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プラウファラウド  作者: ドアノブ
二話 シンゴラレ部隊
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シンゴラレ部隊 - II

 シンゴラレ部隊。

 通常の組織体系には組み込まれることのない、西方防衛基地の最高司令官であるソピア中将直属の特殊部隊の名前である。

 その主な役割は軍隊内における遊撃隊とでも言い表すべきか。

 ソピア中将の教え子であるグレアム=ヴィストロ少佐を前線の部隊指揮官においた、通常の軍隊には求められない一種の即応性を担う部隊である。

 非正規の奇襲任務から要人の護衛、時には正規部隊と共同して作戦に参加することもあり、また、公表出来ないような後ろ暗いことの実行役になることもあるらしい。

 その内容から随分ときな臭いものを感じ取りはしたが、詮索するとろくな目に遭う気もしなかったのでクルスはひとまずは無視しておくことに決めた。

 


 さして広くもない空間。

 上下左右を白い壁に挟まれたその室内で、クルスは時間を持て余していた。

 ブリーフィングが開始してから既に二時間が経過している。

 外を覆い尽くしている熱気を忘れさせてくれるほどに冷房が効いているのは幸いの極みだが、如何せんやることがない。


 前方では顔に大きな傷を持ったグレアムが言葉を話し続けているが、主な内容は前回の戦闘に関することである。いくつかはクルスの興味の引く内容もあり耳に通してはいたが、全体の割合から見てみると微々たるものだろう。特に前作戦の全体推移の話などになってくると、その場にいたとはいえほぼその戦場には関係していないクルスにとっては全く興味の無い話である。


 それでもいくつか興味のある話を纏めてみると、シンゴラレ部隊は前回の戦闘で大きな被害を被ったこと、それにより今後は本来あった第一隊と第二隊を併合して運用していくこと、この都市アルタスは西の隣国と目下戦争中ではあるが、概ね戦況はアルタスが優位であること。

 これくらいだろうか。

 

 優勢にも関わらず独立都市アルタスが攻勢に出られないのは、単純に国力の差が存在するからのようだ。

 敵国であるメルトランテは周辺勢力の中でももっとも広大な支配領域を持ち、現在アルタスが国境線上の争いで優勢なのも堅守を重視しているからだ。

 優位をとったその後に敵地に進撃するだけの余力は無いらしい。常に戦況の主導権を握りながらそれ以上踏み込めないのは痛し痒しといったところなのだろう。


 直接そう語られたわけではないが、断片的に出てくる情報をつなぎ合わせてみて、クルスはそう判断した。

 

 それでもなお話が終わらないのを察して、クルスは今度は人間観察を始めた。完全に暇つぶしであったが、これから付き合いの出来る相手を見ておくのもそう悪い発想ではない。

 

 一番最初に目に映ったのは、ここしばらくの生活ですっかり見慣れた、浅黒い肌を持った巨躯を持つ男性である。別に目を引くようなことがあったわけではなく、単純に視線の先にいたというだけだ。

 都市での生活の最中もまるでやる気を見せていなかったシーモスは、やはりこの場においてもそのスタンスを崩すことはないらしい。少し眺めているだけでも、漏れそうになる欠伸を抑えようとしているのが何度も見て取れた。眺めていたところで特に面白いこともなく、さっさと視線を移す。


 次いでクルスの目を引いたのは美しいプラチナブロンドの髪を持った、長身の女性だ。この部屋に入って目にしたときにはその美しい容貌に驚いたものだが、彼女は後ろ姿からでも十分に人目を惹きつけた。だらけきったどこかの不良軍人と違い、一本の筋が通っているかのように姿勢が良い。ブリーフィングが始まってから、彫刻の如く身動ぎ一つしていない。

 ――と。

 後方からのクルスの視線に気がついたのか、その女性が僅かに首を振り返らせる。その海色の瞳を向けてクルスと視線が合うと、彼女はこれまでの印象を一変させるほんわりと柔らかい笑みを浮かべた。


