過去と交流(前編)
長いので前編と後編に分けました。
ご主人様と“外”を繋げたいと思ったきっかけは花壇の世話をしている時だった。
前日摘んできた花に水をあげている時に、一種類の花だけ悲惨な散り方をしているのに気がついた。
花びらだけではなく、茎や根まで影響が出ているようで縦に裂けた状態で散らばっていた。
「その花は他の魔力を吸収して成長するものだ。・・・私の魔力に耐え切れなかったのだろう」
当然のように私の後ろを陣取っていたご主人様が、いつか見た無表情でその花を見つめていた。
私や先輩、赤狼に接している時には決して見せない顔だ。
どんなに先輩が無表情で抑揚の無い声で返事をしても、私がどんなに邪魔扱いしても決して見せることの無い顔をその花に向けていたのを見て、私は思わず声を上げていた。
「ご主人様の魔力は最強だからですよね」
「当たり前だろう!この完璧な私にふさわしい魔力だ!」
パッといつもの顔に戻ったご主人様を見て私も陰でほっと息をついた。
ご主人様の無表情を見ていると、何故だかとても寂しい気持ちになってしまうから。
「・・・ってことがあったのですが、どう思いますか?」
本人には言えないことを相談する為に、私は自室で棒のように立っていた先輩に話を(一方的に)聞いてもらうことにした。
「主様が仰ったとおりです」
「前から思っていたんですが、ご主人様の魔力ってそんなに強大なんでしょうか?」
先輩の形式通りの受け答えなど、もうこの数ヶ月で慣れてしまっている。
それに先輩は誤魔化したりせず、答えをはっきりとくれるのである意味信頼しているのだ。
ご主人様から聞いた話によると死人は従順なので皆正直で嘘やごまかしをしないらしい。
私は魂がある為例外なのだ、とご主人様は自身を誇示していた。
「そうです。魔力のあるもの、魔力を吸収するものがまともに主様と接触しただけで最悪死に至ります」
死という言葉に私は驚く。
「そんな・・・。私達は平気じゃないですか」
「私達は主様の所有物として主様の魔力を頂いています。まして死人となれば魔力の蓄積は関係ありません」
つまりご主人様と同じ魔力で死人となっているから、ご主人様に当てられることは無いということだろう。
「ご主人様と接触できる人は限られている、ということですか」
「正確に言えば、現在主様と接触できるのは完全に魔力が無いものだけです。死に至るものがほとんどでしょうが、稀に意識不明だけで生存するものもいます」
言葉が出てこなかった。
「家族でさえもご主人様と会えないのですか」
「はい。主様は家族とお会いしたことがないとのことでした」
少しずつご主人様の奥深くにあるものに近づいていっているような気がした。
けれどそれはご主人様が望まないことなのかも知れない。
「そうですか」
私が言えるのはその一言だけだった。
それから数日経っても、私はご主人様の過去の事が気になってしまって、時々ぼうっとしてしまう。
勉強中の時、流石にご主人様もそんな私に気づいていたようで、声を掛けてきた。
「なんだ。ここ数日さらに冴えない顔になっているぞ」
私の顔が見るもたえないのか(失礼な)ご主人様は珍しく眉間に皺を寄せている。
「いえ、何でもありません」
直接本人になど聞けることではないと思った私はそう答えたが、ご主人様は少し考え込むように目をそらした。
「そうか、私の過去が気になっているのだな」
ご主人様の言葉に、「えっ」と声を上げたのは仕方が無いと思う。
まるで私の考えを読み取ったような発言に、驚きを隠せずに戸惑っているとご主人様は何でもないように口を開いた。
「数日前にレジェイドと話しているのを偶々聞いたからな」
堂々と聞き耳宣言をされても今の私は突っ込めない。
寧ろ聞いてはいけないことに足を突っ込んでしまったのか、と冷や汗が背中をつたった。
けれどそんな私を気にすることもなく、ご主人様は足を組みなおして反り返っていた。
「私の過去を知りたがるのは当然だ!美しく、才能にも溢れているこの私のことなのだからな!」
