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プラウファラウド  作者: ドアノブ
一話 独立都市アルタス
18/93

自己満足

 一段目には海苔が巻かれた白い握り飯。やはりお弁当と言ったらこれがなければ始まらない。隅にはごぼうと牛肉の煮付けに、市販のたくあんが添えられていて、色合いを決して単調なものにはしていなかった。

 横合いから好奇の視線が注がれていることに気がつきつつも、それを敢えて無視して二段目を公開する。

 そこに収まっていたのは魅惑的なおかずの数々。

 ソーセージにミニハンバーグ、鶏の唐揚げに海老フライ。そして甘い出汁巻卵。子供好きしそうなものは一通り揃えられている。

 無論、提供する側として、そんな茶色一辺倒の偏った配置ですますわけにはいかない。異なるおかずの間はレタスの葉を使って仕切りを設け、生じた隙間にはミニトマトで彩りを豊かにしている。

 そして目立たないが、薄い輪切りのキュウリとスライスハムを加えてマヨネーズ、マスタードと塩胡椒で味付けを整えたポテトサラダはクルスの自信品である。


 ごくりと、唾を飲み込む音がする。

 それを逃さず耳にしたクルスはふっと口の端を釣り上げた。

 白身魚などのヘルシー志向は度外視。今回の標的の嗜好を想定し、要した品々は徹底的に子供好きにされそうなものに厳選してきた。

 その判断は間違っていなかったようだ。


 大量の市販冷凍品を使っているというのが少々気に食わないところではあるが、如何せん思いついたのが昨日の夜である。多少の楽には目を瞑ってもらおう。

 

 独立都市アルタスにそびえ立つ高層ビル群。

 一体どういった理由か、その隙間の所々には忘れ去られたかのようにぽっかりと空いた空間がある。人々からの死角になるそういった場所は、ゴーストの者達にとっては都合が良いらしく、度々利用されてきた。


 現在クルス達がいるその場所もそういった所らしい。

 決して狭くない空き地には、蒼いシートを被せられた角材が寝かせられていて、クルスと幼い少女はそこに並んで腰を降ろしている。そこから三人分くらいの隙間を空けてセーラも座っている。その膝の上にはクルスと同じ中身がつまった弁当箱が置かれていた。結構な量があるが、この数日でセーラは華奢な見かけによらず食が太いことが判明しているので問題無いだろう。

 

「ほ、ほんとうにいいのっ?」


 ぼろぼろの服を纏った褐色肌の少女が、警戒するように言ってくる。

 しかしその身体はそわそわとして落ち着きが無く、観察してみればちらりちらりと視線が二人の間に置かれている弁当箱に引き寄せられている。

 どこかで見たことがある光景だなとクルスは既視感を感じ、暫くしてから紫城稔が小学生の頃に飼っていた犬だと思い出す。焦げ茶色をした雑種の犬だったが、食事の前に待てをさせると丁度こんな感じであった。


 警戒心か、あるいはプライドか。

 出来る限り隠そうとして、それでも興味を隠せていない少女に苦笑しながら頷いてやる。


「かまわないって言ってるだろ。寧ろ食え。わざわざお前と食うために作ってきたんだからな」

「後で金払えとか言われても無理だからね? か、身体で払えとかも無しだよ?」

「んなもん一切要求しないから」

「でも……」


 目の前の品の数々に目移りしているくせに、最後の一線は越えようとしない。

 それは彼女のこれまでの経験がそうさせているのか。現在の彼女の服装を見ても色々とあったのだろうとは察せられるが、クルスとしては面倒な上に面白くもない。


「いいから食え」

「むぐっ」


 割り箸でミニハンバーグを摘まむと、口をもにょもにょと動かして何か言い訳していた少女の口に突っ込んだ。不意打ちだったのか少女は驚いて目を瞬かせていたが、それも僅かなこと。


