日常①-仕事初め-
彼氏の浮気現場目撃(しかも裸)、突然の異世界召喚、そして生贄になって絶命。
生前の最後を飾る多々の不幸から、今度は死人としてナルシストで残念な性格のご主人様(棒読み)に召使として仕えるようになった私の日常のお話。
ご主人様と私の雇用契約が結ばれた次の日の朝。
私は日が昇る前に(外はマーブル色一色だが、時計を見て勝手に判断した)目を覚ました。
・・・いや、目を覚ましていた。
正確に言うと全く眠れなかった。
夜も更けたことだし、と私に宛がわれた部屋で昨夜布団に入ったっきり、私は天井とのにらめっこをし続けた。
羊を数えても、目を瞑ってみても全くやってこない眠気に諦めがつかず、結局朝になってしまったのだ。
身体を起こしてみても眠らなかったことによる不調など全く身体に現れておらず、流石におかしいと思ったが、召使初日だ。
朝からやることはたくさんあるだろう、と私は頭を切り替えて支度をし、部屋を出た。
部屋を出たのは小一時間前だったと思う。
無駄に広い屋敷をぐるりと一周した気がするが誰にも出会わなかった。
もちろん一つ一つの扉を開けたが、両開きの大きな扉の部屋のさらに奥の部屋にご主人様(棒読み)がスヤスヤ眠っているだけで、他に人は見かけなかった。
他の人がいて、仕事を教えてくれるのだろうと思っていた私が甘かったようだ。
どうやら使用人は私しかいないらしい。
そう思えば少しの不安はあったが、独りでの仕事も嫌いではなかったので楽な気持ちでもあった。
よし、と気合を入れると、先ほど見つけた掃除用具片手に廊下を掃除し始めた。
数十分経った頃だろうか。
「なにをやっておるのだ」
廊下や窓を拭いても拭いても全く埃一つ落ちていないことに愕然とし始めた頃、背後からご主人様(棒読み)が現れた。
寝起きの気だるさによって色気が駄々漏れなご主人様(棒読み)に呆然としたのは一瞬で、すぐに掃除用具と自分を隅に寄せて深々とお辞儀をした。
「おはようございます。廊下を掃除しておりました」
「廊下など掃除してどうするのだ。この屋敷全体には常に清めの魔法が掛かっている。そんな事は無駄だ」
常識だろ、と言いたげなご主人様(棒読み)にとてつもなくイラついてしまっても仕方がないと思う。
だって、魔法なんか知るか!こちとら生まれも育ちも日本なんだぞ!馬鹿にすんな!
・・・と思っても口や表情には出さない。
「左様でございますか。では私は何をすればよろしいのでしょうか」
「私の身の回りの世話に決まっているだろう」
早く来い、と言いたげな目をしたご主人様(棒読み)についていくことにした。
先ほど(勝手に)開けた両開きの豪華な部屋に入るとご主人様(棒読み)が立ったまま「早くしろ」と急かす。
「・・・申し訳ございませんが、誰かの世話などしたことがありません。どうすればよろしいでしょうか」
「服を着替えさせろ。クローゼットはそっちだ」
そう言われて入った私の部屋と同じ大きさのクローゼットの中には、ぐちゃぐちゃに積まれた服の数々。
ズボンや上着が出鱈目においてあるだけのその塊に唖然とする。
この中から服を選べって?
とりあえず上のほうから一枚一枚崩してみた。
どれも質のいい素材のものばかりで、ナルシストにしては煌びやかさに欠けたモノトーンなものが多い。
とりあえず白いシャツと紺色のズボンとベルトを持って部屋に戻ると、まだ眠気から冷めていないのかぼんやりとした表情で立っているご主人様(棒読み)の元へ戻った。
どうやら服を脱がせるのも私の役目らしい。
彼氏の服も脱がせたこと無いのに、とか不満は言わないようにする。
感想をいうと、それは素晴らしいほどの肉体美を持っておられました。
何処かで運動しているらしい腹筋は薄っすらと割れていて、身体全体が引き締まっている。
理想的な身体だけど、中身が残念なので特に意識せずテキパキと着替えさせる。
昨日とは打って変わって大人しくしているご主人様(棒読み)の着替えが終わると同時に部屋のドアがノックされた。
あれだけ朝に隅々屋敷を歩いて誰もおらず、二人だけだと思っていた私はビクリと小さく飛び上がった。
「入れ」
まだ寝ぼけたような声でご主人様(棒読み)が返事をすると、大きな扉が開き、人影らしきものがするりと入ってきた。
「朝食をお持ちしました」
そういってワゴンを押しながら入ってきたその人物はパッと見人間に見えた。
ただ、ワゴンを押している手がトカゲのような肌をしており、爪が尋常でないほど伸びていた。
それだけではなく、驚いている私を尻目に朝食をテーブルに並べている彼のズボンからは大きなとかげのようなしっぽまで生えていて流石に私も事情を聞きたくなったが、当の本人達を見やるも、かたやぼんやりとソファに座り、かたや無表情で無駄なく食事を並べていて、質問がしづらい。
「それでは失礼致します」
「え、ちょ、待ってください」
私など見向きもせず、出て行こうとするその人に声をかけるも、何も聞こえなかったかのようにそのまま出て行ってしまった。
挨拶くらいしたかったのに、と思い追いかけようとも思ったが、ご主人様(棒読み)が紅茶を入れるよう所望してきたので、結局私は追いかけることが出来なかった。
「ご主人様、伺いたいことがあるのですが」
「うむ、許す」
朝食を食べ始める頃には、ご主人様(棒読み)も目が覚めてきたらしく、昨日と同じ煌びやかなオーラを振りまき始めた。
「先ほど食事を持っていらした方はどういった方なのでしょうか」
「あれか。あれは私がネクロマンサーとして初めて魔術を使った相手だ。中々美しい顔をしているだろう」
私ほどではないがな!と高笑いしているご主人様(棒読み)はスルーする。
