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プラウファラウド  作者: ドアノブ
二話 シンゴラレ部隊
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シンゴラレ部隊 - I

 まだ紫城稔がゲームに傾倒する前の話だ。


 小学生の頃は、長期休暇になるといつも母方の祖父母の家がある田舎に行って三泊ほどするのが慣習であった。幼い頃の自分は毎年行く旅行の様なものとしか思っていなかったが、今にしてみればそれは父なりの気遣いだったのだろうと思う。

 稔の母はまだ稔が幼い頃に事故で他界してしまった。

 例えそれが父の所為ではなくとも、父は結婚の際に母を田舎から都心に連れてきたことを後悔していた節がある。口に出すことはなくとも、祖父母達にも複雑な感情があったに違いない。

 それでも祖父母達は稔が駆け寄ってくるとしわくちゃの手を乗せて笑いながら頭を撫でてくれて、幼い稔は無邪気に喜んでいた。


 祖父母の田舎の家は、山中にある。

 周囲は田んぼと森に囲まれていて、夏休みなどに訪れると昼夜問わずに一日中蝉が鳴いていた。時代に逆行するかのような木造作りの祖父母の家は、冷房なんて気が利いたものはなく、暑いときには障子を開け放って風を通す。そのせいで潮騒のように蝉の声が響き渡るのだ。

 年に数回しか訪れない田舎でも一人だけ年の近い親しい子がいたが、その子との予定が会わないと、縁側でだらしなく寝そべるのが常だった。その横では焦げ茶毛の犬が舌を伸ばして死体のようになっている。

 塩水を浮かべる肌を対称的に、木造の床板はひんやりと心地よく、周囲からは青臭い若葉の匂いがそよ風と一緒に漂ってくる。祖父母の家には冬の時期にも訪れてはいたが、その場所に来ていると一番実感しているのはそうして縁側で仰向けになりながら、蝉の声を聞いているときであった。


 何故今になってそんなことを思い出しているのか。

 それは今クルスがいる場所が、祖父母の家があった田舎に似ていたからかも知れない。

 青々とした若葉を纏った木々が山を覆い尽くすように、乱立している。聞こえはしないが、周囲は蝉の声で覆い尽くされているに違いなかった。それはきっと記憶の中にある、あの風景とそう大差は無いに違いない。


 だが決定的に違う。

 まず第一に、現在のクルスは蝉の騒音にも夏の暑さにもうなされていない。外に出れば世界を埋め尽くしているかのようなあの音も、今は鉄の壁に阻まれて耳に届きはしない。中の温度は搭乗者保全のための生命循環維持装置によって極めて快適だった。

 第二に、ここは刺すような白い日差しと、若葉の匂いが漂ってくる田舎の縁側ではない。周囲を強固な複合装甲板で囲われた、鉄の子宮の中である。


 次の瞬間、機体の驚異値を指し示す数値が跳ね上がった。クルスはそれを最後まで見送ることもなく、機体を滑らす。


 ――重い


 クルスの命令に従って、大地に足をつけて接地状態にあった〈フォルティ〉が身体を滑らした。まるで氷上にいるかのように摩擦を感じさせない地走。

 フロート機構とも呼ばれるそれは、万能人型戦闘機における地上戦当時の基本滑走方法であった。高空でも地表でもその高機動を維持していることが、この人型兵器が万能と謳われる所以でもある。


 反射的に回避機動を行ったクルスではあったが、予想に反して銃弾は飛んでこない。相手はロックだけしておいて発射はしなかった。これは釣り出されたなと判断する。


 既に銃身の長い突撃銃は腰部に装着(マウント)してある。木々が障害物となるこの場所では取り回しが悪いためだ。代わりに〈フォルティ〉の手に握られているのは超合金製の震動ナイフである。

 技術の結晶体である万能人型戦闘機に乗りながら、原始的ともいえる白兵戦兵装を手に持って振り回すのは如何なものかと思うが、反射的に扱って効果を発揮出来る点は評価出来る。


 回避機動を取ったその硬直を狙って、今度こそ銃弾が降り注ぐ。それをクルスは背面推進ユニットの片側だけを起動させ、機体重心を無理矢理傾けさせることによって回避した。

 地面と水平になりかけた機体が無茶すんなと警告を鳴らしてくるが、無視。

 人間よりも遙かに広い可動域を持つ柔軟な関節を活かし、足を大きく広げて重心を低くしつつ安定を図る。だが足は止めない。まるで独楽のように回転をしながら地の上を滑っていく。

 投入されたナノマシンのお陰か、対Gスーツが優秀なのか、あるいは別の要因か。クルス自身には思ったほどの負担はかからない。


「――ち」


 回避の結果を見て舌打ちを漏らす。

 肩部装甲に被弾。戦闘持続に何の支障もないが、当たったというその事実がクルスをどうしようもなく苛立たせる。


 ――重い


 自動姿勢制御機構(オートバランサー)が勝手に機体を安定状態に持っていこうとするのを蹴っ飛ば(キャンセル)して、回転運動だけを諫めつつ木々の奥へと意識をやる。

 機体の複合感覚器に反応が出たのと、そこから蒼躯の巨人が飛び出してきたのはほぼ同時であった。

 上方から叩きつけるように降り注ぐ銃弾を、前面に加速することによって回避する。質量弾が地面を砕いていくが、今度は機体に掠りもしない。


『あらー? もしかして当たりませんでしたかー?』


 現状に似合わない妙に間延びした声が通信機から漏れてくる。どうやら敵機が広周波帯のオープンチャンネルで言っているらしかった。


「――って、あんたが前衛位置(フロント)なのかよ」


 聞こえてきた声、その予想外の人選にクルスは思わず呟いてしまう。


 確かエレナと言ったか。

 クルスが少し前に顔を合わせたその女性は、軍人と言うよりもモデルと言った方がしっくりとくるような、そんな人物であった。端から見ていた限りの印象はおっとりといった感じであり、そんな彼女が積極的に前面にいるのは予想出来ていなかった。

