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プラウファラウド  作者: ドアノブ
二話 シンゴラレ部隊
23/93

シンゴラレ部隊 - III

 カリキュラムが実機を用いた模擬演習と告げられたとはいえ、じゃあすぐに開始というわけにもいかない。何事にも備えというものは必要である。


 壇上に立つグレアムの口から語られたガレージへの集合時間はおよそ三時間後。

 それは要するに、演習参加者へ与えられた準備時間でもあった。




 ケース十八なるものがどうゆう状況下での模擬戦かということを金髪の少女からこっそりと聞き出したクルスは、思った以上に美味しくない事態かも知れないと思い直していた。

 模擬戦――万能人型戦闘機同士による戦闘と聞くとどうしても心が沸き立つのを抑えられないクルスであるが、今の自分にはかつての愛機は無い。あの機動力と速度に偏重した機体があるのならばどんな相手であろうとも臆することはないのだが、現在ではそれも叶わないのである。


 少しだけ触れられたが、既にクルスの機体はガレージに用意されているとのことだ。どうやらクルスが都市内に在中している間に予備用の部品を集めて組み上げたものらしい。つまりは、用意された機体は以前クルスも目にしたことのある、ここでは〈フォルティ〉と呼ばれているらしいあの機体であろう。


 かつて見た発着場に佇んでいたその姿を脳裏に思い浮かべて、知らず知らずのうちに渋面を浮かべてしまう。


 ゲーム『プラウファラウド』の知識に当て嵌めるならば、あの機体は所謂中量機というものに分類されることになる。

 速度を突き詰めた軽量機よりも重く、重装甲を施した重量機よりも脆い。

 一聞すると中途半端とも受け止められかねない中量機であるが、その実、多岐に渡る装備可能兵装の数がもたらす適応力と、高水準の速さと固さを兼ね揃えた、屈指の汎用性を誇る万能機である。

 ゲームの『プラウファラウド』内においてもその扱いやすさから最も人気の高かった分類帯であり、中量機を扱う勢力内の上位ランカーともなると一切の隙も窺わせない強さを発揮していた。〈レジス〉も幾度となく煮え湯を飲まされたことのある相手である。


 だがクルスの持つ記憶には、その分類帯の深い運用経験は殆ど無かった。

 元々がテレビのコマーシャルに映った軽量機同士による対空格闘戦の壮麗さに惹かれて『プラウファラウド』の世界に飛び込んだ稔である。

 一応ゲーム開始時に支給される万能人型戦闘機が中量機に分類される機体だったので、幾度かの搭乗経験は一応はあるのだが、資金状況が整い次第すぐに軽量機に乗り換え、以降はほぼそのままである。

 一時、気の迷いで重量機に乗り換えた時期もあったが、思い返すもあれはあまり良い経験ではない。

 

 ともかくも、クルスには中量機である〈フォルティ〉の適切な運用経験を殆ど持っていない。これは対人戦においてとんでもない足枷である。

 かつてゲームプレイヤーであった〈レジス〉が、軽量機の挙動に慣れを感じるまでに一体どれほどの時間がかかったと思っているのか。海や地面に頭から突っ込んだ回数など両手両脚の指の数を足しても足りはしないのだ。

 加えて、初見時にクルスが〈フォルティ〉を見て趣味機だと断じてしまったように、あの機体そのものの性能も自分基準で考えると決して上等な部類ではなさそうである。


 流石に暴れ馬というのも生温い〈リュビームイ〉と比べれば〈フォルティ〉は遙かに扱いやすい機体であろうが、それでも操作に難苦するのは目に見えていた。

 着任初日に初乗りの機体で模擬戦を行えというのも、少し考えてみると不自然で何か裏を感じないでもないが、今は構わないだろう。

 今重要なのは、このままでは勝ち目が薄いのではないかということである。

 

