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お花屋さん ー春ー  作者: ニケ
8/21

カキツバタ ~幸運が必ず来る~

ドキドキしながら渡された削り節の袋を呆然と見ていた。西森の頭の中をおかかの作り方が走馬灯のように駆け巡っている。速水はさっさと車を運転して仕事へと行ってしまった。完全に置いていかれている。自分はこんなにも舞い上がって心臓の鼓動が激しいのに。涼しい顔をしていた速水が憎たらしい。おかかなんて作るもんかと思いながらも、作って持っていったらどんな顔をするのだろうとわくわくする自分もいて西森はため息をつく。速水に振り回されているようだ。とりあえず削り節を後ろの箱に閉まって自転車に乗った。


明日の花籠は初めて見つけた旅館の近くの花たちで作ろう。近いので明日の朝に摘みに行けばいい。時間ができたので行ったことのない場所へ探索に行って、速水から言われたおかかでも作ってみるかと自転車のペダルに足をかけた。


「こんなもの!!」


小さい男の子の声がしてぐしゃっとした音がする。次にやめなさい!!という年配の女の声がしてどうしたのだろうと声がする方へ視線を向けた。西森の前に今日作って見てもらった花籠が無惨にも壊れて散らばっている。見間違いだろうか。そう思って目を凝らしても花籠は壊れていた。次々と花籠が投げ捨てられ壊れていく。西森は何もできず呆然と見送っていた。年配の女の悲痛な叫びが聞こえてくる。旅館の入り口から勢いよく飛び出して壊れた花籠を踏みつけている小さな体を見つけた。女将がその子供を必死で抱き止めて落ち着かせようとしている。それでも子供は暴れて女将の腕から逃れようとする。西森は思わず駆け寄った。


「どうしたんですか!?こら!!大人しくしろ!!どうしたんだ!!」


子供が暴れると思った以上に力がある。女将や年配の女の力ではなかなか大変だろう。西森は子供の肩を両手で押さえながら視線を合わせるように自分の方へと向かせた。子供は苛立った激しい目をしていた。憎悪。この小さな目からすぐに感じ取って西森は驚く。ますます心配になって、どうしたのか強く聞いた。子供は抵抗して視線を外そうとする。拒絶しているのだなと感じた。なんとか落ち着いてほしい。強く掴んだ肩をなるべく優しく撫でる。そっぽ向く子供は心を閉ざしているかのようだった。きっと理由がある。西森は根気強く子供に尋ねようとした瞬間、後ろから激しい大きな音が聞こえる。厳しくてどこか冷たい音に西森も子供もびくっと体を震わせた。子供は怯えたように西森の後ろを見ていた。


「お前は。。。何度言ったらわかるんだ。何回、私たちに恥をかかせたら気が済むんだ。やはり。。ここに奉公に出すことを決めて正解だったな。きちんと躾をしてもらえ」


立派な服装に貫禄のある男が西森と子供を見下ろしていた。子供は震えて悲しそうに涙を堪えている。あまりにも悲痛で思わず西森は子供を男から庇うように抱き締めた。周りは驚いている。男と西森の視線が合う。なぜかムッとして睨み返した。男は少し驚いたようで目を細める。冷たい緊迫した空気が漂ってくる。しんと静まり返った中、沈黙を破ったのは男を呼ぶ電話の音だった。男は何事もなかったかのように電話に出て穏やかに話している。


「さあ、雅也くん。お父さんとお母さんをお見送りして」


はっとした女将が西森と子供に近寄ってきた。何か事情がありそうだが、ここは大人しくしておこうと西森は思う。この子供は旅館に預けられるようだ。年配の女の人は悲しそうな寂しそうな目で子供の頭を撫でている。


「ごめんなさいね」


震える声でかろうじてそう呟いた。子供は苦しそうな顔をして背けていた。旅館の前には立派な黒張りの車が二台並んでいて疎い西森でもこの車が高級車だとわかる。服装や出で立ちからとても社会的地位が高い人物なのだなと思った。去っていく両親の後ろ姿に子供はぎゅっと西森の手を握ってくる。驚きながらもさりげなくその小さな手を握り返した。


