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プラウファラウド  作者: ドアノブ
一話 独立都市アルタス
20/93

到着

 鏡を覗くと、なんとも平凡な少年の顔があった。

 これが紫城稔の容姿のものなのか、〈レジス〉のものなのかは分からない。

 かつての〈レジス〉というプレイヤーのアバターはどこのVRゲームにもありがちな超絶美男子だったのだが、現実でもゲーム内でも共通の知り合いとなった銀髪の少女から何とも筆舌し難い視線を浴びたその日のうちに、現実準拠の容姿設定にしてしまったためである。

 あれは現実の付き合いを仮想現実に持ってくると面倒だと実感した一幕であった。


 黒髪に焦げ茶色の瞳を持った、白人よりは肌の色の濃い、典型的な日本人の容姿である。

 自分の記憶の中では珍しくもないありふれたものだったが、思い返してみれば都市内で自分と同じ東洋人の特徴を持った人間は殆ど見たことがなかった。

 アルタスで一番多いのは金髪白人で、ついで黒髪褐色肌を目にする機会が多い。そういう意味ではこの都市は外国であるという印象が強い。強いが、それが揃いもそろって日本語を口にしているのだから、変な話ではある。


 ともあれ。


 鏡に映った、そのどこにでもいそうな少年が身に着けている服は、漆黒の色を持った軍服であった。その姿を見て、何とも言えない表情を浮かべる。

 似合ってない云々以前に、とても軍人には見えなかった。

 ただの、制服を着た高校生にしか見えない。

 試しにうろ覚えの敬礼をしてみるが、やはりごっこ遊びをしているようにしか思えなかった。この服を着るには、どうにも自分の容姿は幼すぎる気がする。せめて身長があったりすれば変わったのかもしれないが、悲しいかな。クルスの身長は百七十にも満たないのである。


「おーい、準備は終わったか……、……ぶっ、くく」


 シーモスが扉を開けてくるなりクルスの姿を見て、笑いを堪えようとして失敗した。似合っていないということは自分で百も承知しているクルスは、渋面を浮かべるしかない。


「いやー……、似合ってるんじゃないか? ……ぶふっ」

「うっさいぞ、おっさん」


 にやにやと腹立たしい笑みを浮かべるシーモスを睨みつける。

 クルスと同じくシーモスも同じ色をした軍服に袖を御通しているわけだが、悔しいことに彼の場合は非常に様になっている。高身長で肩幅も広いシーモスが軍服を着ると、まさに頼もしい軍人といった感じだ。

 結局この十日間、クルスの監視任務の殆どを同僚の少女に押しつけていた不良軍人のくせに、詐欺か何かで訴えられないだろうか。その場合、喜んで証言台に立つのだが。


 憮然としながらも襟元を指で弄りながら廊下に出てリビングに向かうと、金髪の少女がソファーに腰を下ろしていた。

 人形の様に整った顔立ちの少女で、普段ならば非現実めいた印象を与える存在なのだが、今ばかりは、クルスは彼女に深い親近感を覚えた。

 セーラもまた軍服を着ていたのだが、どんなに優れた容姿を持っていようとも彼女もまだ子供と言っていい年頃である。その姿は、軍服を着ているというよりは、着せられているという言葉の方が相応しい。


 クルスが今の環境になってから最も長い時間を共有した相手がこの少女であったが、ここまで彼女のことを頼もしく思ったことはない。望まれるなら今すぐにでもハグをしてあげたい気分である。彼女の性格からしてそんなことはありえないが。


 訪れるなり嬉しげに頷くクルスを、セーラは暫くその赤い双眸でぼんやりと見やっていたが、少しして興味を無くしたかのように視線を外した。その先には真っ白な壁があるだけで、クルスには彼女が一体何を見ているのか分からない。


「しかし、お前らが並んでると学校か何かに行くみたいだな」


 相変わらず笑いを引っ込めることもなく、シーモスがそんなことを口にする。全く否定出来ないのが悔しいところだ。少なくともクルスとセーラが並んでいても大抵の人間は軍人とは思えないのではないだろうか。


「……それいったら、あんたは俺達のお父さんってか?」


 皮肉げにクルスが言い返すと、シーモスは何か苦いものを食べたような顔をする。


「止めてくれよな。父親なんて柄じゃない」


 少しは意趣返しが出来たかと溜飲を下げてから、クルスは携帯端末に目をやった。市民権を手に入れたその日に購入したもので、腕時計のように手首に巻くタイプのものだ。紫城稔が使っていたものと似た形態のもので、あまり記憶に引っ張られるのはよくないなと思いつつも、使い慣れていることを重視した結果である。やはり細かい差異はあったが、それなりに気に入ってはいる。


