コデマリ ~伸びゆく姿~
速水に花屋まで送ってもらい遠ざかる車を見送った。悲しみが溢れて涙が止まらない西森を速水は黙って頭を撫でていて、乱暴に頬をこする姿を穏やかに見守っていた。恥ずかしかったが心が驚くほど落ち着いていて穏やかな気持ちになってくる。ありがとうと囁くと速水は優しく微笑んでいた。少し照れ臭くなった。
おやすみ。
降りる西森を見た後短い返事をして前を向いて去っていった。優しい手の温もりがまだ頭に残っている。頭を撫でられたのは久しぶりでとても心地よかった。
「子供のようだったかな。。引かれなくてよかった。。優しい人だ」
自分の涙腺が緩いことを西森は自覚している。いろんなことにすぐ感動したり感傷的になったり。西森の意志とは関係なく涙が溢れてきて止まらなくなる。そのことで人から引かれたり距離を置かれたりしてきた。速水からそんな反応をされなくてほっとする。優しく微笑んでくれて心がとても安心した。明日の花籠はミヤコワスレを中心に亮太郎の意志と心を伝えよう。また会う日まで。客に元気になってもらってまた会える日まで。出会えたことへの感謝と喜びを込めて。
そういえば花のことに夢中で食べることを忘れていた。味噌汁を温めてついでに明日のおにぎりも握ろう。西森は冷蔵庫から梅干しと高菜を取り出す。おにぎりを握りながら速水のことが頭に浮かんできた。今日、女将を乗せて西森が連れていきたい花畑に送ってくれた。花屋へも。お礼におにぎりを握ろう。明日会えずに渡せなくても自分が食べればいい。何となく西森はおにぎりを多く握った。明日は今まで行かなかった場所へと自転車を走らせていく。わくわくしていた。
いつもの丘をすべて回ってそこに咲いている花を見つけてから行こうと思っていた場所。でも、それは無駄な自分への縛りだったのだとわかった。そもそもすべての花を見つけること自体無理なことだ。思い上がっていたのだなと西森は可笑しくなった。すべてを把握することはない。あるがまま、感じたまま。自由に心惹かれた場所へ行って好きなように花に会いに行き、導かれて素直に花籠に込める。縛っていたものが穏やかに解かれていくのを感じた。
セットした目覚ましの音が鳴る。今日は波の音と鳥の楽しそうなさえずりだった。重い体をゆっくりと起こして大きく背伸びをする。昨日見つけたミヤコワスレの場所へと自転車で走った。感謝の気持ちを込めて手を合わせ心を落ち着かせる。大きく息を吐くと花たちが嬉しそうに揺れながら見守ってくれている気がした。花を摘み花屋へと戻って一つ一つ花籠を作っていく。亮太郎の想いを込めて。自分の新しい希望も込めて。元気になるように。温かいものが広がっていくように。西森は花籠作りに没頭した。
できた花籠を後ろの箱に入れて旅館へと向かう。辺りはもう明るくなっていて、今日も一日が始まる。裏から入って写真の亮太郎を見つめ挨拶をする。正宗が来るのを待つ間西森はずっと写真を見つめていた。この人と話してみたかった。花籠を客間に置くように決めた経緯や客への想い。聞いてみたかった。
「おお!いつもお疲れさん。どれ、見せてもらおうかの。。ほう。。なんと美しくて健気な。。なぜかのう。。亮太郎を思い出す」
優しく花籠を見ながら、ほうと見とれている。後ろで正宗を呼ぶ大きな声が聞こえた。昨日も忙しそうで花籠を見る時間はないのだろうなと西森は思っていた。ゆっくり見つめて大丈夫なのだろうか。少し心配になる。正宗は自分を呼ぶ声に応じず静かに花籠を見つめている。厳かな不思議な雰囲気に西森は気圧されていた。
「亮太郎め。。ついに心残りを西森くんの花籠に込めたか。。全く。。敵わんのう。。」
正宗の目に涙が溢れてきてぽろぽろと流れていく。静かに拭いて西森を見つめた。
「ありがとうな。。これからもその心のまま花籠を見せておくれ。また楽しみが増えたのう」
にっこり笑って西森の頭を撫でた。それはまるで愛する孫を慈しむようだった。穏やかに目に涙を浮かべて優しく笑う正宗の笑顔を西森はこれからもずっと忘れないだろうと思う。嬉しくて大きく頷いた。
旅館の裏の木陰に座る。風がさやさやと優しく掠めていった。穏やかで少し冷たい春の風。温かい日差しとかすかに流れてくる花たちの優しい匂い。心地よくて西森は静かに瞼を閉じる。花籠を作ることは自分の心を表現する唯一の方法だと思っていた。自分の価値は花籠を作って喜ばせること。それだけだと思っていたけれど。そっと目を開ける。風に繁った葉が吹かれて気持ち良さそうに揺れていた。
「そんなの小さな尺度だよな。そもそも価値なんて考えることが変なんだ。なんで生きてるってだけで満足出来ないんだろう。自分には価値があるって証明せずにはいられないんだろう」