「あの方は所謂魔族なのでしょうか」
「うむ、リザードマン系の魔族だろうな。あの種族にしては美しい顔をしているだろう?」
あの種族と言われても人間とご主人様(棒読み)くらいしか知らないんですが。
っていうか、やっぱり綺麗なのが基準なんですね。平凡ですみませんね。
「そうなんですか。それよりも私の仕事はあの方に教わればよろしいのでしょうか?」
「いや、あれは基本的に外へ出ている。お前は私の周りの世話をしていればよい」
そう言われても何をすればいいのか、わからないのが現状だ。
あのクローゼットの服の山は片付けるとしても、掃除は必要ないし、料理もどうやら先輩の仕事のようだし。
仕事を自力で見つけるしかなさそうだ。
だた、とっても個人的なことを言わせて貰おう。
ガチャガチャと大きな音を立てながらご飯を貪り食っている(現にその表現が正しい)ご主人様をじと目で見つめる。
食べ方が汚い!!
あれだけ計算されたような振る舞いをするくせに、フォークで大きな肉を突き刺し、顔が汚れるほど貪り食っているその姿はまるで野生児のようで、思わず口が出そうになったがぐっと噛み締める。
いや、きっと魔族ではあれがマナーなんだろう。
そう思い込んで平静を保とうとするが、耳にはスープを皿から直接ジュルジュルと啜る音や、肉をクッチャクッチャ音を立てて食べる音が聞こえてくる。
私の堪忍袋の緒が切れたのは、ご主人様(棒読み)が要らなくなった皿をテーブルの隅にグイグイ追いやったせいで向こう側にあった皿が床に落ちて割れた音が響いた時だった。
「何やってるんですか!?」
思わず上げていた怒鳴り声に驚いたのは私だけではなく、ご主人様(棒読み)もピタリと動きが止まっていた。
一応雇い主であるご主人様(棒読み)に怒鳴ってしまったのはまずいと思う。
けど、もう言ってしまったことは取り消せないので私は寧ろ開き直って佇まいを直した。
「申し上げてもよろしいでしょうか」
「う、うむ」
まだ驚きが残っているご主人様(棒読み)の目は見開かれていた。
「まず、お皿を割らないように気をつけて下さい。そのようにお皿を隅へ押しやると先ほどのように奥にあるお皿が落ちてしまいます。あと、お肉にはかぶりつくのではなく、そこにあるナイフで切り分けて一口サイズにしてからお召し上がり下さい。スープもお皿から直接飲むのではなく、そちらにある深いスプーンで掬って召し上がって下さい。スープを飲むときにジュルジュルと音を出されるのも、租借する際に口を開けたままだと聞こえるクッチャクッチャとした音がとても不快です。耳障りです」
一気に息もつかずに喋ったせいで最後のほうは苦しかったが、言いたいことは言った。
これでどうなったとしてもしょうがない。
すっきりとした気分でご主人様(棒読み)を見やると、意外にも怒ってはいなかった。
「普通はそのようにして食べるものなのか」
「・・・私がいた所では」
マナーとか結構厳しかったし。
「先ほど申し上げてくださった事を実行されれば、今まで顔についていたでしょう料理のソースもつかずに以前よりも綺麗に食べられるかと」
「つまり美しく食べる為なのだな」
「・・・・・・・そうです。そのほうが美しいでしょう」
私の常識が当てはまれば、の話だが。
しかし、ご主人様(棒読み)は何か納得されたように深く頷くと残っていた食事は私が言ったとおりに綺麗に食べた。
意外や意外にご主人様(棒読み)は素直な方らしい。
食事の後片付けを終えた頃に、またあの無表情な男の人がやってきて、後片付けされたワゴンを持って出て行こうとしたので、声を掛けたがまるで私が存在していないように振舞うその人に戸惑ってしまう。
「あの、ご挨拶をしたいのですが」
「・・・・・まさか、それに話しかけているのか」
私が入れた紅茶を優雅に飲みながらご主人様(棒読み)が不思議そうに声を掛けてきた。
「はい。ご挨拶はしておかないと」
「それは死人。私以外の声は命令しないかぎり聞いたりしない」
本日二回目の常識だろう、という顔をされても異世界人である私は知らないですからね。
「では私と話を出来るようにしていただくことはできないでしょうか」
「必要なのか?」
「えぇ、必要になります」
ご主人様(棒読み)に聞きにくいことでもこの無表情な人になら聞けることが多くありそうだし。
「うむ。レジェイド、何か聞かれればこのものと会話せよ」
「畏まりました」
頭を下げたレジェイド先輩と初めて目があった。
ご主人様(棒読み)が高笑いするのが判るほどのインテリ美形な先輩を見つめると、瞳に輝きが無いのが気になった。
まるで何も感情を持っていない人形のような先輩に少しだけ背筋が寒くなったけれど、死人というのはそういうものなのだろう。
「初めまして。こちらで働くことになりました佐藤楓と申します。いたらない所もあるとは思いますが、よろしくお願いいたします」
「私はレジェイドと申します。よろしくお願い致します」
ご主人様(棒読み)が小声で私の名前を呟くのを聞いて、そういえば名前を名乗ってなかったと今気がついたが、それはまぁ良いとする。
今はとりあえず挨拶だけ、と思っていたのが伝わったのか、先輩はすぐにワゴンを押して部屋を出て行った。
「ご主人様(棒読み)。他にどなたかおられますか?」
「人の姿をしているのはレジェイドだけだ。後は玄関にいた赤狼だけだな」
「赤狼と申しますと?」
「大きな獣がいただろう」
その言葉にあっと声を上げた。
今日屋敷を歩き回っている時に見かけた、私の何倍もの大きさがあって、何十人背中に乗っても大丈夫そうな狼の置物がそうか!
