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クォークライト

作者: 筐咲 月彦

「ったく、こう暗いと……」

 僕は石に躓きかけて、少しよろめいて言った。愚痴っぽい口調で。

「え? なんて?」

 女の声が聞こえてくる。隣に居るはずの、幼なじみの少女。

「いや、こう暗いと足元も見えなくて危なくて仕方ないやってね」

 普段は二人とも高校までの道のりは自転車で通い、当然自転車で帰るはずなのだが、今日は違う。

 僕は朝に遅刻ギリギリだった為、父親に送って貰った。帰りは家が近所な、現在隣に居る少女……誠奈の自転車に乗せて貰おうと思っていた。

 しかし、偶然にも誠奈の自転車は今朝学校に着く直前に壊れたんだとか。見ればチェーンが切れていて、今日は文化祭の準備で遅くなってからそれを知ったので、修理の仕様が無かった。明日の朝は僕の自転車で登校して、帰りに自転車を直そうということで二人で徒歩で帰っているのだが。

「そうね、ほんとそう。明日持っていくのが面倒でも、自転車引いてくればライトは使えたのにね」

 自転車のライトは、車輪の回転で自家発電するので、押して歩くだけでも光るのだ。

「確かになぁ。いや、でも今さら仕方ないや」

 そう、仕方ない。今はむしろ、そんなことに気を取られずに、転ばないよう下を向いて歩くことだ。

 土の地面。あと15分も歩けば家だ。

 二人とも山に少し入ったところに家がある。隣で、幼なじみで……と言ったところで家は100メートルくらい離れているだろうか。もちろん、他の家は更に離れているが。

 土の地面。街灯はまばら、どころか全然無い。

 二人は高校生で、仲良くすることが嬉しくもあり恥ずかしくもある年頃。いわゆる、“微妙な距離”だ。

 だから、文化祭の準備で騒がしくて明るいところから、二人きりで静かな道を歩くようになれば、当然意識してしまう。

 知っている、お互いに、分かっている、二人とも。

 ドキドキしている。

「……」「……」

 つい、無口になってしまう。虫の鳴き声がするが、暗い田舎道で確かなものは、ただ頭上に広がる星の群れだけ。

 まるで、星が鳴いてるみたいだ、と彼は思った。

「……こう暗いと……」

「え、なに?」

 今度は、少女が呟き少年が聞き返した。

「こう暗いと、なんだよ?」

 ドキドキする。

「違うよ。こう暗いと、じゃなくて、“クォークライト”って言ったの」

「え?」

「だからぁ、さっきユキが言ったとき、そう聞こえたんだって」

 僕の名前は祐貴。略してユキ。それならば誠奈は“セナ”だろうと、F1レーサーみたいでカッコいいじゃないかと一度呼んだが、それは拒否された。

「クォークライト? 何ソレ?」

 ライトってゆうからには、ライトなのだろうが。

「知らないよ。そう聞こえただけだもん。……あ、でも」

 何か思い出したように、誠奈が呟く。

「確か、なんだっけ。クォーク式なんたら時計って無かったっけ?」

「あ~、あったような……確かなんかの振動数を計って秒数を取るんだっけ? 何万回とかって」

「あ、違うや、それクオーツ式だ。水晶だもん」

「おい」

 最初の振りで間違えたのは誠奈だが、なんだか僕だけが間違えたような感じだ。

 僕の地味な突っ込みを無視して、そのまま誠奈が何かを呟いている。

「クォーク、クォーク……なんだっけ? 四分の一は違う、クォーター。クォーク……ん、粒子? クォーク素子?」

 どこかに辿り着いたらしい誠奈が、パッと顔を上げる。

「確か、なんか原子より中性子とかより小さい、今発見されてる一番小さい構成の粒子! ……とかだった気がするっ」

「……へぇ」

 誠奈は得意げに言うが、僕はあまり興味がない。

「んじゃ、クォークライトは?」

「へ? ライト? う~ん……」

 元のお題目を突き付けてやると、また唸りだした。

 悩む誠奈を尻目に、僕は足元を見て歩く。地面だけを見て歩いていると、なんだか自分の意志じゃなく足が動いている気がしてくる。僕自身の座標は止まっているんだけど、地球の自転があるからなんかこう、慣性の法則とかで足が動いてしまうとか。あぁ、そうだ、テーブルクロス引きみたいな……あれ? やっぱり違うか。