 クルスが時計機能を表示して見やると、良い時間だった。

 それはシーモスも把握していたらしい。自分の分の荷物を担ぐと玄関へと促す。


「じゃあ行くか。……あー、短い天国だったな」

「いやあんたはずっと休暇のようなもんだっただろ」


 半眼でシーモスを睨みつける。

 クルスの記憶では殆どこの黒人男性が監視任務を全うしていたことはない。精々、車の運転をしていた程度か。それにしたって大抵は駐輪場で待機、同行したのは金髪の少女のみである。

 

「坊主だって似たようなもんだっただろう? 監視されてるってのに好き勝手に満喫しやがって」

「まあ……、そうだけどな」


 そう言われればクルスも頷くしかない。

 都市内で過ごした十日間、色々と知らないことが多くて戸惑ったこともあったが、それなりに楽しんでいたのは確かだった。

 やっていたことは主にこの世界の知識を埋め合わせるための情報収集ではあったはずなのだが、ゴーストの少女であるサシャと会っていたり、この世界のゲームに触れてみたりと、脇道に逸れていたことは否めない。


 まあ問題はない。

 常に傍らにはセーラの姿があったわけだし、厳しい行動制限を強いられていたわけでもないのだ。


 対して、シーモスはクルスの監視が立派な任務のはずである。それと自分の行動を一緒くたにされるのはどうにも納得がいかない。


 だがシーモスは堪えた様子も無く小さく肩を竦めると、さっさと行くぞと言って外へと足を進めていった。


「全くあの不良軍人め……」


 溜息を一つ吐き出して、クルスも自分の荷物を持つ。先に行ったシーモスと比べると、その量も随分多い。

 生活に必要なものを粗方揃えたからというのもあるし、初日の観光で買い込んだ用途不明のグッズが嵩張っているというのもある。日持ちのしない飲食物は片付けていたが、木刀や置物などは消費しようが無い。さらには料理当番となったクルスは備え付けのものでは我慢出来ずに、包丁やフライパンなども購入していた。

 シーモスは呆れたように捨ててけばいいと言っていたが、わざわざ買ったものをすぐに捨てるというのはクルスの勿体ない精神が許さなかった。例えそれが自分の支払いではなかったとしてでもある。


 重たい荷物を持ちながらクルスが足を進めると、示し合わせたかのようにその後ろをセーラがついてくる。彼女が持つ荷物は、シーモスと比べても殊更に少ない。本当に必要最低限のものしか持ってこなかったのだろう。実に彼女らしいと言える。

 監視任務だからなのか、移動の際に彼女がクルスの前に出ることは殆ど無い。最初こそ、その視線に落ち着かなかったクルスではあるが、今ではすっかり慣れてしまった。逆に後ろに金髪の少女の気配が無い方が違和感を覚えてしまいそうだ。


 最後に振り向いて十日間ばかりを過ごした白い空間を一瞥する。

 置かれている物の少ない生活感に乏しい一時の仮住まいでしかなかった場所だとはいえ、それなりに愛着は湧いてしまうものだ。慣れない同居生活だったこともあり、色々と問題もあった。記憶に深く刻み込まれているのは主に少女の肌色だったが、それは置いておこう。


 ここを出れば自分は軍人となる。

 それは自分が今軍服を身に纏っていることからも間違いない。

 気楽な日常生活に未練がないと言えば嘘だし、軍人と言われても未だ実感の湧かない身ではあるが、状況に固執しようとは思わない。


 金髪の少女を伴って、決意と共にクルスは今度こそ外へと歩き出した。


 


***




 都市に帰りたい。



 クルスは正直にそう思った。

 

 アルタス内は生活範囲が限られているため、見上げるような高層建築物の数が多い。その際に背景に映るのは見慣れた青空と、白い雲である。

 現実であろうと仮想現実であろうと異世界であろうと、これだけは変わらないんだなと時々目にしては密かに安心を覚えていたのだが、それはともかく。

 だから忘れていたのだ。

 僅か前に、上空で見たこの都市の全容を。

 内で生活している分には周囲を防壁で囲まれているようにしか思えないその都市も、その実、透過性のパネルによって覆われていて、その内部は人が暮らしやすいよう快適な空間を保っていたのだと。


 

 車から降りたクルスを出迎えたのは茹だるような熱気だった。

 久しぶりに目にする緑の山々、鳥の声、そして音の洪水とも表現出来るほどの、蝉の鳴き声。

 夏だった。

 完膚なきまでに夏だった。

 常に二十二度前後に気温を保っていた都市内と違い、外の世界では容赦なく熱が襲いかかってくる。体感では三十度を超しているだろうか。身に纏った軍服が、今では煩わしくて仕方が無い。

