死人の自覚
※残酷な表現が入る場面がございますので、苦手な方はお戻り下さい。
私がご主人様(棒読み)に仕えるようになって、早くも半年。
この緩やかな日常にも慣れてきた。
ご主人様(棒読み)の身の回りのお世話を始め、赤狼のシャンプー、中庭の花壇の入れ替え、そしてこちらの勉強を日々行っている。
その中でも重要なのはご主人様(棒読み)との会話である。
何故ならご主人様(棒読み)は生粋の引きこもりらしく、全く外出をしない。
そうだからなのか毎日私の後ろをついてまわり、飽きもせず様々な会話をすることを楽しんでいるようだ。
私といえば、最初は主従関係だからととても畏まった言葉遣いや振る舞いをしていたのだが、時間と共にそれも緩くなってきてしまった。
しかし、どうやらその性格にも関わらず、ご主人様(棒読み)は寛大で素直なので特に苦言を言われたことはない。
それを良いことに私は近所の子どもの相手をしているような気軽さで接していた。
そんな日常の中で、私がこの屋敷から外に出ることの出来る仕事が花壇に植える花を探す時だった。
初めて外に出る時はとても緊張していたことを覚えている。
この異次元から外の世界へ出る際に重要なのはイメージだと言われた。
具体的な地名や町の名前とその何処に出たいのかを強くイメージするとそこまで一瞬で飛ばされるそうだ。
私はといえば、異世界人故にこちらの地名は全く知らない。
ましてやそのマーブル色の中に身を投じることさえ、最初は恐怖でしかなかった。
なので、初めてのお出かけの際には先輩についてきてもらった。
もちろん引きこもりなご主人様(棒読み)はお留守番だ。
私は無表情の先輩と一緒にマーブル色な玄関外に身を投じ、花壇の為に熟読した植物図鑑に載っていた地域とその花の姿を強くイメージした。
パッと瞑っていた目にまばゆい光りが見えたので目を開けようとしたが、それは叶わなかった。
「うぎゃあぁー!!」
強い浮遊感に思わず色気の無い悲鳴を上げた。
死ぬー!!と思っていた所に先輩が私を回収してくれた。
どうやら私のイメージは失敗したらしい。
地域と花のイメージしかしなかった為、空中に出てきてしまったとのことだった。
というか、先輩の背中には羽が生えていたんですね。
先輩はリザードマン系の魔族だとご主人様(棒読み)が言っていたが、まさか羽が生えているとは思わなかった。
少し驚きながらも花を回収してまわった私は先輩が開いてくれたゲート(これも屋敷に帰るイメージ)をくぐって屋敷に戻ったことを覚えている。
そして今日はその花壇の花の入れ替えの日である。
ご主人様(棒読み)と会話をしながら植物図鑑で調べた花を数種類摘んでくる予定だ。
最近は1人で花を摘んでくることが出来るようになった。
ご主人様(棒読み)に纏わりつかれながらも、どうにか準備をして玄関へと向かった。
「それではいってきます」
「うむ、お茶の時間までには帰って来い」
嫌味なほど綺麗な髪をさらりと揺らしたご主人様に見送られながら、私はマーブル色な空間に足を踏み入れる。
地域、花の姿、地上等を強くイメージした。
一瞬で風景が変わり、薄暗い森の奥深くへと無事移動できたようだ。
光りさえも遮り、ジメジメとしたその森で数種類の花を回収し、あと一種類回収すれば終わりだ。
薄暗い森で唯一光りの差している大きな木の根元にその花はあった。
木の根元に跪くと同時に後ろにある草むらが揺れ始めた。
後ろを振り向くと同時に目に飛び込んできたのは私の二倍の大きさはあるハイエナに似た動物だった。
その目は私を捉えたまま、大きな口からよだれを垂らして姿勢を低くしている。
あっ、と思う間もなくそれは私の喉元に噛み付いていた。
木にたたきつけられた衝撃を感じたが、それよりも喉に食い込む牙に恐怖を感じる。
ヒュッと息を飲み込んだ気がするが、それさえもわからなくなった。
そのまま喉を食いちぎったそれは今度は私の左足に噛みついたまま首を激しく左右に振る。
震える手を喉元に持っていって、私は発狂したのだと思う。
ぽっかりと穴の開いた喉を触れた手がだらりと地面に落ちた。
ハッハッと息が荒くなり、ブチッと私の左足が千切れた音を最後に私は意識を失った。
そこは深い深い闇だった。
目を開けているのか閉じているのか全くわからない。
ーこのまま魂を回収しましょうか?−
響くようなその声は、以前聞いたことがある声だった。
今、私はどうなっているのだろう。
ー魂の拒否反応を起こして、今あなたの魂は肉体から離れている状態ですー
私の心の声に反応するように、その人は私に答えてくれた。