 何となく気まずくなって、半ば逃げるようにしてクルスは残る最後の一人に視線を向ける。

 並ぶ席の最前列、中央に陣取る背中。

 今回と一度目で、抱いた印象はなんら違いはなかった。


 小さい。


 クルスはもちろん、十四歳だという金髪の少女よりもさらに小さい。

 後ろ姿から観察する限りでは小学生にしか思えなかった。目測で百四十半ばといったところだろうか。そんな年端もいかぬ少女が黒い軍服を着ているのである。不釣り合いどころの話ではない。自分やセーラが着ていると学校の制服のようだとシーモスは語ったが、ならば眼前の少女はなんだというのか。疑問はつきない。


 ただ少女自身は真面目な性格のようで、観察する限りでは壇上のグレアムの話を熱心に聞いているようであった。手元のノートに色々と書き込んでいる様がよく見える。こうして意識をそぞろにしている自分とは大違いだ。


 そうして視界に映る三人を見終えた後に、クルスは最後の一人へと意識をやった。とはいっても、彼女は自分の後ろの席に陣取っているので流石に堂々と振り返るわけにもいかない。ただブリーフィング始まって以来ずっと、自分の背中に視線が当てられていることはクルスもひしひしと感じていた。

 都市内でもずっと感じていたものではあるが、どうやら晴れて軍に所属したからといって解放されるものではないらしい。監視任務は継続中のようである。同居生活していたときと違って宿舎は男女で別のはずだが、いったいどうするつもりなのだろうか。よもや乗り込んでくるということはあるまい。


 よく分からない集団だ。

 壇上のクレアムを含めれば男女比率は一対一。軍隊の殆どは男性軍人だろうと漠然と思っていた自分の認識では少々多く感じる。それがこの場所では普通なのか、あるいはこの隊が特殊なのか。

 だが、自分を含めて子供が三人もいるというのは流石に通常とは言えないはずである。クルスは十六才なのでまだぎりぎり通用するかもしれないが、セーラと前方にいる小さな肩幅を持つ少女は異端といってもいい。

 付け加えるならば、テレビの向こうに存在するモデルにも劣らぬ美貌を持つ女性に、酒、煙草、怠惰という最悪な条件を満たす黒色肌を持つ不良軍人。


 特殊部隊シンゴラレ。

 基地司令直属という大層な肩書きわりには、どうにもあくの強い人間が揃っているようだった。

 





「――では、遅くはなったが本日付で我が隊に所属することになった新人を紹介する。彼はクルス=フィア少尉。万能人型戦闘機の搭乗者としてこれから参加することになった」


 一区切りついたところか。


 若干不意打ち気味なグレアムの紹介に応じて、クルスはこの場にいる一同に対して軽く目礼した。それが正解だったのかどうかは判断出来ないが、反応は淡泊なものであった。

 小学生らしき背の小さな少女は分かりやすく不機嫌そうな渋面を浮かべていて、クルスは自分が何か問題を起こしたかと若干不安になる。だがその場合、プラチナブロンドの女性は対称的に柔らかく頬を崩していてるので、説明がつかない。内心で少し考えて、まあ虫の居所でも悪いのだろうと納得しておく。

 シーモスは意外にも無反応、頬杖をつきながらちらりとこちらを一瞥しただけである。後ろのセーラについては語るまでもないだろう。どうせ振り向いたところで、いつも通りの無機質な赤い双眸があるに違いなかった。


 総じて全員無言。

 付き合いの長いグレアムにとってはいつものことなのか、特に反応らしい反応のない部下達の態度には触れずに、話を続ける。


「まあここに来るまでの経緯は聞きたければ本人に聞け。話したければ話せ。ここはそういう場所だ」


 それ紹介っていうのか?――そんな疑問がクルスの頭を過ぎるが、口に出すような愚行は犯さない。なにせ壇上に立つグレアムは、岩肌から削り出したかのような厳つい顔に大きな傷と巨大な体躯を誇る、大男である。平時であれば絶対に関わりたくない類いの男を前にして、迂闊な発言など漏らすつもりはない。

