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プラウファラウド  作者: ドアノブ
プロローグ
1/93

青の狭間で

 

 青と青の狭間。

 視界には空と海に挟まれることによって生じた境界線が一直線に伸びきっていた。

 海の果てで伸びる水平線は決して真っ直ぐなどではなく、この世界が丸みを帯びた球体上の惑星だと言うことを教えてくれている。

 ゆらゆらと静かに凪ぐ海面は、空から注がれる強い日差しを反射して白く眩い輝きを放っている。

 水平線までの距離は約十七キロメートル。現在の速度を維持していれば大体百秒後には到達してる計算になる。

 モニター上の表示は現在自分が秒速百六十六メートル(時速約六百キロメートル)で移動していることを示しているのだが、如何せん海の上では目印となるものが一切無いため、その実感が湧きづらい。行けども行けども視界に映るのは青に染まった世界だけだった。


 戦闘領域:大海洋上空域


 この戦場の設定範囲は約百キロメートルを誇る広域戦闘領域であり、この世界で生きるプレイヤー達の間では自分の位置を見失い迷子になることで有名な問題面でもあった。また空対空格闘戦の最中に空間識失調(バーティゴ)に陥り、墜落を起こすプレイヤーも後を絶たないという、開発者の正気を疑いたくなる戦闘領域である。


「あと十五でCに到達するぞ。こっちのレーダーに反応無し」


 このステージではまず敵機の探索から始まることになる。

 現実世界の航空戦よろしく、戦闘というものは先に相手を見つけた方が圧倒的に優位に立つ。理想的なのは相手より先に見つけ、一方的に撃墜する、所謂ファーストルック、ファーストキルである。かつて現実世界で星条旗を掲げる国が誇った怪物戦闘機の触れ込みと同様、相手に何もさせずに終わらすことが出来ればそれが最強である。

 

 プレイヤーネーム〈レジス〉の操る機体〈リュビームイ〉も現在はそれを意識した構成になっている。


 海上を高速で滑空する、全長八メートルを誇る鉄の巨人。

 それがこのゲーム『プラウファラウド』の主役とも言える万能人型戦闘機の姿だった。


 〈リュビームイ〉は機体の視認性を下げるためにこの大海洋領域が戦闘領域に決まった際に、濃い藍色の洋上迷彩へと塗り替えてある。装甲も強度を犠牲に電波吸収素材へと変更し、また背部には早期探知用の複合感覚器を搭載させている。


 視界上に次から次へと表示されていく情報と数字に目をやりながら訝しむ。


「Cには到達した、けど」


 敵影が無いなと、〈レジス〉は言葉を漏らした。


 一度機体の速度を落として周囲を目視にて探索することを決めて〈レジス〉は背部ブースターユニットの出力を低下させる。


「……回り込んでるのか?」


 〈レジス〉がCと呼称するその地点は、ここ大海洋領域において最も敵機との接触が起こりやすい地点である。

 対戦ゲームである以上、やはり勝つためのセオリーというものはどうしても存在する。そして上位プレイヤーであればあるほど、それを無視するのは忌避する傾向にある。理由は単純明快で、勝率が下がるからだ。

 その裏を掻いた奇策という線も無いわけではないが、基本的に遮蔽物の存在しないこの戦場ではそういった行為は通用し辛い。相手が定石をわざわざ外してくるとは考えづらい。


 どうするべきかと逡巡する。

 相手に逆探知されるのを覚悟の上で複合感覚器を動作(アクティブ)に切り替えるか。

 そう思考を巡らせた瞬間――


「――っ!」


 機体の脅威度を指し示す数値が跳ね上がった。


「ち、ロックオンされてる!」


 真っ赤に染め上がったそれを見て今の事態を一瞬で理解する。

 緩めていた機体の速度を一気に跳ね上げる。急加速によってエネルギー残量が目に見えて減っていったが、撃墜されるよりは遙かにマシだ。


 青白い炎を吐き出しながら海面を裂きつつ移動する〈リュビームイ〉。

 その背後を上空から襲いかかってきたのは、二発の空対空ミサイル弾頭である。

 完全にこちらを補足しているらしく、上から落ちてきた二発のミサイルは海面に直撃する直前で方向転換を行い、洋上を滑るように移動する〈リュビームイ〉の尻目掛けて突撃してくる。


