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お花屋さん ー春ー  作者: ニケ
6/21

ミヤコワスレ ~また会う日まで~

花屋の奥に戻って布団の中に入ったが目を瞑っても一向に眠気がやってこない。速水のことを忘れようとすればするほど思い浮かんできて我慢できずに体を起こした。耐えきれずため息をつく。自分はどうしてしまったんだ。とりあえず落ち着いて眠りたい。あと二時間後には準備を始めなければならないが、眠れるだけ眠りたい。西森はもう一度布団に横たわった。


辺りは真っ暗で時計の規則正しく動く音が聞こえる。時々水の落ちる音も。いつもは落ち着く暗闇や音も気になって仕方がない。西森は堪らず起き上がった。大分早いが気晴らしに味噌汁でも作ろう。そう思って台所に立ったが朝御飯に誘われていた。速水も来るだろう。また胸の辺りが熱くなってどくどくと波打っている。


「はあ。。やばい。。もう。。こうなったら、花籠のことを考えよう。花たちの声をまた聞くんだ」


新しい楽しみを思い浮かべてなんとか思考を変えようと試みた。今は花のことだけを考えるんだ。味噌汁を作り終えて西森は店に保管されている花へと歩き出した。


いつもの時間に正宗に花籠を見せる。あれから気づけば頭の中にやってくる速水を無理矢理追い出し、花籠を必死に作った。週末とあって客も10組と満席だった。忙しそうだ。正宗が一つ一つの花籠を真剣に見つめている。大きく頷きながら西森を見た。


「。。お前。。恋でもしておるのか?この花籠たちは何かを待っているような。。気づいてほしい気持ちを隠してそっと期待しておるぞ。まるで乙女じゃ」


乙女。。!!正宗の言葉に西森は吹き出した。喉に何かが詰まって息が苦しい。激しく咳き込む西森をのんびりと見ながら、図星じゃのう。と呟いている。西森は慌てて否定した。花は本当に正直だ。心を見透かされているように的確だった。何度も必死に否定する西森を、良い良いと楽しそうに笑っている。ええもんじゃのう。。嬉しそうに花籠を持っていく後ろ姿を西森は複雑な気持ちで見送った。


女将から仕事が終わったら控え室に寄るように言われていた。速水も来ているのだろうか。きょろきょろと見渡しながら控え室に着くと一人分の食事しか用意されていない。西森を見つけた女将がやって来た。


「いらっしゃい。昨日は本当にありがとうございました。あれからお客様、子供のように泣いていらっしゃって。。私たちももらい泣きしてしまったのよ」


嬉しそうに穏やかに笑う女将に西森も微笑む。花とともに想いが客に届いたのだなと嬉しくなった。客の花への想いが女将や仲居にも伝わったのだろう。本当に届けることができてよかった。女将がほかほかの温かいご飯を西森に渡す。ご飯を食べるのは自分一人だろうか。気になって女将に聞いてみた。


「速水くん。朝方から急にお仕事が入ったんですって。昨日も夜遅くに帰ってきたそうで。。頼りにされているのは知っていたけど、これだけ立て続けにお仕事しているのなら、速水くんの体が心配だわ。ちゃんと食べてるのかしら」


ふぅと下を向きながら息を大きく吐いている。まるで息子を心配しているようでその姿は優しい。温かいものが伝わってきて心地よかった。速水が来ないとわかれば気が楽になる。急に食欲が湧いてきた。会いたい気持ちはあるが、気が重い。用意されている朝御飯を西森は味わいながら頂く。春の山菜やとれたての焼き魚が美味しい。ふと見上げると女将が西森を見ている。穏やかで優しくて少し切ない目だ。不思議に思って首を傾げていると、ごめんなさいねと微笑んでいる。