いつものように高笑いするご主人様は本当に寛大なのか、それとも何も考えていないのか。
どちらにせよ、私がご主人様の過去を知っても良いとの許可が出たのだ。
さっそく先輩に聞いてみることにした(ご主人様に聞くと主観が入りすぎる気がしたからだ)。
第123代目魔王と側室の間に産まれたのがご主人様だった。
魔王には正妃と数人の側室と数人の子がいたが、力を追い求めるあまり近親の女性を娶った。
以前より、近親同士の子は魔力がなかったり、障害を持って産まれてくることが多かったが、稀に強い力を持った魔族が産まれることがあり、ご主人様はそれに当てはまった。
ただ一つ誤算だったのは、魔王さえも近づくことが出来ないほど強大な魔力を持って産まれてきたことだった。
上位魔族で高魔力の持ち主であった側室でさえ、産まれてきた我が子の魔力に耐え切れずに、出産に立ち会ったものたちと共に亡くなった。
魔界さえ滅ぼしかねない我が子の魔力を脅威に感じた魔王は城の隅に魔力封じの魔法をかけた塔を建てさせ、そこに子どもを閉じ込めた。
育てるものがいなくても、強大な魔力を持つご主人様は育っていった。
予想に反して、スクスクと育っていくご主人様に気づき、魔王は暗殺者を送り込むようになった。
その時ご主人様は6歳児くらいの身体に育っていた。
言葉や文字を知らず、知識もなく部屋にただ佇んでいた。
それでも自分に向けられる殺気に反射的に反応して魔力を使って何人も葬り続けていた。
魔力封じをかけたにも関わらず、一向に送り込んだ暗殺者は帰ってこない事に焦った魔王は懸賞金までかけてご主人様を殺そうとした。
その懸賞金につられてやってきたのが、レジェイドだった。
彼は猛者ばかりのリザードマンの中でも特に凄腕だった為、自身の力を過信していた。
まさか子どもに返り討ちに合うなど思っていなかったレジェイドは一撃で落ちた。
何かを思ったのか、その時初めてご主人様は自分からネクロマンサーとしての力を使った。
そして死人としてレジェイドを支配したご主人様は彼から様々な事を学んだそうだ。
言葉、文字、知識、常識、魔術等基本的なことを学び、覚えた頃にご主人様の人格が出来上がった。
自分が異端なこと、孤独なこと、ネクロマンサーとしての才能があること、父親に殺されそうになっている事。
魔力の制御が出来るようになったご主人様は、異次元を作ることに成功した。
毎日、毎時間、暗殺者に狙われるような生活ではなく、だた1人と死人だけで静かに暮らせるように異次元を整え終えた時には、ご主人様は8歳になっていた。
白骨化したもの、まだ生きていた姿に近い遺体を積み上げた薄暗い塔を一度も振り返ることなく、ご主人様は異次元へ移動して暮らしてきた。
そして今現在に至る。
先輩の話を聞き終えた私はただただ何もいえなかった。
私の許容範囲を超えた過去の話に頭と感情がついてこない。
これは物語の中の悲劇だ。そう言われれば受け入れられたかも知れないけれど、これは空想の話ではない。
平和な生活に慣れていた私の想像を超えた話に私は数日考え込んだ。
過去を教えてもらった事を知っているだろうご主人様はそんな私に何も言わず、いつも通り接してくれた。
まだ話を消化しきれない状態で私は花壇に植える花を探しに外に出た。
花を探し回っている時に、ふと目に入ってきたのは魔力を吸収する花だった。
大輪を咲かせ、風に揺れているその花を見て、私は先輩の言葉を突然思い出した。
「魔力の制御が出来るようになった」ということは、ご主人様が望めば他人とかかわることが出来るのではないか。
私の後をついてまわり、何を言われても楽しそうにしているご主人様は“人”に飢えている様に見えた。
余計なお節介だと言われればやめればいい。
花を回収して、私は急いで屋敷に帰った。
「・・・私が外に?」
赤狼にもたれ掛かって玄関に待ち構えていたご主人様に私は早速提案した。
「そうです!ご主人様にただ一つ足りないのは社交性だと思います。それには外へ出て、様々な人との交流が必要です」