「くっそ! ああ、もったいねええええ!」


 このままではでは回避しきれないことを悟って〈レジス〉は攪乱幕(フレア)を作動させる。

 攪乱幕は一種のミサイルを誤認させるための防御兵装で、作動と同時に機体と同程度の熱量を持った大量の(デコイ)を周囲に撒き散らすことによってミサイルの標的を狂わせるものである。

 発動タイミングを誤らなければほぼ確実にミサイルを無力化出来るという、対ミサイル装備としては優れた装備だった。

 ただし欠点としてゲーム内通貨による弾単価が非常に高い上に、一度の出撃に持って行ける搭載数が非常に少ない。

 特に今回の大海洋上戦域では長射程高火力自動誘導のミサイルは主力兵器になりやすいため、攪乱幕の使用は出来る限り温存したいところであった。


 背後を追尾してきていたミサイルは灰煙とともに射出された大量の攪乱幕によって本来の標的を見失い、囮に引き寄せられて逸れていく。そうして暫く宙を彷徨った後に起爆した。


 爆風で機体が揺れるのを抑えながら、幸先が悪いなと舌を打つ。

 貴重な防御兵装を会敵そうそうに費やす羽目になったのは、後半になればなるほど重くのしかかることになる。そのことを〈レジス〉はよく知っていた。


 しかし後悔だけをしてはいられない。

 貴重な防御兵装の弾を費やして凌いだ機会なのだから無駄にするわけにはいかなかった。


 操縦棒を引き倒して海上ぎりぎりを滑空していた〈リュビームイ〉を上空へと舞い上がらせる。


 センサーは未だ敵機を捉えていない。どうやら相手は余程高性能なステルス装備を施してきたらしい。

 しかし、先程飛んできたミサイル弾頭が短射程の中型弾だったということは確認している。相手は間違いなくこの空域に存在しているはず。

 追撃が来ないのは、こちらが相手を探っているのが分かっているからだ。

 下手な手を打てば、隠密という最大のアドバンテージを失うことになることを相手も理解している。


 こちらが迂闊に隙を晒すか、相手が動くか。

 こうなれば後は我慢比べである。


 ミサイルが飛んできた方角から射出地点を予測し、センサーだけではなく己の目をも駆使して蒼穹を観察する。


 上は雲一つ無い青空だ。

 目に痛くなるほどの白い光を放つ太陽が海洋を照らしている。

 海。空。太陽。

 それが全てにしか思えない空間。

 このどこかに、自分の喉元を狙う狩人が潜んでいる。

 無限に切り開かれた広大な青の中において、まるで檻に閉じ込められているような錯覚に陥る。


 ここは全てVR技術によって電子上に再現された仮想空間でしかない。

 しかし、姿も、音も、匂いも、空気すらも再現したこの空間と、現実にどれほどの差があるというのか。

 ここは作られた空間であり。

 しかし、今の〈レジス〉にとっては間違いなく現実の戦場だった。

――

 過敏とまで言えるほどに神経を研ぎ澄ませた〈レジス〉は、ほんの一瞬、視界の端で空間が歪んだのを見逃しはしなかった。


「――見つけた!」


 先程のお返しとばかりに腰部に取り付けられた小型ミサイル弾頭を発射する。

 

 白い尾を引いて突き進むそれは相手をロックしていなかったため、ただ直進するだけの無誘導弾に過ぎない。


 相手もそれを理解しているからか、行ったのは最小限の回避動作のみ。大きな動きを晒して隠密生を下げるような下手な真似はしなかった。一瞬だけ見つけていた敵の姿は、再び消えるようにして空に溶けてしまっている。