「なんだか。。息子が朝御飯を食べていた時を思い出して。。こうやって食べていたなって。。」


女将と亡くなった主人との間に一人息子がいた。主人は事故でずいぶん昔に亡くなったが、息子は去年の秋頃に亡くなったと聞いた。なぜ亡くなったかは知らないが葬式に呼ばれとても悲しかったことを覚えている。祖母が亡くなり次の年に女将の息子が亡くなった。人を見送ることも咲かなかった花を見送るように辛い。速水も自分も息子と同世代だった。西森は女将の息子と話したことはないが、速水は時々こうして女将に誘われて朝御飯を一緒に食べていたらしい。


「あの子が生きていたらって、思ってしまったわ。ごめんなさいね。昨日のお客様の涙に釣られてしまったのね。。お客様も息子さんを亡くされて」


ラナンチュラスは客の子供が親のために育てていたらしい。客は子を失った悲しみから花をすべて捨ててしまった。ラナンチュラスが咲く春。咲き誇る花たちを見て急に見たくなったらしい。心の奥底に沈んで蓋をしていた子への想いが酒の力を借りて溢れてきた。ラナンチュラスは客と子の大切な花だった。


「亡くなる前にあの子が言ってたのを思い出したの。母さん、花は好きか?だって。。今までお花なんて興味がない子だったのに。。どうしてって聞いたら、嬉しそうに笑って何も言わなかったわ」


懐かしむ中に静かな悲しみがある。西森は何も言わず聞いていた。人が花を相手に伝える時に嬉しそうなのは、相手のために用意している時だ。息子は女将に花を贈る予定だったのだなと西森は思った。花のことで息子さんが笑っていたのはいつですか?気になって聞いてみる。女将は考えながら呟いた。


「。。亡くなる三日前くらいかしら。今思えば、とても穏やかな顔だったわ。あの子、神経質でお客様のことばかり考えていたから。私たちにとても厳しかったのよ」


この旅館の跡継ぎとしてとても精力的に働いていたらしい。西森はその時祖母を亡くして引っ越した後、花農家へ学びに行ったり、生活の基盤を築くために追われていた。会ったことはないが、西森の花籠を客間に置こうと言い出したのは、この女将の息子だと知って驚く。女将は嬉しそうに笑っていた。


「去年の秋か。。。きっと息子さんは女将へ花をどこかで準備している。。俺ならどうするかなぁ。。」


仲居に呼ばれ手を振りながら去っていく女将を見送り、西森はご飯を食べながら考えていた。秋に準備をして大切な母親に贈るとなれば、きっと春の花だろう。秘密にしている点から誰かに頼んだのではないか。何よりも旅館のことを考えていた人だ。自ら世話をして花を春まで用意するとは考えにくい。でもどうやって?何度考えても思考がぐるぐると回っている。堂々巡りで埒があかない。西森は一つ大きな息を吐いた。


のんびりしていると思いの外時間が経っている。時計を見上げて背伸びをして立ち上がった。明日の花籠の材料を探しにいこう。食器を持って食堂へと向かう。旅館の入り口で女将にお礼を伝えて西森は自転車に乗る。日の光が眩しい。今日も晴れそうだ。自転車をこぎながらいつもの丘を見渡す。昨日と同じ花畑が広がっている。自転車を降りて押しながら一つ一つの道端に咲いている花をじっくりと観察した。しばらく花との語らいに没頭していた。


花屋に戻ってちゃぶ台の前に座り、ほっと一息する。明日の花籠の目星がついて一段落だ。のんびりと古い家具を見ていたが、お腹が空いてきた。作っておいた味噌汁を温める。西森はふと女将のことを思い出す。息子が用意しているという花を思い浮かべた。


「何度考えてもわからない。。どうやって用意しているんだろう。。誰かに頼むとすれば花農家だけど。。そんな話聞いたことがないし」


春になる少し前、花農家から誰かへの注文があれば花屋である自分に連絡が来る。花農家にも頼んでいないとすると、この考えは間違いだったかもしれない。ふりだしに戻ってしまった。西森ははぁとため息をついた。