 与えられた時間は長いようで短い。

 必要なのは少しでも搭乗機の情報を得ること。

 ブリーフィングが終わると同時に早足でガレージに向かおうとしたクルスはだがしかし、すぐにその出鼻を挫かれることになった。


「おい、お前」


 聞き覚えの無い声。

 振り向くと、タマルとエレナが並んで立っていた。

 背の低いタマルが女性としては理想的な均衡を保つ長身のエレナと並んでいると、その小ささが一際強調されることになる。

 改めて見てみて、やはりこの少女が黒い軍服を着ていることに違和感を覚えるが、それは自分の姿も同じだろう。何か言ったところで己に帰ってくるだけなので口にはしないことにする。


 それよりも気になるのは、腕組みをしたタマルの表情が不機嫌そうに歪んでいることである。


「クルスとか言ったな?」

「ええ、まあ」


 明らかに年下の少女にこうまで高圧的な態度で接されると、クルスもどう対応すれば良いのか判断がつかない。一応階級も上であるし、先輩でもあるということを考えて、曖昧ながらもクルスは素直に頷いた。


 その態度が気に入らなかったのか、少女の表情がより一層顰められる。


「覇気の無い奴だな。まあ、いい。……それよりもお前、実機の搭乗時間はどれくらいだ?」

「搭乗時間、ですか?」


 その質問にクルスは頭を悩ませる。

 相手の質問の意図は分かる。搭乗時間はその搭乗者の実力の指標にもなるからだ。要するに彼女はどれくらいの経験がクルスに備わっているのか計ってやろうという心づもりなのだろう。


 問題は、どう答えるべきが正解かということである。

 記憶に残る自衛隊の戦闘機パイロットならば、飛行時間が三千時間にも達していれば充分ベテランと認識されていたという。高度なVR技術を利用した訓練が取り入れられてからはそれも大分あてにはならなくなったらしいが、それでも実機の飛行時間が一つの指標になっていたのは確かだ。

 そういう意味では、クルスが持っている記憶は全て『プラウファラウド』内のものであり、実機経験は無いといえる。

 しかしだ。ここで問題となるのは、どうやらこの世界にはVR技術が全く発達していないらしいということであった。少なくともクルスが都市内で生活してる間で調べた限りでは存在していなかったし、仮想現実などいう単語も見かけない。都市内にあったゲームセンターにあったのも、全て画面上で行われるものばかりであった。


 そうなると、自分の記憶の経験はどう判断すれば良いのだろうか。

 もし『プラウファラウド』というゲームの経験を実機に含めて良いということならば、クルスの搭乗時間は九千九百九十九時間以上(カウンターストップ)ということになる。例え現在のこの都市の状況が戦時下とはいえ、それが異常だということぐらいは流石に判断がつく。


 ならば記憶にある経験を含めないのか。

 そうなると搭乗時間は一転して零時間ということだ。それはそれで、なんでそんな奴が配属されてきたんだという話になるに違いなかった。


 どちらにしろふざけた答えと受け取られるのは必定。

 ならば、適当に当たり障りのない時間を口にするべきなのだろうか。しかしクルスにはその提示すべき適切な時間が分からないのである。


 何と答えるべきか言葉を詰まらせるクルスに、タマルはますます眉根を釣り上げた。


「おい? なんで何も言わないんだよ?」


 一体この少女は何故ここまで不機嫌なのか。

 幸いなのは相手の身長が自分の肩辺りために全く威圧感がないことだろうか。もし今眼前にいるのがヤクザといっても信じてしまいそうな風貌を持つあのグレアムであったら、クルスは腰を抜かしていたかもしれない。


 返答を催促されたクルスは更に少しの時間をかけた後に、口を開いた。


「……多分、二千時間くらい?」

「……訊かれても私が知る分けねーだろ」


 二千時間というのは、戦時下という情勢と、自分の年齢を考慮してみて導き出した、これくらいなら違和感を持たれないだろうと予測した数字である。当てずっぽうにも近いものであるため、自信は全くなかった。