 理由も無く殴りつけてくるような理不尽さは持っていないだろうが、逆に言えば理由さえあれば何でもしてきそうな雰囲気がある。


 クルスが何を思っているかなど知る由もないだろうが、グレアムはクルスから視線を外して自分の部下達に目をやった。


「――どうやら私の部下は可愛い後輩を前に緊張しているようだな。代わりに私が軽く紹介しておこう」


「お前の右前方に座る男はシーモス=ドアリン中尉。彼についてはもう私がわざわざ説明する必要も無いだろうが」


 そう言うグレアムに、クルスは内心で頷く。

 たった十日間ほどではあるが、都市で同居している間に彼の人となりはよく理解したつもりである。 

 紹介されたシーモスは気怠そうな仕草でひらひらと手を振って見せた。手を振ると言うよりは手首を力無く振り回したといったほうが正しいか。何にせよ、相変わらず職務に関して真面目さの欠片も感じられない男である。


「前の席に座っているのは、エレナ=タルボット少尉」


 グレアムの言葉に反応して、モデルのような容姿と体型を持つ女性は身体を横に向かせると、小さく会釈した。それに合わせて長めの髪と花のヘアピンが微かに揺れる。


「一番前に座っているのがタマル=イオラーゼ中尉」


 そう紹介されたのは、例の背の低い少女である。

 クルスは視線を向けるも、相変わらずその表情は不機嫌そうに歪められている。子供が拗ねているようにも思えた。気になるのはその原因がどうやら自分にあるらしいということなのだが、そもそも初対面であるクルスに心当たりなど無い。なので無反応でいるしかなかった。下手に突いて面倒事が起きるのも勘弁である。


「後ろに座るのがセーラ=シーフィールド少尉。こっちも紹介する必要も無いだろうが」


 試しに少し首を後ろに向けてみると、案の定彼女の持つガラス玉のような赤い瞳とかち合った。まるで動かしかたを忘れたかのように表情一つ揺らさないのも、通常通り。美しい少女ではあるが、人間らしさはない。

 いい加減見慣れたクルスは、特に感慨も持たずにすぐに視線を前に戻した。


「――あともう一人部隊に万能人型戦闘機の搭乗者はいるが、あいにく現在は別途の任務中で基地にはいない。そっちは帰ってきたら紹介しよう」


 この場にはいない誰かがまだ存在することをグレアムは告げて、


「最後に――、私がこの部隊の指揮権を預かっているグレアム=ヴィストロだ。階級は少佐になる」


 そう愛想もなくグレアムは口にする。

 親しみの欠片も感じられないこれから自分の上官になる人物に対して、クルスは内心では不安に思わずにはいられない。仲良くとまではいわないまでも、会話するのに問題無い程度の関係は築いておきたいものである。今のままでは声をかける取っ掛かりすら掴めなさそうだ。


 いまいち共通性のない、ちぐはぐな部隊員達である。さぞかし基地内では浮いていそうなと考えてから、クルスは自分もこれからそこに含まれることに気がついて心の中で頭を抱えた。






「――さて軽い自己紹介が終わったところで話を進めよう。知っての通り、先の戦闘で我が隊は大きな被害を受け、規模の縮小を余儀なくされている。今後は第一隊、第二隊を統合して展開していくことになるが、元々同じ隊とはいえ環境が変われば色々と齟齬も増える」


 元々存在していた第一隊と第二隊。

 どちらも同部隊内ではあったが、その役割は異なっていた。

 傾向として第一隊は敵地への強襲任務や隊単独行動をする機会が多く、第二隊はその後詰めや状況の保守などを担うことが多かった。

 どちらの隊にも腕利きが集められていたことには違いないが、これからは統合した一つの隊でそれらをこなしていく必要がある。今までとは性質の変容した行動を取るのならば、支障が生じるのは道理である。


