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お花屋さん ー春ー  作者: ニケ
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雪柳 ~愛敬~

配達の男のことを思い出してまた下を向いた。この痛みを感じたくない。怯えるように西森はたじろぐ。急いで手に持っていたおにぎりを口の中に入れて勢いよく立ち上がった。そばに置いていた自転車に乗って一気にペダルをこぐ。とにかく今はこの場から離れたい。もう何も感じたくない。旅館から店へと力の限りペダルをこいで一心不乱に前を見る。花を卸す前はこの周りの風景が微笑ましく心を和ませてくれたのに、見たくない。前だけを見て早く花屋に帰りたい。


いつもの丘を越えて店がある広い道へと着いた。ほっとして自転車を止める。何も考えずがむしゃらにこいできたから、足腰が異様に痛い。緊張していて固かった。


「はあ。。。不意打ちだよ。。しかも、取引先の旅館だし、毎日行くんだぞ。また会ったらどうしよう」


主人の正宗に花籠を見てもらう時間は変えられないにしても、裏口でご飯を食べるのは当分止めよう。自分はいつもすぐ人に惹かれてしまう。小さなことでも一喜一憂し、最後には気味悪がられて避けられることはおろか、あらぬことを言われ傷ついてきたじゃないか。今さらまた苦しい想いをするのは嫌だ。人から逃げたくて、受け入れてもらえないことが怖くてもう恋はしないと決めたじゃないか。


「。。惚れっぽい自分が嫌になる。。わかる人にはわかるから、もうあの配達の人に近づくのは止めよう」


少し悲しい想いが込み上げてきたがこれでいいんだ。今の自分は人と心を通わせる勇気がない。とにかくこの痛みを癒したい。そのために心を閉ざそう。西森はため息をついた。まだ足が疲れて痛いので自転車を押しながら道を行く。風に乗って西森の周りを野花の花びらが舞った。


店の前に誰か立っている。客だろうか。この辺りには西森の花屋以外に建物はない。田園がたくさん広がっていて所々に農家の家があるだけだ。西森は慌てて店の前にいる人物に駆け寄った。


「あの!お客さまですか!?すみません!配達に出てて。何かお探しですか?」


走ってきた西森を穏やかに笑いながら迎える。ゆっくりと頭を下げた。店の鍵を開けて中に招きいれる。見たところサラリーマンのようで立派なスーツを着ていた。しげしげと店内を見回して花を見つめている。目は優しげでどこか儚かった。


「花を。。選んでほしいんです。何か心が温かくなるような花を。。」


冷たくて。胸に手を当てながら西森を真っ直ぐ見ている。西森は驚いて、何かあったのか聞こうとしたが止めた。人が花を求めてやって来るのは大きく二つに別れる。喜ばしいことがあった時と何かを失った時。祝福と慰め。どちらかだ。この男の人は何かを失ったのだろう。花に慰めを求めている。どうしようもない悲しみをなんとかして癒そうとしている。自分もそうだ。祖母を亡くしてどうしようもなくて。この花屋を継いだ。花は人を正直にしてしまう。花に囲まれると、普段隠していた本音がするりと顔を出して苦しくなったり悲しくなったり。この男の人も花に誘われて心が叫んでいるようだ。


「あの。。どんな花が好きかは実際に見てみないとわからないことが多いんです。思っていたことと心が感じていることは違っていることがありますから。とりあえずお花をじっくり見てみませんか?」


この花屋にはよく知られている薔薇や百合など近くの花農家から分けてもらった花も少ないがある。大手へと卸す中で規格外のものがほとんどだが、水をやり手を加えればとても美しい。


「。。そうですね。。」


男の人は西森を見ながら笑っていたが、覇気がない。無くしたものを未だ引きずっている。店内の花を順々に紹介した。色とりどりの花。大きくてきらびやかな花や小さくて緑が多い花。何を見ても男の人はぼんやりと笑うだけで心惹かれた様子はなかった。


「やっぱり。。花に頼ったことがだめだったのですね。。悲しみは自分で越えなくては。すみません。。こうして説明していただいたのに」


もう十分です。にっこりと笑って西森に頭を下げた。そのまま店から出ようとするので西森は思わず引き留める。このままこの人を帰らせてはいけない気がする。ここに来たのも何かある。ここにしかないものがきっとこの人を待ってるんだ。西森は慌てて叫んだ。


「ま、待ってください!!花はここだけじゃないんです。この店の裏にも。。売り物じゃないんですけど、咲いてますから見て行ってください!」


店の入り口で去ろうとする所を呼び止める。店の裏手に案内した。


「凄いですね。。見たことのない花がたくさん咲いている。これは雑草ですか?小さな花だ」


店内では沈んでいた目がキラキラと輝きだした。足取りが軽くいろんな花を見つけては西森に聞いてくる。子供が無邪気に遊んでいるようでその姿を見ながら嬉しくなる。たんぽぽ、シロツメグサ、オオイヌノフグリ。春を彩る花があちらこちらに咲いていた。