 クルスが箸を引き抜くと同時に、口に含んだ肉をゆっくりと咀嚼して、


「……お」

「お?」

「……おいしい!」


 喜声を上げた。

 そうして決壊したダムの水の如く、今度は自分の箸を伸ばして次々とおかずを口に運んでいく。殆どが冷凍食品だとはいえ、これだけ美味しそうに食べて貰えると制作者冥利に尽きるというものだ。


 目に見えて減っていく弁当の中身を見ながら、クルスも一つおにぎりに手を伸ばす。具の入っていないただの塩握りだが、味付けの濃い冷凍食品群と並べるならばこれくらいが良い塩梅だ。


 一応二人分用意はしたはずだったが、この分だと自分の分は残らないかなと思いながら、水筒に入れてきたお茶を啜る。

 若干手持ちぶさたになりながら、目の前の少女に尋ねてみる。


「どれが一番美味い?」


 端から観察する限りだと、彼女に好き嫌いは無いようだ。

 肉々しいおかず類から付け合わせのミニトマトやポテトサラダまで、次々と口に入れていっている。 


 声をかけられた少女は口の中のものをゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、


「えーと……、これ」


 指差したのは唐揚げだった。

 特にひねりも無い無難な結果ではあるが、密かに自分が手がけた卵焼きかポテトサラダが選ばれることを期待していたクルスは少しだけ項垂れる。やはり子供の純粋な欲求には勝てなかったらしい。

 別にいいし。がっかりなんてしてないし。そもそも小さい子供はみんなお肉とかそういった脂っこいものが好きなだけであって、別に負けたとかそう言うわけじゃないから。いやほんとに負け惜しみとかじゃなくて。


 クルスの表情から何かを感じ取ったのか、少女は少し慌てたように口を開く。


「あ、でも他のも美味しいよ! この卵とか、口に入れたらじゅわーってすごい甘い味が口の中に広がったし!」

「お前、良い奴だなあ……」


 幼い少女の健気な言葉に思わずクルスは頭を撫でる。

 やはりちゃんと手入れなどされていないらしく、ごわごわとした感触が手の平に伝わってきた。

 少女が少しだけむっとする。


「お前じゃないよ。私にはサシャって名前があるから」


 気安く触られたことではなく、お前と言われたことに対して不満を覚えたらしい。今まで自己紹介なんてしてないんだからしょうがないだろうと思いつつも、クルスは頷く。


「そうかサシャ。ちなみに俺はクルスっていうんだ。よろしくな」

「クルスね……。わかった、友達になってあげる!」


 褐色肌の幼い少女――サシャは太陽の花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべる。そこには最初抱いていた警戒心のようなものはなく、やはり胃袋を掴むというのはこういうことをいうのだとうかと思う。


「それで、クルスは私に何をしてほしいの?」


 伸ばした手で握り飯を掴みながら、サシャは小首を傾げた。

 大分お腹も膨れてきたのか、最初よりも食べる速度も大分落ち着いてきてはいる。だが優に二人分はあった量の大半は既に消え、今もなおサシャは手を休めてはいない。一体その小さな身体の何処にあれだけの量が収まっているのだろうか。

 サシャの華奢な体つきを眺めながら、クルスは彼女の言葉に僅かに眉根を顰めた。


「してほしいこと? そんなの何もないって」

「嘘だー。何にも無かったらゴーストの私なんかに御飯くれるわけないじゃん。いいよ遠慮しないで言って? 私に出来ることなら何でもやってあげるよ」


 冗談を言っているような口調でも無く、サシャは笑いながら言う。


「盗み? 殺人? それとも本当は身体目当てだった?」


 朗らかな口調で出てきた少女の物騒な言葉に、クルスは唖然とする。少女のその言葉からは冗談や嘘の色が全く感じられなかったからだ。日本で暮らしていた紫城稔としての記憶が残るクルスには、理解の出来ない発想だった。


