし、これは完全にクルスの認識不足でもあった。
ついゲームの時と同じ感覚で機体の調整も行えると思ってしまっていたのが間違いである。『プラウファラウド』であれば機体の細かな調整や部品の交換、武装の換装はパネル上の操作で大した手間もなく出来てしまうのだが ―― 資金はかかる ―― これが現実となるとそうはいかない。
そういったことに時間がかからないのは、あくまでゲームで遊ぶプレイヤーの快適性を考慮した仕様に過ぎないのだ。
兵器の換装や間接周りの数値調整など、実体を伴って行うとなると相応の時間が必要になるのは当然であった。
「ならせめて適当にでも軽くしてくれ! 腕周りの装甲板を排除するだけでもいいから!」
「無理だっていってるだろマヌケ。適当に取っ払っても機体加重が狂って自動姿勢制御機構が機能しなくなるし、調整してる時間もないアンポンタン。それでずっこけて壊れた機体を誰が直すと思ってんだ」
「こけないって! 比重の狂った機体にはそれなりに慣れてる!」
「……はあ? 寝言は寝てから言えスカタン。それよりも浮かれて機体を壊すなよ。お前が怪我しようが死のうが知らないけど、自分で整備した機体が壊されるのは我慢出来ないからなトンチンカン」
取り付く島もないとはこのことだろうか。
クルスにとって不幸だったのは、この整備員が十日ほど前にクルスが行った曲芸にも等しい着地を行った場面を目にしていなかったことである。
もしこの整備員があの瞬間を目の当たりにしていれば、対応はもう少し変わったことになっていただろう。
結局、幾何かの押し問答の末、クルスはコックピットの着座調整のみを行って模擬戦に臨むことになった。
***
「二番機より連絡。配置完了」
「対象全機所定の位置に配置確認しました」
「CPと全機のデータリンクを正常に確認。全モニタリング可能です」
「CPより入電。全機合図があるまでその場で待機せよ」
指揮所に配置されている管制官達の間から、次々と準備が終了していく報告が入ってくる。それらを統轄すれば、体長八メートルを誇る鉄の巨人による二対二の模擬戦、それがもうすぐ始められるということだった。
グレアム=ヴィストロ少佐は指揮所で腕組みをしながら、流れるように告げられてくる声を聞いていた。大きな傷を持ったその巌のような顔には、今は何の表情も浮かんでいない。その粛々とした態度が、この空間に一定の緊張感を生み出していた。
「シーモス中尉より報告、指定高度空域に到達。映像記録の準備完了」
それが最後の報告だ。
あとは本カリキュラムの責任者であるグレアムが開始と口にすれば、始まることになる。
「―― 一番機、二番機はこちらからの情報取得は行われているな?」
「はい。両機共に正常にデータを更新中です」
「よろしい」
支障なく物事が推移していくことに、グレアムは一つ頷いて満足を示した。
だがそれとは対称的な感情の色を含んだ声が、発せられてくる。
「随分と不公平な条件ですね」
声の持ち主は、黒い軍服を纏う者がほぼ全てのこの空間にあって一人薄い油汚れのついた整備服を着ている人物であった。
「片方にだけ戦域の情報リンクを許可するなんて、よっぽどもう片方の搭乗機を虐めたい?」
その不遜な物言いに、指揮所にいた者達の表情がぎょっとしたものになる。
グレアムはこの場における最高責任者にして最高位階級でもある。年齢も低く階級も及ばない整備兵が敬語も無しに口をきいて良い人物ではない。
ましてやグレアムは〈切り裂き(ジャック)〉などとも呼ばれている、歴戦の猛者である。その勇猛さを語った逸話には事を欠かない。
叱責の声が響くと誰もの予想を裏切って、表情を動かさずにグレアムはちらりとその場にいる整備員を見やって、静かに口を開いた。
「不満かね?」
「ええ。機体が傷ついて一番苦労するのは私達なので」
「なるほど」
道理だなと、グレアムは頷く。
この整備兵は、グレアムの新しい部下であるクルスの機体を受け持つことになっている人物である。
取得したデータは後で渡すと言ったのだが、自分の受け持つ搭乗者のことは出来るだけ詳しく知りたいと、今回の訓練カリキュラムにおいて指揮所への同席しているのであった。
不満げな表情を隠そうともしないその様子に若いなと思いながら、告げる。
個人的にはそういう跳ねっ返りは嫌いではないが、それを許容していては組織は成り立たない。ましてや今のこの空間には多数の目がある。
「態度に気をつけたまえ曹長。私は君の上官だ」
「……失礼しました、少佐」
グレアムの言葉に、整備兵は表面上だけの態度はどうにか改める。
不満は透けて見えていたが、まだ感情を制御出来るほどの経験はまだ積んでいないのだろう。
若年の兵にはありがちなことなので、グレアムには大して気にならなかった。
しっかりと自分の心情を把握し管理出来るようになるには、相当な場数を踏まなければならない。それを前線員ではない整備兵、それも若年者相手に求めるのは酷なことだ。
唯一の例外としては軍用基準性能調整個体であるが、あれはそもそもそういう風に出来ているものだ。比較基準としては相応しくないだろう。
「――君の不満も理解出来ないわけではないが、これは確定事項だ。変更はない」
「……了解しました」
渋々とではあるが口を閉ざした整備兵を見やってから、指揮所の前面モニターに表示された情報に視線をずらす。
そこに映し出されているのは、今回の訓練に参加している者達の様々な情報だ。機体情報は言うに及ばず、搭乗者達の体内に存在するナノマシンからも逐次生体状況を送られてきている。
注目すべきはやはり七番機を宛がわれている、クルス=フィア少尉である。
報告では今までナノマシンを用いらずに万能人型戦闘機の搭乗者を務めてきたという、本当にふざけた存在である。その報告を受けて頭痛を覚えながらナノマシンの投与を指示したのはまだ記憶に新しい。
慣熟訓練すら行っていない初乗りの機体で、さらには圧倒的に不利な条件下。
果たしてこれでどれだけ戦えるのか。今回の模擬戦の目的の七割は、新人の実力を測るのが目的であった。
脳裏に過ぎるのは、半壊の機体を用いて三機の敵を僅か足らずの時間で撃墜したあの光景。
果たして、あの実力はどのような環境下でも発揮されるものなのか否か。
「――訓練開始」
「了解。――CPより全機へ。カリキュラムを開始せよ」
一つの号令のもと、戦いの火蓋が切って落とされた。
***
―― 一体どうなってるんだか!