けたたましい音で電話が鳴る。受話器を取ると女将からではなく、なぜか主人の正宗だった。その声は慌ただしく旅館がとても忙しいことが伺える。西森は耳をよくすませながら正宗の声を聞いた。明日の花籠の数も満席の10組だ。今日も明日もたくさんの客がここに訪れて温かいものが広がってまたそれぞれの場所へと戻っていく。何かに惹かれてここに来てくれる客のために西森もできることにしっかり力を尽くそうと思った。体を休めるために横になる。


ふと女将の息子のことが頭を過った。セットしてきた目覚ましの音が聞こえる。西森は自然の音が好きでおちつくので目覚ましの音を鳥のさえずりや川の音などランダムになるように設定している。この目覚ましは都会にいた時からの付き合いだ。今日は静かな雨の音とピアノの軽やかな音楽だった。


穏やかな気持ちで西森は起き上がる。昨日、決めていた花を摘みに自転車に乗って丘へと走る。朝の少し寒い空気が西森を出迎えた。花屋に戻り、心を込めて花籠を作る。花籠に集中していたらしく気がつくと頼まれていた10個の花籠が出来ていてメインにと決めたオレンジの花が気持ち良さそうに咲いている。昨日のイメージのまま表現できたかな。最後のチェックをして自転車の後ろの箱へと入れる。倒れないように気をつけながら旅館へと向かった。


いつもの時間に正宗と会って花籠を見てもらって、新しい花籠じゃの!!ええ!!短い時間だが満足してもらえて安心する。明日も満席だからとても忙しそうだった。西森は邪魔にならないようにそっと裏口から出ようとした。


「。。?何だろう?」


見たこともない写真が飾ってある。毎日花籠を届けに来ているから昨日はなかった。正宗と女将の真ん中に西森と同じくらいの男がにこやかに笑って写っていた。この男が息子だろう。西森は初めて見る。この男が花籠を客間に置こうと決めてくれたのだ。西森は感謝の心を込めて写真に頭を下げた。写真の隅に、亮太郎と、という文字と日付が書かれている。亡くなる一週間ほど前だ。西森は切なくなって裏口からそっと出た。


昨日からずっと考えているのだが息子の亮太郎が遺した花の在処がわからない。途中で切れてしまった花をどうにかして女将に届けたい。ずっと西森は考えている。頼んでいないとすると、女将に自分から持っていくつもりだったのか。だとしたら近くにあるかもしれない。西森は花屋への道の反対方向へと自転車をこぎ出した。花籠の材料を取りにもあまり行かない場所。西森が知らない花もちらほら咲いている。いつもの丘の花たちをすべてみおわってから回ろうと今まで注意深く見たことはなかった。


ほどなくして自転車をこいでいると明らかに不自然な緑の塊が見えてきた。周囲は西森がいつも花を摘むピンクや黄色の花畑なのにそこだけ切り取られたかのように緑だ。導かれるように降りて自転車を押しながら近づいていった。緑の美しい葉の中に小さな可愛らしい紫の花が所々に咲いている。西森はそっとその花を撫でように歩いていった。足元で変な音がする。バキッと何かを踏んだような音だ。驚いて足元を探す。古ぼけた木の板だった。文字が書いてある。亮太郎。。その文字を見た時、西森は目の前の花とこの文字を何度も見て慌てて自転車に飛び乗った。


「女将さん!!忙しいとは思いますが、俺と一緒に来てくれませんか!?」


あれから無我夢中で自転車をこぎ旅館へと戻った。いつも以上に忙しく働いている仲居を避けながら女将を探す。客の相手をしているのだろうか。そうであれば待っていよう。とにかく早く会いたい。食堂や裏口など自分が行ける所を回る。今日朝御飯を頂いた控え室に勢いよく入った。穏やかに笑う女将を見つけて西森は叫んだ。