 しかし、それはサシャにとっては当然だった。

 自分はこの都市の市民権を持っていない、非正規市民。

 この都市に住まい働き、税金を払っている者達からすれば忌々しい邪魔者でしかない。そんな相手に何の理由も無しに施しを与える者などいないし、それを別段酷いことだとは思っていない。

 

 実際、非正規市民に多少の施しや報酬を与えて、彼女が口にしたような犯罪行為を教唆することは割とある。それは個人の復讐規模から組織同士の関係に関わるような大規模だったり様々だが、存在しないものとして扱われている非正規市民を体よく利用しようとする人間は決して少なくない。

 むろんゴーストだからと言って犯罪を起こしてもお咎めが無しなどと言うことはありえなく、犯罪を犯し捕まったゴーストは問答無用で処刑されると決まっている。


 危険を冒しても報酬で貰えるのは端金に過ぎない。それでもゴーストがそういった行動をとるのは、その日を生きていくにはそうすることが必要だからだ。まともな働き口が存在しない以上、彼らの選べる選択肢は多くない。


 サシャもそれを理解している。

 自分は未だ子供の身であり、大人と比べて出来ることは圧倒的に少ない。正直なんでクルスが自分を選んだのか皆目見当もついていないが、お腹一杯に御飯を食べさせてくれたのだ。お礼ぐらいしても罰は当たらない。


 しかし待っていても返事は来ない。

 サシャが不思議そうにクルスを見やると、少年は凄く嫌なものを見たような表情を浮かべていた。


「クルス?」

「いや、確かにひどいんだろうなとは思ってたけどさ……。お前、今の本気で言ってるのか?」


 サシャは少しむっとする。

 名前を教えたのにお前と呼ばれるのに不満を覚えたし、何よりも自分の義理を疑われているようで嫌だった。


「本気だよ! 私が子供だから疑ってるの? 大丈夫、ちゃんと何だってして見せるから! クルスのして欲しいことやれるよ!」


 ムキになる彼女の物言いからそれが本当に嘘や冗談ではないと理解して、クルスは大きく息を吐き出す。


「そんなんじゃないから」

「なにが!」

「だから、別にサシャに犯罪紛いのことをしてほしくって弁当持ってきたわけじゃないって言ってるんだよ」


 クルスの言葉がサシャには理解出来なかった。

 目的も理由も無く、ゴーストに施しをする意味など何があるのか。

 

 まじまじとサシャはクルスを眺めて、目の前の少年が心の底から面倒そうな表情を浮かべていることを察すると、


「……本気で言ってるの?」


 呆然と呟いた。


「本気で、何も無しに、御飯をくれたの?」

「最初からそう言ってるだろ……」


 呆れと疲れを滲ませながらクルスは項垂れる。

 場所が変われば常識も変わる。それくらいは頭では認識していたが、弁当一つで身を投げ出そうとする感性はとても理解が出来なかった。それだけ目の前の少女の生活が劣悪だということなのだろうが、怠惰以外の理由で飢えに苦しんだ記憶が無いクルスにはやはり理解しがたい。


 サシャは変なものを見るような目でクルスを眺めた。


「じゃあなんでクルスはこんなことしてくれたの? 同情?」

「う……」


 分かっていて言っているのか。

 地味に痛いところを突いてくる。

 何かを探すように暫く宙に視線を彷徨わせた後、クルスは諦めたように再度息を吐き出した。


「……そうだよ」


 クルスが行った行動に根本的な意味は無い。

 今の彼女の食欲は確かに満たされているだろうが、一日も経てばまた同じ状況に陥るだけだ。本当に彼女を救いたいというのならば、ゴーストの問題を根本的に解決しなければならず、そんな権限も実力もクルスには無い。

