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プラウファラウド  作者: ドアノブ
一話 独立都市アルタス
12/93

都内闊歩 - I

 独立都市アルタス。

 クルスは一度だけ上空からその姿を見たことがあるが、こうして直接足を踏み入れるのは初めてだ。

 防衛機能を備えた高い壁と、無色透明の高効率発電パネルに覆われたその外観にはクルスも思わず息を吐き出したものだが、こうして都市内部に入ってみて地面と同じ目線で見てみると存外普通なんだなという印象を持った。


「……意外と普通なんだな」

「おいおいなんだその感想は。いったい何を想像してたんだ?」


 助手席に座るクルスの隣で車の運転をするシーモスは呆れたような反応を見せ、クルスは無言で肩を竦めた。


 外側があれだけの姿だったのである。

 その内側に少々過剰な期待を抱いていたことは否めない。その思いは見事に裏切られる結果となった。


 時間はまだ早朝だからか、人通りは少ないか。

 しかし幾つもの高層建築物が建ち並び、街角には飲食店や雑貨店があり、道端には自動販売機が設置されている。それは紫城稔の記憶の中にある日本の首都部とそう大差の無い光景であった。

 それでも違いを見出そうとするならば、上を見上げたときにやけに空が広く感じられるということだろうか。

一体何だろうかと考えてみて、日本ではお馴染みであった電線が一つも無いということに気がついた。地域によっては蜘蛛の巣のように張り巡らされていたあの黒い線が全く無いというのは、クルスには物珍しく感じられる。もしかして地下に張り巡らせているのだろうかとシーモスに訊ねたところ、半分だけ正解だと教えられた。確かに送電線の類いは全て地下で接続されているが、最近は無線送電が主になっているらしい。

 記憶の中にある日本でも無線送電は存在していたが、民間に広く利用されるほど普及はされていなかった。地味なところで近未来である。


 目的地への移動途中、食料の買い出しにスーパーマーケットに立ち寄る。

 シーモスに続いてクルスと、それまで一言も言葉を発せずに置物になっていたセーラも降りたが、自分の知らない商品があること以外は何の変哲も無いスーパーマーケットだった。レジも無人ではなく、普通に人が立ってバーコードを読み取っていた。

 失望、というほどではないが、がっかりしてしまったことは隠せない。もう少し未来的な光景を想像していたのだが、記憶にある日本とこの都市はそう差は無いらしい。


 そんな感想を抱きながら車に揺らされること暫く、辿り着いたのは真っ白な高層建築である。時間はまだ朝といえる辺りで、基地を出てから大体一時間弱という所だろうか。

 それはアルタスではありふれた住宅建築物なのだという。

 都市外周を壁で覆ったアルタスはそう簡単には都市範囲の拡張が行えないため、基本的に住民は高層マンションに住むのだそうだ。個人住宅建築を持っているのは極一部の高給取得民らしい。


 汚れも何も無い真っ白な廊下。

 左右の壁には一定間隔で妙な光沢を持つ扉が並んでいて、まるで合わせ鏡のようにも思えた。清潔感というよりは、妙に人気の無さを感じさせる空間を作り出している。


 このマンションは軍関係者用のために用意されているものらしく、今回のクルスのような理由ありの人間が一時的に使用するために存在するらしい。そんな人物が大量にいるはずもなく、この棟には殆ど入居者がいないとか。

 そんな希有な例になった自分の立場を喜ぶべきか悲しむべきなのか迷ったが、少なくとも周囲の住人に気を遣ったりはしなくてすみそうである。


 予め予定されていた一室に入った三人は各々荷物を置き、監視役二人は腰を下ろし、クルスは中を見て回った。。


 ベランダ付きのリビングに玄関と繋がる廊下。廊下の途中には洗面所と手洗い場、風呂は個別に用意してある。あとは寝室に繋がる扉くらいか。覗いてみたところ、さして広くない部屋に二段ベッドが二つ並んでいた。本来の定員は四名ということらしい。


