サクラ ~心の美しさ~1
屈託なく笑う杉崎の笑顔に西森は安心したように笑った。あのギラギラした目や悲しい雰囲気が取り払われ、優しい空気に満ちている。杉崎の手にはスノーフレークが摘んであり、寄り添いながら杉崎を応援しているようだ。杉崎は西森の手を離して向きを変えた。視線の先までずっと続いている花畑を見つめている。遠い目をした杉崎が何かを考え感じているのだなと西森は思い、花摘みの作業に戻った。長い時間が過ぎていったのだが、杉崎は何も言わずただ目の前の大きくて優しい自然を見つめている。西森も花摘みに没頭した。
「すごく。。素敵な経験でした。自然の中に囲まれるって前の配属先ではなかなかなくて。。目を奪われてしまいますね。心が洗われたような。雄大でゆったりとしていて。。感動しました」
自転車をこぎ花屋へと戻る西森に杉崎は隣で笑いながら走っている。都会から来た西森はその気持ちがよくわかった。祖母が亡くなった悲しみも両親から拒絶された悲しみも、花畑や優しい空、吹きわたる風、温かい土に触れているとすっと収まって穏やかな気持ちになれた。何も言わず大きく包み込む自然が当たり前のようにあって、自分を育んでくれる。一人になったのに、周りにはこんなにも大きな愛がある。寂しさがいつの間にか消えていて、代わりになんとも言えない優しさとおおらかな安らぎがやってきた。杉崎の言葉に大きく頷きながら自転車をこいでいく。遠くの方で自分の帰りを待つ花屋が見えた。
花屋に到着して杉崎は周りを確認する。不審物がないか調べると西森の元に戻ってきた。すっと手を上げて敬礼をする。そういえば杉崎は警官だったのだなと西森は思い出し、優しく頷く。杉崎に伝わったのか口を尖らせて顔をしかめた。
「俺だって、一応警官なんですから。。もう。。西森さんには情けない所をお見せしたからしょうがないですけど。。」
しかめた顔の杉崎は変な顔だなぁと西森が可笑しくて笑っていると、ため息を吐きながら杉崎が西森を正面から見る。先程とは違って穏やかに見つめる目差しに、どうしたのだろうと首を傾げた。穏やかな目が優しい光を宿している。
「西森さんは不思議な人ですね。。一緒にいると心が和みます。。速水さんが惚れたのも、よくわかりますよ。では、何かあったらすぐ連絡してくださいね」
穏やかな口調で告げると西森に一礼をして後ろを向く。え?と疑問に思い尋ねようとしたが、もう旅館の方へ走っていた。遠くから振り向いて手を大きく振っている。小さく手を振りながら聞こえた言葉をもう一度繰り返した。速水さんと聞こえた気がする。でもどうして杉崎が速水のことを知っているのだろう。接点は無さそうだし、そもそも速水は配達員だ。聞き間違いだったのだなと西森は思い直した。あっという間に走って消えていく杉崎の後ろ姿を見つめながら西森は大きく背伸びをする。今日も集中して花を摘むことができた。写真の祖母に報告しようと花屋の扉を開いて中に入る。いつもの花屋の匂いと佇まいが西森を出迎え、ほっと安心する。
「味噌汁作って、ご飯も炊くかな。今日は卵焼きでも食べたい気分。明日の速水さんのおかかも作っておこう」
家に帰って明日の準備をしながら味噌汁の具はどうしようかと冷蔵庫を開く。カチコチと古い時計の音が聞こえ、静かな時間がやってくる。誰かといる時間も好きだが、こうやって一人の静かな時間も西森は好きだった。古い家具に囲まれて茶舞台の上に漬け物を置けば、家に帰ってきたのだなと実感する。沸騰したお湯の中に一口サイズに切った白菜を入れた。ネギが残り少なくなっていたので、細かく刻んで冷凍しておこうと冷蔵庫から取り出す。米も洗い終わり炊飯器にセットする。強い風が吹いたのかカタカタと家の外で音がして西森は振り返った。しばらく様子を見ていたが何もない。気のせいだと作業に戻った。白菜が煮えて味噌を溶く。味噌の優しい匂いが鼻をくすぐり西森は大きく息を吸い込んだ。
「はぁ。。落ち着くなぁ。。お祖母ちゃん。あのね、今日杉崎くんっていう若者がやって来たんだよ。警官なのに、ちっとも警官に見えなくてさ。ああいうのを童顔って言うんだよね。気にしてたようだけど、そう見えるから仕方がないよ。それでね」
写真の祖母に話しかけながら味噌汁と卵焼きをほおばった。祖母の前ではすらすらと言葉が溢れて、小さい頃の自分に戻っている気がする。祖母はなんでもにこにこと聞いてくれて話しやすかった。こうして写真の祖母に話すことで一日の出来事を整理しているのだなと西森は思う。いつまでも頼りにしてはいけないと思いながらも、祖母の写真を見るとついつい長話をしてしまう。気の済むまで話していると時計がボーンと低い音をたてた。時計を見るともう22時を過ぎている。慌てて祖母にお礼を言って寝る準備にとりかかり、ラジオを点けた。明日の天気はどうだろう。そしてあの嫌がらせをしてきた謎の集団は捕まっただろうか。家の外でまた音がした。先程の音と比べて少し大きい。なんだろう。不信に思って出てみようとしたが急に怖くなった。
「速水さん。。あ!」