都会に暮らしていて会社でも家族でも良い評価を受けることが自分の中で一番大きく占めていた気がする。周りから見てどれだけ自分に価値があるか。無言で当たり前のように求められて。男しか恋愛対象として見ることができないとわかって両親に伝えた時に今まで築いてきた両親への信頼が一気に崩れたのだと西森は直感した。会社でも家族でも受け入れられることはなかった。どんなに隠しても自分に嘘をついているのだから苦しくなる。その苦しさに耐えきれなくて、もしかしたらという期待も込めて両親に伝えた。勘当された後でも祖母は何も言わず抱き締めてくれた。ここにずっといたいと心から思った。
「ここって本当に温かい。もう恋をすることはないし、誰にも男しか愛せないって伝えるつもりはないけど。ここは自分に価値があるかなんて見ないから」
気持ちいい風が西森を包み込む。嬉しくて持ってきたおにぎりをほおばった。ずっとここにいるんだ。いてもいいんだ。嬉しい。うとうとと睡眠に誘われて目を閉じていた西森に口の中で梅干しが酸っぱさを主張していた。速水のために作ったおにぎりを残してのんびりと空を見上げる。今日は少し雲が多い。白くて大きい雲がいくつも流れていて影を作っていた。ふと西森は旅館の後ろ側が気になる。いつも西森が休んでいる大きな木の先に行ったことのない道があってここからでは先が見えない。西森は立ち上がった。
目線の先に背の高い椿の葉が覆い繁っていて道の部分だけ切り離されていた。秘密の入り口のようでわくわくしてくる。歩みを速めた。椿の葉の塀を越えるとそこには西森が見たことのない花が咲き誇っていた。可愛らしい蝶も楽しそうに飛んでいる。嬉しくなって花の側に駆け寄った。
「こんな!凄いなぁ!!知らなかった。近くに素敵な場所があったなんて」
椿の葉の塀を見ながら怖くてなんとなく行ってはいけないと視線を反らしていた。心のままに行ってみてよかった。思い込みを捨てて心のままに歩いていく。今のこの感動を花籠に込めよう。西森は大きく息を吸い込んだ。
秘密の花畑を堪能して椿の葉の塀を越える。いつもの旅館の裏側だった。素敵な花たちを見つけたことも嬉しいが行きたい気持ちを素直に認めて心のままに行った自分を誇らしく思った。へへへと笑っていると何かの視線を感じる。感じる視線の方を見ると呆れ顔の速水が黙って西森を見つめている。固まってしまった。そのまま動かなくなった西森に速水が盛大にため息をついた。
「。。泣いたり笑ったり。。固まったり怖がったり。。」
読めない。。また一つ大きなため息をつかれ固まっていた西森は少しムッとした。昨日はとても優しくていい人だと思ったのに。そうでもない。ただの空気が読めない人だ。西森は呆れ顔の速水を放って荷物の中からおにぎりを取り出した。速水は不思議そうに見つめている。
「これ、昨日のお礼です。いびつですけど、中身の梅干しと高菜は農家さんが作ってくれたから美味しいですよ」
速水の前に突き出す。口を開けてぽかんとしていた速水が憎たらしい。早く手に取って食べればいい。西森の気持ちが伝わったのか速水がぷっと吹き出した。笑いながら受け取っている。
「気にしてたのか?変なやつ」
優しくて穏やかで少し意地悪な速水の目。西森の心臓に悪い。渡したのだからもう用はない。恥ずかしくて、心臓の鼓動が激しくて。さっさと行こうとした西森の手を速水は掴んだ。
「そばにいてくれねぇの?」
意地悪な目が強く光る。からかうように西森を見つめていた。俺は忙しいんです!その目に見とれている自分がいて焦る。捕らわれたくない。もう恋なんてしないんだ。ふぅん。短く返事した速水はいつもの無表情に戻った。西森の手を離す。落胆したような残念な気持ちを抱えながら相棒の自転車へと向かおうとした。
「次はおかかがいいなぁ。削り節ならここにあるから」
西森の前に削り節の袋をポケットから取り出して前に持ってきた。きょとんとして動かない西森に、頼んだぞと柔らかく笑っている。その笑顔に釣られるように思わず目の前の削り節を受け取った。おかか?何でおかか?西森の頭はおかかで一杯だ。混乱している。速水は何事もなかったかのように西森を横切った。呆然として固まっている西森と去っていく速水を満開の白い花、コデマリが優しく見守っていた。
皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
純粋な愛にメロメロでございます。ジャンルを問わず純粋な優しさとか素敵だなぁと。いつの間にか大好きになっているという。。うふふ。素敵だなぁ。。
ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)