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お花屋さん ー春ー  作者: ニケ
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ラナンチュラス ~晴れやかな魅力~

女の人、幸を見送って西森は自転車をこぎ出した。もう日が傾いていて少し肌寒い風が吹いている。ちょうど旅館の近くに来たので女将さんに会い明日の花籠の数を聞いてきた。旅館では夕飯の支度の真っ最中なのだろう。仲居たちがばだばたと忙しそうだ。今日の宿泊客は六組だった。西森はこの旅館に泊まったことはないが、主人の正宗が花籠のお礼にと夕飯を御馳走してくれたことがある。地元の野菜と魚と肉がバランスよく出てきてとても美味しかった。どの料理も食材への感謝と客への温かい心が込められていて心と体が満たされていった。一度食べたらその温かさの虜になってしまいそうだ。遠くから足繁く通う客の気持ちがわかる。


「落ち着かなくてごめんなさいね。こうやって聞きに来てくれて嬉しいわ。ちょうど明日の予約を締め切って人数がわかった所だったのよ」


ほっとしたように笑う女将は仲居に呼ばれて行ってしまった。明日の客の情報が欲しかったが仕方がない。西森は明日の花籠の準備のため、花を探しに行く。どんな花籠にしようかなぁと野に咲く花を見渡しながら考えていた。いつも行く丘の中で西森が気づかずに咲いている花があるのかもしれない。


先程のスイートアリッサムは旅館の近くの奥に咲いていた。滅多に訪れない場所だ。他にも見つけていない花があるのかもしれない。西森は自転車から降りて押しながらゆっくりと道端の花たちに注意を向けた。見ているつもりでも見落としはある。いつもの丘を歩きながら店への道を行く。しばらく歩いていると一面のピンクの花畑の中に背の高いオレンジの花が咲いていた。可愛い。西森は思わず笑った。


「すぐ目につく花ばかりを材料にしていたな。明日の花籠は緑も添えて、目立たない花を引き立てるような花籠にしよう」


新しい試みにとてもわくわくしてきた。早速このオレンジの花をメインに作ろう。西森はゆっくりと歩きながら注意深く地面を見続けていた。


「この黄色の小さな花はなんて言うんだろう。後で調べようかな。あ!こんな所にもタンポポが咲いている。ふふふ。同じ花でもそれぞれ違って可愛いなぁ」


いつの間にか夢中になってしまった。見れば見るほど面白い。まるで出会う花たちが西森に話しかけているようだ。みんなお喋りで一斉に声を上げているように感じた。


「今まで自転車で素通りしてごめんな。これからはこうやってゆっくり話を聞くから。たくさん聞かせてほしい」


一つ一つの花を自分の気が済むまで飽きずに見つめていた。気がつくと周りがぼんやりと暗い。花との語らいは一旦お預けにして店へと帰ることを決めた。


「ゆっくりしちゃったなぁ。。明日の花籠はこの気持ちを素直に表現しよう。花たちが囁いていたように、そのままの形で」


いつもよりも時間がかかっているのに、全く焦りがない。明日の花籠を作ることが楽しみで嬉しくて堪らない。西森は自転車に乗って店へと帰っていった。


店に着いたのは19時を過ぎていて、体が少し重い。目覚ましをセットし寝る準備をして明日のおにぎりを握った。具はシンプルに梅干しだ。


「お味噌汁は明日帰ってきてから作ろう。お婆ちゃん、おやすみなさい」


奥で眠る前に必ず写真の祖母に挨拶をして手を合わせることが習慣になっていた。朝や夜に話しかけると祖母が自分を見守ってくれているような気がする。写真の穏やかに笑う祖母を見ながら今日の出来事を伝えたり、不安や悲しい気持ちを吐き出したり。不思議だが自然と落ち着いて穏やかな気持ちになる。しばらく写真の祖母を見ていたが明日も朝が早い。西森は奥の部屋へと移動して布団の中に潜り込んだ。


目覚ましとは違うけたたましい電話が鳴り響いた。西森はびっくりして飛び起きる。眠い瞼を擦りながら慌てて受話器を取る。電話は旅館の女将からだった。


「こんな夜遅くにごめんなさいね。昨日から泊まっているお客様がどうしてもラナンチュラスっていうお花を見たいってきかないの。ひどく酔っぱらっていて。。私たちではどうにもならないわ。とても申し訳ないのだけど、ラナンチュラス。。あるかしら?もし、咲いていなかったらそうお客様に伝えるから」


女将はいつも穏やかでおっとりした人だ。客の我が儘も柔らかく微笑み丸く治めてしまう。その女将でも落ち着かせることができないとなれば、相当大変な客なのだろう。ラナンチュラスは店の裏手で咲いている。花農家から種を貰って育てていた。西森はすぐに旅館に向かうことを伝えた。