 焦らず今持つ優位を保つために徹底して行動する、勝つことが至上とする上位プレイヤーらしい判断。


 しかし今回はそれが仇となった。


 ミサイル弾頭の中には近接信管と呼ばれる種類のものが存在する。

 

 VTF弾頭とも呼ばれるそれは、ミサイル本体を直接当てることを目的とするのではなく、目標付近で自爆させることによって破片を飛び散らせ、それによって対象に損害を与えるという兵器である。


 たった今〈リュビームイ〉から放たれた四発のミサイルがまさにそれであった。


 本来であれば弾頭に内蔵されたセンサー機器によって自動的に爆発する仕組みなのだが、今回は目測で放ったに過ぎないので爆破は遠隔操作による手動入力となる。それにより飛び散る破片も指向性を持たず、その威力は想定されていた数値の半分にも満たないものでしかない。


 それでも今回の相手には充分だと〈レジス〉は判断した。


 現実では戦闘機などの軽装甲目標相手にしか用いられることのない近接信管ではあるが(それも斥力力場の登場により衰退してしまっている)、どんなに現実と見間違いそうになろうともこの世界は開発者によって創造されたゲームの世界である。

 相手が万能人型戦闘機であろうとも、ある程度の効果は認められる。

 さらにこのゲームはステルス性能の高い装甲素材は耐久値を下げることによってバランスを取っているので、今相手取っている敵機体はいわゆる紙装甲(著しく装甲の薄い機体のことをプレイヤー間ではこう呼ぶ)だと〈レジス〉は確信していた。


 海と空の狭間。

 起爆信号を受け取った弾頭が宙で自爆した。

 雷鳴の如く響く轟音と同時、青色の空間に黒煙と共に赤い爆炎が散る。


 その結果を確認するよりも早く、〈レジス〉は〈リュビームイ〉を空へ向かって飛翔させる。ハーネスに締め付けられた胴体が強烈な圧迫感を訴えてくるが、軽量機乗りがその程度で動きを止めていては話にならない。


 宙空に立ちこめる黒煙中から、身体に纏わり付く黒煙を引き摺るようにして一機の万能人型戦闘機が姿を現した。


 〈リュビームイ〉と同じく細身の巨人。先見必殺を重視して組み上げられた高機動軽量型の万能人型戦闘機である。


 注目すべきはその装甲の表面だろう。


 近接信管の爆風によって各所に損傷を負ったその機体は、まるでラグでも発生しているかのように、ノイズを走らせながら細かな点滅を繰り返していた。


「はぁん、やっぱり光学迷彩を搭載してたか」


 明確に相手を視界に納めた〈レジス〉は口の端を釣り上げる。


 光学迷彩は機体表面に周囲の光景と同じものを投影し視認性を著しく下げる兵装である。これを使うと目視ではほぼ確認不可能になり、更に高性能な電子ステルスと併用することで発見がほぼ不可能にもなると言われている強力な兵装である。


 例え重装甲であろうとも使用兵器の威力とその当たり所によっては一発で撃墜死することも珍しくないこのゲームでは、非常に凶悪な装備だといえるだろう。光学迷彩と電子ステルスの組み合わせは対策を出来ていない相手には一方的に勝つことも出来るためプレイヤー間で嫌われている。

 しかしそれだけでもなく、その装備が広く普及しないのは明確な弱みがあるからでもあった。


 敵機体を完全に捕らえ、サーバー上に存在する情報を検索する。プレイヤー名、機体IDが一致して〈レジス〉は気炎を吐き出した。


「大当たりだ! 〈デルタ〉のランク三位を確認! この戦場で勝てば〈シータ〉のポイントがトップになるぜ!」


 獰猛な肉食獣の如く、敵機目掛けて〈リュビームイ〉が襲いかかる。

 