機体に備わったフロート機構を用いて木々の合間を駆け抜けながら、クルスは口の中で思いっきし毒づいた。
多い茂った緑場の隙間からは散発的に弾丸が飛んで来るも、それはどれも当たらない。実弾ならばともかく、今回の模擬戦で用いられているペイント弾では弾頭重量が軽すぎて、枝葉の影響を受けすぎているためだ。
機体の複合感覚器には、背後から猛追してきている機体が存在していることを知らせてきている。背後から一機、遠距離にもう一機。完全に包囲されている形である。
自分の頭の中で思い描く機動と中々重ならない機体に苛立ちを覚えつつ、どういうことだと現在の状況に思考を巡らせる。
クルスの搭乗する〈フォルティ〉と相手の機体は同型機。向こうは個人用に調整が成されているとはいえ、基本的に性能にそこまで極端な差は無いはずであった。
その予想を全力で裏切られたのは、開幕である。
ゲームでの時と同じく、戦闘というのは先に相手の位置を把握した方が圧倒的に優位に立つ。待ち伏せから先制攻撃、包囲戦略等、圧倒的に手数が広がるためである。
今回の状況想定は極低空域における対万能人型戦闘機戦。
指揮所からの戦術情報支援を受けられない以上、自機の複合感覚器で探るほかない。それと同時に自分の位置を察せられないようにする必要もある。
しかしそのさじ加減は難しい。
例えば単なる移動に関しても、跳躍や推力ユニットを起動させた高速移動を行えばたちまちに相手に捕捉されることになってしまう。それを抑えるために静音走行へとモードを切り替えれば、主機出力や内部機構のダンパー圧を抑え、機体の振動や駆動音を抑えて隠密状態へと移行出来るが、当然の如く機体の有効性能は著しく落ち、即応性に欠くことになる。
短距離での格闘戦が想定される今回の状況では、光学的に視認されたり、お互いに予期せぬ遭遇線になる可能性も十分にあった。その場合、機体性能を制限されている状態は致命的になる。
身動きが取りづらいなと思いながら、今回の僚機へと通信を繋ぐ。
「セーラ、そっちはどうだ?」
「――こちら四番機、複合感覚機に応答無し。……それと七番機、こちらを呼称する場合は部隊番号で呼んでください」
「あー……」
そういえばそうだったなと、無機質な声で言われてから思い出す。
ゲームとして万能人型戦闘機を操ってきたクルスは、そういった軍のルールはいまいち忘れがちである。
「――四番機、索敵を続行してくれ。」
「了解。続行します」
声が途切れるのを確認して、クルスは小さく息を吐き出す。色々な面で苦労しそうだと思いながら、それでも機体のモニターに表示される情報からは目を離さなかった。
複合感覚器が逐次拾ってくるその何気ない情報が、クルスに与えられた耳であり目である。気を逸らすことなど出来るはずがない。
しかしその反面で、決して不利な状況でもないと考えてはいた。今の自分の乗機である〈フォルティ〉に搭載された複合感覚器は以前の自分の愛機であった〈リュビームイ〉と比べれば制度も範囲も大分劣るものであったが、それは相手も同じはずである。
指揮所からの戦術支援を受けられない以上、どちらかがヘマをしない限りは捕捉をするのはほぼ同時になるだろう。勝負の分け目はそこからである。お互いの位置を認識してから、どう展開していくのか。特にクルスは今自分が乗っている機体のことを殆ど知らない。機体の操縦は場当たり的にならざる得ないので、あまり複雑な展開には持っていきたくなかった。
理想としてはセーラと協力しての、十字砲火による二射線からの各個殲滅である。単純な上に高度制限のある今回では非常に有効な手立てだ。
太陽の高い夏の日。
緑覆い茂る山中であまりにも唐突に相手に先手を打たれたのは、そんな事を考えていたときであった。
長いので分割。