 性格的にもあのタマルという少女(?)が前衛位置だと思っていた。


 背中から噴射炎を吐き出しながら現れたのはクルスが操る〈フォルティ〉と同じ姿を持った同型機だ。敢えて差異を上げるならば、肩部に桜色をしたハートの機体章があしらわれていることか。

 私服から彼女の少女趣味は透けて見えていたが、それはしっかりと乗機にも反映されていたらしい。悪趣味めと、毒づく。


 距離が出来上がると同時に手に持ったナイフを固定位置へ納め、同時に突撃銃を空中で脇を見せている敵機へと向ける。

 

『わっ、わっ』


 通信機からはそんな声が漏れてくるが、それとは裏腹に宙に浮く〈フォルティ〉は迅速に反転し、急速にその銃口をクルスへと向けようとしていた。

 思った以上の動作速度にクルスは息を吐く。

 だがまだ足りない。

 向こうよりも先に、クルスがトドメを刺す方が早い。

 敵機の胸部に向けて突撃銃から弾丸が吐き出される寸前、


「――っ!」


 機体を全速で後退させる。

 警報が鳴ったのと、頭上から銃弾が降り注いだのはほぼ同時であった。


『くそ、また外した!?』


 聞こえてくるのはさっきとは打って変わった荒々しい口調。声質は高く、幼い子供のようだ。

 後少しでも機体をずらすのが遅ければ、クルスは弾丸の雨に晒されていたに違いない。その結果は想像するまでもない。

 

 クルスは機体を滑らせて樹林の中へと身を躍らせる。

 既に完全に捕捉されてはいるが、これだけ高く列柱のように並び立った樹木の群である。屋根のように多い茂った緑葉も相まって、そうそう射線が通るものではない。


 忌々しいのは現在の乗機である。

 メーカーの統一という制限をつけて生み出された機体は何はともかく、クルスには馴染まなかった。


 思っていたよりは悪い機体ではない。

 気を抜けばすっ飛んでいきそうな推力に、振り回されることもない。

 機体の安定性から来る操縦のしやすさは、十分信頼に値するものだろう。 

 胸部装甲の厚さは搭乗者の生存率を大きく上げるかも知れない。


 故に。


 遅く。 

 重く。


 それは、クルスがかつて戦場を共にしていた愛機とは何もかもが正反対であり。その差異は足枷となって、重くのしかかるのだった。




***




 基地に辿り着いたクルスは荷物整理もそこそこにブリーフィング室へと呼び出されていた。

 基地内と同じく、四方を純白の壁に囲まれた空間。天井には何の面白みもない白い蛍光灯が室内を明るく照らしている。冷房が効いていることに密かに安堵しながら室内を見渡すと四つの人影がある。

 二つはここしばらくの生活で見知ったものになった、金髪の少女と黒人の男性である。セーラは入室したクルスに気がつくとちらりと見やって、すぐにまた視線をどこかに戻した。黒人の方はひらひらと軽く手を振っている。

 残る二人はどちらも初めて見る顔である。

 クルスは思わず目を丸くする。 


 片方は長身の女性で、黒い軍服を着ていなければテレビにでも映っていそうな整った容姿を持っている。白い肌とプラチナブロンドが目に眩しかったが、子供っぽいピンク色の花のヘアピンが妙にアンバランスであった。


 そしてもう片方が、クルスが目を丸くした原因であるのだが。

 何はともかく幼い。軍隊という括りである以上、自分やセーラはかなりの異端だと認識していたのだが、目の前にいる少女はそのさらに上をいく。


(小学生……?)


 いやいや、流石にそれはありえないだろう。

 それとも自分の知識があてはまらないだけで、年端もいかぬ子供が軍人であることはここではよくあることなのだろうか。

 頭を悩ますも、答えが出ることはない。


 とりあえず答えを保留にして、クルスは適当な席に腰を下ろした。室内の位置的にはやや後方といった辺りか。丁度この場所だと他の人間を全員視界に納められる位置だ。別に深い意味は無いのだが、観察するには丁度いいかなと思ったのである。

 しかし、クルスが席に着いたのを見計らったかのようにセーラが立ち上がり、場所を移動する。そうして音も無く足を動かして、再び彼女が腰を下ろしたのはクルスのすぐ後ろの席であった。


「…………、……?」


 何だろうか。

 さも、そこが自分の定位置といわんばかりに居座る金髪の少女にクルスは内心で首を傾げる。もしかして未だに監視任務は継続されているのか。配属されてまで見張られるのは正直うんざりするなと思いつつ、真偽を彼女の口から聞こうと振り向こうとしたとき、丁度一人の人物が入ってきてしまった。


 その見覚えのある相手にクルスは行為を中断せざる得ない。


 入ってきたのは額から右頬にかけて大きな切り傷を持った男である。厳つい顔つきをした偉丈夫で、全身から荒事の匂いを漂わせている人物だ。


 彼とは以前この基地に拘留されているときに何度か顔を合わせていて、名前を確かグレアムといったか。階級は少佐で、自分の知識をあてにしていいのならば、かなりの高官ということになる。そしてこの場に現れたということは、自分と無関係な立場でもないのだろう。


 グレアムは室内に入ると人員が揃っていることを確認し、その際に僅かにクルスに視線を寄越し、その後何事もなかったかのようにブリーフィングに移った。








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