「では、よろしくお願いいたします。またご連絡差し上げますので。愚かな息子ですが、どうか鍛え直してください。ではまた」


車の窓越しに丁寧な挨拶をして窓を閉める。女将は頭を下げたので西森も下げた。黒の車は音も静かに遠くなっていく。丁寧な挨拶の割りには冷たい声だったな。もう見えなくなった車をぼんやりと見る。子供は震えて下を向いていたが急に西森の手を振り払って駆けていく。女将が慌てて後を追おうとした。


「女将!!すみません!!部屋がボロボロで大変なことになってて。。すぐ来てください!!」


仲居が取り乱したように女将を旅館の中から呼んでいる。女将は悲しそうな顔になって子供と旅館の両方を交互に見ている。迷っているようだ。西森は自転車に飛び乗って頷く。女将はほっとしたような優しい目で西森を見た。自転車で子供を呼びながらいつもの丘を回った。


駆け出していった方は確かこの辺りだった気がする。辺りを見回しながら子供の姿を探した。見渡す限り花畑の中、ぽっかりと花がない部分がある。不思議に思って近づいてみるとそこだけ花が摘まれて壊されている。きっと駆けていった子供、雅也の仕業だろう。近くにいるのだろうか。よく見てみると遠くを小さな体が速いスピードで動いているのが見えた。西森はすぐさま自転車のペダルを強くこいだ。近づいてくる西森に雅也は気づいたらしい。摘んだ花をこちらに投げながら何かを叫んでいる。


来るな!あっちへ行け!


徐々にその声は近くなってきた。拒絶して敵意をむき出しにする雅也が痛々しく放ってはおけない。ある程度近づき自転車を投げ出し雅也に飛びつく。やっと捕まえることができた。西森の腕の中で外に出ようともがいている。強く抱き締めながら必死に語りかける。女将はとても心配していたし、旅館に預けられるのなら戻った方がいい。


「捕まえた!!さあ、帰ろう。みんな心配しているよ。旅館に泊まるんだろ?送っていくから」


激しく抵抗している。それは何かに怯えているようで西森はこの小さな体と心で必死に何かを抱えている雅也が安心するようにさらに強く抱き締める。あの高圧的な男は父親だろうか。見下ろすような冷たい目を思い出し西森は少し身震いをした。


何も言わず雅也を抱き締める。激しい抵抗がすこしずつ収まってきて、震えが伝わってきた。どこか痛いのだろうか。心配になってそっと顔を覗き込む。雅也は泣いていた。不安そうな怯えた目で西森を見上げている。堪らなくなって西森はもう一度強く抱き締める。もう大丈夫だと伝わるだろうか。西森は自分が愛情表現が上手な方ではないし子供の相手をしたこともあまりない。でも、精一杯この心が雅也に届くといいなと思う。強く抱き締めていると、もそもそと音がして雅也が動いた。西森を今度は不思議そうな目で見上げている。無垢な目が可愛くて頭を優しく撫でた。


「お兄ちゃんは変わってるね。あの親父に反抗したし、見ず知らずの俺を追っかけてきて、怒りもしない。そのくせ抱き締めてくれて。。変なの」


可愛らしい発想にぷっと吹き出して笑う。可愛い。子供とはこんなに可愛いものなのか。西森は嬉しくなって強く頭を撫でた。痛いよー。と雅也は笑っている。落ち着いたようだ。手を伸ばすと握ってくる。


「さてと。。雅也。花をたくさん摘んだだろ。それはいけないことなんだ。お花は一生懸命芽を出して根を張って、季節が巡ってきてやっと花を咲かせる。雅也がやったのはその大切な花を取ったことなんだぞ」


大切な命なんだ。雅也の目をしっかりと見ながら伝えた。雅也の目が大きく開かれ驚いている。おいで。西森は雅也を連れて先程摘まれて壊されていた場所へとやって来た。緑がむしられていて土がむき出しになっている。茶色い土を掴んで現れた根っこも雅也の手の上に置いた。この根が土が花を支えていた。その花を摘むことは命を取ることだ。真剣に語る西森を雅也は黙って見ていた。