「ついては、その埋め合わせと、肩を並べることになる部隊員達の信頼関係を構築するためにも、お前達には親交を深めてもらいたいと思う」


 グレアムの言葉に、室内の温度が僅かに下がった気がした。

 この場における親交を深めるというのが、一緒に飯を食べに行くことではないということぐらいは、クルスにも察せられる。

 この場にいる全員が万能人型戦闘機の搭乗者なのである。彼らの間にある信頼関係は、仲良く一緒に美味いものを食べて築かれるようなものではない。


 次いでグレアムの口から対戦――いや、模擬戦か――の言葉が出ることをクルスは期待して、


「――よって、本日のカリキュラムは実機演習を行うこととする。想定状況はケース十八だ」


 ケース十八。

 制空権を握られた状況での地対地戦闘を想定した、高度制限を受けた低空域のみで行われる対万能人型戦闘機用のカリキュラムである。

 無限の広がりを持つ空と違って、障害物が多い地上戦闘では必然的に距離が詰まりやすい。短射程での格闘戦闘は搭乗者の操縦技術が最も現れやすい状況の一つであり、搭乗者の腕前を知るには絶好の機会である。


 その言葉に幾人かが気色ばむなか、クルスはもっともらしく腕を組んだまま特に反応を見せなかった。その様子は端から見ていると、現在の状況など取るに足らないことだと自信に溢れているようにも見える。


 その様子を密かに観察していたグレアムは、流石に戦場を渡り歩いてきた傭兵だと感心していた。

 クルスの戦闘記録は映像で見たグレアムであったが、やはり子供にしか見えない姿を見てしまうとどうしても信じられない思いがある。自分の隊には他に子供にしか見えない人材が二名いるが、タマルは実年齢は立派な大人で身体の成長が見合ってないだけであり、セーラは正真正銘の子供ではあるものの軍用規格性能調整個体(ミルスペックチャイルド)である。どちらも容姿では判断出来ない人材だ。


 対してクルスは十六歳という若年であり、また軍病院から軍用規格性能調整個体のような強化処置を施されている形跡も存在しないと報告を受けている。つまりは正真正銘の子供である。どうしても心情的な懐疑を無くせない。

 

 しかし流石と言うべきか。

 対人演習、それも高度制限を受けた超低空戦と聞かされてもクルスは僅かに眉根を動かした程度で、そこにさして動じた様子はない。

 その姿を見てグレアムは心情的にも目の前の黒髪の少年が、幾つもの戦場を渡り歩いてきた猛者なのだと受け入れられた。


 あれ程の動きをする搭乗者、突発的な事態にも慣れているのだろう。それを考えればこの程度で動じるはずもない。ましてやこれから行うのは命を賭けていない模擬戦である。無論事故やアクシデント可能性もあるため軽く見るなど言語道断ではあるが、眼前の少年からすれば緩いとすら思っているかも知れない。


 なかなかどうして。

 中将からクルスを預かると聞いたときには面倒事を押しつけられたものだと思っていたが、正規の部隊には回ってこない特殊な任務を請け負うことの多いシンゴラレ部隊にとって、少年の冷静さは大きな適正となるだろう。


 グレアムはその巌のような相好を崩すことなく、内心で密かにそう考えていた。








 実際の所。



(……うん。ケース十八とか言われても全く分からん)


 クルスが腕を組んで大した反応を見せなかったのは、単純に事態を正確に把握していなかっただけである。


 都市生活中、基地を出る際に軍隊内のマニュアルの様なものは持たせられていたのだが、クルスはその内容の全てを網羅しているとはとても言えない状態である。それは彼が怠けたとかそういうわけでもなく、単純にその量が膨大なものであったためだ。

 もともと学生での位は平均の域を出なかったクルスでは、全部足したら確実に広辞苑よりも厚くなるであろう内容の記憶など、出来るはずもなかったのである。


 グレアムが実機演習と言っていたら万能人型戦闘機を使うというのは辛うじて理解していたが、その具体的な内容は全く把握していなかった。そもそも自分の搭乗機はあるのだろうか。



―― 隙を窺って後で背後にいる金髪の少女に尋ねよう。



 そう決意していたクルスだった。







お気に入りが千件超えました。ありがとうございます。

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