 すぐさま相手から迎撃の為に残されていたミサイルが一斉に発射されてきたが、先程とは状況が違う。

 一度目の時のように、相手の位置を確認出来ていない状況からの不意打ちでは貴重な攪乱幕を使わざる得なかったが、今は相手をほぼ真っ正面に捉えている。お互いに視認可能距離においての有視界戦闘は〈レジス〉が最も好む展開である。

 

 相対的な速度も加わり、凄まじい勢いで距離の詰まっていく誘導弾頭。


 レジスの操作に従って〈リュビームイ〉が右腕に装備した対万能人型戦闘機突撃銃を構える。


 狙う先は正面。


 一瞬に満たない間の後、無数の弾丸が放たれた。

 フルオートで発射された高速弾が突撃してくるミサイル群を次々と破砕していく。目の前に迫るミサイルの弾数は十四発。それらが命中するまでの時間は二秒と残されていないはずだった。

 その僅かな合間。

 〈レジス〉はその全てを逃すこと無く視界内に納め、右腕に構えた突撃銃で機械的に撃ち抜いていく。

 如何なる状況でも慌てず、恐れず、惑わず、ただ流れ作業のように最善手を指す。

 

 補足するならば。

 火器管制機構(FCS)によるゲームシステムアシストを利用した操作ではこうはいかない。弾丸によって迫り来る誘導弾を目測撃ちによって一瞬のうちに撃ち落としているのは、紛れもなく〈レジス〉のプレイヤーとしての腕前だった。


 速度を一度も緩めることもなく加速し続けた〈リュビームイ〉はあっという間に彼我の距離を消し去った。


 もともと〈リュビームイ〉は現在装備している対万能人型戦闘機突撃銃の他には近接信管型ミサイルが六発と、両腕に内蔵された特殊機関砲、弾数僅か三十発のみしか搭載していない。

 極限まで装備を省き機体を軽くした〈リュビームイ〉は、搭載した高出力ブースターも相まってゲーム中でも最速に近い速度を得ている。その速度を活かした間合いの取り合いは得意領分だった。


 しかし相手もこの世界に骨の髄まで入り浸った上位プレイヤー。そこで選んだ選択肢に無駄などありえない。

 先程無駄とも思えるような勢いでミサイルを撃ちきった結果、その機体は極限まで軽くなっている。誘導弾による弾幕迎撃は所詮はついでに過ぎず、本命はこれから訪れるであろう空対空格闘戦に備えることだった。


 その右手には銃身を切り詰めることによって取り回し性能を上げた短射程型のサブマシンガンが握られている。弾頭重量は重く貫通力も低いが、総弾数と連射力には優れている。装甲の薄い〈リュビームイ〉には十分有効な武装だ。


 縮まっていくその距離は残り僅か三百。


 音速を超す速度でも移動可能な万能人型戦闘機にとっては無いも同然の距離。


 現実には無い、電子上の世界。

 空と海。二つの青に囲まれた偽装空間で二機の巨人が高速で交差する。

 

 強い光を放つ日の下で、二人の巨人による舞踏会が始まった。


 腕を伸ばし、火線を集中させ。

 時に離れ、時に重なり合いながら、前へ後ろへ、光をたなびかせながら巨人が空を舞う。青しかないこの空間はこの瞬間、この二機のためだけに用意された舞台会場となった。

 

 機体を操る〈レジス〉の視界が目まぐるしく入れ替わる。

 空が下に、海が上に。

 重力という頸木から解き放たれたプレイヤー達にとって、上下など最早意味は無い。遠心力に身体を引きづられながら、敵機を出来る限り視界に納め砲撃を加えていく。

 呼吸が荒くなる。

 勝つか負けるかの瀬戸際。〈レジス〉は己の心が湧き踊るのを抑えることが出来なかった。

 機動性重視の軽量型同士による空対空格闘戦。

 それは操作技術が複雑怪奇ないこのゲームにおいて、最も敷居の高い戦闘模様である。

 