 元々、紫城稔は夏休みの殆どは仮想現実に入り浸っていた半引きこもりである。その記憶を持つクルスは蝉の大反響と共に纏わり付いてくる夏の暑さに、早々にリタイアを宣言したかった。


「暑い……」


 自然と額に汗を垂れ流して荷物を持って呻くクルスに、シーモスも流石にこの温度差にはうんざりとしているのか、顰めっ面を浮かべて頷いた。


「全く同意だな……。ああ……快適な都市生活が恋しいぜ」


 その言葉に、クルスは心の底から同意せざる得ない。

 その点、セーラという名を持つ金髪の少女は流石であった。

 周囲に充満する熱気にも一歩も引くことなく、その変化することのない無表情を貫いている。うっすらと透明な汗が浮かび上がってはいたが、それだけだ。この程度の環境では彼女を揺るがすことは出来ないらしい。

 これはもう、この少女は氷か何かで出来ているのではないだろうか。思わずそう考えてしまうような、徹底さである。


「おまえ……、暑くないの?」


 思わずそう訊ねると、セーラはさして間を置くことなく答えた。


「暑くはありますが、この程度なら問題はありません。シベルタへ遠征にいった時を考えれば、まだ」

「……そこって暑いのか?」

 

 知らぬ土地名にクルスが首を傾げる。

 そんな様子を見つめながら、セーラは小さく首肯した。


「殆どが深い森林に覆われた、高温多湿の地域帯です」

 

 夜中でも四十度近い気温だという話を聞いて、クルスはうへえと内心で肩を落とした。前ならば大変だなの一言で住ませられたが、今はもう他人事ではないのだ。自分がその場所に行く可能性も零ではない。

 現状でも弱音を漏らしている自分に、軍人など本当に勤まるのだろうか。今更ながら、疑問に思ってしまった。 


 しかしその不安も長くは続かなかった。

 空気が細い隙間を抜けていくような甲高い駆動音。ここ暫くは耳にすることはなく、けれども聞き慣れたその音にクルスは弾かれたように顔を上げた。

 子供のように目を輝かせて反応したクルスの視界を、二つの影が通り過ぎていった。


 空を飛ぶ、鉄の巨人。

 蒼躯の万能人型戦闘機。

 どのような状況であれ、その姿を発見してしまってはクルスは胸の高まりを抑えきれずにはいられなかった。


 二機の万能人型戦闘機は並列飛行を行いながら、空の向こうへと消えていく。その姿をクルスはじっと眺め続けた。

 同じように飛び去っていった二機の〈フォルティ〉を見送ったシーモスは、その見覚えのある機体に目を丸くして呟く。


「今の機体はタマル達か? まさかもう次の任務が下されたのか?」


 シーモス達が所属する、シンゴラレ部隊。

 その第一隊が先の戦闘で大きな被害を受けたことは知っていた。万能人型戦闘機を操り強襲任務に従事した七名の搭乗者の内、生還したのは半数以下の三名だったはずだ。

 そんな彼女たちに次の任務がかかるとは考えにくいのだが。


 シーモスのそんな疑問に答えたのは、金髪の少女だった。


「機体の最終調整かと。任務に行くのに装備が突撃銃だけというのはありえません」

「……ああ」


 その言葉に納得する。

 確かに言われてみれば、損傷した機体の修復もそろそろ目処が付き始める頃だろう。シンゴラレ隊の機体は搭乗者に合わせた調整が成されるので、修復の最終段階では必ず搭乗者が持ち出される。そしてそれはこれから自分もやらなくてはないことに違いない。


「……ったく、それにしても」


 額に浮かぶ汗を拭いながら、シーモスは未だに空を見続ける少年を見て思わず苦笑した。

 

子供(ガキ)みたいな反応しやがっちゃって、全く」


 果てまで続く空の向こうを眺める少年からは、さっきまで熱気に負けかけていたような情けない姿は見受けられない。ただ無邪気に爛々と瞳を輝かせて、遠くを見ている。


 全くもって馬鹿らしい。

 一つのことに夢中になって視野が狭くなる典型だ、あれは。軍人にはおおよそ適していない志向ではあるが――。


「まあうちの部隊(シンゴラレ)にはそれくらいが丁度いいのかもな」


 何せ基地司令直属の特殊部隊は、同基地内でも奇異の視線で見られる爪弾き者達の巣窟だ。これくらいが丁度いいのかも知れない。

 シーモスは知らずの内に口の端を釣り上げて、


「――おら坊主、いつまでも見えないもん見てないで行くぞ! 〈フォルティ〉なんざ後で好きなだけ見てられるさ!」


 基地へと先を促した。




誤って読者様の感想を一つ削除してしまいました、本当に申し訳ありません!

内容は前話のリュドに対してですので、その返信をこの場でさせていただきます。


リュド「おらおらー、出番まだかよー」




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