 だが幸いにしてそう大きく外した数字ではなかったらしく、眼前の少女は半眼を向けはしたものの深くは突っ込んでこなかった。


「――ち、調子の狂う奴だな……。いいか、私はまだてめーを仲間だなんて認めてないからな? 同部隊に配属されたからって甘く考えるんじゃねえぞ」


 なんだろうか。

 ガキ大将という言葉がクルスの脳裏に過ぎった。

 要するに目の前の少女は、新参者の自分が気に入らないということらしい。


 クルスはそのことを理解して、それはあまりにも狭量すぎないかと溜息を吐きたくなった。それなりに付き合って相性が合う合わないという話ならばともかく、新参を理由にするというのは少々排他的に思える。


「年の割には随分と乗ってるみたいだが、私はそれだけで信用なんて出来ないからな」


 クルスは少女の言葉を聞きながら何と無しに頬を指で搔き、


「……その実力を示すための模擬戦だと理解してましたけど?」


 そんな事を口にしてしまった。

 この状況に面倒だなという思いが滲み出ていたことは否定出来ない。


 その言葉が気に食わなかったのか、タマルが目の端を釣り上げる。

 いやそもそもこの様子では、クルスが何を言ったところで気を損ねたかも知れない。


「へえ、つまり、自信はあるってことだな?」


 獲物を見つけた獣の如く獰猛な笑みを浮かべるタマルに言葉を誤ったかなと思いつつも、ここまで言われてクルスも穏やかではいられなかった。

 そもそもクルスは根がかなり負けず嫌いなところがある。そうでもなければ所属勢力内でランキングの頂上に名を載せることなどありえない。ましてや今問われているのは万能人型戦闘機の搭乗者としての腕前である。〈レジス〉の記憶を持つクルスが譲れるはずがなかった。


「当然」

「上等だ。終わった後に泣き面晒すんじゃねえぞ?」


 タマルは鼻息も荒くしてそう言い残すと、肩を揺らしながらブリーフィングルームを後にしていった。

 その小さな背中を見送った後に、まだ目の前に残ったままのもう一人の人物を見る。

 

「……あなたも俺に何か文句があるんですか?」


 面倒事ばかり来るなと思いながらプラチナブロンドの女性――エレナを見やる。

 彼女はきょとんと印象にそぐわないあどけない表情を浮かべた後に、相好を柔らかく崩した。


「私とクルス君は階級一緒だから別に敬語は使わなくっていいよー」


 何とも毒気を抜かれそうな、間延びした声である。

 見た目は大人の女性と言った感じなのだが、どうやら実態は大きくかけ離れていそうだ。


「一応謝っておこうと思ってねー? ごめんー」

「……はあ」


 と言われても、クルスには何の覚えもない。何か謝るようなことをされたのだろうか。

 怪訝そうな表情を浮かべるクルスに対してエレナも不思議そうに首を傾げたが、少しして何かに気がついたかのように手をぽんと叩いた。


「ああ、謝ってるのはタマルのことねー」

「……ああ」


 クルスも納得がいった。

 やはりあの少女の態度は他から見ても不躾なものであったらしい。

 そのことを本人ではない相手から謝られても対応に困るのだが、クルスはとりあえず気になっていたことを訊ねてみた。


「……というか俺、タマル中尉に何かしました?」


 クルスとしては初対面であるはずのあの少女に何故あそこまで敵愾心を持たれているのかが分からないのである。初対面の時には既にあの状態だったように思える。


 エレナは少し困ったような表情を浮かべて、


「うーん。クルス君も知ってると思うけど、こないだの戦闘で私達の仲間が結構死んじゃったのねー?」

「……ええ、それは聞きましたけど」


 その事はクルスも今回のブリーフィングで知っていた。

 戦闘で死亡。

 それがどういった意味合いを持つのか、その本質を全く理解出来ていないクルスだったが、気にせずに頷いておく。


 そんなクルスの様子にエレナは何を思ったかは分からないが、間延びした声で続けた。


「だからー、簡単に言っちゃえばいなくなった仲間の代わりにすぐに配属されてきたクルス君を簡単に受け入れるのに抵抗があるのねー。小さいくせに口は悪いし小さいくせにがさつだし小さいくせにピーマンは嫌いで小さいくせに背は低いけど、タマルはあれで仲間思いだからー」