 当時、このゲームのCMにも使われた白と黒の二機による高機動戦闘の光景に、プレイヤーの誰もが目を奪われた。その自由な姿に憧れた。


 あのCMのコンテを切った人物は慧眼の持ち主だったと言わざる得ない。あのCMを見てこのゲーム購入に踏み切ったプレイヤーは、相当数に昇ったはずだ。


 しかしその壁はあまりにも厳しかった。

 ライトユーザーを突き放すかのような機体操作性の複雑さに、擬似的に再現された強烈な重力加速。その過酷さを目の当たりにして殆どのプレイヤーが挫折する。さらにはCMにも使われていた光景を再現するためには、初心者救済用の簡易操作を切る必要があった。

 その事実に多くのプレイヤーが夢見た光景を諦めた。

 多くの人間にとって、機体の推進ノズルの偏向操作すら自分で行うというのは、あまりにも酷な要求である。機体の操作に集中すれば攻め手が疎かになり、並行しようとすれば墜落する。

 数多のゲーマーをもってして「無理ゲー」と言わしめた悪魔の所業である。


 それでも諦めきれなかった者達だけが至れた境地。

 ゲーム内でも決して優遇されているとは言えない軽量機を執拗なまでに操り続け、いつの日かに見た光景に憧れた者達がついに再現するに至った空対空高機動格闘戦。


 何処までも広がる青の狭間を巨人達は自由に飛び回る。

 その一瞬一瞬が判断と決断の連続。寸分たりとも思考を休める暇は無い。集中を途切れさせれば、相手によって打ち砕かれるか、或いは海に激突するか。


 心臓が動悸する。

 楽しい。

 いつまでも続けば良いと、そんなことすら思う。


「……ははっ」

 

 開いた口から笑い声が漏れる。

 相手のプレイヤーも笑っているという確信が〈レジス〉にはあった。

 求めていた戦場が今この場にあるのだ。嬉しくないわけがない。

 

 これで何度目か。敵機と擦れ違った瞬間、〈リュビームイ〉の脚部のブースターのみを稼働させて宙でぐるりと反転する。相手の背中を目掛けて突撃銃を斉射するものの、相手は予想していたように真下に向かって加速する。


 昔のゲームに空が狭いという台詞があった。


 そんなことはない。


 空は何処までも広く、自分は自由だった。


 彼我の距離が離れた隙にまだ弾の残っていた弾倉を海面へ捨て、新しいものと入れ替える。

 それも大した時間では無い。

 次の瞬間には相手が間近に迫り、二機の巨人は触れ合うほどの距離で火線を交じり合わせる。離れては寄り添うその姿は、遠くから見る者がいれば燕の番のようにも見えたかも知れない。


 蒼穹の下で繰り広げられる、幻想的とも言える光景。

 戦いの趨勢は〈レジス〉優位に進んでいた。

 二人のプレイヤーの腕には殆ど差は無かったが、機体構成の違いが如実に表れてきた結果と言える。

 

 敵機が装備していた光学迷彩はゲーム中最高の不可視認性を与えるが、反面で装甲がかなり脆弱なものになってしまう。加えて相手の機体には電子対策のために装甲素材も電波吸収に秀でたものを用いている。

 特化装備とも言われるその二つの組み合わせは、最高のステルス性能と最低の防御力を併せ持つ諸刃の剣だ。

 

 だからこそ指向性を失って破壊力が半減していた近接信管でも充分な損害を貰い、さらには重火器を積んでいない〈リュビームイ〉の兵装でも容赦なく機体を削られていっている。