 クルスがリビングに戻ると、テーブルの席に座ったシーモスはやれやれと言いながら肩を回し、セーラはベランダの窓付近にあった三人掛けのソファーに音も無く座っていた。

 クルスは少し迷った後に、無難にシーモスの斜め向かいの席に腰を下ろす。


「さて、と」


 一息ついた辺りで、シーモスが口を開いた。

 セーラよりも階級が上ということと、年長者ということもあって、自然とこの三人の指揮は彼が執ることになっている。


「まあこれから暫くここで生活するわけだが、一つ重大なことを決めておく必要がある」


 その大仰な言い回しに、クルスは少し緊張する。

 あまりそういう雰囲気はなく忘れそうになるが、今のクルスは二人の軍人に見張られている状態だ。今回このマンションの一室に移されたのも実質的には監禁のようなものである。好き勝手に動き回られるわけにもいかないので、制限を課すのは当然だろう。


「いいか、まず最初に宣言しておこう」


 ぎらりと、男の瞳が剣呑な光を発した気がした。

 知らずのうちにごくりと、クルスは唾を飲み込む。


「俺は――」


 シーモスは一息溜めて、



「料理は出来ない」

「………………………ん?」



 クルスは首を傾げた。

 一体彼が何を言ったのか頭がしっかりと認識しなかった。だが、シーモスはそんなクルスの混乱を余所に、ソファに腰を下ろす少女へと視線を向ける。


「セーラ、お前はどうだ?」


 上官に当たる立場の男の視線を真っ直ぐに受けて、金髪の少女はその緋色の瞳で暫くどこか別の場所を見た後に、


「三分あればラーメンとうどん、或いは蛇肉等と香辛料があれば――」

「よし良く分かった。もういいぞ」


 最後まで言わせるのは忍びないとばかりにシーモスは少女の言葉を途中で止めた。セーラは特に気にした様子もなく、またもとの置物へと戻る。


「希望はあと一つ、か……」


 シーモスは地獄の淵まで追い詰められたような表情を浮かべながら、斜め向かいに座るクルスへと視線を移した。未だに事態を把握出来ていないクルスが、その鬼気迫った眼差しに思わず肩を縮込ませる。


「クルス、聞くぞ?」

「お、おう……?」

「別にプロ級の腕前とかを期待してるわけじゃない。平凡だ。ただの一般的な範疇で良いんだ。お前は……、料理が出来るか」


 その眼差しにクルスは考える暇も無く、気がつけばこくこくと首を縦に振っていた。

 真か偽りか、頭の中に残る紫城稔の記憶では、彼は普通に料理をしていた。というのも紫城稔は片親であり、その親も普段から家に帰ってこないことが多かったためだ。

 その記憶の中に残る料理の経験が通用するのならば、クルスも料理は可能なはずである。


 果たして。

 クルスの返事を受け取ったシーモスは深く息を吐き出して。


 ぐっと、拳を握りしめた。


「よおし、じゃあお前料理当番な」

「…………、……えー……」


 一体何の話をしているのだこの男は。

 それは果たして一番最初に重要などと前置きをしてまで決めることなのだろうか。もっと自分の扱いについて話すことがあるんじゃないのか。


 様々な葛藤がクルスの脳裏を過ぎ去っていくが、シーモスはそんな少年の様子に気がついた風もなく安堵の息を漏らした。


「いやー、よかったよかった。これでお前も料理出来なかったら、一体どうしようかと」

「……いや、ちょっと待って」

「ん、どうした? ああ、もちろん毎日が辛いんだったら時々で外食を挟んでもいいぞ。多少なら経費でも落ちるはずだし……」

「いや、そうじゃないだろ!」


 思わず立ち上がって叫び声を出したクルスに、シーモスはきょとんとした表情を浮かべた。目の前の少年が何を言いたいのか分からないといった感じだ。

 両手で目の前にあるテーブルを叩きながらクルスは再度叫ぶ。


「普通は食事当番なんかよりもっと大事なことがあるだろ! 俺の行動の制限とか! 決まり事とか!」

「なんだお前? 縛られるのが趣味なのか? 若い身空でそれはどうかと思うがね」

「なんでそうなる!?」

「まあまあそんなことよりも、お前は食事当番に決まったんだ。ほら観光がてらに適当に買ってこい」


 とりつく島も無いとはこのことか。

 にやにやと不敵な笑みを浮かべながらシーモスは一枚のカードを放ってくる。恐らくはマネーカードだろう。黒地に金文字というのが何よりも恐ろしく感じられるが、それはともかくとして。