 まぁ良いや、と立ち止まる。あっさりと立ち止まれた。こんなものだ。

 止まったのは、誠奈が着いて来ていないのに気付いたから。10メートルほど後ろで、うんうん言っている。

「誠奈」

 彼女が気付いて、小走りに寄ってくる。

「あはは、ごめんごめん」

「別に良いけど」

「でもさ、思いついたよ。こんなのはどう? 光の性質って覚えてるでしょ、波と粒子の性質を持ってるっていう」

「う……ん、なんかあった。気がする」

 曖昧な返事をする。

「もうっ、一学期にやったとこじゃない!」

「そうだっけ?」

 そうらしい。

「む~、とにかくね、光もエネルギーの一種なんだけど熱とか運動エネルギーとはまた違うの。熱とかは物質を介して、伝導していくんだけど、光は物質を介さないのよ」

「……」

 着いて行けなくなってきた。

「つまりね、“光”ってゆう“物質”がその内発見される可能性もある訳よ」

 “光”という“物質”? そんなもの有るわけが無い。光は光だ。

 ――いや、熱は壁にぶつかればその壁自体が暖まる、光がぶつかっても壁が光る訳じゃないってことか。それは物質どうしがぶつかって跳ね返された証? いや、障子は透けるな。いやいや、むしろガラスはどうだ?

 ……やっぱり、よく分からない。

 誠奈の演説が続く。僕らは立ち止まったままだ。

「だからね、酸素も鉄も全部、分解してみれば結局は中性子と電子と陽子で出来てたみたいに、原子もクォークも光も分解していけば結局は同じ物質で出来てるかもしれないじゃない?」

 いよいよ分からない。荒唐無稽な話だ。……違う。荒唐無稽かどうかも分からない。

「それで、例えば一番構成の簡単な水素かなにかを材料にして、クォークの更に前の段階に分解して光に再構成する……それがクォークライトなのだ!!」

 ババーン! と効果音が出そうな立ち方をする。

 が、当然効果音は出ないし、BGMも無い。だから彼女が「~のだ!!」と言った声が、拡散していき、やがて消えて、静寂が戻る。

「……」「……」

 完全な無音ではなく、音と言えないような音がざわざわと心を擦る。ひっかき傷のような不安を残す。

「……ふ~ん。よく分からないな」

 素直な感想を言う。

「あれぇ? それっぽく纏まったのになぁ。なんか有りそうじゃなかった?」

「興味無いよ」

 また静寂が戻る。冷たい言い方をしてしまっただろうか。でも、本音だ。

 彼女は科学が好きだ。化け学じゃなくて、科学。数学も点数が良いし、間違いなく理系だ。

 対して僕は、数学は不得手だし科学も点数が取れない。ついでに国語も英語も苦手だ。歴史や地理は丸暗記でなんとかしてるけど。

 こんな話をしていると、ちょっとした劣等感が生まれるのを自覚する。もちろん、そんなものを抱えても仕方ないのも理解している。でも、出来ないものは出来ないし、点数で“負ける”ということはどうしたって心のどこかに引っかかってしまうものだ。

 興味無い。

 そう言ったけれど、科学だけじゃなく僕はまだ、何に興味があるのか自分で分からない。

 風の音を聞いても、彼女の話を聞いても、林の中を眺めても、花に触れても、彼女の視線を受けても、秋口の肌寒さを感じても分からない。

 興味が無いんじゃない。結局は、分からないんだ。興味があるっていうことがどういうことなのか、どれなのか、どの感情なのかが。

 もしかすると出会ってるのかもしれない。これから出会うのかもしれない。一生出会わないかもしれない。

 そんなもの。そんな分からないこと。僕は、まだ……。

 風が吹き抜ける。

 街の喧騒は遠く、人の灯りも遠く。答えなど、糸口すらも見えなかった。

「……ねぇ」

 誠奈が声をかけてくる。

「……なに?」

 僕が言葉を返す。

 辺りが暗くて助かる。僕の言葉に、彼女がどんな表情をしているのか、見ないで済む。

「あ、あのね、進路って決めた?」

「進路?」

 高校二年の二学期。進路を本格的に決めつつある時期だ。

「いや、まだ……」

 だというのに、僕はまだ決めかねていた。大学進学なら、もう受験勉強を始めないと間に合わないと言われる時期だというのに。

 確か、進路のプリントも提出期限が迫っていた気がする。

「じゃあさ」

 誠奈が、言いながら前に回り込んで来たのが分かる。表情は……分からない。

「新成大なんてどうかな?」

「県外じゃん」

 確か、2つほど県境を跨いだ、結構な都会にある大学だ。この県から通うことも出来るという話だが、あくまで大きな駅の近くに住んでいればという話で、僕らの家から通うことはまず無理だろう。