そりゃそうだよ。だって私の身体はまた食べられちゃったんだから。
ーいえ、あなたの肉体は今も存在してますー
そんなはずない。私は自分の身体が無くなっていくのを見ていたもの。
ー・・・どうやら詳しく説明を受けていないようですね。まぁ、それは良いでしょう。それでどうしますか?肉体に戻ることも出来ますし、このまま魂を回収しても良いですよー
また、あんな思いするならいっその事このままでいたい。
ーそれは出来ません。ここは世界の狭間。ここにいればいずれ魂は消えてなくなります。それに本当にこのままでいいのですか?ー
その問いかけに浮かんできたのはご主人様の顔だった。
ー彼も特殊な存在です。あなたに想像できないような孤独を抱えた彼を置いていくことができますか?ー
引きこもりなご主人様。
ナルシストで世間知らずなご主人様に関わって来た人が少ないだろうことは何となく気づいていた。
あの食事の食べ方、自分本位な会話、様々な彼の行動は人とほとんど交わったことの無い人のようだった。
私との会話ではいつも穏やかな顔をしていて、注意をしている時でさえ瞳が輝いていた。
あぁ、あの人は他人に飢えていたんだ。
そんな彼は、私までいなくなったらどうなるのだろう。
きっとなんでもないという顔をしながら、心は凍ってしまうかも知れない。
ー今なら戻ることが出来そうですよ。戻りますか?ー
そうですね。あんなナルシストで面倒くさい人は私しか面倒を見てあげられないでしょう。
ーわかりました。ではまたー
ふわりと身体を浮き上がっていく感覚にうっとりと目を閉じた。
まばゆい光りが見えてきた時に、ご主人様がいつもつけている香油の匂いがフワリと香った気がした。
ぼんやりとした頭で目を開くと、一番最初に目に入ってきたのはご主人様の顔だった。
泣きそうな顔でもなく、怒った顔でもなく、彼は無表情だった。
「だたいま帰りました」
ぽつりと呟くと、彼は無表情からニヒルな笑みを浮かべて鼻で笑った。
「全く。死人が主人の手を煩わせるなど前代未聞だぞ。お前の主が務まるのはやはり寛大な私くらいだな」
感謝しろ!と高笑いし始めたご主人様をみて、あぁ帰って来たんだと自覚して、にっこり笑う。
「その言葉をそっくりそのままお返ししますよ」
「何!?この美しく完璧な私がいつお前の手を煩わせたというのだ!」
「毎日です」
「嘘をつくな。具体的に言え!具体的に!」
「例えば私に死人について説明をしてないですよね」
「何を言っている。きちんと説明しただろう」
「説明されてないからこんな事態になっているんですよ!」
きょとんとしているご主人様に私が詰め寄ると、しょうがないという風に側にいた先輩に命令して説明し始めた。
というか、先輩部屋にいたんですね。全く気づきませんでした。
先輩の説明いわく。
死人とは魔術を掛けたものの手足となる存在。
材料は死人の骨(少しでも欠けると失敗する)と魔力だけらしい。
つまり骨に肉がついているわけではなく、骨をベースに魔力を纏っているような状態で、生前に近い形状に復元される。
だから、実際に手足をもぎ取られても痛くも痒くもなく、寧ろ魔力で形状記憶のように元に戻るらしい。
確かに今回もぎ取られて食べられてしまった足は、いつもの状態で元に戻っている。
死人とは魔力の塊でもあり、手早く魔力を取り込めるので魔獣に狙われやすい。
魔獣にも狙われやすく、戦争の道具でもある大体の死人は武力を備えているので魔獣など目ではないが私は全くの無力なのでそのまま食べられてしまったらしい。
私の魔力の減少を感じ取ったご主人様が先輩に命じて様子を見に行かせたら、肢体を粗食された私を発見し、魔獣の破裂した肉体がそこら中に飛び散っていたとのこと。
「ん?あれ?魔獣は先輩が来る前に死んでいたんですか?」
「当然だ!私の魔力を体内に取り込んだものは耐え切れずに死に絶えるに決まっているだろう」
「この世界に住む魔力を持つもので主様の魔力を受け止められるものはおりません」
先輩、それってつまりご主人様は無敵と言うことでしょうか。
悦に入って高笑いしているご主人様を横目で見ながら、私は乾いた笑いしか出来なかった。
ちなみにその次の日から私は剣術や弓の使い方等、ありとあらゆる特訓を先輩から受けた。
今回のことを受けて護身術を身につけてるべきとの判断らしい。
そして精神力向上の特訓で何度私の身体がバッサバッサと切り離されたことか。
最初はギャーギャーといって泣き喚いていたが、数週間もたつと手足が吹っ飛ばされようが、首が転がっていようが何とも思わなくなってしまいました。
慣れって本当に恐いものです。