「いやおかしいだろ!? あんた俺の監視役じゃないのかよ!?」


 取引を躱したとはいえ、いまだクルスは素性の知れない身。

 そんな相手に資金を渡して放りだすなど正気の沙汰ではないことくらい、軍人とは全く縁の無かったクルスでも分かった。

 

 愕然とするクルスを余所に、彼は肩を竦めてみせる。


「堅いこと言うなって。それに心配されなくてもセーラはついていかせるよ」


 そう言って、シーモスは途中スーパーマーケットに寄ったときに買った袋の中から缶飲料を取りだした。プルタブを押し込めると、ぷしゅと炭酸の音がして、クルスはその正体に気がついた。


「おいおっさん……。まだ昼どころか朝だぞ……」

「堅いこと言うなって」


 にっと口の端を釣り上げてシーモスは缶に口をつける。

 そのままごくごくと容赦なく喉を動かしていった。そんな様子をクルスはもうかける言葉も見つけられずに白い目で見る。


 クルスも疑問には思っていたのだ。

 スーパーマーケットに寄ったときにこの黒人のおっさんが嬉々として買い物篭の中に同じ缶飲料を詰め込んでいくのを。当然クルスの知識には無い銘柄だったのでその時はなんなのだろうかと思っても口には出さなかったが、まさか酒だとは……。


 クルスの視線にも怯むこと無くシーモスは手をひらひらと振る。


「おらおら行った行った。ついでに服とかも纏めて買って来ちまえ。全部経費で落ちるんだから喜んでおけば良いんだよ。別に自由に行動出来てお前が困るもんでもないだろ?」

「そりゃそうだけどさ……」


 それを監視者の口から言われるのはどうなんだろうか。

 これまでの短い付き合いでクルスはこの男のことを気さくないい人という認識を持っていたが、もしや相当な駄目人間なのではないかという思いが過ぎった。


 別に気にする必要も無いはずなのに、ついクルスはこの部屋にいるもう一人の監視役に助けを求めるように視線を向けてしまった。

 クルスの視線に気がついた金髪の少女は何を考えているのか分からせない鉄壁の表情で少年を見つめ返し、小さな声で訊ねる。


「なんでしょうか」

「いや、なんでしょうかじゃなくて……。何か言うこととかないのか。文句とか」


 そう言うと、セーラはほんの僅かに首を傾げる。


「何故です?」

「何故って……」

「本行動における指揮権はシーモス中尉にあります。疑問に思う余地は無いと思いますが」

「……ああそう」


 どうやらこの少女は本気で言っているらしいと理解したクルスは疲れたように肩を落とした。何が気を重くするかって、これから自分はこの人物達と共同生活を送る羽目になっているというのが一番の問題である。

 この世界で生きる意思を固めた矢先に立ちこめた暗雲に、クルスは不安を拭うことは出来なかった。

 

 恨めしげにアルコールを飲むシーモスを見やって、再度溜息を吐き出すと足を玄関へと向ける。


「……本当に行くからな。あとで問題として取り上げたりすんなよ」

「おう。面倒事増やすなよ」


 だったら仕事しろよ。

 そんな胸中の言葉を飲み込んで、クルスは溜息と共に外へと出て行った。

 その三歩後ろをセーラが音も無く着いていくのを見送りながら、シーモスは何だかなあと思いつつも缶を煽る。



 当然ではあるが、今回のこの行動にシーモスも思わないところが無いわけではない。特に監視の目を減らしてまでクルスを自由に行動させるのはどうなんだと、内心では思っている。


 しかし今回はせざる得なかった。

 

