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プラウファラウド  作者: ドアノブ
一話 独立都市アルタス
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クルス=フィア

 自分は未だゲームの中に閉じ込められているのか、それとも自分は元からこの世界の住人であり、紫城稔としての記憶は全て偽物に過ぎないのか。それは分からない。

 ただ確かなのは、周囲の状況は常に動き続け、自分はもうその中で生きているということだった。



 この状況になってから、一晩が経った。


 この部屋に閉じ込められてから随分と経つ気がする。既に朝日が山々の上へと昇っていて、部屋の窓からは白い光が差し込んできている。

 感覚的には五、六時間が経過したというところだろうか。

 部屋に時計がないので正確には分からない。つい『プラウファラウド』内の癖で視界の隅に時刻を求めてしまったりもしたが、そこには当然のように何も映ってはいなかった。


 部屋の入口を見やると、そこにはやはり兵士が一人直立していた。昨日最初にいた人形みたいな少女とも、その後〈レジス〉が寝る前まで立っていた男の兵士ともまた違う人物である。恐らくは自分が睡眠を取っている間に交代したのだろう。


 椅子に座って寝たせいか、どうにも体の節々に違和感が残っている。万能人型戦闘機を降りた後にはそんなことは無かったというのに、変な話だ。

 試しに首を捻ってみると、こきこきと骨が音をたてて鳴る。見ようがしな態度に見張りの軍人からの視線を感じたが、彼が何かを言ってくることはない。あくまで自分の仕事だけをするということだろう。

 内心で溜息を吐く。


 今の〈レジス〉に出来るのはこうして待つことだけだ。


 しかし、いい加減この状況に飽きてきていた。この状況でそんな感想が出ること自体、未だにゲーム感覚が抜けていない現れかとも思ったが、少なくとも現状はまだ危機を覚えるような事態ではないと〈レジス〉は考えている。


 ――と。


 そんな〈レジス〉の思考を誰かが読み取ったわけでもないだろうが、コンコンというノックの後に部屋の扉が開いた。


 見やると入口には二人の人影があり、〈レジス〉にはそのどちらにも見覚えがあった。


 片方はかなり歳の若い少女。

 一言で言えば綺麗な娘で、肩辺りで切り揃えられた金髪も、整った目鼻立ちにも一部の隙も無かったが、機械のような無機質な冷たさを感じさせる少女である。

 先日最初の部屋で〈レジス〉の見張りをしていた少女だった。


 もう片方は黒人の男性。

 黒いシャツの上に紺色の上着を羽織い、服の上からでも引き締まった筋肉が見て取れる大男。片手には紙袋を提げている。

 彼はこの基地に到着した際に格納庫で姿を目にしていた。〈レジス〉の思い違いでなければ、自分をこの基地まで誘導した蒼い万能人型戦闘機の搭乗者はこの男のはずだ。確か、シーモス=ドアリン中尉と名乗っていたか。


 シーモスは室内に足を踏み入れ〈レジス〉の姿を認めると、まるで気の知れた友人と会ったときのように、ひらひらと片手を上げた。


「よう、坊主。酷い顔だ。このホテルの寝心地は最悪だっただろう?」

「……お陰様で」


 〈レジス〉の返事にシーモスは人好きされそうな笑みを浮かべると、手に持っていた紙袋を放ってきた。〈レジス〉は咄嗟に体に抱え込むようにしてそれを受け止めた。想像していたよりもずっと軽い。


「そいつにさっさと着替えな。いい加減その格好は飽きただろう」


 渡された袋の中身を覗いてみると下着を含めた衣服一式が入っていた。包装されている辺り、全て新品のようだった。今言われるまで全く意識していなかったが、そういえば自分はこの基地に辿り着いてからずっとパイロットスーツ姿のままであった。『プラウファラウド』では基本的にずっとこの姿であったので、自分の服装に全く違和感を持っていなかった。


 服を取り出してみると、中に入っていた服の種類は至って普通のものだ。てっきり軍服か何かかと思っていたので、少し拍子抜けする。


「どこかに移動するのか?」

「ま、これからどうするからは移動中にでも説明するから、とりあえずは着替えろ。――クルス=フィア」

「――?」


 最後に付け加えられた聞き慣れぬ言葉に〈レジス〉は怪訝そうな表情を浮かべた。それを見たシーモスが肩を竦める。


「なんだ意外と察しが悪いな、クルスは」

「……それは俺のことを言っているのか?」


 思ったことを確かめるようにゆっくりと〈レジス〉が言葉を吐き出すと、目の前の男はぐっと親指を立ててから頷いた。


「その通りだ、クルス=フィア君。……戸籍を用意すると言われてただろう。現時点ではまだ書類上の手続きが済んでないらしいから正式には違うらしいが、お前は今後クルス=フィアという人間として生きていくことになる」