 決着がつくのはそう遠い先ではない。 


 名残惜しい気持ちが無いわけではなかったが〈レジス〉もこのゲームの最前線で戦い続けるプレイヤーだ。快楽に身を任せて目の前にある勝ちを逃すつもりなどなかった。


 これで終わりだろうと、突撃銃の照準を相手に定めて加速する。


 二機の巨人が交差しかかった瞬間。

 〈リュビームイ〉の背部に搭載した複合感覚器が二つの反応を察知する。


 その距離は二千。


 いちいち頭で考えたりはしない。

 思考よりも先に、淀みなく手が動いてる。


 ――選択。決定。


 次の瞬間には〈リュビームイ〉からは大量の攪乱幕が射出される。同時に機体を下方へと移動。高度計の数値が猛烈な勢いで下降していく。

 後一秒遅ければというところで、機体を水平に傾けた。強引な起動に機体各所から文句が飛んでくるが、全て無視する。


 次の瞬間、数秒前までいた付近で巨大な爆発が巻き起こる。


 爆風で辺り一帯の海面が荒れ狂い、上方から押しかかってくる衝撃に〈リュビームイ〉が震える。

 

「良いタイミングでくるじゃないの」


 つい下唇を噛みながら呟く。


 長距離誘導弾による視界外からの遠距離攻撃。

 それが先程の反応の正体だ。


 万能人型戦闘機に搭乗して他のプレイヤーと戦うこのゲームは、決して一対一の決闘を気取る紳士然とした対戦ゲームではない。こうして同じ相手と交戦し続けると忘れそうになるが、このゲームの真髄は複数他複数の大規模戦闘にある。

 最も規模の大きいものになると六十対六十というセンサーが誘導弾表示で埋め尽くされるような戦場も存在するし、かつては運営の用意したボスユニットに対してプレイヤー二百機で対抗するような戦場も存在したこともある。


 今回の戦場設定は、二対二のペアバトルであった。


 先程襲いかかってきた長距離誘導弾は、長射程高誘導高火力を兼ね備えるゲーム屈指の高性能兵器である。さらには弾頭自体の装甲が厚く中口径の弾丸は弾く上に、内部感覚器の識別性能が高く、多少の攪乱幕程度では誤魔化せずにしっかりと目標を追尾してくる。そのため〈レジス〉は先程惜しみなく攪乱幕を散布したわけだが、それが幸を成した。

 装甲の薄い〈リュビームイ〉では直撃しなくとも爆発に巻き込まれれば撃墜は免れなかっただろう。代償として全ての攪乱幕を使い切ってしまうことになったが、必要なことだった。


 次々と表示される機体の不調を訴える数字を視界に収めていきながら〈レジス〉は不敵に笑う。


 無類の性能を誇る長距離誘導弾ではあるが、欠点も当然ある。一つは兵装重量が非常に重いため、必然的に機体が限られること。もう一つが総弾数が僅か四発しかないということ。そして、次弾装填までに時間がかかるということだ。


 そして何よりもの朗報。

 既に長距離から攻撃を仕掛けてきた二機目の敵機体は補足していた。

 視認は出来なくとも、背部に積んだ高性能複合感覚がしっかりと座標を捉えている。その距離は七千。戦闘領域ぎりぎりのあたりで待ち構えている。


 いかに〈リュビームイ〉が足の速い軽量機だとしても、そこに辿り着くまでには間違いなく次弾の装填は終了しているだろう距離。そして、攪乱幕の尽きた〈リュビームイ〉は次こそ撃墜されることになるだろう。

 加えて。


「さすが」


 〈リュビームイ〉の目の前に立ち塞がるようにして、各所から火花を散らす軽量機が現れる。先程の爆風でトドメを刺されるのか、光化学迷彩は最早完全に機能を停止していた。

 遠方にいる僚機を守りさえすれば勝ちを拾えると知っているからだろう。今から〈リュビームイ〉を全力で走らせても間に合う状況ではないが、最悪を想定して予防線を張るのは見事の一言に尽きる。


