出会い
もし姿が見えなくなってしまっても
触れられなくしまっても
自分の生が尽きるまで
いつまでも
いつまでも
愛を注ぎ続けると誓える人はいますか
目覚めたのは小鳥の囀りが清く響き渡る午前6時過ぎだった。
寝起きが悪いのは小さなときから変わらない。起きてから10分ほどソファーに呆然と座っていた。
よし。
窓を開けた。朝一にベランダに出て伸びをするのが毎日の日課だ。これをしないと1日が始まった気がしない。
ベランダの隅に小さな芽が出ていた。何の花だろうか。そんなことを思いつつ部屋に戻る。
2002年夏世間が日韓ワールドカップで盛り上がっている中、濱田翔は滴る汗には目もくれず大学へと向かっていた。
不意に携帯が鳴る。「もしもし」
「もしもしじゃねぇよ、今どこだよ、早くしないと授業始まっちまうぞ」大学の友人島田直樹が急かすように言った。
「悪い悪い、昨日夜勤だったんだよ、あと10分くらいで着くから」
「わかった、音速以上高速未満で走ってこいよ」
「はいはい、じゃ切るからな」翔は少しペースを上げる。
すると思い切り人にぶつかった「すいませーん」そう言いながらさらに走った。
大学につくと島田の待つ教室へと急ぐ。教室を開けると1番手前の席に島田がいた。
「おはよう夜勤少年、席とっておいたぞ」
「ありがと、先生は?」
「まだ来てないしくる気配もないんだ、もしかすると休講かもな」
「だといいな」
数十分すると、教室の中の誰かが「休講メールきたぞ」と叫んだ。
「休講だってよ、翔どうする?」
「まじかよ、今日授業これだけなのに」
「暇になっちまったな、どうするか、うち来るか?」
「う~ん、そうさせてもらおうかな」
島田の家は大学から歩いて5分ほどのところにある。いわゆる学生アパートだ。部屋は7畳ほどの1K。2人でくつろぐには十分すぎるスペースだ。
部屋に入ると翔はベッドにダイブした。
「おい、勝手に人のベッドに乗るなよな」島田は言った。だがそんな声も遠くに聞こえるくらいに翔は眠気に襲われていた。
「ごめん、やっぱ夜勤で疲れてるから少し寝かせてくれ」そういうと翔は瞼を閉じた。
目を開けると時計の針は18時を回ったところだった。
「よく寝たな翔、なんか食うか?」
「いや食べ物はいいや、なんか飲み物くれ」
「はい、どうぞ」そう言うと島田はコップ一杯に入った水を渡した。外を見ると、作られたようにきれいな色をした夕焼けが町を照らしていた。
「翔、この後なんかあるか?」島田はにやけながら言った。翔は何かめんどくさそうなことがありそうだなと思いつつ、寝かしてもらった恩もあるなと思い「いや、なんもないけど、なんで?」と目を合わさずに言った。
「じゃあさ、ちょっと居酒屋付き合えよ」
「なんだ、そんなことかよ、全然いいよ」
「よし、じゃあいくぞ」
「いま?随分急だな」というとすぐに2人は支度を始めて家を出た。
電車を乗り継ぎ20分程かかったところにその居酒屋はあった。途中、わざわざ遠い店にするのには何か訳があるのかと思ったが、翔はあえて口に出さずにいた。
居酒屋の扉を開けると「いらっしゃいませ、こんばんわ」とバイトの大学生であろう女の子が元気な声で出迎えてくれた。
「2名様ですか?」女の子は笑顔を絶やさない。
「待ち合わせしてるんですけど」島田は言った。
「あっ、ではご案内します」その言葉とかぶるように翔は「おい島田、待ち合わせってなんだよ、聞いてないぞ」と怒りを帯びた言葉を放った。
「まあまあ、翔は合コンするって言ったら来ないだろ、だからこうして連れてきてやったんだよ」
「合コン?おれ帰るわ、そんなの興味ないし」
「待てって、向こうも2人待ってるし、それに今日の子はちょっと違うんだよ、あのな、おれの女友達の友達が今度上京するっていうから東京のこと教えてあげてってその女友達に言われたんだよ、最初はおれも拒んだんだよ、でもその子こっちに友達もいないし不安らしいからしょうがなく、そんで男1人だとあれかなって思って、翔、今日1日だけ付き合ってくれ、頼む」島田の顔はいつになく真面目だった。
「ちっ、はいはい、わかりましたよ」
「翔~、やっぱ持つべきは友達だぜ」
「お~い、しま~」女の声が聞こえた。
ふりかえるとそこには、親しげに島田に手を振る女性と澄んだ黒色の髪から全てを見透かすような綺麗な瞳をのぞかせた女性が恥ずかしげに会釈していた。