「クルス……」


 言葉でなぞるようにして、その名前を口にしてみる。


 正直な話、改名というその可能性はあるかなと〈レジス〉は考えてはいた。だから驚きはない。ただあまり実感がなかった。

 声にしてみたその名前も、舌の上から滑り落ちていくような手応えの無さを感じてしまう。


 ――まあいいか。プレイヤーネームが変更した程度に思っておけば。


 そう考えてから、


「……いいや、それじゃ駄目か」


 すぐに思い直した。


 自分に関して何が真実かも分からない今、それに引きづられるのはあまり良い兆候ではない。それに仮に紫城稔の記憶が本物だったとして、現状から抜け出す手立てが見つかる保証はない。

 現実では紫城稔が未だにゲームをしているだけで、ログアウト出来なくなっているだけだというならばそれでいい。それならば何れは電池切れなり何なりで強制的に戻されるだろう。

 しかし、ここは『プラウファラウド』の世界とは似ていながらも違うということを、既に理解している。

 現実でもなく、『プラウファラウド』でもない世界。


 ――覚悟が必要だ。


 この世界で生きるという覚悟が。


 現実世界の紫城稔でもなく、『プラウファラウド』のプレイヤーネームである〈レジス〉でもなく。

 この世界で生きる存在になる表明として。


 この瞬間から少年はクルス=フィアとなることを決意した。




 ***



 

 これからクルスは独立都市アルタスへと向かい、そこで戸籍等の手回しが終わるまでの二週間前後、軍の監視の下で生活するということらしかった。

 

 正直、すぐにでも軍属扱いされるかと思っていたクルスとしてはかなり意外ではあったが、まあ彼らには彼らの事情があるのだろう。それに短期間ながらもこの世界の一般市民の生活を知れることはクルスにとっても決して悪いことではない。

 ただの高校生でしかなかった紫城稔の記憶が大半のクルスとしては、正直軍隊のしごきというものに尻込みしていた部分もある。ただの引き延ばしに過ぎないが、心情的には余裕が持てる。


「頼みたいことがあるんだが、シーモスさん」


 それは基地を出て都市アルタスに移動しようという話の時のことだ。

 その言葉を耳にしたシーモスは、うへえと嫌悪感もあらわに薄ら寒そうに腕をさすって見せた。


「そのシーモスさん(・・)ってのは止めろてくれ。鳥肌が立っちまう。呼び捨てで良い。……んで、頼みってなんだ?」


 もう一人の同行人である少女、セーラ=シーフィールドはクルスに視線こそ向けたものの、その内容に興味を抱いたというふうではなかった。大抵の人間がそうするから、何となく自分もそうしてみた。そんな感じがする。


 一体この少女はどういう人物なのだろうかと疑問に思いつつも、クルスは言葉を続けた。


「ちょっと寄りたいところがあるんだけど」

「寄りたいところ? 言っておくが、今のお前は軍とは全く無関係の人間だからな。好きに見学なんてさせてやれないぞ?」

「あー……、格納庫なんだけどやっぱ無理かな」


 その言葉を聞いてシーモスは肩眉を上げた。


「……一応聞くが理由は何だ?」

「最後に戦友を一目しておこうかと思って」


 そうクルスが呟くと、シーモスは察したらしかった。

 困ったように視線を彷徨わせた後に、頭を掻きながら溜息を吐く。


「正直良いとは言い難いんだが……」

「だろうなあ」


 クルスは頷いた。

 格納庫には当然軍の戦力である万能人型戦闘機が存在している。所有兵器の情報はその勢力の最重要機密事項の一つである。見るだけとは言っても、無関係な人間が足を運んで良い場所ではない。


 残念ではあるが、仕方がないだろう。

 付き合いの長い機体ではあったが、クルスとして生きていくことを決意した以上、あれもまた切り捨てるべき部分なのかもしれない。


 すぐに格納庫へ足を運ぶことを諦めたクルスではあったが、問いかけられた方の黒人はそうはそうはいかなかったようだ。

 眉間に皺を寄せて悩ましげな表情を浮かべた後に、再度溜息を吐き出す。

 そして。


「――ついてこい」

「……いいのか?」


 予想外の言葉に、クルスは目を丸くした。

 シーモスは苦笑いを浮かべながら肩を竦める。


「俺も搭乗者なんでな。連れ添った相棒に別れを言いたくなるその気持ちは理解出来ちまうんだよ」


 そうクルスに言ってから、脇に立つセーラに視線を向ける。


「セーラ、別に構わないだろ?」


 金髪の少女は感情など持ち合わせていないかのように眉根一つ動かさずにクルスを見つめ、訊ねた。


「その行動に、何か意味はあるのですか?」


 その硝子玉のような瞳を見ながら、クルスは考える。

 彼女の言うように理屈で語れるような意味などない。あくまでこれは心情的なものだった。


 彼女の質問に答えたのはクルスではなく、シーモスであった。

 クルスの肩に腕を回してぐいっと引っ張る。とても出会ってから一日と経っていない相手に対する行動ではないとクルスは思ってしまうのだが、これは日本人的な感覚に引きずられているからなのだろうか。