 シーモスが理解不能の事態に慌てたのは、今朝、まだ基地内で待機していたときのことだ。

 上官から呼び出され作戦室に向かうと、彼が所属する部隊シンゴラレの隊長であるグレアム少佐からセーラと共に今回の監視任務を遂行するよう命じられた。

 対象は昨晩の自称少年傭兵であり、場所は都市内。その時点で色々と腑に落ちないことはあったが、命じられれば実行するのが軍人である。シーモスは敬礼を持ってしてそれに答えた。

 ……のだが。

 

 問題はそれからである。


 その後にあろう事か基地司令が姿を現したのだった。

 シンゴラレは通常の指揮系統からは外れた、基地司令であるソピア中将直属の特殊部隊である。今までにも色々と正規任務外の作戦を実行してきており、作戦開始前にソピア中将が顔を出すこと、それ自体は珍しくない。


 しかしその後にグレアム少佐を含めた、シーモス以外の人員を部屋から先に退出させたとなっては話は違う。

 如何に直属とはいえ、相手は英雄とも称されるこの基地の最高司令官。対してシーモスはただの万能人型戦闘機の搭乗者に過ぎない。形式程度に言葉を交わしたことならばあったが、わざわざ一対一の場を作り出して対話することなど、これまで一度も無かったのだ。


 この時シーモスは今まで自分がしてきたことを思い返して、一体どれが堪忍の尾を引き千切ってしまったんだと必死に思考を巡らせていた。

 当然その顔は蒼白、額からは汗が流れ落ちている。


「さて、シーモス中尉」

「は、はい!」


 舌が空回りしそうになるのをどうにか堪えて、シーモスは声を上げる。


「君はとても優秀な人材だということは、いつも報告書に目を通しているからよく知っている」

「はっ、ありがとうございます!」


 褒められはしたが、油断はしない。これはジャブに過ぎないとシーモスも理解していた。きっとこの後にこちらの右顎が砕けるようなストレートが飛んでくるに違いないのだ。


「そんな君の能力を見込んで、極秘任務を与える」

「ご、極任務ですか……?」


 予想とは違ったことに内心で驚きつつも、これはこれで厄介な事態になっていると思い体を強ばらせる。


「うむ、そうだ。いいか、これは私が君にだけに直接伝える極秘任務だ。誰にも他言をしてはいけない」

「だ、誰にもですか」

「そうだ。例え君の上司であるグレアム少佐にであろうと黙秘を貫いて貰う。いいな?」


 ごくり、とシーモスは息を呑む。

 自分の上司であるグレアム少佐がソピアの教え子だというのは軍内でも周知の事実であり、その信頼の高さも普段の扱いから見て取れる。そんなグレアムにすら秘匿する任務とは一体何なのであろうか。

 とんでもない問題事の匂いがする。

 

 緊張に身を震わせるシーモスを見やりな、それを決意の証と受け取ったソピアはゆっくりと口を開く。


「では任務内容を伝える」

「はっ」


 本音を言えば聞きたくない。

 今すぐにでも目と耳を塞いで部屋から逃げ出したい。

 しかしそれが許されないのが軍人という立場である。





「――シーモス中尉。君には監視任務において対象と同居生活を送る間、出来る限りセーラ少尉と対象を二人っきりにするように働きかけることを命じる!」

「は! 当官は監視任務において対象と同居生活を送る間、出来る限りセーラ少尉と対象を二人っきりにするように――…………え?」


 軍人の慣習として半ば反射的に命令を復唱しようとしてから、シーモスは我に返ったように言葉を窄めた。何かの間違いかと頭の中で命令を反芻してみて、やはり首を傾げる。


 しかしそんな疑問の余地をソピア中将は許さなかった。


「どうした中尉。命令を復唱したまえ!」

「……は! 当官は監視任務において対象と同居生活を送る間、出来る限りセーラ少尉と対象を二人っきりにするように働きかけます!」


 まるで針で刺されたかのように背筋を伸ばして、シーモスは自らの役目を復唱する。体に染みついた軍人の性などではなく、猛獣に睨まれたような危機感を覚えた事による防衛本能であった。