「ごめんなさい」


雅也は下を向いてぽつりと呟いた。嬉しくなって西森は雅也の頭を撫でる。この花たちに一緒に謝ろうな。そう言った西森を見上げて大きく頷く。二人でぽっかり空いた土に心を込めて謝罪した。自転車を押しながら雅也と手を繋いで旅館へと歩いていると下を向いた雅也が何かをぽつりと呟く。どうやらまだ謝っているようだ。しょんぼりしている姿が切なくて握った手を優しく撫でる。


ちゃんと謝っただろ。大丈夫だよ。穏やかに言う西森に雅也はずっとごめんなさいを繰り返していた。旅館に着くと女将がやって来て雅也を抱き締めている。心配そうな顔をして雅也の顔や手や足などを何度も撫でていて照れたように戸惑う雅也を微笑ましく見守った。帰ろうとした西森に雅也は女将の元から走ってきて体当たりしてきた。身構えていなかった西森はその場に倒れる。雅也はじっと西森を見て言った。


「花籠。。壊しちゃった。。ごめんなさい。。どうしよう。。」


悲しそうに目を潤ませて必死に涙を堪えている。ずっと気にしていたようだ。西森は安心させるように優しく頭を撫でる。明日の花籠を正宗に見てもらってすぐ雅也に見せよう。雅也の頬を優しく撫でてながら大丈夫だと伝えた。ほっと一息ついて嬉しそうに笑う雅也が可愛い。明日の花籠は雅也への思いを込めようと西森は思った。


花屋に帰って一呼吸置く。雅也のことを思い出すとこうしてはいられない。笑顔になってくれるようなメインの花を探そう。西森は店の裏に回った。春に咲く野花が楽しそうに咲いている。ここに雅也を招待しようか。考えながら西森は裏庭を回る。祖母が生前からずっと育ててきた裏庭。風に吹かれて様々な種がここに落ち育っている。西森がやることは枯れないように水をやり、様子を見るくらいだった。


「。。?あれ?これは。。」


祖母は一年中やって来た花たちが咲きやすいように土を耕したり肥料を混ぜたり楽しそうだったなぁと思い出す。少しぬかるんでいる場所にも生き生きとした緑が育っていた。大きな紫色の花が咲いている。この花が確か咲くのは五月頃。今の時期に咲いているのはとても珍しい。近づいてそっと撫でると西森に何かを語るように風に吹かれている。雅也の顔が思い浮かんだ。


「そうか。。よし。明日はこの花をメインに雅也への花籠を作ろう。ふふふ。楽しみだな」


何かの意志を持って時期早々に咲いている花。偶然かもしれないが雅也のそばへと行きたがっている。そんな気がした。店へと戻って自転車の箱を開けると削り節がある。西森は想わず固まる。そうだった。速水におかかのおにぎりを頼まれていた。雅也のことですっかり忘れていた速水の笑顔が脳裏に過り一気に体が熱くなっていく。穏やかに笑っていた速水。作ってないと言ったら落胆するだろう。西森は台所へと向かう。おかかにもいろんな味がある。速水はどんな味のおかかが好きなのだろうか。甘めか辛めか。削り節をボウルに入れて醤油を加えながら考え込んだ。


速水に今日の雅也のことを話したい。とても寂しそうな悲しそうな目で怯えていた。抱き締めて花のことを伝えると真剣に聞いて心から謝ってくれた。可愛くて優しい子がやって来たんだと。速水はなんと言ってくれるだろうか。聞いてもらいたくて急に会いたくなって西森は笑いながらおにぎりを握っていた。


朝になり花籠の材料を取りに行く。旅館の近くの椿に葉に覆われた場所へこっそり出掛ける。花たちを見渡していつものように手を合わせ深呼吸をする。客のことを思い浮かべながら。ここを見つけた感動を味わいながら。そして、雅也が来てくれたことの感謝と祝福を。ゆっくり目を開けると心が落ち着くのを感じた。西森は花を一つ一つ摘んでいった。


