ストロベリーキャンドル ~善良~
春の優しい風が頬を掠める。寒い冬を越えて温かい季節がやって来た。店先に並ぶ花たちに西森は霧吹きで水を吹き掛けていく。優しく緑の葉っぱに水滴がついて輝いている。まるで花たちが淡い霧のような水を纏って化粧をしているようで、西森はこの水やりが好きだった。
「じゃあ、配達に行ってくるから。店番よろしくね」
写真の穏やかに笑う祖母に声をかけて店の扉に鍵をかける。配達中というカードに変えて戸締まりを確認した。田舎町のそれほど遠くない場所にこの町で唯一の旅館がある。車を持っていない西森にはこのママチャリが大活躍してくれる。前のカゴに頼まれた花たちを固定して、後ろの箱には小さな花籠を入れた。
「今日もいつもの花と小さな花籠が五つか。。お客さんは五組なんだな」
注文を受けてから西森がこのママチャリとともに辺りを回って季節の花を摘んでくる。田舎町なので都会には珍しい花がたくさん咲いていて外部から来る宿泊客にとても人気だ。花は心を和やかにしてくれるし小さい花でも美しくてほっとする。旅館の常連客にはたまにリクエストもあったりして。西森は花に関わる仕事ができることをとても嬉しく思っていた。
「転ばないようにしないとな。。うん。大丈夫だ」
花の位置を確認して少しずつ自転車をこいでいく。徐々にスピードを上げて道を急ぐ。広がる田園風景と吹きわたる風の中で前のカゴに乗せた花の匂いが西森の鼻をくすぐりとても幸せな気持ちになった。花は香りもそれぞれ違っていて心を落ち着かせたり高揚させたりする。不思議だ。
「春だなぁ!!野の花がたくさん咲いている。ふふふ。恋をしていることを春が来たって言うけど、こんな感じなんだろうな」
取引先の旅館には毎日同じ時間にこの道を自転車で行く。いつもの緑の丘が黄色やピンクの花たちで彩られていた。西森も訳もなくウキウキとしてくる。恋なんて自分はもうしないけど、この春の風景は好きだ。少し胸が痛んだが、一面の花の海に春が来た喜びを感じていた。取引先の旅館に着いて裏に回り花を下ろす。こじんまりとした旅館だが、口コミや雑誌などで取り上げられ週末には満席になる。西森への注文は大きな花ではなく素朴な花が多い。薔薇やかすみ草など有名な花は別の大きい花屋から仕入れているので、近くにあって小さい西森の店は足りない花や客の要望などが中心だ。そもそも車を持たない西森には小さな花の注文がありがたかった。
「これでいいですか?注文を受けていた花籠なんですが、こんな感じです」
箱に入れていた花籠を旅館の主人に見せる。初老の元気な人だ。
「おお。いつもながら素直な優しい花籠じゃのう。。花を愛しいと思う心が表れておる。いつもご苦労さん」
シワが深く刻まれている顔を柔らかく崩して穏やかに笑った。小さい頃遊んでもらった祖父に似ている。西森はこの主人に誉めてもらうと家族から誉められたように感じて照れ臭い。亡くなった祖母とも友人で葬式の時は元気がなくぐったりとしていた。こんなに元気になって本当によかった。
「ありがとうございます。正宗さんには誤魔化しなんてきかないですからね。そう言ってもらってすごくほっとします」
祖母が亡くなった時、自分を理解してくれるたった一人の人が去ってしまったのだと、西森はがく然とした。両親とは喧嘩をして勘当されてしまったし、友人ともいい関係を築けなかった。そんな西森にとって祖母はそのままの自分を受け入れてくれた。温かくて優しくて大好きだったのに。小さな古びたあの花屋を継いだのも祖母の面影のある店が無くなるのが耐えられなかったからだ。自分の大切な一部が消えてしまうような気がして。都会の仕事を辞めて貯金をはたいてこの町にやって来た。
「ええ感性じゃよ。どんな花を添えるかでその人の心根がわかるんじゃ。お前さんはええものを持っとる。心が和むのう」
西森の心がここにいたいと叫ぶのは、こういった自分のありのままの本質をちゃんと見てくれる人たちがいるからだろう。この町が大好きだ。冷たい臆病な心がじんわりと温かくなる。西森は嬉しくなった。
花たちを納めてほっと一息吐いた。こうして主人に見てもらって満足した顔を見たら安心してお腹が空いてくる。注文をもらって朝早くに咲いている花を探して自転車をこぐ。自分の納得のいく花籠を作るために時には何度もやり直したり花を探し直したり。西森はいつも花を納めるまでご飯を食べなかった。
「お腹が空かないんだよな。小心者だから。でも、この充実感がなぁ。。やめられないね」
用意してきたおにぎりを旅館の裏口で食べる。今日もいい仕事ができた。花たちに感謝しよう。辺りに咲いている小さな花をそっと撫でた。
「ちょっと。。どいてくれるか?これから荷物を運ぶんだ」
下を向いてぼんやりと花を撫でていた西森の上から声がする。はっとして顔を上げると配達の男が自分を見下ろしている。春になって暖かくなった。額に汗が光っている。(わ。。格好いい。。)ぼんやりと見つめている西森を怪訝そうに見て、どいてほしいんだけど。と口調を強めた。ドキッと心が動いた気がする。慌てて西森は道を開ける。
「悪いな。急いでて。。ごめん」
そのまま旅館の中へと消えていく。残された西森はドキドキと高鳴る胸の痛みを感じながら、その後ろ姿を呆然と見ていた。まずい。胸がときめいている。もう恋はしないと決めたのに。鈍く懐かしい痛みに思わず顔を歪ませた。
書いてみました。お花屋さんです。花言葉が美しいなぁと感動しとりまして、始めました(*^^*)常識くんと愛さんの投稿の合間に投稿したいと思います。