いつもの調子であれば「完璧な私に足りないものなど無い!よかろう!今すぐ外に出て証明してみせる!」と言い返してくるのだが、ご主人様は表情をなくしただけだった。
外に出て何になる。外に出ても無意味だ。そう思っているのかも知れない。
けれど、少しでも人と関わりたいと思っているのなら、私は鬱陶しがられても進言するべきだと思った。
「ご主人様は魔力の制御が出来るんですよね。制御が出来るのであれば他人とも交流が出来るはずです。人と関わる事で学べることは、本の知識より遥に多いです。私もご主人様の側にいますから、外へ出てみませんか?」
ご主人様からしたら余計なお節介で、とても迷惑なのかも知れない。
けれどここで引いてしまったら、一生外に出るきっかけを失ってしまう気がした私はじっとご主人様の目を見つめる。
ご主人様の顔は無表情だが、瞳は戸惑ったように揺れていた。
「・・・私が存在するだけで人は死に絶える。今回も同じことになりかねん」
その言葉の中に外に出ることに対しての拒否はなかった。
ただただ、自分の存在を責めているような言葉しかなかった。
けれど、毎回私や先輩が外へ出るのを見送る際に、ご主人様が見せる寂しそうな顔の中に羨ましそうな表情がひそんでいることを知った私は決して引かなかった。
「では、まずは練習をしましょう」
練習という言葉に、ご主人様は不思議そうな顔をした。
そんなご主人様を引きずって連れて来たのは、中庭にある花壇だった。
目的の場所に着く前に私はご主人様のほうを振り返った。
「では、ここからは魔力を制限させてもらいます」
相変わらずきょとんとした表情のご主人様に見えるように私は花壇の一部を指差した。
「あの花は魔力を吸収する花です。あの花を枯らさないように少しずつ近づいていって、花を触ることが練習です」
「だが・・・」
「はい!練習開始!」
パン!と両手を叩いたが、ご主人様は戸惑った表情をしたまま動かなかったので、ほらほら!と背中をグイグイ押す。
「何事も実践が大切なんです!これが終わったら今度は魔獣相手に練習ですからね」
練習相手の魔獣は先輩に確保してきてもらったから問題ない。
ちなみに先輩は中庭の隅でスタンバイしている。
っていうか、先輩!その魔獣大きすぎませんか!?軽く先輩の倍の高さがあるんですけど!!
暴れる魔獣に対して平然と鎖を持って押さえ込んでいる先輩の実力には頭が下がります。
そんなこんなしている間にご主人様は観念したのか、自ら花壇へと近づいていった。
後数メートルという所までは順調だったが、少しずつ近づくに連れて花の元気がなくなってきた。
その様子を見たご主人様はピタリと足を止めてしまう。
「やはり私には無理だ」
瞳を伏せて珍しく弱気になっているご主人様に近づいた私は、またグイグイと背中を押し始めるが全く身体が前に進まない。
「何言ってるんですか!萎れているだけでまだ枯れてませんよ」
「私には出来ない」
「うぅ。こら!弱気になるな!!」
ご主人様はとても驚いた表情をして振り返った。
ご主人様は怒鳴られたのが初めてだろうし、私もこんなに大きな声で怒鳴り声を上げるほど感情が昂ったのは初めてだ。
「ご主人様は完璧に魔力を制御できると、あの先輩がお墨付きを出したんですよ!出来ないはずがない!!一度失敗してもまたやり直せばいいんですよ。その為の練習です!さぁ、進んでください!」
もうこれだけ言ったのだ。後で不敬罪で処分されようが、なんだろうが私はご主人様を歩かせることに決めた。
先輩からも何か言ってください、と目配せをするとそれに気づいた先輩が淡々とした表情で口を開いた。
「主様。その花の魔力許容量は10です。今、ご主人様の魔力は15ほど溢れていますから後5以上魔力を抑えれば花に触れることが可能です」
理論的過ぎて、そして魔力のことは全然わからないけど、先輩ナイスフォローです。
先輩の言葉に一瞬考えたご主人様は、また花壇のほうへゆっくりと歩き始めました。