「馬鹿セーラ、こういうのは理屈じゃねえんだよ。男ってのは女よりもセンチメンタルなもんなんだ」


 セーラはその答えを肯定も否定もせず、ただ一つ小さく頷いた。


「そうですか」


 それだけ言って、彼女はもう言葉を持たないとでもいうように口を閉ざした。

 

 一体この少女は何なのだろうか。  

 ただ作業的に、必要なことを必要なだけ口にしただけ。そこには個人的な感情も、考えも見えない。今時の人工知能ですらもう少し暖かみのある対応をするものだ。


 クルスはその姿をただ見やることしか出来ない。

 しかしシーモスは慣れているようで、特に気にした様子も見せなかった。それだけでこの少女が普段からこうなのだと察せられる。


「じゃあ許可も取れたことだし、さっさといくかね。お前さんの戦友の場所にな」


 そう言ってシーモスは、ぱんとクルスの肩を軽く叩いてくる。


 さっきのやり取りで許可を得られたのだろうか。

 クルスには分からなかったが、問題をわざわざ掘り返すのも面倒なので大人しく歩き出したシーモスの後へと足を歩かせた。




***




 シーモスに先導されながら敷地内を歩いていく。

 白塗りの無機質な壁と通路。この建物全体が、あまり暖かみの感じられない空間だった。まるで病院のようだと思う。

 途中で擦れ違う軍服を着た人間達はみな一様に、私服姿のクルス達を見ると怪訝そうな表情を作っていた。しかし彼らは最後尾につく金髪の少女に気がつくと、まるで嫌なものを見たかのようにそそくさと目を逸らして立ち去っていく。それがクルスには不思議に映った。



 誰にも話しかけられることなく目的の格納庫に辿り着くと、意外にもすぐにクルスは自分の愛機の姿を見つけることが出来た。他の蒼色の機体の周囲には多数の整備服を着た人間達が張り付き声を上げていたが、半壊したその機体の周りには誰の姿もない。まるで忘れ去られているかのようだ。



 セーラとシーモスに挟まれながらその足下まで近づくと、その巨体を見上げる。


〈リュビームイ〉


 ゲーム『プラウファラウド』のプレイヤー〈レジス〉と共に幾千もの戦場を渡り歩いてきた、最速の万能人型戦闘機。

 ただ勝つことだけを考えて生み出されたその機体は昨日の姿のままにそこに佇んでいた。

 半ばまで潰れた右腕に、砕け歪んだ複合装甲。エアブレーキ用の抵抗尾翼も大きく欠け、間接から見える内部フレームはひび割れている。

 改めて見て思い知る。 

 この機体は既に己の役目を果たし終えて、朽ち果てたのだと。


 こうして見ていると、勢力内のトップランクになるまでの記憶が次々と思い起こされてくる。感傷的な気分になっていることをはっきりと自覚しつつも、クルスは暫くそのままに身を浸した。所詮は仮想現実の出来事。今ではその記憶が定かかどうかも分からない。

 それでもクルスの胸中に浮かび上がるこの気持ちは本物だ。



 時間にしてどれほどだろうか。


 クルスには十秒にも百分にも感じられた時間の後に、クルスは凝り固まった力を抜くように大きく伸びをした。


 それが一つの節目だと分かったのだろう。

 隣に立っていたシーモスが視線を向けてくる。


「もういいのか?」


 そこには自分より年下の子供を労るような感情が見え隠れてしていて、クルスはここで初めて、この黒人が良い奴なのだなと気がついた。

 こちらを気遣ってくるシーモスに、クルスは笑って対応する。


「ああ、充分だ。正直、もう機体が無くなってる可能性も考えてたから、こうして顔合わせ出来ただけでも御の字だ。……無理言って悪かったな」

「――そうかい。それならよかった」


 そうしてから、クルスはセーラにも目配わせをする。


「セーラもありがとうな」


 金髪の少女は何を言われたのか分からなかった風で、じっとクルスを見やりながらほんの僅かに首を傾げた。


「なにがでしょうか?」

「セーラがここに来るのを許可してくれたお陰で、俺は最後にこいつと会えた。礼を言うのは当然だろう」


 正確には許可をしていない気はするのだが、格納庫へ訪れることを制止しなかったという意味では同義だろう。


 セーラはやはり眉根一つ動かさずにじっとその無機質な瞳でクルスを見つめた後に、


「そうですか」


 ただそれだけ口にした。


 感情の揺らぎを一切感じさせない少女のその様子を見て、何を考えているんだか本当に分からないな、とクルスは内心で思う。


 まあともかくも、用事も済み本来の予定通りに都市へと向かうかとシーモスが話を切り出した瞬間のことである。




「おい、そこのガキ共!」




 そんな大声が格納庫に響き渡った。


区切りの良いところで分割したら、前話よりも更に短くなってしまった……

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