「よかった。。本当に助かったわ。ありがとう。真っ暗で自転車では危ないから、お迎えをお願いするわね。お店の前で待っていて」


電話を切ると西森は懐中電灯とスコップと小さな鉢を取り出し裏手へと回った。花籠にするには時間がないし、酒に酔った状態でも見たいとなれば、客にとってとても思い入れのある花なのだろう。大切な思い出があるのかもしれない。西森は素早く裏に咲いていたラナンチュラスを掘り返し鉢に植え替えた。店の前の方でライトが光っている。迎えの車が来たようだ。すぐ表に回り、店の戸締まりをした。開いたドアの助手席に体を滑り込ませる。


「ありがとうございます。旅館までお願いします。。!?」


ラナンチュラスの鉢植えを両手で抱えながら運転席を見ると、あの配達の男がいた。西森が乗ったのを確認してUターンをしている。突然のことで固まっている西森に、シートベルト、と乱暴に言い放った。強い口調にびくっと体が動き、慌ててシートベルトを締める。胸がどくどくと変な鼓動を立てて体がまた固まってしまった。


「。。。。」


何も会話がない。旅館までの距離は短いのですぐにこの時間は終わるだろう。西森は抱えているラナンチュラスの鉢植えをしっかりと持って早く着くことを祈った。ちらっと横目で運転席を見てみる。真っ直ぐ前を見ていて、やっぱり格好いい。暗くてよく見えないのに、なぜか心がときめく。逃げ出したいような、ずっとそばにいたいような。不思議な心地だ。


「。。花。。あったんだってな。。ラナンチュラス?。。女将さん、とても喜んでたぞ。これで落ち着いてくれるだろうって」


広い道に出て配達の男がぼそりと呟いた。驚いて西森は男の方を見る。荒々しい声なのにどこか優しくて前を見つめる男の目がとても綺麗だと思った。


「そうですか。。そんなに見たい花なんですね。早く届けてあげたいです。この花も嬉しいだろうから」


抱えていた鉢植えを大切に撫でる。花に会いたいと願って酒を飲んで大暴れするなんて。旅館は大変だろうが西森はその客をなんとなく愛らしいなと思った。配達の男は何も言わず西森をちらっと見たが運転に戻る。考え事をしているのか、それ以上話しかけて来なかった。


旅館に着くと女将が玄関で待っていてすぐラナンチュラスを渡した。何度もありがとうと繰り返す女将に早く客に持っていってくださいと伝える。このまま旅館で休まないかと誘ってくれたが花籠の準備があるからと断った。その代わり明日の朝御飯を食べてくれと泣きつかれ西森は承諾する。隣の男にも朝御飯を食べて行きなさいと強く訴えていた。


「。。はあ。。別にいいですよ。部屋で寝てただけだし。そんな大したことは。。じゃあ、明日の朝飯だけ」


何度も謝り約束を取りつける女将をなだめている。困ったように苦笑している表情は優しくて西森はその横顔をぼんやりと眺めていた。


「送っていくよ。乗れ」


女将が旅館の中に入ってほっと一息つく。辺りは真っ暗で上を見上げると満点の星空だ。なんだか嬉しくなって星を見つめていた。不意の誘いに反応が遅れる。


「だから、乗れって。。聞こえてんのか?」


軽くドスが効いている。慌てて西森は配達の男の後ろについていく。助手席に乗ってシートベルトを締めた。車がゆっくりと発進し西森の花屋へと向かっていく。西森は緊張で固まっている。男がちらりと西森を見た。


「。。何、びひってんの?そんなに怖いか?」


怖いというか。。行動したら何かをしでかしそうで怖い。というか、自分が惹かれていることを知られることが怖い。西森はかろうじて首を左右に振る。男はため息をついた。


「速水」


はっきりと大きい声で言う。よくわからなくて西森は男の方を向く。男はもう一度西森の方を見た。


「俺の名前。お前は?」


な、名前!?ドキドキしながら配達の男、速水の方に体ごと向きを変えた。速水は呆れたように西森を見ている。あ!という声を上げて震える声で呟いた。


「。。西森です。。花屋の。。」


花屋は知ってる。ふっと穏やかに笑って静かに口を閉ざした。二人とも何も話しかけず無言の時間が過ぎていく。西森はその間ずっと緊張していた。花屋に着いて助手席から飛び降りる。すぐさま頭を下げてお礼を伝えた。速水はのんびりと見ている。緊張しながらも西森は速水の顔を見たくて恐る恐る顔を上げた。目が合う。速水の目は穏やかで優しくて綺麗で。西森は思わず見とれてしまった。


「また明日。おやすみ」


短く返事をして車を走らせて去っていく。ぼんやりと見送りながら緊張が解けて体がぐったりしてきた。力が抜ける。緊張し過ぎて疲れた。


「。。。心臓に悪い上に、不意討ちだなんて。。はあ。。早く寝よう」


穏やかで優しそうな速水の目がちらちらと脳裏を横切る。もう勘弁してほしい。疲れて重い体を引きずって西森は花屋の中に入った。

皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

アイスのパルム!はまっております。うふふ!抹茶ラテ旨し!!チョコも旨し!!オススメでございます(*^^*)

ではでは皆様、今日は土曜日かー。これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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