「この花はなんですか?細い枝に細やかな白い花が集まって咲いている。とても美しい」


枝にぎっしりと咲いた白い花をじっと見つめながら優しそうに笑った。


「それは雪柳です。春に咲くんですけど、雪のように白くて小さいでしょう。だから、雪柳。冬を越えて咲いた白い花だから」


雪か。。男の人は静かに呟いた。悲しみが小さい花のように集まって、温め合いながら春を迎えたらいいのに。男の人は目を細めて優しく白い小さな花を撫でた。悲しみが目に浮かんでいる。


「妻が、いたのですが。。気づいたら居なくなっていました。情けないことです」


思い出すように花を見つめながらぽつり、ぽつりと話していた。


「彼女が亡くなるまで。。私は出世のことばかりだった。家に帰ることが嫌で嫌でたまらなくて。仕事と嘘をついて残業ばかりしていました」


最低ですよね。西森は何も言わずに穏やかに見つめ返した。少し笑ってまた白い花を見つめる。


「彼女が待っている家に帰るのが嫌だったんです。彼女が出迎えてくれるたび、私の心に嫌なものが広がっていった。どんなに遅く帰っても彼女は私を待っていてくれました。いつも笑顔で。だから、嫌だった」


いっそ文句の一つでも言ってくれたら、私を責めてくれたらどんなにありがたかったか。静かな息を吐いて目を閉じた。


「重荷だったんです。好きで結婚して一緒に暮らし始めたのに。構ってやれない自分から逃げて。彼女には私しかなかった。いつも私を一番に考えていた」


ずっと居なくなってほしいと思っていたんです。誰もいない家に帰りたいって。そうしたら、事故で。。雪柳を撫でていた手が止まる。一点を見つめて動かなくなった。


「会社にいた私に電話が。。嘘だと思いましたよ。ずっとほったらかしにしていたので、ただの悪戯だと思ったのに。家に帰ったら誰もいなかった。こんなこと彼女と出会ってから初めてでした」


恋人の時も彼女は私をいつも出迎えてくれていた。男の人がかすかに震えている。目を閉じて何かを耐えているようだった。


「亡くなって初めて気づくなんて。遅すぎますよね。。あんなに好きだった仕事も、誰もいない家も。辛くてたまらない。耐えきれそうにないんです」


そのまま崩れるようにその場に座り込む。肩が小刻みに揺れていてすすり泣きが聞こえてきた。春を迎えたこの丘にきっとこの人は惹かれたのだと感じた。苦しくて悲しいぽっかりと空いた心でここに辿り着いた。この雪柳に会いにきたのだなと西森は思う。そっと泣いている背中を擦って咲き誇る雪柳を見つめた。この人のそばにいてあげてほしい。


「あの。。提案なんですが。。この雪柳をメインに花籠を作りたいです。ここに来てくれたお礼に。この雪柳に出会ってくれたお礼に」


いかがでしょうか?泣き崩れている男の人のそばに、大切な人を亡くしてしまったこの人の心のそばに置いていてほしい。心を込めてこの人のために作ろう。少しずつでも悲しみを受け入れて笑えるように。男の人は何度も頷きながら激しく泣いた。抑えていた想いが溢れてくるようだった。


「雪柳と、たんぽぽ、シロツメグサです。花の花籠。雪柳の花言葉は愛敬です。あなたのそばに置いてください。そして、またここに来たくなったらいつでも来てくださいね」


花はいつかは枯れてしまう。ブリザードフラワーという長い間枯れない花もあるけれど、生きているものだからいつかは枯れる。そうやって花も命も廻っている。枯れていく花を何度も見送って、咲き誇る花を何度も出迎えた。


「ありがとうございます。とてもスッキリしました。この花籠がそばにいてくれるのですね。。また、来ます。きっとその時は少し笑えるように」


大の男が泣くなんて恥ずかしいですよね。赤く腫れた目元を指で差して笑っている。まだ悲しそうな笑顔だが西森は嬉しくて穏やかに笑った。ありがとう。去ってしまった男の人の車を見送りながら西森は一面に広がる春の海を見つめる。大切な人を亡くしても、人は生きていかなければならない。自分の中で逃げたいことがあっても、明日からも自分として生きていく。時々残酷だなとも思った。店の電話が鳴る。受話器を取ると旅館からの注文だった。明日は六組。また心を込めてこの花たちの花籠を作ろう。ここを去っていった男の人の幸せを祈りながら西森は相棒のママチャリに乗ってこぎだした。

おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

常識くんと愛さんとちょっと違うのでなかなかに疲れますが書くのをやめられない。悩むのをやめられない。何でしょう。。この書くことの魅力。夢中でございます。

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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