「。。!?どうしたの!?そんなに慌てて。。ちょ、ちょっと待って!?」


勢いでここまでやって来た。激しく乱れる息を何とか鎮めて女将に伝える。息子の花が見つかった。そう伝えると女将の顔が驚いた顔に変わっていく。その目にみるみる涙が溢れ、すっと一筋の線ができた。拾ってきた木の板を見せる。何度もよく見直して抱き締めたまましゃがみこんでしまった。その肩は震えていて西森も悲しくなる。そっと触れながら優しく擦る。しばらく女将を見つめていた。


「それ、どこだよ?送っていくから」


ぶっきらぼうで強い声。よく知った声に西森は横を向く。いつの間にか速水がいる。驚き咄嗟に身を引いた。西森の様子を見ながら顔をしかめている。女将がゆっくりと立ち上がり涙を抑えていた。な、何でいるんですか!?と問えば、いて悪いのか。と反抗される。怖い。。西森は静かに下を向いた。


「西森くん。ぜひ連れていってほしいわ。速水くん、お願い。送っていって」


不穏な空気を女将の優しい笑顔が溶かしていく。涙がキラキラ輝いていて西森は大きく頷いた。


「ここです。まるでここだけ守られてるみたいだ」


緑の葉に囲まれて守られているように元気に咲いている。小さな紫の花を女将は震える手で撫でていた。


「ミヤコワスレ。花言葉はまた会う日まで。亮太郎さんが遺した花です」


ここだけミヤコワスレが咲いているのは亮太郎が種を撒いたからだろうと西森は思う。女将に花は好きか?と聞いた日に種をここに撒き世話をするつもりだった。それが亡くなってしまって花が自力で咲いたとしか考えられない。周りに咲く野の花と一緒にのびのびと咲いている。女将は笑って緑の花を撫でた。


「また会う日まで。。。きっとお客様にそう伝えたかったのね。西森くんの花籠を見て自分も何かしたくなったんだわ。あの子らしい。素晴らしいと思ったらすぐやりたがるんだから」


きっと息子を思い出しているのだろう。優しくどこか切ない目だった。


「ありがとう。これは大切にするわ。それでね。。明日の花籠にはこのミヤコワスレを入れてほしいの。やっと亮太郎が亡くなったこと。受け入れられる気がするから」


今もどこかで生きているのでないだろうか。目の前で亡くなったのを見ても女将の中でその想いが消えることはなかったという。ようやく受け入れられそうだと笑っている。西森は胸が痛んだが、無理矢理明るく笑って見せた。


速水が西森の自転車を車に積んでいる。何をしているのか聞く前に助手席のドアが開いた。呆然と見ていると女将が笑って、送ってもらいなさいと背中を押している。照れながら恐る恐る車に乗り込んだ。見送る女将に手を振って息子の亮太郎のことを思い浮かべる。若すぎる死。自分と同世代の死に訳もなく悲しみが込み上げてきた。


「。。あいつは。。亮太郎は、幸せだったと思うぜ。正宗さんや女将さん、旅館の人たちにも愛され、客にも信頼されていた。旅館が大好きだった」


速水は運転しながら静かに穏やかに呟く。のんびりとした口調に西森は一層悲しみが溢れてきた気がする。気づけば涙が止まらなかった。


「大好きな旅館のことや客のことばかり考えて、旅館で死んだんだ。幸せだよ。大好きなものに囲まれて今でも愛されていて」


幸せないい人生だった。速水の言葉にまた涙が止まらない。静かに泣く西森の頭を速水がそっと撫でている。その優しい温もりを感じながら溢れてくる悲しみをいつまでも感じていた。

書けましたー!!いや、もう頭が痛くて休もうかなと思っておりまして、シャワー浴びたら書きたくて堪らないという。。書きました。。お花屋さんは一話ずつ完結させたいなという思いからなかなかに長くなりますね。。常識くんと愛さんはいつも通り朝に。お花屋さんはマイペースにじっくり仕上げてから投稿したいと思います。書けて幸せでした!ありがとうございます!

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