 しかし。


「――こんなにお膳立てしてやったんだ。しくじるなよ?」


 忘れてはならない。


 この戦場は二対二。


 この海域には、鉄の巨人は四体いる。





Да(ダー)(了解)』






 通信機から異国の言葉が返ってくる。

 それは〈レジス〉の相棒の癖だった。感情が昂ぶったときや、そうでなくとも時々無意識に父親の母国語を発してしまっているのだ。


 戦闘領域:大海洋領域。


 それは無数に存在する戦闘領域の中でも、五指に入る広域を持つ広範囲戦場。


 軽量級の万能人型戦闘機がエネルギー負荷を度外視して移動したとしても端から端まで三百秒を必要とする、対戦ゲームとしては疑問を抱かざる得ない広さを持つその海上を。














 一条の紫電が駆け抜けた。













 空に浮かぶ太陽の光が霞むほどの眩い閃光。

 次の時には〈リュビームイ〉の行く手を阻んでいた敵機の胴体部分が赤銅色に溶解していた。


 それは例えるならば、炎に炙られた白蝋燭を思い浮かばさせられる光景だった。


один(アジン)(一機目)』


 強度よりも隠密性を優先したステルス素材とはいえまかりなりにも兵器の装甲を構成していた複合板が一瞬で赤熱し、辺り一面に朱色の液体となって飛び散っていく。

 弾丸の背後に撒き散らされた放電現象と赤熱した金属が落下した事により、当たりの海水が蒸発して白い湯気を吐き散らす。

 つい周囲の温度を示す数字に目をやれば、外気温度は一瞬にして百七十度を超えていた。生身ではとても耐えられない温度である。






 超長距離狙撃兵器レールガン=グングニル。


 火薬とは異なる電磁加速方式によって打ち出されるその兵器の弾丸はゲーム内速度においてマッハ七を超過する、掛け値無しの殺戮兵器である。


 ゲーム中最長射程と最高弾速、そして最高の貫通力。


 様々な性能を犠牲にすることによって体現されるその光の筋は、敵の一機を貫いた程度で満足する代物ではない。


 大海洋領域の端から解き放たれた雷を纏った駿馬は間にいた障害を射貫いてもその足を止めることなく、さらにはその延長線上にいた重装甲型万能人型戦闘機をも容赦なく一撃の下に貫いた。


два(ドゥヴァー)(二機目)』


 複合感覚器が捉えていた敵機の反応がモニターから消失すると同時、氷のように底冷えのする声が通信機から漏れてくる。


 最初の頃はこの声を耳元の通信機から聞くたびに死神に取り憑かれているような気分になったものだが、今ではすっかり慣れてしまった。心地よさを感じるくらいである。


「リュド、お前さっきから日本語喋ってないぞ」


 視界に《敵機殲滅終了》の勝利報告が出ているのを眺めながら、苦笑しつつ教えてやる。


ы(ゥイ)!? ――え、うそっ!? 私今ロシア語口にしてた!?』


 すると先程の凍てついた声とはまるで違う声が操縦席内に響き渡った。

 まるで猫が飛び跳ねるような雰囲気を感じさせるその声からは、さっきまでの氷のように冷えた声を発していた人物と同一とはとても思えなかった。


「むっちゃしてたな。ダー、アジン、デゥバー。何度も聞きすぎて、もういい加減覚えちまったぞ」

『えーあーうー……。……今の無しっ! そ、それ、恥ずかしいから止めて!』


 姿は見えなくとも顔を羞恥に染めている相棒の顔が目に浮かぶ。狼狽する声に温かいものを感じながら〈レジス〉は肩を竦めて呟いた。


「ダー」


 だからやーめーてー! と通信機の奥から悲痛な声が聞こえてくるのを〈レジス〉は目の前に広がる空と海の狭間を眺めながら、笑って聞き流した。






 

ロシア語の発音をルビにしておきたかったんですけど無理みたいですね。

一応残してあるけど邪魔そうだったら消すかも知れません。

読者の方の情報提供によりルビが振れました。ありがとうございます。

(14/06/02)

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