 ソピア中将はそんな彼の言葉を心地良さげに聞いた後、うむと頷く。


「よろしい。では頼んだぞ中尉。くれぐれも、これは極秘任務だからな。絶対にグレアムには言うんじゃないぞ」


 そう言い聞かせてぽんとシーモスの肩に手を乗せると、その老将は満足げに退室していった。当時のシーモスはそれを見送ることしか出来なかったのは言うまでもない。



「――なんだかなあ」



 今朝のやり取りを反芻して、缶ビールを片手にシーモスは呻く。

 一体あの命令に何の意味があるのだろうか。

 少し考えてみても、自分には全く理解出来ない。何となく少佐には知られたくないということは理解出来たが、逆に言えばそれくらいしか分からないのだ。

 恐らくは末端の兵には窺い知ることの出来ない、上に立つ者の視点による指示なのだろう。大局を見ているということだ。


 シーモスはクルスというあの自称少年傭兵がどんな立場で、どんな経緯を辿っていまの状況になったのか全く知らない。隊長であるグレアムからは、順当にいけば部隊内の仲間になるというようなことは告げられていたが、それぐらいだ。

 しかし、それでいいのだろう。

 シンゴラレ隊の所属する兵士達は多かれ少なかれそういう者が殆どだ。セーラは言わずもがな、シーモスにも探られると痛い過去がある。近すぎず遠すぎずが部隊を安定させるコツだと弁えている。


 ぐいっと、缶を傾けて。


「まあ、詳しくは知らんが。面倒事は余所でやって欲しいもんだ」


 空になった缶を脇にどけると、次の缶へと手を伸ばした。




***




「さてと」


 外である。


 クルスの中で評価が急下降中のシーモスを放っておいて、クルスは言われたとおり外へと足を繰り出していた。


 少し思い返してみてもシーモスのあれはありえないと思うのだが、いい加減文句を言っていても仕方が無い。とりあえずは置いておいて、今後も続くようであれば改めて対策を取ればいいということにしておく。いや、そもそも文句を言うような立場ではないのだが。


 改めて周囲を見渡すも、ここらへんは住宅地となっているらしく並んでいるのは出てきた場所と同じような高層マンションばかりである。当然、どの方向に何があるかなどクルスが知る由もない。


 この場で唯一頼れそうな少女を見やる。

 数歩後ろに立っていたセーラは見られていることに気がつくと無言で見つめ返してきたが、これまでの経験からどうやらこの少女は自分から声をかけてくることはほぼないのだろうと把握している。


 声に出さなくても用件ぐらい分かっているだろうにと思いながら、


「ええと、道案内頼めるか?」


 そう言うと、彼女は暫く沈黙を持つ。

 一体何を考えているのか。それを表面から窺い知ることは出来なかった。もう少し慣れれば違ってくるのだろうか。


「どこへでしょうか」


 少し経過してからそう訊ね返されて、クルスは暫し考える。必要なものは多いのだが。衣食は当然としても、現状のクルスには基本的な知識もなさすぎる。一般常識に欠けているというのは生きていく上では致命的になりかねない悪点だ。


「必要なのは、食材、衣服に、本とかも……、とりあえず店が集まってる場所に案内してくれ。そこで思いついたものから仕入れていけばいいだろ」


 見知った土地ならば効率よく順路を立てたりもするが、クルスにとっては初めて訪れる場所である。散策する意味でも適当に行動する方が都合が良かった。


 セーラは赤い瞳を瞬かせる。


「そうですか。しかし私はその場所を知りません」

「……ん?」


 彼女の言葉に何を言われたのか分からないという風にクルスは首を傾げた。

 ついさっきも似たようなやり取りをしたような気がする。クルスは聞こえてきた言葉を反芻してみて、首を振った。

 きっと何かの聞き間違いだろう。そうに違いない。

 しかしそんな願望も儚く砕け散る。セーラはクルスが何を考えているのか理解する様子も無く言葉を続ける。


「私は基地内から出たことは殆どありませんので、あなたの望む道案内をすることは出来ないかと」

「……」


 クルスはゆっくりと鼻から空気を吸い込むと、口から大きく吐き出した。思わず額に手をやりながら、暫く考えて。

 少女へと視線をやる。






「お前、何のためにいるの?」

「あなたを見張るためですが」


 






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