 つまりは彼女を慮ってしたように見える今回の行動はその実、クルスの自己満足を促すものでしかなかった。


 無責任だという自覚がある。

 この行動は捨てられている動物に一度だけ餌をやっているような行為だ。面倒を見きれるわけでもないのというのに。


「ふうん」


 サシャはクルスの答えに不思議そうに首を傾げる。


「でもどうしてクルスは落ち込んでるの?」

「……いやだってなあ。結局意味ないだろ。今は良くても俺がサシャにしてやれるのはこれくらいだけだ。それってその場限りで何の意味も無いだろ」

「んんー? 意味なくなんてないよ?」


 クルスが何を言っているかサシャにはよく理解が出来なかった。クルスがくれたお弁当のお陰で今の自分のお腹は満たされている。毎日空腹で倒れそうになっているのが嘘のような状態だ。


「よくわかんないけど。御飯食べさせてくれて、私はクルスに感謝してるよ? それじゃ駄目なの? やっぱり私なにかする?」


 その言葉にクルスは毒気を抜かれて、苦笑する。


「……まあ、サシャの言う通りかな。感謝してくれたなら、それでいいのか」

「そーそー。高望みしすぎると後悔するだけだって、お母さんも言ってたよ」


 妙に物知り顔でサシャは言って、手に持っていた箸を置くとぴょんと腰を降ろしていた角材から身体を浮かせた。ふらつくことも無く、しっかりと着地する。


「じゃあクルス、私今日はもう行くね! 力がある内に行動しておかなきゃ」


 体力が残ってる内に行動する。

 当然と言えば当然だが、彼女の境遇を考えると妙な説得力がある。きっとクルスには想像出来ない苦労があるに違いない。


 褐色の少女は少し名残惜しそうにクルスを眺めた後に、ずっと無言で離れた位置に待機していた銀髪の少女へと首を向けた。


「そっちのお姉ちゃんも、今度あったら話そうね!」


 そう言って最後にもう一度だけクルスを見やると、今度こそ駆け出していった。その姿はビルの角を曲がってすぐに見えなくなってしまう。

 暫くの間、誰の姿も無くなったビル角を眺めた後にクルスも立ち上がった。それに合わせてセーラも腰を上げる。

 彼女には自分の我が侭に付き合わせてしまったなと思う。それが任務とはいえ、面倒には違いないだろう。何か埋め合わせでもするべきかと思案しかけたとき、


「あなたの悩みは晴れましたか?」


 そんな抑揚の無い声が耳に届いた。

 思わず彼女の顔を見返してしまう。

 それは珍しい言葉だった。

 セーラはクルスが訊ねれば答えてくれるが、こうして彼女のほうから自発的に声をかけてくることはこれまでに殆ど無かった展開だ。


 クルスは彼女の言葉に少しだけ答えを迷わせた後、


「そうだな」


そう答えた。

 

 依然として釈然としないものはある。

 寧ろゴーストではなく、サシャという具体的な人間を知ってしまって、余計に頭を悩ませる事態になっているかもしれない。

 だがそれでも、昨晩のベッドの上で転がっていた時を思えば遙かにマシになっていると分かった。


 金髪の少女はいつも通り、少しの間じっと顔を見つめた後にひとつ頷いた。そこには何の感情も窺えない。その時々で彼女が一体何を思っているのか、それは彼女にしか分からないだろう。


 ただクルスにはその表情から、どことなく彼女が満足しているような気がした。理由は分からないが、何故かそう感じたのだ。


「ごちそうさまでした」


 セーラがそう静かに言って、弁当箱を渡してくる。

 一人離れた場所にいた彼女だったが、ちゃんと食べてくれたらしい。決して手の込んだものではなかったが、それなりに嬉しいものである。

 軽くなった弁当箱を受け取って、だがそこで違和感を覚える。

 蓋を開けてみた。


「セーラ」

「はい」


 平然とした口調で返事する金髪の少女を、半眼で見やる。


「ちゃんとミニトマトも食え」


 サシャですらちゃんと食べていたというのに。

 セーラは無言のままそっと視線をずらした。








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