「うん……家から通うのは無理だけど、ほら、一人暮らししたいって言ってたじゃん」

「確かに、言ったけど」

 言ったけどでも、そんなものは親の面倒くささにウンザリした人間が一度は言うことだ。誰しもが言うことで、つまりは一過性のもの。

 それに、それが新成大に行く理由にはならない。

「それとね、あそこは施設も凄いんだよ。図書館とかデッカくて、大講堂が映画館みたいなんだよ、大きさだけじゃなくて本当にスクリーンがかかってるんだって。敷地が広いし、校舎もね、エレベーターがどの校舎にも……」

「誠奈」

 僕の声に反応して、ふつりと声が止まる。

「そこに、行くの?」

 静寂。

 風の音が、何を肯定し、何を否定するものか、僕には分からない。分からないけれど、何かを肯定し、何かを否定しているのだろう。

 もしかすると、彼女を肯定し、僕を否定しているのかもしれない。興味を持てた人間には、知りたいと思った人間には、その囁きが聞こえるのかもしれない。

「……うん」

 彼女は頷いた、らしい。見えないけれど。

 見えないけれど、彼女がどんな表情をしているか、なんとなくは分かる。

 新成大。新成桐大学。

 文学部があるとは聞くが、基本的には理系の大学だ。

 きっとこんな風に言うということは、もう決めているんだろう。きっと、不安そうな表情をしながらも、目はしっかりと僕を見据えているんだろう。心に、決めているんだろう。

「ユキもさ、社会科は得意じゃん。文学部の中に歴史学科とかあるし、人間学科とかさ」

「分かんないよ」

「……」

 僕の一言に、誠奈が押し黙る。

 分からない。そんなことを言われても急には決められないし、そもそもでやりたいことも分からないで大学に行っていいものだろうか?どうしたら良いのか、それに、なんで誠奈が僕を誘うのかも分からない。

「そ、そのね? 私が新成大に行きたいだけだけど、うちの学校から行く人居ないかもしれないし、初めての一人暮らしで怖いし」

 何を焦っているのか、弁解するようにまくし立てる。

「ほら、ユキが進路決まらないなら、もしかすると良いのがあるかもしれないし! えっと、その、近くに居てくれたら安心だし、向こう行ってお互い一人暮らしなら……その、一緒に買い物したりさ、遊んだり、映画見たりとか出来るじゃないっ」

 なんだろう、ホントに分からない。

 彼女は僕に助けを求めているのか、それとも手を差し伸べているのか。助けを求めていたとして、その手を取るべきなのかどうなのか。手を差し伸べていたとして、その手を取るべきなのかどうなのか。

 分からない。

「分からないよ……」

 僕は素直に言った。

「……うん」

 彼女は、俯いた。らしい。

 そして、僕は歩き出した。彼女も着いてくる。

 静寂。

 すぐに、分かれ道に着いた。僕は右。彼女は左。

「……」「……」

 彼女が何かを言いたがっている気がする。

 でも僕はきっと、それにどう答えたら良いかも分からない。

 だから。

「……じゃ」

 僕は、そのまま右に曲がった。

 少し行くと。

「ねぇ!」

 後ろから声が聞こえてくる。

「あ、明日は、乗せてってくれるんだよね?」

 彼女は今、どんな表情をしているだろうか?振り返っても、きっと見えない。

 けれども、振り返って言う。

「……そこで待ってて」

 やはり表情は見えなかった。けれど。

「分かった! じゃあね!!」

 と言って、跳ねて行くシルエットが見えた。それで充分だった。

 見送って、僕は振り向き歩く。帰ったら進路の紙を書かなければ。

 第一志望は、一応、地元の国立を書いておこう。

 第二志望は少し遠い私立を。

 そして、第三志望は……。

青春、なんでしょう。きっと。

クォークライトは造語ですが、お気に入り。

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