「……」


 この人もしかしてタマル中尉のことが嫌いなのではないだろうか。

 クルスは一瞬そう思ってしまったが、勘違いだろうと流しておく。きっと今のはそれだけ親しい仲だということだろう。そうに違いない。 


(しかし、死んだ仲間の代わりか……)


 確かに、以前の戦闘から未だ二週間と経っていない。 

 そんな短い期間で次の要員が送られてきたとなれば、いつでも欠員が出ていいように用意されていたと考えてしまうのが自然であろう。その結果、自分達が消耗品のように扱われているような思いを抱いても仕方がないのかもしれない。


 戦争。死亡。

 未だにクルスの中では実感の無い言葉である。

 万能人型戦闘機に乗って幾千もの戦場を経験してきてはいるものの、それは全て仮想現実でのもの。空間失調(バーティゴ)で墜落したり敵の銃弾で木っ端微塵に砕かれたとしても、傷一つ無く次の戦場へと挑むことが可能であった。

 ここでは万能人型戦闘機は凶器であり人を殺すための兵器であるが、クルスの中では未だに好きに操り自由に飛翔するための、自分の欲求を満たしてくれる玩具である。

 その齟齬の埋め合わせが、今のクルスには致命的なほどに出来ていないのである。無論頭で理解はしているつもりのだが、それで実感を持てというのも無茶な話であろう。

 それどころか自分が現在軍属になっているという事実ですら、忘れそうになるありさまなのだから。


「じゃあ模擬戦ではお手柔らかにねー。クルス君の腕前、私も楽しみにしてるからー」


 口を閉ざしてしまったクルスを見てエレナは少し首を傾げたが、察することを諦めたのかふんわりと柔らかな笑みを浮かべると、ひらひらと小さく手を振ってからブリーフィングルームを去っていった。


 クルスは小さく揺れるそのプラチナブロンドを見送ったあと、はあと疲れたように溜息を吐く。半ば売り言葉に買い言葉でタマルに返答してしまったこともそうだし、心情的な事情も中々面倒そうである。初乗りの機体というのも不安要素であるし、仮に模擬戦に勝ったとしてこの問題は解決するものなのだろうか。

 

 先を考えるとどんどん沈んでくる気持ちを支えながら室内を見渡すと、気がつけばシーモスの姿はなくなっていた。あの不良軍人のことである。面倒事に巻き込まれたくないとさっさと逃げ出したに違いない。多少なりとも共に過ごした仲なのだから、助太刀ぐらいしろよと愚痴りたくなる。


 そうしてから。


「――で、お前は何してるわけ?」


 今までずっとクルスの後ろに背後霊の如く居座っていた金髪の少女に視線を向けた。


 クルスを責めるでもなく庇うわけでもなく、ただじっと彫像の如くそこにいたセーラはクルスに訊ねられるといつも通りに赤い双眸でクルスを見返してくる。

 しかし珍しく。

 質問すれば大抵の事は答えてくれていた金髪の少女は暫し視線を揺らした後、その口を開かなかった。クルスは軽く驚く。


 言いたくないのか、言えないのか、はたまた理由などないのか。 


 そんなことを考えてみて、意味は無いだろうと思考を止めた。

 しつこく突いたところで、この少女が口を割る姿が全く想像出来なかったからだ。

 まあ素直に考えるならば、まだ監視の任務が解かれていないとかそんなところだろう。


 クルスはなんだか毒気を抜かれながら少女に訊ねる。


「俺はこれからガレージ行くけどセーラはどうするんだ?」


 その言葉にセーラは注視していなければ分からないほど本当に小さく頭を前に傾けさせて、

 

「ついていきます」


 その仕草が頷いたのだということに、クルスは少しして気がついた。


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