こんな大きい(玄関が広すぎて窮屈そうには見えないが)置物を置くなんてやっぱり変人だと思っていたが、あれも死人、いやこの場合は死獣?らしい。
確かに赤狼という名前の通り、艶のある真っ赤な毛並みをしていた。
「赤狼を触ったら食べられる、なんてことはありませんよね」
「あれは番犬のようなもの。流石に死人には反応せぬわ」
本日三度目の常識だろう、な視線をもう気にしたりはしない。
そうですか、と気の無い返事をしながらご主人様(棒読み)が飲み干したお茶を片付けた。
さて、仕事始めにしたことといえば、ご主人様(棒読み)のクローゼット等諸々整理整頓して、後はご主人様の側で会話をするくらいだった。
屋敷の中は魔法のお陰で清浄に保たれているが、外はそんなことないだろうと箒を片手に玄関の扉を開けようとしたのだが、その前にご主人様(棒読み)に止められてしまった。
「そのまま出ると、一生異次元をさ迷うことになるぞ」
少し開いていた扉を(相変わらず外はマーブル色)速攻で閉めました。
それならばと、意気揚々と出たただっ広い中庭も屋敷と同じ清浄魔法が掛けられていて、塵の一つも落ちてなかった。
ほぼ一日中他に仕事が無いか歩き回って探したが、使われていない部屋が多く、使われていない部屋はとても綺麗に保たれている為、手を加えることが出来なかった。
「本当に召使が必要だったのですか?」
あまりの仕事のなさに私はどうにでもなれ精神でご主人様(棒読み)に問いかけた。
「当たり前だ。最初に言ったであろう。器用な人の手が欲しかったとな」
「でも、先輩だけで何とでもなりそうなほどすることが無いのですが」
「お前はレジェイドの手を見ていないのか。あの手で私を着替えさせることは出来ないし、私の飲み物を注ぐことさえ出来ないのだ」
確かにと思う。
あの鱗のついて長い爪がある太い指ではボタンはおろか、ディーポットのつまみさえ摘むことが出来なさそうだ。
寧ろポットごと片手で軽く握りつぶしてしまいそうだ。
本当に身の回りの世話だけをする人が欲しかったってことなのか。
ということは、私が来るまでは自分で着替えをして、自分でお茶を用意していたということになる。
・・・うん、すっごく似合わない。
そう思いながらご主人様(棒読み)の綺麗な髪をクシで梳かし、香油を塗った。
これで私の今日の仕事は終わりだ。
クシや香油を片付けて(鏡台の引き出しもグチャグチャだったので整理した)、私は自分の部屋へと戻った。
お風呂に入り、寝る準備をしてから布団にもぐりこんだ。
召使としてとても忙しい日々になるかと思いきや、ほとんどが魔法で賄われている為、寧ろ仕事が限られていた。
けれど、別に悪いとは思わなかった。
確かにナルシストで世間知らずそうなご主人様(棒読み)にはイラッとすることが多々あるが、酷い仕打ちをするわけでもないし、寧ろ何か意見をしても素直に受けれてくれる態度は雇用主としては合格だと思う。
ここで私は暮らしていくんだと思うと、やっぱり少し不安になってしまうのは仕方がないと思う。
でもそんなに悪い所ではなさそうだと少し安心も得た。
今日は気疲れもしたしすぐに眠れるだろうと目を瞑ったのはいいが、全く眠気が来ないことに病気にでもなったのかと不安になりながらも朝を迎えた。
そして、その事を偶々あった先輩に相談して万事解決した。
死人は食事も睡眠も必要ないことは最初に教えてくださいよご主人様(棒読み)!!