少しずつ近づいていってもご主人様の魔力が制御されているお陰で、花は先ほどまでの様子とは打って変わり、大輪を咲かせたままだった。
花壇の前に到着し、恐る恐る手を伸ばしたご主人様の手に花が触れてもその形は全く崩れることは無かった。
「練習成功ですね」
少し呆けているご主人様に声をかけると、穏やかに笑い返してくれた。
初めて見た穏やかな表情に、私も嬉しくなり笑みを浮かべるとご主人様は胸を大きくそらした。
「当たり前だ!!何せ私は天才だからな!」
どうやらいつもの調子を取り戻したらしいご主人様は大きな声で高笑いをした。
その後先輩が連れてきた魔獣を使った練習も行った。
この魔獣は大きな身体に対してあの花より魔力許容量が少ないらしく、始めはご主人様の魔力に怯えていたが、私の声援(とにかく実践あるのみ!)と先輩の理論的なフォローによってご主人様は魔獣を撫で繰り回すことが出来た。
一週間ほど同じような練習を繰り返し、すっかりご主人様も制御が上手くなり、益々ナルシストに磨きが掛かってきたので、今度は実際に外に出て練習することにした。
けれど、練習が失敗して、ご主人様が自己嫌悪に陥ることだけは避けなければならない。
その対策として、たくさんの魔道具を作ることにした。
一般的に売っている魔道具ではご主人様の純度の高い魔力に耐え切れないとのことだったので、材料収集から装飾まで全て手作業だった。
材料収集担当の先輩のお陰ですぐに魔石等必要なものが揃った。
それに魔術を施すのはご主人様の役目で、これもすぐに終わった。
「これくらい、天才の私には造作も無い」と高笑いしていたので、軽く同意して流しておいた。
ここからが大変だった。
装飾担当の私は、細かい作業を必要とされた。
黙々と作っている私の横で、それだと私に似合わないとか、その色は私を引き立てないとかご主人様の口出しが半端なかったのだ。
いつもなら「そうですかー」と流せるのだが、慣れない作業の上、口出しされ続けた私のストレスはたまっていく一方だった。
ストレス解消のため、赤狼を撫で繰り回したのは仕方が無いと思う。
そのお陰で赤狼はいつも以上に毛艶がよくなったので良しとしよう。
そんなこんなで完成した魔道具を身につけて、ご主人様と先輩と一緒に玄関へと向かった。
魔道具はあくまで何かあった時のための保険だ。
幾重にも連なっているネックレスに掛かっている魔術は、ご主人様の魔力が溢れてしまった時に周りに結界を張って他人を魔力から守る仕掛けになっている。
幾つも魔道具を身に着けているのはその強度がご主人様の魔力に数秒しか耐えられないため、魔道具が一つ壊れてしまっても次の魔道具でカバーする為だ。
何かあれば魔道具が発動している間に、私達がご主人様を屋敷へと連れ帰る寸法になっている。
少し緊張した面持ちのご主人様を筆頭に、私達は玄関からマーブル色の空間へと足を踏み入れた。
ふわりと一瞬身体が持ち上がって、すぐに景色が変わった。
自然の風が吹いているその場所は山奥で、今回の練習地となった大きめな町のすぐ近くにある場所だ。
私を先頭に、どこか恐る恐る付いて来るご主人様、その後ろをただ付いて来ている先輩。
町の入り口に来ると、ご主人様の足が完全に止まったので振り返ると、少し躊躇っている表情をしている。
「ご主人様、大丈夫ですよ。あれだけ練習したんですから。万が一何かあっても対処できるように魔道具までこしらえたんです。それに例え今日上手くいかなくてもまた頑張ればいいんです」
ね、先輩。と目配せを送ると先輩が口を開いた。
「この町を見た所、一番魔力が低くいものは3と言った所でしょう。練習の範囲内になります」
理論的かつ、入り口から見ただけで街中の人やものの魔力がわかる先輩の超人的能力にグッと親指を立てる。
「それじゃあ行きますよ。今日の課題は八百屋で買い物する!です。気分が悪くなったりしたらすぐに教えてくださいね」
「う、うむ」
まだ何処か緊張した様子のご主人様を連れ立って八百屋へと向かった。