咄嗟に速水を思い出し、もらった機械を探した。あれを手元に置いておけば。。そう考えて西森は頭を抱えてしまう。速水からもらったブザーのようなものは自転車の後ろの箱に入れていたのだ。摘んだ花の保存ばかり考えて後回しにしていた。しまった。どうしようかと考えを巡らせる。自転車は花屋の外にあるので取りに行くのも怖くてできない。携帯を持たない西森に速水が渡してくれたのに。途方にく暮れながら取りに行くか、行かないか西森は迷っていた。
「ど、どうしよう。。もうそろそろ寝ないと。。でも何かあったら。。ああ。。」
自分がこんなにうじうじとした人間だとは思わなかった。たかがすぐそこの外だ。簡単だ。西森は自分を奮い立たせて立ち上がる。真っ暗な花屋の玄関に近づいて鍵を開けようとした。
「。。!!?」
花屋の扉を軽く叩く音がして、向こう側に人の気配がする。花屋の扉の穴から外の様子を見ようとするが指で塞がれているのか真っ暗だった。旅館の前で連れ去られそうになった時の恐怖が急にやってくる。両手を見れば小刻みに揺れていて視界も心なしか暗く震えているのがわかった。体全体が底知れぬ冷たさを纏ったように震えだして止まらない。ここには西森一人なので、もし襲われたらどうしようもなくあっという間に連れ去られてしまうだろう。西森は震えながら玄関の扉から一歩後ずさった。何も返答がないことに苛立ったのか、扉を叩く音が大きくなる。怖くて扉からさらに距離を置く。震える足に力を込めて黒電話のある方へ向きを変えた。歩くことがこんなに怖くて遠いことだなんて!あまりの恐怖に膝から崩れ落ちる。その間にも玄関の扉を叩く音は激しくなり、扉を強く動かして取り除こうとしてきた。冗談じゃない!ここは祖母の大切な花屋だ。傷つけるのは許さない。西森は怒りが溢れてきて玄関を見据えた。いったい誰だ!玄関の方へともう一度近づく。拳を握って目の前にやってきた。その時、バタバタと何人かの走る足音が聞こえる。複数の足音が遠くなっていき、今度は軽く扉を叩く音に変わった。
「。。?。。」
不思議と先程の恐怖は湧いてこず、首を傾げながらも扉に近づく。耳をすませると、おーいというのんびりとした声が聞こえた。これは。。西森は鍵を開けて勢いよく扉を開く。眠そうな速水がゆったりと立っていた。西森を確認すると優しく微笑んで頭を撫でてくる。照れ臭かったがそのままにしておいた。少し見上げて速水を見れば西森の視線に気づいた速水が嬉しそうに笑った。急に温かな気持ちが溢れてきて西森は屈託なく笑った。
速水をちゃぶ台へと招き入れて座ってもらう。腹が減っていないかと聞いてみると、少し、と優しい声が聞こえた。先程まで一人だったので誰かがいるのは心強い。ずっと会いたかった速水だからなお、嬉しい。味噌汁を温めてご飯をついでいると、カタンと音がした。振り向いたら、速水が写真の祖母に手を合わせている。この人が速水さんだよ。写真の祖母に心の中で伝えながら、くすぐったいなと頬を掻いた。
味噌汁とご飯をちゃぶ台に置いて箸を手渡す。ありがとうと笑う速水が格好いい。本当にここにいるんだなぁと実感した。静かに食べる速水の姿を見ながら今日あったことを話す。杉崎のことや明日の花籠のこと。写真の祖母に話したことも速水に聞いてほしくて口から言葉が溢れていく。速水は食べながら時々西森の方を向いて頷いている。優しそうに笑って静かに目を閉じて。とても穏やかな時間が流れた。
「ここに泊まるんですか?明日の配達はいつです?」
話したいことを話せば、スッキリとして急に眠気がやってきた。あくびを噛み殺しながら聞いてみると、明日は昼から配達だそうだ。速水はゆっくり眠れるだろう。西森は花籠を作るために早めに起きる。目覚ましをセットして速水が寝る布団を敷いた。来客用に直してあったものを出すのは大変だったが布団がなければ体に良くないだろう。眠い目を擦ってゆっくり敷いた。食べ終えた速水が食器を洗っている。台所に立つ速水の姿がなんだか愛しかった。
布団の中で睡魔がすぐにやってくる。明日は早い。もう意識を手放してしまおうと体の力を抜いていく。ほっとした西森にすっと何かが寄り添ってきた。頭に温かなものが降ってきて優しく撫でてくる。くすぐったい。心地よい温もりに思わず笑ってしまう。体全体が強く引かれて温かいものが自分を包み込む。耳の隣でトクントクンと不思議で小さな音が聞こえてきた。何でもない音なのにひどく落ち着いて優しい。力が抜けていく。
「おやすみ、西森」
唇に何かが触れて心が急に熱くなってきた。熱くて堪らないのに包み込んでいる熱はとても優しく心地よい。思わず身を委ねたくなる。何が起きても大丈夫だと訳のわからない安心感が溢れてきて西森は自然と笑っていた。隣の優しい温もりにそっと寄り添ってやってきた睡魔に身を任せた。
皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
長くなってしまいました。。ので今回も分けます。後半はそのうちアップすると思いますので気長にお待ちくださいね(*^^*)
ではでは、皆様これからも素敵な時間をお過ごしください。