店に戻り集中して花籠を作っていたら時間の経つのは早い。古い鳩時計に見送られて旅館へとやって来た。裏口に回り亮太郎の写真に挨拶をすると正宗の到着を待つ。雅也は元気だろうか。早く見せたい。はやる気持ちを感じながら西森は待っていた。


「どれどれ。今日は。。おお!なんと美しい。。緑やそれぞれの花たちがなんとも楽しそうに咲いておる。。ええのう。。まるで秘密の花籠じゃ」


ずっと閉まって放って置かれた箱の中の蓋をそっと開けたような。あの場所を見つけた時そう思った。正宗にも伝わったようだ。西森は嬉しくなって顔がほころんだ。西森を見ていた正宗がおもむろに口を開けた。言いにくそうに歯切れが悪い。


「昨日の花籠のことは。。すまなんだ。昨日から預かっている雅也は複雑な生い立ちでのう。。美しい花を見て自分の中の怒りや悲しみが溢れ出したんじゃろう。。叱ってやらなきゃいけないんだが不憫で。。わしと女将で言い聞かせておるんじゃが。。」


悲しそうな正宗に大丈夫ですよと笑って返事をした。俺も雅也くんが好きです。と伝えると驚いたように見上げた。嬉しそうに大きく頷く。雅也の居所を尋ねた西森にぜひ会いに来てくれと雅也の部屋へ案内してくれた。昨日から部屋に引きこもっているらしい。両親が去ってしまって正宗や女将に叱られ落ち込んでいるのかもしれない。雅也の部屋は鍵がかかって誰も入れないそうだ。西森はノックをしながら雅也に話しかけた。


「雅也。おはよう。ご飯は食べたか?これ、お前の花籠。お前のこと話したら、花たちがお前に会いたいって。花籠になってやってきたんだ。そばに置いてくれよ」


何度目かのノックに雅也の部屋はゆっくりと開いた。目が赤く腫れている。泣いていたのだろう。切なくて雅也を優しく抱き締めた。正宗も頭を何度も撫でている。潤んだ目で見つめる雅也に西森は花籠を差し出した。


「ほら。この紫色の花はカキツバタ。花言葉は幸運が必ず来る。お前のために早く咲いてくれたんだよ」


いつもとは違う時期に早く咲いたこと。この花を見ると雅也がどうしても思い浮かぶこと。ゆっくり丁寧に伝える。雅也は小さな手で花籠を受け取った。西森の目をじっと見つめている。


「これからよろしくな。雅也。俺は西森だ。花屋の」


握手を求めると嬉しそうに笑って握り返す。安心したような屈託のない可愛い笑顔に嬉しくなって雅也の頭を何度も撫でた。


裏口に回り大きく背伸びをする。あれから女将にも正宗にもお礼を言われ照れ臭くなってそくささとここに戻ってきた。雅也は旅館の跡取りとして養子になったらしい。急に決まって不安だったのだろう。複雑な事情がありそうだ。今日はゆっくりと休んで明日から旅館の仕事を手伝う。旅館の人たちはみんな優しい人ばかりだ。雅也もゆっくりと笑顔になっていくだろう。花籠を届けるたびに様子を見ようかなと楽しみになった。


「ふふふ。花たちも歓迎しているよ。伝わればいいなぁ」


のんびりとまた大きく背伸びをする。春の風が心地よい。ふと旅館の駐車場を見ると速水がトラックから降りてくるのが見える。おかかのおにぎりもちゃんと持ってきた。のんびりとしているので仕事は終わったのだろうか。不意に嬉しくなって速水の方へと駆け寄る。おにぎりを持って作ってきたことを伝えると驚いたように見て穏やかに笑った。裏口のいつもの場所で。速水に雅也のことを話しながらおにぎりをほおばる。夢中で話す西森を速水は優しく見守っていた。

皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

ふぅ。。書き上げました。。長かった。。楽しかった。。よろしかったらお読みください。ね、眠い。。これから心地よい睡眠を。。

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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